行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ 近藤勇子EX

第7幕『剣林弾雨の鳥羽伏見』(中編@・伏見の戦い:近藤編)


(前編のあらすじ)
 慶応3年12月。
 王政復古のクーデター後、京に薩長軍、大坂に旧幕府軍があり、両者は一触即発の状態にあった。京と大坂の中間に位置し、最前線になると考えられる伏見の町の伏見奉行所に新選組は着陣し、時を同じくして島田誠率いる新撰組も伏見の龍雲寺に本陣を定めた。幕末最強のアームストロング砲をようし、スナイドル銃で武装した新撰組は小兵といえどもあなどれない戦力だ。12月21日には薩摩軍が南下。伏見の御香宮ごこうのみやに本陣を構える。龍雲寺を薩摩軍の砲台とすべく、大山弥助が島田の所にやって来るが、新撰組局長 カモミール・芹沢の無敵のわがままにより、退散。その代わり龍雲寺には薩摩軍旗がひるがえる。戦争の気運が高まる中、慶応3年が暮れて行った。


 慶応4年元旦、波乱に満ちた慶応3年が暮れ・・・・

【永倉】 王政復古のクーデターの後、なんで将軍様は戦わずに大坂に逃げたのかな?
【原田】 あんな安い挑発に乗る知将 徳川慶喜じゃないわよ。
【土方】 あの時点では京に最新鋭の装備を持った薩長軍4000。
【山南】 まともにぶつかったら装備に劣る幕府軍が負けてただろうな。
【永倉】 気合で勝つ!
【原田】 無理よ。油小路を忘れたの、アラタ?
【土方】 新型の銃砲の威力は絶大だったな。
【永倉】 刀や槍やハンマーの時代は終わったのかなあ。
【土方】 それは私の台詞だぞ。
【原田】 って言うか、ハンマーの時代なんてないわよ。
【沖田】 話を元に戻しますが、将軍様はそれをご存じだったから、
      表向きの恭順を示すため敢えて大坂に下られたんです。
【原田】 戦略的撤退ってやつよね。
【近藤】 大坂に下られた上様は江戸から幕府艦隊を呼び寄せられたの☆
【土方】 艦隊が運んで来たのは、フランス式訓練を受けた幕府伝習隊だ。
【沖田】 4ポンド山砲やシャスポー銃で武装した幕府の虎の子部隊です。
【近藤】 更に幕府艦隊が大坂で睨みを利かせてたから、薩長は京に援軍を送れなかったんだよ。
【藤堂】 これで彼我の戦力差は逆転。幕府軍有利!
【近藤】 12月16日には上様は欧米6カ国の公使を大坂城に招かれて、外交されたの。
【山南】 日本国の代表は大君たいくんである自分で、
      今回の騒動は一部の不穏分子によるクーデターだと説明されたんだ。
【井上】 薩長が天皇を押さえたから、大樹公は外国を押さえたんじゃな。
【山南】 下手すると清国の二の舞になりかねない事態だからね。
【永倉】 どーゆー事だよ?
【原田】 つまり日本が欧米の植民地になるかもしれないって事よ。
【永倉】 なるほど! それで将軍様は外国を牽制したのか! 偉いなあ。
【土方】 これに対し愚かな薩長は、徳川家に200万石の領土を返上するように奏上した。
【沖田】 だけど土佐の山内容堂公が反発して、18の藩が容堂公についたんです。
【近藤】 容堂公は『徳川家も新政府に加えよう』キャンペーンを始めたんだよ。
【原田】 新政府内部で土佐藩の発言力が上がるわけね。
【藤堂】 発言力60!
【土方】 そこで登場するのが悪の巨漢 西郷隆盛だ。
      このままでは、薩摩主導の新政府が作れなくなるから、一計を案じた。
【山南】 西郷は相良総三らに命じて、江戸で強盗や放火といった犯罪行為を行わせて幕府を挑発したんだ。
【原田】 相良総三というと赤報隊のニセ官軍の親玉ね。
【近藤】 罪もない人々を苦しめたのは許せないよね!
【土方】 全くだ。西郷は士道不覚悟で切腹!
【沖田】 それだけじゃなくて、西郷は山内容堂公を暗殺しようとさえしたらしいです。
【永倉】 悪人だなあ。
【土方】 そのまま捨て置けば、政治的には幕府が勝利を収めたはずだったのだがな。
【山南】 我慢の限界に来た幕臣と庄内藩が江戸の薩摩藩邸を焼き打ちしてしまった。
【芹沢】 で、それに呼応して大坂でも一部の頭の悪い強行派が、
      『薩長討つべし!』って叫んだのよね。
【永倉】 どこの馬鹿だよ? 将軍様の策を無駄にして!
【近藤】 あう。
【土方】 実は、その馬鹿は我々だ。
【松平けーこちゃん様】 我ら会津藩もだ。薩長は許さん! 叩き潰す!
【原田】 そういうわけで、一触即発なのよ。分かった?
【永倉】 おう! よく分かった。
【島田】 だから何でみんながオープニングナレーションに出て来るんだよ。
【原田】 あんたのナレーションが大ざっぱだからフォローしてあげてるんじゃない!
【山南】 では、さっさと物語を進めたまえ。
【島田】 しくしくしく。

