連載小説
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11.『過去/激突』
※初めに
本作品は、アーマード・コアXを元にした二次創作作品です。
原作にはない設定、用語、単語が登場する他、筆者のフロム脳で独自解釈した世界観の見解が含まれます。


ARMORED CORE X
Spirit of Salvation


11.『過去/激突』


 二丁拳銃“トゥーハンド”
 物心がつき、その組織に義理の妹と共に入ったワタシは、いつしかそう呼ばれる様になっていた。
 ワタシの名は、アルトセーレ・ブルーライネン。
 正確には、これは名前ではない。
 作戦上つけられたコードネームだ。
名付けたのは、スモークマン。
ストリートチルドレンだったワタシを拾い、兵士へ育て上げた男。
初老の、元軍人。その組織“企業”の社長であり、総隊長。
「お前の、その力。この世界を変えていくには必要だ」
 どうしてそう言ったのか、ワタシには分からない。
「お前達姉妹は、この世界を変えるに必要な力だ」
 ただ、そう…。必要とされていた。親に不要と捨てられたワタシには、何よりも変えがたいことだった。
「お前の射撃能力。そして、別人になりきるその演技力。磨けば世界に唯一無二のものとなろう」
 敵機を破壊し、時に非戦闘員であろうと敵ならば欺き、敵兵を殺した。鬼神のごとく。悪魔のごとく。死神のごとく。
 その人の邪魔をする奴は皆敵だ。あの人の意思を邪魔する者は皆、死ねばいい。
 そう考え、それが正しいことだと信じていた…

