Wodanの徒然草

目覚めよ日本〜鼻閉


目覚めよ日本  グラフィックツール 蘭学事始   牛肉 懐かしいアニメ  夏日  思想形成  GW  デジカメ   祝日 日本の未来  方向音痴  鼻閉




 目覚めよ日本
 
日本はバブル経済崩壊後一気に奈落のそこに突き落とされた感じですっかり自信を失ってしまいました。道徳もどんどん失われていき、享楽的、退廃的、刹那的な世相に変わって行ってしまっています。今まで徳と考えられていたものが、すっかり忘れられてしまったようです。
 やはり道徳が駄目になってくると社会の向上心というのも消失していき、自堕落になっていきます。デカダンといわれた時代がありました。個人の興味が多角化することにより、価値観の相対化が行われ、そうすることによって絶対悪までもがそれほどの悪ではないのではないかと疑問を呈する人々が現れてくるのです。
 私が十代を過ごした頃は著しく心霊現象や超能力が流行りました。既成の学問や一般観念や宗教観に対する疑問を簡単に否定することがテレビや雑誌、漫画などで見られました。現実に倦み疲れた人たちは現実から逃避するために、現実でないところに真実や実体というものを求めようとしました。一部の哲学者たちや宗教家がそのようにするのは意義深いかもしれませんが、多くの人たちが現実をあっさり否定する思考を身につけてしまうのはやはり問題だと思います。本来現実でがんばれば100出せるところを、現実世界を虚構と考え、中途で放棄してしまえばいかなる能力のある人でも50の能力も発揮できないかもしれません。それは問題です。
 さて、本題に戻りますが、今までの日本がいつもハイテンションなわけではなかったのです。泰平といわれた江戸時代もまた、大飢饉が起こったり、大火事が起こったり、浮き沈みがあったのです。それでも日本独自の高度な文化が形成されたのです。また、明治時代以降も何度も大震災や戦争や恐慌が起こったのです。そういう悪い時代はあったのだけれども、世界の中でより重要な地位を獲得してきて来れたのです。
 それは勤勉だったからです。日本人はいつの時代でも勤勉でした。勤勉であれば、逆境にあろうとも必ず打開できるはずです。また、非常に道徳心も高かったと思うのです。その両方が今や失われてきているのが問題です。景気がどうのとか言う前にやはり、勤勉さと道徳心を取り戻すことが必要です。景気が悪いから悪がはびこるのではありません。悪があるから景気が悪いときにそれが顕現するのです。
誇りを持てる文化と道徳を日本は2668年かけて形成してきたのです。日本人の遺伝子を持っていればそれは必ず打開できるのです。それは昭和栄華を覚えている人たちは、体験していると思います。同じ日本人たちがここまで日本を立派な国に作り上げてきたのです。ですから、自分たちも必ずできるはずだと信じて、バブルのときよりももっと景気のいい国づくりをしましょう。バブルではなく本物の経済大国を! 



 最近はのんびりと自然を見ていないような気がします。一日のうちの三分の一くらいは働いていますし、それ以外にも仕事の関連の本を読んだり、パソコンに向かっていたり、家族と話をしたりして過ごし、また、買い物などに出かけたりする日々です。しかし、外の風景は見ていない気がします。車の運転中は道路状況を見ているわけです。店の駐車場ではさっさと売り場に入っていきます。
 虹は一体いつ見たでしょう。なんだか随分前に見たきりのようです。雨上がりのしかもうまい具合に太陽が光線を照らしたときにだけ虹は現れるのですから、結構のんびりとした生活でないと、虹なんて見えないのです。ふと、R・Wagnerの「ニーベルンゲンの指環」の序夜「ラインの黄金」のクライマックスにある「虹の架け橋」のシーンを思い出したときに、虹を見ていないのに気づきました。心に余裕がないのを感じました。何かに追われて、走っているような感じです。年をとると余裕がなくなってくるのでしょうか。
 それとも、自分だけなのでしょうか。ちょっとわかりませんが、そういう自然現象を見ていない自分に気づきました。今度見てみようか、そんな風に思います。


グラフィックツール(4月22日)

