12.『現在(いま)/目覚め』
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれています。
ARMORED CORE X
Spirit of Salvation
12.『現在(いま)/目覚め』
放物線を描く―
そして、それは向かい来る敵機を通り抜け、近くの建物へ当たり、炸裂する。
瞬時に数千度の灼熱となって、その衝撃と共にACという兵器の装甲を焦がした。
「ッ…!」
イグニスは歯を食いしばり、高Gに耐える。
ブーストダッシュ―
ライフルを構え、照準をFCSに任せ、乱射。直線を描き、高速で無数の弾丸は襲い来るソルジット隊へと向かった。
火花を散らし、装甲のかけらが弾け飛ぶ。だが、それをものともせずAC“ソルジット”たちは、ガトリングガンを構え、ファントムへと襲いかかった。
刹那、ライフルの弾幕よりも激しい弾の嵐が、けたたましいうなり音と共にファントムへと向かった。
「―ジュンさん!」
跳躍。さらに宙を蹴り、施設の影へと身を隠す。
ソルジット3機がそれを追撃しようと銃口をそちらへ向けた時、蒼白のシルエットが彼らの前に躍り出た。
それも同じくソルジット。しかし、それは彼らの機体を元に造られた異なる機体―タイプTL。
「いっけぇぇ!!」
パイルバンカーを構えた右腕が、ファントムを追っていた一機のソルジットへ鉄杭のように振り下ろされる。
刹那、激しい打撃音と共に小さな爆発が起き、胸部を射抜かれたソルジットの体がビクンッと痙攣を起こした後、沈黙した。
それを見た2体のソルジットがハイ・ブーストで後退しながら、主兵装であるKO―5K3/LYCAENID式ガトリングガンを構えた。
「逃がすかよ!」
飛んでくる弾丸の雨を潜り抜け、タイプTLは左腕の、もう一つの近接武装であるBD−0 MURAKUMO“刹那”を構えた。
空を裂き、白き刃が容赦なく2体のソルジットのガトリングと共に両腕部と脚部を切り裂く。
よろめき倒れる2体へ止めを刺そうとジュンは、ブースト・チャージの態勢に入る。
だが、それは放たれることはなかった。
「チッ!」
別方向からの銃撃。残るソルジット2機とフォールン・ヴァルキュリアの銃撃だった。
「図に乗るな!劣兵どもが!!」
殺意をむき出しに、悪鬼のごとくフレアはブーストペダルを強く踏み込み、機体を飛ばす。
軽量機ならではの瞬発的加速力。回避運動へ移ったばかりのタイプTLとの間合いをまた瞬く間に詰めた。
そして、鋭く出力されたレーザーブレードを持つ左腕を振り上げ襲いかかった。
「野郎ッ!」
自機を上回る加速力に驚愕しながらも、ジュンは直感にまかせBD−0 MURAKUMO“刹那”を振り上げた。
振り下ろされたレーザーの刃とそれを遮る鋼鉄の刃がぶつかり激しく火花が飛び散る。
「チィッ、小癪な!」
弾かれた刃を構え直し、フォールン・ヴァルキュリアはさらに突きを繰り出す。
胸部をわずかに焦がしながら、ハイ・ブーストで後退し、その突きを交わすタイプTL。
フォールン・ヴァルキュリアと一騎撃ちの様相になったタイプTLへ僚機のソルジット2体がガトリングガンの照準を合わす。
それと入れ替わるように、上空から手榴弾が降ってきた。
「やらせるかよ!!」
それはイグニスのファントムから放たれた物だ。
ロクに狙いをつけずライフル弾と共に上空からソルジット部隊へ向け、乱れ撃つ。
連続で起きる爆発に身動きを取れないソルジットたち。
「よし、このままなら……!!」
わずかながら勝機を確信する。だが、それを否定するように警告音がコクピットに鳴り響く。
「…!?」
物々しいロックオン警告音に本能的に反応したイグニスが、操縦桿をわずかに倒しながら、視線を其方へ向けた―その瞬間だった。
「な!?イグニスッ!!」
三つの小さな閃光が空を駆け巡り、ジュンの目の前で、それに襲われたファントムの左腕が弾け飛んだ。
「うわぁぁぁぁぁ………―!!」
爆発を起こし、コントロールを失ったファントムは、施設建屋へと墜落し、建屋の崩落と共に沈黙した。
「イグニス!クソッ、増援かよ!」
それを横目で見ながら、フォールン・ヴァルキュリアと大きく間合いを取って、ジュンは気づく。
新たなる敵の襲来―いや、敵の本隊に。
『なるほど、リグシヴを倒しただけはあるな。まぁまぁの反射力だ』
大型ヘリのローダー音と共に20…いや、それ以上の数のソルジット部隊が姿を現した。
だが、先の攻撃はそれらによるものではない。
その大型ヘリの下部に牽引される多脚のAC―それがこの部隊長であるスモークマンの愛機“グローリー・スター”のものだった。
「ヘッ…」
ジュンは思いだした。この声を通して伝わる背筋の凍る殺意を。
かつて陽だまりの街の決戦で、リグシヴ・ウェーバーを殺したあの声の主だった。
「ジュン・クロスフォードか…。流れの技術屋が、ここで何をしている?」
大型ヘリより切り離され、施設の建屋屋上へ着地したグローリー・スターは、その単眼で冷たく2体のACを見下ろした。
「先生!」
歓喜の声を上げるフレアに、スモークマンは大きくため息をつき、“愚か者が!”と怒鳴りつけた。
「何の為にオーバード・ウェポンと例のシステムを組み込んだと思っている。お前はその程度か?」
「も、申し訳ありません!先生のお望み通り、邪魔する者はすぐに撃破して見せます!」
震える声でスモークマンにそう答えるとフレアは、大きく深呼吸し、コクピットのコンソールにあるいくつかのボタンを叩いた。
「あれは、オーバード・ウェポン―」
次の瞬間、ジュンの目の前でフォールン・ヴァルキュリアがその背と顔面を変形させ、左腕を噴き飛ばし、さらにその右腕が大きなグラインド・ブレードへと変形する。
細身のダークブルーの機体が、瞬く間に6連チェーンソーを持つ獣へと変化した。
「お前ごときにこの形態を使いたくはなかったが―…、貴様たちを殺す…。先生の前で辱めた罪、その身をもって償ってもらう!!」
OSからの警告音が鳴り響く中、彼女の体が変化した。まるでボディビルダーのごとくスーツを内側から押し上げる様に大きく両腕、両足が隆起し、顔面に血管が浮き出る。
パイロットスーツに仕込まれた対G機構と投薬機による影響だ。さらに機体もタイプTLと同じように各部の冷却フィンが全開になり、そこから排出しきれぬ熱が蒸気となって噴き出した。
もはや、そこに“ヴァルキュリア”の面影はどこにもない。ここにいるのは、獣へと堕ちた戦乙女だ。
「てめぇ…、その一連のシステム!どこで手に入れた!?」
ジュンには目の前の光景に見覚えがあった。
自分が追う、“あの男”。その男が駆るACも同じように、常軌を逸脱した変身をしたからだ。
「知りたいか?知りたいのならば、まずは彼女に勝つことだ。若造!」
スモークマンがそう答えると同時に、弾丸のごとくフォールン・ヴァルキュリアは刃を構え突進してきた。
「チッ!」
舌打ちし、唸る紅蓮の刃を機体と共にかわす。鋼鉄の装甲越しに熱気が伝わるほどである。
タイプTLが先居た場所が二つの火柱のみ残り、全てが燃え尽くされる。
(あんなのまともに喰らったら、ひとたまりもねぇ…!)
