正体不明勢力調査後編 OK
前回の調査より数日後、同盟コロニー全体による大規模なルート警戒が開始された。
当然ながら第一MT部隊の隊長機、ナストロファージと、そのレイヴンのエグは隊員やエレンと一緒に現場に出動している。
移動中のキャリアはMT格納庫とAC格納庫、車両制御部の三ブロックで構成されている。
前から車両制御部、AC格納庫、最後尾がMT格納庫で、各ブロックには上部に移動用通路が設けられ、それぞれの防衛兵装を管理するACのコクピットの様に狭い個室がある。
人員防衛の為、全ての兵装は制御部で操作されるが、機能が停止した場合は個室に担当員が入って、機銃装置の操縦を行うのだ。
――こんこん。
ノックの音がする。
「う――ぁ?」
時間通りに目を覚ましたエグは、少々を寝ぼけを感じながら、自分の起床より一瞬早かったノックに反応する。
「エグ?」
戸の向こうだからだろう、エレンであろう声が曇って聞こえる。
「ああ…」
曖昧に返事をしながらベットから出て、戸に手を掛ける。
ガラッ、と障子を開けると、やはりエレンの姿が。
因みに、当然キャリア内は厳格に感じる程装甲しかないのだが、各部屋が『ドア』でなく『戸』、それも『特殊障子』と呼ばれる障子を使用しているのは、相変わらず意味不明な和の取入れの結果――否、ある意味日本文化の深いエグ達にとっては被害ですらある一種の嫌がらせにも相当しかねない。
そして、特殊障子の『特殊』足る所以は、紙が何故か頑丈なのだ。
蹴るか殴れば破れるのだが、何故か銃撃しようがMTのレールガンを銃口をくっつけた状態で撃ちかまそうが、衝撃で吹き飛ぶ事はあるが、傷や焼跡は一切作れない、一体何が如何なっているのか、全く見当のつかない素材で出来ているらしい。
エグが初めて知った時は「ACの装甲に採用しろ」とアンタレスに進言したのだが、その答えは「突出ブレードやACのパンチには耐えられるが、人のパンチには何故か究極的に脆いので、何となく嫌だ」だった。
正直、ACを生身で殴ろうと思う奴はいないだろう、としか思えない。
「態々起こさなくても良いのに」
「それじゃ味気ないじゃない」
「味気も何も、自分で起きられなきゃレイヴンが務まるか」
そう言って、洗面所へ向かう。
既に居た隊員達と挨拶し、顔と歯を磨く。
それが終わると、狭い食堂で炊きたての米と味噌汁、鮭の塩焼きを手短に食べ終える。
「御馳走様」
食後の挨拶を済まして、トレイを片付け、制御部のブリーフィングルームへ入る。
「エレン、情報は?」
「入ってる。
今回担当するのは4番地区と9番地区を最短距離で結ぶ直線通過トンネル。
今回は機体無しの生身での調査になるわ。
まあ、実際はバトルスーツを装備するから『生身』ではないのだけれど」
エレンが言い終えると同時にエグが机のパソコンを操作する。
モニターに映る真っ黒なスーツが表示される。
「これだ。
訓練は普段のメニューにあるが、実働運用は初めてだ。
其処で車両から降りたら、まず作戦エリアに入る前にスクリーンシステムを用いた模擬戦闘を経験して貰う。
相手はゾンビの様な…そう、これだ」
映し出されたのは、人型の、しかし人の腕であろう物が異様に短く、代わりに背中から左右に伸びる腕の長い爪が印象的な、非常に気持ち悪いモンスターである。
「旧時代のアメリカのゲーム会社からキャラクターを引っ張って来た。
ネクロ…忘れた。
兎に角、このゾンビもどきを俺抜きで百匹全員で倒して貰う。
良いな?」
―きも!?― ―ゾンビより怖い―
―それ言うなよ― ―うわあ、只でさえトンネル暗いってのに―
―幽霊もどきが出て来たら泣くぞ、俺― ―やる気でねぇ―
如何やら見るだけで士気が一気に落ちた様だ。
「おいおい、本当に出たら怖いじゃ済まないんだぞ?
