開演
「東の空が明るくなってきた頃、俺はジャックと共にテントを出た。
昨夜の少女は何だったのか。
俺は、”フェアリ=メイ”という名を知っていた。もちろん、貴様も知っているだろう。
ナービスの強化人間研究機関は、開発段階で二人の試作型を生み出した。
一人は、貴様、フェアレだ。
そして、もう一人が、”フェアリ”だった。
機関の崩壊後、貴様はACと共にクレストへ吸収されたが、フェアリは一時ミラージュに身を寄せた後に行方不明となっていた。
フェアリが生きていれば、貴様と同じ年齢、つまり14歳になっていたはずだ。
ところが、昨夜、俺の前に現れた”フェアリ”は、どう見ても10歳ほどにしか見えなかった。行方不明となったのが3、4年間と考えると、それから全く年をとっていないことになる。そんなことはありえないし、考えたくもなかった。
『…おい、チューマー。』
ジャックが、湖岸に立ち止まっている。
『見ろ。』
ジャックの指差す方向を見た俺は、絶句した。
ダム湖の水が、見る見る引いていく。
ダムの放水は止まっており、水は湖底に吸い込まれているようだ。
泥流は渦を巻きながら引き、ぬかるんだ湖底があらわになっていく。
『ジャック。これは…。』
『わからん。いったい誰がこんな仕掛けを。』
ダムの湖底には凄まじい水圧がかかる。そこに水を抜く仕掛けを作るには、相当の技術力がいるはずだ。いったい何者がこんなことをしたのか、俺たちには見当がつかなかった。
その時、背後から不意に声がした。
『いい眺めだな、お二人さんよ。いい夢は見られたかい?』
振り向けば、忘れもしない、あの男が立っていた。
ノデュール=べナイン。
テロリストとして指名手配の男だが、俺との関わりは長く、ここで出くわしたのは、もはや腐れ縁としか言いようがない。
『ノデュール。生きていたのか。』
『へっへ。久しぶりだな、チューマー。そう簡単に死ぬもんか。お前さん方がミクリッツに来ると聞いて、昨日から待っていたのさ。』
情報の早い奴だ。こいつはクレストの軍事機密まで知っていやがる。
『何の用だ。見ての通り、俺たちは、またこれから一仕事ありそうだが。』
『その件で、情報を持ってきたのさ。見たろう。このダムにこんな仕掛けをする奴は、クレストの特務機関しか考えられんだろう?なにせ、ミクリッツは元、クレストの軍事都市だからな。』
『…ジャック、知っているか?』
ジャックは首を横に振った。
ノデュールは続ける。
『クレストの最高幹部クラスでも知っているかどうかだ。一般仕官が知らないのも無理ないさ。
ダム湖の地下には、クレストの地下基地が眠っているんだ。ダム湖は、そのカモフラージュだったというわけさ。…だがな。それもかなり前に放棄されたはずだったんだ。今、まだ稼動しているなんて話は、俺も知らんよ。』
ダム湖の水は既に引ききり、その湖底には、泥に埋もれた人工構造物が現れた。その天蓋が、低い音をたてて開いてゆく。
『わっ、何よこれ!』
後ろから素っ頓狂な声を上げたのはコロンだ。フォーラとリンダも起き出したらしい。3人とも、目の前の光景にあっけに取られているようだ。
俺は、3人の女たちに昨夜の出来事を話した。一番驚いた顔をしたのは、もちろんコロンだった。
『なによそれ…!アタシ、フェアリなんて子は知らないわ。フェアレちゃんならよく知ってるけど…。何でアタシを知ってんの?』
そんなこと、俺が知るはずもない。むしろ俺が聞きたいくらいだ。
『こんな仕掛けをクレストが…。でも、放棄されたなら、今動いているのは、おかしいですね。誰か、関係ない人が勝手に動かしてるのではないですか?』
フォーラの言う事が、恐らく正しいのだろう。
ダムから水を抜いたのは”フェアリ”か、あるいは手紙の主の”レイピア”だろうか。もしかすると、昨日俺たちを散々な目に合わせた”奴ら”とも、何か関係があるのかもしれない。
何にせよ、昨夜の手紙の内容も考えれば、地下基地へのアクセスに成功した何者かが、俺たちをそこに招き入れる為に、地下基地への入り口を開いたと考えるのが最も自然だろう。
『情報不足だが、クレスト絡みとあらば、行かざるをえまい。…チューマー。お前も当事者だ。一緒に来い。コロンも行きたいだろう。リンダ、すまないが、お前は留守番を頼む。帰る所がなくなってはかなわんからな。』
ジャックの言に、リンダはぷーっとふくれた。
ジャックとコロン、フォーラ、そして俺の4人は、それぞれのACを起動させた。
リンダとノデュールに見送られつつ、4機のACは湖底に降りていった。ぬかるんだ湖底を踏みしめ、程なく、現れた人工構造物の前に到着した。ぽっかりと開いた入り口は、地獄までも続いていそうな暗闇を湛えている。
”行くぞ。”
ジャックの通信を合図に、俺たちはその暗闇へ踏み込んで行った。
それが、未だ誰も見ぬ、地獄の歌劇の開演とも知らず…。」