 最近のパソコンのソフトって言うのは大体勘で使い込むことが出来るようになります。そもそもがOSのWINDOWS 98SeやMeやXP(私自身が頻繁に使用していたことがあるもの)がわかりやすいと思います。絵を描いたり写真を加工したりするのもWINDOWS付属のペイントで簡単なことはすぐ出来るようになります。
 ところがグラフィックツールにはいつも頭を悩ませられます。PictBearやPixiaやPhotoshop 5.0 LEなどをいじってみたのですが、さっぱり使い方がわかりません。大体勘で何とか描きたいものを描けてはいるのですが、頻繁に使用するものでもないのですぐに使用方法を忘れてしまいます。Photoshopはスキャナのバンドル品でした。本や説明書があれば自在に使えそうなのに、なかなかマニュアルを見つけることもできずにいました。本屋さんでもWindows用のPhotoshop 5.0 LEの本はずっと見つかりませんでした。インターネットを用いてもこの同じ製品の同じバージョンのものは書籍が見つけられませんでした。しかし、一昨日行った本屋に今まで置いていなかったのにあったのです。迷わず購入! なるほどすばらしい機能だ!と納得させられました。しかし、すぐにパッパッという風には使えそうもありません。あまりに機能が多いのと表現するにはその機能の組み合わせが必要だからです。今迄直観的に使えなかったのも納得がいきました。やはりグラフィックは一朝一夕には行かないかもしれません。しかし、ひとつのソフトをある程度使えるようになれば、後は応用でしょうから他のソフトもつかえるようになるのではないかと想像しています。今度の休みにちょっと絵でも描いてみようかと思います。
 どうしてもマニュアルがなければ、初歩を脱しきれないのが、グラフィックツールなのかなと、思っていました。もちろん毎日ある程度の時間をグラフィックツールを使用することで費やせれば出来たのでしょうが、趣味ではないので一番先延ばしになっていたパソコンの一項目のひとつじゃないかと思います。


蘭学事始(4月3日)
 江戸時代、杉田玄白たちのグループは「ターヘル・アナトミア」というオランダの解剖学書を翻訳しました。この時代辞書もろくなものはなかったのです。それにもかかわらず、そのような専門書を翻訳できました。
 一方現在はその頃の辞書と比べれば圧倒的に充実した辞典や参考書があります。特に英和辞典は非常に優れたものばかりです。わが国では中学・高校・大学と8年以上も英語の勉強をする環境がずっと長い間ありましたが、一向に読めるようにもならず、書けるようにもなりませんでした。会話はもっと厳しい状況です。
 読み書きに関しては現在社会の中枢にいる人たちはかなりできる人たちがいるようです。しかし、そのくらいの世代では会話力が少し苦手です。
 そういう長い時代が続いたため、高校でも英会話の授業を始めたり、小学校や幼稚園で英語の勉強を始めるようになっています。この世代の人たちの中には英会話の達者な人が沢山輩出される可能性があると思います。
 問題のひとつはこのような新しい世代の人たちの英語読解力の低下です。また、旧世代の人たちはやはり英会話力です。
 英語の授業に昔から時間を費やしすぎだと思うのです。英語は家や塾などで勉強するのはどうでしょう。独学を3、施設で1くらい学ぶようにしたら延びるのではないでしょうか。繰り返し訓練するのが語学ですから、学校に頼ろうとする気持ちを助長するような教育システムではいけないと思うのです。杉田玄白らのグループは決して人々から習おうという姿勢ではなかったと思います。そうだったからこそ、江戸時代にあれだけのことができたのではないでしょうか。
 英語の授業を学校の授業から今の3分の1以下にして、もっと全人間教育的なものを中心にすえるべきです。つまり、徳育・体育学・保健学・衛生学・社会学・論理学・人文学・数学・文学・歴史・科学です。これらを徹底的に伸ばしていくことによって日本は昔の活気を取り戻すのではないでしょうか。英語はこれらの教養を深めるための手段であり、また、外国の文化を盗み、外国の資産を奪ったり、外国を屈服するための手段として、個々人が身につけるべき能力と考えるべきではないでしょうか。日本が世界に冠たる国家になるために断固たる新しい教育方法を模索しなければ、猿真似国家に終始するにとどまると思います。英語コンプレックスは外国人より日本人が劣っていると思わさせる何かがあります。そのようなものに陥ってはいけないと思うのです。
 本当に英語ができるためには、自分で8割くらい勉強しなければならないと思います。そのときに、必要なのはやはり、杉田玄白が「ターヘル・アナトミア」を翻訳したときのような集中力だと思うのです。ですから、下手に学校で中途半端に習い、結局ものにならず単なる英語コンプレックスに陥る愚を回避するために、自分でまたは家庭で学ぶ機会を国民が自分たちで作らなければならないのではないでしょうか。 


