「行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ『近藤ゆーこEX』」

第一幕『幕末、新選組始めました!』


 長き泰平の終わりを予感させる、動乱の京都。
 後に幕末と呼ばれるこの時代、血気にはやる若者が、続々とこの地に集っていた。
 開国を迫る外国勢力に対して、それを受け入れようとする者、はね除けようとする者。 幕府による政治を
支えようとする者、朝廷による政治を取り戻そうとする者、あるいは双方の一体化を望む者。
 彼らの思惑は様々であったが、そうした主義や思想のぶつかり合いが、大きく国の未来を動かそうとしていた。
そんな時代・・・・・。


 鴨川にかかる三条大橋の欄干に一人の男が腰掛けていた。腰には刀。まげを結い侍の風体ふうてい。だが、どことなく
ひなっぽい。近ごろ京で流行はやりの浪人であろうか。尊王攘夷の志を持ってつどいし薩摩、長州いずれかか。
 どちらでもなかった。何となく立身出世の時機到来と、京に上ってきた単なる田舎者であった。
 何故なにゆえ、橋の欄干に腰掛けてるかと言えば、実はそれ以外にすることがなかったからである。京に着いた矢先、
さっそくスリに財布をられた。上京直後、周囲の雑踏の話す言葉が分からず軽いカルチャーショックを受けて
固まっていたら、いつの間にか財布がなくなっていたのだ。


 「うーむ、これから先、どうすれば良いものか」

 文字通りの一文なしになってしまった。あんまり入っていなかったとは言え、全財産を一気に失ってしまった。
せめてクレジットカードでもあれば、買い物だけはできるのだが、今のところ浪人(無職の侍)の俺がそんなもの
を持てるはずもなかった。

 「うーむ」

 頭をひねってみても名案が思い浮かぶわけでもない。そもそもどうやって立身出世をやるのかも分からず、
ただ漠然と京に来たのだから、まあ、当然である。

「さて、ここでこうしていても日が暮れるだけだ。まずは・・・・」

 【腹ごしらえといくか】
 【京見物としゃれ込む】

 金は無くとも、見物はできる。俺は京見物としゃれ込むことにした。
 キョロキョロと辺り見物しながら都大路を歩く。うーむ美人が多い。はははっ、少なくとも、もう財布を掏られる心配だけはないわけだ。
 やっぱり都はきれいだ。立派だ。華やかだ。そんな風に、みやびな風を感じながら歩いていると、突然、空気を切り
裂く女性の悲鳴が聞こえてきた。

 「きゃー」

 「む!」

 「きゃー、きゃー」

 「むむっ! 通りをつんざく乙女の悲鳴! 俺が行かねば! 今こそ道場四天王の腕前を見せてくれん!」

 どうも一人旅を続けていたせいで独り言が多くなる。悪い癖だ。

 俺は悲鳴の聞こえた方へ一気に駆け出した。程なく、現場とおぼしき場所に到達する。黒山の人だかりが出来て
いた。侍の娘なのか、刀を手にした女の子が一人、人相の悪い、いかにも悪人でございといった面構えのやから
対峙している。

 「島田誠、見参! か弱い婦女子に大の男が寄ってたかってとは、卑怯千万」

 俺は刀を抜いて、女の子をかばうように前に出る。長い美しい藤色の髪の女の子だ。いきなりの俺の登場に
驚いたのか目を丸くしている。

 「なんだあ、てめえは!」

 「ちゃんと名乗っただろうが! 頭の悪いやつめ」

 「なにおう! おう、先にこいつから畳んじまえ!」

 悪人(俺がそう決めた、決めたったら決めた)の内の一人が俺に向かってくる。

 「でやっ」

 刀光一閃。相手の刀が俺にまだ届かないうちに、俺の刀が奴の眉間を割る。得物の長さが違うのだ。
俺の刀は普通の日本刀よりもやや長めの造りだ。規格外の失敗作で売れ残っていたのを安く買った物だが、
実戦ではなかなか役に立つ。
 俺が連中の一人を倒したことで、周囲を取り巻くぎゃらりーから、おおっとどよめきが起こる。背後の女の子の
熱い視線も感じられる。よし、このままこのを助けて、それが縁で二人は交際を始めて、そのまま養子縁組。
侍になる。ああ、バラ色のサクセスすとーりー。

仲間の一人があっさり倒されたのを見て、連中、今度は2人がかりでくる。卑怯者め、さすが悪人。

 「せいっ!」

 一人目の刀を弾き返し、返す刀で、そのまま2人目を横薙ぎにする。
 おお、俺ってけっこういけてるかも。
 しかし、調子の良かったのはそこまでだった。いきなり後頭部に衝撃が来た。どうやら3人がかりだったらしい。
予想以上に卑怯さだ。後ろから何か鈍器で殴られた。世界が暗転する。
気を失う直前、さっきの女の子の、きゃー、きゃーという悲鳴が聞こえて来た。
 ああ、ろくに活躍も出来ぬまま、京の地に果てるのか・・・・













 「うう・・・・」

 彷徨さまよってた魂が俺の体に戻って来た。

 「あ、気がついたかな?」

 女の人の声がする。

 「え、ああ。 ここは?」

 「屯所の中のあたしの部屋よ」

 さっき(と言っても気絶していたので正確にどれくらい前かは分からないが)の女の子だ。長い藤色の髪を
赤いリボンで結わえている。どちらかというと、ぽやっとした感じのなかなかかわいいだ。

