第二話「実地研修」
大型のトラックが二台、道路を走っていた。
目的地は街の離れにある工場。
整備の行き届いていない道路は、時折トラックに不快な揺れを起こさせていた。
その揺れに顔をしかめながら、カイト達はACの操縦席の中にいる。
カイトは操縦席の中で、これから行う実地研修の事を考えていた。
考えていたとは言っても、その思考は纏まりが無く、ただ頭の中を漂うだけである。
そう、彼は緊張していたのだ。
これがただのフリーで受けた依頼なら、彼はここまで緊張していなかっただろう。
カイトはこれまで僚機を雇っての戦闘というものをした事が無い。
まして会ってまだ数時間の人間と、連携を取る事が出来るのだろうか?
その上、カイトはこの小隊の指揮を任されていた。
「カイト、とりあえずお前が小隊の指揮を執れ」
さらっと言ったリラの一言に、カイトは驚いた。
「えぇっ!? 何で俺が……」
「私の勘だ。まあ、何事も経験だ。文句はやってから言え」
話を打ち切ろうとするリラに、カイトは反論を試みる。
「いや、でも、もっと他に適任な人がいるんじゃ……」
「私もカイトが指揮官で良いわよ」
「僕もです」
「……」
そんなやり取りがあり、エルクやレインも異議を唱えなかった(ヒスイだけは何か言いたげな目付きをしていたが)ため、なし崩し的に決まってしまったのだった。
自分の指揮が小隊を動かす。
その重責を感じたカイトは、今更ながらプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
思わず溜息と共に呟く。
「絶対無理があるよな……。俺が指揮なんて……」
「そんな事はありませんよ」
優しげな声が否定する。
その声にカイトは、前のハンガーに固定されているACを見た。
黒と紫の二色で塗装されているそれは、エルクのAC『ブラックハウンド』だった。
四脚型脚部を装備したブラックハウンドは、右腕にマシンガン、左腕にショットガン、右肩には軽量のレーザーキャノンを装備した、火力と機動性に特化した機体だ。
「そうかな? 正直言って、俺にはエルク達に上手く指示出来る自信が無いよ……」
「初めから上手くやる必要なんてありませんよ。少しずつ経験を積んでいけば良いんですから……」
そんな二人の会話に、レインとヒスイが割り込んできた。
「そうそう。隊長さんも言ってたでしょ? 『何事も経験だ』って……」
「隊長が決めた事だから、私はそれに従おう。足を引っ張らなければ、それで良い……」
どうやらカイトが緊張していると思い、和らげようとしてくれたらしい。
ヒスイの言葉はどうか知らないが……。
ともあれ、そんな仲間の気持ちに、カイトは嬉しくなった。
途端に、気持ちが落ち着いていく。
「……そうだな。エルク達の言うとおりだな。やれるだけやってみるか!」
「そうそう! その意気、その意気!」
レインが明るい声で頷く。
その時、トラックの揺れが止まり、聞き慣れぬ声の通信が入った。
「皆さん聞こえますか? 目的地に到着しましたので、これより実地研修を開始します」
若い真面目そうな女の声だ。
「えーっと、君は?」
カイトが通信の相手に質問する。
「あっ、申し遅れました。私、レイヴンズホープの専属オペレーターを務めている、マリー=アンダーソンです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。マリー、早速だけど研修内容の説明を頼めるかな?」
「分かりましたカイトさん。今回研修用に受けた依頼は、建設作業用に開発された無人MTの破壊です」
マリーの説明によると、ビルなどの建設作業用に開発されたMTにはAIが搭載されており、今回それが暴走して工場内で暴れているようだ。
依頼者はそのAIの開発者で、暴走はこの男の開発中のミスが原因らしい。
「ですから、工場の外へ出て騒ぎが大きくなる前に、無人MTを全て破壊してほしいそうです」
何かご質問はと聞いてくるマリーに、カイトが言った。
「ちょ、ちょっと待った。ひょっとしてこの依頼って、その開発者個人が出したものなのか?」
「ええ、そうですよ?」
それが何かといった様子で、マリーが答えた。
