連載小説
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8.『放棄できぬ依頼』
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。


ARMORED CORE X
Spirit of Salvation


8.『放棄できぬ依頼』

 “陽だまりの街”
 “彼女”にとって、そこは安住の地になる予定だった。
 だが、“彼女”にはどうしても忘れられない、いや、放棄するわけにはいかない一つの契約があった。
 『ロスト・アイランド』
 その島の『あるシステム』の代行者となる人物を見つけ、連れて帰る。
 それは“絶対に達成できない契約”のはずだった。
 しかし、神は悪戯をする。
 目の前に、それらしき人物が現れた。
 『エリーゼ・バーンズ』
 安住の地で手に入れた情報から、それは“契約達成”のチャンスだった。
「茶番は終わりだ」
 倒れたエリーゼ・バーンズを見つめながらそう告げ、その人物は急いで身支度を始めた。
 大きなバストンバックへ気を失い倒れたエリーゼを器用に折りたたみ、押し込む。
 目覚めない様に、誰にも気づかれない様に、手早く―。
 次にクローゼットの奥から隠していたかつての衣装を取り出し、それに身を包んだ。
 そして、その奥から二つの30センチほどの長方形型アタッシュケースを取り出す。
 大切な品物であるそれを手にとり、“彼”との思い出に心を震わせると、それを手早くバックへ入れた。

 翌朝。
「ふわぁぁ〜…」
 ジュンは、大きく欠伸しながら通路を歩いていた。
 昨晩は、羽目を外し過ぎた。
 一応の事の終わりを告げる食事会のつもりだったが、少々酒に溺れ過ぎた。
 レオナとフィーナ嬢の怒りに満ちた顔、絡まれたイグニスの泣きっ面が今でも鮮明に思い出せる。
(さすがに、謝らないとまずいよなぁ…)
 いくら陽気な性格とは言え、さすがにTPOを最低限弁えないと仕事が無くなるかもしれない。
 そんな予感を酒で思考がにぶった頭の中で思いながら、ジュンは朝食を取るべく、食堂へと向かっていた。
 いつもなら、既にリュークが起きて、皆の分の配膳を始めているはずだ。
 今回よりも少し前、タイプTRをオーバーホールするために引き取りにきた際、そうだったからだ。
「あれ…?」
 だが、食堂へ着いた彼の目の前には、誰もいなかった。
 朝食の配膳どころか、人の気配すらない。
 今回の事件でほとんどの使用人が街を去ったこともあるだろうが、それを考慮してもこれは異様な光景だった。
 それを見たジュンは、ふと思い出した。
 昨日の、彼が退室するほんの一瞬の出来事を。
「まさか、な…」
 心が急にざわめき出した。
“嫌な予感がする”
 本能がそう告げている。
 ジュンは、すぐさまその場を立ち去り、駆けだした。
 目的地は、リュークの部屋。
「リューク!」
 “バンッ”と壁に叩きつけるように大きく開かれるドア。
ジュンがそこへ辿り着いた時、既にそこは蛻の殻だった。
「嫌な予感がしたんだ…」
 その場の勢いとは言え、自らの口から滑り落ちた発言に、苦虫を噛潰したかのように彼はつぶやく。
 全てが遅かった…。

 日が昇り、リュークが失踪した事実。そして、それと時同じくエリーゼも姿を消す―。
 その事実は、残されたメンバーに混乱を招いていた。
「どういうこと?“これまでありがとうございました”だ、なんて…」
