大元帥

 帝国憲法下では、天皇は帝国軍の大元帥でもありました(帝国憲法第11条)。また、帝国陸軍の最高指揮官のことを元帥と言いました。あの有名なマッカーサー・ダグラスの階級は陸軍元帥ですが、別に連合国軍に「Gensui」という階級があったわけではなく、「General」の意訳です。この大元帥という言葉は仏教から来ています。

 仏教の諸仏の中には明王というのがあります。不動明王ぐらいはわりと知っている人もいるのではないでしょうか。明王とは、通常の方法では救い難いほど堕落した者を恐怖によって威嚇し、力づくで悟りをひらかせることを使命とした、いわば仏教の実戦部隊です。その明王に明王の王とされる太元帥明王というのがあります。これが大元帥という言葉の語源です。
 普通、明王の御利益というと、病気の治癒や霊障の除去など、個人主義的なものなのですが、この太元帥明王の場合はパワーの格が違い、敵国降伏・国家鎮護・国土安泰など、国家レベルの御利益があるとされています。したがって太元帥明王を祀る「太元帥御修法」(たいげんすいみしほ)は国家機密で行われる大秘法でした。

 日本でその太元帥御修法が行われた記録は有名なもので3回あります。第一回は天慶2年平将門の乱の時で、この修法が完了したその日に新皇を称した平将門は流れ矢に当たって死亡したとされています(栄華物語・将門記)。第2回は元寇の役の時で、このとき元軍は海の藻屑と消えました。最後は太平洋戦争のときで、大戦のさなか、ルーズベルト大統領が突如死亡したのは日本の高僧が太元帥御修法を行ったからだとされています。まぁ、それでも日本は負けましたけど。

 これほどの秘法ですから、かつて唐では太元帥御修法を国外に伝えるのは国禁で、これを伝えようとした日本の留学僧が暗殺された例もあります。暗殺されたその僧は霊仙といって、日本人では唯一の「三蔵法師」です。三蔵法師というと西遊記が有名ですが、これは個人名ではなく、中国皇帝が「仏教のすべてに精通した高僧」に与える、僧の最高位をいいます。西遊記に出てくる三蔵法師は玄奘といいます。歴史上、これ以外にも何人かの三蔵法師が存在しています。

 なお、文中、「大」元帥だったり、「太」元帥だったりするのは誤記ではありません。帝国軍は「大元帥」であり、明王は「太元帥」なのです。