 「屯所?」

 「そうよ。新選組の屯所」

 「新選組・・・・」

 俺の言葉に女の子はコクコクと嬉しそうにうなずいている。

 「・・・・って、何?」

 俺の知識(ボキャブラリー)の中にその単語はなかった。

 「がーーーん。あたしたちを知らないなんて・・・・そりゃ、結成してまだ間もないし、あんまり知名度も高く
  ないけど・・・・グスン」

 「新選組とは、京の都を不逞浪士から守るために結成された精鋭集団だ」

 別の声が俺の問いに答えた。声の主の方を見れば、こちらはクールビューティーという形容がぴったりの
凛々しい黒髪のだ。

 「近藤が世話になったそうだな。取り敢えず礼を言っておこう」

 「えっ? いやまあ」 そうか、目の前のこの女の子は近藤というのか。

 「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。あたしは、新選組の局長の近藤勇子。
  こっちは副長の土方歳江ちゃんよ」

 「土方だ」

 クールビューティーが俺に挨拶をする。近藤さんよりも遥かに威厳がある。本当はこっちが局長なのでは
なかろうか?

 「えっと、俺は」

 名乗ろうとする俺の台詞を近藤さんが遮った。

 「あ、島田誠くんだよね」

 「ええっ?どうして俺の名を?」

 「だって、さっき名乗ってたよ」

 「あ、そうかー」

 そういえば、悪人たちの前で名乗った。名乗ってやられたので実に格好が悪いことおびただしい。

 「そうだ、あの悪人たちはどうなったんです?」

 「悪人? キンノーの事か、キンノーは全て近藤が片付けた。今の京で生き残ろうと思ったら、もう少し腕を
  磨いた方がいいな」

 なかなか手厳しい。

 「あっ、でも島田くんも2人やっつけたんだよ」

 「だが、その直後に背後から殴られて気絶。近藤がいなかったら確実にあの世に行ってたな」

 「ぐっ」

 事実なので返す言葉もない。しかし目の前のこの女の子が残りを全部倒したってのか?にわかには信じ難い。

 「あ、そういえば、きゃーきゃー悲鳴をあげてたよーな・・・・」

 俺の言葉に近藤さんが顔を赤くする。

 「えーとね、あれは気合を入れる掛け声なんだよ」

 「そ、そうなの?」 変わった気合の入れ方だ。

 「こほん。人の良い近藤は、気絶したお前をここまで運んで来たのだ」

 土方さんが咳払いを一つして話を元に戻す。

 「あ、それはどうもご迷惑をおかけしまして」

 俺はペコリと頭を下げる。たしか俺が助けに入ったはずだが、立場が逆転している。

 「そうだ、トシちゃん。島田くんにも新選組に入ってもらおうよ」

 名案を閃いたといった感じで、ポンと手を打ち、近藤が土方に提案する。

 「こいつにか?」

 いかにも迷惑そうな表情の土方。

 「だって、島田くんは、あたしが新選組局長の近藤勇子って、知らないで助けに入ったんだよ。
  なかなかできることじゃないよ」

 「ふーむ。本来なら氏素性などをちゃんと調査してから隊士に採用するのだが、しかし、猫の手を借りたいほど
  手不足なのも事実。キンノーを2人倒したのも事実。よろしい、島田、入隊を許可しよう」

 「よかったね。島田くん」

 何がよかったのか皆目見当もつかないが、俺が一言も発しないうちにどんどん話が進んで行ってしまう。

 「えーと、さっき、新選組って、京の都を不逞浪士から守るための集団とか?」

 「そうだ。京都守護職会津中将松平けーこちゃん様預かりの精鋭部隊、新選組だ」

 京都守護職会津中将松平けーこちゃん様預かり・・・・ってことは、武士じゃん。こ、これは棚ぼたか?

 「島田誠、新選組に参加したく存じます」

 俺は布団の上で正座して、二人に頭を下げた。何というか、当初の計画(そんなものはなかったが)とは違う
ものの、意外とあっさり武士になってしまった。

 「うむ、身命を投げ打ち、任務を全うせよ」

 「あ、そんなに固くならなくても、だいじょうぶだから。そうだ、島田くん、説明会をするからついて来てくれる
  かな?」





 近藤局長、土方副長に連れて来られた先には先客が居た。俺と同じく本日新規入隊の斎藤はじめ。そして遅れ
て、金髪グラマーな、もう一人の局長カモミール芹沢もやって来る。 で、説明会が始まり、土方副長と芹沢局長が
喧嘩を始め、それを近藤局長が仲裁し・・・・いったい、ここはどういう集団なんだ?
 その間に、俺と斎藤は簡単な自己紹介を終え、こいつとは気が合いそうだと思った所で、土方副長から私語を
怒られる。更に副長から新選組の任務と局中法度の説明があり、早速任務につくことになった。斎藤は京の街を
巡回。じゃあ、俺も・・・・

