連載小説
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人形
「ACの暗視モードを起動すると、少し進んだ先は縦穴になっているのが見えた。他に通路はない。ジャックを先頭に、俺達はその縦穴を降りた。縦穴はどこまでも深く、地の底まで続いているかのように思われた。
縦穴を降りきると、少し開けた場所に出た。所々に腐食した鉄骨がむき出しにならび、ガレージや弾薬庫とおぼしき建造物が暗闇に沈んでいる。

”確かに、これはクレストの軍事施設の跡だ。驚いたな…。”

ジャックの唸り声が入る。

”ねぇ、これからどうすんのよ。ここ、ずいぶん広いよ。”

コロンも地下施設の予想以上の規模に驚いている。

”待って…。何か、います。”

フォーラが何かを察知したようだ。
俺達はそれぞれの銃器を構え、フォーラのACが指し示した方角を見た。
そこには、小型の作業用MTがいた。
MTのコクピットハッチが開いている。

人影だ。

暗視モードに拡大を加え、その人影を見る。
あの、少女だ。
あの、”フェアリ”と名乗った少女が、MTのコクピットから、暗闇の中、俺達をじっと見ていたのだ。

”だ、誰?”

コロンも気づいたらしい。暗闇に沈む軍事施設の中で、MTのコクピットに一人納まる少女。その異様さに、コロンも明らかに動揺していた。
少女は、俺達が気がつくのを待っていたかのように、パタンとハッチを閉め、MTのコクピットの中に消えた。2、3度カメラアイを明滅させると、そのMTは一方向に向かって歩き始めた。ついて来いという意味だろう。
俺達はそれに従い、闇の中を進んだ。道は複雑に入り組んでおり、ACにマッピング機能がなければ、確実に道に迷っていたことだろう。
しばらくすると、周囲の様子が変わった。
軍事施設は消え、天井は高くなり、高層の建築物が現れ始めた。道路は幅広の舗装道路となり、頭上には鉄道とおぼしき構造物も見える。

”ビーハイブだ…。”

ジャックの、押し殺した声が聞こえる。
ビーハイブ。過去に存在したと言われる、”大深度地下複合都市”だ。高いテクノロジーを持った都市群であったが、原因不明の大爆発により、一夜にして滅亡したと言われている。もう、100年以上前の、”伝説”だ。

”うそ…。こんなことって…。”

コロンも絶句したようだ。
伝説の地下都市は、間違いなく俺達の目の前に存在していた。ただ、それも所々埋もれ、破壊を免れた箇所が辛うじて残っているという状態だった。クレストの地下基地は、残っていた大昔の地下都市の一部を改造して出来たものだったのだ。

MTは、そんな俺達の驚きなどお構いなく進み、ビルに囲まれた交差点の手前で足を止めた。発光信号で、俺達に停止を呼びかけている。交差点を曲がった先に光が見えた。光は、廃ビルの一室から漏れている。どうやら、そこが目的地のようだった。
その前には、2機のACの姿が見えた。何者だろうか。

”…やっつけて。そして、レイピアに会って…。”

MTから、雑音混じりに通信が入った。

”やっつけてって…。”

コロンは、咄嗟には状況をつかめなかったようだ。

”やるしかないんだろう?”

ジャックは、2丁のバズーカの弾倉を、ガチャリと交換した。敵の素性はわからなかったが、ここは少女の言うことに従うのが正解なのだろう。敵は俺達に気がついたらしい。一機の敵ACがブースターに点火し、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。

誰よりも早く飛び出したのは、フォーラのAC”アディーナ-2”だった。
出会い頭に敵ACの鼻面にエネルギー弾を撃ち込むや、ジャンプし、背面に回った。敵ACの動きも尋常ではなかったが、”アディーナ-2”の動きは、その更に上を行っていた。敵ACが振り向きざまに放ったライフル弾を紙一重でかわし、ブレードを避けさせたところに、右手のエネルギーライフルを至近距離から撃ち込んだ。ジェネレータを破壊された敵ACはその場に崩れ落ち、沈黙した。
息つく間もなく、”アディーナ-2”は次のターゲットに向かっていた。廃ビルの前で防御体制をとる敵ACの眼前をすり抜け、構えたシールドをそのつま先で叩き落とし、コアの後部に強烈な右肘鉄を叩き込んだ。目にも止まらぬ早業とはこの事だ。”アディーナ-2”は、前のめりに倒れこんだ敵ACの背中に銃口を押し付け、引き金を引いた。強い。普段物静かなフォーラだが、ACを相手にすると、一切の容赦はなかった。
しかし、俺たちは油断していた。背後から接近した3機目の敵ACに気づかなかったのだ。敵ACの放った一発の銃弾により、少女を載せたMTは爆散した。

”おのれッ!”

俺とジャックの集中攻撃により、そのACは瞬く間に鉄屑と化した。

”援護、よろしく!”

コロンのAC”アディーナ-1”は跪き、破壊された少女のMTに覆いかぶさった。コクピットから飛び出したコロンが、MTのコクピットに救助に向かうのが見える。
しかし、その頭上に4機目の敵ACが降下した。ブレードを振りかぶり、一直線に”アディーナ-1”を襲う。だが、俺が銃を構えるよりも早く、敵ACは横合いから撃ち込まれた一発のグレネード弾によって吹き飛んだ。

”…!?”

ビル影に、AC”ジャンネッタ”がいた。肩のグレネードキャノンから、細く白煙が上がっている。一体いつの間についてきたのだろうか。

”リンダ、留守番はどうした!”

ジャックの怒声が飛ぶ。

”だってー!”

だってもヘチマもないのだが、ついてきてしまったものは仕方ない。
敵の増援がないのを確認して、俺たちはACを降り、目的の廃ビルの前に集合した。コロンは、その両手に少女を抱えている。
その、紫の髪の少女…フェアリは、ピクリとも動かなかった。

『死んだのか。』

ジャックは少女の手に触れたが、ぎょっとしたように、その手を引っ込めた。

『…うん。この子、お人形さんだったの。』

コロンの手の中の少女は、まるでマネキンの人形だった。遠目には人間と見分けがつかなかったが、近くで見ると、人間でないことがわかる。

”フェアリ”は、生きた人間ではなかったのだ。」
10/02/28 08:32更新 / YY
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まろやか投稿小説 Ver1.50