9.『混迷の港』
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。
ARMORED CORE X
Spirit of Salvation
9.『混迷の港』
とにかく走った―
エリーゼは、街の入り口まで来て、背後から聞こえた轟音にふと振り返った…。
街から見て、丘の向こう、立ち上る小さな黒いきのこ雲。
正面にあったゲートがけたたましいサイレンと共に開き、中から一斉に戦闘兵器の集団が飛びだして行った。恐らく街を警備する者達だ。
“リューク―、いや、『彼女』は、無事かしら…?”と、ふとエリーゼは思った。
そして、ふと脳裏に分かれる直前の、彼女の言葉を思い出す。
『今はワタシを信じて行けッ!ワタシも必ず行くからな!!』
そう、彼女は勇ましく力強く言った。そして、自分もそれを信じた。
エリーゼは、まるで当たり前のように開いていたゲートから中へと入った。
周りは、何事かと騒々しく兵士達やこの街の市民らしき人々が騒いでいる。
その中を、彼女はまるでその街の住人であったかのように、自然に人混みへと溶け込んでいった。
大型ローダー車は、その荷台へ破損した謎の機体を乗せ、一路目的地である“開拓の港”へ向かおうとしていた。
野良ミグラントに襲われ、大破された機体に搭乗していた少女は、自らを“フィオナ・ベルダンディ”と名乗り、イグニスらに礼を告げると皆へ“陽だまりの街へ行きたい”と告げた。
休憩室に案内されたフィオナは、レオナが出した飲み物と食べ物を一心不乱に飛び付いた。
「え〜と、つまり…?フィオナちゃんは、“陽だまりの街”へ向かっていたわけだな?」
ジュンは、まるで“あの時のイグニス”のように食事するその少女へ、優しく振舞いながらそう訊ねた。
「はい。あそこに、“リューク・ライゼス”と名乗る人がいると聞きまして。その人の所に身を寄せようと島を脱出したのです」
ステラやネロらとあまり変わらぬ年頃の少女は、ピタリと食事をやめ、はっきりと大人びた口調で答えた。
「そうか…。実は、俺達はその“リューク・ライゼス”を追って、その“島”とやらに向かっていたんだ」
それを聞いたフィオナの顔が凍りつく。
「そんな!?あそこが今どんなところか御存じではないのですか!?」
“ガタッ”と乱暴に椅子から立ち上がる、フィオナは二人へ噛み付くように聞き返した。
「ちょっと落ち着きなさい。私達は、今彼が話したように貴方のいう“リューク・ライゼス”と名乗っているその人物を追っているの」
それを宥める様にレオナがフィオナの肩に優しく手をやり、彼女を椅子へ座らせる。
「リュークは、“陽だまりの街”から重要人物を連れ去って俺達の前から失踪した。詳しいことは、そこにいる影を引いた兄ちゃんに聞けばいいけど、何でも“Δ”トリニティシステムという得体のしれない何かに関わることらしい」
ジュンの説明を聞いたフィオナの目付きが変わる。そして、小さく“どういうこと?お母さんが封印したはずじゃ”とつぶやいた。
「とにかく俺達の事情はこういうわけだから、一緒にリュークを探すのを手伝ってもらえないかな?」
そして、続けてジュンは彼女にそう告げる。
「―分かりました。そういうことならば仕方ないですね」
やや残念そうに、フィオナは答えると、席を立った。
「私、少し乗ってきた機体へ荷物を取りに行ってきます。島へは私が案内しますので…」
“あそこは特殊な場所ですから”と皆へ告げると部屋を後にし、フィオナはカーゴルームへ姿を消した。
「…やれやれ、内が見えない、ちょっとクセの強い子だなぁ」
やや声を細め、ジュンは苦笑いしながらボヤきながら、運転席へ向かう。
「どうかしら…。広杉嬢もそうだったけど、ちょっと背伸びし過ぎている感もなくはないわね」
レオナもチラリとカーゴルームへと続くドアを見送りながら、ジュンの後を続く。
「………」
ただ、黙って事の次第を眺めていたイグニスは、そのままカーゴルームへと向かった。
単純に、彼女が気になったからだ。
自動ドアを開け、フィオナのいるカーゴルームへと足を踏み入れる。
眼前に、回収した例の機体が照明に照らされ、静かに鎮座していた―
「やはり、貴方はあの方々とは少し違うのですね」
声がし、視線を右へと向けるとそこにはフィオナの姿があった。
「…まぁね。そういう君も、なんか違うけどさ」
イグニスはサラリとそう告げ、視線を少女に向ける。