 「島田には局長付の近習をやってもらうことにする」

 「うわーい。やったぁ〜☆ 歳江ちゃんありがとー」

 間髪を入れず、芹沢さんが手に持った扇子を広げて喜ぶ。

 「芹沢さん!あんたじゃない。 近藤の近習だ!」

 土方さんが芹沢さんを威嚇するように怒鳴りつける。どっちが局長なんだか・・・

 「えー、歳江ちゃんのいけずぅ〜」 芹沢さんがいじける。

 「えーと、俺に選択権とかはないんですか?」

 「不服か?」 副長からジロリと睨みつけられる。

 「あ、えーと、島田くんがいやなら、別にあたしは・・・・」 近藤さんが悲しそうにこっちを見てる。

 「いやじゃないです!」 俺は近藤さんの言葉を断固として遮る。

 「では、良いではないか」 と土方さん。

 「それは、そうなんですけど、いや、だから俺に選択権とかは!」

 「@芹沢局長の近習がやりたいです!
  A芹沢局長と巡回に出ます!
  B芹沢局長にラブラブ宣言します!」

 素早く俺の背後に回り込んだ芹沢局長が俺の声色でそう言う。

 「だから、あんたに近習は要らん!」 土方さんが怒鳴る。

 「島田くん、カーモさんがいいんだ・・・・」 近藤さんが涙目になる。

 「だから、今のは俺じゃなくて!」

 精一杯否定する俺だが、

 「C芹沢局長にプロポーズします!
  D芹沢局長とハネムーンに行きます!
  E意表をついてはじめ君がいいです!」 更に芹沢局長が悪ノリする。

 「え、ぼ、僕?」 頬を赤らめ戸惑う斎藤。

 「お前が顔を赤らめるなー!」

 「島田くん、恋愛はいいけど、やおいはダメだよ。切腹だよ?」

 「何の話ですか!」

 「斎藤!さっさと巡回に行け!島田は近藤の部屋の掃除!それから芹沢さん!
  あんたは話をややこしくするんじゃない!」

 ついに土方さんがキレた。刀を抜き、芹沢さんに切りかかる。が、芹沢さんは軽快なステップでひょいひょいと
かわす。さすがは局長なだけある。ひょっとすると近藤さんも凄いんだろうか?しかし、さっき副長は局中法度で
ケンカを禁じていたよーな・・・・いいんだろうか、切腹しなくて?




 広間で土方副長と芹沢局長の死闘が始まってしまったので、3人はとっととその場を後にした。
斎藤は命令どおり、山南・沖田・永倉・原田らと市中巡回に向かう。近藤さんと二人で巡回に出る彼らを
見送ってから、彼女の部屋に向かう。

 「えーと、それじゃ、お片付けを手伝ってもらおうかな?」

 「はい」

 俺と近藤さんは2人で、局長室の掃除を始める。掃除とは言ってもこの時代、そんなに物がある訳でもないので
すんなりと終わりそうな気配。だったのだが・・・

 「えーと、この文箱は?」

 「きゃー、きゃー、それ開けちゃだめ〜」

 恋文でも入っていたのだろうか?

 「えーと、ここの袋戸棚は・・・・」

 俺が床の間の違い棚の上にある作り付けの袋戸棚に手を触れると、

 「そこも触っちゃだめえ〜」

 何が入ってるんだろう? 非常に気になるが、向こうは局長、こっちは新入隊員。命令遵守。開けるのは止めにする。

 「・・・・・」

 確かに女の子の部屋だから、男の俺に見られたくないものがたくさんあるのだろうが、作業が進まない・・・・
土方さんは何を考えて俺に近藤さんの部屋の掃除を命じたのだろうか?



 「作業は、はかどっているか?」

 土方さんがやってきた。

 「あ、トシちゃん」 「土方さん」 俺と近藤さんが同時に声を上げる。

 「近藤、そろそろ黒谷に出掛ける時間だぞ」

 「あ、そうだね。じゃ、島田くん、出掛けようか」

 「はい」


 近藤さんが、いそいそと支度を始める。俺は土方副長に次の間に引っ張られて行った。

 「何ですか、副長?」

 「いいか、島田。お前は近藤と波長が合いそうだから近習を命じたのだ。そしてお前の任務は近藤の話し相手で
  あり、かつ護衛だ。死んでも近藤も守れ!いいな!」

 土方さんが俺の襟首を掴み、凄い形相で命じる。皆が鬼の副長と噂していたが、俺も今それを実感する。
そのあまりの迫力に俺はコクコクと頷くことしか出来なかった。


 「島田くーん、出掛けるよー」

 支度の出来た近藤さんが銃剣付火縄銃の虎徹をかついで、玄関で待っている。

 「いいか、いざとなったら、お前が近藤の盾となれ。分かったな!では、行け!」

 土方さんが、俺の襟首を離し、近藤さんの方に放りだす。俺はつんのめって蹈鞴たたらを踏んだ。





 「島田くんは京の町は初めてなんでしょ?」

 壬生の屯所を出て、北へ向かって歩いていると近藤さんが話しかけてきた。

 「はい」

 「じゃ、あたしが案内してあげるね。えーと今から行く黒谷っていうのは、京都守護職の会津藩の本陣がある所
だよ。途中で有名な所を通るからついでに京の町を案内してあげるね」


 今、二人は揃いの浅葱色(薄い青色)の羽織を纏っている。
袖口を白のダンダラ(▲▲▲▲)に染め抜いた、ひじょーに目立つ格好だ。

 「時に、近藤局長」

 「あ、みんなと同じでゆーこでいいよ」

 「ゆー・・・・」

 ゆーこさんと呼ぼうとした瞬間、屯所の方から恐ろしいまでの殺気が放たれた。ひ、土方さんだ。
“超能力者ですか、あなたは!”

