行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ 近藤勇子EX
第5幕『いらっしゃいませ☆高台寺へようこそ』
昼間の雨が嘘の様に晴れ上がり、空には満天の星空が輝いている。斎藤は廊下から夜空を見上げた。満月が煌々と照り、京の町を照らしている。清水をたたえた庭の御影石の手水鉢にも金色の満月が涼風の波に揺れている。それを見つめてため息をつく斎藤。こんな時間に土方副長から呼び出される時は、何か極秘の任務があるときと相場が決まっている。
「お呼びですか、副長」
「うむ」
燭台に1本だけ灯されたロウソクの明かりが周囲を闇に溶け込ませ、そのほの明かりの中に土方と斎藤の顔だけが浮かんでいる。
「お前に
「・・・・島田ですか?」 斎藤も薄々察していたのだ。
「そうだ」 土方は短く答える。
斎藤は3カ月前の出来事を思い出していた。
「バカ! バカ、バカ、バカ! 島田くんなんて、大っ嫌い!」
「近藤さん、誤解です、誤解なんです!」
「島田くんの浮気者〜〜〜〜!」
ぽかぽかと近藤が島田を殴り、島田は防ぎつつ言い訳するものの全然通じてない。
「だから誤解なんですってば!」
「出てって、今すぐ、出てって! 屯所から出てって!!!」
平隊士の寝起きする大部屋からガヤガヤとやじ馬が集まって来ている。
斎藤も“何事か!?”と声のした方に駆け出した。
見ると、局長付近習の島田誠が局長の近藤勇子になにやら必死に抗弁している所だった。
が、次の瞬間、銃声が響いた。皆一斉に床に伏せる。洋式訓練でそのように仕込まれてるからだ。
近藤が島田を撃ったのである。だが威嚇だったのか島田には当たってない。島田は中庭に飛び降りると、近藤の方を向いた。その間に近藤は素早く再装填を終えており、再び発砲。島田の足元の地面が弾ける。
「出てって!」 近藤がヒステリックに叫ぶ。
島田が躊躇していると、第3弾を装填し終えたスナイドル銃の銃口が島田の方を向く。島田は踵を返すと裸足のまま一目散に屯所から逃げ出した。
「どうした、何があった!?」 銃声を聞き付けて土方も現場に駆けつけた。
「トシちゃん・・・・」 近藤は目にいっぱいの涙をためている。
「どうした、近藤、屯所で銃など持ち出して・・・・」
近藤を諌める言葉が途中で止まる。なぜならば近藤の銃口が真っすぐに土方の方へ向けられたからだ。
「うわあああん。トシちゃんを殺して、あたしも死ぬ〜!」
パーン! 3発目の銃声が轟いた。土方は廊下から中庭に飛び降り、これを避けた。
「近藤、気をしっかり持て!」
だが、近藤は慣れた手つきで素早くスナイドル銃に装填した。再び銃口が土方を狙う。
「ゆーちゃん、なに、混乱してんだよ!」
永倉が近藤の後ろから羽交い締めにする。
「離して、アラタちゃん! トシちゃんと島田くんを殺して、あたしも死ぬんだからぁ〜!」
「そーじ!」 じたばたと暴れる近藤を持て余し、永倉が叫ぶ。
「ゆーさん、ごめん」
目にも止まらぬ早さで近づいた沖田鈴音が居合で峰打ちした。
「きゅう」 近藤は気を失い、その場に崩れる。
「な、何なんだ、いったい?」
「谷!」
廊下の角からこっそり覗いていた近習の谷周子に気付いた土方は、周子を呼んだ。
「はいですぅ」 びくっとしてみんなの前に出て来る谷周子。
「お前も近藤の近習だ。何かわけを知らないか?」
「えーと、ゆーこ姉様が、けーこちゃん様から『ほとぐら』をもらったんですぅ」