カイトが恐る恐る聞いてみる。
「因みに報酬はいくらなんだ?」
「えーっと……、二千コームですけど……」
嫌な沈黙が辺りを包んだ。
これには他の三人も黙ってはいない。
「はあっ!? あたしらは街の害虫駆除業者かっての!?」
「それでももう少しマシな報酬ですけどねぇ……」
「せこいな……」
次々と浴びせられる不満の声に押されながらも、マリーが宥めにかかった。
「し、仕方ありませんよ。個人の依頼なんですから、出せる金額にも限界が……」
「それにしたってさぁ……。こんな工場でMTに積むAIの開発を任されてるくらいだから、もう少しだせるんじゃないの?」
レインの不満も最もだった。
レイヴン四人を雇うのに、二千コームというのはあまりに安すぎる。
そもそも一工場のMTに搭載するAIを開発している人間が、二千コームしか出せないというのも不自然に感じられた。
(何か変だな、この依頼……)
しかし、何がおかしいのかが分からない。
納得できない気持ちを抱きながら、カイトはレインを宥めた。
「レイン。気持ちは分かるけど、それをマリーに言ったって仕方ないだろ? 依頼人にも依頼人の事情があるんだろうし……」
「それはそうだけどねぇ……」
ぶつぶつと不満を言っていたレインだったが、カイトの言う事も最もだと思ったのか、マリーに謝った。
「ごめんねマリー。関係ないのに文句言っちゃって……」
「いえいえ! 研修とはいえ、こんな依頼を用意したのは私達の方ですし……」
そんな二人のやり取りを聞いていたカイトは、ほっとした様子でエルクとヒスイに声を掛けた。
「エルクとヒスイも納得できないと思うけど……」
その続きを二人が遮った。
「いいえ。研修ですから仕方が無いでしょう」
「納得は出来ないが、仕方ないだろう……」
二人の言葉に、カイトはもう一度ほっとした。
「それじゃ、皆始めようか」
カイトの一言に、全員が了解と返事する。
トラックのコンテナが天井から左右に開いた。
二台のトラック、その開ききったコンテナから四機のACが姿を現す。
四機のACはハンガーの固定具が外れると、ゆっくりと歩き出した。
その歩みは工場の入り口の前で、ピタリと止まる。
四機が見上げる工場は、MTの生産を行っている事もあって大きかった。
中に入る前に、カイトは仲間のACを見た。
戦力の把握を行っておきたかったからだ。
エルクのACはトラック内で既に見ているが、レインとヒスイのACは別のトラックで運ばれたために見ていない。
レインの真紅のAC『カラミティファング』は、機動力の高い中量二脚ACだった。
右腕に射突ブレード、左腕にレーザーブレード、右肩にはロケットと、接近戦に特化した装備をしている。
次にカイトは、視線をヒスイの翡翠色のAC『エメラルドホーク』に移した。
この軽量二脚ACが持つ武装は、右腕にスナイパーライフル、右肩に追加弾倉、そして左肩に広範囲のレーダーを装備した、狙撃に特化したものだ。
左腕にブレードは装備しているが、出力の弱い軽量なものを選択している。
おそらく弾切れの備え程度に装備したのだろう。
(しかしどの機体も俺のと違って個性的だな……)
カイトの中量二脚AC『ブルーストライカー』は、バランス重視の機体だった。
右腕にライフル、左腕にレーザーブレード、右肩にはミサイル、そして左肩にはロケットと、様々な状況に対応できるように装備を選んでいる。
逆に突出したものが無いため、ある一点に特化した相手には弱いという一面を持っていた。
「でもチームで戦う事を考えたら、俺達の機体は結構バランスが取れてるかもな」
そんなカイトの言葉に、エルクが頷いた。
「確かにそうですね。チームとしては悪くないと思いますよ」
「それじゃあ、これから突入するぞ。皆、作業用とはいえ油断しないようにな」
了解と三人が答えると、カイトのブルーストライカーが先行して工場内部に侵入した。
二番手にレインのカラミティファング、三番手にヒスイのエメラルドホーク、そして最後にエルクのブラックハウンドが続く。
入り口にはまだ無人MTが来ていないらしく、破壊の痕は無かった。
カイトは前方の安全を確認しながら、ブルーストライカーを進める。
