連載小説
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#01:憎しみの「心」
 ジナイーダ。
 企業連合の統治組織アライアンスと、レイヴンで構成される武装組織バーテックスとの間に生じた、24時間の武力闘争――俗に言う“24時間戦争”を知る者にその名を尋ねれば、こう答えるだろう。
 曰く、24時間戦争に加担したレイヴンの中で、唯一生き延びて“ラストレイヴン”の称号を得た者と。
 曰く、中量2脚ACファシネイターを駆る、女性ながら“ドミナント”の呼び声高き者と。
 曰く、インターネサインと呼ばれる巨大施設の中枢にある「何か」を破壊し、そこからただひとり生還した者と。
 しかしそのどれもが、当時生存していたあらゆるレイヴン達を畏怖させるには十分な肩書きであり、そして当人が生きる目的としていた「最強の存在」である事を裏付けるには、十分なものであった。
 何せ、彼女の駆る中量2脚ACファシネイターは、彼女本人の技量も相まって、既存のACとは最早別次元の戦闘能力を発揮し、対峙したあらゆるレイヴン達を、数秒のうちに粉砕してのけたのである。
 イレギュラーの呼び声高いアキラ=カイドウと対峙した時も、たった数秒で決着が付いた。
 戦神と恐れられ、世界最強のレイヴンと呼ばれたアレスや、最終的に特攻兵器襲来を招いた「ナービス戦争」時代にMxS7HGSを名乗り、現在では搭乗機の名からアイアンと呼ばれているナービス戦争最強のレイヴンも瞬殺された。
 伝説のAC「ナインボール」でさえ、相手にならなかった。
 彼女と対峙したACは例外なく、数秒のうちに徹底粉砕させられ、その力は対峙したあらゆるレイヴン達――否、地球上に生きる全てのACパイロットの畏怖やトラウマの対象となり、彼女と戦場で出くわした、名前が分かっているだけでも1000人を軽く超すレイヴンの8割は死に、残る2割は二度と戦場に立つ事が出来なくなった。
 そうして名立たるレイヴンを尽く殺してきた彼女を狙う者は当然多かったが、それらは全て返り討ちにされた。そしてその凄まじいまでの攻撃と、女性に敗れた事がショックになり、生還したレイヴンの殆どがPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、二度と戦場に戻れなかったという。
 やがて、向かう所敵なしの存在となったジナイーダはドミナントの称号を欲しいままにし、誰もが恐れる最強のレイヴンとなったのである。彼女が生きる意味として捉え、憧憬していた以上の存在に。
 しかし――
 そのファシネイターが、力任せに引き裂かれた。
 正確にはファシネイターを描いたポスターが引き千切られたのだ。ビリビリと音を立て、それは丁度身体を二分するように紙繊維を二分させられた。年端も行かぬ赤毛の少年の手によって。
 その周囲では、街が炎に包まれていた。ビルが崩れ、マンションが砕かれ、瓦礫の山となった市街地を明々と炎が照らしている。人々は右往左往し、瓦礫の中から救助を求める呻き声が漏れる。中には生命活動を失った肉体を横たえている者も少なくない。
 喧騒の中、少年は引き千切ったジナイーダのポスターを両手で握り締め、皺くちゃにしても飽き足らず、それを力任せに引き千切って細切れにしていった。
 この少年がジナイーダに憎悪を抱いているのは明白な事だった。
 事実、少年の煤けた身体の下には、身体を千切らせ、無残な姿で己の血溜まりの中に横たわっている3人の女性が居たのだが、彼女達は嘗て、少年の母や姉、妹だったのだ。
 数時間前、この街が火の手に包まれた際に少年は見ている。紫と灰色のツートンカラーに緑のセンサーアイで彩られた禍々しいフレームに、レールガンとマシンガン、パルスキャノンとミサイルを背負った、24時間戦争以来多くのレイヴンを葬ったその姿を。
 そして、その右手に持ったマシンガンで少年達の家周辺を銃撃して去って行った事も。最初から自分たちを狙ったのか、あるいは別の何かを狙っていたのかは分からないまでにしても、生命の危険を感知した彼等は着の身着のままで家を飛び出し、全員で手を繋ぎ合って逃げ回った。
 そして自分達に気付き、ファシネイターは銃撃を繰り出した。自分と妹のエリーは辛くビルの間に逃げ込めたが、その自分と妹を庇う為に、母と姉が殺された。その自己犠牲も虚しく、妹も死んでいた事もすぐに分かった。
 だが、脳がそれを認めなかった。これは嘘なんだ。悪夢か何かで、また目を覚ませば、優しい母フレイアや姉のティナ、少々やかましいけど仲良くしてきた妹エリーの、いつもと変わらぬ日常があるはずだった。
 目覚めを期待して、少年は待ち続けた。しかし幾ら待っても目覚めの時は来ず、訪れるのはファシネイターの攻撃と、それがもたらした阿鼻叫喚の地獄絵図、そして彼女を迎え撃った者達の死。そして決定的な家族の死だった。
 もう、母も姉も妹も動かない。二度と笑ってくれない。二度と料理も作ってくれない。そして、二度と以前の穏やかで幸せな日々は訪れない。
 少年が悲しみに慟哭する中、ジナイーダの声が彼の鼓膜に届いた。
「所詮は下等な生物か……」
 それは自分を迎え撃って死んだ兵士やパイロット達への嘲笑だったのだろうか。
「おかあさんもおねぇちゃんもかとうじゃない! かえせ! おかあさんをかえせ! ティナおねえちゃんをかえせ! エリーをかえせぇぇぇぇ!」
 少年の怒りと悲しみの叫びがジナイーダに届く事はなかった。そのまま、目に付く端から、人間たち――そのほとんどは子供とその親達だった――を次々に殺して行く。
「死ね。愚か者はこの街共々死ね」
 哀悼も慈悲の心も全くなく、周辺の人間達を皆殺しにし、住まいをも根こそぎにして、ファシネイターは去って行った。
 ひたすらに強くありたい――それを願い、現実のものとするだけの腕を持つジナイーダだったが、その為に彼女からは、人間的な心や感情が、完全に失われていた。彼女にあるのは、ただ目の前の敵をひたすらに破壊し殺す、あくなき破壊本能と冷徹・冷酷な精神だけだった。
 そこには一片の慈悲もない。人間的な心は己を弱めるだけだと信じてやまぬジナイーダは、人間の心を捨て、弱者を徹底的なまでに蔑み、遂には彼らに生きる価値すら認めなくなったのだ。
 そうして彼女は、いつしか慈悲の全くない、己が力こそ全ての、破壊と殺戮に生きるだけの殺戮者と化していた。彼女にとって、平民も子供も、すべてが虚弱で矮小な生命体であり、子供はその極致にある根絶せねばならない存在とさえ見なしていた。事実、ジナイーダは、最初からここの子供達を皆殺しにするつもりでいた。
 生き残った少年はそれを知らないし、知る事も出来なかった。彼は一方的に家族を奪われ、独りぼっちになった悲しさと寂しさに打ちひしがれ、泣いた。声を張り上げて泣いた。涙が枯れてもなお泣き続けた。
 その悲しみの中で、少年は誓った。
「殺してやる……」
 母を、姉を、妹を殺したジナイーダに、その報いを受けさせてやると。あの女を見つけ出し、自分が味わった以上の報いを与えてやると。
「殺す! 必ず殺してやる! 殺してやるぞジナイーダあああああああ!」
 呪詛に満ちた少年の叫びが、廃墟となった市街地に響く。