 慶応4年1月1日。
 両方の『しんせんぐみ』の幹部である斎藤はじめは、伏見奉行所正面(西側)の低地に広がる伏見の町に来ていた。龍雲寺から伏見奉行所に戻ったところ、会津藩の人から『新選組が移動した』と教えられたからだ。
 大坂から上って来た旧幕府軍先陣の陸軍奉行 竹中重固しげかた(融通の利かなそうな名前だ)から、『伏見奉行所は幕府陸軍(伝習隊)が守備するから、新選組は奉行所から立ち退け』と命じられて、新選組は素直に伏見の町屋に移動したらしい。

 斎藤は伏見の町をウロウロしていたのだが、大坂町付近で新選組のダンダラ羽織を見かけたので、そちらに向かった。街路が畳のバリケードで封鎖されている。
 原田沙乃が指揮する新選組の隊士達が、そこらの町屋から徴発してきたらしい畳と土俵つちだわらでバリケードを作っている所だった。

「原田さん」

「あ、斎藤。今戻ったの?」

 最近メッセンジャーボーイと化してる斎藤は、双方からダブルスパイと見なされている為、両方の『しんせんぐみ』に自由に出入りできるのだ。

「はい。でもいつの間に伏見奉行所を撤収したんですか?」

「ついさっきよ。幕臣の竹中ナントカのかみとかいう人がやって来て沙乃たちを追い出したのよ。二条城でも水戸藩と揉めたけど、新選組って旗本とかから嫌われてるのよね」

「それって、やっぱり?」

「どこまで行っても家柄よね。ムカつくわ!」

 目を三角にして本気で怒る沙乃。

「近藤さんはともかく、よく土方さんが黙って出て来ましたね」

 相手が幕臣だろうが何だろうが売られたケンカは買うのが新選組だ。一悶着あったに相違ないと斎藤は思った。

「ゆーこさんは猛反発したんだけど、トシさんが・・・・」

 沙乃は言いよどんだ。

「土方さんが?」

「まー、会えば分かるわ」

「ところで、この畳は何をしてるんですか?」

「あんたたちが油小路でやった奴よ。これがやっかいなのは身に染みて知ってるわ」

 また目を三角にする沙乃。油小路で完敗したのがよっぽど悔しかったらしい。

「なるほど」

「どうせ、この辺りは空家あきやばっかりだし。勝手に使っても誰も文句は言わないでしょ」

 戦火を逃れてみんな疎開そかいしていたのだ。

「お、斎藤じゃんか」

 畳バリケードの上から永倉アラタが顔を出す。このバリケードは割と高めに作ってあるので、もしここまで敵が殺到したとしても、上から槍で突くこともできるし、銃で撃つこともできる。実戦で有効なものはさっさと取り入れるのが新選組の良いところだ。

