木材塗装あれこれ


 
私が普段行っている塗装は、オイル・フィニッシュというものである。これは北欧で開発された塗装方法で、基本的には植物性のオイルを木肌にしみ込ませて拭き取るというもの。オイルを吸い込んだ材面は、いわゆる「濡れ色」になる。その風合いがとても美しいので、材の表情を良く引き出す塗装と言われている。その反面、オイルはしみ込んだだけで塗膜を形成しないので、塗装の強度は弱い。汚れやキズに対して弱いということである。

 私のオイル・フィニッシュの方法は、桐から取れる桐油に透明な合成樹脂塗料を混ぜて、それを材面に塗って拭き取り、乾いたらまた塗って拭き取るということを3回ほど繰り返す。必要に応じ、その行程の間にサンドペーパーで研ぎを入れる。最後に植物性のワックスで仕上げる。別に難しいことはない。また、失敗の可能性もほとんどない。安全確実で美しい仕上げを得られる塗装方法といえる。

 私と同じような家具作り、つまり一品ものの手作り家具を制作している人たちは、オイル・フィニッシュで仕上げている人が多いと思う。着色をせず、木が持っているそのままの美しさを生かしたいという意図で、この塗装方法が選ばれていることは間違いない。その一方で、大掛かりな塗装設備が要らないというメリットもある。零細な木工家にとって、手間さえ惜しまなければ、高額な設備も使わずに美しい仕上げができるのだから、この方法は好ましい。

 オイル・フィニッシュを低級な塗装とバカにする人もいる。確かに、同業者の中には市販品のオイルを一回塗っただけで終わりとする人もいる。そのような手数の省略もありえる塗装なので、低級と見られてしまうこともあるようだ。しかし、本当に丁寧に仕上げられたオイル・フィニッシュは、他の塗装方法よりも手間も時間もかかる。木肌の美しさを引き出すという点から見ても、けっして低級な塗装ではない。

 さて、世間一般の木工家具の塗装というと、つまり量産家具の生産工程で使われている塗装というと、ウレタン吹き付け塗装が主流である。これは主剤と硬化剤を混合したウレタン樹脂を、スプレー・ガンで材面に吹き付けるものである。乾燥に要する時間が短く、仕上がりの塗装強度が大きいので、工業生産に向いている。量産家具店に並んでいる家具は、そのほとんどがウレタン吹き付け塗装で仕上げられていると見て間違いないだろう。

 量産家具を販売することに伴うユーザーからのクレームで、一番多いのは塗装に関するものだと聞いたことがある。例えばテーブルを購入して使っているうちに汚れが付いて取れなくなった、キズが付いた、コップの跡が付いた、熱い鍋を置いたら白くなった、などのクレーム。そのようなトラブルを少なくするためには、なんと言っても塗装を強いものにする必要がある。メーカーがウレタン吹き付け塗装を採用する一番の目的は、丈夫で長持ちする材面の確保ということになるだろう。

 私も技術専門校でこのウレタン吹き付け塗装を教わった。技専で制作した家具は全てその方法で仕上げをした。この塗装方法にも、いろいろなバリエーションがある。大きく分けて、透明な塗装と着色の塗装がある。

 木工家具の塗装は、着色するものが主流だと言えるだろう。もちろん量産家具についての話であるが、世の中に出回っている家具のほとんどが量産家具であるから、量産家具の手法がすなわち主流であるとみなして良いと思う。では、何故着色をするのか。

 家具の材面に着色をすることで、インテリアの雰囲気を演出することができる。暗めの色で着色すれば落ち着いた雰囲気になることは、間違いのないところだろう。それは着色塗装の大きなメリットである。しかし、量産家具における着色の目的はそれだけではない。

 木材は自然素材であるから、個体差がつきものである。同じ樹種でも、モノが違えば材の色や表情が異なることがある。また、同じ丸太でも、樹芯に近い部分と、樹皮に近い部分では色が違ったりする。木取りの仕方で木目の現れ方に違いも出る。金属やプラスチックなどの工業材料なら、見た目に同じ素材をいくらでも作ることができるが、木材は人の自由にはならないのである。木材のこのような性格は、原材料として見た場合、家具を量産することの障害となる。