 フィーナは、テーブルの上にある手元の置手紙に目を通し、そして、その場にいる皆へ訊いた。
「”私的な問題を解決するため、エリーゼと共に行きます”…。そんなことも書いてあったけど…。なんかリグシヴのアジトへ行ってからおかしかったんだよなぁ」
 苦笑いのような顔でジュンはフィーナへ告げ、”みずくせぇ”とボヤく。
「彼が元々『訳あり』、というのは代表も知っていたのでは…?」
 レオナがフィーナへ訊いた。
「えぇ。父からある程度は、ね。だけど、彼が抱えている問題がどういうモノなのか、それすら私は知らされてなかったわ」
 フィーナ曰く、彼自身はあまり自分の事を話さない、という。
 手がかりなし。情報なし。八方ふさがりだった。沈黙する面々。
 すると、先から部屋の隅で静観していたイグニスが進み出た。
「―イグニス。貴方、もしかして例の力で彼が失踪した理由を読み取ろうとしているの?」
 それを見たフィーナはすぐさまそう告げた。
「もしかしたら手掛かりが見つかるかもしれない…。今の俺には、これぐらいしかできないからさ」
 テーブルに置かれた手紙を前に、イグニスは静かに左手のグローブを外した。
「リュークは、俺にとって大切な依頼主だ。彼がいなければ、俺は今此処に居ないし、さ…」
 そして、ゆっくりと手紙に近づける。
 イグニスの指が手紙に触れた瞬間、彼の脳裏を強い電流のようなモノが駆け抜けた。
 そして、彼は見る―
 リューク・ライゼスという人物の過去とその正体…、そして、今。その行き先を―
 刹那、イグニスはフラついた。これ以上は精神が見た映像に犯される。
「だ、大丈夫か?」
 フラリと足元がふらついたイグニスをジュンが支えた。
「…見えた。リュークは、ロスト・アイランドへ向かっている」
 血の気の引いた顔をしながら、イグニスは皆へそう告げた。それを聞いたレベッカは、”なるほどね”と納得したように相槌を打った。
「あそこは、彼の生まれ故郷よ」
 そして、皆へそう告げるのであった。

 空を流れる雲が、“陽だまりの街”とは違う。
 女は、空を眺め、そして、眼前に広がる光景を見下ろした。
「また、このエリアへ戻ってくることになるとは、ね…」
 女の眼前にはかつて自分が生活した港町“開拓の港”が、そして、その港の先−
 低く垂れこめた雲と深い霧を纏ったかつての故郷、ロスト・アイランドがある。
「それがあなたの本来の言い癖なのね」
 エリーゼの声に、アルトセーレは振り向いた。
 乗ってきたローダー車の窓から半身を乗り出し、こちらを見るエリーゼがいた。
「なんとなく中性的な…、どちらかというと、女性寄りな気がしたけど…。ホント、その通りだったのね」
 エリーゼは淡々と目の前に居る自身を拉致した人間をまじまじと見ながら、そう告げた。
「それはほめ言葉として受け取ればいいか?ワタシは、元々こういう人間だ」
 皮肉を返すようにアルトセーレは言葉を返し、車へと乗り込む。
 そして、エリーゼを“悪いがどいてくれ”と助手席へと追いやると、
「もうすぐ目的地へ到着する。窮屈だが、もう少し辛抱してくれ」
 そう告げ、アルトセーレは車のキーを捻った。
セルモーターが数秒回った後、低い音を立てて、ローダー車は発進する。
「どうしてこういう乱暴なことを?私は、逃げはしないわ」
 重々しい鉄の手錠をかけられたエリーゼの手首は赤くなっていた。恐らく目覚めた直後、抜け出そうと抵抗したのだろう。
「信用できない言葉だな。お前はイグニスと別の意味で、底が知れん」
