第五話「仕事開始」
どうしてこうなったのか。
『彼』は自分が今置かれている状況を前に、そう思わざるを得なかった。
そもそも事の発端は街中を歩いている時に、彼女と離れてしまった事にある。
何故離れたのか、特に理由は無い。ただの気まぐれだ。
つまり元の原因は『彼』にあるのだが、それは仕方が無かった。
気まぐれは『彼』の性分なのだから……。
しかし今の状況に関しては、一概に『彼』だけの責任とは言えない。
彼女と離れた後、白い帽子を被った男が怖い顔をして追いかけて来なければ、こんな事にはならなかったかもしれない。
『彼』は恐る恐るといった様子で、自分の足元を覗き込んだ。
辺り一面水といった光景に、『彼』は全身を振るわせた。
『彼』は水が苦手で、泳げないのだ。
もしここから落下すれば、間違いなく溺れてしまうだろう。
不安定な足場は『彼』が動くたびに揺れ、来た道を引き返す事も出来ない。
避ける事の出来ない自分の運命に、諦めに似た感情が芽生えかけた……、その時だ。
背後に誰かの気配を感じた。
もしや自分を追ってきた男か、それとも彼女が自分を見つけてくれたのだろうか。
そう思って『彼』が振り返ると……。
そのどちらでもない、大人びた印象の中に幼さを残した少年がそこにいた。
初めて会う人間だ。
しかし少年は『彼』の事を知っているらしく、名前を呼んで手を伸ばしてきた。
少年が足場に片足を乗せた瞬間、ミシリと鈍い音が響く。
途端に少年と『彼』の動きが止まった。
だがそれも一瞬の事で、少年は再び『彼』へと手を伸ばしていく。
『彼』は抵抗せず、少年に片手で持ち上げられると、胸元へ抱かれた。
少年はほっとした様子で息を吐く。
だから対応が遅れた。
ボキリと音を立てて、足場が折れたのだ。
当然、そこに足を乗せていた少年はバランスを崩し、前のめりに落下する。
少年と『彼』は思わず悲鳴を上げた。
しかし悲鳴を上げたからといって、どうにかなるものでもない。
少年と『彼』は水面に落下した。
落下の拍子に少年の腕から離れた『彼』は、必死に水中でもがいた。
だが、もがけばもがくほど身体は沈んでいく。
そんな『彼』の身体がふっと持ち上がった。
足をぶらりと宙に投げ出した姿勢となった『彼』は、自分を両手で持ち上げる相手の顔を正面から見た。
先程、『彼』と一緒に水面に落ちた、あの少年だった。
水に落ちたため、少年の身体は『彼』と同じく、ずぶ濡れである。
更に水に濡れている事を嫌った『彼』が、腕の中で身体をぷるぷると振った拍子に、周囲に水飛沫が飛んだ。
当然、『彼』を持ち上げていた少年は、顔に飛沫をまともに浴びた。
既にずぶ濡れなため、特に変わりはないのだが、少年の口から疲れた様に溜め息が出る。
そんな少年を励ますかの様に、『彼』はにゃあと一声鳴いた。
「ただいま……」
「おかえりなさい……?」
ずぶ濡れの姿で入り口に立つカイトに、エルクは首を傾げた。
エルクの手には注いだばかりのコーヒーが入ったマグカップが握られている。濡れた身体はすっかり冷え切っており、カイトの視線はマグカップに釘付けになった。
「……飲みます?」
視線に気づいたエルクは、カイトにマグカップを差し出した。
「……ありがとう」
遠慮なくカップを受け取ったカイトは、舌が火傷する事も厭わず一気に飲み干す。
そのおかげか、少し身体が温まったように感じられ、ふうっと息を吐いた。
「一体どうしたんですか?」
エルクは苦笑しつつ、別のマグカップにコーヒーを注ぎながら聞いた。
「依頼で捜してた飼い猫と一緒に、プールに落ちた」
それだけ短く答えると、カイトは着替えてくると言って二階にある自分の部屋へと向かった。
エルクは笑いながら見送ると、コーヒーを一口飲んで呟く。