「……そんな事があったんだよ。俺がこうしてAC操縦資格をゲットして、血の滲むような戦いと練習を重ねて、やっとこさテメェと対峙するって背景にな」
 家族を殺されてから12年後、少年は成長してACパイロットとなり、幾多の戦いの果て、遂にその大願を成し遂げようとしていた。
 既に24時間戦争からは36年が経過していた。その間、ファシネイターのアセンブリは「最強」から変化しておらず、相変わらずレイヴンを筆頭に、大量のACパイロット達を葬り続けていた。
 だが、その最強ACにも限界が来ていた。
 何故なら、AC、即ちアーマード・コアは状況に応じてコアを中心にパーツを換装して戦局に対応したり、あるパーツに新しく上位互換機種が登場した場合、それへと組み替えることで強化する事が欠くべからざる基本であったのだが、ファシネイターのアセンブリは36年間、インターネサイン中枢で初披露となった決戦仕様から全く変化していなかった事で、それを怠っていたのだ。
 一方、成長した少年――贅肉のない177センチの身長に育ち、黒いベルトとハーネス類、紅蓮のパイロットスーツを纏い、現在はクオレを名乗る彼のACは、見た目こそ24時間戦争当時から使われているパーツと変わらない。頭部パーツH11-QUEEN、コアパーツC03-HELIOS、腕部パーツA06-LANGUR、脚部パーツLH10-JAGUAR2と言うフレームは、24時間戦争はおろか、その後の15年間に及ぶバーテックス戦争でもさほど注目されず、コアに至っては「コンニャク」と揶揄された位の脆い実弾防御性能だった。
 だがその性能は、36年間に及ぶ技術の進歩に伴って変容を遂げていた。
 機体表面が“フォースフィールド”と呼ばれる強化型防御スクリーンに覆われるよう、フレームパーツ全てにフィールド発生機構が内臓されたのだ。
 これによって実装甲と実弾とエネルギー、両タイプに対する防御スクリーンが基本となっていたACの防御性能は飛躍的に上昇、特にコアの実弾防御性能は他の軽量級コアと比較しても遜色ないレベルに達している。
 更にオーバードブースト出力の強化とエネルギー効率改善が両立され、このコアは最高のオーバードブースト性能を獲得するに至った。他のコアも改良や改修がなされた為、全体的に見て薄防御である事に変わりはないのだが、少なくとも24時間戦争時代の同コアとは比較にならぬポテンシャルを実現し、多くのパイロット達から人気を獲得している。
 脚部パーツも材質の強度上昇を筆頭に数々の改良が施され、更に再設計までなされた結果、軽量2脚とは思えぬ積載を獲得している。結果、LH10-JAGUAR2は、軽量級2脚から中量級2脚へと格上げを果たし、積載こそ中量2脚全体から見れば最低水準ではあったが、旋回性能、防御性能が良好で、重装備を諦めれば十分主力になりうるとの評価までもされていた。
 しかも、型番までもが変更されており、例えばクオレの愛機「グラッジパペット」の頭部H11-QUEENは「MHD-MX/QUEEN」、C03-HELIOSは「MCL-SS/RAY」、A06-LANGURは「MAL-RE/REX」となっている。
 LH10-JAGUAR2に関しては当初「MLL-MX/EDGE」となっていたが、中量2脚へのカテゴライズ変更がなされた結果、「MLM-MX/EDGE」と微妙に変化した。
 その両手にはマシンガンが2丁握られ、その総弾数は1800にも達している。しかも、その半分以上はまだマガジン内に残っていた。更に、左腕にはWL14LB-ELF2からMLB-HALBERDに型番を改められた長刀身レーザーブレードが据え付けられている。
 他にも変更・改良された点は数あるが、一方のファシネイターはそれがなかった。外見こそ過去と今とでは全く変化していなかったものの、既にその機体は、時代遅れの産物となっていたのだ。
