「ソロモンの指環」コンラート・ローレンツ 早川文庫 1998
動物行動学の出発点の一冊という、ずっと気になっていたのですが、なぜか読んでいなかったもののひとつ。
新しい学問が生まれる現場というのはかくも愛と情熱と、なにより笑いに満ちていることを活き活きと伝えてくれます。
有名な「刷り込み」の発見は、若きローレンツ博士が観察するためにたまたま顔を近づけた孵卵器の中の一個のガンの卵によってもたらされたのですが、博士は最初、自分が養女に引き取ったふりをし、ガンの子マルティナが自分を母親に選んだのであることを隠したそうです。マルティナが博士に自分の母親であってくれと、「石さえも動かす」感動的な行動で懇願するので、仕方なくこの「重い十字架」を背負ったと。もちろんその後博士の生活はしっちゃかめっちゃかになります。
また、自分であることを感づかれずにカラスたちに足環を装着するためには、6月の天気のよい日に黒い毛皮の悪魔の着ぐるみを着て屋根の上に上ります。ど肝をぬかれて見上げる村人たちに、にこやかに悪魔の尻尾を振ってみせたりして。
「利己的な遺伝子」論以降、学問的には過去の人、とされているそうですが、確かな観察眼、動物への深い愛情、さらに豊かな教養に裏打ちされた描写力でもって、多くの影響を後世に与えたのでしょう。畑正憲さんとか、野田知佑さんとか、はてはマンガ作品にまでああこれって・・・というエピソードが出現します。