「俺の知っている同年代の子は、もっと無邪気だ」
「それは、その子たちが“子供らしく”過ごせるからなのでは…?私は違う―」
語尾をやや強める様に、そして、何かをこらえる様に、フィオナはそう答えた。
「今は一人にさせてください。色々とあり過ぎて、少し落ち着きたいのです」
そして、そう続けた彼女に、イグニスは黙って頷き、カーゴルームを出た。
“これ以上深入りする必要はない―”
頭のどこかで、そう誰かが囁いた。
エリーゼは、迷っていた。
町へとなんとか潜りこんだものの、どこで落ち合うか、“リューク”と決めていなかったからである。
(とりあえず…、この街地域一帯の情報を収集する必要があるわね)
流れゆく人混みの中、エリーゼは案内看板を見つけ、そこに記された街の中枢部を見つけると、そこに向かうことにした。
(しかし、ここは“陽だまりの街と同等か、それ以上に町としての機能が生きているわね)
ここの指導者の嗜好なのだろうか、エリーゼがいた世界にあったソレにより近い、どこか古典西洋風の建物が通りの左右へ広がっていた。
外周は高く、厚いコンクリートの壁と防衛兵器が広がっていたが、その中はとても古典的―
(なんか…。昔に帰ってきたみたい…)
心にズキッとかすかな痛みの様な感覚。
それを感じまいと、エリーゼは力強く歩を進めた。
「どうやら、彼女の様ね…」
人の流れの中、その彼女を見つめるシルエットが二つ。黒いスーツに身を包み、それらはエリーゼが目の前を通り過ぎると颯爽と歩き始めた。
一人は珍しい赤毛の混じった短髪を持つ女性、一人は不思議な青く透き通ったセミロングの少女。
二人は視線で“間違いない”“タイミングはかせる”と合図すると、歩調を早めた。
「―――」
それにエリーゼは気づいたのか、突然歩みを小走りに変える。
人混みを避け、そして、それを利用し、通りから外れ、小道へと駆けこむ。
「チッ―」
そして、二人組の視線からエリーゼの姿が消えると、二人は消えた地点へと駆けた。
周囲を見回すと、建物と建物の間の小道を駆けぬけるエリーゼの姿が。
二人も彼女の後を追う。
(まったく…、どうしてこんな目に会うのかしら…?私は一体何なの…?)
駆け抜けながらエリーゼはそう思った。
この世界において自分だけが特定の人間達から狙われている。
カッコよく言えば、それは“私でなければならない”という理由が考えられるわけであるが…、
「バカバカしい―」
小さく独白し、彼女は目の前のフェンスをよじ登った。
(ゲームの世界じゃあるまいし…)
フェンスの先、そこはこの町の倉庫街であった。
規律よく整えられた建物と道路。やや遠くに港のクレーンらしきものが見える。
“どこかに身を隠さなければ…”
辺りを見回すエリーゼの視界に、無人稼働するコンテナ輸送車が見えた。
意を決し、施設内に飛び出し、その無人機の荷台へと飛び乗る。
エリーゼが乗っていることも分からぬまま、無人稼働する輸送車は予めプログラムされた場所へと荷を運んでいく。
「参ったわね…。隠れられたわ…」
少し遅れてそこへと辿りついた二人組の一人は、フェンスを強く掴みしめ、唇をかみしめた。
「まったく…、尾行なんてベタなことをするからです…」
青い髪の少女が息を切らしながら、呆れたようにそう告げる。
「ノルンだったら、正面切って『エリーゼ・バーンズさんですか?』って聞ける?!相手は想いってきり警戒感出しまくっているし…」
「ティオ!とにかくここに長居はよくありませんわ。ここは“代表”の専有地。相手のフィールドで目立つことは慎むべきです」
「分かったよ―」
悔しさを滲ませながら、ティオは踵を返し、ノルンと共にその場から去った。
夕刻。
この街の“代表”―こと、ベルセフォネは電話の受話器を片手に、部下から上がってきた情報を受けていた。
オレンジ色の光が差し込む職務室。オレンジの光に照らされて、白い肌と白銀の髪が朱色に染まる。社長室よろしく黒と白で統一され、オフィス然としたその部屋に置かれたディスクには、複数の資料と写真が広げられている。
「…そう。分かったわ。貴方達は通常勤務に戻りなさい。後は私の方でやります」
優しい口調でそうつげてベルセフォネは、受話器を置いた。
「いやはや、まったくですな。貴方のビジネスパートーナーへ銃器を突きつけるとは…」
彼女の手前、片手杖をついてモスグリーンのコートを羽織り、スーツ姿の男が立っていた。