昨夜の少女は何だったのか。
俺は、”フェアリ=メイ”という名を知っていた。もちろん、貴様も知っているだろう。
ナービスの強化人間研究機関は、開発段階で二人の試作型を生み出した。
一人は、貴様、フェアレだ。
そして、もう一人が、”フェアリ”だった。
機関の崩壊後、貴様はACと共にクレストへ吸収されたが、フェアリは一時ミラージュに身を寄せた後に行方不明となっていた。
フェアリが生きていれば、貴様と同じ年齢、つまり14歳になっていたはずだ。
ところが、昨夜、俺の前に現れた”フェアリ”は、どう見ても10歳ほどにしか見えなかった。行方不明となったのが3、4年間と考えると、それから全く年をとっていないことになる。そんなことはありえないし、考えたくもなかった。
『…おい、チューマー。』
ジャックが、湖岸に立ち止まっている。
『見ろ。』
ジャックの指差す方向を見た俺は、絶句した。
ダム湖の水が、見る見る引いていく。
ダムの放水は止まっており、水は湖底に吸い込まれているようだ。
泥流は渦を巻きながら引き、ぬかるんだ湖底があらわになっていく。
『ジャック。これは…。』
『わからん。いったい誰がこんな仕掛けを。』
ダムの湖底には凄まじい水圧がかかる。そこに水を抜く仕掛けを作るには、相当の技術力がいるはずだ。いったい何者がこんなことをしたのか、俺たちには見当がつかなかった。
その時、背後から不意に声がした。
『いい眺めだな、お二人さんよ。いい夢は見られたかい?』
振り向けば、忘れもしない、あの男が立っていた。
ノデュール=べナイン。
テロリストとして指名手配の男だが、俺との関わりは長く、ここで出くわしたのは、もはや腐れ縁としか言いようがない。
『ノデュール。生きていたのか。』
『へっへ。久しぶりだな、チューマー。そう簡単に死ぬもんか。お前さん方がミクリッツに来ると聞いて、昨日から待っていたのさ。』
情報の早い奴だ。こいつはクレストの軍事機密まで知っていやがる。
『何の用だ。見ての通り、俺たちは、またこれから一仕事ありそうだが。』
『その件で、情報を持ってきたのさ。見たろう。このダムにこんな仕掛けをする奴は、クレストの特務機関しか考えられんだろう?なにせ、ミクリッツは元、クレストの軍事都市だからな。』
『…ジャック、知っているか?』
ジャックは首を横に振った。
ノデュールは続ける。
『クレストの最高幹部クラスでも知っているかどうかだ。一般仕官が知らないのも無理ないさ。
ダム湖の地下には、クレストの地下基地が眠っているんだ。ダム湖は、そのカモフラージュだったというわけさ。…だがな。それもかなり前に放棄されたはずだったんだ。今、まだ稼動しているなんて話は、俺も知らんよ。』
ダム湖の水は既に引ききり、その湖底には、泥に埋もれた人工構造物が現れた。その天蓋が、低い音をたてて開いてゆく。
『わっ、何よこれ!』
後ろから素っ頓狂な声を上げたのはコロンだ。フォーラとリンダも起き出したらしい。3人とも、目の前の光景にあっけに取られているようだ。
俺は、3人の女たちに昨夜の出来事を話した。一番驚いた顔をしたのは、もちろんコロンだった。
『なによそれ…!アタシ、フェアリなんて子は知らないわ。フェアレちゃんならよく知ってるけど…。何でアタシを知ってんの?』
そんなこと、俺が知るはずもない。むしろ俺が聞きたいくらいだ。
『こんな仕掛けをクレストが…。でも、放棄されたなら、今動いているのは、おかしいですね。誰か、関係ない人が勝手に動かしてるのではないですか?』
フォーラの言う事が、恐らく正しいのだろう。
ダムから水を抜いたのは”フェアリ”か、あるいは手紙の主の”レイピア”だろうか。もしかすると、昨日俺たちを散々な目に合わせた”奴ら”とも、何か関係があるのかもしれない。
何にせよ、昨夜の手紙の内容も考えれば、地下基地へのアクセスに成功した何者かが、俺たちをそこに招き入れる為に、地下基地への入り口を開いたと考えるのが最も自然だろう。
『情報不足だが、クレスト絡みとあらば、行かざるをえまい。…チューマー。お前も当事者だ。一緒に来い。コロンも行きたいだろう。リンダ、すまないが、お前は留守番を頼む。帰る所がなくなってはかなわんからな。』
ジャックの言に、リンダはぷーっとふくれた。
ジャックとコロン、フォーラ、そして俺の4人は、それぞれのACを起動させた。
リンダとノデュールに見送られつつ、4機のACは湖底に降りていった。ぬかるんだ湖底を踏みしめ、程なく、現れた人工構造物の前に到着した。ぽっかりと開いた入り口は、地獄までも続いていそうな暗闇を湛えている。
”行くぞ。”
ジャックの通信を合図に、俺たちはその暗闇へ踏み込んで行った。
それが、未だ誰も見ぬ、地獄の歌劇の開演とも知らず…。」
10/02/28 08:32更新 / YY