 アルトセーレの返事を聞いてエリーゼは観念した様子でため息をついた。
「私は私の身をまかせている貴方が信用できないわ」
 そして、続けさまにそう告げ、窓にだらしなく寄り掛かった。
「心配するな。万が一の時は、ワタシがお前を守る。お前は大切な“お客様”だからな…」
 それを横目で見ていたアルトセーレはそう告げ、車のギアを一段上げる。
「どういうこと?」
 エリーゼの問いにわずかな間をおいた後、アルトセーレは口を開いた。
「…簡単に説明すれば、お前は“Δ”システムに関わっているにも。あの目指している島にもあるんだ。“Δ”システムに近いモノが―」
 話を聞いたエリーゼがそれを遮って聞き返すよりも早く、車のブレーキが掛かった。
「伏せろッ!!」
 刹那、叫ぶアルトセーレがエリーゼに蔽いかぶさる。
 エリーゼは一瞬何が起きたか、分からなかった。
 その直後、大きな飛来音と共に複数の爆発がすぐ近くで起きた。
 車が爆風で浮き上がり、横転する。
 天と地がクルクル回る中、エリーゼはようやく事態を把握した。
“ACだ”
 やがて、ローダー車は道路側にあった大きな岩にぶつかり、運転席側を下にした状態で止まった。
 派手に転がったが、二人とも擦り傷程度で済んだようだ。
「…大丈夫か?」
 アルトセーレの声に、エリーゼは黙って頷き答えた。すると、アルトセーレは黙って彼女にかけていた手錠を外した。
「ここから早く出て、街へ向かえ」
 そして、そう指示すると素早い身のこなしで、割れたフロントガラスから外へ出て、中にいるエリーゼに手を差し伸べる。
「リューク。貴方は一体、何をしようとしているの?」
「いずれ教える」
 エリーゼの言葉も聞かず、アルトセーレはグッと彼女の手首を掴むと、車内から引っ張り出した。
「だから、今はワタシを信じて行けッ!ワタシも必ず行くからな!!」
 そして、戸惑うエリーゼを置いて、脱日のごとく荷台へと駆け出した。
 襲撃の犯人であろう紺色のACがゆっくりと歩行しながらこちらへ向かってくる。
 そして、聞こえてくるのはACの機動音。
 エリーゼは駆けだした。
 “今は彼女を信じるしかない”
 それが、エリーゼが自らに下した答えだった。
“最低限、街へ逃げ込めば奴らもそう簡単には手を出さないはず…”
 アルトセーレは横目で街へと駆けるエリーゼを見送りながら、持ってきた愛機ソルジット・タイプTRをブースターとスラスターで、乱暴に立ち上がらせる。
 そして、そのままブーストチャージで紺色のACへ突撃した。
 だが、紺色のACは、それを最初から分かっていたかのように舞妓の様な機動でそれを回避し、間合いを取った。
「フン…。機体を変えられないのは、過去への執着かしら?」
 目の前の見覚えのあるエンブレムを肩に張り付けたACから、聞きなれた女の声がする。
「お久しぶりね。義姉さん…」
 紺色の高機動型ACは、左手に握るレーザーブレードの刃を生やし、構えた。
「かつての二刀流(トゥーソード)、“戦乙女”とも呼ばれていた人間が、禍々しい格好になったものね、フレア・A・ブルーライネン」
 タイプTRも両手のライフルを構え、身構えた。
「“例の女”は街へ行ったか…」
 紺色のACのパイロットは、拡大モニターで街へと駆けていくエリーゼの後ろ姿を見ながら独白した。
「やはり目的は、彼女か。スモークマンの指示か?」
 フレアの視線を察したアルトセーレは、神経を尖らせながら淡々と訊ねた。
