「こちらホワイト・グリント、まもなく救援に到着する」

全周波のオープンチャンネルを通して発せられた言葉に、戦場に混乱が広がる。


――――――「よし！！　なんとか間に合ってくれたか」

ラインアーク管制室では、指揮官が安堵のため息をつき、
管制室の人間の表情からは、先程までの絶望感が消え始めている。

(我々ラインアークにとって[ホワイト・グリント]がいかに大きな存在なのかがわかるな…）

指揮官は内心で呟くと、マイクを取り、ホワイト・グリントのオペレーターに感謝の言葉を述べつつ現状を報告する。

「こちらラインアーク管制室。ホワイト・グリント、救援に感謝する。よく戻ってきてくれた…ありがとうフィオナ君、彼にも感謝を伝えてくれ。
…現状を説明すると、この地区のラインアーク防衛部隊は壊滅している…一応、他の地区に応援は要請してはいるが…現状では、こちらからの援護はできない、すまない」

そう申し訳なさそうに、現状を報告する指揮官。
それに対し、ホワイトグリントのオペレーターは「了解しました」と簡潔に答えた。


第3話　ラインアーク襲撃　後編


―――――――同刻、輸送機内
「ホワイト・グリントだと！？　企業連の連中…話が違うじゃないか！！」

セレンは手元の机を叩きながら怒鳴る。だが今はそれどころではないと、強引に怒りを押さえこみエドガーへと指示を出す。

「聞こえるか！？　すぐに離脱しろ！！すでに作戦は完了しているんだ、ホワイト・グリントと戦う必要はない！！」

「セレン…どうやらそれは無理のようだ。…どうやら、おとなしく帰らせてくれる気は、ないらしい…」

セレンの命令に、声を強張らせながらエドガーはそう答えた。

ストレイドが現在いる場所は、ラインアークへと架かる橋のラインアーク入口手前である。
離脱し帰還するためには、輸送機と合流する必要がある。そして合流するには、橋の反対側…つまり作戦開始時の進入地点の方向に離脱しなくてはならない。


しかしそこには……



「こちらホワイト・グリント、オペレーター、フィオナ・イエルネフェルトです。あなたは、ラインアークの主権領域を侵犯しています。よって、これより実力をもって、あなたを排除します」

エドガー達、企業連側に向けたフィオナの通信が聞こえると、ストレイドとは橋の真反対に、まるで翼を広げるように可変式オーバード・ブーストを展開して飛行してきた純白のネクストが着陸する。

「レイブン、敵ネクストは中量２脚…アリーヤフレームです。、確認できる武装は、腕部にライフル・マシンガン、背中にグレネード・ミサイルです。カラードのデータベースを検索した所、ランク31：ストレイドと思われます。登録されたばかりのようで、データがほとんどありません。注意してください」

「ホワイト・グリント、了解した」


フィオナは、彼…《アナトリアの傭兵》の本当の名前を知っている。しかし作戦中はその名前を呼ばない…

名前で呼んでしまうと、「もう、戦わないで」と言ってしまいたくなるから…だから彼女は作戦中、彼のことを《レイブン》と呼んでいる。


距離を置いて対峙するネクスト２機。高速戦闘用の中量２脚《アリーヤ》をベースにしたストレイドと、未だスペックに不明な点の多い最新の中量２脚、ホワイト・グリント。
漆黒の機体ストレイドと純白の機体ホワイト・グリント、静かに対峙する黒と白…あたりを静寂が包む。

「あれが…ホワイト・グリント…まさか、初ミッションでいきなり戦うハメになるとは…」

エドガーは、思わず苦笑しながら呟きをもらす。　

(これが、答えも出せぬまま武器を手に取ったことへの報い、か…それとも無慈悲に死を振りまいた報いか…)

彼がそのような感傷に浸りかけた時、ふと頭を1つの言葉がよぎる…


―――『他人の死に意味なんてないよ…そこにあるのはただ【死んだ】という事実だけさ。意味や理由なんてものは、自分や他の誰かが勝手につけ加えてるだけだよ』

昔、ある人が言っていた言葉…
「人はなんのために死ぬのかな？」―まだ幼い時の自分がした問いかけに答えた。1人の女性の言葉。

(あの人…いや、『あの人達』は、自分の答えを出していたからな……あの人達と出会えたおかげで、俺は「自分」というものを手に入れた…俺もせめて自分の答えを見つけるまでは、死ぬわけにはいかないな…)

エドガーは迷いを振り切り、目を開けて対峙する白い機体を見据えた。その瞳には、生きて帰る、という強い意志と覚悟が宿っていた。



(やはり機体スペックはデータベースにないか…)

既存ネクストのフレームとは違い、天才アーキテクト　[アブ・マーシュ]　がパーツから設計し、多くの独自機構を持つ完全なワンオフ機体。先程見たオーバードブースト展開時に、まるで翼を広げるように可変するコアなども独自機構の1つだろう。