“スモークマン”―そう周囲から彼は呼ばれている。彼はこの地域一帯を拠点に活動する軍事活動を生業とする“企業”の代表だった。
「貴方も貴方でしょう。あの島のカギを手に入れるためとはいえ、勝手な行動は慎んでもらいたいわ」
先ほどとは打って変わってキリッと鋭い瞳でスモークマンを睨みつける。
「いや、申し訳ない…。私も“彼女”に非常に深い興味がありまして。ましてや、かつての私の教え子が共にいるとなると、余計にね…」
皺の寄った口元が軽く笑みを浮かべ、胸元のポケットから葉巻を一本取り出し口へ咥えた。そして、“葉巻は大丈夫かね”と続けて訊ねた。
ベルセフォネが“外で吸って”と言う前に、彼はコートのポケットからライターを取り出し、それへ火を浸ける。
「…紳士気取りの非常識な人ね」
「生憎、私は紳士ではないのでね。それに葉巻はいい。この世界では貴重品だが、私にとっては必需品だよ」
“これが無ければ、仕事ができん”と、部屋の中心に置いてある黒革のソファーへ歩みながら、大きく葉巻の煙を吸い、煙を吐いた。
「フン。おかげで部屋にニオイが着きそうだわ。…それで?いい加減本題に入らせてもらいのだけど―」
「分かっておりますよ」
ゆっくりとソファーに腰掛け、スモークマンは“入ってこい”と声をかけた。
執務室のドアが開き、士官着に身を包んだ一人の女性が中に入る。凛々しい顔立ち。スラリと伸びたボディライン。後ろで、ピンで簡単にまとめられた髪。
まるでドラマに出てきそうな女優のような人物だった。
「その方は?」
「フレア・アルトセーレ・ブルーライネン。我が企業において、私が育て上げた最も優れた兵士です」
自慢げに語るスモークマンに、ベルセフォネは呆れにも“最も優れたね…”と小さく言葉を漏らした。
「貴方の本来の“優れた兵士”は、『あの男』じゃなかったの?」
その言葉にスモークマンのそれまで穏やかだった表情が一瞬固まった。
「それは、過去の話です。それに『あの男』はもうこの世にはいない」
そして、静かに落ち着いた様子で言葉を返し、
「今は、ベルセフォネ代表…。先、貴方も言いかけましたが、口論するために我々はここへ来たのではないのです。貴方の目的を達成するのが先決ですよ?その為に我々は貴方に雇われ、ここに来ている」
そう言葉を続けた。それを見て、ベルセフォネは“食えない男…“と薄ら笑みを浮かべ答え、鳴り始めた通信用の電話の受話器を取った。
そして、電話の内容を聞き終わると、彼女は静かに受話器を戻した。
「早速だけど、貴方達に動いてもらうわ。島のカギが向こうから飛び込んできたようだか…」
―夜。
ライトアップされた港町は、未だ晴れぬ島からの霧に曝されて幻想的に闇夜に映り出していた。
その一角。
ベルセフォネ代表が所有する港湾エリアの一片。
様々な物品がばかりが並ぶその場所に、エリーゼはいた。
夕方。何者かに追われ、逃げた先がこの場所だった。
そして、夜までその配置よく並んだ倉庫群の一つに入り込み、身を伏せていた。
警備の兵が見て回る中、見つからぬよう倉庫から倉庫へと移り、そして、とある場所へと辿り着く。
だが、そこはとんでもないところだった。
見たこともない機械兵器群。まるで金属や機械で生き物を形成したようなキメラ―というべきだろうか?
生理的に嫌悪感を掻き立てる造形をした化物が、ホルマリン浸けのように複数のカプセルの中で保管されていた。
「ここの主は、悪趣味の塊ね。こういうものを集めて、どうするつもりかしら…?」
それらを眺めながら、彼女は奥へと進む。まるで何かに吸い寄せられるように…
“私に関する何かがあるかもしれない”
不気味な空間の中、そんな希望にも似た観測が、彼女の歩を奥へと進めた。
「これは…」
そして、その予感通り目の前にもっとも巨大なカプセルが姿を現す―
目の前にかつて自身が入っていたモノと似たようなソレは、透明ケースとなり、中で眠る者を確認することができた…。
「人―なのか…?」
思わず息を呑む。
機械に呑まれた人というべきか、ソレは人間の男性へと機械が寄生したようなモノだった。
「ッ―」
俯き眠るその男の顔を凝視した瞬間、エリーゼの頭の中を、まるでカメラのフラッシュのように情報の波が次々と流れ出た。
『実験 金属の細胞化』
『魂の電子化にまつわる我々の考察』
『Δ”トリニティ”システムの解析―』
それらが、エリーゼ自身の記憶ではないことを、彼女は瞬時に判断できた。
どこでこんな記憶が頭の中に入ったのか…?
