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「オニババ化する女たち---女性の身体性をとりもどす」 三砂ちづる (光文社新書 2004年) | |
「身体性」というのは近代を相対化する上で重要なキーワードなわけで、これを戦略的に用いた鮮烈な社会批評にもなりうる著作なのだが、どちらかというと、著者の疫学者として、国際協力機構で発展途上国でのReproductiveHealthにかかわってきた実体験に重きをおいた著述となっている。
前近代のお産のあり方、女性の身体のあり方をともすると顕揚することになりがちなので難しいなと思う。著者はそうではないんだ、と何度か述べているものの、やはり、代替手段が見当たらない現状では、安易な過去礼賛が簡単だから。 とはいえ、いろいろ面白いことがいっぱい。 月経の折りの出血をコントロールしたり、排卵を自ら感知する身体能力がかつてはあった、とか。家族のありかたの変化の背後には、実はお産と子育てのスタイルの変化があるとか。自宅出産することの中には、共同体の中で他のメンバーとの密接な結びつきがあり、その場は身体の使い方を含めた文化の伝承の場でもあった。医療が病院出産といった形で出産を取り込んで管理していったとき、取りこぼされたものは、おそらくたくさんあったのでしょう。 また、結婚制度への考察にも、面白いものがある。もともと周囲がどうにかしてあげなくちゃ1人では相手を見つけられない人---性的な弱者?---のためにあるものなのかもしれない、と。 ・・・そうだとしたら、実は結婚って、すごい発明なんじゃないかしら?共同体の成員にある程度平等に生殖する機会を分配すること。これは文明の根幹に関わることなのでは?私が知る限り、高度な群れを作る動物(たとえば犬や猿)は、成員間で平等に生殖の機会が共有されているわけではない。主に力の強いものが短期間で独占でき、特権的強者はつぎから次へと入れ替わっていく。そこにはおそらく協力・友愛という概念は育ちにくいのではなかろうか。 |
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2004.09.28
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