座枠の段欠き加工
クッション座版のアームチェアCatの座面は、自作の成型合板にクッションを張り、椅子本体の座枠に落とし込んである。この「落とし込む」というところが重要で、こうせずに座枠の上に「乗せるだけ」のやり方なら、加工は格段にラクになる。画像の一枚目は、クッションを外した状態のもの。座枠の内側が段になっていて、クッションがすっぽりとはまる構造が見える。
何故このように手間のかかる構造にしているのかと言えば、それは見た目の良さへのこだわりである。座り心地には違いが無い。他のタイプの椅子では、「乗せるだけ」方式のものも作っている。Catも、当初は「乗せるだけ」でやってみた。しかし、この椅子の構造のディテールから判断して、「落とし込み」でないと見た目の収まりが悪いと気が付いた。それで現在は「落とし込み」で作っている。
この方式の面倒な点は、4本の座枠のそれぞれの内側に、段欠きを加工しなければならないことである。
直線の部材に、直線の段欠きを施すのは、基本的な機械で、簡単にできることである。しかし、この椅子の座枠のように、段欠きが曲線で、しかも部分的には二方向のカーブで、さらに段欠きの底が傾斜しているものとなると、簡単ではない。こういう立体的な加工を専門的に行う切削機械を使えば、簡単にできるかも知れないが、私の工房にはそのような高級な機械は無いので、自分で道具を工夫して、後は手間をかけてやるしかない。
画像の二枚目は、その道具である。加工を補助するために作られた道具を治具(じぐ)と呼ぶ。英語のjigの音を模した当て字らしい。この画像の品物も、治具である。
治具には、汎用性があるものと、特定の家具の、決まった部材専用に作られたものがある。この治具は後者である。クッション座版のCatの注文が入らない限り、この治具は工具置き場にしまわれたままとなる。
治具は加工補助具だから、見映え良く作る必要はない。しかし、機能的には、きっちりと作らなければいけない。ここで手を抜くと、本番の加工で精度が出なかったり、使いにくかったりで、禍根を残すことになる。
この治具に、ルーターという回転刃の電動工具を使って、段欠きを掘る。私は大型のルーター(テーブル・ルーター)を持っていないので、100ボルトの電源で使うハンド・ルーターを使う(三枚目の画像)。
ハンド・ルーターは馬力が小さいので、大きく削り取る加工には辛いものがある。そこで、荒取りは角ノミ盤で行う。角ノミで垂直に穴を開け、それを横並びにつなげて、段欠きを形成する。なるべく目的の形ぎりぎりまで角ノミで攻め、残りの僅かをルーターでさらうようにすると、ルーターへの負担が少なくて、心理的にもラクである。
ジグを使っても、一つの部材を、一発では加工できない。まず垂直に加工し、次に段欠きの底がスロープになるように加工をする。「スロープにしなくても良いではないか、クッションを落とし込めば見えなくなるのだから」、という意見もあるかも知れない。しかし私は、クッションの下地板を「面」で受け止めることが正道だと考えて、あえてスロープ加工を施している。
この治具はいくつかの部品からできているが、テンプレートと呼ばれる部品が重要である。このテンプレートの形状に「ならう」形でルーターが移動し、段欠きの輪郭が決まる。クッションがピタリと座枠に収まるためには(左の画像)、隅に角ばった凹は禁物である。クッションはレザーや布で包むので、隅が丸くなる。座枠の側に角ばった部分があると、座枠とクッションの間に隙間が生じてみっともなくなる。そのため、段欠きの両端は、それなりの形状をしている必要がある。言わばキュッと曲がりが強くなる形で脚部材と接しなければならない。その形を与えるのがテンプレートである。テンプレートの制作にあたっては、何度も試行錯誤を繰り返した。
このように段欠きの両端は曲がりが強くなっているので、加工する際にルーター刃の回転によって、部材が欠損する恐れがある。それを避けるために、あらかじめ「当て木」をセットしておくことが必要である。
この段欠き加工をするに先立って、部材の両端にはホゾが加工されている。もし段欠き加工で失敗をしたら、ホゾ加工も含め、それまでの作業が全て水泡に帰する。だから、ややこしい治具を使ったこの面倒な加工は、一瞬も気が抜けない。
最後の画像は、加工を終えた座枠。「優れた木工家具は、部品の時点で既に美しい」と言われるが、これらの座枠はどうであろうか。
(Copy Right OTAKE 2009.10.13)
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