第一話「レイヴンズホープ」
カイト=アルスターは街の賑わいから離れたビルの前に立ち尽くしていた。
茶色の髪に漆黒の瞳、十八歳の年齢らしく、大人びた印象の中に幼さが残った顔つきをしている。
そんな彼は目の前にあるビルの姿に言葉を失っていた。
築三十年以上経ったそのビルは、開発が進む街中で取り残されたかのようで、はっきり言ってぼろかった。
カイトはグローバルコーテックスから聞いた住所を書いた紙と、ビルの表に出ている番地を比べてみる。
しかし何度見ても、目の前のボロビルがカイトの目的地に間違いなかった。
「……ここが?」
カイトの口からそんな疑問の声が出る。
「そうだ。ここが『レイヴンズホープ』の本拠地だ」
答える声が正面のドアからあった。
ギギギと音を立てて開いたドアから、一人の女性が出てくる。
銀色の長髪に青い瞳、整った顔立ちをした美人だが、気だるげに細められた目が色々と台無しにしている。
彼女はポケットを探ると、取り出した棒付きキャンディの包みを剥がして口に咥えた。
それからカイトに近づき、彼の顔をまじまじと見つめる。
そうしている間、口の中でキャンディを転がしているのか、時折キャンディの棒がピコピコと動いた。
だがそんな事よりも、美人の顔がすぐ目の前にある事の方が、カイトは落ち着かなかった。
そんなカイトの事などお構いなしに彼の顔を見ていた女性だったが、やがて満足したのか顔を離した。
「ふん、なるほど……。それほど『あいつ』には似ていないな」
女性は一人納得した風だが、意味が分からないカイトは、思わず「えっ?」と声に出した。
「気にするな、こちらの話だ。先程コーテックスから連絡は受けているが、入隊希望者のカイト=アルスターだな? ここの隊長を務めている、リラ=ダルジェントだ。」
「あっ、はい。自己紹介が遅れましたが――」
「ああ、それはいい」
自己紹介を遮られ、カイトは「へっ?」と声が出た。
しかしリラはついてこいとばかりに手招きすると、ビルの奥へと入ってしまう。
困惑しながらも、カイトはとりあえずその後についていく事にした。
中に入ると、外見の古さとは裏腹に綺麗な内装にカイトは感心する。
入ってすぐ右手には簡易な来客対応のテーブルとソファが用意されている。
リラはその来客用テーブルの前にいた。
見るとソファには三人の男女が座って談笑している。
一人目は金髪に青い瞳をした二十代の青年だ。
座っているため分かりにくいが、すらりと伸びた足や座高の高さから、カイトよりも背丈が高い。
微笑んでいる顔は優しさとおとなしさを感じさせるが、袖から覗く腕は細身ながらも鍛えられている。
二人目は赤髪に金色の瞳の二十代の女性だ。
先程の青年ほどではないが、背丈はカイトと同じぐらいありそうで、女性としては高身長といえる。
女性らしい胸のふくらみも大きく、すらりと伸びた足を組んでソファに座る様は、まるでモデルのようだ。
三人目は翡翠色の髪と瞳をした少女だ。
この中では一番小柄で、服の袖から覗く細い腕は陶磁器のように白い。
しかしカイトが気になったのは、その少女の顔だった。
正確に言えば表情だが、感情というものをあまり感じないのだ。
他の二人が笑いながら会話する中、この少女だけはほんの少しの笑みも見せない。
話を振られても、「ああ」とか「そうだな」という返事しか返していなかった。
まるで人ではなく、等身大の人形である。
その少女がカイトに気づいたらしく、顔を向けた。
瞬間、少女の表情が変化する。
それは驚きだった。
驚きと戸惑い、ほんの一瞬の変化だったが、それを見たカイトは人形という印象を抱いた自分を恥じた。
少女の視線に気づいたのか、他の二人もカイトの方を向く。
「さて、入隊希望者『四人』揃ったな。では自己紹介を始めてくれ」
リラの言葉に、カイトは首を傾げた。
「四人? あの、という事はここにいるのは……」
「そうだ。お前を含め、レイヴンズホープの入隊を希望する者だ。最も、一名は私が誘ったのだがな。ほら、自己紹介だ」
再び促され、カイトは慌てて三人の前に立った。
「カイト=アルスターです。レイヴンとなってまだ一年なので、皆さんの足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします」
「おーおー、真面目君ねぇ」
そんな茶化すような口調で言いながら、赤髪の女性が立ち上がる。
