行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ 近藤勇子EX

第6幕『新選組VS新撰組 油小路の戦い』(後編)


(前編のあらすじ)
 土方歳江が暗躍を始めた。高台寺党を壊滅させようというのだ。そしてこの世界でも油小路事件が勃発したのだった。


 近藤さんの建てた家というのは、七条醒ケ井木津屋橋下ルにあった。西本願寺の少し南の辺りである。

「でかっ!」

 おうちを建てたというレベルなのだろうか? どこぞの藩の家老の屋敷と言っても通るぞ、これは。大邸宅じゃないか。幕臣になるとこうなのか。やっぱ侍は違うのかなあ。

「愛の巣とは大きいものなのですわね」

 俺の後ろの谷三十華みそかが、ほう、とため息をついた。彼女はカモちゃんさんの計画通り俺の護衛としてついてきている。

「谷さん、誰から何を聞きましたか?」

 俺は新撰組の副長なので谷三十華より偉いのだが、三十華は山南さんの直属のような立場なので、つい丁寧語を使ってしまう。あと、全身からにじみ出ている《わたくしは偉いのですわ》オーラがあるので、逆らい難いのだ。

「山南様からですわ」

 ・・・・やっぱ山南さんか。 へーの冗談をそのまま吹聴したらしい。山南さんらしいというか何というか。



「こんばんはー」

「あー、島田くーん」 近藤さんが満面の笑顔で出迎えてくれた。「と三十華ちゃん?」

「谷さんは俺の護衛です」 近藤さんが妙な勘ぐりを入れる前に俺が説明する。

「ふっ、護衛つきとは島田も偉くなったものだな」 奥から土方さんが出て来た。

 そうか、土方さんも一緒なのか。なんかますます頭痛予知通りだな。違うのは伊東さんが俺で、俺の護衛に谷三十華がいるって所ぐらいか。

「みんなからのお祝いで三百両包んで来たんですよ。
 で俺が途中で使い込まないよーに、山南さんが見張りとして谷さんをつけてくれました」

「島田くん信用ないんだね」

「うっ。それは確かに・・・・」

「というか、谷は三百両の護衛というわけだ」

「まあ、そっすね」


 谷三十華が用意して来た三方を取り出す。

「では、お納め下さい」

 そう言って俺は、三方の上に小判の包みをピラミッド状に積み上げた。これは山南さんの考えた事だ。カモちゃんさんの100両に俺のへそくりの100両(ブロマイドの売上金)、山南さんが大坂から持ってきてた50両、新撰組の活動資金から50両を足して300両の大金にしたのである。こうすれば谷三十華に護衛についてもらっても名分めいぶんが立つわけだ。現に土方さんはそのように判断した。

「わあ。ありがとう」

「・・・・・」 三方を差し出したままの姿勢で俺は固まってしまった。

「島田くん、どうしたの?」 俺の動きが止まってるので近藤さんが訊いてくる。

「今、思いついたんですけど、菓子折りに切り餅(一分銀100枚の四角い包み)を入れて、黄金色の菓子の方が、面白かったよーな気が」

「そちもわるよのう、だねっ☆」 近藤さんが芝居がかる。

「そう、そのノリです」

「一分銀だと黄金色ではないのではないか?」 冷静につっこむのは土方さんだ。

「別に深い意味はなかったんですが」

「島田くんはいつも変わらないねー。 じゃ、こっちよ」

 お金は土方さんに預けて、近藤さんが俺たちを客間と思しき部屋に招じ入れる。

「・・・・なんですか、これは?」

 天井からギヤマン細工の照明が下がっている。床は板張りでも畳でもなくフカフカの絨毯だ。ガラスの戸棚の中には洋酒のビンが並び、真ん中には中華風の朱塗りのテーブルと椅子が。何か、和風と洋風と中華風が混ざったような感じだ。