 同じデザインの椅子を100脚作ったとして、それの表情がいちいち違っていては商品として売りにくい。見本やカタログで見た物と、届いた商品とを比べて、雰囲気が違うということになれば、返品されることにもなろう。品質のムラを無くし、均一な商品として販売するためには、木材の色の違いや木目の差を目立たないようにしなければならない。その方策として、着色塗装が用いられる。

 私が付き合っている材木商に、あるときクレームをしたことがある。納入された材木が、伐採時期が悪かったのか、丸太の保存状態が悪かったのか、部分的な変色があったのである。材木商は、「そんなことを言われても」という顔をした。その業者は民芸家具のメーカーにも材木を納めている。私が「民芸家具ではこんな材木を納めて何と言いますか」と聞くと、「全く問題になりません。黒く塗ってしまいますから」との返事であった。

 民芸家具は製品を黒く塗ってしまうので、材の変色などおかまい無しだと言うのである。こう聞くと、なるほど、着色は材の変色などの欠点を分からなくする効果があるのだと理解できる。しかし、民芸家具が黒く塗られている事の本質は、もっと深いところにある。

 民芸家具にはカバ材が使われる。マカバあるいはウダイカンバと呼ばれるカバノキ科の広葉樹材である。この樹種は、丸太の樹芯に近い心材と呼ばれる部分と、樹皮に近い辺材と呼ばれる部分の色の差がはっきりしている。心材は赤みがかった色をしているので赤身とも呼ばれる。辺材は白いので、白太と呼ぶこともある。そして、カバ材の場合は心材が丸太断面の直径の6〜8割の部分を占める。別の樹種では、ある程度の樹齢になると、ほとんど辺材が無くなってしまうものもある。カバ材の場合は、いわば心材と辺材が共存しているのである。しかも、辺材は色が違うというだけで、硬さや強度には問題ない。心材と辺材を同等に扱うことができるのである。

 心材も辺材もおかまい無しに使うとなると、色の問題が出てくる。椅子一脚を作っても、赤い部分と白い部分ができる。テーブルの甲板などは、数枚の板を矧いで作るものだから、赤と白のストライプとなる。これを昔の職人は赤白とか源平とか言って嫌ったそうである。ちなみに源平とは、源氏の白と平家の赤になぞらえた言い方らしい。このような色による違いは、外見上の製品ムラとなる。そういう材で同じ外見のものを複数作るのは、事実上不可能と言える。これでは量産体制にそぐわない。そこで着色のメリットが生きて来る。

 技術専門校で、民芸家具の着色塗装を教わった。アセクロという手法である。これは阿仙という植物のエキスの水溶液を材面に塗り、その上から重クロム酸の水溶液をかけるのである。阿仙を塗布した状態では色は無いが、重クロム酸をかけると化学反応を起こして一瞬のうちに黒くなる。それははっとするほどの変化であった。

 民芸家具が黒い塗装をしているのは、黒が民芸品の雰囲気にぴったりだからと、普通は解釈されるだろう。確かにそのような意図はあるだろうが、その一方で材の個体差に無頓着に作ることができるというメリットが存在するのである。部材の一つひとつに気を配って、色や木目を合わせることは、とても手間のかかることである。また、どうしても合わない部分は捨てるか、見えない所に回さなければならない。そのような選択、調整作業を省略できるというのは、生産体制としてとても有利である。その上製品の均一化が実現できる。さらに言うならば、赤白問題で疎外されがちな材種は価格が低めで安定している。それを使えば利益が上がる。民芸家具の黒い塗装は、言わば木工会社経営の一つの思想とも言えるだろう。

