第四話「自分の意志」
リラ=ダルジェントは執務室の椅子に腰掛けていた。
銀色の長髪に青い瞳、モデル雑誌の表紙を飾れそうなスタイルの良い美人である。
いつもは気だるげな目をしているが、今は受話器を片手に安堵の笑みを浮かべていた。
「そうか……。偶然とはいえ、彼が助けに入ってくれたか……」
受話器越しから女性の声が笑う。
「確かに依頼があったのは偶然よ。でもね……」
「何だ?」
「ううん。やっぱり言わないでおくわ。言ったなんて知ったら、良い顔しないでしょうからね」
リラは微笑んだ。
彼女の言おうとした事が、何となくだが分かったからだ。
「全く……、相変わらず不器用な奴め……」
その言葉に相手も同意する。
「ええ。英雄なんて言われているけど、実際は唯の不器用な人よ」
「すまないな。本当なら私が行くべきだったんだが……」
申し訳なさそうにリラが言った。
「そうさせないためよ。彼がこの依頼を受けたのは、きっとそれもあるわ」
「……」
リラは無言で自分の手を見つめる。
細い指先は本人でも気づかない程、微かに震えていた。
自分自身の事ながら、リラは苦笑するしかない。
「全く……。自分の身体ながら、情けなくなってくるな……」
「気にしちゃ駄目よ。……さて、長電話しちゃったわね。今度会って、ゆっくり話しましょう。それじゃおやすみ、リラ……」
「ああ。おやすみ、エマ……」
受話器を置いたリラは、ふうと息を吐いた。
何気なくデスクの上を見渡すと、写真立てに目が留まる。
木のフレームに飾られた写真には、リラを含めて五人の男女が写っていた。
中央に立つ青年がリラともう一人の青年の肩に寄りかかり、それを見て左右の女性が楽しそうに笑っている。
写真の中のリラは、いかにも迷惑そうに顔をしかめて、隣の青年を見ていた。
写真を見ていたリラは、そんな自分の表情に苦笑しながら思う。
変われば変わるものだと……。
そして変えたのは、間違いなくこいつであると……。
写真の中のその人物を、人差し指でトンと突く。
珍しく感傷的になっている。そう思ったリラの耳に、遠慮がちにドアを叩く音が聞こえた。
「開いている。入れ」
短く返答する。
誰が来たかは分かっているからだ。
「失礼します……」
ドア越しの声は、どこか疲れていた。
あのようなイレギュラーがあれば、無理もないだろう。
(さて、何から説明したものか……)
リラは先程まで見ていた写真立てを他人に見えないように伏せると、頭の中で彼らに対する説明の順序を組み立てていった。
「市民から依頼を受けて、それを遂行する部隊……ですか?」
「そうだ。正確には市民からの依頼も受ける……だ」
口の中でキャンディを噛み砕きながら、リラは説明を続けた。
「知っての通り、私達レイヴンが契約するグローバルコーテックスという組織は、全ての企業に対して中立の立場を取っている。その中立という言葉を拡大解釈し、依頼者を市民にまで拡げたのがレイヴンズホープだ」
そこまで話したところで、エルクが苦笑しながら訊ねる。
「あの……、コーテックスが定めた最低報酬額でも五千コームですよね? それって市民にはとても支払える額では無いと思うのですが……」
そもそもコーム自体が、企業間で多額の取引をやり取りするために存在する通貨単位であり、市民には全く馴染みのないものなのだ。
市民達が日常的に利用する通貨単位はダラムで、千ダラムで一コーム分の通貨価値がある。
つまりは例え最低額といえど、市民にレイヴンを雇う事は不可能だった。
「しかしその最低額の上限を設けない方法が存在する」
その例外こそが――。
「小隊だ。小隊として依頼を受ける場合は、報酬の最低額を自由に決める事が出来る。まあ、勿論上限を上げる分には制限が存在するが……」
「下げる分には存在しない……って事ね?」
言葉を引き継いだレインに、リラが「そうだ」と頷く。
