板を作る

 
 この写真のテーブルは、2002年のグループ展の際に作ったものである。甲板の大きさは、巾90センチ、長さ2メートルある。家庭用のテーブルはふつう6人掛けが最大で、その甲板の大きさは通常サブロク(3尺×6尺)と決まっている。巾90センチ、長さ1.8メートルのことであり、畳一枚の大きさに近い。このテーブルは、そのサイズよりさらに大きく作ってある。私の定番のアームチェアは間口が大きいので、それに合わせて大きく作ったのである。

 テーブルと言えば、まず甲板に目が行くものである。甲板の大きさや厚さ、木目の表情は、そのテーブルの印象を決定すると言っても過言ではないだろう。ところで、甲板をどのようにして準備するかによって、テーブル作りのストーリーは随分違って来る。

 このテーブルの甲板は、三枚の板を矧いで(はいで)作ってある。つまり、巾30センチの板を三枚くっつけて、巾90センチの板を一枚作ったのである。三枚の板は、同じ丸太から取れたもの、いわゆる「とも材」を使っている。

 加工の手順としては、まず各々の板を平らに仕上げる。そして端面のカネを出し(角を直角にすること)、合わせ面がぴったりするよう真直ぐに削る。接合部の両面にまんべんなく接着剤を塗って貼り合わせる。三枚貼り合わせたら、専用のクランプを用いて締め付ける。一昼夜そのままにした後、クランプを外せば大板の出来上がりというわけだ。使っている接着剤は、説明書によると、貼り合わせて24時間後に最大強度に達する。24時間後で最大ということは、厳密に言えばそれ以降は強度が落ちて来るということである。しかし、強度の低下は、実際には測定できないくらい小さい。少なくとも数十年は、実用強度以上を維持し続けるだろう。

 板を矧ぐ工程のことを「板矧ぎ」と呼ぶ。板矧ぎは、プロの木工家なら誰でもやる作業だが、これでなかなか難しいところがある。せっかく矧いだ板が、ある程度の期間を過ぎた後に、はがれてしまうこともある。これを「矧ぎが切れる」と言う。私の場合は、矧ぎが切れた経験は一度も無いが、木工家によってはこれで悩んでいる人もいる。ある木工家具作家の展示会を見に行ったとき、展示品のテーブルの方から「ピシッ」という音が聞こえた。矧ぎが切れた瞬間の音だったのである。

 矧ぎが切れる一番の原因は、矧ぎ合わせた後に材が狂うことであろう。十分に乾燥していない材を使うと、加工した後も変形が進む。変形によって曲げや捩じれの力が働くと、接着面が持ちこたえられなくて切れてしまうのである。もちろん矧ぎ面の加工精度や、接着剤の適否、圧締の仕方などにも注意が必要である。板の状態で切れたのなら、もう一度やり直して矧げば良いが、テーブルに組み上がってから切れたのでは、始末に悪い。

 ところで私は、板矧ぎというのは最も重要な木工技術の一つだと思っている。この道に入るまでは、こんな技術が世の中に有るということを、知らなかった。木工について特に深く考えたことも無かったが、木の板などは、必要な大きさのものを持って来て使えば良いという程度の認識だったと思う。中学校の技術家庭科の授業で木工を学んだこともあった。しかし、板をノコギリで切って小さくすることは教わっても、板をくっつけて大きくすることは習わなかった。一枚の板で作れる範囲の工作だったからかも知れないし、板矧ぎが技術的に難しいという理由もあったかも知れない。しかし、これを教えなければ、木工を教えたことにはならないと、現在の私は考えるのである。

 板というものは、いくらでも大きいものがあるわけではない。それは、木が工場で作られるものではなく、自然の生命活動で作られるものだからである。人間のサイズが概ね決まっているように、樹木の大きさにも、自然界の決まりがある。製作しようとしている物に対して、木材の方が小さいことも、当然あり得るのである。そんな場合は、なんとかして大きさの違いを克服する必要がある。そこに工夫が生まれ、技術が誕生する。それが、木工という、自然素材を利用するジャンルの本質的部分である。板矧ぎも、小さな材から大きな材を得る技術の一つである。木工の授業で、それを子供たちに教えないとは、仏を作って魂を入れずではなかろうか。

 仮にこのテーブルの甲板を、一枚板で誂えるとしよう。板の巾は90センチだから、それ以上の直径の丸太でなければ、この板を取ることはできない。丸太というものは、先の方が細くなるし、曲りなどもあるから、巾90センチ、長さ2メートルの長方形の板を取ろうとするならば、おおむね2割り増しくらいのサイズ、つまり直径1.1メートル程度の丸太が必要となる。そんな丸太は、ざらに有るものではない。しかも、節も割れも無い綺麗な板が取れるとは限らない。乾燥する過程で反ったり捩じれたりして、一枚板としての生命を失うこともある。このサイズの甲板でも、一枚板で誂えるのは至難の技なのである。もし全ての条件を満たすような板が見つかったとしたら、一枚で恐らく数十万円、いや百万円以上するだろう。それを3枚矧ぎで作れば、材の費用は十万円以内で済む可能性も有る。実用的な木工をやろうとするならば、板矧ぎは必須科目なのである。

 板矧ぎは、小さなところにも使われる。引き出しの部材となる板などは、板矧ぎで作る。引き出しというものは、前板以外は常時キャビネットの中に納まっている。外から見えないのだから、ことさら綺麗な一枚板を使う必要は無い。矧いだ板で十分なのである。板矧ぎは面倒な作業ではあるが、それをまめに行えば、材木の歩留まりが大いに向上する。歩留まりとは、原材料の何割が製品となるかという、言わば材木の利用率である。歩留まりが悪いということは、無駄が多いということ、捨てる部分が多いということを意味する。板矧ぎを嫌って、一枚板ばかり使おうとすると、中途半端なサイズの材が大量に残ってしまうことになる。それをそのまま捨ててしまっては、歩留まりが悪くなるのである。歩留まりが悪い木工というのは、不経済な木工である。板矧ぎは、木工の経済性を向上させる技術でもあるのだ。

 桐材を使う木工に於いては、板矧ぎは日常茶飯事だと聞いたことがある。桐は成長が速い樹だが、あまり太くはならない。だから、少し大きな板が必要になると、板矧ぎで作るしかない。また、桐材は接着剤の利きが良い。今でも伝統的な接着剤である「そくい」(ごはんを練ったもの)を使っている木工所もある。それで十分にくっ付くのである。接着し易いということは、板矧ぎがやり易いということにもなる。ある桐箱製造業者の話では、捨ててしまえば良いくらいの細い材でも、つい矧いでしまうのが、この仕事に携わる者の性だそうである。桐の柾目板は、矧いでも継ぎ目が分かりにくく、一枚板と区別が付かない。だから、小さな材を拾い集めては、矧ぎ合わせて板を作るのである。そうすると、小銭を貯金箱に入れて溜めるように、すこしづつ得をした気分になるそうである。

 面倒がらずに、気軽に板矧ぎができるようになれば、駆け出しの木工家具作家も、一つのハードルを越えたことになるのではないかと思う。世界一のキャビネット作家と言われるジェームズ・クレノフ氏は、2〜3ミリの厚さの板を、ササッと矧いで、思い通りの木目の板を何枚も作る。実に手際が良い。それをキャビネット本体の外側に張って使うのである。氏の意見では、「板矧ぎの基本は、少しの接着剤とわずかな締め付け力」だそうである。
 

(Copy Right OTAKE 2003)

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