「さてさて、あの二人はどうしているんでしょうね?」
「いらっしゃいませ〜♪」
「……いらっしゃいませ」
カランカランと音を立てて開いたドアに、女性二人分の声が答える。
一人は楽しげに。
もう一人は恥ずかしげに。
入ってきた男はその二人を見て、おやと珍しげな顔をした。
「マスター、新しい子が入ったの?」
その親しげな様子から、どうやら男は馴染みの客らしい。
だがマスターと呼ばれた男は、客の男を一瞥すると、無言で奥の厨房へと引っ込んでいった。
熊のような図体に、顔の大部分を髭で覆われた強面のマスターに睨まれれば、どんな男でも多少は怯むものだ。しかし、客の男は慣れているらしく、両手を顔の高さまで挙げ、もう聞きませんとジェスチャーしてみせた。
自分の指定席でもあるのか、男は迷いの無い足取りで二人用テーブルの椅子に座る。
先程入り口で応対してくれた赤い髪のウェイトレスが、運んできた水とおしぼりをテーブルに置いた。
男はウェイトレスの顔を見た。
仕事の邪魔にならない様に後ろに束ねられた赤い長髪に、猫を想わせる金色の瞳。ウェイトレスよりもモデルの方がしっくりとくる長身とスタイルの持ち主だ。
興味津々な男の視線に気づいたのか、笑って彼の疑問に答える。
「あたし達、ここには臨時で雇われているんですよ」
「臨時?」
男は首を傾げて、ウェイトレスに訊ねた。
「ええ。今日働くはずの子が二人揃って風邪をひいたらしくて……。それで困ったマスターの娘さんから私達に依頼が来たんです」
「依頼?」
男は再び首を傾げた。
「ええ」
赤い髪をしたウェイトレスは、笑顔で胸のポケットから一枚の名刺を取り出す。
そこにはこう書かれてあった。
『お困りの時は、是非レイヴンズホープへ!どんな依頼でも引き受けます』
「申し遅れました」
名刺を手に目を丸くする男に、赤い髪のウェイトレスが言った。
「レイヴンズホープのレイン=ヴァレッタよ。お困りの時は、是非うちへ相談してね」
先程までとは違うくだけた態度は、彼女本来の話し方なのだろう。
しかし男が目を丸くしたのは別の事だった。
「えっ? 君、レイヴンだったの? じゃあ、ひょっとしてそっちの子も……」
男に指を指された翡翠色の髪のウェイトレスは、隠れるように奥へと向かうが、それをレインが捕まえた。
「ほらほら、ヒスイちゃんも自己アピール、自己アピール!」
いや私は……と、ヒスイと呼ばれたウェイトレスは抵抗していたが、レインの方が力は強いらしく、男の前へと引っ張り出される。
目の前に連れて来られた少女の顔を見て、男は息を呑んだ。
髪と同じ翡翠色の瞳に、陶磁器のような白い肌をした少女の姿に、男はただ見惚れるばかりだった。
そんな男の表情に気づかないヒスイは、一度非難するような視線をレインに向け、渋々といった様子で一言だけ答えた。
「……ヒスイ=ナツメです。よろしく」
それが男の耳に入っていたかどうかは、男の惚けた表情からは疑わしかったが……。
「ありがとうございました〜♪」
「……ありがとうございました」
店を出る客を、レインとヒスイが見送る。
既に日は暮れ、客も先程見送ったのが最後で、今店内には一人もいない。
そもそもこの店の営業時間はとっくに過ぎている。
最後に見送った客が話好きのお婆さんで、閉店時間を過ぎても延々と話し続けていたためだ。
災難なのはヒスイである。
どうやらヒスイと歳の近い孫を持つ彼女は、ヒスイの事を随分気に入ったらしい。
そのため、ヒスイは彼女が帰るまでずっと話し相手をさせられる羽目となった。
「……ふう」
「お疲れ様、ヒスイちゃん」
疲れた様子のヒスイに、レインが労いの言葉を掛ける。
「こういう所で働いた事が無いから知らなかったが、ウェイトレスというのは中々大変な仕事なんだな……」