「初撃をかわした位で、安心するなよ!」
ACの設計限界を超えた旋回。
ブーメランのごとく、スピードをそのままに、ジュンの眼前まで堕ちた戦乙女が迫る―
「何っ…!?」
回避が間に合わない。紅蓮の炎に燃える六つの刃がタイプTLを襲う。
刹那、激しく炎とレーザーが渦を描き、空へと舞い上がった。
「オマエら?!」
ジュンは確認する。目の前に、見たこともない機体がOWと張り合っているのを…!!
「ツァァアアァァ……!!」
悲鳴にも似た叫び声を上げ、ティオは特機ヴァンツァークロウのヒートブレードに力を入れ、グラインド・ブレードを押し返した。
「くぅ!?また邪魔に入るか、化物どもめ!」
間合いを取り、フォールン・ヴァルキュリアは怨めしく突如現れた特機を睨みつけた。
「ティオたちか!?遅いぜ!」
タイプTLの前に降り立ったヴァンツァーエッジは、その真紅のボディに両腕・両足へ硬質ヒートブレードを展開していた。
「イグニスさんは大丈夫ですわ」
ACよりも一回り大きな機体。同じく特機ヴァンツァーウィザードと一体となったノルンは、ガレキの山から中破したファントムを掬いだし、タイプTLの側へ下ろした。
「すまない、ジュンさん」
亀裂の入ったヘルメットを脱ぎ捨て、イグニスはジュンへ詫びの通信を入れる。
「何、無事ならいい。それよりも今は…」
ジュンの視線が眼前に広がるソルジット部隊へ向けられる。
「…皆の者、ここは任せる。奴らを破壊しろ」
対峙するソルジット隊の長―スモークマンは、ただ黙って眼前に広がる光景を見届けると、大きくブースターを吹かして空へと舞い上がった。
「フレア。作戦変更だ。拠点を一気に強襲するぞ」
「了解しました」
それを分かっていたかのように、後方から追いついた2機の大型ヘリがグローリー・スターとフォールン・ヴァルキュリアをキャッチ。さらに黒い円筒状の物を吊り下げた大型ヘリと護衛のソルジット3機を連れて山の傾斜を沿って山の頂上へと昇り始めた。
「待てッ!」
それを追うとしたファントムとタイプTLに容赦ない銃撃が始まる。
弾丸の嵐を避けるため、回避運動を取った二機の前に、二機の特機が躍り出た。
「イグニス!ジュン!二人は頂上へ向かって!ここは私達が引き受ける!」
ノルンは愛機の周りに有線遠隔兵器オービットを複数展開して、パルスガンの弾幕を展開した。
「セティアさんとレナが、アルトセーレとフィオナを連れて管理棟へ向かっているわ!二人は合流して奴らを施設直前で喰いとめて!」
AC二機を守るようにウィザードは盾となって二人の退路を確保する。
「すまない、二人とも…!ジュンさん!行きましょう!」
「あぁ!二人とも死ぬんじゃないぞ!」
二機の特機を見送って、ファントムとタイプTLは反転・旋回し、グライド・ブーストを機動―、山を頂上へ向けて駆け昇っていった。
「さて、ティオ。残り30分。私達二人でどこまでやれるかしら?」
「恐らくこれが最後の出撃…。これが終われば私達は消える―」
皺のよった手を見て、ティオは感慨深そうに答えた。戦う前から分かっていたこととだ。
ヴァンツァーシリーズは規格外故の反動が付きまとう。
それはもはや人として生きていけなくなることを意味していた。
フィオナには告げていない。告げれば、彼女は悲しみ、自分を責めてしまう。
しかし、今はそれでいい。なぜなら、彼女に最後まで付き添い、見守れる者がいるから。
『リューク・ライゼス』―かつて島を救った英雄の名前。
その名をもらった彼女の父親の名前。
そして―
”この島の最後の希望の名前”
一方、その頃。
物資搬入用に山の傾斜に沿って造られたエスカレーターが、2体の巨人とその間に一台のジープを運んでいた。
「………」
山頂の雲行きは怪しい。風の流れが速いのか、遠くの戦闘の森が燃える臭いと共に、戦場の香りがアルトセーレに事態の深刻さを語りかけていた。
彼女の懐にいるフィオナは、小さく震えている。彼女に備わる第六感がこの島で今起きていることを伝えているのだろうか?
「フィオナ様…」
優しく肩を抱くようにアルトセーレはフィオナの小さな肩へ手をやった。
「大丈夫よ、アルトセーレ。絶対にこの島を守ってみせる。お父さんが命がけで守ったお母さんを、この島を、私が守るの」
まるで自分に言い聞かせているかのようにフィオナは心配するアルトセーレへそう告げた。
エスカレーターがやがてカルデラの入り口に到着し、止まる。
『アルトセーレ』
名を呼ぶ声に見上げると、右隣にいた特機ヴァンツァー・スティングが二人を見下ろしていた。
時間の中、修理をしたのか、ところどころつぎはぎの、武装はAC用のガトリングガンのみというかつての歩く重火器と呼ばれ、恐れられていた時とは程遠い姿になっていた。
『管理棟内部のルートは分かるな?あの施設の最奥部が、この島の中枢機関だ。あとは分かるな?』
「分かっている」
セティアの問いに言葉少なく答えると、アルトセーレは痛む体を押してジープのギアを操作した。
やや乱暴にスキール音を上げ、ジープが何も生えていないカルデラの荒野へと飛び出す。
ジープが真直ぐ施設へと向かったのを見送ると、セティアは、自機のブースターを起動させ、カルデラと登山口の入り口へと向かった。
「よろしくて?」
レナはそれに追従するように愛機を発進させる。
「何が?」
後ろを追従するヴァンツァーランティスは、レーダーに複数の大型の機影を捕える。
「例の機体のこと伝えなくて―」
「構わない」
“ガチャリ”と重く鈍い音をさせ、ヴァンツァー・スティングは両腕に取り付けられたダブルガトリング砲を構えた。
「あの男も、彼を愛したセレナ様も、この世にはもういない。あそこにいるのは…、彼女の亡骸に取り憑いた狂ったシステムだけだ。それを殺せるのは、アイツとあの機体しかいない」
「ましてや、あの方々には渡せない。ですよね?」
けたたましいローダー音と共に、岩影の向こうから3機の大型ヘリとそれに吊り下げられた2機のACが彼女らの眼前に現れた。
ヘリからの牽引フックをパージし、2体の特機の前に2機のACが飛び降りる。
「施設長セティア・クロード。久しいな」
その内の一機。四脚のAC“グローリー・スター”を駆るスモークマンは、目の前の敵機を前に薄ら笑った。
その瞬間、グローリー・スターの頭上で大きな爆発音が二つ轟き、2機のヘリはコマのように回転しながら山肌へ墜ちていく。
ランティスが放ったスナイパーキャノンがヘリのエンジンを撃ち抜いたのだ。
「貴様!」
怒りをむき出しにするフレアに、グローリー・スターは“待て”と左手でサインする。
「その気持ちの悪い声を再び聞くとはな…」
2体のACの後方へ大型ヘリが墜落し、轟音と共に大きくきのこ雲が上がる。
「今度こそ、その機体もろとも砂塵へ返してやるよ」
セティアの言葉にスモークマンは、“相変わらずだな”と苦笑いして答えると、
「ならばお前達こそ砂塵と化してもらおう」
パチンとスモークマンは指を鳴らした。
「お前達が乗っているその規格外と同じ規格外のバケモノでな!」
すると、3機目の大型ヘリに牽引されていた大きな黒いカプセルが落ちる。
「何だい…?―この気配、まさか!?」
セティアの眼前でカプセルが割れ、中から大きく、まるで意思を持った枝・木のような機械の塊が四方・八方へ飛び出した。
「なんてこと…」