「分かっていて聞いているんでしょう?」
 刹那、周囲の空気が強い殺意で凍りつく。
「二丁拳銃(トゥーハンド)!!」
 刹那、弾けたそれは迸るブースターの炎と同じく、両者は激しく火線を交えた。

 アルトセーレが戦いを始めたその頃。
 イグニスら一行は、陽だまりの街を出発し、目的地までちょうど半分の丘陵地帯へさしかかっていた。
 荒野を行くACを積んだ大型ローダー車。その主は、本来依頼完了で地元へ帰還する予定だったジュン・クロスフォードである。
「ジュン。本来なら、断っても良かったのよ?」
 運転するジュンの隣で、レオナは心配そうにそう告げた。彼女曰く、“嫌な予感しかしない”という。
「依頼主は行方眩ませているし、此処から先は私達にこれと言ったメリットはないから」
 そう言葉を続け、近くのドリンクを手にとってそれを口へ運んだ。
「まぁ、レオナのいう通りかもしれないけどさ。なんとなく、後味悪いんだよ。場の勢いとは言え、オレの一言がリュークをあんな行動に走らせたのかもしれないし…」
 苦笑いし、ジュンはコンソールに取りつられたナビゲーションの画面へ視線を向けた。
 クルーズモードで車は入力された目的地へ向かっている。目的地まではどんなに急いでも半日かかる。
 ナビの隣の哨戒レーダーには、何も今の所何も映ってはいない。
「ところでイグニスはどうした?」
「今、後ろの休憩室で休んでいるわ」
 そういいレオナは心配そうに視線を後方のドアへ向けた。
 この車には、簡易宿泊を可能にした休憩スペースが設けられている。
 決して広くて快適とは行かないが、イグニスにとっては唯一一人でゆっくりできる時間だった。
 部屋に据え付けられたスチールのテーブルの上に、レベッカから託された例のファイルを広げる。
“あの時、俺が見たのは…”
 脳裏にもっとも強く残る光景。
 それは自分の知るリュークらしき人物が、親しいと思われる青年を抱き抱え、空に向かい泣き叫ぶシーンだった。
 それがどういう意味があるのか、今は分からない。ただ、もう一つ見えたキーワードが、イグニスに何所か今回の一件が、自分たちが関わってしまった“Δ(トリニティ”システムと、どこか関係があるように、そう思えた。
 『魂の電子化』と名付けられたこのファイルに収録された素人には理解できぬ言葉で記された数々の実験データの一片。
 唯一素人でも理解できた項目。それは−
『イグニス!ちょっと来てくれないか!?』
 思考を遮るように、ジュンの声が備え付けられたスピーカーから聞こえた。それとほぼ同時に揺れを感じ、大型ローダー車は停車した。
 慌ててファイルを閉じ、イグニスは操縦室へと向かう。
「どうしたんです?クロスフォードさん」
 運転席に来ると何やら電子機器が騒がしく音を立てて、フル稼働していた。
 その中で、レオナはヘッドセットを装着し、目の前にあるレーダー機器らしきモノを操作し、何かを探っているようだった。
「俺の事は、ジュンでいいよ。それよりもお願いがある」
 チラリと横目で現れたイグニスの姿を見て、ジュンはレーダーを指差した。
 レーダーの画面には、七つの反応が自分達の前方にある。
「この先頭の未確認機から救難信号が出ている。プラス後方の五つは恐らく〜…、野良のミグラントだろう。それを助けてやってくれないか?」
「追われているのは、女性二人組のようね。識別不明機に乗っているようだけど…」
 ヘッドセットから聞こえる音からそう判断したのだろうか?