「うーん……。ヒスイちゃんの場合は単に緊張しすぎなんだと思うけど……」
「そうだろうか……? まあ、こんな似合わない服装で働いていたから、気づかないうちに緊張していたのかもな……」
着ている服を摘みながら、ヒスイは自嘲気味に言う。
「そう? 二人とも凄く似合ってると思うけど? 何せ私がコーディネートしたんだから……」
そんな自信に満ちた言葉が店内から聞こえた。
ヒスイとレインが声のする方に顔を向けると、厨房の入り口に腕組みをして立つ少女の姿があった。
マリアベル=バートレット。
勝気な琥珀色の瞳にウェーブの掛かった茶髪、白いブラウスに黒いスカート、茶色と白のチェック柄のエプロンという出で立ちの少女は、この店のマスターの娘にして、ヒスイ達の依頼人である。
因みにヒスイとレインが今着ている服も、マリアベルと同じ白いブラウスに黒いスカートだ。違いがあるとすれば、それぞれの髪の色に合わせてあるチェック柄のエプロンぐらいだろう。
「二人とも本当にお疲れ様。さっき今日来る予定だった子達に電話してみたけど、二人とも大分具合が良くなって、明日からは来れるみたい」
「そうか。じゃあ、依頼はこれで完了だな」
心底ほっとした口調でヒスイが言う。
だがマリアベルの放った次の言葉に、その表情が固まった。
「ええ、今日の依頼は……。明日もよろしくね」
明日も?
「二人とも今日一日でお客さんからの評判が凄く良くて……。だから他に依頼が無い時は、うちの仕事を手伝ってくれる様に、さっきレインと交渉したの」
「……」
ヒスイは説明を求めるように視線をレインに向ける。だが本人は……。
「だって、仕事は無いより有った方がいいじゃない?」
と、笑顔で返された。
「そういう事。明日もよろしくね」
同じく笑顔のマリアベル。
そんな二人に囲まれる中、ヒスイは心底疲れたように溜め息を吐いた。
『彼』は自分が今置かれている状況を前に、そう思わざるを得なかった。
そもそも事の発端は街中を歩いている時に、彼女と離れてしまった事にある。
何故離れたのか、特に理由は無い。ただの気まぐれだ。
つまり元の原因は『彼』にあるのだが、それは仕方が無かった。
気まぐれは『彼』の性分なのだから……。
しかし今の状況に関しては、一概に『彼』だけの責任とは言えない。
彼女と離れた後、白い帽子を被った男が怖い顔をして追いかけて来なければ、こんな事にはならなかったかもしれない。
『彼』は恐る恐るといった様子で、自分の足元を覗き込んだ。
辺り一面水といった光景に、『彼』は全身を振るわせた。
『彼』は水が苦手で、泳げないのだ。
もしここから落下すれば、間違いなく溺れてしまうだろう。
不安定な足場は『彼』が動くたびに揺れ、来た道を引き返す事も出来ない。
避ける事の出来ない自分の運命に、諦めに似た感情が芽生えかけた……、その時だ。
背後に誰かの気配を感じた。
もしや自分を追ってきた男か、それとも彼女が自分を見つけてくれたのだろうか。
そう思って『彼』が振り返ると……。
そのどちらでもない、大人びた印象の中に幼さを残した少年がそこにいた。
初めて会う人間だ。
しかし少年は『彼』の事を知っているらしく、名前を呼んで手を伸ばしてきた。
少年が足場に片足を乗せた瞬間、ミシリと鈍い音が響く。
途端に少年と『彼』の動きが止まった。
だがそれも一瞬の事で、少年は再び『彼』へと手を伸ばしていく。
『彼』は抵抗せず、少年に片手で持ち上げられると、胸元へ抱かれた。
少年はほっとした様子で息を吐く。
だから対応が遅れた。
ボキリと音を立てて、足場が折れたのだ。
当然、そこに足を乗せていた少年はバランスを崩し、前のめりに落下する。
少年と『彼』は思わず悲鳴を上げた。