…大丈夫なのか、こいつ等?」
心配ながらも、出撃しない訳には、と仕方なしにスーツを着るエグ。
機械にセットされているスーツに倒れ込む様に靠れると、それを察知した装置が装甲を特殊スーツの上に被せていく。
この装甲がバトルスーツである。
数十秒で完了し、それを鏡で確認する。
(思いの他、ジム――)
――ガチャ。
「あ、エグ」
「ノック位しろよ。
一応更衣室だぞ?」
ドアを開けたエレンにエグが呆れながら言う。
「スーツ、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「武器は、先に下ろしてあったからね。
ブリーフィングでも言ったけど、さっきコンテナを出す作業、作業班がしてるの見てたから、一応言っとこうって思って…」
「有難う」
そう言って、ふと肩を叩こうか頭を撫でようか一瞬考える。
手を宙に浮かせたまま、少し考えて、すぐに撫でる方を選んだ。
撫でられる方は、宙を彷徨う手を見て首を傾げていたが、自分の頭に手が伸びると理解すると、相手がエグでもバトルスーツのパワー補助が怖くなって身構えてしまうが、スーツ故に心地よくはないが、それ以外は安心出来る加減だった。
しかし、いざ『撫でられた』と分かると、何だか恥ずかしい様な子供扱いされた様な、単純に恥ずかしいのか、後者故に恥と感じたのかは、一瞬自分でも理解し得ない物であったが、結局エレンは「相手がエグなら」と恥ずかしいだけだ、と半ば思考破棄した。
思考破棄ではあるが、いざ、そう考えると、胸が格段に軽くなり、暖かくなるのが感じられた。
「…」
その様子を見たエグが、少し考える。
その後、軽く抱きしめて三回背中をポンポンと叩いて「じゃあ行ってくる」と二重隔壁の奥へ向かった。
「よっ、大丈夫か?」
一応会話は通信の割合が多い。
声を掛けたのだが、皆が皆して叫びや悲鳴しか出さないので、本当に呆れてしまう。
「大丈夫かよ、本当に」
映像の停止を要請すると、すぐに全員の動きが止まった。
「俺は…ああ、これだな。
おい、実弾に交換しろ。
もう大丈夫だろう」
『はあ、はあ、はあ…』
「おいっ!!」
―日記―
一日目;30分位の訓練で皆疲れてる。
大丈夫なのか、不安だ。
そう思いながらトンネルへ入った。
入った瞬間、ゾンビもどきや巨大な蟻や蜘蛛が出て来た。
全力で退治した。
これ以上は思い出したくない。
翌日、通貨トンネルの中央を超えた少しの所で、漸く敵が現れた。
『天井を突き破って来るぞ!!』
『散会!!』
棄てられた自動車の陰に隠れ、銃撃をやり過ごす。
『この障害物じゃ駄目だ、エレンさん!!』
隊員の一人が、そう叫んでエレンに周囲の確認を要請する。
『待って…、これは…。
駄目、下がって!!
何もない!!』
一同が悪態付く中、銃撃の荒らしを掻い潜って車内に入るエグ。
特殊装置を回路に叩き込み、外に出て銃撃して機銃を破壊する。
『走れ走れ走れ!!』
相手は機銃を壊された衝撃で硬直状態に陥っている。
距離を離すには絶好の機会である。
『隊長、何仕掛けたんです?』
『アクセル回路に通電させる奴だ。
始まるぞ!!』
――ドゥンッ!!
