木は動く

 木は伸び縮みする材料である。と言っても、外部から力を加えて伸ばしたり縮めたりするという意味ではない。そのまま放置しておいても、周囲の空気の湿度の変化に応じて、伸びたり縮んだりするという意味である。しかも、その伸び縮みの度合いが、木材の方向によって著しく異なる。方向によって異なる性質を持つことを異方性があると表現するが、木材は環境湿度で伸び縮みするということと、その動きに異方性があるということが、他の材料には無い大きな特徴であると言えよう。

 右の写真の物体が何であるか、お分かりだろうか。今まで多くの人に現物を見せたが、ズバリ言い当てた人は居なかった。これは実は、湿度計である。いや、何パーセントという数値で表示されるわけではないので、湿度を感じて現すもの、「感湿器」とでも呼ぶのが適切か。ともかく、これを室内に置いておけば、湿度に応じて先端が開いたり閉じたりして、湿度の大小を知らせてくれるのである。極端に乾燥した室内に置けば、カタカナの「コ」の字を上に向けたような形にまで開く。逆に風呂場など、湿度が高い場所に置けば、先がピッタリと閉じて、正三角形となる。

 湿度に感じて動くメカニズムは、三角形の各々の辺が二枚の板の貼り合わせでできているところにある。良く見てみると、色が濃くて厚い板の内側に、白っぽくて薄い板が貼ってある。この貼りあわせで作られた部材が、湿度の変化に応じて反ったり戻ったりするのである。その部材を三枚連結して、三角形にしているため、動きがいっそうはっきりと見えるのである。

 この部材が湿度の変化に応じて曲る理由は何故か。それは、貼りあわさった二枚の板の方向が違うからである。厚い方は、木の繊維に直交する方向に長い板である。一方の薄い方は、木の繊維に沿った方向に長い板となっている。木材の性質として、この二つの相反する方向で、湿度に対する伸び縮みが大きく異なるのである。厚い方は大きく動こうとするが、薄い方はほとんど動かない。厚い板の動きが薄い板の側で拘束されるので、伸び縮みが曲りとなって現れるのである。電気部品の中に、バイメタルと呼ばれるものがある。貼りあわさった二枚の金属板が電流によって発熱し、その伸び差で曲ってスイッチの役割をする。さしずめこの部材は、木でできているから「バイウッド」である。

 この感湿度器、部屋の湿度の変化に応じて、人知れず開いたり閉じたりを繰り返すのだが、何年も使っていると、だんだん動きが鈍くなる。これは、木材の湿度に対する感受性にはヒステリシスという性質があることによる。簡単に言うと、一旦乾いて縮んだ材が、また元の湿度に戻って膨らんでも、寸法は元どおりにはならず、若干小さめになるという性質である。逆に膨らんだ材が縮む際にも、反対の現象が起きる。このヒステリシスのため、木材は長い年月に渡って膨張と収縮を繰り返せば、だんだん一定の寸法に落ち着いてくる。もちろん湿度にの変化による伸び縮みがゼロにはならないが、動きはだんだん小さくなるのである。昔からの言い伝えに、「木は長い年月寝かせれば寝かしたほど狂わなくなる」というものがある。この感湿器は、そのような言い伝えが正しいことを、はっきりと眼に見せてくれるのである。

 さて、このコラムの題名は「木は動く」である。木が歩いてどこかへ行ってしまうという意味ではない。木工職人たちは、木材が湿度の変化で寸法を変えることを「動く」と表現する。精密に加工された木工品でも、極端に乾燥した室内に放置すると、板が反ったり、部材の接続部に隙間が空いたりする。そのような時「材が動いちまったね」と言う。「材が狂った」とも言うが、「動いた」の方が聞こえが良い。木材はもともと「動く」性質のものなのである。