 「やはり、新米隊士ですから、近藤さんで勘弁してください」

 「えー、別にいいのにー」

 「時に、近藤さん、何でこんな目立つ格好をしなきゃならんのですか?」

 「これ、制服なんだよ」

 「だから何でこんな目立つ色なんです? しかも袖の白い三角は一体?」

 「島田くん、この浅葱色の羽織は武士の心構えを現したものなんだよ」

 真顔になって近藤さんが説明を始める。

 「武士が切腹するときのかみしもの色。悪に対して命を捨てて立ち向かう。あたしたち新選組の心意気を示した
  色なの」

 「おおっ!」

 俺は素直に感動する。このド派手な羽織にそんな意味があったとは!

 「では、この袖口の三角は?」

 これにもきっと凄い意味があるに違いない。

 「あ、えーっと、これはね、江戸で赤穂浪士のお芝居を見たときに、大石内蔵助が着てたの。
  カッコよかったんだよ」

 「おおっ?」

 「赤穂浪士だよ。武士のかがみだよ」

 「・・・・」 それは単なるミーハーでは?

 俺が黙っていると近藤さんが真相を話してくれた。

 「本当はね、黒が武士の色なんだけど、トシちゃんが『カラスみたいだからって嫌だ』って反対して、
  『歳江さんは服も髪も黒いから真っ黒だね』って山南さんが余計な事を言って、トシちゃんが怒って、
  それならとカーモさんが『ピンクにしよう』って言い出だして、『そんな武士があるかぁっ』てトシちゃんが
  反対して、それで2人を説得するために浅葱色になったの」

なるほど、深い理由だ。

 「模様もね、実はカーモさんは元、族なんだけど、金色の昇り龍がいいって言ったんだけど」

族? 金色の昇り龍?

 「アラタちゃんが、そんな派手なのは似合わないって言って、じゃあトシちゃんが『誠』の一文字を赤で背中に
  染め抜こうって言って、今度はそーじが、ヤですって咳をして、大混乱になって、それで白抜きのダンダラに
  決まったの」

 なるほど、この羽織にはそういう複雑なわけがあったのか。うーむ、何となく分かってきたが、
近藤さんが局長なのは、個性派揃いの新選組のまとめ役なのだな。納得。




 こうして2人で雑談しながら、屯所からてくてくと北へ向かって歩く。屯所からもお城の天守閣が見えてたけど、
あれが二条城だ。近づくにつれ、白塗りの天守閣がどんどん大きくなる。

 「はーい、左に見えますのが、二条城でーす。将軍様の京都の別荘ですね」

 まるでバスガイドの様なノリで、近藤さんが説明する。

 「要塞のように見えますよ」

 「お城だもの。堀も石垣もある本格的なお城なんだよ」

 「中は、見物できないんですかね?」

 「え?それは無理だよ。直参の旗本とかになったらお城に上がれるから、がんばって早く出世しようね」




 「では、今度は御所に向かいまーす」

 二条城から北西に向かって少し歩くと、天子様がお住まいの御所が見えてくる。

 「なんか、ただのカベですよ」

 「御所はこの中よ」

 「入れないんですかね?」

 「そ、それは、かなーり無理かも」





 こうして、近藤さんとてくてくと観光しながら目的地の黒谷に向かう。絵図面では、鴨川を渡ってすぐの所に
黒谷があるのだが・・・・・




 「ぜはー、ぜはー」 俺は肩で息をしていた。

 「どうしたの?島田くん」

 「く、黒谷って目茶苦茶遠いじゃないですか!しかも山だし」

 「御所のすぐそばだよ?」

 「この絵図面は間違ってます!」

 「そうかなー」

 実際に御所から歩くと、黒谷はかなり遠い。しかも高台にある。




 「お、ゆーこじゃん」

 突然、木の陰から怪しい人物が現われた。赤い髪、眼鏡に三つ編みの女の子だ。

 「なにやつ!」

 俺は近藤さんを庇うように前に出る。

 「あーあ、ナイトなんか連れちゃって、ひゅーひゅー、熱いねぇ」

 「な、ナイトじゃないです。武士です、武士」 頬を赤らめつつも反論する近藤さん。

 「『ゆーこ、夜も守ってあげるよ』なーんて、なーんて」

 謎の女の子は、そう言って近藤さんの肩をバンバンと叩く。おやじかこいつは。

 「ち、中将様、・・・・」

 怪しい女の子の言葉に、爆発的に赤面する近藤さん。ちなみに俺はknightとnightをかけた洒落だろうか?
とか考えてて反論するのを忘れていた。

 「中将!?」 一瞬遅く我に返って近藤さんの言葉に驚く。

 「そ、会津肥後守松平けーこちゃん。こうみえても伊達だてに会津28万石を張っちゃいないよ」

 そう言ってけーこちゃん様は、懐から印籠を取り出した。泣く子も黙る三つ葉葵の印籠だ。

 「この紋所が目に入らぬか!」

 「へへー」

 思わず平伏してしまう。三つ葉葵の印籠にはそれだけのパワーがあるのだ。

 「し、島田くん、何もそこまでしなくても・・・・」

 「なに言ってんですか。三つ葉葵ですよ。近藤さんも頭が高いですよ」

 俺はおでこを地面にこすりつけながら近藤さんに答える。

 「うーん、これだけ素直に土下座してくれると、印籠を持ってきた甲斐があるなあ」

 「中将様も、おたわむれはそれくらいで」

 「じゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」

 「はい」

 「君もいつまでも土下座してないで顔を上げて。やりにくいから」

 「ははっ。麗しきご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」

 「も、いいって。 よし、本題、只三郎!」

 「はっ、これに」

 いかつい顔の若侍が現われる。一体どこに隠れていたのだろう。会津藩には忍者しかいないのか。

 「実は近藤殿、先頃より市中で、阿片が出回っているよしにござる」

 「阿片が?」

 「そ。ハッピーになれるお薬ね。でも、これってマズいんだよねー。大判小判がザクザクと英吉利国(イギリス)
  に流れるって事だから。大方、英国と取引のある薩摩あたりなんだろうけど。幕府を潰す前に、我が国が
  潰される可能性もあるよねー。清国の先例もあるしさー。ま、そういうわけでゆーこ、うちの見廻り組にも
  調べさせるけど、そっちでもよろしく調べてよ」