突如、爆発する自動車に、MTが反応する。
『爆発した、か。
良し、全員、これを車に仕掛けろ。
何の回路でも構わん』
『は、了解です』
『あ、でも俺達同じのありました』
『ああ、これか』
『何の奴だとは思ってたんですがね』
そう言いながら色々な車に装置を仕掛ける隊員達。
『あれ、何だったんです?』
整備用の細い通路へ通じる扉を爆弾で破壊し、その陰に隠れる。
この質問は、隠れている最中の物だった。
『特殊爆弾の一種でな。
MT特有の電磁波を感知したらランダムで何種類かの電流の流し方をやって、回路を作動させるんだ。
で、起動をユニットが確認したら起爆剤になるシステム…例えばエンジンを探したりする訳だ。
電磁波が接近した瞬間、作動中であろうが何であろうが、兎に角動力源を暴走させて、ユニット自体にも組み込まれた爆薬と一緒に、ドカンって感じだな』
『システムを作動させる必要あるんですか?』
『ああ、ハッキングしてドアを開けたり…。
最悪、本体を撃てばハッキング解放が無理でも無理矢理ぶっ飛ばせるしな。
まあ、そんな時は普通に爆弾を使えば良いんだが、それだと一個につき一回しか使えないだろ?
電池切れに近づくと、自動でカウントダウンに移行するから、下手すると爆死するけどな』
『ええ〜〜…』
『怖いですね…』
其処にエレンから通信が入る。
『特殊装置がMTを感知!』
直後、エンジンが始動、車両の走行音が相次いで聞こえ始める。
『棄てられた車は滅茶苦茶に運転される。
壁にぶつかろうが、何であろうが、な』
『頑丈ですね』
『外装に守られてるだけで、いざ爆発しようとなれば自動パージだ。
衝撃吸収用の薬剤もあるが、外装も衝撃には強いが爆発には脆いし、薬の方も至近距離で管理維持温度を数百倍超える熱源が発生する訳だから、爆発特有の上がり方もあるし、粕も残らないだろう』
『特殊装置を使った証拠がないんですね』
『装置諸共吹っ飛ぶしな。
一応、食らった側のシステムが生きてりゃ、其処からデータ解析で見つかる事もあるし、同盟の交易じゃなくても、地味に市販で出回ってたりするから、使ったと分かっても、誰が、位は分からないと、企業程の力がないと碌に調査できないだろう』
『へぇ』
『まあ、こう言うのは数の揃い難いゲリラ級のレジスタンス・コロニーが中心だ。
国家級の所じゃ、逆に見かけなくて当然だが、それでも特殊部隊とかは意外と使ってたりはする奴だ』
『成程…』
『まあ、こいつはドイツの新製品だからな。
一応製品検査してくれってアンタレスに言われたんだよ』
エグの苦笑は、車のぶつかる音や機銃音、爆音で掻き消されてしまった。
『…ひ、一通り終わったみたいね』
エレンの声が引き攣っている。
エグのヘルメットバイザーに仕込まれたカメラからの映像を見ているのだが、エグの目に映るのは、とても悲惨な物である。
『ま、まあ…。
こんな逆レアアイテムを使ってるんだ。
疑いの目は他国に向かうだろう』
心の中で、その他国に謝りながら、表面上では、そう言い切る。
言い切ると言えど、言葉を言い終えただけで、断言する程には出来ないが。
肝心のMTは見事に吹き飛んでしまって、何処の機体なのか見当も付かない状態となっている。
『これがロシアの機体でしょうか?』
『そりゃ…ないな』
『第一MT部隊、作戦中の全過程を遂行。
帰還して下さい』
「MT1−0、了解。
全隊員を率いて帰還する。
尚、本作戦による負傷者、死亡者は未発生」
「さて」、通信を終えて、そう口に出したエグの表情がバイザーの奥で変わる。
「どけっ!」「グオア!!」
敵の声と重ねて叫ぶ。
隊員の肩を掴んで、横に放り、同時に対MT級装甲破壊想定型大口径アサルトライフルを掃射する。
横に放り出されて、仲間に抱き留められた彼は、その姿を見て漸く一同と同じく敵の存在に気付いた。
「うわあ!?」
『き、緊急事態だ!!』
撃たれたのは作戦開始直前の訓練で使われたモンスターの仮想データと全く同じ姿のモンスターだった。
人型ではあるが、人のそれと比べれば、明らかに退化してしまっている腕、肩から左右に広がるブレード上の長い爪を携えた二対目の人間にはない箇所にある腕、爛れた皮膚、ぎこちない歩き方。
それら全てが一致してしまっているのだ。
『何があったの?――っっ!?』
エグのバイザーカメラで、その姿を見たのであろうエレンの声にならない叫びが、全員の通信機より伝えられた。
『こいつら、何だってんだ!?