「まさか…、私も―」
一つの絶望が頭に過る。
「よくここまで入り込めたな、客人」
エリーゼを我へと引き戻すように、鋭い一言が倉庫内に響いた。
彼女が振り返り見ると、数名の兵士と共に士官着を着た女性がエリーゼを取り囲んでいた。
「初めまして、というべきか?昼は驚かせてすまなかったな。私は、フレア。我々はこの街の保安部だ。代表の命令で、貴方を迎えに来た」
そう告げ、深部下をお辞儀するその女性。
「そんな社交辞令な言葉で私が貴方達の方へと向かう、と?冗談じゃないわ…」
だが、エリーゼは彼女の正体を直ぐに見極めた。兵士の直感だろうか?間違いなく、“この人間は敵だ”と何かが自身に告げていた。
それにフレアは鼻で軽く笑って、
「どうやら噂通りの逸材らしい」
と、頭を上げた。
「エリーゼ・バーンズ。間違いなく、その直感。その冷静な精神。あの方が欲するわけだ…」
不敵な笑みを浮かべながら、フレアは拳銃を取り出しエリーゼへ向ける。
「一緒に来てもらおう。この状況だ、お前はどうすることもできん」
そう告げるフレアの顔から笑みは消えていた。
「分かったわ…」
それを見て、エリーゼはゆっくりと両腕を首の後ろへやった。
彼女の言うとおりだった。圧倒的な不利。どうやら敵地奥深く、自分は迂闊に踏み込んでしまったらしい。
「彼女を中央ビルへ連行しろ」
フレアの指示を受け、3人の兵士がエリーゼを取り囲み、隠し持っていた拳銃を取り上げ、その手に手錠をかける。
やがて、エリーゼが兵士らと共に倉庫の外へと連れ出されると、そこは彼らの部隊で一杯になっていた。
装甲車からのサーチライトが照らされる中、昼間見た、あのACの姿をエリーゼは見つけた―
「リュークはどうなったの?」
それを見上げ、エリーゼはフレアへ訊ねた。
「アルトセーレの事か?さぁな…、恐らくお前をずっと見ているさ」
それを聞いて、エリーゼが“どういうこと?”と聞き返そうとしたその時、突如近くの海辺から轟音と共に巨大な水柱が上がった。
「来たな、アルトセーレ!」
水柱の向こうから現れた者。それは、右腕を欠損しながらも勇ましくライフルを構えるソルジット・タイプTRだった。
そして、その刹那―
そのライフルが火を噴き、周囲の装甲車を射抜き、辺りを暗闇と紅蓮の炎に塗り替えた。
辺りが瞬く間に戦闘態勢へと変わる。フレアがエリーゼを拘束する兵士に“ビルへ連れて行け”と指示を出すと、
「やってくれる…」
不敵な笑みを浮かべながらすぐさま膝をつき、主を待つ愛機へ飛び乗った。
戦闘システムが瞬く間に起動し、モニターに敵機であるソルジットが映し出される。
ソルジットは、周囲の装甲車を一掃すると、今度は施設へとその銃口を向けた。
「だが―」
フォールン・ヴァルキュリアの紅きカメラアイが闇へ線を描く。
刹那一閃。空を割き、闇へ移るレーザーの一閃。
前後真っ二つに割れたライフルの銃身が空を舞う。
怯むソルジット。だが、すぐさま態勢を立て直し、近接で膝を蹴り出し、ブーストチャージを繰り出した。
「その程度ッ!!」
それをヒラリと風に舞う木の葉のように優雅に交わし、さらに一閃。
ソルジットの頭部がレーザーの刃で消し飛んだ。
「あっ…!!」
エリーゼの眼前で頭部を失ったソルジットが一際大きな火柱を起こす。
そして、まるで糸が切れた人形のように、仰向けでその場へ倒れた。
「リュークッ!!」
思わず声を荒げるエリーゼ。反射的に走り出そうとした時、彼女の肩を強く兵士が掴む。
「クッ…!はな―せ―?」
振り返り睨みつけた相手の顔を見て、エリーゼはおとなしくなった。
その兵士こそ、“リューク”ことアルトセーレだったからだ。
“静かに”
深くヘルメットを被った彼は、指を口の前に立ててジェスチャーでそう告げると、
「…ワタシに任せてほしい」
彼女を連行するように掴み、耳元でそうつぶやき、周りの兵士と共に歩き出した。
周囲の状況に身を任せるまま、二人の姿は中央ビルへと引き上げる部隊の車へと消えた―
9.『混迷の港』 終
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。
ARMORED CORE X
Spirit of Salvation
9.『混迷の港』
とにかく走った―
エリーゼは、街の入り口まで来て、背後から聞こえた轟音にふと振り返った…。
