連載小説
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眼光
「いやいや、マジなんだって! さっきトイレ行った時の帰りに、廊下で通信士のねーちゃん達がしゃべってるの聞いたんだよ」

「おいおい、暇だからってくだらねー嘘ついてるんじゃねぇよ」

カラード本部にあるネクスト格納庫。そのわきにある休憩所で、整備士達が集まり雑談をしていた。

彼らがいま話題にしてるのは、現在ミッションを終えて帰還中のネクストについてだ。そもそもの始まりは、「新米が、あのホワイト・グリントとやりあって、生きて残ったらしいぜ?」と、1人の整備士が発言したのがきっかけである。

「大体考えてみろよ? 新米にホワイト・グリントとやりあうようなミッションを、企業が依頼するわけねーだろ。…仮にそういう依頼があったとしても、カラードでも最上位のリンクスか、少なくとも上位のリンクスに依頼がいくはずだろ」

「そりゃそうだけどよ…でも、依頼されたミッションの最中に、敵同士で鉢合わせたのかもしれないぜ?」

あーでもない、こーでもない、と言い合う整備士達。するとその会話を遮るように、スピーカーから業務連絡が入る。

《業務連絡。ランク:31ストレイドがまもなく帰還します。第3格納庫に収容しますが、機体の損傷が激しいとの報告が入っています。担当の整備士は全員、〔防護服〕を着用して集合してください。また、リンクスがコックピットから出てきていないので、念のため医療班も防護服を着用した後、第3格納庫に集合してください》

業務連絡が終わると雑談していた整備士たちは、あわただしく動き始める。

「第3…って、俺たちかよ!」「おいおい…しかも防護服着用って穏やかじゃねーな」

整備士達は、愚痴を言いながらロッカールームのほうに向かっていった…



第4話 幕間〜帰還〜


――――――〔火器管制システムをロックしてください……火器管制システムのロックを確認しました。ジェネレーターの停止を確認後、システムをスタンバイモードへ移行します〕

「ふぅ…なんとか生き残れたか…」

ストレイドを輸送機にのせたエドガーは、ネクストの戦闘モードを解除し、ようやく安堵のため息をつく…パイロットシートに身体を委ねると、思い出したかのように全身に疲労感が襲いかかる。

「エドガー、よく生き残ったな…さすがに初ミッションでネクスト戦…それも相手はホワイト・グリントとは…可能性はゼロではなかったが、私も正直焦ったよ…あの状況でよく、焦らずに撤退のための行動を取れたな。感心するよ」

「正直勝てるイメージが全く湧かなかったからな。生き残るためには逃げるしかない…と、思っただけだよ。…情けない話だがな」

セレンの言葉にエドガーは、苦笑しながらそう答えると、思いだしたように言葉を続けた。

「まぁ過ぎた事は置いといて…それよりもセレン、シャワーを浴びたいんだが…まだ機体の洗浄は終わらないのか? 戦闘中の緊張のおかげで汗だくでな。…・気持ち悪いんだ」

エドガーは、早くネクストから降りたいと主張するが…しかし、

「終わる、終わらない、という以前に洗浄が出来ん」

「…は?」

セレンの言葉に思わず、間抜けな声を上げるエドガー。



ネクストは機体のあらゆる部分で、コジマ技術を応用している。そのため戦闘を行ったりした場合は、機体に付着しているコジマ粒子を取り除かなければならない。
コジマ粒子は、毒性のある汚染物質のため、たとえパイロットスーツを着ていても、濃度が高ければ汚染の危険性がある。
そのため整備士もパイロットも、機体の洗浄が終わるまでは、基本的に格納庫には出られないし入れないのだ…


「あ〜…言い忘れていたが、カラードの格納庫につくまではネクストから出られないぞ? アサルト・アーマーを喰らって片腕を欠損した時に,コア内部にもダメージが及んでな…そのせいで、微量だがコジマ粒子が漏れ出しているんだ。漏れてるコジマ粒子を除去するので精一杯だから、洗浄は出来ん。修理もこの輸送機の中では出来ん。もうすぐ到着するから、それまで我慢しろ」