レオナはそう告げると、返事の無線を流し始めた。
「どうして俺が?ジュンさんは?それに俺達の目的は人助けじゃないし…」
 怪訝そうな顔でイグニスはジュンに聞き返した。
「まぁ、細かいことは言うなって!機械に頼らない、お前の腕を一度見ておきたいんだよ。どうせ向こうに着いたら、戦闘があるだろうしな!」
 不敵な笑みを浮かべながらそう告げて、ジュンは手元のコンソールをいくつか弾いた。
「安心しろ。万が一の時は、俺が助けに行くからさ。ほら、急いでACに乗った乗った!」
 そして、席を立つと戸惑うイグニスの背を押して、後方のキャリア部へと共に向かった。
 そのキャリアでは、ジュンのAC−ソルジット・タイプTLとエリーゼが乗っていたAC−ファントム・タイプLが鎮座し、搭乗者が来るのを待っていた。
「むちゃくちゃだ…」
 不貞腐れた顔でイグニスはつぶやき、ファントムへと乗り込む。
「何か言ったか?」
 ファントムのコクピットシートへ収まったイグニスの頬をつねり上げられ、イグニスは堪らず“何でもありません”と謝った。
「俺がオペレートする。だから、安心して戦闘に行って来い」
 そう告げながらヘルメットを投げつけると、彼はコクピットハッチから離れた。
 そして、グッドラック!と言わんばかりに、ニカッと笑いながら親指を立て、ジュンはインカムを装着して鋼板から姿を消す。
「やるしかないな」
 自分へ言い聞かせるようにイグニスは小さく呟くと、手慣れた手付きで内部のコンソールを操作した。
 刹那、コクピットハッチが閉まり、カメラアイの奥に薄ら光が灯る。
 そして、ジェネレーターが起動する音と各種システムが立ち上がる音を立て、ACファントムは目覚めた。
 それとほぼ同時に上部の格納ハッチが解放。左右へ割れた天井の先、漆黒の曇り空が広がる。
 イグニスは足元のフットペダルを強く踏み込んだ。
 ブースターを吹いて、ファントムは空高く跳躍する。
(タイプOよりも、機体が軽い…。高機動型なのか?)
 予想よりも早い跳躍の速度に内心焦りながらも、機体を制御してファントムはローダー車の前に着地する。
『イグニス。ACでの戦闘経験は?』
 通信機ごし、ジュンが訊ねてきた。
「指折り数える程度だけ。それも、全て俺が追われる側だった」
『そうか。なら基礎は十分だな。戦闘は俺がサポートするから、お前は自分の直感と俺の言葉を信じろ』
 そう告げ、ジュンは手元のモニターを見た。
 ファントムのカメラアイから送られてくる映像がそこには映されている。
「そんなむちゃくちゃな…」
「ごちゃごちゃ言わずに早く行けッ!目標が堕ちるぞ!!」
「もぅ!分かりましたよ!!」
 ジュンに怒鳴られ、イグニスはやけくそ気味にブースターを点火した。
 グライド・ブースト。音速に近い速さでファントムは不毛の大地を駆け抜けた。

 激しく身を揺さぶる振動。
 時々轟く爆発音。
 主を守ろうと機体を操縦する侍女は焦っていた。
「セティア…」
 シートベルトでしっかりその華奢な体を固定されたその幼き主は、心配そうにモニターへ語りかけた。
『大丈夫よ、フィオナ。ワタシを信じて』
 決して現状を探られまいと、侍女は優しく力強く答え、愛機の状態を見た。
 自分らを浸け狙う敵が敷いた包囲網を、戦闘による強行突破で脱出してきた愛機は、あちこち欠損していた。
 戦闘は不能。そして、かつてあの青年から教えてもらった“外の世界”の救難信号は、欲望や野望に満ちた者達を呼び寄せ、教えてもらった目的地まではかなりの距離がある。
“八方塞がりとはこのことか”と侍女−セティアは思い、機体を跳躍させた。
 ACと似て異なるその機体は、残った胸部マシンガンを展開させ、それを追ってくるAS−12 AVESと呼ばれる敵機群へ掃射する。
「くっそッ!!ちょこざいなぁ…!!」