 結果、36年前の最強機とそれを駆るドミナントは、クオレとその愛機と戦いはじめてから1分も経とうという頃には、全身を蜂の巣の様な有様にされ、火花を散らして崩れていた。
 嘗て、彼女自身がそうして来たように。
「この私が……貴様の様なカスに……」
「テメェに悔やみや屈辱なんて感情があったとは笑わせる!」
 クオレは嘲笑った。
 人間性を棄ててまでも、ひたすらに強くあろうとしているジナイーダにとって、敗北はこの上なく屈辱的なものだった。
 しかも、クオレにはトップランカーやイレギュラー、強豪などと呼ばれるような程のランクは持ち合わせていない。彼はレイヴン達による戦闘技能評価では、Cマイナス相当と言う評価が下されていた。これは全体から見れば中の下であり、二流パイロットもいい所であった。
 両手両足をもがれ、頭や背部装備も叩き潰されて転がる仇敵のコアを、グラッジパペットは荒々しくその右足で踏みつけた。名前の通り、クオレの「憎悪による操り人形」は、南極の空のごとく冷たい色を放つセンサーアイで足元の忌まわしき者を睨む。
 緋色と黒の毒々しいカラーリングの中で目立つ、黒く塗られた右肩に刻まれたエンブレムである「噛み合った人の歯が斜めに並んでいる心臓」もまた、ジナイーダを嘲笑しているようだった。
「カスが……こうまでしなければ対峙出来ぬほど、私が怖いか」
 戦闘不能にされた時代遅れのドミナントは低い怒号を飛ばすが、クオレは全く動じない。
「ああ、怖いな。何せ俺の母・フレイアと姉のティナが、更には妹のエリーもテメェに殺されたんだからな」
 生産中止されてから久しいCR-C06U5の装甲が踏まれて軋む。
「私ひとり倒したぐらいで、虫けらがいい気になるな……」
「うるせぇんだよ、くたばりぞこない。強くありたいが為に、機械生命体なんぞに魂売り渡しやがって! この筋金入りのド畜生が!」
 激しい言葉が並び立てられる。
「ジャック・O以下他の21名のクソッタレ連中や旧世代の骨董品共々、さっさと死んでれば良かったものを!」
「言いたい事はそれだけか」
「まだあるぞロクデナシ。全部終わったわけじゃねぇ」
 グラッジパペットの左肩に積載されたレーザーキャノンMWC-LQ/15が跳ね上がり、砲口がファシネイターを睥睨した。このレーザー砲は旧型番のWB15L-GERYON2時代から出力が上昇しているうえ、カタログスペックにおける発射可能数も、12回から15回に強化されていた。
 そして、その出力は、標準型中量級コアCR-C75U2改めCCM-00-STOや、標準型中量急2脚CR-LH80S2改めCLM-02-SNSKに、一撃で致命傷を与えられるほどだった。
 その砲口奥から、エネルギーがチャージされる事を窺わせる甲高い音が響き始める。
「もう一度、地獄に行けぇぇぇぇッ!」
 緑色の高出力レーザーが迸り、ファシネイターのコアを木っ端微塵に吹き飛ばした。続けざまに、二度三度とレーザーが繰り出され、自称ドミナントに凄まじい最期をもたらした。
 ジナイーダを地獄へと叩き落すと、クオレは鼻息一つしてから、恨み節と共に仇敵の残骸をグラッジパペットに蹴らせ、踏みにじった。
「全く、何度殺されてもゴキブリの如く出て来やがって……大して強くもねぇくせに」
 大願達成したにも拘らず、愚痴と暴言をぶちまけながら、クオレは西に視線を転じた。
 赤茶けた丘の向こうから新たに3機、ファシネイターが姿を現していた。インターネサインから生還してきた当時そのままの、多くのレイヴンを葬ってきた時と大差ないアセンブリで。
「余程、乱獲されてぇと見えるな!」
 グラッジパペットは両腕のマシンガンを向けた。
14/06/07 14:36更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 本作のメッセージ欄では、作者である私・ラインガイストが、製作時の諸々や裏話等を差し支えない程度に述べて行きたいと思います。
 あくまで小話程度なので、未読でも本編には差し支えないのですが……。