セレンは何気ない様子で、サラリと現状を告げる。しかし、エドガーは当然のように食いついた。

「おい!ちょっと待て…コア内部にダメージって…俺は大丈夫なのか!? コアの中に居るんだぞ!?」

「ん?…まぁ…その辺は…大丈夫だろう。損傷したのはジョイント部だからな。こっちのモニターで確認できる範囲では、コックピットの方に影響はない」

セレンは投げやり気味に答える。と言っても、セレンからモニター出来る範囲では大丈夫なのだから、そうとしか答えようがない。

「まぁ…それならいいか。オレはカラードに着くまで寝てるから、到着したら起こしてくれ」

「ああ、わかった。ゆっくりしていろ」

セレンの返事を聞くとエドガーはゆっくりと目を閉じ、眼帯をつけた左目に触れる。そして今回のミッションのことを思い返す。

――――――(今日ほど自分の身体に感謝した日はないな…あのタイミングで反応して回避できたのは、間違いなくこの身体に施された《処置》のおかげだろうな…………でも、やはり素直には喜べないな…)

昔、ある《施設》で過ごしていた頃のことを思い出す。自分と同年代の子供達と過ごしていた数少ない時間…しかし、月日が経つにつれて減っていく周りの子供達…それがなぜなのかわからなくて、でも悲しくて、ただ泣いていた自分…
当時はわからなかった…なぜ自分だけが、施設が無くなる最後の時まで、あの場所に居たのか…その意味を知ったのは、少し後にあの人達と出会う頃になってからだ。

(そうか…そう…なんだな…)

エドガーは昔のことを思い出していると、ハッとする。

(俺が今回の戦闘で殺めた人達…その周りの人たちも、あの頃の自分と同じ気持ちを味わうのだろうか?
あの何とも言えない、悲しさと寂しさと、どうしようもない憤りの入り混じった感覚を…)

彼の頬を一粒の雫が流れる…彼はこの時、本当の意味で[人を殺す」ことの重みを知った…そのつもりだった…




――――――《業務連絡。ストレイド到着します。輸送機着陸後、ストレイドは自力でメンテナンスベッドへ移動しますので、整備班及び救護班の人員は機体をベッドへ固定完了後、作業を開始してください》


カラードの第3格納庫に放送が流れる。そこには防護服に身を包んだ人間が集まっていた。

「自力で移動できるってことは、状態は深刻じゃないんだろうな」

「よかった…少なくても動かせる状態ではあるってことね。機体も、中に乗ってるリンクスも」

1人の整備士が話かけると、救護班の女性が安堵の声を漏らす。
雑談をしていると、滑走路に輸送機が着陸する。

誘導を受けながら、ゆっくりと格納庫に輸送機が入ってきて停止すると後部ハッチが開く。

――――――「エドガー、到着したぞ。機体を予備動力で起動して、メンテナンスベッドへ移動させろ」

目を閉じ休んでいたエドガーだが、セレンからの通信に「わかった」と答えると機体を起動させる。

《システム起動…ジェネレーター停止中のため、予備動力にて起動します》

コジマ粒子が過剰に漏れ出すのを防ぐため、ストレイドは予備動力であるバッテリーで起動すると、機体を起こしメンテナンスベッドへ移動する。


「おいおい…こりゃひでえな…」

輸送機から降りてきたストレイドを見て、整備士の1人が思わず呟く。

「やっぱりホワイト・グリントとやりあったってのは、ホントなんじゃねえか?」

「かもしれないわね…ラインアークにはアームズフォートはいないはずだし、ネクストをここまで破壊出来るとすれば、同じネクストの可能性が高いわね…」

整備士達が会話しながら視線を向ける先には、メンテナンスベッドに機体を固定させて動力を停止させるストレイドの姿があった…

右腕はジョイント部より欠損し、機体全体、主に右側は高熱で焼かれたように装甲表面が溶けている。どう考えても通常兵器が与えられる種の損傷ではない。ネクスト用の高出力レーザーかコジマ兵装、またはアームズフォートなどの巨大兵器の高出力エネルギー兵装によるダメージだろう。

整備班が、まずジョイント部のコジマ粒子が漏れてる部分を塞ぎ始める。それが終わるの見計らってコックピットに救護班が駆け寄る。

バシュッという音と共にコックピットのハッチが開かれる。

――――――《動力停止、AMS接続解除…システムをロックします》

「エドガー、この格納庫なら機体洗浄なしでも降りられるぞ。コジマ粒子の濃度はかなり薄くなってるしな」

「はぁ…やれやれ、やっと降りれる…」

セレンの言葉を聞き、エドガーは溜め息をつきながらコックピットのハッチを開ける…

バシュッ!