後に続く三人も、同様に警戒を怠らない。
特に最後尾にいるエルクは、後方の安全を確認しながら進んだ。
しばらく進むと、ブルーストライカーのレーダーに複数の赤い光点が表示される。
AC四機はゲートの左右に二機ずつ立った。
「行くぞ」
カイトの短い一言に、三人も短く返した。
ゲートを開くと同時に、ブルーストライカーを先頭にAC四機が部屋へと入る。
工場内で暴れていた建設作業用MTが、一斉に四機のACに振り向いた。
無人MTのフォルムは戦闘用MT『カイノス』に酷似しているが、作業用なだけあって、武装の類は一切無いようだ。
あえて武装を挙げるなら、手に持っている鋼材ぐらいだろう。
頭部の無いカイノスとは違い、丸いカメラがついた頭部には、何故か建設作業員の着けているような黄色いヘルメットを被っている。
無人MT達はしばらく四機のACを見ていたが、やがて危険と判断したのか、手に持った鋼材を振り上げて襲い掛かってきた。
ブルーストライカーは正面から鋼材を持って向かってくる無人MTに、ライフルを撃ち込む。
一発目はヘルメットを弾き飛ばし、二発目が鋼材を、三発目でカメラを砕かれた無人MTは、仰向けに倒れた。
その横から別の無人MTが、鋼材を振りかぶり襲い掛かる。
しかしその胴体を赤い光刃が薙ぎ払った。
斬られて胴体から崩れ落ちる無人MTの後ろから、レーザーブレードを振るった体勢のカラミティファングが姿を現す。
ブレードを振るった体勢のカラミティファングを好機と見たのか、横から無人MTが襲い掛かる。
その動きをカラミティファングは右腕で抑えた。
だが腕を封じられていない無人MTは、そのまま鋼材を振り下ろす。
カラミティファングは無人MTの胴体から右手を離すと、その頭部に射突ブレードの杭を押し当てた。
次の瞬間、勢い良く飛び出した杭は、無人MTの頭部を跡形も無く砕いた。
振り下ろされた鋼材は、カラミティファングの頭上で止まり、ゆっくりと無人MTが倒れる。
爆発した無人MTから燃え上がる炎が、カラミティファングを更に紅く染め上げた。
その背後から、一機の無人MTが忍び寄る。
レーダーを見て気づいたレインが、カラミティファングを振り返らせようとするが、間に合わない。
だが絶え間ない銃声が鳴り響き、その無人MTの身体が、突然痙攣したかのように小刻みに動いた。
カラミティファングが、ゆっくり倒れ込む無人MTを避けると、そこにはエルクのブラックハウンドが立っていた。
その右手に持つマシンガンの銃口からは、硝煙が昇っている。
「ありがと」
「いえいえ、どういたしまして」
短いやり取りだが、その声にはお互いの腕を賞賛する響きがあった。
そんな二人を見ていたカイトは、油断していたのだろう。
背後から接近する無人MTの存在に気づけなかった。
その無人MTの頭部を一発の銃弾が撃ち抜く。
慌ててカイトが振り向くと、遠く離れた距離からヒスイのエメラルドホークがスナイパーライフルを構えて立っていた。
「作業用とはいえ、油断するな」
ヒスイが冷たく言い放つ。
それはカイトが突入前に言った言葉と同じだった。
だがカイトはヒスイの言葉に答えなかった。
ブルーストライカーのコアに装備されたOBを起動させると、爆発的な加速力でエメラルドホークへ迫る。
「なっ!?」
ヒスイは思わず、エメラルドホークにスナイパーライフルを構えさせるが、ブルーストライカーは接近を止めない。
そもそもブルーストライカーの狙いはエメラルドホークではなかった。
その横で鋼材を振りかぶろうとしている無人MTだ。
振り下ろされた鋼材をレーザーブレードで斬ると、無人MTを蹴り飛ばした。
勢い良く吹き飛んだ無人MTが起き上がろうとしたところを、レーザーブレードで斬り捨てる。
呆然と見つめるヒスイに、カイトが言った。
「言っただろ? 作業用だからって油断するなって」
「むっ……」
まさか助けられた上に、そんな返し方をされるとは思っていなかったのだろう。
ヒスイはそれ以上何も言わず、無人MTの狙撃に戻った。
次々と無人MTの頭部が撃ち抜かれていくが、黙々と行われる姿はどこか不機嫌そうだ。
(流石に一言余計だったかな……?)
