おもしろいでしょ

 犬のね、尾も白いんですよ。
 
 あ…、お願い、帰らないで…。話はここからなんです。
 一般にイヌの祖先はオオカミであると言われています。この説の根拠には、イヌとオオカミとの解剖学的類似や、高度に統率された群を組織するオオカミと上位者に対するイヌの従順さなどが挙げられています。また、私たちの親友であるイヌが、気高く強いオオカミの一族であるというイメージがこの説を支持させる心情的な根拠にもなっています。
 これが別に間違っているというわけではないのですが、オオカミではなく別のイヌ科の動物が祖先であると主張する学者もいます。
 
 例えばキツネ。キツネは同じイヌ科の中でももっとも“イヌ的でない”イヌです。どこがどう“イヌ的でない”かというと、まずキツネは繁殖期を除けばほぼ単独で行動します。そのためイヌのように集団生活には適しません。また狩りをするにしても、オオカミたちのように獲物を追いかけて捕まえるということをせず、忍者のように物陰からこっそり忍び寄ります。このようにキツネの生態はイヌよりもむしろネコに近いとされています。
 また、身体的にも他のイヌ科に比べて小柄で、せいぜい5s程度しかありません。そして何より、遺伝子の数がイヌとキツネでは異なるのです。このことはキツネとイヌとの交配が不可能であることを意味します。
 しかし、シベリアの研究所が、ギンキツネの皮は高値で売れるので、これを家畜化してひと山当てようという実験をしたところ、おもしろい結果が報告されました。
 家畜化するにあたって、キツネは人に慣れないので、比較的おとなしいキツネを選んで繁殖させたところ、20世代ほど交配させたあたりからキツネに変化がおきたそうです。
 具体的には、人には慣れないはずのキツネがイヌと同じように尻尾を振って人間にすり寄ってくるようになり、人間の顔を舐めるなど、自らふれあいを求めるようになりました。鳴き声もコンコンという鳴き声からイヌのようにキャンキャンという鳴き声になったのです。
 さらに身体的にも、イヌのように耳の垂れたものが現れ、一年に一回しかなかった発情期もイヌと同様年二回になりました。そして美しい毛皮も、イヌのような雑多な色が混じるようになって毛皮としての価値はなくなったというのです。無論、この間キツネたちは純血交配のみで、イヌとの交配はありませんでした。結局、研究所の目論みは大失敗に終わったのです。
 この研究の結果、キツネはイヌの遺伝子がなくともイヌの特徴を備ええることができ、キツネもイヌの祖先たりうるということが分かったのです。
 
 そして、オオカミ・キツネと並んでイヌの祖先として有力視されているのがジャッカルです。
 ジャッカルというと、暗闇をこそこそ這い回り、他の肉食獣の食べ残しを漁って腐肉を食らうという、マイナスイメージの多い動物です。そしてこのことが私たちの親友で、家族で、時には一緒に風呂に入りベッドを共にする愛らしいイヌたちの祖先としてはふさわしくない、という理由からジャッカル説は敬遠されてしまったのです。
 しかし、ジャッカルは少々小柄であるということを除けば、生物学的にはオオカミとほとんど変わらないのです。しかも、氷雪の王者オオカミとて腐肉を好んで食べるし、ごみを漁る。これは百獣の王ライオンにも言えることです。ハイエナがライオンなどの獲物を横取りすることは知られていますが、実際の話、ライオンの獲物の何割かは他の肉食動物の獲物を横取りしたものなのです。そしてハイエナがライオンの獲物を横取りできるということは、ハイエナがライオンを追い払うことができるほどの力を持っているということで、ハイエナは私たちが思っているよりずっと強い肉食動物なのです。結局百獣の王とかいうのは人間の勝手なイメージであって、本来の生態にそぐわないこともあるということです。
 そして、ジャッカル説を裏付ける決定的な根拠は、ジャッカルとイヌにはあり、オオカミはない身体的な特徴にあります。それは、ジャッカルとイヌは、体のどこかに少しでも白い毛が混じっていると、尻尾の先が白いことが非常に多くなるという事実です。これはオオカミには見られない特徴で、ジャッカル説を鼓舞する強力な根拠となっているのです。
 
 …ほらね、尾も白いでしょ。