「まあ企業からの依頼も来るから、赤字経営になる心配はない。代わりに黒字経営になることもないがな……」
つまりは市民からの依頼の赤字を、企業からの依頼の黒字で穴埋めしているのだろう。
「とはいえ市民からの依頼はほとんどACを使う事が無かったりするがな。せいぜい警備隊の協力ぐらいだ」
「えっ? それじゃあ一体どんな依頼が来るんですか?」
カイトの質問に、リラはふむと顎に手を当て思い出すように言った。
「そうだな……。これまで受けてきた依頼では、迷子や遺失物の捜索、特定の人物の身辺調査、それから屋根の修理なんかもやった事があるな。まあ簡単に言ってしまえば、依頼されれば何でもやるといったところだな」
確かにリラの言ったような内容ならば、ACを使う必要など無いだろう。
しかし同時にレイヴンがやるべき仕事かと言われれば――。
「なんとも微妙よねぇ……」
他の三人も同意見なのか、レインのそんな呟きに頷く。
「入隊届けを受理していない今なら、まだ辞退できるぞ?」
リラはそう言うと机の引き出しから、四枚の書類を出した。
カイト達の写真が貼り付けられたそれは、事前に提出したレイヴンズホープへの入隊届けだ。
「少し時間をやろう。入隊するか、それとも辞退するか……。今夜一晩、じっくり考えるといい」
昼間の賑わいと違い、街灯に照らされた街中は、夜独特の静けさに包まれていた。あまりの静けさに時折走る車やバイクの音が余計に大きく感じられる。
そんな音を聞きながら、カイトはベッドに仰向けの姿勢で天井を見つめていた。
「何か……、想像していたのと違うよな……」
ベッドの周りには梱包されたダンボール箱がいくつも積まれている。
どうやらコーテックスが彼が借りていたアパートから荷物を送ってくれたらしいが、カイトは荷解きもせずにベッドに転がっていた。
レイヴンズホープの目的もそうだが、今回の任務で起きたイレギュラーな事態などで、疲れが溜まっていた。
「あっ……、そういえば今回の任務で起きた事について、聞くのを忘れてたな……」
溜め息と共に、ジャケットの胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
写真には今より数年若いカイト、優しげに微笑む若い女性、そして……。
「兄貴……」
カイトの兄、マーク=アルスターが楽しげに笑っていた。
兄であり。
憧れであり。
そして、もうこの世にはいない人間……。
彼はレイヴンだった。
両親を早くに亡くし、幼いカイトを養うために、彼は命の危険を伴う傭兵となる事を選んだ。
そんなマークをカイトは尊敬し、憧れた。
そのマークが任務の最中に亡くなったと聞かされたのは四年前、カイトが十四歳の頃だった。
マークのACはコアを破壊されており、カイトや幼馴染の女性、そして近所の住民は遺体の無い空の棺を前に泣いた。
その時からだろうか。
カイトの胸の内にレイヴンになろうという気持ちが生まれたのは……。
レイヴンとなる決意を固めるのには三年かかった。
幼馴染の女性とその両親に預けられたカイトは、彼らにその思いを伝える事が出来ずにいた。
年上の幼馴染はカイトを弟のように可愛がり、両親も実の息子のように扱ってくれた。
その彼らの思いを裏切るように思え、切り出せずにいたのだ。
実際、レイヴンになると伝えた時、両親は勿論、幼馴染の女性ですら怒りを見せた。
しかし彼らの怒りは裏切られたという気持ちからではなく、ただカイトの身を案じてのものだった。
(そんなおじさんたちの気持ちを押し切ってレイヴンになって……、そして兄貴の所属していた小隊に入って……)
「俺は……、それで何がしたいんだろう……?」
そんなカイトの呟きを掻き消すように、ドアがノックされた。
「はい?」
誰だろうと思いながら、ベッドから起き上がってドアを開けると、そこにはエルク、レイン、そしてヒスイの三人が立っていた。
「えっ? 皆してどうしたんだ?」