 「分かりました」 重大な任務に近藤さんも表情を引き締める。

 「有り難きご下命、身命を投げ打ち、全う致しまする」

 「だから、それはもういいって・・・・」 そう言って苦笑するけーこちゃん様だが、

 「うりゃ!頭が高い!ひかえおろー」 もう一回印籠を取り出す。

 「へへー」

 またしても平伏する俺。子供のころからのインプリンティング(刷り込み)で、どうしても三つ葉葵の印籠の
前にはおもてを上げられないのだ。

 「仲良いなあ」 近藤さんがつぶやく

 「ああ、おもしろい。じゃ、そういうわけで、よろしくー」

 用件を伝えるとけーこちゃん様は、本陣へと帰っていく。




 「重大任務だけど、島田くん、がんばろうね」

 「はい!」

 返事も勇ましく、俺たちは屯所へと帰隊した。






 新選組に対して新たな命令が下された。今、京の町を蝕もうとしている阿片の流通組織の特定と殲滅である。
世は苦しみに満ちている。幸せな夢を見るために。心の痛みを消すために。もっと頑張れるように。感覚を研ぎ
澄まし更なる強さを求めるために。
 理由は様々だが、ちょっとした心の弱さから薬に手を出し、今度は薬から逃れられなくなる。薬が切れたら
以前の苦しみが倍になって襲ってくる。こんな苦しみを続けるぐらいなら、まだ薬の世話になった方がマシだ。
こうして阿片の需要は増え続け、甘い汁を吸う麻薬商人は肥え太るわけ。



 数日後の朝礼。

 「さて、けーこちゃん様より新たな指令が下されたわけだが。我々の当面の任務は、京の町を蝕む阿片の密売
組織の摘発と壊滅である。現在、監察方が調べを進めているが、どうやら、キンノーが絡んでいるらしい。
資金集めと英国への媚び売り、その両方の可能性が高い。取締方も一層気を引き締め、任務を遂行してもらいたい。以上だ。 解散!」

 各人、決意も新たに各々の任務を果たすため、広間を後にする。巡回・捜査・警護。新選組らしい任務だ。
だが、俺は近藤さんの近習なので、近藤さんの習字を手伝ったり、算盤の練習を手伝ったり。どうやら近藤さんは
農家の出なのを気にしているらしく、現在インテリになるため猛勉強中だ。俺の学問も似たり寄ったりなので、
一緒にお勉強だ。そういえば、近藤さんは天然理心流の道場主だったそうだから、剣術はもうばっちりなのだな。

 「島田くん、何読んでるの?」 文机越しに近藤さんが覗き込んでくる。

 「んーと、『孫子』です」 と俺。

 「ずいぶん難しい本を読んでるんだね」

 「えーと、これは、女の子の攻略法を書いた本ですよね?」

 「・・・なんか全然違うー。 もう、島田くんったら」

よし、ウケは取れたぞ、と。胸中で一人満足する俺。

 「こうして本の虫になっているのも体に悪いから、巡回に出ようか?」

 「そうですね。では、斎藤を呼んできます」

 近ごろ近藤さんのお供で巡回に出るときには、土方さんの指示で斎藤も一緒についてくる。と、いうことは
真の護衛は斎藤か? 俺ってよくよく信頼がないなぁ。まあ、入隊したのもキンノーにされて、近藤さんが
連れて来てくれたからだから、あまり大きな事は言えないが。




 「おーい、斎藤ー」

 庭で薪割りをしていた斎藤を見つけ、『でかけるぞー』と、続けようとした時に、異変が起きた。斎藤の体が
ブレた。まるで映りの悪いテレビみたいに。輪郭がぼやけ、こっちを振り返った斎藤の表情が分からない。
顔は肌色の丸にしか見えず、だんだんと焦点が合わなくなる。
 頭痛が、かき氷を一気に食べたときの様な、キーンという頭痛がこめかみを走る。

 え、あ・・・あの後ろ姿は近藤さん!?都大路を近藤さんがすごくゆっくり歩いている。 何かポツンと黒い点。
銃弾だ。銃弾が回転しながらゆっくりと飛んで来てる!?スローモーションの様にゆっくりと近藤さんに近づいて
ゆく。
 近藤さんは気付かずにゆっくりと歩いている。“危ない!”と叫ぼうとしたが声が出なかった。
近藤さんに追いついて、押し倒そうとするが、空気が固まりかけの接着剤の様に重く、前に進めない。
 銃弾が近藤さんに接触した。そのまま、体を貫き、地面に刺さる。近藤さんの体がゆっくりと崩れる。弾の通った跡からは、鮮血が吹き出し、隊服がみるみる赤く染まっていく。 そして、ひざを折った近藤さんは苦痛に顔を歪めながらも必死に立ち上がろうとするが、続けて2発、3発と銃弾が飛来し、彼女の体に孔を開けていく。血溜まりが広がり、近藤さんがその中に倒れる。さらに追い打ちをかけるように銃弾は執拗に彼女の体で弾けた。流れ出る血の池と対照的に頬がどんどん白くなり、開いた瞳がどんよりと光を失ってゆく。


