連載小説
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7.『亡霊の影』
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。


ARMORED CORE X
Spirit of Salvation


7.『亡霊の影』


「また、ベッドの上だ…」
 目覚めたイグニスが最初に視た光景。
 朝で、どこかの野戦病棟のベッド。
「気がついたかしら?」
 その声に視線を横に向けると、神妙な顔をした広杉・フィーナの姿が。
「代表。俺はどうなっていたんだ…?タイプDとの戦闘で、敵の攻撃の直撃を喰らって…−」
 自分に言い聞かせながら、思い出すようにイグニスは一通り喋り、
「それから…―」
そして、そこで何かを思い出したかのようにハッとした顔になって、フィーナの顔を見た。
「…タイプDは、破壊されたわ。貴方を連れ出した、“あの女性の力”によってね。でも、おかげで街は壊滅的な打撃を受けた」
 ギュッと右手で着ていた制服の裾を握りしめ、小さく震えながらフィーナは言う。
「すまない。…でも、皆こうして生きているんだ。俺もできること、協力するから−」
 その刹那、イグニスの言葉を遮るように、フィーナの両手が素早く伸び、彼の首元を掴んだ。
「何よ…。何よ、その言い方。貴方がこの街に来たから…!貴方がいなければ、私が好きなこの場所はこんなことにはならなかった!!」
 半端馬乗りのような格好になり、首を絞めるフィーナの手が強まる。イグニスは息ができない苦しさを覚えながら、それでも抵抗することはなかった。
「だから、貴方は私がここで殺してやる!お父様と私の場所を壊した貴方をここで殺してやる!!」
“彼女の言う通り、恨まれて当たり前”
 彼の人生で過去に何回も出くわした事だ。自分の能力は、周りに迷惑をかける。
だから、物心着いた時からよくわからない施設に預けられ、そこでも人から疎外され、何かの実験台にされ、そして、自分の居場所がほしくて、その施設を出て―…
「やめなさい、代表。貴方が今やっていることは、リグシヴ・ウェーバーと同じですよ」
 燐とした女性の声がテント内に響く。
 それに我に返り、フィーナはイグニスの首からその手を離した。
 その声の主は、本来シュバルツガルトにいるはずのレベッカだった。
「私が此処へ来たのは、貴方に今回の一件をキチンと認識してもらうこと。そして、イグニスに協力してほしいからです」
 諭すような強い口調で語りながら、レベッカはフィーナとイグニスの間に割って入り、そして、半身をイグニスへ向けた。
「イグニス。Phantom-Childrenは崩壊したわ。でも、まだ貴方にはやってもらわないといけないことがある。貴方はΔ(トリニティ)システムに選ばれた。貴方にはこの事件の行く末を最後まで見届ける義務がある」
 そう告げて、シュバルツガルトから持ってきたのか、あの『魂の電子化』とタイトルに書かれたファイルを見せた。
「言ったでしょ?語るよりも、“視る”のが早いと…」
 黙ってレベッカが差し出したそれを受け取る。
 それを視ていたフィーナは、複雑な気持ちになった。
 目の前に、街へ災厄を持ち込んだ元凶がいる。“リュークにしても、救援で来たと名乗る集団のリーダーであるこの女にしても、なぜ、この青年にそこまで肩入れするのか?”、フィーナには理解できなかった。
「持ち場に戻るわ。リューク達が戻ってきたら、荷物をまとめなさい」
 理解できない苛立ちを隠すように、フィーナは踵を返すと足早にテントを出て行った。
 それを見送ると、レベッカは”ふぅ”と深く息を吐いて、
「彼らが戻ってくるのは、昼ごろよ。それまで、今はしっかりと体を休めなさい。恐らく、これから長旅になると思うから」
「どういうことだ?」
「エリーゼ・バーンズ。彼女を探し出すのが、まず貴方がやることよ」
 それにイグニスは“どういうことだ?”と顔を顰めて訊き返した。