『ほとぐら』とは『フォトグラフィ』。つまり写真機の事だ。一橋慶喜(後の15代将軍徳川慶喜の事)は多趣味で知られるが、特に写真撮影はお気に入りだったらしい。そういう関係で松平けーこちゃん様に写真機が回って来て、けーこちゃん様の趣味じゃなかったらしく、写真機はそのまま近藤勇子に下されたのである。
「それで、何で近藤が錯乱して島田と私を撃つのだ!」
谷周子の話は全然要領を得ない。
「はうう〜。姉様は使い方が分からなかったので、島田さんにあげたんですぅ〜」
関係ないのに土方から怒鳴られ、周子が泣きそうな顔になる。
「あー、そういえば最近、島田が妙な機械を持ってパシャパシャやってたけど、あれが『ほとぐら』なのか」
永倉が思い出したようにポンと手を打つ。
「あたしたちの『ぶろまいど』を作って絵草子屋さんで売ってるって聞きましたよ」
沖田も口を挟んだ。
「まったく、島田の奴はロクな事を考えないな。我々のブロマイドを作って小遣いを稼ぐなど、
局中法度の『勝手に金策するべからず』に違反しているではないか」
「押し借りよりましだと思うけど。商売ですから。
大名とか京詰めの藩士さんたち、お
沖田の目には非難が込められてる。彼女は商家に無理を言ってお金を借りてくる(返すアテはない)押し借りが嫌いだった。それからすると島田の商売などささやかなものだ。
「商売など武士のすることではない。我らは京の平和のために命を張っているのだから、
我々は商家の好意を甘んじて受けねばならん」
「理屈ではそうですけどね」
「だが、そこまでの話と近藤の錯乱がどう繋がるのだ?」
「トシさんのブロマイドが一番人気があるらしいのよ」
やっぱり騒ぎを聞き付けてやってきた原田沙乃が答える。
「ふっ、それは、まあ、仕方のないことだな」
思わず笑みがこぼれる土方。自分が一番人気というのは悪い気がしないものだ。
「ちなみに2番人気が芹沢さんで、3番目はゆーこさん、沙乃が4番目だそうよ」
「アタイは?」
「沙乃の次」
「くっそー、沙乃に負けてるのかよ!」
「あたしなんか、おまちちゃんにすら負けてます」
「で、原田は何ゆえそんなに詳しいのだ?」
「島田が言ってたのよ。『土方さんが売上トップだ。あの鬼のどこが良いんだろう?』って」
「何だと!」
「島田が言ってたのよ」
「じゃあ、ゆーちゃんはトシさんよりも人気がなかったからキレたのか?」
「それなら、あたしもキレます。あたしなんてヒロイン中最下位なんですから」
「待て、そーじまでキレるな。ややこしくなる。
なるほど、近藤も負けず嫌いだからな。しかし、それで銃まで使うとは・・・・」
「違うですぅ。島田さんが、ゆーこ姉様の前で、
ふくちょーの写真をたくさん落としたんですぅ。ばさばさーって。
それで姉様が怒ったんですぅ」
「何い!」
「ふみ〜、ごめんなさいですう」
「いや、お前を怒っているわけではない」
「なるほど、ゆーちゃんは、島田をトシさんに盗られたと勘違いしたんだ」
「常に写真を持ち歩くなんて、特別な関係だと思っても不思議じゃないです」
「阿部が
蔵に暗室を作って2人でせっせと増産してたみたいよ」
「何をやってるんだか」
「島田さん、商品を落っことしたんですよ」
「島田の馬鹿者がぁ!」 ぎりぎりと歯ぎしりする土方。
「馬鹿よね」 と原田。
「馬鹿ですね」 と沖田。
「馬鹿だな」 と永倉。
「まあ、真相が分かれば近藤も落ち着こう。しかし、全く、島田の馬鹿は・・・」
だが事態は土方の予想通りには進まなかったのである。嫉妬に狂った近藤は、土方を見ると撃とうとし、土方はしばらく近藤から逃げ回らざるを得ない始末。