 「近藤さぁーーーーーん!」 俺は絶叫した。



 「島田、島田っ!」

 斎藤が俺の体を揺さぶっていた。

 「あ、斎藤・・・・」

 「島田、気付いたんだね。よかった」

 「俺は・・・・どうしたんだ? 近藤さんは・・・・」

 「島田は突然、頭を抱えて倒れたんだ」

 「・・・・」

 では、俺は白昼夢を見ていたのか? 夢にしてはやけにリアルだったが・・・

 「近藤さんは、近藤さんは無事か!」

 はっとして、斎藤につかみ掛かる。

 「あたしが、どうかしたの?」

 俺があんまり遅いので様子を見に来たのだろう。近藤さんが母屋の角を曲がってひょっこり現われる。
が、そのまま目を丸くして、

 「・・・・・ダメーーーッ。やおいはダメーーーッ」

 近藤さんが叫んで、俺と斎藤の間に割って入る。どうやら斎藤が俺を介抱しているのを抱き合っているのと
勘違いしたようだ。

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 息遣いも荒く、近藤さんは、キッと斎藤を睨みつける。

 「2人はいつから、そういう関係なの?」

 「え、えと、そ、そういう関係と言われても・・・・」

 「2人はどこまでの関係なの!」 更に激しく近藤さんが詰め寄る。

 「え、いや、その・・・・」

 近藤さんの見幕に斎藤は、しどろもどろに答えるだけだ。

 「俺が突然倒れたんで、介抱してくれてたんです」

 と俺が答えると、

 「えっ?あ、やだ、あたしったら、勘違いして・・・・あ、えーと先に門の所に行ってるね」

自分の間違いに気付いた近藤さんは、あたふたと門の方へ駆けて行く。




 近藤さんが行ったのを見届けてから、眼光鋭く俺は斎藤に言った。

 「斎藤、今日の近藤さんの警護、抜かるなよ」

 「えっ、あ、うん」

 いつもの俺とのギャップに戸惑いながらも斎藤は素直に返事する。

 「何だか、嫌な予感がする。今、近藤さんが撃たれるのを見た。虫の知らせってやつかもしれない」

 「お、脅さないでよ」

 「杞憂で済めばいいけどな」

 頭痛も、次第に収まって来たので、俺も立ち上がり、2人で近藤さんの待つ門の方へと向かった。




 巡回。今日は三条・鴨川方面である。人通りが多ければ、敵も襲って来難いだろうとの俺の考えだ。
俺はピリピリして周囲を警戒している。近藤さんと斎藤は、そんな俺の様子を不思議そうに見ている。
まあ、そりゃそうだろう。俺は普段は、のほほ〜んと巡回しているから。今日の俺は常に刀の柄に手をかけ、
いつでも抜ける態勢のまま辺りに鋭い眼を光らせている。睨みつけられた町人は、俺と目を合わせるのを恐れて
うつむきながら、さっさと離れて行く。疑心暗鬼の俺は、周囲の全てが変装したキンノーだという錯覚にすら
捕らわれていた。

 「島田ぁー、何もそこまでピリピリしなくても・・・」

 「そ、そうだよ島田くん。さっきのおじいさんなんか怖がって逃げてったじゃない。新選組は京の町を守ってる
  んだから、町の人を怖がらせちゃだめだよ」

 「それは、分かっていますが・・・・あっ」

 突然立ち止まる俺。

 「えっ、何?」

 近藤さんも俺に合わせて立ち止まる。そして斎藤は刀の柄に手をやり、いつでも抜けるように瞬時に臨戦態勢
に入った。どうやら斎藤は俺の一声を警報と取ったらしい。しかし、さすが、と言うべきか、実に頼りになる。

 「ちょっと、買い物〜」

 俺は、鎧の形の木の看板の吊るしてある(昔の看板は商品を模したものを使っていた。識字率が低かったから
である)店を見つけて、飛び込んだ。




 「今日の島田くん、何か、変だよ」 戸惑いを隠しきれない近藤。

 「実は・・・・」 かくかくしかじかと斎藤が近藤に説明する。

 「えーっ、島田くんの考え過ぎだよ。あたしが撃たれて死ぬなんて・・・・」

 「でも、島田は、それを信じているみたいですよ。あんなにピリピリした島田は見たことないですから」

 「今日は、巡回を切り上げて早く帰ろっか」

 「そうですね。これじゃあ、新選組の評判が下がっちゃいますからね」 ため息をつく2人。




 「おまたせー」 2人が往来で雑談している間に、俺は買い物を済ませて出て来た。

 「島田!」 斎藤が驚きで目を丸くしている。

 「島田くん、何、その格好?」 近藤さんも驚いている。

 俺が店から出て来たとき、頭に黒塗りの陣笠がっていた。

 「いいでしょう。鉄砲のたますらはじき返す、鉄板仕立ての陣笠です」

 「・・・・」 「・・・・」 2人とも無言だ。

 「えーと、本当は、鎧一式欲しかったんだけど、高くて手が出なかったんだ」

 「で、陣笠だけ?」 と斎藤。

 「ああ」

 「かっこわるー。島田くん、離れて歩いてね」 

 ガーン。 そ、そんな近藤さん、あまりと言えば、あまりのお言葉。
俺はあなたを守るためにですね・・・・あ、待ってもくれない。

2人は呆れたようにスタスタと巡回を再開する。

 「あー、待って、待ってぇ〜」

 俺は慌てて2人を追いかけた。



 うーむ、鉄板仕立ての陣笠は、かなり重かった。首が鍛えられそうだ。

 「島田、その、大丈夫?」 斎藤が俺の所まで下がって来た。

 2人が、特に近藤さんが一緒に並んで歩くのを嫌がったので、仕方なく俺1人だけ離れて後ろからついて
行ってたのだ。
 しかし斎藤の言葉の『大丈夫』とは、首の事だろうか? それとも頭の事だろうか。 出発前の事もあるし、
どうやら斎藤は俺の気が狂ったのかと勘ぐり始めたのかもしれない。