 ロスト・アイランド。
 いつからそう呼ばれているのか、それを知る者は誰一人いない。
 ただ、かつて遺失技術の宝箱と称され、荒廃の時代に一攫千金を狙い、そこへ向かった開拓者たちは、誰一人として帰ってくるものはいなかった。
 その多くは、島を守る異質の防衛システムを前に皆倒れたというからだ。
 それを操り、その島に眠る技術を管理している者―
 その名を“麗しき女神”。またの名を、セレナ・ベルダンディと言う。
「―そして、私はその彼女の血をひく者。それ故に、この血は呪われています」
 一通り語り終え、フィオナはその小さな手で眠る状態のアルトセーレの手を握り締めた。
 イグニスら一行が乗った船。その医務室。
 ベルセフォネの部隊に見つからぬよう迂回しながら、ロスト・アイランドへと向かう、その道中…。
 イグニスら一行は海を漂っていた自称“リューク・ライゼス”ことアルトセーレを救出し、島の裏手の浅瀬へと移動していた。
 島の防衛システム―
 かつて陽だまりの街近郊の廃施設で見たソレに近い異形のウミヘビたちは、主であるフィオナを認識し、素直に島の裏手へと彼らを通した。
 一方で、ベルセフォネの部隊はその持ちこんだ物量とパイロットの技量をもって、正面からそれらが作る防衛ラインを突破。
 原生林が残る島を開拓者のごとく真直ぐに切り開きながら、その島の中央にある管理棟へと向かい進軍している。
「ぶっちゃけ、上陸しちまった隊群の相手をするのは得策じゃないよなぁ…。やはり、ここが完全に奴らの手に墜ちるのも時間の問題か…」
 無人偵察機を飛ばして得た現在の情勢を見て、ジュンは思わず苦笑いしてしまった。今回は相手があまりにも悪すぎる。というのが、彼の本音である。
「そうですね。今の所、かつてセレナ様が引いた防衛網が起動し、散発的に彼らを阻んでいますが、彼らは思ったよりも強い。特にあのAC部隊」
 ノルンもティオも、ジュンと同じ意見だ。正面からまともにぶつかって勝てる相手ではない。
「だけど、このまま奴らに此処を落とさせるわけにもいかない。ここに眠っている情報や技術は、易々と人が扱えるものじゃない。ましてや、欲にまみれた人間たちがそれを手にしてはいけない」
 聞きなれぬ声に、一同が振り返った。
 そこには見慣れぬ長身の女性が一人。かつての国家の士官着だろうか、気品ある白きロングコートを着て、片目は機械の義眼、ベレー棒を被っていた。
「セティアさん!?体の方は大丈夫なのですか!?」
 フィオナがその者の名を呼び、慌てて駆け寄り、体を支える。
「大丈夫なのか?」
 思わずジュンも訊ねた。
 その者は杖をついていた。まるで病人のようにフラフラし、その肌はあまり血の気を帯びていなくて、白い。
「機械との接続(リンク)。その代償に、身体能力は低下していく…」
 それを見たイグニスは思わずそうつぶやいた。彼は知っていた。
「Δ“トリニティ”システムの開発実験の過程の産物。そうなんだろう…?」
 それがこの島にある全てだと。そして、今周りに居る“彼女ら”、だと。
「イグニスと言ったか?そう、お前の想像通りだ」
 フィオナに体を支えられ、セティアはイグニスの前に進み出た。
「かつてのバカげた戦争の果て。戦争と言う実験場に狂気を放りこんだ挙句の末路がこの島だ」
 やや呆れたような顔でセティアは告げる。
「そして、今。この島の惨劇が、この世界に引きずり出されようとしている。そんなことは絶対に阻止しなければならない」
 その弱弱しい女の体からは想像できない意思の籠った力強い声。それだけここの技術は危険であるということだろうか。
「どうやって奴らを足止めする?意気込みや気合いだけで勝てる相手じゃないぜ」
 ジュンの問いかけにセティアは“勝つのではない”と答え、ノルンを見た。
 目だけの合図で、セティアのソレを察したのか、ノルンは近くのコンソールパネルをいくつか操作すると、彼らの頭上のモニターに電源が入り、島の全体図が記された。
 原生林を多く含んだ亜熱帯系の島。北側にかつての港。西側に浜辺。東側に今回ベルセフォネ軍が上陸した浅瀬地帯。そして、そこから島の中心を司る山岳を挟み南側にイグニスら一行が停泊している隠し港がある。
「この島のもっとも重要な管理棟は、この山脈の頂上、カルデラにある。あそこは死火山を改造した施設だ」
 島の半分の面積を取る楕円状のソレ。その麓に向かい、東から進軍する赤い斑点が複数表示される。それがベルセフォネ軍であることは明白だった。
「もっとも敵が集中するこのポイントで仕掛ける」
 そこは、密林を抜け、頂上のカルデラへ向かう山岳路の途中にある渓谷だった。
「ここに廃棄されたレーダー観測施設がある。それを挟むように、左右の崖へトラップを仕掛けた」
 セティアの説明通り、道をふさぐかのように建てられたその巨大な施設は陸上兵器主体の相手の足を鈍らせるには打ってつけだった。
「そして、敵機の動きに悪影響を与えるジャマーを複数配置した。これで敵を足止めし、あなたたちのACと私たちの“ヴァンツァーシリーズ”で戦う」
 初めて聞く単語にジュンは“何だ?ソレ”と目で聞き返した。
「君達がここへ来る前、フィオナが乗っていた人型の機体のことだ。君達が使うACとは違う規格で作られている」
「それぞれ戦術スタイルで特機となっていて、私には特殊型、ティオには近接特化と、専用機があります」
 セティアの説明を補完するように、ノルンがそう告げながら後ろ髪をかきわけ、首元をジュンらに見せた。
「なんとまぁ…。ダイレクトな操縦方法だこと…」
 それを見たジュンは思わず苦笑いを浮かべながら、そうつぶやいた。
「セティアさん。それらを駆使しても、あくまで食い止めるが精いっぱいなのですね?」
 レオナの問いかけに、セティアは黙って頷いた。
「そう、長時間の戦闘は無理。せめて持って1時間」
 ティオが変わりに答える。
「だが、それでいい。1時間の間で彼らを一度足止めできれば、その間にこの島の封印を解けない様に細工ができる」
 “駄目!”と刹那少女の声が響いた。その声の主はフィオナだ。
「それはどういう―」
「それは駄目!お母様を殺すなんて私にはできない!」
 質問しようとしたジュンを遮って、フィオナはそう言い放った。
 それを聞いたイグニスら3人は、言葉の意味を知った。
「フィオナ…」
 涙を浮かべる彼女の前に、セティアは立ち、
「私もつらいし、本当ならこんなことはしたくない。だが、これ以上事態を悪化させるわけにはいかない」
 悲しみを噛み殺しながら、ゆっくりとそう告げた。
 それに“でも…でも…”と答えながら、フィオナは言葉を詰まらせ、それ以上反論できなかった。
 作戦は、決まった…。