架空の存在じゃないのか!?』
『隊長、後ろ!!』
『俺がやる!!』
エグの背後に現れた黒いタイプへ隊員が突撃、銃身を叩き付けてよろめいた所を蹴り付けて、距離を離した所で至近距離からアサルトライフルを叩き込む。
多少固くはあったが、対MT用のアサルトライフルから放たれる大きな弾丸には抗えず、その敵が半ば腹が千切れた状態で倒れた。
因みに先程の敵は、此方より柔らかかったのか、見事にミンチになっており最早、どちらが上半身と下半身なのか見当も付かないレベル迄滅茶苦茶になっている。
両者飛び血が酷い。
『正体不明の敵が出現。
兵士じゃない、民兵でも…。
人型だが、生体兵器と思われる。
本部に緊急連絡して、特殊部隊に回収要請してくれ。
嫌な事態になって来た』
『了解』
急いでキャリアに戻り、返答を待つ。
昼が過ぎ、夕方になる少し前の頃、漸く通信が来た。
回収部隊に関しては、第一MT部隊から第三MT部隊が護衛する事になった。
第一、第二は直接護衛、第三はMTによる広域警戒の任務を命じられた様だ。
又、それ以外の部隊に関しても、同盟間コロニーに警戒を促し、一部隊密集形態行動命令が発動、少人数での行動は、その一切が禁止された。
一部隊密集形態行動命令の理由として、既にエグ達以外にも敵MTとの交戦が報告されており、その数故に警戒が強まった色合いが強く、正体不明モンスターの件については、これに拍車を掛ける形となり、一部隊密集形態行動命令発動の理由として、確定事項から更に、混乱の種にならないであろう当たり障りのない物だけが公表され、大和最上層部直属の特殊部隊にのみ情報が公開されている状況である。
又、その特殊部隊への公開も、足掛かりとして、とのみしか公表されなず、例外と言えば当事者であるエグ達だけであったが、それでも知りうる事項に関しては、先にアンタレスから他言無用を命令されている為、情報の広がりは一応進んでいない状態である。
「他言無用か」
「行き成り帰還命令ってのも、変な話ですね」
「そうだな」
食堂でコップに水を入れて、それを飲みながら返事をするエグ。
「――でも、まあ――」
椅子に座って言葉を紡ぐ。
「――事がやばいからなぁ。
一応箝口令が発動するのも当然だろう。
ゾンビもどきの映像はエレンもだが、リアルタイムで中継部隊を介して届いている筈だ。
事実、本部が映像通信した時の、ケティーナの慌て様だ。
先んじて、デカい何かを入手していたんだろう。
大方、誰にも話せない様な、やばい代物でも、な」
「何かって?」
「さあな。
何かってのが分かれば、こんな言い方しない。
ともあれ――」
水を飲み干してコップを片付ける。
「――命令通りに動くしかない。
俺達独自で動いたら、スパイ容疑が掛かる。
ケティーナが如何とかじゃなくて、大和本部のお偉い方が判断するんだ。
個人の軽さと無力さに比べれば、重圧足る押し潰しも可能だからな。
それに、ケティーナや俺達だって、組織の枠の歯車だ。
その割には、自分で回るか回らないかを、ある程度判断出来るが…。
ま、所詮組織以上の枠が存在する以上、歯車の大きい小さいの差だけだろう」
夕方の荒れ果てた大地を、廃れた高速道路の脇を通ってキャリア群が大和へ走る。
次に待つは、回収したMTに搭載されていた『謎のシステム』と、任務中、とある廃村で入手した旧時代のロシアの極秘計画書だった。
当然ながら第一MT部隊の隊長機、ナストロファージと、そのレイヴンのエグは隊員やエレンと一緒に現場に出動している。