「レイン=ヴァレッタよ。フリーのレイヴンとして二年やってたところを、そこのリラちゃんに誘われたの。因みに彼氏もフリーよ。よろしくね!」
「よろしくお願いします、レインさん」
そう言ってカイトは手を差し出すが、レインはチッチッチッと舌打ちしながら、人差し指を左右に振る。
「ノンノンノン。年上だからって、同僚なんだから敬語なんて使わないの。レインで良いわ」
「そうか。じゃあ改めてよろしく、レイン」
レインはニコリと微笑むと、今度は差し出された手を握った。
レインがソファに座り直すと、次に金髪の青年が立ち上がる。
「始めまして、カイト君。僕はエルク=ライマンといいます。僕は年下にも敬語を使う癖があるので敬語を使いますが、君は敬語ではなく僕の事はエルクと呼んで下さい」
そう言ってエルクが差し出した手を、カイトは握って答えた。
「よろしく、エルク」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
最後に翡翠の髪の少女が立ち上がった。
「ヒスイ=ナツメだ。よろしく……」
それだけ言うと、小さく頭を下げる。
カイトは気にせず手を差し出した。
「ああ、よろしくヒスイ。見たところ年も近いみたいだし、俺の事はカイトで……」
いいからとまで言おうとしたところで、ヒスイはソファに座り直してしまった。
行き場を失った右手がどこか寂しい……。
それを見てレインはどこか楽しそうに笑い、エルクは苦笑し、ヒスイはカイトを見てすらいない。
しかしそんなカイトを気にも留めず、リラが言った。
「自己紹介は終わったな? では次に入隊試験を始める」
その言葉に四人が反応した。
「試験?」
「聞いてないけど、そんなの」
「僕も初耳ですねぇ……」
「……」
四人ともそんなの聞いてないといった様子で困惑している。
「まあ、試験なんてのは形だけで、レイヴンズホープがどういった小隊なのか、その活動内容を体験できる実地研修だ」
ただし……、とリラが付け加えた。
「研修だから簡単な依頼を用意してやったが、これは実戦だ。既にレイヴンとして活動経験のある者なら分かるだろうが、ちょっとした油断が命取りになりかねん。機体の準備は怠らないようにしておけ」
茶色の髪に漆黒の瞳、十八歳の年齢らしく、大人びた印象の中に幼さが残った顔つきをしている。
そんな彼は目の前にあるビルの姿に言葉を失っていた。
築三十年以上経ったそのビルは、開発が進む街中で取り残されたかのようで、はっきり言ってぼろかった。
カイトはグローバルコーテックスから聞いた住所を書いた紙と、ビルの表に出ている番地を比べてみる。
しかし何度見ても、目の前のボロビルがカイトの目的地に間違いなかった。
「……ここが?」
カイトの口からそんな疑問の声が出る。
「そうだ。ここが『レイヴンズホープ』の本拠地だ」
答える声が正面のドアからあった。
ギギギと音を立てて開いたドアから、一人の女性が出てくる。
銀色の長髪に青い瞳、整った顔立ちをした美人だが、気だるげに細められた目が色々と台無しにしている。
彼女はポケットを探ると、取り出した棒付きキャンディの包みを剥がして口に咥えた。
それからカイトに近づき、彼の顔をまじまじと見つめる。
そうしている間、口の中でキャンディを転がしているのか、時折キャンディの棒がピコピコと動いた。
だがそんな事よりも、美人の顔がすぐ目の前にある事の方が、カイトは落ち着かなかった。
そんなカイトの事などお構いなしに彼の顔を見ていた女性だったが、やがて満足したのか顔を離した。
「ふん、なるほど……。それほど『あいつ』には似ていないな」
女性は一人納得した風だが、意味が分からないカイトは、思わず「えっ?」と声に出した。
「気にするな、こちらの話だ。先程コーテックスから連絡は受けているが、入隊希望者のカイト=アルスターだな? ここの隊長を務めている、リラ=ダルジェントだ。」
「あっ、はい。自己紹介が遅れましたが――」
「ああ、それはいい」
自己紹介を遮られ、カイトは「へっ?」と声が出た。
しかしリラはついてこいとばかりに手招きすると、ビルの奥へと入ってしまう。
困惑しながらも、カイトはとりあえずその後についていく事にした。
中に入ると、外見の古さとは裏腹に綺麗な内装にカイトは感心する。
入ってすぐ右手には簡易な来客対応のテーブルとソファが用意されている。
リラはその来客用テーブルの前にいた。
