連載小説
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第三話「La nuit du soupir」
 フランシスとユリエールがシャリティ家に生まれたのは国家解体戦争から数年後の春だった。
 当時からローゼンタール内で多大な権力を誇っていた彼女等の父はこれを機にシャリティ家からのリンクスの輩出を決める。
白羽の矢は、そのフランシスとユリエールに立った。

 当時、彼女等の母はローゼンタールのテストパイロット(リンクス)として従事していた。
 ローゼンタールの象徴機体である「ノブリス・オブリージュ」の調整を任されるほど、彼女に寄せられているその信頼は大きかった。
 だが、フランシスとユリエールがまだ幼い頃に彼女は病に倒れて急死してしまう。
 病棟のベッドの上で手を組んで横たわる母を見て、ユリエールは悲しみに暮れていたがフランシスはこれがただの病死ではないように思えていた。
 それは、死に立ち会わなかった父に何か嫌なものを感じていたからである。

 屋敷のメイド達に育てられてリリアン――所謂、お嬢様学園――に通う頃、世界では企業間の争いであるリンクス戦争が始まった。
 大量のネクストが導入されたその戦争では、ほとんどリンクスが戦場を支配していたと言っても過言ではなかった。
 その頃になって二人は、リンクスという存在と母がそのリンクスであったことを昔から世話になっているメイドを通して知った。
 フランシスは母が亡くなった時の違和感を静かに思い出していた。
 その後、彼女達は父の権力と言う名の鳥籠の中でそれほど苦労することなく終戦を迎えることになる。

 父にリンクスとしての適正があると伝えられて、ローゼンタールの養成センターに入ってからはある種の地獄だった。
 機体と神経を繋ぐAMSのジャックを埋め込む手術に始まり、様々な薬物投与、検査という名の拷問、それらを終えて施設の部屋で鈍痛に喘ぐという生活サイクルだった。
 二人が後から知った話だが、元々彼女等のAMS適正は水準以下であったらしい。
 父は名門と言う肩書きを守るために、この時ばかりは娘達を「道具」と割り切っていたのだ。

 それからローゼンタールから通知が届き、ようやく養成センターでの課程を終える頃。
 施設を出る際に、フランシスとユリエールは施設の研究員である一人の男性に呼び止められた。
 彼はリンクス時代、母がここでテストパイロットを務めていた頃から面識を持っていたと説明し、それから「彼女にそっくりだ」と言って笑った。
 その後、彼は母から預かったという一枚の便箋を手渡した。
 フランシスが便箋を開いてみるとそこには弱々しい字体のフランス語(母語)でこう書かれていた。

「Le bonheur que vous n'êtes pas des mensonges(あなた達は偽りじゃない幸せを送ってね)」

「Je l'aime à jamais(いつまでも愛しているから)」

――フランシスは目を覚ました。

「(……夢か)」

 時刻はまだ夜明け前、月明かりに照らされたベッドの上で彼女は上体を起こし、ずれたキャミソールをなおしながら憂鬱な息をついた。
 彼女は夢によって思い出した、当時のことについて考え始めた。
 リンクスになった今、母が何を伝えようとしたのか分かった気がする。
 今の自分達は偽りの平和と幸せの中暮らしている、と。

「(……お母さんは、幸せじゃなかったの?)」

 フランシスは不安を押しつぶすように膝を抱えた。
 おそらく彼女もまた、シャリティ家の名に縛られたまま亡くなったのだろう。
 そして、自分達を膳立ての道具として育てた父に原因があるのだろう。
 ちらりと目線を隣にやる。
 フランシスの隣では静かに寝息を立てるユリエールが居た。

「(……偽りじゃない幸せって、なんなんだろう)」

 フランシスは再び横になり、ユリエールの柔肌を包むように抱きしめて静かに目を閉じた。
 また戦いに身を投じるであろうその短い間だけ眠りにつく。

10/02/27 14:19更新 / セーフティハマー
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まろやか投稿小説 Ver1.50