しかし悲鳴を上げたからといって、どうにかなるものでもない。
少年と『彼』は水面に落下した。
落下の拍子に少年の腕から離れた『彼』は、必死に水中でもがいた。
だが、もがけばもがくほど身体は沈んでいく。
そんな『彼』の身体がふっと持ち上がった。
足をぶらりと宙に投げ出した姿勢となった『彼』は、自分を両手で持ち上げる相手の顔を正面から見た。
先程、『彼』と一緒に水面に落ちた、あの少年だった。
水に落ちたため、少年の身体は『彼』と同じく、ずぶ濡れである。
更に水に濡れている事を嫌った『彼』が、腕の中で身体をぷるぷると振った拍子に、周囲に水飛沫が飛んだ。
当然、『彼』を持ち上げていた少年は、顔に飛沫をまともに浴びた。
既にずぶ濡れなため、特に変わりはないのだが、少年の口から疲れた様に溜め息が出る。
そんな少年を励ますかの様に、『彼』はにゃあと一声鳴いた。
「ただいま……」
「おかえりなさい……?」
ずぶ濡れの姿で入り口に立つカイトに、エルクは首を傾げた。
エルクの手には注いだばかりのコーヒーが入ったマグカップが握られている。濡れた身体はすっかり冷え切っており、カイトの視線はマグカップに釘付けになった。
「……飲みます?」
視線に気づいたエルクは、カイトにマグカップを差し出した。
「……ありがとう」
遠慮なくカップを受け取ったカイトは、舌が火傷する事も厭わず一気に飲み干す。
そのおかげか、少し身体が温まったように感じられ、ふうっと息を吐いた。
「一体どうしたんですか?」
エルクは苦笑しつつ、別のマグカップにコーヒーを注ぎながら聞いた。
「依頼で捜してた飼い猫と一緒に、プールに落ちた」
それだけ短く答えると、カイトは着替えてくると言って二階にある自分の部屋へと向かった。
エルクは笑いながら見送ると、コーヒーを一口飲んで呟く。
「さてさて、あの二人はどうしているんでしょうね?」
「いらっしゃいませ〜♪」
「……いらっしゃいませ」
カランカランと音を立てて開いたドアに、女性二人分の声が答える。
一人は楽しげに。
もう一人は恥ずかしげに。
入ってきた男はその二人を見て、おやと珍しげな顔をした。
「マスター、新しい子が入ったの?」
その親しげな様子から、どうやら男は馴染みの客らしい。
だがマスターと呼ばれた男は、客の男を一瞥すると、無言で奥の厨房へと引っ込んでいった。
熊のような図体に、顔の大部分を髭で覆われた強面のマスターに睨まれれば、どんな男でも多少は怯むものだ。しかし、客の男は慣れているらしく、両手を顔の高さまで挙げ、もう聞きませんとジェスチャーしてみせた。
自分の指定席でもあるのか、男は迷いの無い足取りで二人用テーブルの椅子に座る。
先程入り口で応対してくれた赤い髪のウェイトレスが、運んできた水とおしぼりをテーブルに置いた。
男はウェイトレスの顔を見た。
仕事の邪魔にならない様に後ろに束ねられた赤い長髪に、猫を想わせる金色の瞳。ウェイトレスよりもモデルの方がしっくりとくる長身とスタイルの持ち主だ。
興味津々な男の視線に気づいたのか、笑って彼の疑問に答える。
「あたし達、ここには臨時で雇われているんですよ」
「臨時?」
男は首を傾げて、ウェイトレスに訊ねた。
「ええ。今日働くはずの子が二人揃って風邪をひいたらしくて……。それで困ったマスターの娘さんから私達に依頼が来たんです」
「依頼?」
男は再び首を傾げた。
「ええ」
赤い髪をしたウェイトレスは、笑顔で胸のポケットから一枚の名刺を取り出す。
そこにはこう書かれてあった。
『お困りの時は、是非レイヴンズホープへ!どんな依頼でも引き受けます』
「申し遅れました」
名刺を手に目を丸くする男に、赤い髪のウェイトレスが言った。
「レイヴンズホープのレイン=ヴァレッタよ。お困りの時は、是非うちへ相談してね」