移動中のキャリアはMT格納庫とAC格納庫、車両制御部の三ブロックで構成されている。
前から車両制御部、AC格納庫、最後尾がMT格納庫で、各ブロックには上部に移動用通路が設けられ、それぞれの防衛兵装を管理するACのコクピットの様に狭い個室がある。
人員防衛の為、全ての兵装は制御部で操作されるが、機能が停止した場合は個室に担当員が入って、機銃装置の操縦を行うのだ。
――こんこん。
ノックの音がする。
「う――ぁ?」
時間通りに目を覚ましたエグは、少々を寝ぼけを感じながら、自分の起床より一瞬早かったノックに反応する。
「エグ?」
戸の向こうだからだろう、エレンであろう声が曇って聞こえる。
「ああ…」
曖昧に返事をしながらベットから出て、戸に手を掛ける。
ガラッ、と障子を開けると、やはりエレンの姿が。
因みに、当然キャリア内は厳格に感じる程装甲しかないのだが、各部屋が『ドア』でなく『戸』、それも『特殊障子』と呼ばれる障子を使用しているのは、相変わらず意味不明な和の取入れの結果――否、ある意味日本文化の深いエグ達にとっては被害ですらある一種の嫌がらせにも相当しかねない。
そして、特殊障子の『特殊』足る所以は、紙が何故か頑丈なのだ。
蹴るか殴れば破れるのだが、何故か銃撃しようがMTのレールガンを銃口をくっつけた状態で撃ちかまそうが、衝撃で吹き飛ぶ事はあるが、傷や焼跡は一切作れない、一体何が如何なっているのか、全く見当のつかない素材で出来ているらしい。
エグが初めて知った時は「ACの装甲に採用しろ」とアンタレスに進言したのだが、その答えは「突出ブレードやACのパンチには耐えられるが、人のパンチには何故か究極的に脆いので、何となく嫌だ」だった。
正直、ACを生身で殴ろうと思う奴はいないだろう、としか思えない。
「態々起こさなくても良いのに」
「それじゃ味気ないじゃない」
「味気も何も、自分で起きられなきゃレイヴンが務まるか」
そう言って、洗面所へ向かう。
既に居た隊員達と挨拶し、顔と歯を磨く。
それが終わると、狭い食堂で炊きたての米と味噌汁、鮭の塩焼きを手短に食べ終える。
「御馳走様」
食後の挨拶を済まして、トレイを片付け、制御部のブリーフィングルームへ入る。
「エレン、情報は?」
「入ってる。
今回担当するのは4番地区と9番地区を最短距離で結ぶ直線通過トンネル。
今回は機体無しの生身での調査になるわ。
まあ、実際はバトルスーツを装備するから『生身』ではないのだけれど」
エレンが言い終えると同時にエグが机のパソコンを操作する。
モニターに映る真っ黒なスーツが表示される。
「これだ。
訓練は普段のメニューにあるが、実働運用は初めてだ。
其処で車両から降りたら、まず作戦エリアに入る前にスクリーンシステムを用いた模擬戦闘を経験して貰う。
相手はゾンビの様な…そう、これだ」
映し出されたのは、人型の、しかし人の腕であろう物が異様に短く、代わりに背中から左右に伸びる腕の長い爪が印象的な、非常に気持ち悪いモンスターである。
「旧時代のアメリカのゲーム会社からキャラクターを引っ張って来た。
ネクロ…忘れた。
兎に角、このゾンビもどきを俺抜きで百匹全員で倒して貰う。
良いな?」
―きも!?― ―ゾンビより怖い―
―それ言うなよ― ―うわあ、只でさえトンネル暗いってのに―
―幽霊もどきが出て来たら泣くぞ、俺― ―やる気でねぇ―
如何やら見るだけで士気が一気に落ちた様だ。
「おいおい、本当に出たら怖いじゃ済まないんだぞ?