 「俺は、正気だよ」 俺は後者の意味を汲んで斎藤に答えた。

 「そっか、ならいいんだけど」

 「良かないぞ」 俺は自分で斎藤の言葉を否定する。

 「えっ?」

 「酔っ払いは、自分から酔ってるとは言わないものだ」

 「そ、それはそうだけど。じゃあ、島田は気が触れてるのかい?」

 「俺は、あの時、銃弾が近藤さんを貫くのを見た。誰かが俺に見せている。そんな感じだった。何事もなかった
  ら陣笠が無駄になるだけですむ。後は、酒席で泥鰌どじょうすくいにでも使うさ。だけど、何もしなくて近藤さんが
  暗殺されたら、その時は俺は自分を許せない! いざとなったら、体を張ってでも近藤さんを守る!」

 斎藤が、俺の眼をじっと覗きこんでくる。純粋で真っすぐな瞳だ。 斎藤は俺の眼の中に何を見たのだろうか。 ふっ、と笑みを浮かべると視線をそらした。

 「島田、本気なんだね」

 「ああ・・・・」

 俺は静かに答えるが、

 「ああっ!」

 あることに気付いてそのまま驚愕の声に変わる。

 「こ、今度は何?」

 「斎藤から金を借りれば、鎧ぐらい買えたのに!」

 「・・・・やれやれ」




 そうこうしている内に、鴨川に近づいて来た。何事も起こらない。所詮、俺の虫の知らせなんて、その程度のも
のだったのかもしれない。まあ、何にせよ近藤さんが無事なのは良いことだ。この重たい陣笠のために俺の財布は、すっかり空っぽになったが。まあ、いいか。

 漆喰の土蔵造りの大店おおだなが左右に並び、呉服屋と木綿問屋の看板・・・・
 道の真ん中を近藤さんが歩いている・・・・おや、この光景はどこかで見たような・・・・。
俺の背筋にゾクッと悪寒が走る。

 こっ、これは・・・・!! まずい!

 俺は、往来を掻き分けながら走り、近藤さんに追いついた。そしてそのまま彼女を押し倒した。

 「し、島田くん!」

 近藤さんが驚いて声を上げるが、その声は突如上がった銃声にかき消された。
 チュイン。銃弾が俺の陣笠で跳ねた。さすが鉄板作り!

 俺たち2人は抱き合った格好のままゴロゴロと転がる。周囲で銃弾がはじける。遠距離からの狙撃では、
移動する目標は狙い難いものだ。近藤さんを狙った最初の銃弾は、俺が彼女を押し倒した為に狙いがれ、
陣笠に当たったが、その後、すぐに転がったので次弾以降は大きく外れた。

 転がりながら確認する。向こうの辻の両側の天水桶の背後に一人ずつ狙撃手がいる。

 銃声に往来の人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。みな、両脇の商店の軒下に身を隠している。通りの
真ん中に俺と近藤さんだけが取り残された。

 実にまずい状況だ。

 「っ」

 右腕を銃弾がかすめた。段々狙いが正確になって来ている。このままでは、いずれ当てられる。

 「島田くん」

 「かすっただけです」

 近藤さんに答えながら斎藤を目探しした。左側の板壁に体を貼り付けている。抜き身を引っ提げ、突入する
タイミングを見計らっている。さすが斎藤、抜かりがない。俺は斎藤に目配せした。斎藤も目で応える。以心伝心
とはこの事だ。

 斎藤が左手の天水桶に向かって走る。同時に俺は右手の天水桶に猛然とダッシュした。天水桶の間から、
黒い銃口が見える。

 「南無三」

 頭を下げて突進する。

 チィィン。銃弾が陣笠で弾けた。そのままの勢いで天水桶に体当たりする。天水桶が砕け、飛沫が散った。だが、
それでも俺の勢いは止まらない。そのまま敵を土蔵の壁に押し潰す。すかさず、刀を抜いて相手を頭から唐竹割り
にした。これでこっちは片付けた。