 さて、私の場合はオイル・フィニッシュという無着色の塗装を基本としている。これは材の持ち味をそのまま生かすという趣旨からきている。それでは例の赤白問題はどうなのかと言われるかも知れない。私もカバ材を使ってテーブルを作る。甲板は赤白のストライプだ。しかしお客様が「それで良い」、あるいは「その方が良い」と言ってくれるので、問題は無い。そこが量産家具と一品ものの手作り家具との違いである。木材の個体差という性質が、量産家具の世界では障害となり、手作り家具の世界では持ち味となるのである。

 着色塗装というものは、私は実技としてはほんの少ししか経験していないが、たいへん難しく、また奥が深いものである。何の素材であろうと、色を綺麗に塗るということは、なかなか難しい。特に木材の場合は、自然素材そのままであるという性質から、均一に色を着けることが難しい。塗りつぶしてしまうなら、ある程度簡単とも言えるが、木目を見せつつの着色となると、なかなか厄介である。塗装が家具の売れ行きを決める重要な要素となる量産家具の世界では、着色塗装の方法に研究が重ねられている。私が技術専門校で教わった着色ウレタン塗装でも、9段階の工程を経てようやく完成となるものだった。優れた着色塗装によって有効利用されている木材もある。木工技術の一つとして評価すべきものでもあろう。

 ところで、塗装と言っては少し違和感があるが、ソープ仕上げという方法がある。これは塗料の代わりに、天然石けんを湯に溶いたものを塗布するのである。それが乾けば完成という、いとも簡便な仕上げ方法だ。これがまた、実に良い味を出す。

 私が初めてこの方法を知ったのは、デンマークの家具職人のソーレン・リスバン氏から聞いたときであった。最初は何のことか分からないくらい驚いた。そんな仕上げ方法があるとは、想像することもできなかったのである。しかし彼は「これが木製家具の仕上げ方法としてベストである」と言い切った。確かにサラっとした手触りは、木の自然な感触に最も近い。合成樹脂を塗布するのと違って、自然な処理であるのも事実だ。

 その後いろいろ調べるうちに、欧米では白木の家具に石けんを塗って使うということが、けっこう一般的であることが分かって来た。石けんを塗っただけでは、もちろん塗膜など無いから、次第に手垢が付いたり汚れたりする。そうしたらまた、石けんでゴシゴシ洗うのだそうである。そのようなことを繰り返していくと、独特の風合いの家具になっていくとのこと。

 ソープ仕上げは、塗装としては簡単だし時間もかからない。しかし、別の面で手間がかかる。それは、素地のペーパーがけを丁寧にやらなければならないのである。ソープは水溶液で塗布するので、乾くと材面が毛羽立つ。その毛羽立ちを最小限にとどめるためには、あらかじめ材面をツルツルになるまで磨き込んでおく必要がある。そのために要する手間は、オイル・フィニッシュの場合の比ではない。

 私が現在ダイニングで使っている椅子は、SSチェアをソープ仕上げしたものである。商品を自宅で使うというのは贅沢だが、自作の椅子を使って座り心地をチェックすることが仕事の一部だと心得ている。使い始めて1年と少し。自分で言うのも何だが、このソープ仕上げの椅子、使ううちに愛着が深まって来た。その経験を発展させるべく、つい最近になってアームチェアCatのソープ仕上げ版を作った。濡れ色になるオイル・フィニッシュと違って、ナラ材の木地そのままの白色に仕上がった。それが独特の雰囲気をかもし出す(右の写真)。仕上げ面に全く光沢が無いので、かえって明暗のグラデーションが明瞭に現れる。それが実に美しい。これも自宅で使って、どんなふうに変貌していくか試してみよう。

 オイル・フィニッシュにしろソープ仕上げにしろ、木材の持つ雰囲気を生かそうとするナチュラル系の塗装を選ぶなら、汚れやキズに対してある程度寛容でなければならない。ウレタン塗装のように強固な塗装は、汚れやキズに対して強い。強いということは、逆に何の変化も生じないということだ。弱い塗装は、汚れやキズが付いてしまうが、それが生活の記録のようにして、味わい深いものに変わっていく。ウレタン塗装は施工した直後が一番美しいが、ナチュラル系の塗装は年月が経つにつれて味や渋みが出てくるのである。 



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