見るとソファには三人の男女が座って談笑している。
一人目は金髪に青い瞳をした二十代の青年だ。
座っているため分かりにくいが、すらりと伸びた足や座高の高さから、カイトよりも背丈が高い。
微笑んでいる顔は優しさとおとなしさを感じさせるが、袖から覗く腕は細身ながらも鍛えられている。
二人目は赤髪に金色の瞳の二十代の女性だ。
先程の青年ほどではないが、背丈はカイトと同じぐらいありそうで、女性としては高身長といえる。
女性らしい胸のふくらみも大きく、すらりと伸びた足を組んでソファに座る様は、まるでモデルのようだ。
三人目は翡翠色の髪と瞳をした少女だ。
この中では一番小柄で、服の袖から覗く細い腕は陶磁器のように白い。
しかしカイトが気になったのは、その少女の顔だった。
正確に言えば表情だが、感情というものをあまり感じないのだ。
他の二人が笑いながら会話する中、この少女だけはほんの少しの笑みも見せない。
話を振られても、「ああ」とか「そうだな」という返事しか返していなかった。
まるで人ではなく、等身大の人形である。
その少女がカイトに気づいたらしく、顔を向けた。
瞬間、少女の表情が変化する。
それは驚きだった。
驚きと戸惑い、ほんの一瞬の変化だったが、それを見たカイトは人形という印象を抱いた自分を恥じた。
少女の視線に気づいたのか、他の二人もカイトの方を向く。
「さて、入隊希望者『四人』揃ったな。では自己紹介を始めてくれ」
リラの言葉に、カイトは首を傾げた。
「四人? あの、という事はここにいるのは……」
「そうだ。お前を含め、レイヴンズホープの入隊を希望する者だ。最も、一名は私が誘ったのだがな。ほら、自己紹介だ」
再び促され、カイトは慌てて三人の前に立った。
「カイト=アルスターです。レイヴンとなってまだ一年なので、皆さんの足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします」
「おーおー、真面目君ねぇ」
そんな茶化すような口調で言いながら、赤髪の女性が立ち上がる。
「レイン=ヴァレッタよ。フリーのレイヴンとして二年やってたところを、そこのリラちゃんに誘われたの。因みに彼氏もフリーよ。よろしくね!」
「よろしくお願いします、レインさん」
そう言ってカイトは手を差し出すが、レインはチッチッチッと舌打ちしながら、人差し指を左右に振る。
「ノンノンノン。年上だからって、同僚なんだから敬語なんて使わないの。レインで良いわ」
「そうか。じゃあ改めてよろしく、レイン」
レインはニコリと微笑むと、今度は差し出された手を握った。
レインがソファに座り直すと、次に金髪の青年が立ち上がる。
「始めまして、カイト君。僕はエルク=ライマンといいます。僕は年下にも敬語を使う癖があるので敬語を使いますが、君は敬語ではなく僕の事はエルクと呼んで下さい」
そう言ってエルクが差し出した手を、カイトは握って答えた。
「よろしく、エルク」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
最後に翡翠の髪の少女が立ち上がった。
「ヒスイ=ナツメだ。よろしく……」
それだけ言うと、小さく頭を下げる。
カイトは気にせず手を差し出した。
「ああ、よろしくヒスイ。見たところ年も近いみたいだし、俺の事はカイトで……」
いいからとまで言おうとしたところで、ヒスイはソファに座り直してしまった。
行き場を失った右手がどこか寂しい……。
それを見てレインはどこか楽しそうに笑い、エルクは苦笑し、ヒスイはカイトを見てすらいない。
しかしそんなカイトを気にも留めず、リラが言った。
「自己紹介は終わったな? では次に入隊試験を始める」
その言葉に四人が反応した。
「試験?」
「聞いてないけど、そんなの」
「僕も初耳ですねぇ……」
「……」
四人ともそんなの聞いてないといった様子で困惑している。
「まあ、試験なんてのは形だけで、レイヴンズホープがどういった小隊なのか、その活動内容を体験できる実地研修だ」
ただし……、とリラが付け加えた。
「研修だから簡単な依頼を用意してやったが、これは実戦だ。既にレイヴンとして活動経験のある者なら分かるだろうが、ちょっとした油断が命取りになりかねん。機体の準備は怠らないようにしておけ」
10/11/13 22:01更新 / 謎のレイブン