カイト自身は、別にヒスイへの皮肉を込めて言った訳ではなかった。
エメラルドホークは狙撃に特化した機体である。
ブレードは装備しているが、弾切れ時の保険に近いそれは出力の弱いものだ。
そんな機体が接近を許した。
カイトはヒスイのそんな無防備さに、どこか危うさを感じたのだ。
だがそれを上手く説明出来ないカイトは結局何も言わず、エメラルドホークの周囲に注意を払う事に専念した。
それから数分後……。
「これで全部か……?」
「そのようですねぇ……」
「やれやれ、思ったより重労働ね……」
「ふぅ……」
レーダーに敵影の姿が無い事を確認した四人は、少し疲れた様子だった。
それもそのはず、破壊した無人機の数は五十機に上ったからだ。
いくら作業用とはいえ、その数は厄介である。
勿論報酬など、撃った弾薬費でとっくに吹っ飛んでいる。
「それじゃ帰還しよ……んっ?」
そう言い掛けたカイトは、レーダーに映る赤い光点に気づいた。
それも一つだけではない。
先程よりは少ないが、それでも十五機のMTが前から接近しつつあった。
十五機程度なら、消耗していても何とかなる。
しかしその考えは現れた無人MTの姿を見て消え去った。
「なっ……」
姿はこれまでと同じ作業用MTだ。
しかし、その手には鋼材ではなく、ライフルが握られていた。
「どうして作業用MTがライフルなんか……!?」
「分かりませんが、これは先程よりも厄介ですよ……!」
「くっ……。消耗している状態では、こっちが不利だ。各機、牽制しつつ撤退するぞ!」
仲間が困惑する中、カイトが指示を飛ばす。
勿論、カイト自身も困惑していたが、それでも咄嗟に指示が出ていた。
「いや……。それも難しいようだ……」
ヒスイが冷静な口調で言う。
その理由はすぐに分かった。
後ろからも十五機の無人MTが現れたのだ。
こちらのMTも、同じくライフルで武装されている。
前方に十五機、後方に十五機、計三十機のMTに囲まれる形となった。
「まずいですねぇ……。少し弾薬が心許ないんですが……」
この状況でも笑顔のエルクだが、その笑みも若干引きつっている。
「私もだ……」
ヒスイは冷静な口調を崩さない。
「ねぇ、リーダー。こんな状況を打開できるアイデア持ってない?」
そう聞いてくるレインの声には、いつもの明るさが無い。
カイトは黙っていたが、やがて意を決したかのように小さく答えた。
「……ある」
その言葉に三人とも驚いた顔をする。
「俺が上に跳んで、奴等の注意を惹きつける。その間に、三人で後方のMTを一点突破して撤退するんだ」
三人とも、最初は言葉の意味が分からなかった。
だが分かった途端、レインが強く反対した。
エルクとヒスイは困惑した表情で、カイトのブルーストライカーを見た。
「何考えてんの!?」
「無謀なのは分かってる! だけど、他に方法があるか!?」
声を荒げたカイトに、レインも声を詰まらせる。
「確かに……、それしかないのかもしれません……」
エルクが苦しげに肯定する。
「だったら、あたしが……」
レインがそこまで言ったところで、カイトが遮った。
「駄目だ。俺は皆の指揮を任されているんだ。各機撤退しろ。これは、命令だ!」
命令。
その言葉に、三人が動いた。
後方のMT群に機体を向ける。
(これで仲間は助かる……。皆、ごめん……)
カイトは心の中で家族に、世話になった人達に、そして仲間達に謝った。
そして覚悟を決めて、ブルーストライカーを跳躍させようとした、その時――。
「やれやれ。自己犠牲も結構だが、少々短絡的すぎるな」
聞き慣れない男の声がした。
目的地は街の離れにある工場。
整備の行き届いていない道路は、時折トラックに不快な揺れを起こさせていた。
その揺れに顔をしかめながら、カイト達はACの操縦席の中にいる。
カイトは操縦席の中で、これから行う実地研修の事を考えていた。
考えていたとは言っても、その思考は纏まりが無く、ただ頭の中を漂うだけである。
そう、彼は緊張していたのだ。
これがただのフリーで受けた依頼なら、彼はここまで緊張していなかっただろう。
カイトはこれまで僚機を雇っての戦闘というものをした事が無い。
まして会ってまだ数時間の人間と、連携を取る事が出来るのだろうか?
