連載小説
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チューマー=マリグナント
その喫茶店は、睨み合う各企業の中立地帯にあります。
一切の戦闘行為は禁止されており、その治安は、その場に居合わせた企業関係者に一任されています。
客数は喫茶店としては多く、レイヴンやMTパイロットはもちろろん、企業の軍人から非戦闘員の一般市民まで、実にいろいろな人が訪れています。
店内はやや狭くて薄暗く、入り口から奥へ奥へと続き、段差もあるため、動き回るにはやや窮屈です。
そんな中、人をかき分けながら進む一団がありました。
クレスト兵です。
一団は、一番奥に座っている黒いマントを羽織った男に近づき、取り囲みました。
そしてその中から、一人の若い女性仕官が男に歩み寄り、声をかけます。
リンダ=アルピニー准尉です。

「チューマー=マリグナントね。」

呼ばれた男はカウンターに向かったまま答えません。
背中まで伸びた紫の髪、左目の部分に埋め込まれたレンズ、血の気のないくすんだ色の肌。
この男が、問題のチューマーなのでしょう。

「貴方に是非、受けていただきたい依頼がありますの。いいですわね?」

アルピニー准尉はそう言って、手にした鉄杖でコツ、と床を叩きました。

「…ふん…貴様のような小娘では話にならん。出直して来い。」

チューマーは振り返りもしません。
アルピニー准尉の顔がみるみる強張ります。

「私は、今回の依頼と取引については全権を将軍から任されています。話を聞いていただいても損はありませんわ。」

「…貴様の香水のにおいが気に食わん。」

アルピニー准尉の眉は吊り上り、鉄杖を握った指の爪は白くなります。
いかにも、もう勘弁ならん、といった風です。


と、その時です。

店の入り口の方が騒がしくなり、悲鳴や怒声が聞こえてきました。
人ごみを掻き分け、一人の女性がチューマーの前に立ちました。

フォーラさんです。

まなじりをけっし、唇をかみ締め、白い顔は益々白く、足は細かく震えています。
そして、その手には、銀色に光る拳銃が握られています。
周りの人ごみはザッと引き、クレスト兵たちもとっさの事に動けません。

「…見つけました。チューマー!
デュオの、クレアさんの…!みんなの、カタキ!!」

フォーラさんの震える手が上がり、
拳銃の銃口がチューマーに向いた…
その時、
チューマーが身を躍らせました。

獣のような速さでフォーラさんに飛び掛り、
フォーラさんをねじり倒してしまったのです。

コーン、と床に転がる拳銃。

あっという間でした。
右手をねじられ、顔を床に押し付けられて、フォーラさんはただ呻くことしかできませんでした。

「貴様…だれだ。なぜ俺を狙う?」

チューマーの、枯れ木の風穴のような声。

「あなたは…私の…!!うぐッ…ああ…」

フォーラさんの目から大粒の涙がこぼれます。
もう、言葉が続きません。

そこへ、アルピニー准尉が歩み寄りました。

「この喫茶店は、中立地帯で一切の暴力行為が禁止されています。
チューマー、その人を離しなさい。
規定により、その人の処理は我々クレストが行います。」

チューマーに抑えられたフォーラさんに、ばらばらとクレスト兵が取り付きました。

「いやぁッ…離してください…!」

がちゃん。
フォーラさんはクレスト兵に手錠をかけられ、店の外へと連れ出されて行ってしまいました。
なんてことでしょう。

店内は、元通り何事もなかったかのように落ち着きを取り戻しつつありました。

「俺は、もう失礼する…。連絡先はここだ。」

チューマーも立ち上がりました。
メモを手渡され、アルピニー准尉は眉をしかめて黙ったまま、その男を見送りました。


サイドカーが喫茶店の前に土煙をあげて急停車し、
塗料にまみれたコロンさんが店内に駆け込んで、
全てが終わってしまった店内で両手をついてうなだれるのは、
もうしばらくたってからのことです。


10/02/25 18:52更新 / YY
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まろやか投稿小説 Ver1.50