それはやっちゃいけません


 

 おフランス料理とか、会席料理とかでは色々なタブー=テーブルマナーというものがあります。このテーブルマナーというものが煩わしくてそういう料理に近づきにくい、という人は多いと思います。
 しかし、本来テーブルマナーというものは、“お互い気持ちよく食事するための心遣い”をまとめただけのもので、それほどしゃちほこばったものではありません。例えば食事中にトイレの話をしたり、爪楊枝で歯グソ取ったりしてたら普通の人は気分悪いですよね。そこまで極端でないにせよ、周りの人に対するさりげない心遣いがすなわちテーブルマナーです。むしろ、マナーを気遣って食事を楽しめなかったとなれば本末転倒なのです。したがって、やってはいけないマナー違反その一は、“他人のマナー違反を指摘すること”なのです。小学生の頃、道徳の教科書にフランスのこんな逸話がありました。

 ある身分のそれほど高くない貴族が、あるときどういうわけか王女も出席する晩餐会に呼ばれました。初めてのことにガチガチに緊張してしまった彼はパニックになってしまい、フィンガーボール(指先を洗うための水を入れたもの。お手拭みたいなもの)の水をいきなりがぶがぶと飲み干してしまいました。
 こんなのはマナー違反どころか常識知らずの部類です。しかも王女も出席する場でのこと、これには他の出席者はびっくりしてしまいました。水を飲んで落ち着きを取り戻した彼もどうしていいか分かりません。そこですかさず王女は自分のフィンガーボールを取ると、同じようにがぶがぶと飲み干してしまいました。

 この王女の機微は見事で、他の出席者もこれに追随したのだと思います。これによって彼は面目を保ち、“何事もなかったかのように”晩餐会は進められたのでしょう。私のように知ったかぶりの人間だったら“お前、フィンガーボールも知らねーのか、ばーか”とか言いかねないところです。
 
 さてこれを踏まえて次のマナーです。レストランなどでライスを頼んだとき、フォークの背にライスを乗せる人がいますが、これは絶対とはいえないものの、正しいマナーとはいえません。というのも、あれは大変食べにくく、ぼろぼろこぼれるのでとても醜いのです。この食べ方はまだ日本人が洋食を知らなかったころ、ナイフとフォークでどうやって皿に乗ったご飯を食べるのか、と試行錯誤した結果、ナイフを使ってフォークの背にご飯を乗せるという日本独特の食べ方が開発されたのだそうです。
 こんな器用な真似をするのは普段箸を使っている日本人ぐらいです。これには、フォークを右手に持ち替えるのは見苦しいという発想があったわけですが、そもそも欧米では料理ごとに食器を替えるのは当たり前でしたので、フォークを右手に持ち替えるぐらいなんでもないことなのです。したがってこの場合はナイフを置いてフォークを右手に持ち替え、スプーンのようにして使うというのが正解。
 
 三つ目のマナー。さて、食事が終わって帰ります。帰るとき、特に女性に多いのですが、使ったナプキンをぴしっと綺麗にたたんで帰る人がいます。使ったものはできるだけ見栄え良く、立つ鳥跡を濁さずという発想なのでしょうが、これも不正解です。
 ナプキンはもともと汚すためのもの。料理がおいしければ話もはずみ、ナプキンもついつい乱れてしまうというものです。つまり、ナプキンが綺麗にたたんである→話がはずまなかった→料理がまずかったということになり、料理人に対して失礼になります。したがって、退席のときは汚れていようがなかろうが、ナプキンは無造作に置くのが正解です。
 ちなみに無造作においたナプキンには、“綺麗にたたみにまた戻ってくる”という意味があり、そこから転じて“とっても美味しかったからまたくるよ”という意味になります。逆に綺麗にたたんだナプキンは“もう戻りません”という意味になります。トイレに立つときなんかは注意しましょう。
 
 四つ目のマナー。おフランス料理を食べたものの、高級料理はちょっとおなかが物足りない。というわけで近所のうどん屋に寄りました。さてうどんを食べるときあなたはどうやって食べますか?音をたてるのは下品だから静かに食べる、…というのは不正解。確かに、食器の音を立てたり、くちゃくちゃ音をたてるのは国際的なタブーです。
 しかし、和麺については例外で、ずぞぞぞぞっとでっかい音をたてて食べるのが正しいマナーです。何でかというと、静かに食べる→一気に食べられない→まずいということになり、やっぱり料理人に対して失礼であるからです。
 パスタなんかだと、音をたてずに食べる工夫があるので、外国人の目には、麺類を音たてて食べる日本人は、かなり奇異に映っているようです。とはいっても、カレーうどんではやめといた方がいいと思いますけどね。
 
 とはいえ、最初に書いたように正しいマナーとは周囲への思いやりです。したがってあるマナーが常に正しいとは限りません。マナーブックにこだわらずにTPOにあわせて臨機応変に対応するのがいいでしょう。
 さて夜中にパンパンに腹が膨れて、おフランス料理の余韻がかつおだしに取って代わられたことを惜しみつつ、今日の私は寝るのです。