「博士の愛した数式」 小川 洋子 (新潮文庫)
それぞれが「時」にまつわる不幸を抱えている。
博士の美しいのは数学と同じで、時間を含めた外部の何ものにも影響されず、永遠の現在=真実としてそこに「ある」からなのだろう。
その意味で、冒頭「私」と博士の秘められた絆を象徴する友愛数220と248の組み合わせの内、の博士のパート(284)が博士にもっとも用のない時計に刻まれているのはまさに象徴の裏に張り付いた象徴となっている。
記憶の80分のタイムリミット
「兄嫁」のテーマ
未亡人が一番かわいそうな人である。夫をなくし、心を通わせた義弟〜恐らくは亡くなった夫への後ろめたさを感じながら〜は病を抱え、永遠に歳をとらない人になってしまった。義弟の記憶に永遠に残るのはかつての若かった自分の姿であり、現在の、老いた姿ではない。お互いに愛しあっていればいるほどこの乖離は苦しいものとなる。
クッキーの缶は、博士の一番大切なもの---野球カード・学長賞をとった論文・未亡人と写った写真---を封印した墓標なのだろう。
博士が子供を非常に好むのは、積みあがっていくはずの過去と、それを踏まえて伸びていくはずの未来をなくした自分に対し、子供が未来そのものだから。
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