…大丈夫なのか、こいつ等?」
心配ながらも、出撃しない訳には、と仕方なしにスーツを着るエグ。
機械にセットされているスーツに倒れ込む様に靠れると、それを察知した装置が装甲を特殊スーツの上に被せていく。
この装甲がバトルスーツである。
数十秒で完了し、それを鏡で確認する。
(思いの他、ジム――)
――ガチャ。
「あ、エグ」
「ノック位しろよ。
一応更衣室だぞ?」
ドアを開けたエレンにエグが呆れながら言う。
「スーツ、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「武器は、先に下ろしてあったからね。
ブリーフィングでも言ったけど、さっきコンテナを出す作業、作業班がしてるの見てたから、一応言っとこうって思って…」
「有難う」
そう言って、ふと肩を叩こうか頭を撫でようか一瞬考える。
手を宙に浮かせたまま、少し考えて、すぐに撫でる方を選んだ。
撫でられる方は、宙を彷徨う手を見て首を傾げていたが、自分の頭に手が伸びると理解すると、相手がエグでもバトルスーツのパワー補助が怖くなって身構えてしまうが、スーツ故に心地よくはないが、それ以外は安心出来る加減だった。
しかし、いざ『撫でられた』と分かると、何だか恥ずかしい様な子供扱いされた様な、単純に恥ずかしいのか、後者故に恥と感じたのかは、一瞬自分でも理解し得ない物であったが、結局エレンは「相手がエグなら」と恥ずかしいだけだ、と半ば思考破棄した。
思考破棄ではあるが、いざ、そう考えると、胸が格段に軽くなり、暖かくなるのが感じられた。
「…」
その様子を見たエグが、少し考える。
その後、軽く抱きしめて三回背中をポンポンと叩いて「じゃあ行ってくる」と二重隔壁の奥へ向かった。
「よっ、大丈夫か?」
一応会話は通信の割合が多い。
声を掛けたのだが、皆が皆して叫びや悲鳴しか出さないので、本当に呆れてしまう。
「大丈夫かよ、本当に」
映像の停止を要請すると、すぐに全員の動きが止まった。
「俺は…ああ、これだな。
おい、実弾に交換しろ。
もう大丈夫だろう」
『はあ、はあ、はあ…』
「おいっ!!」
―日記―
一日目;30分位の訓練で皆疲れてる。
大丈夫なのか、不安だ。
そう思いながらトンネルへ入った。
入った瞬間、ゾンビもどきや巨大な蟻や蜘蛛が出て来た。
全力で退治した。
これ以上は思い出したくない。
翌日、通貨トンネルの中央を超えた少しの所で、漸く敵が現れた。
『天井を突き破って来るぞ!!』
『散会!!』
棄てられた自動車の陰に隠れ、銃撃をやり過ごす。
『この障害物じゃ駄目だ、エレンさん!!』
隊員の一人が、そう叫んでエレンに周囲の確認を要請する。
『待って…、これは…。
駄目、下がって!!
何もない!!』
一同が悪態付く中、銃撃の荒らしを掻い潜って車内に入るエグ。
特殊装置を回路に叩き込み、外に出て銃撃して機銃を破壊する。
『走れ走れ走れ!!』
相手は機銃を壊された衝撃で硬直状態に陥っている。
距離を離すには絶好の機会である。
『隊長、何仕掛けたんです?』
『アクセル回路に通電させる奴だ。
始まるぞ!!』
――ドゥンッ!!