「しゃんでりあって言うんだよ。西洋の明かりだよ」

「何でまた、急に洋風に・・・」

「島田も松本良順は知っておろう」

 土方さんが戻って来た。多分、小判を金庫に納めて来たのだな。

「幕府お抱えの蘭方医の?」

「うむ、あの医者の影響で近藤が西洋かぶれになってしまったのだ」

「なるほどー。それで洋風なんですね」

「うむ」

「だって西洋は凄いんだよ。お料理はおいしいし、お菓子はおいしいし、お酒もおいしいんだよ」

「医者と関係ないよーな気が・・・・」 というか、全部食べ物だ。

「じゃあ、とりあえずお家の中を案内するね」

「では、私はその間に料理の準備をさせておこう」

 俺は近藤さんの案内で、新居の中を見て回った。建物そのものは日本家屋なのだが、家具調度が洋風なのだ。和洋折衷の妙な家である。廊下から見える庭も日本庭園なのに、なぜか天使の噴水がある。なんか、理解に苦しむ家だ。

「じゃーん。そしてここが寝室だよ」

 どピンクの内装で統一された2階の部屋の真ん中に真ん丸のベッドが鎮座している。

「近藤さん、これは西洋じゃないんじゃないですか?」

「ベッドっていう西洋布団だよ」

「丸いんですか?」

「きっと異人さんは寝相が悪いんだよ」

「そうかなー」


 ぐるりと一周して、さっきの客間に戻った。テーブルには白いクロスが敷かれ、その上には、これまた洋風の様な中華風の様な様々な料理が並んでいる。
 テーブルに着くと、土方さんが各々のグラスにデキャンターからワインを注ぐ。

「じゃあ、両方の新選組の発展を祈って、かんぱーい☆」 近藤さんが音頭を取り、

「乾杯!」 声が唱和した。


 それからは料理と酒と談話になった。俺が杯を干すとすぐさま土方さんが注いでくれる。鬼の副長にこんな優しい笑顔が出来たのかと思わせるほど、土方さんの表情は優しい。

“でも多分演技なんだろうなあ。女ってこわいなー”

 注意していたにもかかわらず、ほどなく俺は酔っ払ってしまった。近藤さんも酔って笑っている。土方さんも顔が赤い。洋酒はよく効く。


「島田くん、最近はどうなの〜? ちっとも会ってくれないじゃないの〜」

「あ〜、俺も副長の仕事が忙しくて。武田さんは『西洋兵学訓家』とかいう西洋軍学の本を買って来るし〜」

「西洋っていいよね〜」

「本の1冊ぐらいどうという事はなかろう」 これは土方さんだ。

「でも1冊50両ですよ。50両」

「それは高いな」

「高いね〜。西洋物は何でも高いよね〜」

「京に1冊しかないレア本らしくて、武器の扱い方から戦術から何でも載ってる凄い本らしいんですが」

 俺の言葉に土方さんがすこしだけ真顔になった気がする。

「らしいって島田くんは読んでないの?」

「読んでも分かりません」

「あはははは☆」

「で、その50両を勝手に山南さんが隊の予算から出しちゃうし」

「山南か。あれも知識には目がないからな」

武田観奈たけだかんながおねだりしたみたいで・・・・」

「あのアマ・・・・」 谷三十華が小声で毒づく。

「カモちゃんさんはカモちゃんさんで、毎晩祇園に遊びに行くし、たまに大砲の練習をすれば、どこか建物を吹っ飛ばすし」

「カーモさん、変わってないんだね」

「謝りに行くのは副長の俺なんすよ。俺は何にもしてないのに」

「そういえば、島田さん(副長と呼ばない奴・・・・)は、誰かが『芹沢局長が』って報告すると、『うあ! カモちゃんさんが今度は何をやったんだ!』ってパニックになるんですよ」