街から見て、丘の向こう、立ち上る小さな黒いきのこ雲。
正面にあったゲートがけたたましいサイレンと共に開き、中から一斉に戦闘兵器の集団が飛びだして行った。恐らく街を警備する者達だ。
“リューク―、いや、『彼女』は、無事かしら…?”と、ふとエリーゼは思った。
そして、ふと脳裏に分かれる直前の、彼女の言葉を思い出す。
『今はワタシを信じて行けッ!ワタシも必ず行くからな!!』
そう、彼女は勇ましく力強く言った。そして、自分もそれを信じた。
エリーゼは、まるで当たり前のように開いていたゲートから中へと入った。
周りは、何事かと騒々しく兵士達やこの街の市民らしき人々が騒いでいる。
その中を、彼女はまるでその街の住人であったかのように、自然に人混みへと溶け込んでいった。
大型ローダー車は、その荷台へ破損した謎の機体を乗せ、一路目的地である“開拓の港”へ向かおうとしていた。
野良ミグラントに襲われ、大破された機体に搭乗していた少女は、自らを“フィオナ・ベルダンディ”と名乗り、イグニスらに礼を告げると皆へ“陽だまりの街へ行きたい”と告げた。
休憩室に案内されたフィオナは、レオナが出した飲み物と食べ物を一心不乱に飛び付いた。
「え〜と、つまり…?フィオナちゃんは、“陽だまりの街”へ向かっていたわけだな?」
ジュンは、まるで“あの時のイグニス”のように食事するその少女へ、優しく振舞いながらそう訊ねた。
「はい。あそこに、“リューク・ライゼス”と名乗る人がいると聞きまして。その人の所に身を寄せようと島を脱出したのです」
ステラやネロらとあまり変わらぬ年頃の少女は、ピタリと食事をやめ、はっきりと大人びた口調で答えた。
「そうか…。実は、俺達はその“リューク・ライゼス”を追って、その“島”とやらに向かっていたんだ」
それを聞いたフィオナの顔が凍りつく。
「そんな!?あそこが今どんなところか御存じではないのですか!?」
“ガタッ”と乱暴に椅子から立ち上がる、フィオナは二人へ噛み付くように聞き返した。
「ちょっと落ち着きなさい。私達は、今彼が話したように貴方のいう“リューク・ライゼス”と名乗っているその人物を追っているの」
それを宥める様にレオナがフィオナの肩に優しく手をやり、彼女を椅子へ座らせる。
「リュークは、“陽だまりの街”から重要人物を連れ去って俺達の前から失踪した。詳しいことは、そこにいる影を引いた兄ちゃんに聞けばいいけど、何でも“Δ”トリニティシステムという得体のしれない何かに関わることらしい」
ジュンの説明を聞いたフィオナの目付きが変わる。そして、小さく“どういうこと?お母さんが封印したはずじゃ”とつぶやいた。
「とにかく俺達の事情はこういうわけだから、一緒にリュークを探すのを手伝ってもらえないかな?」
そして、続けてジュンは彼女にそう告げる。
「―分かりました。そういうことならば仕方ないですね」
やや残念そうに、フィオナは答えると、席を立った。
「私、少し乗ってきた機体へ荷物を取りに行ってきます。島へは私が案内しますので…」
“あそこは特殊な場所ですから”と皆へ告げると部屋を後にし、フィオナはカーゴルームへ姿を消した。
「…やれやれ、内が見えない、ちょっとクセの強い子だなぁ」
やや声を細め、ジュンは苦笑いしながらボヤきながら、運転席へ向かう。
「どうかしら…。広杉嬢もそうだったけど、ちょっと背伸びし過ぎている感もなくはないわね」
レオナもチラリとカーゴルームへと続くドアを見送りながら、ジュンの後を続く。
「………」
ただ、黙って事の次第を眺めていたイグニスは、そのままカーゴルームへと向かった。
単純に、彼女が気になったからだ。
自動ドアを開け、フィオナのいるカーゴルームへと足を踏み入れる。
眼前に、回収した例の機体が照明に照らされ、静かに鎮座していた―
「やはり、貴方はあの方々とは少し違うのですね」
声がし、視線を右へと向けるとそこにはフィオナの姿があった。
「…まぁね。そういう君も、なんか違うけどさ」
イグニスはサラリとそう告げ、視線を少女に向ける。
「俺の知っている同年代の子は、もっと無邪気だ」
「それは、その子たちが“子供らしく”過ごせるからなのでは…?私は違う―」
語尾をやや強める様に、そして、何かをこらえる様に、フィオナはそう答えた。