「「大丈夫ですか?」」

「うぉ!? なんだ?? ぞろぞろと集まって…」

開けると同時に、防護服を着た救護員たちに覗きこまれエドガーは一瞬たじろぐ。…防護服はいうなれば、旧時代の放射能防護服のようなものである。急にそんな姿の人間(複数)に覗きこまれれば驚くのも当然だろう…

「いえ、この損傷をみれば、誰だって中に乗ってるリンクスが気になりますよ!」

救護員の1人が、機体…ストレイドを指差しながら発言する。他の救護員も、うんうんッと相槌をうっている。

(なんだコイツらの息の揃い方は…)

そんなことを考えながら、一応返答する。

「…ありがとう、大丈夫だ。自分で出られるよ」

エドガーはそう言うとコックピットから出る。そして自身のネクストの全体を見渡す…

(ぬ、これは…酷いな…)

エドガーは先程の救護員達のリアクションに納得する。

しかし、彼はそんなことよりも、とりあえずパイロットスーツを脱ぎたかった…そして足早にロッカールームへと早歩きで消えていった。


――――――「さ〜て、どんな風に問い詰めてやるか…」

格納庫を見渡せる位置に作られた喫煙所。そこでセレンは、煙草を咥えて微笑を浮かべながら呟く。
幸い喫煙所にはセレン以外、誰もいない。この呟きを聞いているものもいないだろう…

ガチャッ

「なんだ? セレンお前1人だけなのか…まぁその方が気楽でいいが」

パイロットスーツを脱ぎ、シャワーを浴びたばかりのエドガーがセレンに声を掛ける…そして煙草に火をつけようとした…が

「ああ、エドガーいいところに来た♪ 企業連の連中に今回のミッションの件、どう落とし前をつけさせようか?」

ゾクッ

振り返ったセレンの表情をみて、エドガーは硬直する。
声は実に楽しそうだったし、顔も笑っている…ただ1つ眼だけを除いては…

「いや…まぁ…あぁ〜…機体の修理と報酬の上乗せぐらいが妥当なんじゃないか?」

セレンの発する、あまりの威圧感に、エドガーは言葉を詰まらせながら答える。そして彼女以外、この喫煙所に誰もいない理由を察した。

「まぁそのあたりが妥当だろうな…ふふ…さて交渉してくるよ♪」

そう告げるとセレンは、喫煙ルームを後にした。

「まるで世紀末覇者のような威圧感だな…企業連の交渉担当官の冥福を祈ろう…アーメン」

エドガーは、独り呟くと胸の前で十字を切り、煙草に火をつけた…



後にエドガーは、この時のセレンの眼光についてこう語っている…

「あれは、目線だけで人を殺せるレベルだった」、と





――――――「新人が、あのホワイトグリントを相手にして生き残ったか…この男は使える駒になると思うか?リリウムお前はどう思う?」

とあるビルの一室で老人は呟くと、カラードのリンクス資料と、企業連の作戦報告書を目の前にいる少女に渡し、問いかける。

「…まだ、この資料だけでは判断しかねますね…やはり戦闘データを見るか、実際に戦ってみないことには、実力は判断できません……ただ、」

「ただ、 なんだ?」

「ラインアークを攻撃中にホワイトグリントが救援に到着。そして戦闘して生き残った、となると、ただの新人リンクスとは私には思えません…それが私の正直な感想です。王大人」

リリウムと呼ばれた少女は、目を通し終えた書類をテーブルに置きながら、目の前にいる老人…王大人に向き直る。

その資料には【エドガー・ヒルデヴァイス】と書かれている…顔写真・名前・性別、それ以外の個人情報は一切不明となっている。

「うむ…一度この目で実力を確かめておきたいな。独立傭兵ということもある。敵になるにしても、味方になるにしても、この男の情報は集めておいた方が良さそうだ…リリウム、頼めるか?」

「はい。王大人のご意向とあれば…」

リリウムの返事を聞き、王大人は頷くと秘書に電話を掛ける。

「私だ。カラードにオーダーマッチの要請をしろ、リリウムと…そうだ、ランク31:ストレイドだ…日時は…ああ、それでいいだろう…では任せたぞ」






後日、エドガーとセレンにカラードから一通のメールが届く…

その内容は《オーダーマッチを依頼》と書かれていたのだった…




第4話 幕間〜帰還〜                        完
11/03/08 11:55更新 / 自由人
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まろやか投稿小説 Ver1.50