「永倉さん」

「通るんだったらこれにつかまれよ」

 永倉が銃を差し出す。斎藤は何も考えずに、その銃を掴んだ。

「わあっ」

「そーれ、斎藤の一本釣り〜♪」

 斎藤の体は軽々と吊り上げられ、バリケードの向こう側に着地した。普段から重量兵器のハンマーを武器としている永倉の筋力の成せる技だ。

「アラタ、あんたねえ〜」

「あっはっはっ。みんな軽いなあ」

「な、一体何が?」

「さっき沙乃もやられたのよ」

「人間釣り〜。でも面白かったろ?」

「は、はあ」

 バリケードの内側では、着々と戦闘準備が進められていた。大砲まで用意してある。奉行所の大砲を分捕ってきたらしい。そこら辺りは、やはりちゃっかりしている。

「ゆーこさんたちは右側の5件目の大店おおたなに居るわよ。あとで沙乃たちもお茶しに寄るから」

「はい。ありがとうございます」




 新選組が新たに本陣に定めたのは間口の広い商家だった。看板からすると造り酒屋だったらしい。そこでも新選組の隊士たちが武器の準備をしている。槍や刀といった従来の武器に混じって銃の箱もある。火縄銃にゲベール・ヤゲール・ミニエー・エンフィールドなど雑多だ。中にはシャスポー銃(伝習隊士から巻き上げたらしい)まである。油小路で完敗を喫して以来、遅まきながら新選組でも軍事改革をおこなっているのだ。
 そしてそんな中、新選組副長の土方歳江は、土間で妙な舞を舞っていた。両手に切りもちを持って、心ここにあらずのていで意味不明な踊りを踊っている。

「・・・・土方さん、何をしてるんです?」

「斎藤、戻ったか。 なに、つい嬉しさを体で表現してしまっただけだ」

「嬉しさ・・・ですか?」

「ひどいんだよ! トシちゃんったら、勝手に奉行所撤退を決めるんだよ」

 局長の近藤勇子が怒りながら奥から出て来た。

「仕方なかろう。陸軍奉行殿の命令なのだから」

 やれやれと肩をすくめる土方。

「じゃあ、トシちゃんが手に持ってるのは、何よ」

「これか? 最上級の越後産 黄金もち米で作った黄金餅こがねもちだ。新米だぞ」

 土方は手に持ったモチに頬擦ほおずりしている。

「おもちで釣られないでよ!」

 斎藤が察するに、どうやら副長の土方歳江が竹中重固からモチをワイロに受け取って奉行所から撤退を決めたらしい。

「まあ、そう言うな、近藤。すぐに雑煮ができあがるから。煮てよし、焼いてよしの黄金餅を堪能しよう」

 怒る近藤を土方がなだめるが、なだめ方がズレている。

「あ〜ん、トシちゃんが壊れた〜」

「あ・・・あはははは」

 こうなったら斎藤は笑うしかない。

「笑い事じゃないぜ、斎藤」 表から永倉アラタが入って来た。

「そうよ、トシさん。一体何を考えてるのよ!」 原田沙乃も永倉に続いて入ってくる。

「まあ、その事はモチを食べながら話そう。正月にはモチだぞ」

 一人うなずく土方。もう駄目だ。土方の頭の中にはモチしかないらしい。近藤、永倉、沙乃、斎藤は一斉にため息をついた。



「若先生、歳江ちゃん、雑煮ができたぞい」

 井上源三郎が知らせに来た。新選組最年長の彼は雑用全般をこなしている。昔からの内弟子で試衛館時代から皆の世話をしてきたため、京に上ってからも同じような感じなのだ。一見いっけん好々爺の風体だが、こう見えても井上は天然理心流の免許皆伝である。天然理心流宗家4代目の近藤勇子や塾頭の沖田鈴音には及ばないものの、おそらく土方や山南、永倉、原田、藤堂らと同クラスかそれ以上の強さを持っている。だが、普段はそんな素振りは微塵も見せずに、雑用が好きな好々爺をしているのである。

「おやっさん、すまんな」

 土方がうきうきと井上の後に従って奥へと向かう。
 ナイスなタイミングだ。とりあえず、土方にモチを食べさせないことには話が進まないので、近藤、原田、永倉、斎藤も後に続く。新選組の局長は近藤勇子だが、実際の指揮は副長の土方歳江がってる為、土方をもちボケにしたままにはしておけない。



「ああ〜。こんなにうまいモチを食べたのは生まれて初めてだ。こんなモチが手に入るとは新選組をやっててよかった・・・」

 土方がしみじみとそう言う。

「うん。確かにこのモチはうまいや」 永倉が同意する。

「アラタ〜、そういう場合じゃないでしょ?」

「でも、うまいよ。おかわり!」

「好きなだけ食べてもよいぞい。たんと作ってあるからの」

 井上が永倉におかわりを注いでやりながらそう言う。

「で、トシちゃん。本当におもちをもらったから伏見奉行所から出て来たの?」

 近藤が本題に入った。

「向こうが『出て行け』と命じて、さらにモチをくれたからな。断る理由なぞない」

「なんで? トシさん」

「私が薩摩軍の指揮官なら、いくさが始まると同時に、真っ先に伏見奉行所を砲撃する。幕府軍の主力が勢揃いしてるからな」

 ようやくいつもの理論的な土方歳江が戻ってきた。

「主力っつっても、伝習隊の奴ら、ナリは洋式銃隊だけど、あいつら素人だぜ」

 永倉の言う通り、伝習隊は農民や博徒を寄せ集めて訓練した歩兵(武士は歩兵をやるのを嫌がった為)なので装備はフランス最新式だが、戦意は低かった。それに引き換え百戦錬磨の新選組は局長の近藤勇子も健在で士気は高い。