「今は一人にさせてください。色々とあり過ぎて、少し落ち着きたいのです」
そして、そう続けた彼女に、イグニスは黙って頷き、カーゴルームを出た。
“これ以上深入りする必要はない―”
頭のどこかで、そう誰かが囁いた。
エリーゼは、迷っていた。
町へとなんとか潜りこんだものの、どこで落ち合うか、“リューク”と決めていなかったからである。
(とりあえず…、この街地域一帯の情報を収集する必要があるわね)
流れゆく人混みの中、エリーゼは案内看板を見つけ、そこに記された街の中枢部を見つけると、そこに向かうことにした。
(しかし、ここは“陽だまりの街と同等か、それ以上に町としての機能が生きているわね)
ここの指導者の嗜好なのだろうか、エリーゼがいた世界にあったソレにより近い、どこか古典西洋風の建物が通りの左右へ広がっていた。
外周は高く、厚いコンクリートの壁と防衛兵器が広がっていたが、その中はとても古典的―
(なんか…。昔に帰ってきたみたい…)
心にズキッとかすかな痛みの様な感覚。
それを感じまいと、エリーゼは力強く歩を進めた。
「どうやら、彼女の様ね…」
人の流れの中、その彼女を見つめるシルエットが二つ。黒いスーツに身を包み、それらはエリーゼが目の前を通り過ぎると颯爽と歩き始めた。
一人は珍しい赤毛の混じった短髪を持つ女性、一人は不思議な青く透き通ったセミロングの少女。
二人は視線で“間違いない”“タイミングはかせる”と合図すると、歩調を早めた。
「―――」
それにエリーゼは気づいたのか、突然歩みを小走りに変える。
人混みを避け、そして、それを利用し、通りから外れ、小道へと駆けこむ。
「チッ―」
そして、二人組の視線からエリーゼの姿が消えると、二人は消えた地点へと駆けた。
周囲を見回すと、建物と建物の間の小道を駆けぬけるエリーゼの姿が。
二人も彼女の後を追う。
(まったく…、どうしてこんな目に会うのかしら…?私は一体何なの…?)
駆け抜けながらエリーゼはそう思った。
この世界において自分だけが特定の人間達から狙われている。
カッコよく言えば、それは“私でなければならない”という理由が考えられるわけであるが…、
「バカバカしい―」
小さく独白し、彼女は目の前のフェンスをよじ登った。
(ゲームの世界じゃあるまいし…)
フェンスの先、そこはこの町の倉庫街であった。
規律よく整えられた建物と道路。やや遠くに港のクレーンらしきものが見える。
“どこかに身を隠さなければ…”
辺りを見回すエリーゼの視界に、無人稼働するコンテナ輸送車が見えた。
意を決し、施設内に飛び出し、その無人機の荷台へと飛び乗る。
エリーゼが乗っていることも分からぬまま、無人稼働する輸送車は予めプログラムされた場所へと荷を運んでいく。
「参ったわね…。隠れられたわ…」
少し遅れてそこへと辿りついた二人組の一人は、フェンスを強く掴みしめ、唇をかみしめた。
「まったく…、尾行なんてベタなことをするからです…」
青い髪の少女が息を切らしながら、呆れたようにそう告げる。
「ノルンだったら、正面切って『エリーゼ・バーンズさんですか?』って聞ける?!相手は想いってきり警戒感出しまくっているし…」
「ティオ!とにかくここに長居はよくありませんわ。ここは“代表”の専有地。相手のフィールドで目立つことは慎むべきです」
「分かったよ―」
悔しさを滲ませながら、ティオは踵を返し、ノルンと共にその場から去った。
夕刻。
この街の“代表”―こと、ベルセフォネは電話の受話器を片手に、部下から上がってきた情報を受けていた。
オレンジ色の光が差し込む職務室。オレンジの光に照らされて、白い肌と白銀の髪が朱色に染まる。社長室よろしく黒と白で統一され、オフィス然としたその部屋に置かれたディスクには、複数の資料と写真が広げられている。
「…そう。分かったわ。貴方達は通常勤務に戻りなさい。後は私の方でやります」
優しい口調でそうつげてベルセフォネは、受話器を置いた。
「いやはや、まったくですな。貴方のビジネスパートーナーへ銃器を突きつけるとは…」
彼女の手前、片手杖をついてモスグリーンのコートを羽織り、スーツ姿の男が立っていた。
“スモークマン”―そう周囲から彼は呼ばれている。彼はこの地域一帯を拠点に活動する軍事活動を生業とする“企業”の代表だった。