その上、カイトはこの小隊の指揮を任されていた。
「カイト、とりあえずお前が小隊の指揮を執れ」
さらっと言ったリラの一言に、カイトは驚いた。
「えぇっ!? 何で俺が……」
「私の勘だ。まあ、何事も経験だ。文句はやってから言え」
話を打ち切ろうとするリラに、カイトは反論を試みる。
「いや、でも、もっと他に適任な人がいるんじゃ……」
「私もカイトが指揮官で良いわよ」
「僕もです」
「……」
そんなやり取りがあり、エルクやレインも異議を唱えなかった(ヒスイだけは何か言いたげな目付きをしていたが)ため、なし崩し的に決まってしまったのだった。
自分の指揮が小隊を動かす。
その重責を感じたカイトは、今更ながらプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
思わず溜息と共に呟く。
「絶対無理があるよな……。俺が指揮なんて……」
「そんな事はありませんよ」
優しげな声が否定する。
その声にカイトは、前のハンガーに固定されているACを見た。
黒と紫の二色で塗装されているそれは、エルクのAC『ブラックハウンド』だった。
四脚型脚部を装備したブラックハウンドは、右腕にマシンガン、左腕にショットガン、右肩には軽量のレーザーキャノンを装備した、火力と機動性に特化した機体だ。
「そうかな? 正直言って、俺にはエルク達に上手く指示出来る自信が無いよ……」
「初めから上手くやる必要なんてありませんよ。少しずつ経験を積んでいけば良いんですから……」
そんな二人の会話に、レインとヒスイが割り込んできた。
「そうそう。隊長さんも言ってたでしょ? 『何事も経験だ』って……」
「隊長が決めた事だから、私はそれに従おう。足を引っ張らなければ、それで良い……」
どうやらカイトが緊張していると思い、和らげようとしてくれたらしい。
ヒスイの言葉はどうか知らないが……。
ともあれ、そんな仲間の気持ちに、カイトは嬉しくなった。
途端に、気持ちが落ち着いていく。
「……そうだな。エルク達の言うとおりだな。やれるだけやってみるか!」
「そうそう! その意気、その意気!」
レインが明るい声で頷く。
その時、トラックの揺れが止まり、聞き慣れぬ声の通信が入った。
「皆さん聞こえますか? 目的地に到着しましたので、これより実地研修を開始します」
若い真面目そうな女の声だ。
「えーっと、君は?」
カイトが通信の相手に質問する。
「あっ、申し遅れました。私、レイヴンズホープの専属オペレーターを務めている、マリー=アンダーソンです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。マリー、早速だけど研修内容の説明を頼めるかな?」
「分かりましたカイトさん。今回研修用に受けた依頼は、建設作業用に開発された無人MTの破壊です」
マリーの説明によると、ビルなどの建設作業用に開発されたMTにはAIが搭載されており、今回それが暴走して工場内で暴れているようだ。
依頼者はそのAIの開発者で、暴走はこの男の開発中のミスが原因らしい。
「ですから、工場の外へ出て騒ぎが大きくなる前に、無人MTを全て破壊してほしいそうです」
何かご質問はと聞いてくるマリーに、カイトが言った。
「ちょ、ちょっと待った。ひょっとしてこの依頼って、その開発者個人が出したものなのか?」
「ええ、そうですよ?」
それが何かといった様子で、マリーが答えた。
カイトが恐る恐る聞いてみる。
「因みに報酬はいくらなんだ?」
「えーっと……、二千コームですけど……」
嫌な沈黙が辺りを包んだ。
これには他の三人も黙ってはいない。
「はあっ!? あたしらは街の害虫駆除業者かっての!?」
「それでももう少しマシな報酬ですけどねぇ……」
「せこいな……」
次々と浴びせられる不満の声に押されながらも、マリーが宥めにかかった。