レナも思わず口に手をやってしまう。
まるでキメラ。辛うじて人のような形態を保つソレは、中心に腐乱した遺体のようなものを琥珀色のカプセルで内包していた。
「ここの機械は、進化する。一定の条件を与えれば、自己進化し、その場に最適化する。そして、ある方面からの技術提供で、それに頭脳を与えてみた」
大きく黒き機械の枝が、背に羽を形成し、大きくそれを広げた。
「素晴らしいだろう?私の造った生体機動兵器―“エンデュミオン”は!?」
スモークマンが誇らしく声を高々に叫ぶと、その化物は大きく咆哮した。
機械でできた化物らしからぬ、どこか苦しく、悲しげな叫び声。
「キ・サ・マ・アァァァァァァ!!!」
それを聞いたセティアには分かった。その化物の中枢に添えられた遺体の正体が”彼”であることを―
怒りにまかせ、ガトリングガンを容赦なくグローリー・スターへ放つ。
「フンッ」
鼻で嘲笑い、スモークマンは朝飯前と言わんばかりに乱れ飛ぶ弾丸の中、愛機をハイ・ブーストでヒラリヒラリと、木の葉が舞うがごとく回避する。
「やれ―」
そして、反撃と言わんばかりにグローリー・スターの影から先の化物が飛びだした。
「!?」
大きな鉤爪のついた両手でACを弾丸の嵐から守ると、お返しと言わんばかりに体の各部にミサイルランチャーを形成し、それらを放った。
「チィッ!!」
舌打ちし、機体を半端無理やりブースターで後退する。
「セティアさん!」
後退するスティングに入れ替わってランティスが専用のスナイパーキャノンを3点バーストで撃ち放った。
跳躍する弾丸が飛んでいた一つのミサイル弾を打ち貫き、爆発―
それに連動するように複数のミサイルが誘爆し、大きな火炎ときのこ雲を造り出す。
だが、それを突き破り、エンデュミオンはその巨体を変形させ、真直ぐスティング・ランティス…いや、その奥の施設へ向かって跳躍した。
「なっ…!?ガッ―!」
そちらに気を取られ、追いかけようとするランティスの背を3点バースト連射の弾丸が直撃する。
「レナ!?」
それはグローリー・スターが放ったものだった。
「どこに気を取られている!?」
「―ウッ!?」
セティアが懐に飛び込んできた強い殺気に、息を呑んだ。
フォールン・ヴァルキュリア。その常軌を逸した機動で、手負いの特機ヴァンツァー・スティングの懐へ飛び込んだのだ。
刹那、けたたましい金属を削る音と共にスティングは、セティアの悲鳴とともに紅蓮の炎へと包まれる。
(二人とも―…)
意識が途切れる直前。セティアは自分の身よりも施設へ向かった二人の身を案じた。
ロスト・アイランド最深部。
そこは、かつて金属に生体的特性を与える研究所であった。
実現不可能と言われた技術提唱は、ある日を境にブレイクスルーを迎える。
それは“戦争”とΔ“トリニティ”システムの理論だった。
トリニティシステム理論の独自解釈、“戦争”という実験場で様々な非倫理的な行いが積み重ねられた結果―
金属という品目、生物という種族の境界を取り払った異端の存在が生まれる。
そして、それはさらなる実験の果て、進化という能力を得て、この島でまるでガラパゴス島のごとく、進化を遂げた。
島を守る生き物を象った防衛自立兵器群。それは、その過程で生み出されたものである。
そして、その全ての長に収まるのが…、生態系の中で言う人間―
すなわち、人と瓜二つの異なる金属生命体…通称“麗しき女神”だった。
「…俺があの時見たビジョンは―、この島の歴史だったんだ」
スモークマンを追う機体の中。イグニスは回想しながら、小さく独白した。
「クソッ…」
まるでどこかの本か映画の中の話が、今、目の前で起きている。
イグニスは中破した機体にムチ打ち、山頂を目指す―
(この技術があれば…、この世界のパワーバランスは一気に変わる。…いや、全てが変わってしまう)
(でも、そんなことをしたら…。この世界は、化物だけの世界になってしまう)
アルトセーレは降下するエレベーターの中、かつてセティアから教わったことを思い出していた。
(それを防ぐには、手段は一つしかない。この島の中枢であり、長である者の機能を停止させる)
やがてエレベーターは止まり、自動ドアが開く。
車ごとそこへ入ると、アルトセーレとフィオナの前に広大な空間が広がっていた。外の騒乱がウソのように静まり返った静寂で神聖な空間。
その最奥、広大な蒼い大木―その機械とも、金属とも見てとれぬ、その木々がその中心、まるで祭壇の様な中枢部へと伸びていた。
「お母さん…」
そこに、あの麗しき女神はいた。
まるで木彫りの人形のように、まるで聖母像のように。
薄ら幸せそうに微笑み、彼女は眠りについていた。全ての制御を自身へと接続した状態で…
「あの時のままだ…」
小さくアルトセーレはつぶやいた。まるで幼き少女のように、無邪気に遊び、笑っていたあの頃が彼女の脳裏に蘇る。
「夢の中で、お母さんはお父さんと遊んでいるのかな…」
車を降り、祭壇へと進む二人。
フィオナが近づくのと呼応するように、彼女の足元が薄ら光る。この島自体が反応しているようだ。
そして、彼女がその聖母の前に立った時、
「アルトセーレ…。銃を貸して」
少女はアルトセーレへそう告げた。
「………」
アルトセーレは腰のガンホルダーから銃を取り出した。
口径の比較的大きい拳銃だ。それをアルトセーレは、安全装置を解除し、無言でフィオナに差し出す。
「重いですね…」
「えぇ…」
両手で慎重に、フィオナはそのグリップを握るとゆっくりと、その華奢な両腕を上げた。
「アルトセーレ、ごめんね」
ふと、彼女はそう告げた。
「えっ?」
「こんなことに、貴方を巻き込んで…。貴方を縛りつけて…」
“なぜ?突然そのようなことを?”と聞き返そうとしたアルトセーレの声を遮り、彼女は続ける。
「私、知っていたよ。小さかったけど…、あなたが悩み、悔んでいたこと。お父さんとお母さんを守れなかったって…。それで島を出て行ったんだよね?」
アルトセーレの前でフィオナは涙を流しながら、しかし、その表情は決して崩すことなく、真直ぐに照準の先を見つめていた。
「貴方がもう背負う必要はないの。これでお終いだから…」
「―違う」
「これで―!」
「フィオナ様!!」
刹那、乾いた銃声が静寂な空間に轟いた。
だが、放たれた弾丸は目の前にいる麗しき女神を射抜くことなく、その天井へと突き刺さっていた。
「ワタシが島を出たのは…、こんな…こんな悲しい結末を見るためじゃない―」
フィオナの両腕をギュッとつかみ上げ、アルトセーレは俯き唱える様に小さくそう告げた。
「どうかおやめください、フィオナ様。ワタシはこんな結末を見るために帰って来たのではありません…」
銃をフィオナから取り上げ、アルトセーレは静かに顔を上げた。
「貴方を島の呪縛から解き放ってほしい。それがあの人の、私への最後の依頼―いや、最後の願い…」
アルトセーレは続ける。
「彼が望んでいたのは―、あなたの、一人の人間としての幸せです。だから、貴方はこんなことをしてはいけない…」
アルトセーレが震える声でフィオナに語りかけた。
「アルトセーレ…」
フィオナは知った。
この侍女の強い思い、決意を。
そして、自分の思いを伝えようと“ごめんなさい”と言葉を斬り出した…
―次の瞬間、けたたましい轟音と共にさきほど乗ってきたエレベーターが変形・爆発した。