 先頭にいた赤いラインが入った機体の主は、憎たらしい声でそう叫び、掃射の嵐をかいくぐる。
 その主は、自分にミグラント・フリードと名乗った。ここら一帯は彼らの駆り場だったようだ。
 本来、この機動特戦機『ヴァンツァー・スティング』の性能なら、この程度の兵器群は敵ではないはずだ。
 しかし、前述の戦闘でその機体とその機能の9割が欠損してしまった。動いているのが奇跡である。
「ハハハッハアァッ〜!!逃がさないぜ!ねぇ〜ちゃ〜んよおぉぉぉ〜〜!!」
『クソッ、気持ち悪い声を出すなッ…!!』
 乱射の間を詰めてくるAVESが取り付けられたロボットアームを展開する。
 その先には鋼鉄を切り裂くレーザーブレードが備え付けられていた。
 それを見て、セティアは反射的に機体を操作し、回避運動へ入ろうと、機体へ命令を出す。
 だが、機体は動かない。サブモニターに警告。アクチュエーターブロー。
「そらよ!!」
 刹那、斬撃の強い衝撃が侍女と幼き主を襲う。
「きゃあぁぁぁァッ…!!」
 悲鳴に似た叫び声を上げ、フィオナは気を失いそうになった。
『フィオナ様!』
 だが、自身を必死で守ろうと叫ぶ侍女の叫び声にかろうじて意識を取り戻す。
「鬼ごっこは終わりだぜ。お嬢ちゃん」
 辺りを囲むAS−12 AVESの群れ。
「女子供は、特定の顧客に高く売れるんだ。特に、あんたのような秘境から来た女たちはな」
 舌舐めずりしながら、そう告げるフリード。ミグラントという名の野党たちが、ジリジリと囲んで作った包囲の輪を縮めてくる。
 もはや機体は動かない。このまま彼らに捕まるぐらいなら―
「ん?レーダーに反応が?」
 ―と、突然フリードを始め、相手が一斉に空を見上げた。
 スティングもそれに釣られるように見上げる。
 ボロボロのヴァンツァー・スティングが見上げた先、そこには一機の人型のシルエットがあった。
 紫色と白で象られた人の形をした機械。それがアーマード・コアだと気づくにそれほど時間はかからなかった。
『そのまま蹴りこめッ!!』
 イグニスはジュンが叫ぶままファントムを操作し、敵機へ突っ込んだ。
 ブースト・ドライブ。
 ACでさえ、機体フレームを歪ませる荒技を叩きこまれた一機のAS−12 AVESは、ラグビーのボールのように地面を跳ね転がった後、爆散した。
「ありゃあ、シュッツガルトで見た機体!?何でここに居る!?」
 本来なら陽だまりの街にいるはずの相手に、フリードは思わず声を反転させた。
「ん?その声はあの時の…。まだ懲りずに小悪党な事をしていたのか」
 外部スピーカーから聞こえてきた声に聞き覚えがあったイグニスは、辺りを見回しながらそう告げた。
「チキショウ!!乗っているのはよりにもよってキサマか!またしても邪魔しやがって!あの時の復讐だ!叩き潰してやる!!」
 “野郎ども!!”と声をかけると、フリードが乗るAS−12 AVESを始め、全機がACファントムを囲んだ。
「いくらACでもな、フリード旅団には敵わないんだよ!!」
 そして、刹那周囲をグルグルと高速で回り始めた。
「ふぅ…」
 それを見て、浅く息を吐きながら身構えるイグニス。“敵が攻撃したときがチャンスだ”とヘルメットに内蔵された無線機からジュンの声が聞こえる。
「−喰らえッ!!」
 次の瞬間、AS−12 AVESから一斉にENマシンガンが掃射される。
「今だ!」
 それに合わせるようにファントムは大きく跳躍した。
 軽量機故の素早い跳躍。
「なにぃ!?」
 フリードは自信ある戦術を破られ、動揺した。
『一気にライフルとハウザーでたたみ込め!!』
 見下ろした映像と重なるロックオンカーソルに、FCSに、全てを委ね、イグニスはトリガーを引いた。
 刹那、右手の速射型ライフル“LAMPOURDE RF23”が連続で火を噴き、回避が遅れたAS−12 AVES1機を瞬く間に鉄屑へと変える。