牛肉(4月25日) 

 昨日久しぶりにおいしい牛肉を食べました。いい牛肉は表面の色が変わったらすぐ食べるのが好きです。焼きすぎると脂がなくなってしまって、肉の甘みがなくなってしまいます。肉汁がジュウ〜って出てきて、うっとりします。生肉は鉄板の上でなぞると脂がつきます。この脂で満遍なく焼けるのです。これを醤油と大根おろしで頂きます。肉の味がいいと下手なタレはかえって邪魔です。
 二年位前はプリオンが騒がれましたが、今はどうなったんでしょう。騒がれる前はさんざん食べていたわけだから、ほとんど報道されたときだけ、食べないのもあまり意味がなかったと思います。私は関係なく食べていました。牛肉の安いものは豚肉より味が嫌いですが、高く上等のものは圧倒的においしいと思います。 肉の中でももっともおいしいのはやはり牛肉ですね。


懐かしいアニメ

  先日懐かしいアニメというアンケートの結果がどこかのホームページで発表されていました。40代の1位は巨人の星でした。巨人の星は子供の頃面白かったな〜とやはり思います。でも、私の中では同じ原作者の「タイガーマスク」でした。巨人の星よりは再放送回数も少なかったようです。巨人の星はアニメも原作もよく似た絵でしたが、タイガーマスクはテレビの方の絵が劇画タッチでとても好きでした。あ〜いうタッチのアニメはその後も現れなかったと思います。タイガーマスクは巨人の星より少し下の世代に人気があったと聞きます。私は小学校1年生くらいだったと思います。少年マガジンの絵と全然違うのですごく不思議に思いました。また、見てみたいアニメのトップはタイガーマスク、その次はサスケでしょうか。サスケはいろんな忍術を科学的に解釈しているのが子供時代とても新鮮に思いました。タイガーマスクとサスケは懐かしいと思います。


夏日(4月26日)
 
今日は非常に暑い日でした。グッタリするようでした。しかし、今日も仕事がありました。まだ、クーラーを入れなかったので非常に暑かったです。ボイラーなどで働いている方たちはもっと暑いんでしょうが、急に暑くなると体がその暑さに間に合わずまいってしまいます。こういうときは体液と等張液がいいですよね。個人的にはアクエリアス派です。でも、その日の状態でポカリがおいしく感じるときがあります。やはり、汗を沢山かいたときは味もちょっとしょっぱめのものがいいんでしょう。
 水分補給は欲しいときにすぐ摂るのがよいそうです。