 同じころ。
 リューク・ライゼスとジュン・クロスフォードを始めとする警備部隊の一団は、破壊したタイプDから回収した情報を元に、かつてphantom-Childrenが拠点としていたアジトへと踏み込んでいた。
「ほぇ〜、こりゃまた豪勢な施設なこと。元々軍事施設だったのかねぇ〜…」
 子供のように周りをキョロキョロ見回しながら、ジュンは車を進める。
広大な整備用ドック。きれいに整備され、所々に彼らが使っていたエンブレムが書かれたタペストリーがかけられている。
(かつては、私もこういう所にいた)
 助手席に座ったリュークは、流れる光景を見つめながら、どこか想いは別の所にあった。

 それは遠い昔の事。数え年が2ケタになった頃の話だ。
 この世界で生き残るために、私は人ではなく、兵士になることを決めた。
“ようこそ、名もなき傭兵”
 出迎えたその軍師は、にこやかに優しく笑い、自分の手を取った―

「リュークさん。着きましたよ」
 レオナの声でリュークはハッと驚いた顔をして、現実へと帰った。
 気がつけば、そこは整備ドックと指令室へと続く通路の入り口だった。
「すまない。ちょっと眠っていたようだ」
 目がしらに手をやり、薄らかいた汗を拭きとるような仕草をし、リュークは先に車を降り、レオナと共に入り口で待つジュンの元へ急ぐ。
 3人はその入口へ入り、通路を進む。
 目的地はリグシヴ・ウェーバーの私室。今回の一件の背景に何があったのか、それを探るためだ。
「大丈夫ですか?ちょっとお疲れなのでは?」
 隣を歩くレオナが心配そうにこちらを視てくる。
「大丈夫だ、問題ない」
 視線を通路の先に向けたまま、リュークは答えた。
 長い通路の先、いくつかの部屋を巡った後、3人の目の前に木製の両開きの扉が現れた。
 ここが、リグシヴ・ウェーバーの私室だ。
「さて、ここにお探しの資料はあるかなっと…」
 ジュンがいつもの調子で扉のノブに手をかけ、扉を開ける。
 中は、まるで洋館の一室のような作りをした書斎になっていた。
 主亡き今、ひっそりとアンバー色の電灯が多くの資料らしき本と壁にピンで張り付けられた紙を照らし出している。
「ジュン。私、そちらの本棚見てみるから、そちらの本棚をお願い」
「はいはい」
 リュークの目の前で二人が左右の壁に背をつけるように設置された本棚を調べ出した。
 目的は、一つ。リグシヴ・ウェーバーがなぜ“陽だまりの街”に拘り、何を狙っていたかを調べるため。
 リュークも目の前にあるテーブルの上に広げられた書類に目を通し始めた。
 それは、活動報告書だった。かなり前から何かの為に、つけていたのだろうか?

“1月 ユーリ・広杉の部隊に傭兵として合流する。目的は彼が調べているロスト・テクノロジーを手に入れるため。まずは、リーダーである彼の信頼を得ねば…”

“4月 ユーリが調べているのは、ただのロスト・テクノロジーではない。何かのシステムだ。それが私の依頼主が求めているものなのだろうか?”

“7月 複数の旧施設跡地の占拠に成功。天候が比較的落ち着いている生活可能地域であることから、”陽だまりの地“と名付け、ベースキャンプにする”

“10月 ユーリは何かを隠している。不穏な動きが目立つ。町は、商業中継地として発展。”陽だまりの街“と名を変える”

“11月 周辺地域で防衛戦。『Δシステム』とは何だ?ユーリは、私の部隊に辺境地への進軍を打診してくる”

“同月 依頼主から再依頼。タイプ0と適格者の捜索。そして、”エリーゼ・バーンズ“の捜索”

“12月。ユーリの部隊より脱退。依頼主より資金と設備をもらい、自軍を立ちあげる”

“同月 明日、依頼主が訪問する。一体何の用なのだろうか…?”