 赤い顔の谷三十華が余計な事を言う。

「島田くん、トシちゃんみたい〜」

「失礼な。私はそんな反応はしないぞ」

「谷さんは谷さんで、昼間っから山南さんといちゃついてるし」

「わ、私は山南さまといちゃついてなど!」 三十華が顔を真っ赤にして慌てる。

「風紀が悪いって、高台寺のお坊さんから苦情が来るし」

「だから私は、そのような事は全く全然ないのですわ!」

「うむ、士道不覚悟だな」

「でも、うちには局中法度がないし」

「え〜、局中法度がないの〜!? あたしも島田くんの方に・・・」

「近藤!」

「ごめんなさい」

「最近は斎藤まで祇園に逢い引きに行くし」

「斎藤くんが?」

「最近、女が出来たらしいんですよ〜」

 ピクリ。土方さんが一瞬真顔に戻った。

「え〜、誰なんだろ、気になるね、トシちゃん」

「そ、そうか?」 あきらかに動揺を隠せない土方さん。

「でも島田くんの方が楽しそうだよね」

「楽しくやるのとちゃんとやるのは別だ。そのための局中法度なのだ。
 私も好きで鬼の副長をやってるわけじゃないのだ。全ては近藤のため〜」

 土方さんがフラフラしてる。あ、これは酔ってるな。

「士道不覚悟で切腹! って言えたら楽なんだけどなあ。うちは局長がカモちゃんさんだからなあ」

「士道不覚悟の塊だな」

「なんかみんな好き勝手やってるし。今になってようやく土方さんの気持ちが分かって来ましたよ」

「分かるか? 分かるか? 島田〜!」

「ふくちょー!」

 同じ辛酸を舐めた者同士の共鳴と酔った勢いもあり、俺と土方さんはひしと抱き合った。

「やっぱり2人はそういう関係だったのね!」

 近藤さんが涙目でこっちを見ている。

「土方さん、近藤さんが酔ってるみたいですが」

「そのようだな」

 抱き合ったままの格好で、近藤さんの様子を確認する俺たち。一気に酔いが醒めてしまった。

「・・・うああああん。トシちゃんと島田くんを殺して、あたしも死ぬ〜」

 近藤さんがどこかからスナイドル銃を取り出した。

「近藤、錯乱するな!」

「そうです。俺は近藤さん一筋ですから、こんな鬼副長なんか眼中にありません」

「なんだと!」

 谷さんが近藤さんを取り押さえ、と同時に俺は土方さんから殴られ、やはり目茶苦茶になってしまった。




 すっかり夜も更けた頃、俺と谷三十華は暇乞いした。(俺を泊めようとした近藤さんは土方さんから士道不覚悟のゲンコツを食らった)

「じゃあ、島田くん、また遊びに来てね〜」

 酔っ払った近藤さんが手をぶんぶん振ってる。
 俺はぺこりと頭を下げて近藤さんの別宅を後にした。ふらふらと酔っ払いらしい千鳥足。谷三十華も同じような感じだ。



「島田の奴、刀を忘れていったな・・・・」

 計画通り島田は酔っ払った。何せ自分の刀を忘れていくぐらいだ。谷三十華も槍を杖かわりにフラフラ歩いて行く。

「護衛が居ても居なくても同じだな。成仏しろよ、島田」

 遠ざかる島田たちが暗闇に消えた。土方は踵を返すと、近藤の別宅へと戻って行った。




「うあ〜、寒いな。島田は、本当にこの道を通るのかよ」

 焼け跡を囲う板壁の裏側で永倉アラタが震えている。この辺りは蛤御門の変の時の大火事で焼け野原になったあと、まだ再建されていない。囲い板が焼け跡を隠しているだけだ。つまり暗殺にはうってつけの場所なのである。