 何も感じない兵士。考えず、ただ目的を達成するために事を為す。
 そんな風にワタシが、ワタシで無くなりつつあったその頃…
 その依頼はワタシとフレアの元に飛び込んできた。
 “ロスト・アイランド”への強行潜入。
 目的は二つ。この任務の前、同じく強行潜入した青年兵“R”を探すこと。
 もう一つは、この島の最深部を偵察し、そこにある生体機械技術に関する情報を確保すること。
 その作戦決行の日。AC“ソルジット”へと乗り込み、ワタシはフレアと共にロスト・アイランド領海を飛んでいた。
 ロケットブースターを背面に取り付け、未確認の無人兵器の防衛網を強行突破する―
 一言で99.99%成功するはずがない。今まで数多くの者が挑み、敗れて来たのだ。
 最高と言われていたあの“R”でさえ…
 その圧倒的な物量に。未確認が故の脅威に。
 無謀とも言える、神風特攻に近いその戦闘は、ワタシの中にちょっとした綻びを生んだ。
“あの人にとって、ワタシは必要ではないのか?なぜこんな無謀なことをさせるのか?”
 精密機械のように淡々と行く手を遮る鉄のウミヘビを駆逐していく中、ワタシはそう考えた。
どうしてその疑問がその時過ったのか分からない。ただ、それによってワタシの動きが一瞬遅れたのは事実。
 撃ち漏らした一匹が足元に食らいついた。
 堕ちる―
 砂浜まで数百メートル。
 重力で強制的に空中より引きずり落とされたワタシとソルジットは、ボールのように水面をバウンドしながら、その島へ辿り着いた。
“フレアはどうなった?”
 義理の妹の姿はない。やられたか、あるいは、引き返したか…
“考えている暇はない”
 島の光景を眺める間も、仲間の安否も考えている間もなく、敵を引き裂く音が周囲から聞こえる。
 ACが喰われる。化物の触手に―
 火花が散る。強硬なACの装甲がまるで役に立たない。絶望を知った瞬間、無慈悲な回転する刃が眼前のモニターを引き裂き、ワタシへと迫った。
『セレナ、やめろ!殺すことはない!』
 だが、ワタシが死ぬことはなかった。息がつまりそうな状況下。眼前に見えるチェーンソーのような刃。
『その機体…。お前トゥーハンドか?』
 聞き覚えのある声が聞こえる。それと同時に伸びていた触手は引いていき、
『待っていろ』
目の前の敗れたハッチが強制的にこじ開けられた。
まぶしい太陽と共に、その者のシルエットがワタシを覗きこみ、大きく手を伸ばした。
 “彼と初めて会った日”と重なる前の光景に、ワタシは自然と手を伸ばし、ワタシはACのコクピットから引きずり出された。
『よく無事だったな…。アルトセーレ』
 ワタシのコードネームを知る男は、知る限り二人しかいない。
 一人はスモークマン。そして、もう一人は…、今眼前に居る“R”こと、リューク・ライゼスだった。