「…この直後だったな。奴が狂ったのは」
 小さく、誰にも聞こえないような声でリュークは呟いた。
 そこから先は、今もはっきり覚えている。自分がここへ来たのは、まさにこの直前だった。
 そして、その数ヶ月後。
Phantom-Childrenが初めてテロ事件を起こした日、リューク・ライゼスは目の前で初代代表こと広杉・ユーリ・ケンゾーを失い、フィーナの腹心として生きていくことを決めた。
(―あれから一年)
 その決意からほぼ一年近く。戦いは一応の決着を得た。しかし―
「きゃぁぁっ……!!」
 レオナの叫び声に、リュークは腰につけていた銃を引き抜きそちらへ向けた。
 そして、バサバサっという本棚から本が崩れ落ちる音と共に、振り向いた視線の先、尻もちついて薄暗い部屋の隅を見ている。
「何があったんだ…―って、おいッ!!」
 本棚を指差して震えるレオナの側に寄ったジュンも思わず声を尖らせ、その闇が支配する部屋の隅を視た。
 それにリュークもハンドガンにつけた照明を点けて、そちらへ向ける。
「これは…」
 ゴクリと息をのむ。部屋の隅、本棚の奥にある隠し棚に彼らを驚愕させたモノの姿があった。
 死体。
そこにあったのは、その殆どが白骨化した遺体だった。
 リュークとジュンは本棚をズラし、その棚に置かれた遺体の側へ歩み寄る。
「リューク。やはり、あの時俺たちが戦った“アレ”は偽物だったわけか?」
 かつてリグシヴ・ウェーバーだったと思われる遺体を見ながら、ジュンは訊ねた。
「信じがたいが…、その考えるのが正解なのかもしれない」
 リュークもそうつぶやき、遺体に何か変わったことはないか、丁寧に調べる。
 すると、遺体が着ていた上着のポケットから一枚の紙が出てきた。
「これは…」
 何かのチケットだ。それもかなり古いもの。
 リュークがそこに書かれていた事を読み取るよりも先に、ジュンが“どれどれ…”とひょいとそれを掻っ攫った。
 注意をしようとしたリュークの前でジュンは、そこに書かれていた文字を読み上げる。
 リュークにとってそれは、聞き覚えのあるワードだった。
“ドクン”と心臓が一段と大きく高鳴り、彼は絶句してしまった…。