思想形成(4月27日)
  思想というのはいつ頃から形成されるのだろうか。思想を持たない人はいるのだろうか。自分には確たる思想があると果たして言えるのであろうか。そのように考えたことはないだろうか。
 占いや心理学ゲームや血液型診断をしたがる人たちは、自分というものが何かわからないためアイデンティティの確立を自分の経験や知識から行うのではなく、簡単に自分をあるひとつの範疇に当て嵌めることで、行うのではないだろうか。
 星座占いなどで性格などが当たるというのは、恋愛や仕事などに関してよりは、圧倒的に当たるのではないかと思う。何故なら性格というのは、どの星座に属していようが、その占いにある性格という項目と一致する部分というのは、どんな人にもあるのではなかろうか。
 例えば、「真面目である」とか、「熱しやすく冷めやすい」とか、「集中力がある」とかそういうものが、占いの本の自分の星座に書かれていたとする。だが、そのような事柄というのは誰にも当てはまるのではないだろうか。こういうものは絶対的評価ではなく相対的な評価でもそのように自分が誰かに評価されれば、アイデンティティが確立していなければいくらでも自分はそうであるに違いないと判断するだろうから。占いなどの性格に関する描写が多様であればあるほど、そのうちどれかは必ず、自分の性格と一致するものがある。また、一致していなくても今度は自分がそうであるという自己暗示に陥ってしまうリバウンド反応がある。
 ある程度の年齢になるまでに、自分なりの考えというものがあり、それが簡単には変わらないと思い始める時がやってくる。この時アイデンティティが確立するのであるが、仕事に関する環境の変化や身内の病気や死や事故や宗教との出会いなどで、自分の考えの根幹を揺るがすような出来事に出遭うと、今まで気づいてきたものが全て崩れて思想はおろか自我そのものが崩壊してしまうことがある。
 思想とは生きていくために自分を根幹から支えてくれるものであるということがその定義であるならば、そのような環境の変化で揺るぐようなものは思想であるとは言えまい。
 意識の上では何かに遭遇するまではそれが思想であると思ってしまうような思想があるということになる。では、本当の思想と、今述べてきたような偽物の思想との区別はあらかじめできるのであろうか。ある程度は客観的な意見を聞くことで、その思想の脆い部分も見えてくるだろう。しかし、論理的に真理であっても、結局は自分をどのような事件に遭遇しようと自我が崩壊するようであれば、それは思想としての価値はない。私も含めて、思想を持てるような現代が時代ではないのではないのではないかと思う。


GW (4月28日)
 
ゴールデンウィークですが、私の仕事はGWも関係なく平常どおりの勤務体制です。休診日なしの病院での勤務ですのでGW中いつも他の病院に行っている患者さんも私の勤める病院に急病のときはいらっしゃいます。ですから、GW中に来れない人たちはGW直前に大勢見えますし、GW中もそれなりに沢山の方々が見えます。
 まだ、GWは始まったばかりだというのに体力は150%使っちゃってます。自分の休日は曜日で決まっています。その日まで体力が持つかなと心配です。ちょっと風邪気味ですしね。
 しかし、日本中行楽日和ですので、家族はやはり出かけたいようです。自分はのんびりしたいですけど、出かけないと家族の役割を果たしていないような気がして、結局はちょっとしたお出かけくらいはしようと思います。でも、行楽地に行く元気はさすがにありません。近場でのんびり過ごせたらと思います。五月病になったらたまらないですからね。
 去年はちょっと遊びすぎたのか、四月下旬から六月位までは風邪に苦しめられました。なかなか治らず、精神的にも肉体的にも参りましたね。ですから、今年は少し、体力を温存しておこうと思います。
 祝日の勤務の日は大体三時(診療時間は二時迄)くらいまで仕事です。ですから、夕方からはちょっと時間ができます。
ですから、まったくGWに休みがないというわけではありません。平日は七時までの勤務ですからGWの恩恵はあるわけです。どのように過ごそうか、まだ決まっていません。自分の休日は楽した〜いって言うのが本音です。 


 デジカメ
 デジカメはフィルムを使わないのでかなりの環境保護につながるのではないでしょうか。また、いちいち印画紙に焼き付ける必要もなくメディアやパソコンのハードディスクの中に保存しておけばいいわけですから、紙も使いません。これもかなりの環境保護です。プリントするとどうしても紙を使ってしまいますし、もし現像したりしたら現像液や定着液の廃棄物の問題もあります。そうなると、デジカメでのメディアへの保存は二十一世紀にふさわしいものといえるでしょう。
 また、省スペースですから、アルバムも必要ないですね。
 そもそも写真を撮るという行為は江戸後期からの高々150年くらいの歴史しかないわけでそれ以前は殆ど絵画で済ませていたわけです。ですから、紙にプリントするというのも経年劣化するような紙へのプリントではなく、デジタル保存・再生ですから、バックアップさえうまくすれば半永久的な文化の保存が可能となるわけです。
 今から100年後にどういう保存がなされるかは想像できませんが、デジタルならば沢山の記録をコンパクトに残せるのでこれからはどんどんデジタル保存がなされ、必要なときのみプリントアウトする時代になるでしょう。
 私も去年の九月にデジカメを入手しましたがあっという間に千枚以上の写真を撮影しました。カメラが趣味ではなかったのですで、驚いています。本当に時代が変わったのだなぁ。