戸惑うカイトをよそに、三人は部屋の中へと入っていく。
「おじゃましまーす……ってなーんだ。まだ荷解きしてないんだ?」
部屋の中を眺めながら、レインが言う。
「あっ、ああ……、まだ悩んでるんだけど……。でもその口ぶりじゃレインはもう決めてるみたいだな?」
「勿論。それにエルクやヒスイちゃんも決めてるみたいよ?」
「……そっか。じゃあ、決まってないのは俺だけか……」
自分が優柔不断な人間に思えて、カイトは少し落ち込む。
「まあ貴方自身が決める事だけど、私としては君に入隊して欲しいかな?」
「えっ、どうして……?」
「いやー、もしリーダーに指名されたら面倒だし、君がそのままやってくれれば助かるなって……」
「あっ、そう……」
肩を落とすカイトの横をすり抜け、レインは部屋から出て行った。
「やれやれ……。レインさんに言いたい事はほとんど言われてしまいましたが、僕もカイト君には入隊して欲しいですよ」
「……それって、エルクもリーダーやるのが面倒だからとか?」
少し半眼になって見つめるカイトに、エルクが苦笑して答える。
「いいえ。このメンバーの中では、君が一番リーダーに適任だと思ったからですよ」
「えっ?」
「君は施設内での戦闘時、自分だけでなく、レインさん、ヒスイ君、そして僕に常に気を配りながら戦っていました。勿論お世辞にも及第点とは言えませんが、それはこれから直していけます」
だから、とエルクは続けた。
「それを踏まえて、考えてみてください。入隊するかどうかを……」
それだけ言うと、エルクは自分の部屋へと戻っていく。
どうやら隣の部屋らしく、すぐにドアを開閉する音が聞こえた。
「それで……、ヒスイはどうしてここに……?」
カイトがそう声を掛けると、ヒスイは身体をビクッとさせた。
そんな反応を示した事が恥ずかしかったのか、頬を赤らめながら答える。
「……礼を言いに来ただけだ」
その言葉にカイトは首を傾げた。
「お礼って……、何の?」
「施設内で助けてもらった礼だ。一応言っておこうと思ってな……。……ありがとう」
「ああ、いや……。どういたしまして……」
仲間を助けるのは当然の事だと思ってした事だったが、改めて御礼を言われると恥ずかしく、カイトは照れ臭そうに指で頬を掻いた。
「……それだけだ」
ヒスイも恥ずかしいのか、足早にその場を去っていく。
一人取り残されたカイトは、そんなヒスイの後姿を見送りながら、生前に兄が言った言葉を思い出していた。
「良いか、カイト。もし何か選択を迫られて悩むような事があったら、自分の最初の気持ちを大事にしろ。何故なら、そいつが嘘偽りのねえ自分自身の意志だからだ」
何故、今になって思い出したのかは分からない。
だが、かつて兄が残した言葉は、カイトの胸中にある迷いを消し去っていた。
「そう……だよな」
カイトは自分の手の平を見つめると、ぐっと拳を握った。
「俺の嘘偽りのない意志、それは……」
翌朝。
執務室の中には先日と同じメンバーが集められていた。
机をはさむ形でリラとカイト達が顔を合わせている。
机の上には四枚の入隊届けが広げられている。
「さて、どうするかは決まったか?」
リラの問いに、四人は頷いた。
「はい。散々悩みましたけど、入隊します」
「あたしの場合は、そもそもあんたがスカウトして来たんでしょうが」
「これからお世話になります」
「……よろしくお願いします」
そんな四人の返事に、リラは「そうか」と笑う。
「では……、カイト=アルスター」
「はい」
「エルク=ライマン」
「はい」
「レイン=ヴァレッタ」
「はーい」
「ヒスイ=ナツメ」
「……はい」
名前を呼び終えると、リラは四人の顔を眺めた。
「以上四名のレイヴンズホープ入隊を認める。ようこそレイヴンズホープへ。今日一日は休暇として、ゆっくり休むといい。明日からバラエティ豊かな仕事を、山ほど回してやるから覚悟しておけ」