「貴方も貴方でしょう。あの島のカギを手に入れるためとはいえ、勝手な行動は慎んでもらいたいわ」
先ほどとは打って変わってキリッと鋭い瞳でスモークマンを睨みつける。
「いや、申し訳ない…。私も“彼女”に非常に深い興味がありまして。ましてや、かつての私の教え子が共にいるとなると、余計にね…」
皺の寄った口元が軽く笑みを浮かべ、胸元のポケットから葉巻を一本取り出し口へ咥えた。そして、“葉巻は大丈夫かね”と続けて訊ねた。
ベルセフォネが“外で吸って”と言う前に、彼はコートのポケットからライターを取り出し、それへ火を浸ける。
「…紳士気取りの非常識な人ね」
「生憎、私は紳士ではないのでね。それに葉巻はいい。この世界では貴重品だが、私にとっては必需品だよ」
“これが無ければ、仕事ができん”と、部屋の中心に置いてある黒革のソファーへ歩みながら、大きく葉巻の煙を吸い、煙を吐いた。
「フン。おかげで部屋にニオイが着きそうだわ。…それで?いい加減本題に入らせてもらいのだけど―」
「分かっておりますよ」
ゆっくりとソファーに腰掛け、スモークマンは“入ってこい”と声をかけた。
執務室のドアが開き、士官着に身を包んだ一人の女性が中に入る。凛々しい顔立ち。スラリと伸びたボディライン。後ろで、ピンで簡単にまとめられた髪。
まるでドラマに出てきそうな女優のような人物だった。
「その方は?」
「フレア・アルトセーレ・ブルーライネン。我が企業において、私が育て上げた最も優れた兵士です」
自慢げに語るスモークマンに、ベルセフォネは呆れにも“最も優れたね…”と小さく言葉を漏らした。
「貴方の本来の“優れた兵士”は、『あの男』じゃなかったの?」
その言葉にスモークマンのそれまで穏やかだった表情が一瞬固まった。
「それは、過去の話です。それに『あの男』はもうこの世にはいない」
そして、静かに落ち着いた様子で言葉を返し、
「今は、ベルセフォネ代表…。先、貴方も言いかけましたが、口論するために我々はここへ来たのではないのです。貴方の目的を達成するのが先決ですよ?その為に我々は貴方に雇われ、ここに来ている」
そう言葉を続けた。それを見て、ベルセフォネは“食えない男…“と薄ら笑みを浮かべ答え、鳴り始めた通信用の電話の受話器を取った。
そして、電話の内容を聞き終わると、彼女は静かに受話器を戻した。
「早速だけど、貴方達に動いてもらうわ。島のカギが向こうから飛び込んできたようだか…」
―夜。
ライトアップされた港町は、未だ晴れぬ島からの霧に曝されて幻想的に闇夜に映り出していた。
その一角。
ベルセフォネ代表が所有する港湾エリアの一片。
様々な物品がばかりが並ぶその場所に、エリーゼはいた。
夕方。何者かに追われ、逃げた先がこの場所だった。
そして、夜までその配置よく並んだ倉庫群の一つに入り込み、身を伏せていた。
警備の兵が見て回る中、見つからぬよう倉庫から倉庫へと移り、そして、とある場所へと辿り着く。
だが、そこはとんでもないところだった。
見たこともない機械兵器群。まるで金属や機械で生き物を形成したようなキメラ―というべきだろうか?
生理的に嫌悪感を掻き立てる造形をした化物が、ホルマリン浸けのように複数のカプセルの中で保管されていた。
「ここの主は、悪趣味の塊ね。こういうものを集めて、どうするつもりかしら…?」
それらを眺めながら、彼女は奥へと進む。まるで何かに吸い寄せられるように…
“私に関する何かがあるかもしれない”
不気味な空間の中、そんな希望にも似た観測が、彼女の歩を奥へと進めた。
「これは…」
そして、その予感通り目の前にもっとも巨大なカプセルが姿を現す―
目の前にかつて自身が入っていたモノと似たようなソレは、透明ケースとなり、中で眠る者を確認することができた…。
「人―なのか…?」
思わず息を呑む。
機械に呑まれた人というべきか、ソレは人間の男性へと機械が寄生したようなモノだった。
「ッ―」
俯き眠るその男の顔を凝視した瞬間、エリーゼの頭の中を、まるでカメラのフラッシュのように情報の波が次々と流れ出た。
『実験 金属の細胞化』
『魂の電子化にまつわる我々の考察』
『Δ”トリニティ”システムの解析―』
それらが、エリーゼ自身の記憶ではないことを、彼女は瞬時に判断できた。
どこでこんな記憶が頭の中に入ったのか…?