「し、仕方ありませんよ。個人の依頼なんですから、出せる金額にも限界が……」
「それにしたってさぁ……。こんな工場でMTに積むAIの開発を任されてるくらいだから、もう少しだせるんじゃないの?」
レインの不満も最もだった。
レイヴン四人を雇うのに、二千コームというのはあまりに安すぎる。
そもそも一工場のMTに搭載するAIを開発している人間が、二千コームしか出せないというのも不自然に感じられた。
(何か変だな、この依頼……)
しかし、何がおかしいのかが分からない。
納得できない気持ちを抱きながら、カイトはレインを宥めた。
「レイン。気持ちは分かるけど、それをマリーに言ったって仕方ないだろ? 依頼人にも依頼人の事情があるんだろうし……」
「それはそうだけどねぇ……」
ぶつぶつと不満を言っていたレインだったが、カイトの言う事も最もだと思ったのか、マリーに謝った。
「ごめんねマリー。関係ないのに文句言っちゃって……」
「いえいえ! 研修とはいえ、こんな依頼を用意したのは私達の方ですし……」
そんな二人のやり取りを聞いていたカイトは、ほっとした様子でエルクとヒスイに声を掛けた。
「エルクとヒスイも納得できないと思うけど……」
その続きを二人が遮った。
「いいえ。研修ですから仕方が無いでしょう」
「納得は出来ないが、仕方ないだろう……」
二人の言葉に、カイトはもう一度ほっとした。
「それじゃ、皆始めようか」
カイトの一言に、全員が了解と返事する。
トラックのコンテナが天井から左右に開いた。
二台のトラック、その開ききったコンテナから四機のACが姿を現す。
四機のACはハンガーの固定具が外れると、ゆっくりと歩き出した。
その歩みは工場の入り口の前で、ピタリと止まる。
四機が見上げる工場は、MTの生産を行っている事もあって大きかった。
中に入る前に、カイトは仲間のACを見た。
戦力の把握を行っておきたかったからだ。
エルクのACはトラック内で既に見ているが、レインとヒスイのACは別のトラックで運ばれたために見ていない。
レインの真紅のAC『カラミティファング』は、機動力の高い中量二脚ACだった。
右腕に射突ブレード、左腕にレーザーブレード、右肩にはロケットと、接近戦に特化した装備をしている。
次にカイトは、視線をヒスイの翡翠色のAC『エメラルドホーク』に移した。
この軽量二脚ACが持つ武装は、右腕にスナイパーライフル、右肩に追加弾倉、そして左肩に広範囲のレーダーを装備した、狙撃に特化したものだ。
左腕にブレードは装備しているが、出力の弱い軽量なものを選択している。
おそらく弾切れの備え程度に装備したのだろう。
(しかしどの機体も俺のと違って個性的だな……)
カイトの中量二脚AC『ブルーストライカー』は、バランス重視の機体だった。
右腕にライフル、左腕にレーザーブレード、右肩にはミサイル、そして左肩にはロケットと、様々な状況に対応できるように装備を選んでいる。
逆に突出したものが無いため、ある一点に特化した相手には弱いという一面を持っていた。
「でもチームで戦う事を考えたら、俺達の機体は結構バランスが取れてるかもな」
そんなカイトの言葉に、エルクが頷いた。
「確かにそうですね。チームとしては悪くないと思いますよ」
「それじゃあ、これから突入するぞ。皆、作業用とはいえ油断しないようにな」
了解と三人が答えると、カイトのブルーストライカーが先行して工場内部に侵入した。
二番手にレインのカラミティファング、三番手にヒスイのエメラルドホーク、そして最後にエルクのブラックハウンドが続く。
入り口にはまだ無人MTが来ていないらしく、破壊の痕は無かった。
カイトは前方の安全を確認しながら、ブルーストライカーを進める。
後に続く三人も、同様に警戒を怠らない。
特に最後尾にいるエルクは、後方の安全を確認しながら進んだ。
しばらく進むと、ブルーストライカーのレーダーに複数の赤い光点が表示される。