「奉行所のような目立つ建物は奴らにくれてやるさ」

 土方が冷たくうそぶく。先程までモチだモチだと浮かれていたのがウソのようだ。

「斎藤からの情報では、敵は御香宮ごこうのみやに四ポンド山砲という新型砲を4門据え、更に桃山にも砲台を築いたらしい」

 当初、絶好の砲撃位置にある龍雲寺に薩摩軍の砲兵陣地が築かれるはずだったのだが、島田の新撰組が居座ったので、仕方なく桃山に布陣したものだ。桃山からだと伏見まで距離があるので命中精度が下がってしまうのだ。4ポンド山砲の射程ギリギリでもある。

「はい。奉行所にあった韮山にらやま砲よりも射程が長く、命中精度が高い大砲です」

「伏見奉行所は真っ先にまとになる」

「それでトシさんは伏見奉行所から出て来たのね」

 沙乃が感嘆の声をあげる。

「それに砲戦になったら新選組に出番はありませんね」

「その通り」 斎藤の言葉に土方は答える。

「じゃあ、トシさんのは芝居だったのかよ!」

「敵をあざむくには、まず味方からと言うだろう」

「トシちゃん、味方しかだましてないよ?」

 なかなか鋭い近藤のつっこみだ。

「こほん。ここはただの商家だから薩摩軍の大砲もどこを狙ったら良いか分かるまい。
 連中が伏見奉行所を攻撃している間に、新選組は背後から御香宮を強襲する」

「奉行所をおとりに使うわけね」

「さすがトシさん、あくどい」

「人聞きの悪いことを言うな。私はただ陸軍奉行殿の命令に従っただけだ」

「よかった〜。トシちゃんが壊れたんじゃなかったんだ」

「勝手に人を壊すな」

「大坂のそーじからの手紙では、ここ2〜3日中にも幕府軍の全部隊が京を目指して進軍するらしいよ」

 大坂城で病気療養中の沖田鈴音(※そーじ)は、大坂での情報収集員を兼ねている。幕府軍の動きや上層部の決定などをいち早く知らせてくるのだ。(大坂には沖田の『お兄ちゃん』がたくさん居るらしい)

「いよいよ、いくさね」

「各々準備を怠るなよ!」 モチを食べて真顔に戻った土方がげきを飛ばす。

「おう!」 戦意を盛り上げる副長の檄に、居合わせた全員が、拳を振り上げて歓呼の叫びを上げた。




 1月2日、会津藩・桑名藩を主力とする旧幕府軍が、次々と大坂から京へ向けて進発。淀で一泊の後、鳥羽方面軍と伏見方面軍の二手に別れて、それぞれ京を目指した。『天皇を惑わし、天下を私する薩摩を討つ』という討薩表を掲げて、天皇に直訴する為である。だが、これは薩摩にとって思う壷であった。これで薩摩に京の都を防衛するという大義ができるからである。
 1月3日。幕府軍の主力は、道幅の広い鳥羽街道の方を通っていた。北鳥羽の赤池付近で薩摩の部隊と遭遇。通せ、通さぬの押し問答となり、午後5時頃、ついに薩摩軍が旧幕府軍に対し、砲撃を開始。ここに鳥羽伏見の戦いが勃発したのである。


 鳥羽街道で起こった砲撃の音は伏見まで聞こえて来た。呼応するように、薩摩軍の砲台が次々と伏見奉行所を砲撃し始めた。

「始まったな」

 伏見の町中まちなかにある新選組本陣で、土方歳江がつぶやいた。鳥羽街道の方から合戦の音が聞こえ、伏見奉行所の方を見ると、高台にある御香宮ごこうのみやや遠く桃山から発砲炎がチラッチラッと見え、奉行所から爆煙が上がる。奉行所側からも撃ち返してはいるものの、下からの撃ち上げになる上、射撃速度が違うため、傍から見ても滅多撃ちにされてるようにしか見えない。