銀色の長髪に青い瞳、モデル雑誌の表紙を飾れそうなスタイルの良い美人である。
いつもは気だるげな目をしているが、今は受話器を片手に安堵の笑みを浮かべていた。
「そうか……。偶然とはいえ、彼が助けに入ってくれたか……」
受話器越しから女性の声が笑う。
「確かに依頼があったのは偶然よ。でもね……」
「何だ?」
「ううん。やっぱり言わないでおくわ。言ったなんて知ったら、良い顔しないでしょうからね」
リラは微笑んだ。
彼女の言おうとした事が、何となくだが分かったからだ。
「全く……、相変わらず不器用な奴め……」
その言葉に相手も同意する。
「ええ。英雄なんて言われているけど、実際は唯の不器用な人よ」
「すまないな。本当なら私が行くべきだったんだが……」
申し訳なさそうにリラが言った。
「そうさせないためよ。彼がこの依頼を受けたのは、きっとそれもあるわ」
「……」
リラは無言で自分の手を見つめる。
細い指先は本人でも気づかない程、微かに震えていた。
自分自身の事ながら、リラは苦笑するしかない。
「全く……。自分の身体ながら、情けなくなってくるな……」
「気にしちゃ駄目よ。……さて、長電話しちゃったわね。今度会って、ゆっくり話しましょう。それじゃおやすみ、リラ……」
「ああ。おやすみ、エマ……」
受話器を置いたリラは、ふうと息を吐いた。
何気なくデスクの上を見渡すと、写真立てに目が留まる。
木のフレームに飾られた写真には、リラを含めて五人の男女が写っていた。
中央に立つ青年がリラともう一人の青年の肩に寄りかかり、それを見て左右の女性が楽しそうに笑っている。
写真の中のリラは、いかにも迷惑そうに顔をしかめて、隣の青年を見ていた。
写真を見ていたリラは、そんな自分の表情に苦笑しながら思う。
変われば変わるものだと……。
そして変えたのは、間違いなくこいつであると……。
写真の中のその人物を、人差し指でトンと突く。
珍しく感傷的になっている。そう思ったリラの耳に、遠慮がちにドアを叩く音が聞こえた。
「開いている。入れ」
短く返答する。
誰が来たかは分かっているからだ。
「失礼します……」
ドア越しの声は、どこか疲れていた。
あのようなイレギュラーがあれば、無理もないだろう。
(さて、何から説明したものか……)
リラは先程まで見ていた写真立てを他人に見えないように伏せると、頭の中で彼らに対する説明の順序を組み立てていった。
「市民から依頼を受けて、それを遂行する部隊……ですか?」
「そうだ。正確には市民からの依頼も受ける……だ」
口の中でキャンディを噛み砕きながら、リラは説明を続けた。
「知っての通り、私達レイヴンが契約するグローバルコーテックスという組織は、全ての企業に対して中立の立場を取っている。その中立という言葉を拡大解釈し、依頼者を市民にまで拡げたのがレイヴンズホープだ」
そこまで話したところで、エルクが苦笑しながら訊ねる。
「あの……、コーテックスが定めた最低報酬額でも五千コームですよね? それって市民にはとても支払える額では無いと思うのですが……」
そもそもコーム自体が、企業間で多額の取引をやり取りするために存在する通貨単位であり、市民には全く馴染みのないものなのだ。
市民達が日常的に利用する通貨単位はダラムで、千ダラムで一コーム分の通貨価値がある。
つまりは例え最低額といえど、市民にレイヴンを雇う事は不可能だった。
「しかしその最低額の上限を設けない方法が存在する」
その例外こそが――。
「小隊だ。小隊として依頼を受ける場合は、報酬の最低額を自由に決める事が出来る。まあ、勿論上限を上げる分には制限が存在するが……」
「下げる分には存在しない……って事ね?」
言葉を引き継いだレインに、リラが「そうだ」と頷く。
「まあ企業からの依頼も来るから、赤字経営になる心配はない。代わりに黒字経営になることもないがな……」
