連載小説
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第一話「reniement」
 これでまた名実共に名門と評価される。
 扉の隙間から漏れる父の口癖を聞く娘が居た。
 綺麗な群青の長髪を有するその女性――フランシス・シャリティは静かに溜息をついた。
 彼女はウォルコット家と並んで名門と呼ばれるシャリティ家出身のリンクスである。
 ローゼンタール系列の企業の権力者である父のもと、数年前にリンクス養成センターを出たばかりで実戦には出たことが無い、新米リンクスである。

 沈んだ表情のまま部屋に戻ったフランシスは汚染された大地へと通じる窓に目をやる。
 部屋は中世の貴族が住んでいたような豪華な装飾の施された家具に溢れており、一見すれば華麗で優雅な部屋である。

「……本当にこれで良いのかしら……」

 国家解体戦争から数年、そしてリンクスになってまた数年。
 ローゼンタールと父の権力のおかげでその数年間はなに不自由なく過ごせていた。
 だが、フランシスはそれが自分で得ているわけではない偽りの自由ではないのか、と自分の状況に疑問を感じていた。
 そんな時、不意に扉を叩く小気味良い音が四つ響いた。

「失礼します、お姉様」

 フランシスの返答の後開いた扉の後ろには、手動のティーメーカーとカップを乗せたキャリーカートとやや暗い朱塗りの髪を有した少女が笑顔で立っていた。

「ユリエール。ノックは三回で良いと言っているのに…」

「すみません、それは癖で」

 苦笑するフランシスの返答に彼女――ユリエール・シャリティはややおどけて笑う。
 ユリエールはフランシスの実妹で、姉と同じく若手のリンクスである。
 ウォルコット家のフランシスカとユージン以来であるこの姉妹リンクス――ウォルコット家は姉弟だが――は、シャリティ家の名を更に知らしめる存在となっていた。

「何かされていたんですか?」

「今の自分の状況に疑問を感じていたの」

 窓際のテーブルまで移動して、紅茶を淹れるユリエールの言葉にフランシスは率直な返答をする。
 湯気の立つ真紅の紅茶が入ったカップを彼女の前に置いたユリエールは笑顔にやや困惑を滲ませた。

「お姉様は少し真面目すぎる気がしますよ。時代を動かしているのは企業よりもリンクスなんじゃないか、って。お姉様言ってたじゃないですか」

「そう。だけど、私達の存在は父と家の名を上げるための膳立てにしか過ぎないと思うのよ。今の状況はね」

 リンクスは先天的な才能によって得られる地位だが、その希少さゆえに企業の被検体として扱われたり、世俗的な企業の力を表すものとして利用されることも多い。
 人類が汚染された大地からまだ空気の清浄な空へと進出してからもそれは変わっていなかった。
 管理され、利用されるであろう今の道はフランシスにとっては嫌悪を示すほかなかった。

「確かに…いまの世界ではそうかもしれませんけど…。リンクスになったんですから、何か変えられるものはあると思います」

 フランシスを励ますつもりだったのだろうが、そう言うユリエールは若干声が震えていた。

「ごめんなさい、ユリエール。折角淹れてくれたのに紅茶には似合わない話だったわね」

 苦笑のまま、フランシスは紅茶のようなユリエールの艶やかな髪の毛を撫でてから紅茶を啜った。鼻腔に優しい香りが広がる。
 美味しい。と感想を述べるとユリエールは俯き気味になっていた顔をあげて幸せそうに頬を緩ませた。
 嫌悪こそ感じているこの道を歩き続けられるのは、フランシスが出会ってからずっとこの愛する妹に支えられているお陰なのである。
 だが、そんな二人の時間は電子音によって一時的な終わりを迎える。

『オーメル・サイエンス社からお二人に依頼が入っています』

 ローゼンタールのロゴがディスプレイに浮かぶ専用のPCから女性の声で出撃要請が入る。
 リンクスになって数年経つが、二人の実戦は実はこれが初めてになる。
 理由はシャリティ家の名を汚さぬよう、膳立ての道具としての手入れを数年間じっくりされてきたからなのだが。

「行きましょう」

「分かりました」

 恐怖か、緊張か、期待か。
脚が震えていたのを妹が気付いていたかどうかは定かではないが、フランシスはユリエールの肩に手を回して優しく微笑んでから二人で部屋を後にする。
 無人になった部屋には紅茶の香りが微かに漂っていた。

10/02/27 13:49更新 / セーフティハマー
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まろやか投稿小説 Ver1.50