イグニスは大きく肩を落とし、ほとんど人気のなくなった“陽だまりの街”を歩いていた。
目的地は、かつての自分の家。リトナ・ブラッドの教会跡だ。
「どうしたんだよ。なんかすごく疲れた顔をしてるけど…」
 隣を歩くネロが心配そうに見上げてくる。
 隣のステラも同じだ。心配そうに彼のジーンズの裾をつまみ、顔を見上げている。
「悪いな。ちょっといろいろあって…。まぁ、疲れが抜けないんだよ」
 そう答え、“はぁ…”と大きくため息をついた。
 遡るは1時間前。屋敷の敷地内に出来た医療テントで、レベッカはイグニスに告げた。
“貴方の側にいた女性。彼女こそ、貴方がシステムに選ばれた理由”
 彼女はそう告げた。
“そして、なぜそうなのかは直接聞けばいい。恐らく彼女は街のどこかにいるから”
 そう告げて、レベッカはテントを出た。それと入れ替わりでネロとステラが見舞いに来て、“エリーゼが朝から姿が見えない”と彼に告げた。
 二人の話から、エリーゼは教会跡地へ向かったのでは?と思い、イグニスもそこへ向かったわけだ。もちろん、二人もついてくる。
(あの時…。意識を失っていたはずなのに、エリーゼの戦う姿が見えた)
不思議な体験を、彼はあの時にしていた。
自分がACとなって戦う夢。しかも目の前には、今戦っているタイプD。
視線はタイプ0と、あの“ファントム”。
まるでゲームでもしているかのように、戦う二機の後方から彼は戦いを見ていた。
タイプDの撃破。そして、直後の女性の悲痛な叫び声で彼の意識は暗闇に呑まれる。
(この後ろの、“コブ”が俺に見せた夢なのか?)
 後頭部。触ると薄らと盛り上がる皮膚の下の何か。謎のAC『タイプ〇』によって埋め込まれた機械。
 タイプ〇が大破した今、それが何の役目をするものなのか、知る術を彼は知らない。
 だからこそ、エリーゼと会って、ちゃんと話がしたかった。
 どこかミステリアスな空気を纏う彼女を知りたかった。それが答えへの唯一の手段であるから。
「あっ…。エリーゼ姉ちゃんだ!」
 ネロの声でイグニスは視線を彼が指差す方へ向ける。
 かつての自分の住処。今は半端崩れてガレキの山が散乱する教会跡に、彼女はいた。
 嬉しげに笑みを浮かべ、ガレキの側で何か物思いに耽る彼女の元へと駆けてゆく。
エリーゼは二人に気づくと、どこかぎこちない笑みを浮かべ、二人の子供を迎えた。
「エリーゼ。どこに行っていたんだよ」
 彼の声にエリーゼは視線を彼へと向けると、“散歩よ”と短くいつものように答えた。
「こんなときに“散歩だ”なんて…。どうせ、ウソだろ?」
 呆れたように、イグニスは彼女へ訊き返した。
「ウソじゃないわ。ちょっと気分転換できたし…」
 そう告げて、エリーゼはネロとステラへ“ちょっと向こうで遊んでいてくれる?”と優しく指示した。
「うん」
 空気を察したのか、ネロと短くはっきりと返事すると、心配そうに二人を見つめるステラを諭しながらその手を引いてガレキの向こうへ消えた。
「イグニス。貴方、私に用があるのでしょう?」
 近くに放置されていた木製の長椅子を引き寄せ、エリーゼはそれへ腰かけた。
「そうだ」
 その隣へイグニスも腰掛ける。
「俺の能力なのか、それともこの俺に埋め込まれたシステムなのか、分からないけど…。俺は夢を見たんだ…」
 語り部のような言い回しでイグニスは、昨日見た光景をエリーゼへ語る。
自身がエリーゼと出会うまで、“ここ”で起こったこと、そして、自分の事を話した。