つまりは市民からの依頼の赤字を、企業からの依頼の黒字で穴埋めしているのだろう。
「とはいえ市民からの依頼はほとんどACを使う事が無かったりするがな。せいぜい警備隊の協力ぐらいだ」
「えっ? それじゃあ一体どんな依頼が来るんですか?」
カイトの質問に、リラはふむと顎に手を当て思い出すように言った。
「そうだな……。これまで受けてきた依頼では、迷子や遺失物の捜索、特定の人物の身辺調査、それから屋根の修理なんかもやった事があるな。まあ簡単に言ってしまえば、依頼されれば何でもやるといったところだな」
確かにリラの言ったような内容ならば、ACを使う必要など無いだろう。
しかし同時にレイヴンがやるべき仕事かと言われれば――。
「なんとも微妙よねぇ……」
他の三人も同意見なのか、レインのそんな呟きに頷く。
「入隊届けを受理していない今なら、まだ辞退できるぞ?」
リラはそう言うと机の引き出しから、四枚の書類を出した。
カイト達の写真が貼り付けられたそれは、事前に提出したレイヴンズホープへの入隊届けだ。
「少し時間をやろう。入隊するか、それとも辞退するか……。今夜一晩、じっくり考えるといい」
昼間の賑わいと違い、街灯に照らされた街中は、夜独特の静けさに包まれていた。あまりの静けさに時折走る車やバイクの音が余計に大きく感じられる。
そんな音を聞きながら、カイトはベッドに仰向けの姿勢で天井を見つめていた。
「何か……、想像していたのと違うよな……」
ベッドの周りには梱包されたダンボール箱がいくつも積まれている。
どうやらコーテックスが彼が借りていたアパートから荷物を送ってくれたらしいが、カイトは荷解きもせずにベッドに転がっていた。
レイヴンズホープの目的もそうだが、今回の任務で起きたイレギュラーな事態などで、疲れが溜まっていた。
「あっ……、そういえば今回の任務で起きた事について、聞くのを忘れてたな……」
溜め息と共に、ジャケットの胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
写真には今より数年若いカイト、優しげに微笑む若い女性、そして……。
「兄貴……」
カイトの兄、マーク=アルスターが楽しげに笑っていた。
兄であり。
憧れであり。
そして、もうこの世にはいない人間……。
彼はレイヴンだった。
両親を早くに亡くし、幼いカイトを養うために、彼は命の危険を伴う傭兵となる事を選んだ。
そんなマークをカイトは尊敬し、憧れた。
そのマークが任務の最中に亡くなったと聞かされたのは四年前、カイトが十四歳の頃だった。
マークのACはコアを破壊されており、カイトや幼馴染の女性、そして近所の住民は遺体の無い空の棺を前に泣いた。
その時からだろうか。
カイトの胸の内にレイヴンになろうという気持ちが生まれたのは……。
レイヴンとなる決意を固めるのには三年かかった。
幼馴染の女性とその両親に預けられたカイトは、彼らにその思いを伝える事が出来ずにいた。
年上の幼馴染はカイトを弟のように可愛がり、両親も実の息子のように扱ってくれた。
その彼らの思いを裏切るように思え、切り出せずにいたのだ。
実際、レイヴンになると伝えた時、両親は勿論、幼馴染の女性ですら怒りを見せた。
しかし彼らの怒りは裏切られたという気持ちからではなく、ただカイトの身を案じてのものだった。
(そんなおじさんたちの気持ちを押し切ってレイヴンになって……、そして兄貴の所属していた小隊に入って……)
「俺は……、それで何がしたいんだろう……?」
そんなカイトの呟きを掻き消すように、ドアがノックされた。
「はい?」
誰だろうと思いながら、ベッドから起き上がってドアを開けると、そこにはエルク、レイン、そしてヒスイの三人が立っていた。
「えっ? 皆してどうしたんだ?」
戸惑うカイトをよそに、三人は部屋の中へと入っていく。