「わざわざ遠回りする必要はないもの。島田はこの道を通るわ」

 原田沙乃はアラタの相手をしながら通りをうかがっていた。相棒のアラタはこういう張り込みには向いてない。自分が頑張るしかない。

「しかし寒いなあ」

「ほら、これをあげるから」

 沙乃は使い捨てカイロを取り出すと、アラタに渡した。

「さんきゅ、沙乃。用意がいいなあ」

「備えあれば憂いなし、よ」

「あとは島田だな。早く来い〜」

「しっ、静かに」

 人の気配がする。提灯の明かりが近づいてくる・・・・そしてこれは殺気!?
 バシッ!
 沙乃がそう気付いた瞬間、囲い板に銃弾が弾けた。

「こっちの位置がバレてる? 何で!?」

「先手必勝!」

 すでに敵に先手を取られてるが、永倉はそう叫ぶと、吶喊した。が、島田に行き着く直前、風切音と共に繰り出された槍にタタラを踏む。

「うあ、三十華か?」

「谷さんまで!」

 計画が狂いまくっている。しかし、それが現実だ。

「谷さんの相手は沙乃がするわ! アラタは島田を!」

 だが、そう叫ぶ沙乃の足元で銃弾が弾け永倉の援護に行けない。そして重量兵器であるハンマーを振るう永倉では谷三十華の槍をさばききれない。

「今だ!」

 島田が走りだす。アラタが抜かれた。

「くっ、ここは通さないわ! 島田、覚悟なさい!」 沙乃が槍を構えた。

「谷さんっ!」 島田の声で三十華が脇へ飛ぶ。

 島田が発砲。永倉の足を止める。その間に、島田を追い抜いた三十華が沙乃に迫る。三十華の華麗な大技の前に沙乃は瞬く間に壁際に追い詰められる。技量は互角でも手足の長さが違うために、沙乃の方が不利なのだ。
 たたた・・・。足音が抜ける。

「アラタ!」

 自分を助ける為に、こっちへ向かって来ている永倉の注意を島田の方へ向ける。が、今度は三十華がクルリと踵を返すと再び永倉の方へと向かう。三十華の背後から挟撃し、先に強敵を片付けようとする沙乃だが、振り返った島田の連続射撃が足元に弾けてまたしてもタイミングを失ってしまった。

「うわあ!」

「アラタ!」

「大丈夫、コケただけだ」

 永倉は三十華に押し切られた。島田に続いて走り去る三十華。暗闇の中を足音が遠ざかる。



「逃げられたな」

「銃を使うなんて、島田の卑怯者!」

「どっちかっつーと、待ち伏せしてたアタイたちの方が卑怯なんじゃないか?」

「これは戦術だから、いいのよ」

「それにしても、島田は酔ってないし、三十華はいるし話が違いすぎるよ」

 永倉がぼやく。

「ともかくトシさんに報告よ」

 島田の暗殺は失敗した。責任の一端は土方にもある。
 2人は直ちに土方に報告するため屯所へ戻った。




 土方は、近藤に「明日までに仕上げねばならぬ書類がある」とか何とか理由をつけて、屯所に戻って来ていた。沙乃と永倉が戻り次第、今度は島田の死体を囮にした第2作戦が始まるのだ。その為の準備は整っている。