「すごーい、トシちゃんの予想通りだね」

「ふん、当たり前だ。こんなのはケンカのイロハだ」

「じゃあ、あたしたちも行くよ」

 近藤が銃剣着きのスナイドル銃《虎徹こてつ》を持って通りに駆け出す。前々から打ち合わせてあった通り、御香宮を背後から急襲するのだ。

「ま、まて、近藤! 大将は本陣にどっしりと構えてだなあ!」

 土方は慌てるが、局長自らの出陣に新選組隊士達は沸く。

はやきこと風の如しだよ。続けーーー!」

「局長に続けー!」

 永倉率いる1番隊及び2番隊(1番隊組長の沖田鈴音が病気療養中の為、永倉が1番隊も面倒を見ていた)が近藤に続く。

「おおーーー!」


「待てと言うに、あ、もういない・・・」

 土方も慌てて表に出るが、近藤率いる新選組1番隊2番隊は、あっと言う間に遠ざかっていく。
 そして土方の視野の端に韮山砲を撃とうとしている大林兵庫が入った。

「兵庫! その大砲は撃つなよ。撃っても当たらん上に、こっちが狙われる!」

 大林兵庫の大砲の腕は芹沢や阿部に比べるとかなり落ちた。新選組に箔をつけるために大砲があるものの、土方は戦力としてアテにしてはいなかった。

「おやっさんの6番隊は本陣を守れ!」

「こころえたぞ」

「斎藤、原田、我々も行くぞ、続け!」

「おう!」

 新選組も全部隊が出撃準備を整えていた。原田沙乃率いる10番隊、斎藤はじめ率いる3番隊が土方に続いて出撃する。




 しばらく走ったら土方隊は、あっさりと近藤隊に追いついた。尾張藩伏見屋敷から出撃し南下して来た長州藩兵との間で市街銃撃戦が始まったのだ。どうやら長州藩も新選組と同じことを考えてたらしく、砲撃で伏見奉行所を牽制して、横から歩兵を突入させる腹積もりだったらしい。大坂町の本陣から北上して来た新選組と鉢合わせしてしまった。双方が通りや屋内に隠れて激しい銃撃戦を繰り広げている。
 土方は一目で味方の不利を悟った。そもそもあまり射撃に慣れてない上に、武器も劣る。新選組にも銃はあるものの、大半はゲベール銃などの旧式の物で、最新式のスナイドル銃やシャスポー銃は幹部ら数名しか持ってない。

「近藤、ここは一旦、退け!」

 物陰に隠れたまま、先にいる近藤に怒鳴る。近藤隊はじりじりと前進している。

「なんでよ!」

 近藤が怒鳴り返してきた。パンパンと銃撃の音がうるさいので怒鳴らないと聞こえない。

「畳!」

 短く土方が叫び返す。敵まで距離があるからこっちの作戦が聞こえるとは思わないが、用心に越したことはない。土方の一言で近藤も作戦を察したらしく、コクコクと頷いた。

「近藤を援護するぞ! 全員、撃ちまくれ!」

 命じながら、自らも慣れぬ銃を構える土方。新たな敵の出現に敵は浮足立つが、その隙に近藤以下が後退、土方隊に合流した。

「我々がじりじり下がりながら食い止めるから、近藤は先に戻って準備しろ」

「わかった。トシちゃん」

「アラタちゃん、行くよ!」

 土方隊が射撃密度を上げる。その間に近藤たちは後方に走り抜ける。

「よし、こっちもじりじり下がるぞ」

 新式銃と比べると旧式銃はどうしても連射性能に劣る。手元の蓋を開いて装填する後装式と銃口から火薬と弾を込める前装式との違いだ。じりじり下がるというか、どっちかというと押されながら土方たちも下がる。そして新選組が通りの中央に構築した畳胸壁までたどり着くと、一目散に逃げ出した。
 長州兵が勢いづいて追って来る。だが、そこに満を持した銃撃が浴びせられた。畳胸壁の上や民家の屋根からの銃撃だ。先に下がった近藤隊と井上源三郎の部隊が一緒になって数十丁の一斉射撃を長州兵に浴びせたのだ。黒い筒袖洋袴の兵隊がバタバタと倒れる。