セレンは機体スペックがわからないと知ると、即座にホワイト・グリントの武装をデータベースと照合する。

「いいかよく聞け！　向こうの武装は、腕部ににライフルと、アサルトライフル…どちらもBFF製のライフルだ、精度が高いから注意しろ。両肩に同型のミサイルを載せているが、機種が特定できん…おそらく新型のミサイルだ。用心しろよ！！」

「なるほど…中距離戦タイプか…ありがとう、セレン。おかげで少しだが希望が見えてきた」

「それはどんな…」セレンが聞こうとする前に状況は変化する…

――――――「ホワイト・グリント、目標を撃破する」

不意に聞こえた男の声と共に、白い機体はオーバードブーストを展開し、一気に距離を詰めてくる。

「そっちから来てくれるとは、願ったりだ！！」

エドガーは、一瞬遅れながらも、ストレイドのオーバードブーストを起動し、接近してくる白い機体に対し正面から猛然と突撃する。

「「なに！？」」

その光景を見ていた全員が唖然とする。オーバードブーストを先に起動していたホワイト・グリントはすでに機体が安定している。それに対してストレイドは起動直後の急加速で機体がまだ安定してない。この状況ではストレイドは回避もままならいはずだ。

(ただ的になるだけだろ！！)

その場にいる誰もがそう思った…ただ1人を除いては…

次々とライフルに被弾するストレイド。ネクスト用のライフル弾が相対速度も合わさり、プライマルアーマーを貫通して機体に弾痕を刻んでいく…だがストレイドは直進を止めず、猛然と突撃を続けながら
背面のグレネードキャノンを展開する。

「ん！？」

アナトリアの傭兵は、敵の狙いに少し遅れて気付いた。即座にオーバードブーストを切り、サイドクイックブースターを噴射する。その直後、先程まで自分が進んでいた進路上で爆発が起きる。

「っち！さすがに感づかれたか…だが、それはただのおまけだ」

エドガーは舌打ちをしながらもホワイト・グリントを追撃せずに直進を続ける。彼の目的は初めからホワイト・グリントへの奇襲ではなかったのだ。
中央部のトンネル内まで到達したストレイドは、オーバードブーストを切り、ブースターを吹かしながら戦闘領域端を目指す。

(なるほど…初めから目的は、戦闘領域からの離脱ということか。だが…甘い！！)

ホワイトグリントは、旋回すると同時に再びオーバードブーストを起動。ストレイドが入っていったトンネルの出口上空へと飛んでいく。

「さすがにこのまま、すんなりとは逃がしてはくれんか…」

レーダーでホワイト・グリントの位置を確認したエドガーは、出口に近付くとグレネードキャノンとマシンガンを構える。

(気休めにもならんかもしれんが…)

ストレイドは、グレネードを出口に向けて発射する。出口付近が一瞬爆炎に包まれる、その爆炎に紛れて、ストレイドはクイックブースターを噴射し一気にトンネルから飛び出す。
飛び出したと同時に、ホワイト・グリントを後方、距離700で捕捉する。

エドガーが捕捉した瞬間、ホワイト・グリントはミサイルを発射しオーバードブーストを起動する。

旋回しホワイト・グリントを正面に捉え、エドガーはクイックブースト使いながら機体を後退させる。

接近してくる分裂ミサイルを、ストレイドはマシンガンとライフルで弾幕を張り迎撃する。

エドガーは、ミサイルを迎撃し終えるとグレネードを構えホワイト・グリントの位置を確認する。すると、視界の端から突撃してくる白い機体を捉えた。

「っな！？　突っ込んでくるだと！？」

驚愕するエドガー。

それもそのはずである。ホワイト・グリントの武装は中距離戦を意識した構成であり、近距離の削り合いなら、瞬間火力の高いマシンガンやグレネードを装備しているストレイドの方が圧倒的に有利だからだ。

「なぜ自ら間合いを詰めるんだ…！？」

エドガーはそう言いながら、迎撃しようとマシンガンで弾幕を張る。だがクイックブーストを使い、巧みに機体をコントロールして、連続被弾を避けながら接近を続けるホワイト・グリント。
ショートレンジも超えて、ブレードの間合い…クロスレンジまで接近しようとしてくる白い機体。

「この距離なら！！」

グレネードキャノンで迎撃しようとするストレイド…その時、セレンの声が耳に飛び込む。

「高濃度コジマ収縮！？　エドガー避けろ！！　アサルト・アーマーだ！！」

モニターで、いち早く敵の狙いを察知したセレンが叫ぶ。

「っ！？！！」

エドガーは、その声に反応し機体をホワイト・グリントから離そうと、クイックブースターを噴射し、ノーロックでグレネードを発射する。
その刹那…

…カァアア！！

ホワイト・グリントを緑光が包みこむ。次の瞬間、機体を包んだ緑光は圧倒的な破壊の力をともなって、命中寸前だったグレネード弾をも消し飛ばし、まるで波のように周囲に広がる。