 イグニスの語る話の、それら一つ一つをエリーゼは丁寧に聞き、そして、彼女はそれらの一つ一つから自分に繋がる情報を探り出そうとした。
「…そう。どうして私がこの世界で必要なのか、よく理解できないわ」
 だが、結論は出なかった。イグニスから得られた情報はごくわずか。
 自分がいた時代からここはかなりの時間が経過していること。
 今が、自分がいた世界が崩壊した後の世界であること。
 自分は、この世界で過去の技術に興味がある特定の勢力に狙われていること。
 その3点だけだった。
「君はどうなんだ?」
 一通り話し終えたイグニスは、改めてエリーゼを見た。
 その眼は自身と同じく、どうして自分が必要とされているのかという答えを探すべく、真剣に自分を見ている。
「ごめんなさい、分からないわ。『気が付いたら、ここにいた』としか言えない」
 それはウソでも偽りでもない。
「目が覚めたら、世界が崩壊していて、自分は人ではない何かになっていて…」
 恐らく自分もイグニスと同じ、時折周囲の者が話す“Δ(トリニティ)システム”の一片を埋め込まれたのかもしれない。
(そうでなければ、あんな−)
 昨日の、戦闘直後に我に帰った時の事を思い出す。
「ッ…」
 思わず顔を顰めた。
「すまない。記憶が曖昧なんだな…。だから、俺でも読み取れなかった」
 イグニスがサイコメトリーの力が宿る左手を見る。
 その顔は、どこか辛そうだ。何か、彼も思いつめているのだろうか。
「―じゃあ、探そうよ。二人の求めるモノを」
 別の方から声がして、そちらへ顔を向けた。
 声の主は、ネロだった。そのネロの手をギュッと強く握り、ステラも訴えるような眼差しでエリーゼとイグニスを見ている。
 どうやら子供達は、自身たちの話をずっと聞いていたらしい。
「イグニス兄ちゃんは、自分が選ばれた理由を探すため。エリーゼ姉ちゃんは、自分の記憶を探すため」
強い口調でネロは二人へ告げる。
 なんということだ。
 始めから分かりきっている事を子供に言われるとは…
「ったく、この10歳過ぎのおこちゃまが生意気だぞ〜」
 鼻で笑い、イグニスはネロの頭をクシャクシャと乱暴になでた。
 それにネロが“おこちゃまじゃない”と顔を真っ赤にして怒り、その手を跳ねのけようとする。それを隣でステラが楽しそうに眺めている。
(決して、この世界でも…一人ではないのね)
 その光景を見ながら、エリーゼはどこか心が満たされるような、温かい気持ちになった。
 その夜。
 広杉邸に戻ったイグニス、エリーゼ一行と調査から戻ったリューク、ジュン一行は、屋敷の食堂で食事を囲みながら、それぞれの思いや調査結果を話していた。
 イグニスとエリーゼはこれからの動向を、リュークとジュンは調査結果を皆へ告げ、食事へと入る。
「それにしても、まさかの探し人がこんなに近くに居るなんてなぁ…」
 皆よりも早く一通り食事を平らげたジュンは、椅子の背もたれを傾け前後へ揺らしながら、そう告げた。
「ジュン。TPO守ってよ」
 顔をしかめて注意するレオナに、“いいの、いいの”と反省する事もなく相槌を打って、視線を向かいの席に座るエリーゼへ向けた。
「まぁ、記憶喪失なら仕方ないな。でも、よくとっさに偽名なんて思いついたもんだ」
「簡単よ。私の名前は、造り物だもの」
「そりゃ、達の悪いジョークだ」
 “はははっ”と笑い話すジュンの隣、広杉・フィーナの側でリュークは黙り込んでいた。
 一人何かを思いつめたような表情のまま、スープにスプーンを浸け、動かない。
「どうしたの?リューク」
 フィーナに声をかけられ、リュークはビクッと体を一瞬震わせ、我に返る。
 弾みでスプーンを浸けたスープ皿が大きく揺れ、リュークのいつもの執事服へかかる。
「あっ、ごめんなさい。すぐに拭くわ」
 慌てて手元のナプキンを手にとり、フィーナは席を立った。
 それに対し、リュークは“大丈夫です!”と振り払うように強い口調で言うと、皆と視線を合わせることなく、食堂を駆けだした。
「あれっ?リュークの旦那!?」
 ジュンの掛け声にも振り返らず、リュークは乱暴にドアを開け、食堂を後にする。
「どうしたんだろうな?調査に行ってから、妙に考え事しているような…」
 大げさに首をかしげながら腕組みしてジュンは、そう独白する。
 それに、答えるようにフィーナは席について、
「まぁ、彼。潔癖なところがありますから…」
 そう皆へ説明するように答えた。そして、チラリと先からコソコソと何かをしているネロ達へ向ける。
「それよりも君達。貴方も、相当乏しい生活をしていたのね」
 食事をパックらしきものに詰めるネロとステラをフィーナは見た。
「食べ物は逃げないし、与えないことはないわ」
 “安心して食べなさい“と告げ、イソイソと食べ物を袋へ詰めるイグニスを呆れた目で見た。
「…す、すまない。つい癖なんだ」
 どこか余所余所しく答える彼に、周りが笑い声に包まれる。
 そして、楽しい穏やかな時間は経ち、子供達は眠り、残った者たちは酒が入り始めた頃。
「………」
 皆が談笑する最中、エリーゼは、静かに席を立った。
 そして、誰にも気づかれない様に、さりげなく食堂を後にした。

