宵越しの銭


 

 江戸っ子の気風の良さを示す言葉で、「江戸っ子は宵越しの銭はもたねぇんでい」というのがあります。稼いだ金はその日のうちにパーっと使ってしまう。貯金とか、今後のために残しておくとかそういうせせこましいことは考えないで有り金全部を使ってしまう。なんとも粋で、いかにも「江戸っ子気質」という感じですが、実はこの言葉、気風の良さを示したものではなく、単なる江戸っ子の見栄なのです。

 じつは江戸っ子は宵越しの銭を「持たなかった」のではなく「持てなかった」だけなのです。というのも、江戸っ子のほとんどは地方から出稼ぎに来た流入者であり、定職のない日雇いの肉体労働者でした。もちろん賃金も安く、その日食べるのが精一杯なカツカツの生活だったのです。ですから、今夜の食費を出したらもう残らない、よって宵越しの銭はもてない、というだけでそれをかっこよく誤魔化しているだけなのです。

 また、一部の江戸っ子の間では、「ザルそばはつゆを半分しかつけないのが通」というのが囁かれていますが、じつはこれも見栄です。半分しかつけないのはその方がおいしいからではなく、「つゆがもったいない」からです。
 誰だったかの落語の落ちで、江戸っ子爺さんの今生の言葉が「一度でいいからそばにつゆをたっぷりつけて食ってみたかった」というのがあるくらいです。

 まあ、武士は食わねど高楊枝、と言いますが、貧しくてその日暮らしのカツカツだけど、明るく意地を張ってみせるのも、それはそれで粋な江戸っ子気質なのかもしれません。