 “たわいもない”
 それがフレア・アルトワースのその島に対する今の印象だった。
 ここへの上陸は、今回で3回目だ。
 1回目は、アルトとのコンビによる強制偵察。
 その時は、アルトの撃墜により撤退。
 2回目は、初めてこの島へ制圧戦を仕掛けた時。
 相手へと寝返ったアルトと共に、信用していたあの“R”の妨害により、もう一歩というところで、作戦は失敗に終わったのだ。
 そして、今―
「構わうなッ!我々の方が戦力では上だ!火力を集中して叩きのめせ!」
 フレアの指示と共に複数の太い火線が宙を走った。
 12機編成のソルジット部隊が持つガトリング砲が目の前を遮る蜂の様な警備機械を葬り去る。
 『数の暴力』
 それは2度にわたる過去の戦闘で蓄積された情報によって導き出された結果だった。
 ここの防衛機構は、この島の中心部にある管制棟より、造り出される。
 だが、それは無限ではなく、また一個一個の個体はそれほど強力なものではない。
 その理由として、全て動物や昆虫を象った形しかこれまで出現していないからだ。
 ACと同じ、完全な戦闘兵器と言える代物は今現在遭遇していない。
(恐らく、現れるとすれば例の特機“ヴァンツァー”シリーズのみだ)
 唯一、フレアが知る限りその特機は、ACと肩を並べる兵器だった。
 各個が能力に特化した力を持ち、それらを複数の組み合わせで戦闘に適したパッケージとして現れる。
 2回目の侵攻失敗の要因の一つだった。
『隊長、山間部へのルートを表示します。そのまま進軍を』
 オペレートする兵の声が聞こえ、フレアは愛機を進めた。
 それに連動するようにソルジットの軍団が森を出て、山間部の未舗装路を駆けあがっていく。
 鉄の兵の軍団は、やがて大きなレドームがある観測施設らしき建物が現れた。
 左右には崖。そして、道はボロボロの施設を貫き、頂上のカルデラへと続いている。
『各機、気をつけろ。何かがある』
 フレアの兵士としての感が彼女へそう告げた。4機菱形に陣形を固め、施設へと踏み込んでいく。
「…何もないようですね」
 ソルジットを駆る、ある若い兵士がフレアへ告げた。
 この兵士は今回が初陣だ。フレアも気にかけている将来有望の兵士だ。
「あぁ、だが奴らの事だ。この先には防衛戦を張れる場所はもうない。恐らく、ここが最後の防衛網になるだろう」
 上空待機型のリコンを打ちあげ、フォールン・ヴァルキュリアは周囲を探索する。
 機影と言う機影はない。強いてあるなら、生活用だったと思われる中規模のガスタンクとECMが複数―
「待て!止まれ!」
 フレアがそう叫んだとき、兵団はその直前まで進んでいた。
 刹那、ECMが作動したと同時に、“ドンッ!”と左右の崖の方で爆発音がし、左右から巨大な岩の塊が複数流れ込んできた。
「ッ!」
 舌打ち、反射的にACを跳躍させ、ブーストを吹かす。
 瞬く間に岩を含んだ大量の土砂が、施設ごと回避が間に合わなかったソルジット3機を呑みこみ、鉄屑に変える。その中にあの新人の機体も合った。
フォールン・ヴァルキュリアは近くの施設建屋の壁をサルのように張り付いて、壁を蹴り、残るソルジット7機と共に空高く跳びあがった。
―と、今度は複数の、異なる種の火線がソルジット2機を襲う。
「罠か!?」
 無残に爆散する味方を見送ることなく、フレアはその飛んできた方向を睨みつける。
 そこには、両手の銃口からカゲロウを上げるACが2機。
 それはジュンが駆るソルジット・タイプTLとイグニスが駆るファントムであった。
「やれやれ、骨が折れるぜ…」
 複数のACを確認し、ジュンは思わず苦笑いしてしまった。
 戦闘兵器はともかく、これだけの数のACを未だかつて経験したことがない。
 正直な話、これは“死闘”になると予想できた。砂塵が晴れていく。
「イグニス、無理はするなよ。ここで犬死する必要はないんだ」
「…分かっているよ、ジュンさん。俺も自分の技量ぐらい見極めはできる」
 ファントムに乗るイグニスは操縦桿を握る両手に力を込めた。
 その手が小刻みに震えている。
恐ろしい。
 それがイグニスの本音だ。リューク・ライゼスを名乗る者が、かつて所属していたという部隊。
(あのクラスが多々、目の前にいる。正攻法じゃ絶対に勝てない。ならば―)
 セティアが用意した迎撃策。そして、最終手段。
「先生が言っていた陽だまりの街にいた傭兵どもか。小癪な真似を…、殺せ!!」
 ブースト音。武器を構え、フォールン・ヴァルキュリアを中心とするAC隊が迫ってくる。
「行くぞ、イグニス!」
「了解!」
 それを立ち向かうかのように、2機が飛び込んだ。

 “アルトセーレ、お前は何の為に戦っている?”
 リュークに助けられて数日後。
 リューク・ライゼスはそう訊ねてきた。
 ワタシは、敵地に居ながら、拘束されることもなく、彼とその彼が守るこの島の住人達に、まるで家族同然のように引き取られ、この島に滞在していた。
「ワタシは―」
 その時のワタシは支離滅裂だった。表向き、彼らに従属する一方、もう一つは故郷であるあの部隊との連絡手段を探ろうと必死になっていた。
 友軍は来ない。来るところか、別に侵攻部隊を送る気配すらない。
 島にあったレーダー施設を使い、連絡をする。それを、リュークに見られた。
 リュークは言った。
「それは、無駄なことだ」
 彼は続けて言う。
「あいつらにとって…、いや、あの男にとって、俺たちはただの駒にすぎない。あの男は…、スモークマンはそういう男だ」
 彼の表情が険しくなる。何が二人の間であったのだろうか?
それを知る由もなく、ワタシは投げかけられたその疑問に答えることもできず、ただ自分自身の目的を探る日々が始まった。
そして、その最中―あの別れの日がやってきたのだ。