 で、しょっぱなから相当ドギツイというかヒドイ展開ですが……スミマセン。
 ブッちゃけ、私にはジなんとか(私的には口にするのすらも忌まわしい為、以後、こう表記します)がああいうやつに思えてならんのですわorz

 後半部、ACのパーツに触れている所での旧型番時代の性能は、工房のパーツ評価を参照にさせて頂きました。
 皆さんが書かれている事から問題点を見つけて、それを極力なくそうとした結果なわけですが、もはやこの様(滅)。
 特にレイコア(MCL-SS/RAY、原作におけるC03-HELIOS)何かは原作からかけ離れ過ぎ(苦笑)。
 しかし、原作ではもう実用性があるのかと言われるとアレですからねぇ。クーガー2(LH09-COUGAR2)みたいな乱用されっぷりも嫌なのですが、元が良いだけに勿体無い。
 同じ事はウラヌスコア(C02-URANUS)やクレスト軽量OBコア(CR-C84O/UL)を見ても感じます。
 全部熱システムと速度至上主義が招いたAP・防御偏重傾向のアセンブリのせいですね(おい)。

 そんな訳で、本作自体、世界観完全リセット――というか、原作全否定した上で「好きなパーツを好きに性能変更して、好き勝手やらせてくれ!」と言う所からこの話を書き始めさしてもらいました。
 ただし、型番は3およびそれ風味に改めましたが(爆)。

 ちなみにLH10-JAGUAR2に関しては、本作では以後中量級2脚として執筆を進めていきます。何せ重量や性能がアレなので……。

 ※4/7追記:諸般の理由(ここで書くのもバカバカしいので詳細は割愛)により、クオレのお母様の名を改名。

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まろやか投稿小説 Ver1.50