先程までとは違うくだけた態度は、彼女本来の話し方なのだろう。
しかし男が目を丸くしたのは別の事だった。
「えっ? 君、レイヴンだったの? じゃあ、ひょっとしてそっちの子も……」
男に指を指された翡翠色の髪のウェイトレスは、隠れるように奥へと向かうが、それをレインが捕まえた。
「ほらほら、ヒスイちゃんも自己アピール、自己アピール!」
いや私は……と、ヒスイと呼ばれたウェイトレスは抵抗していたが、レインの方が力は強いらしく、男の前へと引っ張り出される。
目の前に連れて来られた少女の顔を見て、男は息を呑んだ。
髪と同じ翡翠色の瞳に、陶磁器のような白い肌をした少女の姿に、男はただ見惚れるばかりだった。
そんな男の表情に気づかないヒスイは、一度非難するような視線をレインに向け、渋々といった様子で一言だけ答えた。
「……ヒスイ=ナツメです。よろしく」
それが男の耳に入っていたかどうかは、男の惚けた表情からは疑わしかったが……。
「ありがとうございました〜♪」
「……ありがとうございました」
店を出る客を、レインとヒスイが見送る。
既に日は暮れ、客も先程見送ったのが最後で、今店内には一人もいない。
そもそもこの店の営業時間はとっくに過ぎている。
最後に見送った客が話好きのお婆さんで、閉店時間を過ぎても延々と話し続けていたためだ。
災難なのはヒスイである。
どうやらヒスイと歳の近い孫を持つ彼女は、ヒスイの事を随分気に入ったらしい。
そのため、ヒスイは彼女が帰るまでずっと話し相手をさせられる羽目となった。
「……ふう」
「お疲れ様、ヒスイちゃん」
疲れた様子のヒスイに、レインが労いの言葉を掛ける。
「こういう所で働いた事が無いから知らなかったが、ウェイトレスというのは中々大変な仕事なんだな……」
「うーん……。ヒスイちゃんの場合は単に緊張しすぎなんだと思うけど……」
「そうだろうか……? まあ、こんな似合わない服装で働いていたから、気づかないうちに緊張していたのかもな……」
着ている服を摘みながら、ヒスイは自嘲気味に言う。
「そう? 二人とも凄く似合ってると思うけど? 何せ私がコーディネートしたんだから……」
そんな自信に満ちた言葉が店内から聞こえた。
ヒスイとレインが声のする方に顔を向けると、厨房の入り口に腕組みをして立つ少女の姿があった。
マリアベル=バートレット。
勝気な琥珀色の瞳にウェーブの掛かった茶髪、白いブラウスに黒いスカート、茶色と白のチェック柄のエプロンという出で立ちの少女は、この店のマスターの娘にして、ヒスイ達の依頼人である。
因みにヒスイとレインが今着ている服も、マリアベルと同じ白いブラウスに黒いスカートだ。違いがあるとすれば、それぞれの髪の色に合わせてあるチェック柄のエプロンぐらいだろう。
「二人とも本当にお疲れ様。さっき今日来る予定だった子達に電話してみたけど、二人とも大分具合が良くなって、明日からは来れるみたい」
「そうか。じゃあ、依頼はこれで完了だな」
心底ほっとした口調でヒスイが言う。
だがマリアベルの放った次の言葉に、その表情が固まった。
「ええ、今日の依頼は……。明日もよろしくね」
明日も?
「二人とも今日一日でお客さんからの評判が凄く良くて……。だから他に依頼が無い時は、うちの仕事を手伝ってくれる様に、さっきレインと交渉したの」
「……」
ヒスイは説明を求めるように視線をレインに向ける。だが本人は……。
「だって、仕事は無いより有った方がいいじゃない?」
と、笑顔で返された。
「そういう事。明日もよろしくね」
同じく笑顔のマリアベル。
そんな二人に囲まれる中、ヒスイは心底疲れたように溜め息を吐いた。
11/04/07 23:47更新 / 謎のレイブン