 向こうも同じタイミングで終わっていた。しかし斎藤の方が俺よりも格段に優雅だった。まぶたに残像の残るほどの
スピードで天水桶に肉薄し、

 「溝口一刀流奥義、牙突!」

 刀を横に寝かせ、腰のひねりを加えて、凄まじい勢いの片手突きを天水桶に加える。刀が天水桶を貫通した。
そのまま横薙ぎにして、天水桶ごと相手の胴を両断する。

 「はあっ」 裂帛の気合とともに放たれた二撃目は、瞬間に相手の首を飛ばしていた。

 ああっ、斎藤が別人になってる。眼つきが目茶苦茶恐い。 こ、これが本当の斎藤なのか・・・・。



 「島田くーん」

 近藤さんが駆け寄って来る。そして俺に抱き着いてきた。

 「島田くん、島田くん」

 「だ、駄目ですよ。俺、返り血を浴びてますから、汚れますって」

 「良かった、島田くん、良かった」

 近藤さんの瞳から嬉し泣きか、ポロポロと大粒の涙がこぼれる。

 「っ」

 抱き着いた拍子に、近藤さんが右腕の傷の上を押さえたのだ。

 「あ、島田くん、ケガしたんだね。待ってて」

 そう言うと、近藤さんは自分の裾を引き裂いて、俺の腕に包帯をしてくれる。 あう、何という幸せ者。
俺、もう死んでもいいかも。

 「島田ー」

 斎藤もこっちへ走って来る。いつもの優しそうな斎藤に戻っている。あっちも返り血をべっとりと浴びては
いるが。

 「おうっ、斎藤、お前も無事だったな」

 「何とかね。僕と島田の連携の賜物だね」

 「『兵は神速じんそくもったっとしとす』さ。孫子を読んだ甲斐があったな」

 「あれ、島田くん、孫子は女の子の攻略法だって・・・・」

 「それは、ほら、こうして近藤さんが抱き着いてくれてるし」

 「もう、島田くんの、バカ」 近藤さんが顔を赤らめる。

 「コホン」

 斎藤が咳払いをする。

 「島田、悪いんだけど、今のは『孫子』じゃなくて『三国志演義』だよ」

 せ、せっかく人が格好良くキメたものを・・・・。

 「斎藤・・・・お前なんか大嫌いだ」

 「島田ー(泣)」


 「さて、じゃあ、屯所に帰るか」

 「凱旋よ!」

 「おーっ」

 俺たち3人は意気揚々と屯所に帰還した。






 屯所前で、土方さんたちと鉢合わせする。向こうも凱旋してきたようだ。

 「近藤!」

 土方さんが慌てて駆け寄る。そっか、近藤さんの羽織にも、俺の浴びた返り血が付いている。
だから抱き着くなって言ったのに。

 「あ、トシちゃん」

 「近藤、どこをケガした?」 おろおろと慌てている土方。

 「え、あたしどこもケガしてないよ」

 「良かった・・・・島田!斎藤!」

 土方さんが夜叉の表情で、こっちを向く。

 「あ、違うんだよ。鉄砲で狙われたけど2人が守ってくれたんだよ。
  特に島田くんは身を呈してあたしの事を・・・・」

 「斎藤、本当か?」

 土方さーん、なぜ俺に訊かないんですかぁ?

 「はい。島田は、往来の真ん中で白昼堂々と近藤さんを押し倒しました」 しれっと答える斎藤。

 さ、斎藤ぉ〜。確かにそれは事実だけど、他に言いようってものが、わざわざ土方さんの誤解を招くような
発言をしなくてもいいんじゃないか? それともお前、さっきの事を根に持ってるな?

 「島田・・・・」

 うわ、土方さんが怒っている。ゴゴゴゴッと怒りの炎が沸き上がる音が聞こえてきそうだ。

 「あ、違うんだよ。島田くんは悪くないの」

 近藤さんがフォローを入れようとするが、あんまり効果はなさそうだ。

 「士道不覚悟ぉ〜!」

 土方さんが切りかかってくる。

 「ひいっ」

 「トシちゃん!」

 俺の前に近藤さんが立ちはだかり、虎徹を抜いた。下から土方さんの刀を跳ね上げる。天然理心流の龍尾の剣
だ。本来ならこの後、無防備になった相手の頭なり肩口なりに斬撃を加える。土方さんの剣を流すとは、やっぱり
近藤さんも強いや。

 「トシちゃん!落ち着いて!」

 「え、あ、こ、近藤、私が近藤に刀を向けるなぞ」

 「落ち着いてったら! 島田くんは敵の銃弾からあたしを守ってくれたの!
  あのまま歩いてたら、あたしは今頃・・・・」

 「そ、そうなのか?」

 助けを求めるように土方さんがこちらを見る。

 「えーと、あー、その通りです。あの場合、他に方法はありませんでした」

 「うむ、な、ならば仕方がないな。島田、済まなかった」

 「それよりトシちゃん、そっちは何があったの?」

 「ああ、こちらは阿片の密売組織を壊滅した」

 「おおっ、それはすごい」

 土方さんの説明によると、事の発端は永倉だったそうだ。西瓜すいかをたくさん積んだ荷車が通りかかった所、
食い意地の張った永倉が、通り過ぎ様に沙乃の槍で一つ突いてかっぱらった。食べようと割った所、くりぬいた
中から白い粉が出てきたと、ま、そんなわけだ。で、2人は荷車の後をつけ、廻船問屋の上州屋を突き止めた。
後は屯所にとって返し、副長の指揮の下、上州屋を急襲、証拠の阿片と共に上州屋を召し捕らえたそうだ。
一件落着めでたし、めでたし。

 こちらの方は、狙撃犯を全員殺してしまった為、背後関係は分からない。まあ、近藤さんが無事だったので
めでたしめでたし・・・・か。






 こうして、俺の新選組が幕を開けたのだった。さて、これからどんな物語が花開くのだろうか。
花が咲かなかったら嫌だなあ・・・



                                                   <第2幕に続く・・・かな?>
 


<あとがき>
 ゆーこさんEXの第一幕をお届けします。先に書いた第四幕で知識もないまま短絡的に歴史を歪めてしまったので、御陵衛士が存在しない世界では近藤狙撃事件も起こらないからここに持って来ました。ああっ、どんどん歴史が歪んでいくー。ごめんなさいです。 


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