「トシさん!」

「早かったな。ご苦労、だがこれも新選組の為だ」

「違うのよ、しくじったわ!」

「なに? 永倉と原田の2人がかりで島田を仕損じたのか!?」

「槍の三十華まで居たし、島田は鉄砲を持ってるし、アタイたちだけじゃ分が悪いよ」

「島田の奴は刀を忘れて帰るほど泥酔していたのだぞ。三十華もフラフラだった」

「あれは酔ってる人間の動きじゃなかったわよ」

「沙乃もアタイも三十華に押し切られた。島田は銃を撃つし」

「刀を忘れたのはワザとかもね。島田にしては動きが素早すぎたもの。最初からピストルを使うつもりで重くて邪魔な刀を置いて行ったのよ」

「あいつの刀は安物だしなあ。そういえば、トシさんは何で素面しらふなんだ?」

「私か? 私は蘭方医の松本良順が処方してくれた酔い止めを服用している」

「・・・・向こうにも蘭方医の武田観奈がいるわよ」

 どうやら敵味方同じことを考えていたようだ。

「でもなんでバレたんだろ?」

「斎藤が裏切ったんじゃない?」

「斎藤には計画の詳細は知らせてない」

「とすると・・・」

「いつもの頭痛だな。敵に回すとやっかいな奴だ」

 チッと土方が舌打ちする。

「どうするの、トシさん?」

「島田も原田たちの襲撃をかわして油断しているはずだ。
 今から連中の本拠地に攻撃をかける!」

「準備はできてるのよね」

「ああ。それでは出陣!」

 土方の号令に、一斉に「おう!」という鯨波げいはが起こる。




「銃声!? やっぱり島田くんが襲われたね。こっちも準備よ」

 遠くから連続して銃声が聞こえてきた。都の南側にあたるこの七条の辺りには空き地が多い。ここに芹沢麾下きかの新撰組の面々がフル装備で待機しているのだ。
 芹沢の命令で、砲術師範の阿部十郎と助手の谷周子(三十華の妹。姉2人が新撰組の方に行ったので周子も移って来た)がアームストロングカモちゃん砲の準備を始める。隊士達も、藤堂平と武田観奈の2人に率いられて移動を開始する。


「副長隊より伝令!」 隊士が一人走り込んでいた。

「副長も谷組長も無事です。隊と合流、配置につきました。着弾修正は灯火信号で行うとの事です」

 新撰組では情報伝達の為に船舶で用いる信号ランプを取り入れていた。昼間はともかく夜中は目標が見えないので大砲の照準がつけられないからだ。これは芹沢のボーイフレンドの一人である勝海舟からもたらされた情報で、西洋の艦隊では艦と艦の連絡を旗と灯火信号で行うのだそうだ。ボートでメッセンジャーが往復する事もあるのだが、戦闘中や海が荒れている時はそんな呑気な手段は取れないからだ。『これは使える』と判断した芹沢は山南に相談。神戸の海軍操練所に隊士を送りこんで信号術を修めさせたのである。ちなみに新撰組には信号術の授業があるらしい。

「誰か一人、近所の屋根に上がって」

「はい」

 芹沢は屋根に人を上がらせた。島田の側でも信号を送る人間を屋根の上に上らせたはずだ。
 ほどなく、

「確認信号、来ました!」

 屋根の上から隊士が叫ぶ。

「受信応答!」

「受信応答しました!」

「さて、あとは歳江ちゃん待ちね」

「芹沢局長、何もなければそれに越した事はないのではないですか?」

 すでにカモちゃん砲に装填を終えた阿部十郎が話しかけてくる。

「なーに言ってんのよ! そんなのつまんないじゃない」

「つまんないって・・・」

「副長襲われて黙ってたらこっちのメンツ丸潰れじゃん。
 歳江ちゃんには、ちょっとおしおきが必要よね。うふふふふ」

 芹沢が危なく笑う。実は阿部は島田副長から、『カモちゃんさんが暴走したら止めるように』という命令を受けていたのだが、果たせる自信がなかった。




 ドカンッ。疾走する土方達の左の壁が突然爆発した。建物が崩壊し、土くれがガラガラと降り注ぐ。

「わー」

「散れっ!」

 数秒遅れて、ドーンという音が響いて来る。

「砲撃だというのか!?」

 だとすればとんでもなく遠い所からの砲撃だ。砲弾が音より速く飛んで来た事になる。

「一体、どこの誰が・・・」

 土方の脳裏に一人の顔が浮かんだ。こういう事をやりそうな人間を知っている。

「芹沢さんの大砲か!」

 以前の88ミリカモちゃん砲は丸い鉄の砲弾を発射する大砲で、建造物を破壊するのに、連続砲撃を必要とした。それはそれとして強力な砲だったのだが、一撃で建物を破壊するとは威力も射程も以前の物とは桁外れだ。しかも建物が爆発したように見えた。炸裂弾だ。斎藤からの報告で情報だけは入手していたものの、実際にその威力を目の当たりにすると驚愕の2文字しか頭に浮かばない。

 ドカーン。今度は土方達の目の前の道路が吹っ飛んだ。慌てて伏せる土方。
 もうもうと土煙が立ち込める。そして道路にはクレーターの如き大穴が開いた。

 ドカーン。ドカーン。ドカーン。土方たちの周囲で連続して砲弾が弾ける。

「大砲の位置は掴めるか?」 爆発の音に負けじと土方が叫ぶ。

「弾は南東の方角から来てるわ」 同様に沙乃が叫び返す。

「よし、接近して仕留めるぞ。続け!」


 爆煙の中を土方が駆け出す。案の定、爆発は背後で集中して起こる。

「やはりな」

 土方は独りごちた。遠くからの見越し砲撃では、そう簡単に照準を変えられないのだ。さっきのはおそらく、最初からあの通りに狙いを定めてあり、土方たちが通りかかったので連続砲撃をしたのだ。