「フィオナ様!」
とっさに自身の胸元へとフィオナを引き寄せ、アルトセーレは身を伏せて飛んできた鉄の破片をやり過ごす。
「大丈夫ですか?フィオナ様」
「え、ぇぇ…」
フィオナの無事を確認すると、アルトセーレはその硝煙上がるエレベーターの方を睨みつけた。
「あの…キメラは―!」
エレベーターの通路を破壊し、地上より降りて来た機械の羽が生えた化物。
咄嗟にアルトセーレは、手に握っていた軍用拳銃で化物の顔面らしき場所へ連射した。
火花を散らし、その痛みからか、半身をアシカのように反らせ、咆哮上げる姿の―、その胸部、中心にはミイラと化した元人間の痕跡が見えた。
「お父さん!」
何かを感じ取ったのか、フィオナはその化物を見てそう告げる。
『どうだね?私が多額の資金と回収したここの遺失技術で蘇った“彼”は?』
化物の背後から2体のACが姿を現す。スモークマンが駆るACグローリー・スターだった。
「スモークマン!貴様ァッ!!」
アルトセーレが、その名を鬼の形相で叫ぶ。
「この島を管理課に置くためには、“完全”とした制御が必要だ。そのために、彼には生体ROMになってもらった」
“素晴らしいだろう?”と、茫然とするフィオナに悪魔は誇らしげに訊ねた。
「アレが島の中枢だな。やれ!島のシステムと融合しろ!」
スモークマンの指示を受け、ラグナロックは四つん這いで祭壇へと近づいてくる。
「ッ…!」
―と、突然アルトセーレの手を振り切り、フィオナが化物の前へと駆けだした。
「お父さん!やめて!」
だが、化物の進撃は止まらない。
その右手が容赦なく先まで乗ってきたジープを踏みつぶした。
ジープがまるで卵が割れる様に、一瞬で部品やオイルを四方八方へまき散らし、鉄屑へと変わってしまう。
『S・ReNァァァァァツ………!!』
化物が咆哮上げ、左手を祭壇に伸ばす。
少女へその手が迫る次の瞬間―
疾風のごとく、アルトセーレはフィオナの体を掴み、祭壇から転げ落ちた。
その刹那、巨大な手が祭壇の床を壊し、
「お父さんやめて!!」
娘であるフィオナの制止の声も化物には届かないのか、再び右手を大きく伸ばした。
「何ッ…!?」
そして、その指差しが祭壇の聖母像へ辿り着いた瞬間、“麗しき女神”の姿が大きく歪に変形する。
いや、融合しているのだ。その化物とこの島が―
「ふふふっ…、ふはははははっ!!ついに夢にまで見た!我が宿願が現実のものになった!!」
高らかにスモークマンが宣言する。
空間が、この施設が、この島が激しく揺れる。次々と見慣れていた光景が、変わっていく―
「お父さん!お母さん!」
「リューク!セレナ様!」
もはや二人の叫びではそれを止めることはできない。天井が割れ、壁に亀裂が入る。そして、床に大きな亀裂が走り―
「おい!?これは!?」
思わずジュンが叫んだ。
「レナさん!セティアさん!」
イグニスが叫ぶ。
山頂へと辿りついたファントムとタイプTLの前に、大破した2機の特機と、不気味にグラインド・ブレードを唸らせながら宙に浮いたフォールン・ヴァルキュリアの姿があった。
「遅かったな、雑兵ども。先生が島の全てを掌握した。この島は我々の物だ」
「てめぇ、何をふざけたことを―」
ジュンは怒りの表情でそう言いかけて、刹那唖然とした。
後ろの建物が見る見ると形を変えていく。それだけではない。
大地が割れ、そこからまるで触手のように機械の枝が四方八方へと伸び始め、それらは壊れた2体の特機を瞬く間にその一部へ取り込んだ。
「クソッ!イグニス!機体を浮かせろ!」
それを見たジュンの叫び声と共に2体のACは、地面から飛びあがった。地面が大きく隆起し、割れ、中から機械の大地が姿を現す。
島が歪に形を変えていくのに、それほど時間はかからなかった。
ソルジット部隊と戦っていたティオとノルンも機体ごと、敵であるACソルジットの軍勢ごと、それの一部に呑みこまれる。
島の山が、まるで大きな大樹のように姿を変える。
「これは…。これが、ロスト・アイランドの本当の姿だというの?」
島の近くに停泊していた空母のブリッジから、ベルセフォネは目の前に広がる光景に愕然とした。
もはや、それは自分が思い描いた物に程遠い姿・形を為していた。
『ベルセフォネ代表、聞こえるか?』
通信機のスピーカーからスモークマンの笑みを含んだ声が聞こえてくる。
『貴方は私達に積極的に協力してくれた。おかげで貴方の功績は素晴らしいものになった』
その言葉を聞いて、恐怖する。自分はとんでもない、恐ろしいことへ加担してしまったのではないか、と。
『これはワタシからのそのお礼だ。遠慮なく受け取ってくれたまえ』
「未確認機多数!熱源多数確認!」
スモークマンの通信が途切れると、同時にレーダーを見ていた兵が悲鳴に近い叫び声を上げた。
「何ですって!?迎撃しなさい!」
「駄目です!間に合いません!」
レーダーが空母を囲むように反応で埋め尽くされている。そこから無数の熱源がこちらへと飛んでくる。
それは、エンデュミオンの触手の末端が、その形をミサイルポッドへ変え、放ったものだった。
「スモークマン!!貴方騙したな!!」
ベルセフォネが悔しさを滲ませた叫び声を上げた次の瞬間―
彼女らが乗る空母は一瞬にして、突如上がった業火によって海の藻屑と化してしまった。
「全ては計画通り。この力でこの世界を制する日も近い…!」
グローリー・スターはその金属の大木の中枢付近にいた。大きなテーブル状の全てを見下ろせるその場所で、スモークマンは昂揚気味に独白する。
「先生!」
フォールン・ヴァルキュリアがその近くに寄りそるように近づいてきた。
「先生!これが、貴方の求めていた“失われし技術”なのですね!?」
嬉しそうに話かけるフレアに対し、スモークマンは無言で右手を動かした。
「先生?」
グローリー・スターがその多脚を瞬時に変形させ、スナイパーキャノンの銃口を正面に居るフォールン・ヴァルキュリアへと向ける。
「フレアよ。今日まで部隊を率いてよく戦った…。おめでとう、お前は2階級特進だ」
スモークマンの右手が動く。
数コンマ狂いなく、グローリー・スターのスナイパー・キノンが火を噴き、フォールン・ヴァルキュリアの頭部、コアと右腕の付け根、そして、腹部を抉り取るように貫いた―
“どうして…”
フレアはその言葉を発することもできぬまま、コントロールを失った機体と共に生物のようにうねる機械の地上へと落下していった。
「…あとは貴様らだけだな?」
狙撃形態を解除し、グローリー・スターは振り返る。
そこに、ソルジット・タイプTLとファントムの姿があった。
「アンタと言う人は…、何でそこまで人を道具のように扱える…?」
片手でライフルを構えるファントムを駆るイグニスは、静かに、その眼に怒りを灯し、目の前の相手と対峙した。
「Δ“トリニティ”システムを保管するためだけの存在が…。何を偉そうに言う?」
スモークマンの答えに、イグニスは操縦桿を握る手に力を込めた。
「アンタの声を聞いているとな、なんか癪に障るんだよ」
コクピット内のキーボードをいくつか叩き、ジュンは身構えた。
タイプTLが、“スクランブル・ブースト”モードに切り替わる。
「イグニス、あいつを叩くぞ!」
「はい!」
ジュンのかけ声と共に2機のACは跳び出した。
「つけあがるな!小僧ども!!」