「それ! 新選組かかれ!」

 逃げ惑う長州兵の真っ只中に抜刀した土方隊が襲いかかる。銃を捨て身軽になった新選組は、元より白兵戦では無敵だ。白刃はくじんきらめき、確実に相手の命を奪って行く。

「退け! 退けっ!」

 赤熊しゃぐまをなびかせた長州軍の指揮官が叫ぶが、その瞬間、射撃の名手の近藤勇子に狙撃されてもんどり打って倒れた。

“そんな目立つ格好をしてるから・・・アホだな” 新選組では誰もが同じ感想を抱いた。

 指揮官をやられて長州軍は総崩れになって退いていく。

「ばんざーい。勝ったー」 永倉が歓声を上げる。

「あいつらの銃は後装式のミニエーね。落ちてるのをもらっちゃいましょ」

 言いながら敵が落としていったり、死体が握ってる銃や弾薬をせっせと回収し始める原田沙乃とその配下の10番隊。

「トシちゃん、追いかけようよ!」

「深追いは禁物だ。今の敵の二の舞になる。物見ものみを出して敵の出方を見よう」

「でも、早く御香宮を奪わないと、奉行所が!」

「幕府の精鋭の伝習隊が守ってるんだから、まだ持つだろう」

 伏見の市街地で銃撃戦になるとは土方にも計算外だった。が、攻めるよりも守る方が容易たやすい。伏見奉行所が健在の間は、こっちに薩摩の大砲が向くこともなかろうし。
 こうして伏見の戦いの緒戦は、新選組が勝利した。




 冬は日暮れが早い。午後5時頃に始まった鳥羽伏見の戦いは、伏見方面では膠着状態におちいっていた。伏見奉行所は薩長軍の歩兵部隊に包囲されており、御香宮(ごこうのみや)や桃山からの間断ない砲撃を浴びていた。旧幕府軍は出撃することも逃げることもできず身動きの取れない状態で、全滅の危機にさらされていたのだ。

「トシちゃん、大変だよ! 奉行所が包囲されて身動きが取れないらしいの」

 伏見奉行所の伝習隊と連携作戦を取ろうと伝令を走らせたのだが、伝令は奉行所に近づくことさえできずに帰って来た。

「世話の焼ける精鋭部隊だなあ」 永倉が呆れる。

「奉行所には会津藩の人達もいるから、林さんとか佐川さんとか」

「うむ。会津藩には恩義があるからな、こたえねばなるまい」

「そうだよね」

「よし、奉行所正面の敵に対して、総攻撃をかけるぞ。
 兵庫! お前の大砲で奉行所を狙え!」

「ちょっとトシさん、奉行所を砲撃してどーすんのよ」 沙乃が慌てる。

「味方の攻撃と思って油断するはずだ。そこを一気に叩く。
 目的は会津藩の脱出路を開くこと。引き際を間違えるなよ」

「アラタちゃん、斎藤くんと井上のおじさんを呼び戻して」

 近藤勇子が凜として命令する。
 井上源三郎の6番隊と斎藤はじめの3番隊が、現在、伏見市街地に出ている。彼らの隊に本陣を守護させて、休んでいた1番隊・2番隊・10番隊で攻撃をかけるのだ。ちなみに新選組はこれまでの市街戦で薩長軍から新式洋銃を多数分捕っているので、装備的には数時間前よりもはるかに良くなっている。

「うん、分かった」

「じゃあ、みんなトシちゃんの作戦どおり行くよ!」

 闇夜に紛れて新選組が作戦を開始した。




 伏見奉行所は石垣の上に築かれた要塞である。高い築地塀に囲まれており防御力が高いが、反面、攻め出すにも門を通るか、塀を乗り越えるかするしかない。そこで薩長軍は奉行所の各門前に部隊を配し、奉行所の中から出られないようにしたのだ。後は大砲が仕上げをしてくれる。薩長軍にとって今は軍勢を無駄に消耗させるのが最も避けるべき事だったのだ。淀には2万とも3万とも言われる幕府と諸藩の連合軍が待ち構えているからだ。

「ふむ、囲まれてるな」

 土方の背後には家々の陰に新選組の隊士が隠れている。目の前には伏見奉行所の広壮な門構えがあるのだが、その前に薩長の黒づくめが布陣しており、時折、銃を門に浴びせている。敵の目は奉行所の方を向いており、背後に備えはない。