AC四機はゲートの左右に二機ずつ立った。
「行くぞ」
カイトの短い一言に、三人も短く返した。
ゲートを開くと同時に、ブルーストライカーを先頭にAC四機が部屋へと入る。
工場内で暴れていた建設作業用MTが、一斉に四機のACに振り向いた。
無人MTのフォルムは戦闘用MT『カイノス』に酷似しているが、作業用なだけあって、武装の類は一切無いようだ。
あえて武装を挙げるなら、手に持っている鋼材ぐらいだろう。
頭部の無いカイノスとは違い、丸いカメラがついた頭部には、何故か建設作業員の着けているような黄色いヘルメットを被っている。
無人MT達はしばらく四機のACを見ていたが、やがて危険と判断したのか、手に持った鋼材を振り上げて襲い掛かってきた。
ブルーストライカーは正面から鋼材を持って向かってくる無人MTに、ライフルを撃ち込む。
一発目はヘルメットを弾き飛ばし、二発目が鋼材を、三発目でカメラを砕かれた無人MTは、仰向けに倒れた。
その横から別の無人MTが、鋼材を振りかぶり襲い掛かる。
しかしその胴体を赤い光刃が薙ぎ払った。
斬られて胴体から崩れ落ちる無人MTの後ろから、レーザーブレードを振るった体勢のカラミティファングが姿を現す。
ブレードを振るった体勢のカラミティファングを好機と見たのか、横から無人MTが襲い掛かる。
その動きをカラミティファングは右腕で抑えた。
だが腕を封じられていない無人MTは、そのまま鋼材を振り下ろす。
カラミティファングは無人MTの胴体から右手を離すと、その頭部に射突ブレードの杭を押し当てた。
次の瞬間、勢い良く飛び出した杭は、無人MTの頭部を跡形も無く砕いた。
振り下ろされた鋼材は、カラミティファングの頭上で止まり、ゆっくりと無人MTが倒れる。
爆発した無人MTから燃え上がる炎が、カラミティファングを更に紅く染め上げた。
その背後から、一機の無人MTが忍び寄る。
レーダーを見て気づいたレインが、カラミティファングを振り返らせようとするが、間に合わない。
だが絶え間ない銃声が鳴り響き、その無人MTの身体が、突然痙攣したかのように小刻みに動いた。
カラミティファングが、ゆっくり倒れ込む無人MTを避けると、そこにはエルクのブラックハウンドが立っていた。
その右手に持つマシンガンの銃口からは、硝煙が昇っている。
「ありがと」
「いえいえ、どういたしまして」
短いやり取りだが、その声にはお互いの腕を賞賛する響きがあった。
そんな二人を見ていたカイトは、油断していたのだろう。
背後から接近する無人MTの存在に気づけなかった。
その無人MTの頭部を一発の銃弾が撃ち抜く。
慌ててカイトが振り向くと、遠く離れた距離からヒスイのエメラルドホークがスナイパーライフルを構えて立っていた。
「作業用とはいえ、油断するな」
ヒスイが冷たく言い放つ。
それはカイトが突入前に言った言葉と同じだった。
だがカイトはヒスイの言葉に答えなかった。
ブルーストライカーのコアに装備されたOBを起動させると、爆発的な加速力でエメラルドホークへ迫る。
「なっ!?」
ヒスイは思わず、エメラルドホークにスナイパーライフルを構えさせるが、ブルーストライカーは接近を止めない。
そもそもブルーストライカーの狙いはエメラルドホークではなかった。
その横で鋼材を振りかぶろうとしている無人MTだ。
振り下ろされた鋼材をレーザーブレードで斬ると、無人MTを蹴り飛ばした。
勢い良く吹き飛んだ無人MTが起き上がろうとしたところを、レーザーブレードで斬り捨てる。
呆然と見つめるヒスイに、カイトが言った。
「言っただろ? 作業用だからって油断するなって」
「むっ……」
まさか助けられた上に、そんな返し方をされるとは思っていなかったのだろう。
ヒスイはそれ以上何も言わず、無人MTの狙撃に戻った。
次々と無人MTの頭部が撃ち抜かれていくが、黙々と行われる姿はどこか不機嫌そうだ。
(流石に一言余計だったかな……?)