響く銃声。轟くブースト。雷鳴鳴り響き、大地が歪み、海が荒れる中、変わり果てた島の中心で、最後の戦いの火ぶたが切って落とされた。
12.『現在(いま)/目覚め』 終
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれています。
ARMORED CORE X
Spirit of Salvation
12.『現在(いま)/目覚め』
放物線を描く―
そして、それは向かい来る敵機を通り抜け、近くの建物へ当たり、炸裂する。
瞬時に数千度の灼熱となって、その衝撃と共にACという兵器の装甲を焦がした。
「ッ…!」
イグニスは歯を食いしばり、高Gに耐える。
ブーストダッシュ―
ライフルを構え、照準をFCSに任せ、乱射。直線を描き、高速で無数の弾丸は襲い来るソルジット隊へと向かった。
火花を散らし、装甲のかけらが弾け飛ぶ。だが、それをものともせずAC“ソルジット”たちは、ガトリングガンを構え、ファントムへと襲いかかった。
刹那、ライフルの弾幕よりも激しい弾の嵐が、けたたましいうなり音と共にファントムへと向かった。
「―ジュンさん!」
跳躍。さらに宙を蹴り、施設の影へと身を隠す。
ソルジット3機がそれを追撃しようと銃口をそちらへ向けた時、蒼白のシルエットが彼らの前に躍り出た。
それも同じくソルジット。しかし、それは彼らの機体を元に造られた異なる機体―タイプTL。
「いっけぇぇ!!」
パイルバンカーを構えた右腕が、ファントムを追っていた一機のソルジットへ鉄杭のように振り下ろされる。
刹那、激しい打撃音と共に小さな爆発が起き、胸部を射抜かれたソルジットの体がビクンッと痙攣を起こした後、沈黙した。
それを見た2体のソルジットがハイ・ブーストで後退しながら、主兵装であるKO―5K3/LYCAENID式ガトリングガンを構えた。
「逃がすかよ!」
飛んでくる弾丸の雨を潜り抜け、タイプTLは左腕の、もう一つの近接武装であるBD−0 MURAKUMO“刹那”を構えた。
空を裂き、白き刃が容赦なく2体のソルジットのガトリングと共に両腕部と脚部を切り裂く。
よろめき倒れる2体へ止めを刺そうとジュンは、ブースト・チャージの態勢に入る。
だが、それは放たれることはなかった。
「チッ!」
別方向からの銃撃。残るソルジット2機とフォールン・ヴァルキュリアの銃撃だった。
「図に乗るな!劣兵どもが!!」
殺意をむき出しに、悪鬼のごとくフレアはブーストペダルを強く踏み込み、機体を飛ばす。
軽量機ならではの瞬発的加速力。回避運動へ移ったばかりのタイプTLとの間合いをまた瞬く間に詰めた。
そして、鋭く出力されたレーザーブレードを持つ左腕を振り上げ襲いかかった。
「野郎ッ!」
自機を上回る加速力に驚愕しながらも、ジュンは直感にまかせBD−0 MURAKUMO“刹那”を振り上げた。
振り下ろされたレーザーの刃とそれを遮る鋼鉄の刃がぶつかり激しく火花が飛び散る。
「チィッ、小癪な!」
弾かれた刃を構え直し、フォールン・ヴァルキュリアはさらに突きを繰り出す。
胸部をわずかに焦がしながら、ハイ・ブーストで後退し、その突きを交わすタイプTL。
フォールン・ヴァルキュリアと一騎撃ちの様相になったタイプTLへ僚機のソルジット2体がガトリングガンの照準を合わす。
それと入れ替わるように、上空から手榴弾が降ってきた。
「やらせるかよ!!」
それはイグニスのファントムから放たれた物だ。
ロクに狙いをつけずライフル弾と共に上空からソルジット部隊へ向け、乱れ撃つ。
連続で起きる爆発に身動きを取れないソルジットたち。
「よし、このままなら……!!」
わずかながら勝機を確信する。だが、それを否定するように警告音がコクピットに鳴り響く。
「…!?」
物々しいロックオン警告音に本能的に反応したイグニスが、操縦桿をわずかに倒しながら、視線を其方へ向けた―その瞬間だった。
「な!?イグニスッ!!」
三つの小さな閃光が空を駆け巡り、ジュンの目の前で、それに襲われたファントムの左腕が弾け飛んだ。
「うわぁぁぁぁぁ………―!!」
爆発を起こし、コントロールを失ったファントムは、施設建屋へと墜落し、建屋の崩落と共に沈黙した。
「イグニス!クソッ、増援かよ!」
それを横目で見ながら、フォールン・ヴァルキュリアと大きく間合いを取って、ジュンは気づく。
新たなる敵の襲来―いや、敵の本隊に。
『なるほど、リグシヴを倒しただけはあるな。まぁまぁの反射力だ』
大型ヘリのローダー音と共に20…いや、それ以上の数のソルジット部隊が姿を現した。
だが、先の攻撃はそれらによるものではない。
その大型ヘリの下部に牽引される多脚のAC―それがこの部隊長であるスモークマンの愛機“グローリー・スター”のものだった。
「ヘッ…」
ジュンは思いだした。この声を通して伝わる背筋の凍る殺意を。
かつて陽だまりの街の決戦で、リグシヴ・ウェーバーを殺したあの声の主だった。
「ジュン・クロスフォードか…。流れの技術屋が、ここで何をしている?」
大型ヘリより切り離され、施設の建屋屋上へ着地したグローリー・スターは、その単眼で冷たく2体のACを見下ろした。
「先生!」
歓喜の声を上げるフレアに、スモークマンは大きくため息をつき、“愚か者が!”と怒鳴りつけた。
「何の為にオーバード・ウェポンと例のシステムを組み込んだと思っている。お前はその程度か?」
「も、申し訳ありません!先生のお望み通り、邪魔する者はすぐに撃破して見せます!」
震える声でスモークマンにそう答えるとフレアは、大きく深呼吸し、コクピットのコンソールにあるいくつかのボタンを叩いた。
「あれは、オーバード・ウェポン―」
次の瞬間、ジュンの目の前でフォールン・ヴァルキュリアがその背と顔面を変形させ、左腕を噴き飛ばし、さらにその右腕が大きなグラインド・ブレードへと変形する。
細身のダークブルーの機体が、瞬く間に6連チェーンソーを持つ獣へと変化した。
「お前ごときにこの形態を使いたくはなかったが―…、貴様たちを殺す…。先生の前で辱めた罪、その身をもって償ってもらう!!」
OSからの警告音が鳴り響く中、彼女の体が変化した。まるでボディビルダーのごとくスーツを内側から押し上げる様に大きく両腕、両足が隆起し、顔面に血管が浮き出る。
パイロットスーツに仕込まれた対G機構と投薬機による影響だ。さらに機体もタイプTLと同じように各部の冷却フィンが全開になり、そこから排出しきれぬ熱が蒸気となって噴き出した。
もはや、そこに“ヴァルキュリア”の面影はどこにもない。ここにいるのは、獣へと堕ちた戦乙女だ。
「てめぇ…、その一連のシステム!どこで手に入れた!?」
ジュンには目の前の光景に見覚えがあった。
自分が追う、“あの男”。その男が駆るACも同じように、常軌を逸脱した変身をしたからだ。
「知りたいか?知りたいのならば、まずは彼女に勝つことだ。若造!」
スモークマンがそう答えると同時に、弾丸のごとくフォールン・ヴァルキュリアは刃を構え突進してきた。
「チッ!」
舌打ちし、唸る紅蓮の刃を機体と共にかわす。鋼鉄の装甲越しに熱気が伝わるほどである。
タイプTLが先居た場所が二つの火柱のみ残り、全てが燃え尽くされる。
(あんなのまともに喰らったら、ひとたまりもねぇ…!)