突如、爆発する自動車に、MTが反応する。
『爆発した、か。
良し、全員、これを車に仕掛けろ。
何の回路でも構わん』
『は、了解です』
『あ、でも俺達同じのありました』
『ああ、これか』
『何の奴だとは思ってたんですがね』
そう言いながら色々な車に装置を仕掛ける隊員達。
『あれ、何だったんです?』
整備用の細い通路へ通じる扉を爆弾で破壊し、その陰に隠れる。
この質問は、隠れている最中の物だった。
『特殊爆弾の一種でな。
MT特有の電磁波を感知したらランダムで何種類かの電流の流し方をやって、回路を作動させるんだ。
で、起動をユニットが確認したら起爆剤になるシステム…例えばエンジンを探したりする訳だ。
電磁波が接近した瞬間、作動中であろうが何であろうが、兎に角動力源を暴走させて、ユニット自体にも組み込まれた爆薬と一緒に、ドカンって感じだな』
『システムを作動させる必要あるんですか?』
『ああ、ハッキングしてドアを開けたり…。
最悪、本体を撃てばハッキング解放が無理でも無理矢理ぶっ飛ばせるしな。
まあ、そんな時は普通に爆弾を使えば良いんだが、それだと一個につき一回しか使えないだろ?
電池切れに近づくと、自動でカウントダウンに移行するから、下手すると爆死するけどな』
『ええ〜〜…』
『怖いですね…』
其処にエレンから通信が入る。
『特殊装置がMTを感知!』
直後、エンジンが始動、車両の走行音が相次いで聞こえ始める。
『棄てられた車は滅茶苦茶に運転される。
壁にぶつかろうが、何であろうが、な』
『頑丈ですね』
『外装に守られてるだけで、いざ爆発しようとなれば自動パージだ。
衝撃吸収用の薬剤もあるが、外装も衝撃には強いが爆発には脆いし、薬の方も至近距離で管理維持温度を数百倍超える熱源が発生する訳だから、爆発特有の上がり方もあるし、粕も残らないだろう』
『特殊装置を使った証拠がないんですね』
『装置諸共吹っ飛ぶしな。
一応、食らった側のシステムが生きてりゃ、其処からデータ解析で見つかる事もあるし、同盟の交易じゃなくても、地味に市販で出回ってたりするから、使ったと分かっても、誰が、位は分からないと、企業程の力がないと碌に調査できないだろう』
『へぇ』
『まあ、こう言うのは数の揃い難いゲリラ級のレジスタンス・コロニーが中心だ。
国家級の所じゃ、逆に見かけなくて当然だが、それでも特殊部隊とかは意外と使ってたりはする奴だ』
『成程…』
『まあ、こいつはドイツの新製品だからな。
一応製品検査してくれってアンタレスに言われたんだよ』
エグの苦笑は、車のぶつかる音や機銃音、爆音で掻き消されてしまった。
『…ひ、一通り終わったみたいね』
エレンの声が引き攣っている。
エグのヘルメットバイザーに仕込まれたカメラからの映像を見ているのだが、エグの目に映るのは、とても悲惨な物である。
『ま、まあ…。
こんな逆レアアイテムを使ってるんだ。
疑いの目は他国に向かうだろう』
心の中で、その他国に謝りながら、表面上では、そう言い切る。
言い切ると言えど、言葉を言い終えただけで、断言する程には出来ないが。
肝心のMTは見事に吹き飛んでしまって、何処の機体なのか見当も付かない状態となっている。
『これがロシアの機体でしょうか?』
『そりゃ…ないな』
『第一MT部隊、作戦中の全過程を遂行。
帰還して下さい』
「MT1−0、了解。
全隊員を率いて帰還する。
尚、本作戦による負傷者、死亡者は未発生」
「さて」、通信を終えて、そう口に出したエグの表情がバイザーの奥で変わる。
「どけっ!」「グオア!!」
敵の声と重ねて叫ぶ。
隊員の肩を掴んで、横に放り、同時に対MT級装甲破壊想定型大口径アサルトライフルを掃射する。
横に放り出されて、仲間に抱き留められた彼は、その姿を見て漸く一同と同じく敵の存在に気付いた。
「うわあ!?」
『き、緊急事態だ!!』
撃たれたのは作戦開始直前の訓練で使われたモンスターの仮想データと全く同じ姿のモンスターだった。
人型ではあるが、人のそれと比べれば、明らかに退化してしまっている腕、肩から左右に広がるブレード上の長い爪を携えた二対目の人間にはない箇所にある腕、爛れた皮膚、ぎこちない歩き方。
それら全てが一致してしまっているのだ。
『何があったの?――っっ!?』
エグのバイザーカメラで、その姿を見たのであろうエレンの声にならない叫びが、全員の通信機より伝えられた。
『こいつら、何だってんだ!?
