連載小説
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第九話「Haine de soi-meme」
 話に区切りがつくと、一気に喋りすぎたかと飲みかけのコーヒーを啜る。
 カップを口につけたまま視線を上げると、二人の表情はある意味予想通りのものだった。
フランシスはやや俯き下唇を噛み、ユリエールに至ってはそれに半泣きが加わっている。
 さてなんと言って声をかけようかとクレアが思った矢先、先に口を開いたのはフランシスだった。

「…やはり、父が関わっているのでしょうか…」

 呟いた言葉には不安の色が滲んでいた。
 無理も無い、とクレアは胸中で溜息をついた。
 母の死因――とまではいかなくともその実験に関わっているのが実の父だという事実など、娘たちにしてみればどう受け止めればいいのか分かるはずもない。
 一方でフランシスは物言わぬ母を前にした時に感じていた父に対する疑問が徐々にはっきりしてくるのを感じ、苦い顔をした。

「確かにアルバート施設主任…や、今は支社長か。彼の名前は出てきたわ」

 クレアのその言葉を聞いてフランシス達の表情がさらに困惑したものになる。
 二人が発言する前にクレアは「けど」と区切り、その先を続けた。

「それはあなた達が直接聞くべきことだと思うわよ?」

 クレアは当時のことを思い出し、マリアの死について様々な憶測を頭の中にめぐらせていた。
 とは言えそれらはあくまで類推に過ぎず、ましてや唯のオペレーターであるクレアが首を突っ込むべき問題ではない。
 フランシスは少し間を空けて「そうですよね」と苦笑して話を終えた。ユリエールは相変わらず心配そうな視線をフランシスへ向けている。
 妙な沈黙がしばらく辺りを支配する。
 これ以上その話題に頭を使うのに嫌気がさしたかのようにクレアが咳払いをし、笑顔を作る。

「そういえば、二人ともテレビってあんまり見ないんだっけ?まぁ今のご時勢そこまで面白いものじゃないけど―」

 分かりやすい話題転換だったが今のフランシス達にとってはあり難かった。
 それからしばらくは他愛もない雑談に華を咲かせ、残りの休日を楽しむことにした。

―帰宅後。
 屋敷の前でクレアと別れた二人はブティックで購入した服飾の詰まった袋を両脇に抱え、自室に戻る。
 ユリエールは早速クレアに選んでもらった服を姿見の前で合わせ、楽しそうにしている。
 それで良かった。彼女の姿を見てフランシスは優しさに溢れた笑みを浮かべ、それと同時に胸中で安堵の息をついていた。

「(…あの娘にそんな心配して欲しくないものね)」

 声に出さずそんな事を呟き、フランシスは立ち上がって外へ続くドアへ向かう。

「お姉様、どちらへ行かれるんですか?」

 春色の可愛らしいワンピースを手に、ユリエールが問いかける。

「ん、ちょっとね」

 フランシスは無難にそう答えた。
 当然ながらユリエールは少し訝しげな表情になるが、フランシスがワンピースが似合っている事を褒めるとはにかんで礼を言った。
 素直な彼女の態度を見ると今の現状から逃げ出したくなってしまうが、そうはいかない。
 フランシスは部屋を出て、高級絨毯の敷かれた広大な廊下を見回す。
 見知った顔のメイドが一人歩いてくるのを視界の端に捉えると、近づいて声をかけた。

「お嬢様。どうかなされました?」

 彼女はにっこりと微笑んで小首をかしげる。フランシスは嫌味のない笑顔に安心すると、少し息を吸い直して口を開いた。

「お父様は…今、いるかしら?」

 メイドの表情が意外そうなそれに変わった。
 フランシスから父親の事を尋ねるなど、今まで殆どなかったので違和感のようなものはあるのかもしれない。
 彼女は何か言いたそうに口を開きかけるが幾許か逡巡し、結局何も言わずにこう答えた。

「御主人様は今、支社の方におられます。何でも大掛かりな作業があるとか…」

 居場所と予定を添えたのは彼女なりの配慮だろうか。
 フランシスは表情に心の内が出ないよう微笑んで了承し、礼を言ってまた部屋へ戻った。
 彼女は、今日のクレアとの会話をきっかけに意を決して母について訊ねようとしたのだ。
 しかし、父の不在を聞かされたときにフランシスの中で一番最初に出てきた感情は「安堵」だった。
 そして部屋の前。フランシスは下唇を噛み締め、ドアを背にして崩れ落ちるかのようにその場に座り込んだ。
11/08/13 00:00更新 / セーフティハマー
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まろやか投稿小説 Ver1.50