「初撃をかわした位で、安心するなよ!」
ACの設計限界を超えた旋回。
ブーメランのごとく、スピードをそのままに、ジュンの眼前まで堕ちた戦乙女が迫る―
「何っ…!?」
回避が間に合わない。紅蓮の炎に燃える六つの刃がタイプTLを襲う。
刹那、激しく炎とレーザーが渦を描き、空へと舞い上がった。
「オマエら?!」
ジュンは確認する。目の前に、見たこともない機体がOWと張り合っているのを…!!
「ツァァアアァァ……!!」
悲鳴にも似た叫び声を上げ、ティオは特機ヴァンツァークロウのヒートブレードに力を入れ、グラインド・ブレードを押し返した。
「くぅ!?また邪魔に入るか、化物どもめ!」
間合いを取り、フォールン・ヴァルキュリアは怨めしく突如現れた特機を睨みつけた。
「ティオたちか!?遅いぜ!」
タイプTLの前に降り立ったヴァンツァーエッジは、その真紅のボディに両腕・両足へ硬質ヒートブレードを展開していた。
「イグニスさんは大丈夫ですわ」
ACよりも一回り大きな機体。同じく特機ヴァンツァーウィザードと一体となったノルンは、ガレキの山から中破したファントムを掬いだし、タイプTLの側へ下ろした。
「すまない、ジュンさん」
亀裂の入ったヘルメットを脱ぎ捨て、イグニスはジュンへ詫びの通信を入れる。
「何、無事ならいい。それよりも今は…」
ジュンの視線が眼前に広がるソルジット部隊へ向けられる。
「…皆の者、ここは任せる。奴らを破壊しろ」
対峙するソルジット隊の長―スモークマンは、ただ黙って眼前に広がる光景を見届けると、大きくブースターを吹かして空へと舞い上がった。
「フレア。作戦変更だ。拠点を一気に強襲するぞ」
「了解しました」
それを分かっていたかのように、後方から追いついた2機の大型ヘリがグローリー・スターとフォールン・ヴァルキュリアをキャッチ。さらに黒い円筒状の物を吊り下げた大型ヘリと護衛のソルジット3機を連れて山の傾斜を沿って山の頂上へと昇り始めた。
「待てッ!」
それを追うとしたファントムとタイプTLに容赦ない銃撃が始まる。
弾丸の嵐を避けるため、回避運動を取った二機の前に、二機の特機が躍り出た。
「イグニス!ジュン!二人は頂上へ向かって!ここは私達が引き受ける!」
ノルンは愛機の周りに有線遠隔兵器オービットを複数展開して、パルスガンの弾幕を展開した。
「セティアさんとレナが、アルトセーレとフィオナを連れて管理棟へ向かっているわ!二人は合流して奴らを施設直前で喰いとめて!」
AC二機を守るようにウィザードは盾となって二人の退路を確保する。
「すまない、二人とも…!ジュンさん!行きましょう!」
「あぁ!二人とも死ぬんじゃないぞ!」
二機の特機を見送って、ファントムとタイプTLは反転・旋回し、グライド・ブーストを機動―、山を頂上へ向けて駆け昇っていった。
「さて、ティオ。残り30分。私達二人でどこまでやれるかしら?」
「恐らくこれが最後の出撃…。これが終われば私達は消える―」
皺のよった手を見て、ティオは感慨深そうに答えた。戦う前から分かっていたこととだ。
ヴァンツァーシリーズは規格外故の反動が付きまとう。
それはもはや人として生きていけなくなることを意味していた。
フィオナには告げていない。告げれば、彼女は悲しみ、自分を責めてしまう。
しかし、今はそれでいい。なぜなら、彼女に最後まで付き添い、見守れる者がいるから。
『リューク・ライゼス』―かつて島を救った英雄の名前。
その名をもらった彼女の父親の名前。
そして―
”この島の最後の希望の名前”
一方、その頃。
物資搬入用に山の傾斜に沿って造られたエスカレーターが、2体の巨人とその間に一台のジープを運んでいた。
「………」
山頂の雲行きは怪しい。風の流れが速いのか、遠くの戦闘の森が燃える臭いと共に、戦場の香りがアルトセーレに事態の深刻さを語りかけていた。
彼女の懐にいるフィオナは、小さく震えている。彼女に備わる第六感がこの島で今起きていることを伝えているのだろうか?
「フィオナ様…」
優しく肩を抱くようにアルトセーレはフィオナの小さな肩へ手をやった。
「大丈夫よ、アルトセーレ。絶対にこの島を守ってみせる。お父さんが命がけで守ったお母さんを、この島を、私が守るの」
まるで自分に言い聞かせているかのようにフィオナは心配するアルトセーレへそう告げた。
エスカレーターがやがてカルデラの入り口に到着し、止まる。
『アルトセーレ』
名を呼ぶ声に見上げると、右隣にいた特機ヴァンツァー・スティングが二人を見下ろしていた。
時間の中、修理をしたのか、ところどころつぎはぎの、武装はAC用のガトリングガンのみというかつての歩く重火器と呼ばれ、恐れられていた時とは程遠い姿になっていた。
『管理棟内部のルートは分かるな?あの施設の最奥部が、この島の中枢機関だ。あとは分かるな?』
「分かっている」
セティアの問いに言葉少なく答えると、アルトセーレは痛む体を押してジープのギアを操作した。
やや乱暴にスキール音を上げ、ジープが何も生えていないカルデラの荒野へと飛び出す。
ジープが真直ぐ施設へと向かったのを見送ると、セティアは、自機のブースターを起動させ、カルデラと登山口の入り口へと向かった。
「よろしくて?」
レナはそれに追従するように愛機を発進させる。
「何が?」
後ろを追従するヴァンツァーランティスは、レーダーに複数の大型の機影を捕える。
「例の機体のこと伝えなくて―」
「構わない」
“ガチャリ”と重く鈍い音をさせ、ヴァンツァー・スティングは両腕に取り付けられたダブルガトリング砲を構えた。
「あの男も、彼を愛したセレナ様も、この世にはもういない。あそこにいるのは…、彼女の亡骸に取り憑いた狂ったシステムだけだ。それを殺せるのは、アイツとあの機体しかいない」
「ましてや、あの方々には渡せない。ですよね?」
けたたましいローダー音と共に、岩影の向こうから3機の大型ヘリとそれに吊り下げられた2機のACが彼女らの眼前に現れた。
ヘリからの牽引フックをパージし、2体の特機の前に2機のACが飛び降りる。
「施設長セティア・クロード。久しいな」
その内の一機。四脚のAC“グローリー・スター”を駆るスモークマンは、目の前の敵機を前に薄ら笑った。
その瞬間、グローリー・スターの頭上で大きな爆発音が二つ轟き、2機のヘリはコマのように回転しながら山肌へ墜ちていく。
ランティスが放ったスナイパーキャノンがヘリのエンジンを撃ち抜いたのだ。
「貴様!」
怒りをむき出しにするフレアに、グローリー・スターは“待て”と左手でサインする。
「その気持ちの悪い声を再び聞くとはな…」
2体のACの後方へ大型ヘリが墜落し、轟音と共に大きくきのこ雲が上がる。
「今度こそ、その機体もろとも砂塵へ返してやるよ」
セティアの言葉にスモークマンは、“相変わらずだな”と苦笑いして答えると、
「ならばお前達こそ砂塵と化してもらおう」
パチンとスモークマンは指を鳴らした。
「お前達が乗っているその規格外と同じ規格外のバケモノでな!」
すると、3機目の大型ヘリに牽引されていた大きな黒いカプセルが落ちる。
「何だい…?―この気配、まさか!?」
セティアの眼前でカプセルが割れ、中から大きく、まるで意思を持った枝・木のような機械の塊が四方・八方へ飛び出した。
「なんてこと…」
レナも思わず口に手をやってしまう。