「………」
 ゆっくりとまるで朝目覚める様に、アルトセーレは目を覚ました。
 天井を見て、はたりと思いだす。ここは、かつてリュークが所有していた輸送船の医務室だと。
「ワタシは…」
 ふと額にやった右手が捲かれた包帯に触れる。それがフラッシュバックのように意識が途切れる直線の事を思い出させた。
「エリーゼ!」
 思わず半身を起こす。と、全身に激しい激痛が走り、アルトセーレは悶えた。
 上半身が包帯だらけ。左腕にギブスがはめられ、ガッチリと固定されていた。
「無理は駄目ですよ?その怪我、普通の人間なら、とっくに死んでますから」
 淡々とそう話す冷淡な声がし、そちらへ視線を向けると声の主である幼い外見の少女がいた。
 レナと皆から呼ばれる少女は、この島の衛生管理官である。
「始め会ったあの時も、そして、あの日も…。あなたという人は無茶ばかりをする」
「レナ、説教はあとで聞く。今は、管理棟へ向かわないと…」
 身を裂くような激痛に、顔を歪ませながら、アルトセーレはベッドから降りた。
「セレナさんを…。奴らをから守らないと―」
 サラリと背まである白銀の長い髪が風になびく。服を羽織ってなく、包帯のみのその半身が、アルトセーレに改めて自分が女性であることを意識させた。
 フラフラとよろけながら、力が入らぬ足で一歩、また、一歩と進む。
「ッ…!?」
 だが、思わず力が抜け、壁に寄りかかり倒れそうになった…その時―
 その少女がその体を支えた。
「フィオナ…様…?」
「アルト、お願い。私を、母さんの元へ連れて行って」
 体を支え、間近でアルトセーレを見つめるフィオナ。その眼は、何者にも揺るがせぬ強い決意が込められていた。
 アルトセーレにとって、それは初めて見る瞳だった。
 いや、この眼は二度目だ。
 彼女の強い思いの篭った瞳。それは、まぎれもなくあのリューク・ライゼスのものと同じだ。
「分かりました」
 アルトセーレは短く、しかし、強くそう答え、体に力を込めて立ち上がる。
 そして、フィオナに支えられ、医務室を出ようとする彼女に、レナは大きくため息をつく。
 振り返ったアルトセーレへ二つの黒い四角の塊が投げられた。
 ボールをキャッチするように、フィオナとアルトセーレがそれぞれ、それを掴む。
「…どうして、あなたも含め、リュークさんも、フィオナ様も…、頑固者はどうして先走るのでしょうか?」
 それは、自分が持ってきたリュークの形見である“アタッシュケース”であった。
「貴方の今の仲間が、わざわざ持ってきてくれたのですよ?」
 それは、鍵が壊れ、中が開けられない“ただの箱”である。
しかし、アルトセーレにはその“ケース”が、今この瞬間、自分に残された最後のチャンスのように思えた。
「行きましょう、アルトセーレ」
 その片方を持つフィオナに促され、アルトセーレはレナへ一礼した後、医務室を出た。
「…ふぅ」
 二人を見送った後、レナは小さく息をつく。
 レナは知っていた。あの黒い二つのケースが何であるか、を。
(…異端を喰らい、破る牙。異端を殺す白き獣)
 かつて島の管理棟。研究エリアでリュークはかつて自身が愛用していた兵器に何かをほどこしていた。その内容の一片を技術指南役として立ち会ったレナは知っていた。
 それは、今思えばこの島がこの状況になることを予期して行っていたものかもしれない。
 ふと、想いに更けていると現実に引き戻すかのように、手元の通信機がなった。セティアからだ。
『レナ、聞こえるから?ヴァンツァーシリーズ、全機出れるわ。貴方も準備して』
「了解しました、セティアさん」
 短く答え、レナも部屋を出る。
 向かうは船のドッグ。そこに既にアイドリング状態である異端の人型兵器“ヴァンツァーシリーズ”が操縦者の到着を待っていた。

11.『過去/激突』

13/05/23 10:00更新 / F.S.S.
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■作者メッセージ
遅くなりました(汗
次回は6月末頃から7月上旬を予定しています。
よろしくお願いします〜

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