「おじゃましまーす……ってなーんだ。まだ荷解きしてないんだ?」
部屋の中を眺めながら、レインが言う。
「あっ、ああ……、まだ悩んでるんだけど……。でもその口ぶりじゃレインはもう決めてるみたいだな?」
「勿論。それにエルクやヒスイちゃんも決めてるみたいよ?」
「……そっか。じゃあ、決まってないのは俺だけか……」
自分が優柔不断な人間に思えて、カイトは少し落ち込む。
「まあ貴方自身が決める事だけど、私としては君に入隊して欲しいかな?」
「えっ、どうして……?」
「いやー、もしリーダーに指名されたら面倒だし、君がそのままやってくれれば助かるなって……」
「あっ、そう……」
肩を落とすカイトの横をすり抜け、レインは部屋から出て行った。
「やれやれ……。レインさんに言いたい事はほとんど言われてしまいましたが、僕もカイト君には入隊して欲しいですよ」
「……それって、エルクもリーダーやるのが面倒だからとか?」
少し半眼になって見つめるカイトに、エルクが苦笑して答える。
「いいえ。このメンバーの中では、君が一番リーダーに適任だと思ったからですよ」
「えっ?」
「君は施設内での戦闘時、自分だけでなく、レインさん、ヒスイ君、そして僕に常に気を配りながら戦っていました。勿論お世辞にも及第点とは言えませんが、それはこれから直していけます」
だから、とエルクは続けた。
「それを踏まえて、考えてみてください。入隊するかどうかを……」
それだけ言うと、エルクは自分の部屋へと戻っていく。
どうやら隣の部屋らしく、すぐにドアを開閉する音が聞こえた。
「それで……、ヒスイはどうしてここに……?」
カイトがそう声を掛けると、ヒスイは身体をビクッとさせた。
そんな反応を示した事が恥ずかしかったのか、頬を赤らめながら答える。
「……礼を言いに来ただけだ」
その言葉にカイトは首を傾げた。
「お礼って……、何の?」
「施設内で助けてもらった礼だ。一応言っておこうと思ってな……。……ありがとう」
「ああ、いや……。どういたしまして……」
仲間を助けるのは当然の事だと思ってした事だったが、改めて御礼を言われると恥ずかしく、カイトは照れ臭そうに指で頬を掻いた。
「……それだけだ」
ヒスイも恥ずかしいのか、足早にその場を去っていく。
一人取り残されたカイトは、そんなヒスイの後姿を見送りながら、生前に兄が言った言葉を思い出していた。
「良いか、カイト。もし何か選択を迫られて悩むような事があったら、自分の最初の気持ちを大事にしろ。何故なら、そいつが嘘偽りのねえ自分自身の意志だからだ」
何故、今になって思い出したのかは分からない。
だが、かつて兄が残した言葉は、カイトの胸中にある迷いを消し去っていた。
「そう……だよな」
カイトは自分の手の平を見つめると、ぐっと拳を握った。
「俺の嘘偽りのない意志、それは……」
翌朝。
執務室の中には先日と同じメンバーが集められていた。
机をはさむ形でリラとカイト達が顔を合わせている。
机の上には四枚の入隊届けが広げられている。
「さて、どうするかは決まったか?」
リラの問いに、四人は頷いた。
「はい。散々悩みましたけど、入隊します」
「あたしの場合は、そもそもあんたがスカウトして来たんでしょうが」
「これからお世話になります」
「……よろしくお願いします」
そんな四人の返事に、リラは「そうか」と笑う。
「では……、カイト=アルスター」
「はい」
「エルク=ライマン」
「はい」
「レイン=ヴァレッタ」
「はーい」
「ヒスイ=ナツメ」
「……はい」
名前を呼び終えると、リラは四人の顔を眺めた。
「以上四名のレイヴンズホープ入隊を認める。ようこそレイヴンズホープへ。今日一日は休暇として、ゆっくり休むといい。明日からバラエティ豊かな仕事を、山ほど回してやるから覚悟しておけ」
11/04/16 15:10更新 / 謎のレイブン