まるでキメラ。辛うじて人のような形態を保つソレは、中心に腐乱した遺体のようなものを琥珀色のカプセルで内包していた。
「ここの機械は、進化する。一定の条件を与えれば、自己進化し、その場に最適化する。そして、ある方面からの技術提供で、それに頭脳を与えてみた」
大きく黒き機械の枝が、背に羽を形成し、大きくそれを広げた。
「素晴らしいだろう?私の造った生体機動兵器―“エンデュミオン”は!?」
スモークマンが誇らしく声を高々に叫ぶと、その化物は大きく咆哮した。
機械でできた化物らしからぬ、どこか苦しく、悲しげな叫び声。
「キ・サ・マ・アァァァァァァ!!!」
それを聞いたセティアには分かった。その化物の中枢に添えられた遺体の正体が”彼”であることを―
怒りにまかせ、ガトリングガンを容赦なくグローリー・スターへ放つ。
「フンッ」
鼻で嘲笑い、スモークマンは朝飯前と言わんばかりに乱れ飛ぶ弾丸の中、愛機をハイ・ブーストでヒラリヒラリと、木の葉が舞うがごとく回避する。
「やれ―」
そして、反撃と言わんばかりにグローリー・スターの影から先の化物が飛びだした。
「!?」
大きな鉤爪のついた両手でACを弾丸の嵐から守ると、お返しと言わんばかりに体の各部にミサイルランチャーを形成し、それらを放った。
「チィッ!!」
舌打ちし、機体を半端無理やりブースターで後退する。
「セティアさん!」
後退するスティングに入れ替わってランティスが専用のスナイパーキャノンを3点バーストで撃ち放った。
跳躍する弾丸が飛んでいた一つのミサイル弾を打ち貫き、爆発―
それに連動するように複数のミサイルが誘爆し、大きな火炎ときのこ雲を造り出す。
だが、それを突き破り、エンデュミオンはその巨体を変形させ、真直ぐスティング・ランティス…いや、その奥の施設へ向かって跳躍した。
「なっ…!?ガッ―!」
そちらに気を取られ、追いかけようとするランティスの背を3点バースト連射の弾丸が直撃する。
「レナ!?」
それはグローリー・スターが放ったものだった。
「どこに気を取られている!?」
「―ウッ!?」
セティアが懐に飛び込んできた強い殺気に、息を呑んだ。
フォールン・ヴァルキュリア。その常軌を逸した機動で、手負いの特機ヴァンツァー・スティングの懐へ飛び込んだのだ。
刹那、けたたましい金属を削る音と共にスティングは、セティアの悲鳴とともに紅蓮の炎へと包まれる。
(二人とも―…)
意識が途切れる直前。セティアは自分の身よりも施設へ向かった二人の身を案じた。
ロスト・アイランド最深部。
そこは、かつて金属に生体的特性を与える研究所であった。
実現不可能と言われた技術提唱は、ある日を境にブレイクスルーを迎える。
それは“戦争”とΔ“トリニティ”システムの理論だった。
トリニティシステム理論の独自解釈、“戦争”という実験場で様々な非倫理的な行いが積み重ねられた結果―
金属という品目、生物という種族の境界を取り払った異端の存在が生まれる。
そして、それはさらなる実験の果て、進化という能力を得て、この島でまるでガラパゴス島のごとく、進化を遂げた。
島を守る生き物を象った防衛自立兵器群。それは、その過程で生み出されたものである。
そして、その全ての長に収まるのが…、生態系の中で言う人間―
すなわち、人と瓜二つの異なる金属生命体…通称“麗しき女神”だった。
「…俺があの時見たビジョンは―、この島の歴史だったんだ」
スモークマンを追う機体の中。イグニスは回想しながら、小さく独白した。
「クソッ…」
まるでどこかの本か映画の中の話が、今、目の前で起きている。
イグニスは中破した機体にムチ打ち、山頂を目指す―
(この技術があれば…、この世界のパワーバランスは一気に変わる。…いや、全てが変わってしまう)
(でも、そんなことをしたら…。この世界は、化物だけの世界になってしまう)
アルトセーレは降下するエレベーターの中、かつてセティアから教わったことを思い出していた。
(それを防ぐには、手段は一つしかない。この島の中枢であり、長である者の機能を停止させる)
やがてエレベーターは止まり、自動ドアが開く。
車ごとそこへ入ると、アルトセーレとフィオナの前に広大な空間が広がっていた。外の騒乱がウソのように静まり返った静寂で神聖な空間。
その最奥、広大な蒼い大木―その機械とも、金属とも見てとれぬ、その木々がその中心、まるで祭壇の様な中枢部へと伸びていた。
「お母さん…」
そこに、あの麗しき女神はいた。
まるで木彫りの人形のように、まるで聖母像のように。
薄ら幸せそうに微笑み、彼女は眠りについていた。全ての制御を自身へと接続した状態で…
「あの時のままだ…」
小さくアルトセーレはつぶやいた。まるで幼き少女のように、無邪気に遊び、笑っていたあの頃が彼女の脳裏に蘇る。
「夢の中で、お母さんはお父さんと遊んでいるのかな…」
車を降り、祭壇へと進む二人。
フィオナが近づくのと呼応するように、彼女の足元が薄ら光る。この島自体が反応しているようだ。
そして、彼女がその聖母の前に立った時、
「アルトセーレ…。銃を貸して」
少女はアルトセーレへそう告げた。
「………」
アルトセーレは腰のガンホルダーから銃を取り出した。
口径の比較的大きい拳銃だ。それをアルトセーレは、安全装置を解除し、無言でフィオナに差し出す。
「重いですね…」
「えぇ…」
両手で慎重に、フィオナはそのグリップを握るとゆっくりと、その華奢な両腕を上げた。
「アルトセーレ、ごめんね」
ふと、彼女はそう告げた。
「えっ?」
「こんなことに、貴方を巻き込んで…。貴方を縛りつけて…」
“なぜ?突然そのようなことを?”と聞き返そうとしたアルトセーレの声を遮り、彼女は続ける。
「私、知っていたよ。小さかったけど…、あなたが悩み、悔んでいたこと。お父さんとお母さんを守れなかったって…。それで島を出て行ったんだよね?」
アルトセーレの前でフィオナは涙を流しながら、しかし、その表情は決して崩すことなく、真直ぐに照準の先を見つめていた。
「貴方がもう背負う必要はないの。これでお終いだから…」
「―違う」
「これで―!」
「フィオナ様!!」
刹那、乾いた銃声が静寂な空間に轟いた。
だが、放たれた弾丸は目の前にいる麗しき女神を射抜くことなく、その天井へと突き刺さっていた。
「ワタシが島を出たのは…、こんな…こんな悲しい結末を見るためじゃない―」
フィオナの両腕をギュッとつかみ上げ、アルトセーレは俯き唱える様に小さくそう告げた。
「どうかおやめください、フィオナ様。ワタシはこんな結末を見るために帰って来たのではありません…」
銃をフィオナから取り上げ、アルトセーレは静かに顔を上げた。
「貴方を島の呪縛から解き放ってほしい。それがあの人の、私への最後の依頼―いや、最後の願い…」
アルトセーレは続ける。
「彼が望んでいたのは―、あなたの、一人の人間としての幸せです。だから、貴方はこんなことをしてはいけない…」
アルトセーレが震える声でフィオナに語りかけた。
「アルトセーレ…」
フィオナは知った。
この侍女の強い思い、決意を。
そして、自分の思いを伝えようと“ごめんなさい”と言葉を斬り出した…
―次の瞬間、けたたましい轟音と共にさきほど乗ってきたエレベーターが変形・爆発した。
「フィオナ様!」
とっさに自身の胸元へとフィオナを引き寄せ、アルトセーレは身を伏せて飛んできた鉄の破片をやり過ごす。