 さらに追いこむように、左腕の榴弾砲(ヒートハウザー)“BALSAMINA HH04”から放たれた榴弾が、回避運動へ移ったばかりの1体を直撃し爆散した。
(えっ、何だ?今、俺手慣れたように―)
 機体を着地させたイグニスは内心驚いていた。なぜなら、タイプ0に乗っていた頃と同じように動ける自分がそこにいたからだ。
 そう、これまでの戦闘は全てタイプ0“まかせ”だったのである。自らの意で戦闘をするのは、今回が初めてなのだ。
「ぐうぅぅ…、小癪な奴めぇぇ!!」
 だが、その思考はフリードの叫び声で遮断される。
フリードを始めとする残る3機がブースターによるかく乱機動をしながら、ENマシンガンを一斉に放ってきた。
『ハイ・ブーストでかく乱しろッ!!』
 ジュンの指示とイグニスの反応はほぼ同時だった。
 ファントムは、一定間隔で一瞬かがり火を吹いて、高速で左右へジクザクに動きながら、高速後退する。
 それは乱れ飛ぶパルスの弾丸のほとんどを交す動きだった。
 時折当たる弾も、ファントムのボディを掠める程度だ。
『左手のブレードを使え!』
 ジュンが叫ぶ。既に左手は榴弾砲からULB−13/H型レーザーブレードに切り替わっていた。
 後退から前進へ。ハイ・ブースト―
 眼前に2体の敵機が見える。
「いっけぇぇ…!!」
 勇ましい叫び声と共に、ファントムはブレードを構える―
 次の瞬間、電光石火のごとく斬撃が飛び、それらを上下に一刀両断した。
 “ドォンッ”と小さな爆発が起こり、地へと墜落した2体は爆散する。
(ぐぬぬぬぬッ…、あの小僧。バケモノかよ…)
 やはり小型機動兵器程度ではACに敵わぬと、ようやく実感したフリードは慌てて機体の向きを変えると、
「チクショー!!お、覚えてやがれ!!」
 捨て台詞を吐いて、目にも止まらぬ早さで逃げだした。
『よくやったな。上出来だぜ、イグニス』
 やがて、機影が荒野の向こうに見えなくなると、ジュンから労いの通信が入る。
「いや、俺はただ指示通りに動いただけで…。それはそうと―」
 イグニスは先からカメラアイに映る人物が気になって仕方なかった。
 フリードが逃げ出した直後、見たこともないボロボロの機体から一人の少女が球体のような物を抱え持ち、出てきたのだ。
 イグニスは、彼女に見覚えがあった。
 なぜなら、リュークの手紙を千里眼で見た時、一瞬見た“彼の過去に出てきた幼女”だったから…。

 一方その頃。
「ツゥッ…!!」
 アルトセーレは堪らず声を漏らした。とっさに敵機との間合いを取る。
 ソルジットは各部を斬りつけられ、その白いボディの所々に痛々しい斬り傷が入る―
(おかしい…。こんなに長時間戦っているのに、まったくブレない―)
 眼前にいる機体。近接に特化した機動型のAC。
 ガトリングガンとレーザーブレードで構成された機体。
「どうした…?腕が落ちたか?二丁拳銃(トゥーハンド)」
 堕天した戦女神(フォールン・ヴァルキュリア)と名乗るそのACは、レーザーブレードの出力口についた鉄屑を振り落とすように、左腕を大きく振り下ろした。
 そして、その刃先をボロボロのタイプTRに向ける。
「私はお前と違って、先生の言いつけを守ってきたからな…」
 グッと握り拳を作り、フレアは告げた。そのパイロットスーツは他と違い、まるでパワードスーツのような多くの強化機構が仕込まれている。
「―なるほど。あの“クソジジイ”の操り人形になったのね」
「黙れ。やはり、貴方の様な人に二丁拳銃(トゥーハンド)の名は勿体ないわ。もはや貴方は過去の存在。詰らぬ感情に揺さぶられ、兵士へと昇華できぬ欠陥品…」
 フレアが語り終わるとほぼ同時に、突然漆黒の空より漆黒に彩られた異形の超大型ヘリが舞い降りた。
(―あれは!?)