「ッく！！……」

光の波に飲み込まれるストレイド…


アサルト・アーマー…コジマ技術の1つで、本来、ネクストを守るための防護膜である《プライマルアーマー》を攻撃に転用した技術である。周囲を一掃するコジマ爆発を引き起こすが、発動の際、ジェネレーターから供給されるコジマ粒子を全て使用するため、一時的にPA(プライマル・アーマー)を展開できなくなる。
爆発は高密度のエネルギー波のため、ﾚｰｻﾞｰ・実弾を問わず、爆発に巻き込んだ攻撃を無効化する。またコジマ爆発の強烈な閃光により、カメラの距離測定機能を一時的に麻痺させロックオンを阻害する。



(仕留め損なった！？)

レイブンは驚いていた。必中の間合いで放ったはずのアサルト・アーマーだったが、ストレイドは未だにレーダー上に健在していたのである…ホワイト・グリントはPAを失ったことで、グレネードとマシンガンでの反撃を警戒し一旦距離を置く。そしてコジマ爆発の残光に向けて目を凝らす。

そこには、傷つきながらもカメラアイを鈍く光らせ、こちらを見据える黒い機体がいた…



――――――(　くッ！！痛……！！グレネードの反動を利用しなければ死んでいたな…　)

エドガーはホワイト・グリントを見失わないように睨みつけながら、AMSから伝わる激痛に顔をゆがめる…直撃こそ避けたものの、ストレイドは右腕部を、手に持っていたライフルごと失っていた…

「AP70％減少！！…右腕部…欠損ッ！？　エドガー！！」

「ッ！！…大丈夫だ。まだ…動ける…ダメージは酷いが、そのかわりに…」

エドガーは痛みを頭の隅に押しのけ、レーダーを見る。

ストレイドは作戦領域境界線のすぐそばまで接近していた。このまま反転してオーバードブーストを使えば、すぐにでも離脱は可能だろう。

セレンはエドガーの言いたいことを理解し、すぐにアドバイスを送る。

「念のためにミサイルで牽制をかけておけ！！いまの奴はPAがないからな、必ず回避か迎撃をするはずだ。その隙にオーバードブーストで離脱しろ」

セレンからの指示とほぼ同時に、ホワイト・グリントが動き出す。

ストレイドは、ミサイルを発射する。垂直発射式16連装ミサイルをが次々とホワイト・グリントめがけて飛来する。

「やはりそう来るか…」

レイブンは呟くと、機体を翻しミサイル回避に移る。
ギリギリまで引き付け急降下し、水面にミサイルを叩きつける。機体を水面に近付けるとほぼ同時にバッククイックブーストを噴射する。執拗に喰らいついてきたミサイルを正面に捉えライフルで迎撃する。

――――「一発ぐらい喰らいやがれ！！」

回避先を先読みしてストレイドの放ったグレネードが、回避中だったホワイト・グリントの至近距離に着弾する。

「っち！！上手い！」

レイブンは思わず舌打ちをする。爆風に煽られつつ空中へと退避するホワイト・グリント。そして次の攻撃に備えるようとするが……しかし、

ストレイドは既にオーバードブーストを起動して領域外へと離脱を始めていた。

「……追撃するか？」

(激情にかられて追撃してきても、おかしくはないと思ったが…あくまで冷静に撤退を選んだか、最後のグレネードは…あの言葉から察するに、アサルト・アーマーのお返しか)

レイブンは、思わず相手の潔いほどの引き様に、心の中で感心しながらフィオナに尋ねる。

「その必要はありません。お疲れ様でした…帰還してください」

フィオナは、ホワイト・グリントに帰還を指示し、心の中で安堵を浮かべる。

(良かった…久しぶりのネクストとの戦闘だったけど、なんとか退けたわね)

「了解した。ホワイト・グリント帰還する」

レイブンは、返事を返しながら、先程の戦闘を思い出す…

(あのストレイドという機体のパイロット…ランク31の実力ではないな。あのアサルトアーマー…タイミング・間合い、間違いなく直撃するはずだった…あの一瞬でクイックブーストとグレネードの射撃反動を利用して直撃を回避するとは…並の反射神経では不可能だろう。…あの咄嗟の機転も、とてもじゃないが新人リンクスのできる動きじゃないな)

ホワイト・グリントは、機体を翻すとラインアークへ向けて飛び去って行った…




《あのホワイト・グリントと戦闘し生き残った新米リンクスがいる》

この戦闘で、エドガーとストレイドの名前は一気にカラード内に知れ渡ることとなる…

彼を取り巻く状況は、早くも慌ただしく動き出し始めていた…


第３話　ラインアーク襲撃　後篇　「完」