架空の存在じゃないのか!?』
『隊長、後ろ!!』
『俺がやる!!』
エグの背後に現れた黒いタイプへ隊員が突撃、銃身を叩き付けてよろめいた所を蹴り付けて、距離を離した所で至近距離からアサルトライフルを叩き込む。
多少固くはあったが、対MT用のアサルトライフルから放たれる大きな弾丸には抗えず、その敵が半ば腹が千切れた状態で倒れた。
因みに先程の敵は、此方より柔らかかったのか、見事にミンチになっており最早、どちらが上半身と下半身なのか見当も付かないレベル迄滅茶苦茶になっている。
両者飛び血が酷い。
『正体不明の敵が出現。
兵士じゃない、民兵でも…。
人型だが、生体兵器と思われる。
本部に緊急連絡して、特殊部隊に回収要請してくれ。
嫌な事態になって来た』
『了解』
急いでキャリアに戻り、返答を待つ。
昼が過ぎ、夕方になる少し前の頃、漸く通信が来た。
回収部隊に関しては、第一MT部隊から第三MT部隊が護衛する事になった。
第一、第二は直接護衛、第三はMTによる広域警戒の任務を命じられた様だ。
又、それ以外の部隊に関しても、同盟間コロニーに警戒を促し、一部隊密集形態行動命令が発動、少人数での行動は、その一切が禁止された。
一部隊密集形態行動命令の理由として、既にエグ達以外にも敵MTとの交戦が報告されており、その数故に警戒が強まった色合いが強く、正体不明モンスターの件については、これに拍車を掛ける形となり、一部隊密集形態行動命令発動の理由として、確定事項から更に、混乱の種にならないであろう当たり障りのない物だけが公表され、大和最上層部直属の特殊部隊にのみ情報が公開されている状況である。
又、その特殊部隊への公開も、足掛かりとして、とのみしか公表されなず、例外と言えば当事者であるエグ達だけであったが、それでも知りうる事項に関しては、先にアンタレスから他言無用を命令されている為、情報の広がりは一応進んでいない状態である。
「他言無用か」
「行き成り帰還命令ってのも、変な話ですね」
「そうだな」
食堂でコップに水を入れて、それを飲みながら返事をするエグ。
「――でも、まあ――」
椅子に座って言葉を紡ぐ。
「――事がやばいからなぁ。
一応箝口令が発動するのも当然だろう。
ゾンビもどきの映像はエレンもだが、リアルタイムで中継部隊を介して届いている筈だ。
事実、本部が映像通信した時の、ケティーナの慌て様だ。
先んじて、デカい何かを入手していたんだろう。
大方、誰にも話せない様な、やばい代物でも、な」
「何かって?」
「さあな。
何かってのが分かれば、こんな言い方しない。
ともあれ――」
水を飲み干してコップを片付ける。
「――命令通りに動くしかない。
俺達独自で動いたら、スパイ容疑が掛かる。
ケティーナが如何とかじゃなくて、大和本部のお偉い方が判断するんだ。
個人の軽さと無力さに比べれば、重圧足る押し潰しも可能だからな。
それに、ケティーナや俺達だって、組織の枠の歯車だ。
その割には、自分で回るか回らないかを、ある程度判断出来るが…。
ま、所詮組織以上の枠が存在する以上、歯車の大きい小さいの差だけだろう」
夕方の荒れ果てた大地を、廃れた高速道路の脇を通ってキャリア群が大和へ走る。
次に待つは、回収したMTに搭載されていた『謎のシステム』と、任務中、とある廃村で入手した旧時代のロシアの極秘計画書だった。
13/03/29 14:45更新 / 天