「兵庫の大砲を合図に飛び込むぞ」

 無言で頷く隊士たち。


 どーん。背後から鈍い砲撃の音が響いた。そして土方の予想通り砲弾は奉行所から外れた。奉行所まで届かず、その手前に落下したのだが、そこには薩長軍が布陣していたのだ。つまり敵の真ん中に落下した。そして遅れて信管が作動し、地面の中で土くれを吹き上げて爆発した。どうやら信管を切り間違えたようだ。つくづく失敗だらけの砲撃だが、逆にそれが功を奏し、薩長軍はパニックに陥った。

「さすが兵庫。ナイスな下手さだ」

 めてるのかけなしてるのか分からないような言葉を吐く土方。

「新選組、斬り込むぞ、続け!」

 わあっ、とときの声をあげ、白刃を振りかざして新選組が突撃する。

新選組、斬り込め!」

 土方は殊更に『新選組』を強調して命じる。これは敵に聞かせるためだ。砲撃(誤射)で混乱した薩長軍にとって、殺人集団として知られた新選組の名は恐怖そのものだ。白兵戦では全く勝ち目がない。ここでもバタバタと薩長の兵士が斬り倒されてゆく。


「チェストーッ!」

 猿叫が響き渡った。どうやら侍が混ざっていたらしい。示現流だ。
 新選組隊士の1人が肩を割られて倒れる。

「こいつは私の獲物だ。手を出すなよ!」

 銃砲ばかりのいくさでは面白くない。土方は刀を横に寝かせて半身を引いた。斎藤の牙突とちょうど左右逆の構えになる。これに対し相手は刀を極端なまでに垂直に立てた八双の構え。示現流蜻蛉とんぼの構えだ。速さと速さの勝負。

「ふっ」 土方の口端に笑みが浮かんだ。

「チェストーッ!」

 それを合図に薩摩兵が斬りかかる。だが土方の方が速かった。振り下ろされる刀の下をかいくぐり、右牙突が炸裂する。

「片手平突き!」

 刀を寝せるのは肋骨の間を抜く為だ。土方の刀は相手の肋骨の間に突き刺さり、背中まで貫通した。そのまま横に払う。血と肉が飛び散り、土方も返り血を浴びる。

「ふっ、オリジナルの牙突の威力を見たか」


 ぼんっ、と音を立てて、伏見奉行所の正門が開いた。中から鎧兜を身にまとった古色蒼然とした武者たちが駆け出て来る。
 新選組の奇襲は成功した。てしてこういう包囲網は外側からの攻撃にはもろいものだ。確かに薩長は伏見奉行所を完全に包囲したものの、新選組は最初からその包囲網の外側に居たのである。この機を逃さず伏見奉行所から会津藩・桑名藩の藩兵と伝習隊の一部が脱出。新選組と合流して闇夜の伏見市街で激しい市街戦が始まった。銃火器においては旧幕府軍の装備が劣るものの、闇夜に鉄砲の言葉通り、夜間の鉄砲は脅威ではない。目標が見えないので撃っても当たらないのだ。しかも薩摩藩には示現流の使い手が多数いたが、長州軍は奇兵隊などの訓練を受けた農民などで構成されていたため、白兵戦になるとてんで弱かった。これに対し、新選組は元々、刀槍による斬り合いを得意とする特殊部隊。精強さを誇る会津藩兵や桑名藩兵も武士なので槍や刀は滅法強い。地と時の利を得て伏見では五分ごぶの戦いが繰り広げられていた。




 1月3日、深夜。大地を揺るがす大音響と共に、伏見奉行所が爆発した。火炎が高々と上がり、巨大な松明となって燃え盛る。

「トシちゃん、奉行所が!」

 後の記録によると、炎上する伏見奉行所の炎は遠く京・大坂でも見ることができたらしく、京では怒り狂った幕府軍が攻めてくると公家衆が恐れおののき、大坂では幕府軍敗北の兆しと取られていた。(※実はこの伏見奉行を炎上させたのはカモミール芹沢のアームストロングカモちゃん砲である。伏見の戦いが始まっても島田達は高みの見物と決め込んでいたのだが、薩摩軍からの再々にわたる要請により、1発アームストロング砲を撃ったら、奉行所の弾薬庫を直撃したのである。新撰組では目を丸くして驚き、薩摩軍はアームストロング砲の威力に恐れおののいたらしい)

「あの勢い・・・弾薬庫に引火したな」

「トシちゃん、どうしよう?」

「どうにもならん」 苦々しく答える土方。

「だが、連中が有利なのは大砲だけだ。まさか市街地を無差別に砲撃するわけにもゆくまい。このまま市街戦を続ければ我らに有利だ。我らには、まだ淀に主力が控えているが、連中には予備兵力がないからな」