「大丈夫ですか?フィオナ様」
「え、ぇぇ…」
フィオナの無事を確認すると、アルトセーレはその硝煙上がるエレベーターの方を睨みつけた。
「あの…キメラは―!」
エレベーターの通路を破壊し、地上より降りて来た機械の羽が生えた化物。
咄嗟にアルトセーレは、手に握っていた軍用拳銃で化物の顔面らしき場所へ連射した。
火花を散らし、その痛みからか、半身をアシカのように反らせ、咆哮上げる姿の―、その胸部、中心にはミイラと化した元人間の痕跡が見えた。
「お父さん!」
何かを感じ取ったのか、フィオナはその化物を見てそう告げる。
『どうだね?私が多額の資金と回収したここの遺失技術で蘇った“彼”は?』
化物の背後から2体のACが姿を現す。スモークマンが駆るACグローリー・スターだった。
「スモークマン!貴様ァッ!!」
アルトセーレが、その名を鬼の形相で叫ぶ。
「この島を管理課に置くためには、“完全”とした制御が必要だ。そのために、彼には生体ROMになってもらった」
“素晴らしいだろう?”と、茫然とするフィオナに悪魔は誇らしげに訊ねた。
「アレが島の中枢だな。やれ!島のシステムと融合しろ!」
スモークマンの指示を受け、ラグナロックは四つん這いで祭壇へと近づいてくる。
「ッ…!」
―と、突然アルトセーレの手を振り切り、フィオナが化物の前へと駆けだした。
「お父さん!やめて!」
だが、化物の進撃は止まらない。
その右手が容赦なく先まで乗ってきたジープを踏みつぶした。
ジープがまるで卵が割れる様に、一瞬で部品やオイルを四方八方へまき散らし、鉄屑へと変わってしまう。
『S・ReNァァァァァツ………!!』
化物が咆哮上げ、左手を祭壇に伸ばす。
少女へその手が迫る次の瞬間―
疾風のごとく、アルトセーレはフィオナの体を掴み、祭壇から転げ落ちた。
その刹那、巨大な手が祭壇の床を壊し、
「お父さんやめて!!」
娘であるフィオナの制止の声も化物には届かないのか、再び右手を大きく伸ばした。
「何ッ…!?」
そして、その指差しが祭壇の聖母像へ辿り着いた瞬間、“麗しき女神”の姿が大きく歪に変形する。
いや、融合しているのだ。その化物とこの島が―
「ふふふっ…、ふはははははっ!!ついに夢にまで見た!我が宿願が現実のものになった!!」
高らかにスモークマンが宣言する。
空間が、この施設が、この島が激しく揺れる。次々と見慣れていた光景が、変わっていく―
「お父さん!お母さん!」
「リューク!セレナ様!」
もはや二人の叫びではそれを止めることはできない。天井が割れ、壁に亀裂が入る。そして、床に大きな亀裂が走り―
「おい!?これは!?」
思わずジュンが叫んだ。
「レナさん!セティアさん!」
イグニスが叫ぶ。
山頂へと辿りついたファントムとタイプTLの前に、大破した2機の特機と、不気味にグラインド・ブレードを唸らせながら宙に浮いたフォールン・ヴァルキュリアの姿があった。
「遅かったな、雑兵ども。先生が島の全てを掌握した。この島は我々の物だ」
「てめぇ、何をふざけたことを―」
ジュンは怒りの表情でそう言いかけて、刹那唖然とした。
後ろの建物が見る見ると形を変えていく。それだけではない。
大地が割れ、そこからまるで触手のように機械の枝が四方八方へと伸び始め、それらは壊れた2体の特機を瞬く間にその一部へ取り込んだ。
「クソッ!イグニス!機体を浮かせろ!」
それを見たジュンの叫び声と共に2体のACは、地面から飛びあがった。地面が大きく隆起し、割れ、中から機械の大地が姿を現す。
島が歪に形を変えていくのに、それほど時間はかからなかった。
ソルジット部隊と戦っていたティオとノルンも機体ごと、敵であるACソルジットの軍勢ごと、それの一部に呑みこまれる。
島の山が、まるで大きな大樹のように姿を変える。
「これは…。これが、ロスト・アイランドの本当の姿だというの?」
島の近くに停泊していた空母のブリッジから、ベルセフォネは目の前に広がる光景に愕然とした。
もはや、それは自分が思い描いた物に程遠い姿・形を為していた。
『ベルセフォネ代表、聞こえるか?』
通信機のスピーカーからスモークマンの笑みを含んだ声が聞こえてくる。
『貴方は私達に積極的に協力してくれた。おかげで貴方の功績は素晴らしいものになった』
その言葉を聞いて、恐怖する。自分はとんでもない、恐ろしいことへ加担してしまったのではないか、と。
『これはワタシからのそのお礼だ。遠慮なく受け取ってくれたまえ』
「未確認機多数!熱源多数確認!」
スモークマンの通信が途切れると、同時にレーダーを見ていた兵が悲鳴に近い叫び声を上げた。
「何ですって!?迎撃しなさい!」
「駄目です!間に合いません!」
レーダーが空母を囲むように反応で埋め尽くされている。そこから無数の熱源がこちらへと飛んでくる。
それは、エンデュミオンの触手の末端が、その形をミサイルポッドへ変え、放ったものだった。
「スモークマン!!貴方騙したな!!」
ベルセフォネが悔しさを滲ませた叫び声を上げた次の瞬間―
彼女らが乗る空母は一瞬にして、突如上がった業火によって海の藻屑と化してしまった。
「全ては計画通り。この力でこの世界を制する日も近い…!」
グローリー・スターはその金属の大木の中枢付近にいた。大きなテーブル状の全てを見下ろせるその場所で、スモークマンは昂揚気味に独白する。
「先生!」
フォールン・ヴァルキュリアがその近くに寄りそるように近づいてきた。
「先生!これが、貴方の求めていた“失われし技術”なのですね!?」
嬉しそうに話かけるフレアに対し、スモークマンは無言で右手を動かした。
「先生?」
グローリー・スターがその多脚を瞬時に変形させ、スナイパーキャノンの銃口を正面に居るフォールン・ヴァルキュリアへと向ける。
「フレアよ。今日まで部隊を率いてよく戦った…。おめでとう、お前は2階級特進だ」
スモークマンの右手が動く。
数コンマ狂いなく、グローリー・スターのスナイパー・キノンが火を噴き、フォールン・ヴァルキュリアの頭部、コアと右腕の付け根、そして、腹部を抉り取るように貫いた―
“どうして…”
フレアはその言葉を発することもできぬまま、コントロールを失った機体と共に生物のようにうねる機械の地上へと落下していった。
「…あとは貴様らだけだな?」
狙撃形態を解除し、グローリー・スターは振り返る。
そこに、ソルジット・タイプTLとファントムの姿があった。
「アンタと言う人は…、何でそこまで人を道具のように扱える…?」
片手でライフルを構えるファントムを駆るイグニスは、静かに、その眼に怒りを灯し、目の前の相手と対峙した。
「Δ“トリニティ”システムを保管するためだけの存在が…。何を偉そうに言う?」
スモークマンの答えに、イグニスは操縦桿を握る手に力を込めた。
「アンタの声を聞いているとな、なんか癪に障るんだよ」
コクピット内のキーボードをいくつか叩き、ジュンは身構えた。
タイプTLが、“スクランブル・ブースト”モードに切り替わる。
「イグニス、あいつを叩くぞ!」
「はい!」
ジュンのかけ声と共に2機のACは跳び出した。
「つけあがるな!小僧ども!!」
響く銃声。轟くブースト。雷鳴鳴り響き、大地が歪み、海が荒れる中、変わり果てた島の中心で、最後の戦いの火ぶたが切って落とされた。
12.『現在(いま)/目覚め』 終
13/06/18 21:23更新 / F.S.S.