祝日(4月29日) 
  今日はみどりの日です。 しかし、どうもピンと来ません。自分の人生の殆どの4月29日が天皇誕生日だったからです。
 今日は突風が吹いて植物は風にあおられザワザワしています。自転車で職場から帰ってくるときに、息苦しくなるほど風が強いし、向かい風だったのでなかなか家に帰れないしでさんざんでした。職場も暑いので窓を全開にしていたら砂埃が入り込みベッドも雑巾がけしたら真っ黒です。こういう日はドライブも大変です。黄色い砂が舞い上がり、遠方もよく見えません。まだ、GWが始まったばかりですので、皆さん運転には十分にお気をつけください。


日本の未来
  
株価も下がり益々不透明な様相を帯びてくる日本経済。
 株価が下がれば、当然企業にとっては厳しくなり、発展どころか現状維持も難しくなってくる。畢竟国民の生活に影響してくる。タイムラグがあるから今ひとつ実感はないが、徐々に国民の生活を逼迫してきて気づいたときには泥沼になっているかもしれない。
 犯罪もどんどん悪質になり、また低年齢化してきている。
 今の日本は物質的に本当は十分恵まれているにもかかわらず、それを実感できず、また、将来の年金も不安となっている。
 これらの満ち足りない感覚というのは核家族化してから、加速して行ったのではないだろうか。大家族においては家を新たに建てることも今と比べたらずっと少なかっただろうし光熱費も今よりずっと効率的に抑えることができただろう。また、戦前戦中を体験した人たちが家にいるのといないのとでは、物を大切にするという感覚ももっと鋭かったのではないか。生産が減少しているにもかかわらずダラダラとより高い生活を夢見るのはもういい加減に見切りをつけたほうがよいのではないだろうか。
 大家族制に戻し、無駄を排し、道徳を新たに構築して、よりよい社会を目指すべきだと思うがいかがだろう。
 


方向音痴
 
昨日車で狭山湖に行ったのだが、狭山湖の中を車で突っ切った後に気づいたら武蔵村山にいた。全く地図を見ないで走ったのだが、どんどん思ったほうとは違うところに・・・必死に自分がわかる地名を探して行った。青梅・瑞穂・・・微かにわかる。そんな感じでどんどん走っていくと箱根ヶ崎が見えた! ここは昔、国道16号線だったところだ! よしMALLで買い物だ〜って感じで家族サービス。狭山湖でのんびりはお流れになったとさ・・・(狭山湖のどこに駐車場があるのかわからなかった・・・以前もわからなかったが、きのうもわからなかった・・・)
 今日は航空公園に行った。しかし、やはり駐車場がなかなか見つからない。どうにか周りを走っていたら見つかったが、非常に疲れた・・・GWであった。


鼻閉(5月2日)
 
鼻づまりのことを別の表現で鼻閉といいます。
 もともと私は花粉症に20年以上悩まされています。主な症状は鼻汁・くしゃみ・鼻閉でした。ところで、鼻閉はいつも片側だけでしたが、今年はついに両側になりました。
 知人が今年鼻閉で眠れないといっていたのですが、自分は経験したことがないと話をしていました。ところが私も昨日夜眠れないくらいに詰まってしまいました。眠っても突然目が覚めるのです。日中は大丈夫なのですが、マスクなしで昨日、一昨日と出かけたからでしょう。プリビナ点鼻薬を何回か吸入したのですがどうも、駄目でした。今日は病院でプリビナ点鼻薬にボスミン1投したのを貰いました。これは去年も使用したのですが、去年は非常によく効きました。鼻閉がこんなにつらいとは思っても見ませんでした。
 鼻汁も結構つらいものがあります。でも、大概抗ヒスタミン剤と抗アレルギー薬でどうにか凌げています。
 なんだか鼻が痛く圧痛もあります。今年は最大の被害です。
 あと2ヶ月くらいで何事もなかったかのように回復するのでしょうが、それまでが本当につらいです。
 レーザー治療が最近増えてきていますが、まだ抵抗感があります。やはり対症療法しかないのでしょうが、抑え込んで他に何かの影響はないのでしょうか。テレビではそういうことについては一切報道していないので却って疑ってしまいます。 
 


トップページへ