「そうだね。奉行所の人達には気の毒だけど」

 そう言って、南無南無なむなむと奉行所の方に向かって両手を合わせる近藤。


「トシさん伝令が来た! 伏見の幕府軍は淀まで後退せよって」

 明かりを消した新選組本陣に、永倉が飛び込んで来た。

「夜になったから、いくさは明日の朝から仕切り直しだって」

 戦場から4km離れた淀に本陣を置く老中・松平豊前守ぶぜんのかみからの命令だ。ちなみに伝習隊の竹中重固は、軍議のためと称して淀に下ったままだったので、現場の最高指揮官は自然と近藤になっていた。

「一体全体、何を考えてるのだ! 今、幕府軍の主力が来れば勝てるものを!」

 前線の様子が全く分からない所から命令が来るのだからおかしな話である。

「トシさん! 伝習隊が後退を始めたわ」

「会津藩は!」

「会津藩は残って戦うみたい」

「近藤?」

 目で近藤に尋ねる。逃げるにせよ、残って戦うにせよ、大戦略を決めるのは局長 近藤勇子の役目だからだ。その近藤の下知の元、戦術レベルの行動を決めるのが副長 土方歳江の役目だ。

「もちろん、新選組も残るよ。奉行所は燃えてるけど、あたしたちが勝ってるんだもん。
 トシちゃん、会津藩にも『新選組は残って戦います』って連絡して」

「分かった! 明日の朝まで持ちこたえさせるぞ!」


 日が昇れば刀槍装備の新選組や会津藩には不利だが、洋式装備を持つ幕府陸軍なら装備の上で互角。しかも数は薩長軍より圧倒的に多い。明日の朝まで持ちこたえ、薩長の戦力を漸減的に削れば幕府軍の勝利は揺るがない。
 伏見の戦いはクライマックスへと向けて動き出していた。

(後編へと続く)


(あとがき)
 伏見の戦いの前編に相当します。長くなりそうなので、ここで切りました。1月4日からの戦いが後編に回ります。本編中で島田率いる新撰組に出番が全くありませんが、彼らは日和見してます。薩摩の旗を揚げてても薩摩軍側にもついてませんが、薩摩にしてみると、動かないで居てくれてるだけまだマシなのです。というのは元新選組であるため、裏切られるのが一番恐い。位置的に龍雲寺は御香宮よりも更に高い所にあるため、龍雲寺からアームストロング砲で狙い撃たれたらかなわない上に、龍雲寺は要塞化されてるため、そちらにも兵を差し向けるとなると、戦力が分散される上に下手すると伏見の幕府軍との間で挟み撃ちに遭う可能性すらあります。逆に幕府軍が裏切り者の新撰組を成敗しようとしても間に薩長軍が居るためたどり着けません。そんなわけで島田は積極的に戦場に出ることはせずに、日和見してるのです(と知恵をつけたのは山南敬助かもしれない)。
 歴史を歪めることが目的ですが、歴史に沿って書いてるのであまり違和感はないかと!
 新選組が伏見奉行を追い出された(というかモチをもらって出て行った)のは私の創作ですが、伏見奉行所に着陣した陸軍奉行 竹中重固が新選組を追い出そうとしたのは史実ですし、新選組及び会津藩が薩長軍と夜戦において互角以上に戦ったってのも史実です。また伏見奉行所が炎上したのも史実ですな(それがカモちゃん砲が原因だったってのは私の創作)。その炎が大阪湾から見えたとアーネスト・サトウが書き残してます。伏見奉行所が炎上したのは1月3日の午後8時頃らしいのですが、それだと朝まであまりにも時間がありすぎるので、夜中に設定し直しました。で、淀への撤退命令が出て夜中に撤退したのも史実です(私の作品では新選組と会津藩は撤退しないけど)。
 途中、永倉が斎藤を畳のバリケードの上に引っ張り上げるシーンが出て来ますが、伏見奉行所の塀を乗り越えて戻るときに島田魁が永倉新八に銃を握らせ吊り上げるという有名な話が元ネタです(大河ドラマでは島田が永倉の襟首を捕まえて引き上げてましたね)
 さて、1月3日までは、ほぼ史実通りの流れですが(一部私の創作を除く)、後編の1月4日からガラッと歴史を動かします。ここでついに島田の出番が来るのですよ!
 それでは後編をお楽しみに〜 


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