「“偽名”…か」
 リュークは声を押し殺すかのように、苦しげに、小さく呟いた。
 彼は、食堂を後にすると自室へ駆け込んだ。
 1Kぐらいの広さの奥行きが広い部屋。奥には、浴室とトイレ。その隣には、小さいながら炊事場が完備してある。
 そこは、もっとも代表に近い立場である執事専用に設けられた部屋だった。
壁際には、初代代表から譲ってもらった旧世代の銃器のコレクションがいくつか壁にかけられている。
その向は食器棚。中には、アンティーク物のティーカップが数点。これも初代代表から譲ってもらったものだ。
 初代代表は、彼の事を知っていた。知っていたというよりも、理解を示した、というのが正解なのかもしれない。
「あんな戯言に、心乱されて…。私は疲れているのかもしれない…」
 自分へ言い聞かせるように、独白して、リュークは汚れた上着を脱いだ。
(シャワーを浴びて落ち着こう。そうすれば、自ずとやるべきことが分かるかもしれない)
 そして、それを丸めると奥の脱衣スペースへ歩く。
(私のこれから、やるべきことが…)
“シャ”っと、レースのカーテンを広げる。上着に手をかける。
 刹那、そこに彼の姿はなかった。
 浴室へ人影が消えると、部屋の入り口のドアを開け、エリーゼが入ってきた。
 先のリュークの表情が気になり、謝るためだ。
(何か地雷を踏んだ感じだったのよね…)
 奥から水が流れるような音が聞こえる。かすかに天井伝いに湯気が流れている。
「お風呂、かしら…?」
 ふと、近くの壁に掛けてあるコルクボードが目を引いた。
 写真がいくつか貼ってある。
 それがなぜか気になり、エリーゼはその側によってピンで張り付けられたそれらを見た。
 部隊結成時の集合写真。
 領地戦の勝利の写真。
 今よりも少し前の広杉・フィーナと、初代代表とのスリーショット。
 そして―
「ん…?」
 一際茶色く古ぼけた写真がその写真の裏に隠すように張り付けてあった。
 思わずスリーショットの写真をめくり、それを見る。
「えっ―」
 そこには、エリーゼが知るリューク・ライゼスの姿はなかった。
 変わりに映っていたのは、黒き迷彩服を着てカメラに向け、笑顔で親指を立てる若き男性とウエディングドレスのような美しい衣類を着た女性。
 その二人の間で楽しそう笑みを浮かべる幼き少女。
 それを囲むメイド達。皆笑顔の中、一人だけ笑っていないが…
「…家族、かしら?」
 エリーゼが呟いたその時、“ガチャリ”とリボルバーの弾奏が回る音がした。
「−何のつもりかしら?」
 後ろ頭に突きつけられた固い物を感じながら、エリーゼは振り返らずそう訊ねた。
「それは、こちらのセリフだ。何が目的で、人の部屋へ勝手に入った?」
 声の主はリュークだ。その声には怒りが含まれている。
「私は先の非礼を詫びに来たのよ。貴方、先皆の話している内容を気にしていたでしょう?だから、気になったの」
そして、“この物騒なものを退けてもらえるかしら?”とエリーゼは言葉を続けた。
「…そうか。だが、悪いができない。お前が現れたおかげで思い出したんだ。私が“此処へ来た訳”、やるべきことを−」
 エリーゼがその言葉の意を確かめようと振り返った瞬間、腹部から全身へ雷に打たれたかのような強い電流が流れた。
 声を出せぬまま、エリーゼはその場へ倒れる。
 そして、朦朧とする意識の中、最後に彼女が見たのは、その写真に映る唯一笑っていないあのメイドだった。
「ワタシには、見えるんだ。置いてきた、亡霊の影が」
 意識を失い、倒れたエリーゼを見ながらその人物は言う。
「…もう、茶番は終わりだ―」
 そう告げ、その人物は急いで身支度を始めた。
 その者は、かつてアルトセーレ・ブルーライネンと呼ばれていた。

7.『亡霊の影』 終

12/10/24 21:40更新 / F.S.S.
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■作者メッセージ
どうも、作者です。
Spirit of Salvationもいよいよ新章に入りました。
ポチポチと合間縫って書き上げていけたらよいなと考えております。
また、私のかつて書いた旧作の小ネタやアイデアなども色々と挟んでいく予定でもあります。
リアルでは、頭を刺激できる出来事や作品がなく、ちとマンネリ気味でもありますが…。
それでは、次回は11月下旬を予定しています。
その時まで、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…。

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まろやか投稿小説 Ver1.50