カイト自身は、別にヒスイへの皮肉を込めて言った訳ではなかった。
エメラルドホークは狙撃に特化した機体である。
ブレードは装備しているが、弾切れ時の保険に近いそれは出力の弱いものだ。
そんな機体が接近を許した。
カイトはヒスイのそんな無防備さに、どこか危うさを感じたのだ。
だがそれを上手く説明出来ないカイトは結局何も言わず、エメラルドホークの周囲に注意を払う事に専念した。
それから数分後……。
「これで全部か……?」
「そのようですねぇ……」
「やれやれ、思ったより重労働ね……」
「ふぅ……」
レーダーに敵影の姿が無い事を確認した四人は、少し疲れた様子だった。
それもそのはず、破壊した無人機の数は五十機に上ったからだ。
いくら作業用とはいえ、その数は厄介である。
勿論報酬など、撃った弾薬費でとっくに吹っ飛んでいる。
「それじゃ帰還しよ……んっ?」
そう言い掛けたカイトは、レーダーに映る赤い光点に気づいた。
それも一つだけではない。
先程よりは少ないが、それでも十五機のMTが前から接近しつつあった。
十五機程度なら、消耗していても何とかなる。
しかしその考えは現れた無人MTの姿を見て消え去った。
「なっ……」
姿はこれまでと同じ作業用MTだ。
しかし、その手には鋼材ではなく、ライフルが握られていた。
「どうして作業用MTがライフルなんか……!?」
「分かりませんが、これは先程よりも厄介ですよ……!」
「くっ……。消耗している状態では、こっちが不利だ。各機、牽制しつつ撤退するぞ!」
仲間が困惑する中、カイトが指示を飛ばす。
勿論、カイト自身も困惑していたが、それでも咄嗟に指示が出ていた。
「いや……。それも難しいようだ……」
ヒスイが冷静な口調で言う。
その理由はすぐに分かった。
後ろからも十五機の無人MTが現れたのだ。
こちらのMTも、同じくライフルで武装されている。
前方に十五機、後方に十五機、計三十機のMTに囲まれる形となった。
「まずいですねぇ……。少し弾薬が心許ないんですが……」
この状況でも笑顔のエルクだが、その笑みも若干引きつっている。
「私もだ……」
ヒスイは冷静な口調を崩さない。
「ねぇ、リーダー。こんな状況を打開できるアイデア持ってない?」
そう聞いてくるレインの声には、いつもの明るさが無い。
カイトは黙っていたが、やがて意を決したかのように小さく答えた。
「……ある」
その言葉に三人とも驚いた顔をする。
「俺が上に跳んで、奴等の注意を惹きつける。その間に、三人で後方のMTを一点突破して撤退するんだ」
三人とも、最初は言葉の意味が分からなかった。
だが分かった途端、レインが強く反対した。
エルクとヒスイは困惑した表情で、カイトのブルーストライカーを見た。
「何考えてんの!?」
「無謀なのは分かってる! だけど、他に方法があるか!?」
声を荒げたカイトに、レインも声を詰まらせる。
「確かに……、それしかないのかもしれません……」
エルクが苦しげに肯定する。
「だったら、あたしが……」
レインがそこまで言ったところで、カイトが遮った。
「駄目だ。俺は皆の指揮を任されているんだ。各機撤退しろ。これは、命令だ!」
命令。
その言葉に、三人が動いた。
後方のMT群に機体を向ける。
(これで仲間は助かる……。皆、ごめん……)
カイトは心の中で家族に、世話になった人達に、そして仲間達に謝った。
そして覚悟を決めて、ブルーストライカーを跳躍させようとした、その時――。
「やれやれ。自己犠牲も結構だが、少々短絡的すぎるな」
聞き慣れない男の声がした。
10/11/20 21:58更新 / 謎のレイブン