「このまま一気に新型砲を奪うぞ!」

「おう!」 背後から頼もしい声が応える。


 だが、2町(約200m)も行かない内に、先に進めなくなった。道路を封鎖するように畳がバリケードの様に積み上げてあり、そこから間断なく銃が射ちかけられるのだ。


「ちい!」 壁際に隠れるものの、これでは動きが取れない。

「射撃速度が速い! スナイドルよ!」

 畳のバリケードの上には十数丁のスナイドル銃が据えられている。それらが連続して打ちかけてくるのだから動くに動けない。
 そして追い打ちをかけるように、土方たちが隠れて居る辺りにさっきの砲弾が落下し始めた。

「トシさん! このままじゃ全滅するわ!」

 すでに隊士にかなりの被害が出ている。白兵戦では無敵の新選組だが、相手に近づけないのだからこれでは勝負にならない。

「トシさん!」

 土方が悩む間にも銃弾は飛来し続け、砲弾は落下し、被害が広がっていく。

「ええい! 退くぞ!」




「島田さん、新選組が撤退して行きますわ」

 スナイドル銃隊を指揮していた谷三十華が報告する。
 谷隊、武田隊、藤堂隊は、それぞれカモちゃん砲を据えた本陣を守るように3カ所に布陣して居たのだが、ちょうど土方たちは島田たちの方へやって来たのだ。

「んじゃ、射ち方止め」

「打ち方止め!」

 三十華の号令で銃撃がピタリと止まる。日頃の訓練の賜物だ。

「大勝利ですわ」

「大勝利はいいんだが、この壊れた建物とか道路の修繕代は一体誰が弁償するんだろう?」

「それは・・・壊したのは芹沢局長の大砲ですから・・・」

「やっぱ、そうだよなあ」

「それに消費した弾薬も・・・・」

「・・・戦争ってお金がかかるなあ。勝ってもあんまり嬉しくないなあ」

 ドカーン。ドカーン。まだカモちゃん砲の砲弾が落下し続けている。

「カモちゃんさんに連絡! 打ち方止め!」

 島田は屋根の上の隊士に怒鳴り、隊士が灯火信号を送るが、砲撃は止まらない。

「あ〜、壊れる建物が増えていくよ・・・」

「こちらも撤収しましょうか」

「そうだな」



 こうして後に油小路事件と呼ばれる新選組同士の抗争は、新選組側に死傷者多数、油小路付近に甚大な被害を及ぼして終わった。(島田はまたしても頭を下げて回る羽目になった) ただ京洛で無敵を誇った本家新選組が洋式兵装の高台寺新撰組に敗れた事は、様々な方面に影響を与えていた。

 翌朝、事態を知った近藤勇子は大いに怒り、これ以後、土方が新撰組に報復するチャンスは失われた。だが、こんな新選組同士の抗争に関係なく歴史の歯車は大きく動き始めていたのであった。

(第7幕へと続く)


(あとがき)
 油小路事件です。でも思いっきり歴史改編なので、史実の油小路事件とは全く異なる展開です。
 武田観奈の買った西洋軍学の本『西洋兵学訓家』はNHKの大河ドラマ『新選組!』で武田観柳斎が50両で買い、河井耆三郎が切腹する元凶になった本です。(本のタイトルを調べるためにビデオを見直しました)また、島田が近藤の新築祝いに300両を持って行きますが、これは、伊東甲子太郎が近藤に申し込んだ借金の金額で、新選組はこの300両を渡すために近藤の妾宅に伊東を招いたというのが元ネタです(子母澤寛の『新選組始末記』)。後編にもあっちこっち微妙な新選組ネタが仕込んであります。
 では、次こそ、鳥羽伏見の戦いを書きます。


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