 ちなみに、実際の家具の場合に於いてどれくらい木材が動くのか、つまり寸法が変化するのか、テーブルの甲板を例にとって見てみよう。

 木材の膨張率、収縮率は、樹種によってもばらつきがあるが、板の巾方向で見た場合は、おおむね0.2〜0.3 (%/%)程度の値となっている。この場合の単位(%/%)は、木材の含水率が1パーセント変化したときに、寸法が何パーセント変化するかを示している。

 仮にテーブルが置いてある部屋の湿度が、50%から80%へ上がったとする。そうすると、材は序々に空気中の水分を吸収して、含水率が上昇する。この場合の湿度変化に応じた含水率の変化は5%程度と考えられる。そうすると、テーブルの甲板は、巾方向には1〜1.5%伸びることになる。巾90センチの板なら、9〜13ミリ程度大きくなる勘定である。これは無視できない数値である。

 一方、板の長さ方向は、湿度が変わっても、ほとんど伸び縮みしない。その大きさは、巾方向の10分の1から20分の1程度のものでしかない。板はもっぱら巾方向に大きさを変えるのである。

 このようにして、木材は特定の方向に於いて、湿度の影響を受けて伸び縮みするのであるが、この性質が木材を利用する際の大きな障害となる。木が伸び縮みするということを考えに入れておかなければ、正しい木工をすることはできないのである。登山をする者が常に天候のことを気にかけているように、木工家は常に木の伸び縮みに気を使わなければならない。

 木の伸び縮みに気を使うというのは、材の方向に気を使うということでもある。上で述べたように、木材の性質として、板の巾方向には、湿度に応じて寸法が変化するのに、長さ方向には変わらない。ということは、板の巾方向と長さ方向を無頓着に接合すれば、当然のことながら両者の間に無理な力が働く。無理な力が働けば、歪みが生じ、極端な場合は破壊してしまう。そのような事を避けるために、材を使う方向には、注意が必要なのである。

 木工品を設計する場合には、なるべく材の巾方向と長さ方向が干渉しないようにする。両者を入り混ぜて使うようなことは避けるようにするのである。しかし、家具などは立体的三次元形状のものであり、どこかに両者が干渉する部分が現れることは避けられない。その部分については、寸法変化の違いが悪い結果をもたらさないように配慮する必要がある。つまり、寸法変化を吸収させるような構造を、考えなければならないのである。

 一例を挙げてみよう。木工には框組み(かまちぐみ)と呼ばれる構造がある。これは、縦横の部材で枠を作り、その中に板をはめ込んだ構造である。そのもの一枚をキャビネットの扉に使うこともあるし、何枚かを組合わせてキャビネット本体を作ったりもする。作品集の中の食器棚を参照願いたい。この作品は、キャビネット本体も扉も框組みで作られている。この框組み構造は、なかなか大した発明である。板というものは、普通単独では使えない。板一枚を扉にすれば、たちまち反ってしまって、具合が悪くなる。材木は常に環境の湿度に応じて伸び縮みをしていると先に書いたが、板の場合は表と裏で伸び縮みに差があると、反りとなって現れる。特にキャビネットのように内側と外側で空気の状況が異なる場合は、反りが大きく出る。だから、板一枚をそのまま扉に使うことは、無理なのである。

 框組みの構造は、板を枠の中にはめることで、板に発生する反りなどの変形を止めている。角材で組まれた枠は、それ自体ほとんど変形せず、また外部から掛かる力に対しても強い。その枠の中にはめ込まれているので、板は変形したくても出来ないのである。このように框組みというのは、たいへん優れたアイデアだと言える。小割りにした材(細い材)は縦にも横にも変形しにくいので、それを組んで構造の大枠を作り、その中に面積は稼げるが変形し易い板状のものをはめこむ。そのようにして狂いのこない合成面を作るのである。