「まさか…、私も―」
一つの絶望が頭に過る。
「よくここまで入り込めたな、客人」
エリーゼを我へと引き戻すように、鋭い一言が倉庫内に響いた。
彼女が振り返り見ると、数名の兵士と共に士官着を着た女性がエリーゼを取り囲んでいた。
「初めまして、というべきか?昼は驚かせてすまなかったな。私は、フレア。我々はこの街の保安部だ。代表の命令で、貴方を迎えに来た」
そう告げ、深部下をお辞儀するその女性。
「そんな社交辞令な言葉で私が貴方達の方へと向かう、と?冗談じゃないわ…」
だが、エリーゼは彼女の正体を直ぐに見極めた。兵士の直感だろうか?間違いなく、“この人間は敵だ”と何かが自身に告げていた。
それにフレアは鼻で軽く笑って、
「どうやら噂通りの逸材らしい」
と、頭を上げた。
「エリーゼ・バーンズ。間違いなく、その直感。その冷静な精神。あの方が欲するわけだ…」
不敵な笑みを浮かべながら、フレアは拳銃を取り出しエリーゼへ向ける。
「一緒に来てもらおう。この状況だ、お前はどうすることもできん」
そう告げるフレアの顔から笑みは消えていた。
「分かったわ…」
それを見て、エリーゼはゆっくりと両腕を首の後ろへやった。
彼女の言うとおりだった。圧倒的な不利。どうやら敵地奥深く、自分は迂闊に踏み込んでしまったらしい。
「彼女を中央ビルへ連行しろ」
フレアの指示を受け、3人の兵士がエリーゼを取り囲み、隠し持っていた拳銃を取り上げ、その手に手錠をかける。
やがて、エリーゼが兵士らと共に倉庫の外へと連れ出されると、そこは彼らの部隊で一杯になっていた。
装甲車からのサーチライトが照らされる中、昼間見た、あのACの姿をエリーゼは見つけた―
「リュークはどうなったの?」
それを見上げ、エリーゼはフレアへ訊ねた。
「アルトセーレの事か?さぁな…、恐らくお前をずっと見ているさ」
それを聞いて、エリーゼが“どういうこと?”と聞き返そうとしたその時、突如近くの海辺から轟音と共に巨大な水柱が上がった。
「来たな、アルトセーレ!」
水柱の向こうから現れた者。それは、右腕を欠損しながらも勇ましくライフルを構えるソルジット・タイプTRだった。
そして、その刹那―
そのライフルが火を噴き、周囲の装甲車を射抜き、辺りを暗闇と紅蓮の炎に塗り替えた。
辺りが瞬く間に戦闘態勢へと変わる。フレアがエリーゼを拘束する兵士に“ビルへ連れて行け”と指示を出すと、
「やってくれる…」
不敵な笑みを浮かべながらすぐさま膝をつき、主を待つ愛機へ飛び乗った。
戦闘システムが瞬く間に起動し、モニターに敵機であるソルジットが映し出される。
ソルジットは、周囲の装甲車を一掃すると、今度は施設へとその銃口を向けた。
「だが―」
フォールン・ヴァルキュリアの紅きカメラアイが闇へ線を描く。
刹那一閃。空を割き、闇へ移るレーザーの一閃。
前後真っ二つに割れたライフルの銃身が空を舞う。
怯むソルジット。だが、すぐさま態勢を立て直し、近接で膝を蹴り出し、ブーストチャージを繰り出した。
「その程度ッ!!」
それをヒラリと風に舞う木の葉のように優雅に交わし、さらに一閃。
ソルジットの頭部がレーザーの刃で消し飛んだ。
「あっ…!!」
エリーゼの眼前で頭部を失ったソルジットが一際大きな火柱を起こす。
そして、まるで糸が切れた人形のように、仰向けでその場へ倒れた。
「リュークッ!!」
思わず声を荒げるエリーゼ。反射的に走り出そうとした時、彼女の肩を強く兵士が掴む。
「クッ…!はな―せ―?」
振り返り睨みつけた相手の顔を見て、エリーゼはおとなしくなった。
その兵士こそ、“リューク”ことアルトセーレだったからだ。
“静かに”
深くヘルメットを被った彼は、指を口の前に立ててジェスチャーでそう告げると、
「…ワタシに任せてほしい」
彼女を連行するように掴み、耳元でそうつぶやき、周りの兵士と共に歩き出した。
周囲の状況に身を任せるまま、二人の姿は中央ビルへと引き上げる部隊の車へと消えた―
9.『混迷の港』 終
13/02/26 21:40更新 / F.S.S.