 ステルス迷彩がほどこされたソレは、まさしくアルトセーレにとってもっとも憎むべき相手が駆る機体だった。
 カメラアイをズームにする。ドーム状になったコクピット・ガラスに浮かび上がる男の影。
 軍服を纏い、紅きベレー棒を被り、杖を持った初老の男性。
「スモークマン!!」
 刹那高ぶった感情をむき出しに、アルトセーレはその人物の名を叫んだ。
 それに男は答えることなく、冷たく見下していた。
 そして、静かに右手を上げ、刹那それを振り下ろす。
 それが彼の攻撃の合図だった。
「クソッ…!」
 ブースターで向きを変え、タイプTRはその場から駆けだした。
 大型ヘリの、前面に装備された複数のオートキャノンのカバーが開き、砲身が向き出しになった。
『ターゲット・ロックオン、ファイヤ―』
 まるで巣を攻撃されたスズメバチのように数えきれない量の弾丸が、一斉にタイプTRへ襲いかかる。
「それがお前の正式な挨拶か!?」
 次々と襲いかかる弾丸の嵐。上空から容赦なく降り注ぐソレらを、ブースト機動とジャンプで、必死に回避する。巻き込まれれば、一瞬で機体がパイロットと共にハチの巣にされてしまう。
「―フレア、分かっているな?」
「はい、先生」
 スモークマンの指示を受け、フレアは機を飛ばした。
 まるで弾丸の海をサーフィンするように、フォールン・ヴァルキュリアはそれらを潜り抜け、タイプTRに向かっていく。
 それを見たアルトセーレは一瞬、横目で街までの距離を見た。
 気づけば、街と外界を隔てる領域ラインまであと少しになっていた。
 これ以上近づけば、街から防衛部隊が出撃する。
「アルトセーレ!」
 叫び声と同時に、機体がガトリングの弾で被弾し、細かく揺れる。
 視線を前に戻した時、既に目前まで敵機は迫っていた。
 回避が間に合わない−
 刹那、一閃―
 宙をソルジット・タイプTRの右腕部が舞った。
「腕の一本…」
 大きく後方へハイ・ブースト。それと同時に空を舞う自ら腕に狙いをつけ、
「お前らにくれてやる!」
 とっさにそれを撃ち抜いた。
 それが、アルトセーレが今できる最大の反撃だった。
 ハンガーユニットに固定されていたバトルライフルが大きく爆発し、それが追う者にとって目くらましになった。
「やめろ…」
 爆発が終わった後、パイロットへスモークマンは指示を出した。
 既にソルジット・タイプTRの姿は彼らの眼前にはなかった。
 恐らく街の防衛ライン内へ逃げ込んだのだろう。これ以上追うのは、自分達にとって非常に都合が悪い。
『先生、どういたしますか?』
 フレアが訊ねた。
 それに、スモークマンは静かに胸元の葉巻とライターを取り出し、それに火を浸けると、それを口に咥えた。
 そして、“ふぅ”と煙交じりに浅く息を吐くと、
「奴の目的は、“島へ行くこと”だ。奴が考えていることは私には分かっている。一旦引くぞ…」
 そう指示を出し、両者はその場に硝煙と葉巻の香りを残し、姿を消した―


8.『放棄できぬ依頼』 終

12/12/02 22:19更新 / F.S.S.
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■作者メッセージ
こんばんわ、F.S.S.です。
あっという間に、2012年も12月!
私的ですが、この間、ACXが発売されて、と同時に私の新しい生活が始まって、ほぼ一年経ちました。
なんだが、全力で走り続けて気づけば年末…。そんな感じです。
一方、ACXは、前ほどではないですが、時折ログインしております。
やはり、オンラインの関係上、過疎化は避けられないのでしょうか?ちょっと哀愁が…(汗
そろそろ新作情報、お願いしますよ!フロムさん!
さて、次回は年末〜年始頃を予定しています。良く言えば2話同時に出したいな〜
なぜか…?それは、気分次第なのでその時まで秘密です。
それでは、また〜

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まろやか投稿小説 Ver1.50