 この框組みを作る際に気を付けなければならないのは、板が枠の中で動けるようにしておくということである。枠の内側に溝を掘っておき、そこに板の周囲の縁をはめ込むのだが、そこに接着剤を入れてはいけない。自由に動けるように、「ルーズ」にしておくことが大切なのである。何故かと言えば、枠の四辺のうちの二辺は、板の巾方向にぶつかることになるからだ。板は巾方向に大きく伸び縮みするが、枠は四辺が固まっているので寸法が変化しない。これを接着剤でくっつけると、無理な力が発生して具合が悪くなる。枠の溝の中で板が動けるようにしておく必要があるのだ。

 このように、部材の縦横の関係には、注意を払わなくてはいけない。そして、必要に応じて「伸び縮み対策」を講じなければならないのである。ここが木工の難しさの一つである。

 もう一つ、違った角度からの例を挙げてみよう。もう一度「木と木工のお話その9 : 板を作る」で登場したテーブルを参照して頂きたい。このテーブルは、「ウマ型」というタイプで、甲板を裏側から二本の水平な支持部材で支えている。その支持部材に脚が接続されているというわけだ。この支持部材は、角材である。つまり長手方向に利かせる部材である。そのような使い方でないと、強度が出ないのである。ところが、この部材が取り付いているのは、甲板の巾方向である。ということは、この支持部材は同じ長さのままであるが、甲板は伸び縮みして寸法を変えるという関係にある。

 ここでこの支持部材を、甲板の裏側に接着剤やボルトで固定してしまったらどうなるか。甲板は動こうとするのに、支持部材は止まったままだ。当然両者の間に余計な力が発生する。その力によってテーブルが歪むか、それとも破壊するか、程度の違いはあれ、好ましく無い事態になることは避けられない。従って、甲板と支持部材の関係は「ルーズ」でなければならない。

 かと言って、支持部材と甲板の縁を切り、ただ乗せるだけでは具合が悪い。甲板はそのまま放置すれば、必ず変形する。一般的には表面の方が水分が少なくなるので、凹状に反ってくる。その変形を止めるのが、支持部材の役目の一つである。支持部材は、甲板の反りを拘束する役割を演じながら、甲板の伸び縮みの邪魔をしないように立ち回らなくてはならないのである。

 下の写真は、そのような要求を満たす構造を現している。このテーブルの、甲板と脚部を組み立てる直前に写したものである。

    

 脚の上端の支持部材には、コマ状のものが断続的に植え込まれている。甲板の裏側には、支持部材のコマの間隔に対応して、穴の列が掘ってある。支持部材に植え込まれたコマが、すっぽり入るようにな位置に穴が掘られているのである。ここで大切なのは、コマの形である。コマの列を端から見ると、コマは先端が広く、根元が狭い形になっていることが分かる。つまり、テーパーが付いているのである。甲板の裏側の穴も、奥へ行くほど広がるように、テーパーが付いている。ただし、テーパーが付いた穴では、手前が狭くてコマが入らないから、テーパーが付いた穴の脇に、各々ずんどうの穴が用意されている。このずんどうの穴のところにコマが来るようにセットし、甲板をストンと落とし込んでから、甲板を横にずらせば、コマと穴のテーパーが噛み合って、締結されるのである。横にずらすと言っても、噛み合わせはかなりきつく作ってあるので、木ヅチで何度も叩いてようやく入るくらいである。もちろん接着剤は使わない。逆にコマと穴のテーパーどうしが触れあう面には、ロウを塗って滑り易くしておく。このような構造にしておけば、甲板は支持部材にしっかり取り付けられてはいるが、伸び縮みは吸収できるのである。

 この構造を「寄せ蟻」とか「送り蟻」などと呼ぶ。テーブルを作る際に用いられる、高度な技術である。組み立てが完成してしまえば見えなくなる所に、このように精密な加工を施すのである。「見えない所にも手を掛ける」という言葉そのものである。

 テーブルの甲板と脚部を取り付けるには、他にもいろいろな方法がある。もっと簡便な方法を使うこともある。それでもやはり、甲板の伸び縮みを吸収するための、何らかの工夫はしなければならない。木の伸び縮みを無視しては、まともな木工とは言えないのである。


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