島田もそのまま屯所に戻らず(一度、戻って近藤から撃たれて追い払われた)、鴨川の向こう側にある高台寺というお寺に逃げ込んだ。で、本家『新選組』が幕臣に取り立てられたりとゴタゴタしてる間に、島田は一人で『新撰組』を旗揚げしたのだ。別に島田は脱走したわけじゃないから、局中法度の『局を脱するを許さず』が適用されない。近藤が「出てけ! 戻って来るな!」と命令して出て行ったのだから。屯所から出て行っただけで正式に除隊もしていない。そこで、新選組の屯所から遠く離れた高台寺を本拠地に、『新選組』と一文字違いの『新撰組』という組織を立ち上げ、『誠』の旗を掲げたのである。『誠』の隊旗に関しては、島田は「自分の名前だ」と言い張ってる。確かに彼の名前は、島田誠である。
そこまでなら『島田がまた馬鹿な事をやっている』ぐらいで何の問題にもならなかったのだが、大坂新選組が島田の『新撰組』の方に合流した為、話がややこしくなったのである。大坂で町の治安を守っていた大坂新選組の面々は幕臣に取り立てられなかった。これは単なる会津藩の事務処理上のミスとも、副長土方歳江の嫌がらせとも言われている。
久々に京に戻って来た新選組のもう一人の局長カモミール・芹沢は、話を聞くなり『新撰組』屯所の方に居着くようになってしまった。高台寺は祇園まで徒歩5分の距離だからである。
「わーい、アタシ、島田クンのトコに行くー」
続いて土方から睨まれていた山南総長も、
「じゃあ僕も島田くんの方にいこうかな」 と言って、これ幸いと逃げ出し、
更には山南LOVEの谷
「山南さまが行かれるのであれば、お供致しますわ」
「当然、ウチは山南先生についていきますえ」
また、三十華の弟子の阿部十郎は師匠の三十華から命じられて鉄砲弾薬を高台寺に持ち逃げし、平隊士たちもかなりの数が『新撰組』へと移籍した。もともと伊東甲子が、新選組を分裂させるために暗躍していたのだが、その時の反土方派の隊士がそっくり高台寺へと移ってしまったのである。
新選組の中でも北辰一刀流派(山南&江戸で加入した伊東の門下)が高台寺へ移ったため、藤堂平もそのうち移ってきた。
「えと、えと、北辰流のみんなが行くから、私も移るね」
これにより『新撰組』の方にも、局長・総長・副長助勤が揃ったので、こちらも会津藩お預かりのまま、正式に『新撰組』として認められてしまった。
けーこちゃん様曰く、
「芹沢がいるんなら別にOKじゃん」 との事である。
幕臣に取り立てられた新選組には幕府から予算が出るようになったのだが、ここ数年間京都守護職をやっている会津藩も経済的に苦しくなっていたので、新撰組の方は独立予算でやっていた。伊東一派がキンノーだったので、その
(※こうして後の世に『新選組』と『新撰組』という2つの標記が伝わったのである)
「島田の動きが気になる。いくら近藤とケンカしたとはいえ、奴の動きは不可解だ。
監察方からの報告では、会津藩だけではなく、島津や肥前とも接触しているようだ。
キンノーに寝返ったというわけでもないようだが・・・。
そして、あの武器・弾薬だ。阿部が持ち逃げしたスナイドル銃の他にも、
どんどん火器を購入しているらしい。
もし、島田が我々と戦う気でいるのなら、こちらも相応の対応を取らねばならない。
すまないが、高台寺に潜入して、島田の動きを探って欲しい」
表面上は新選組の同志を裏切る事になる。だが、確かに斎藤は島田の親友だ、これ以上の適任者はない。
「分かりました」 斎藤は短く答えた。そして、次の日の巡回中に斎藤は姿を消した。
東大路通りから迷路のような小路を抜けた山の上に高台寺がある。豊臣秀吉の妻のねね(高台院)が秀吉の菩提を弔うために建てたお寺だ。山野をそのまま利用した寺で、各所に塔頭が散在し、幾重にも築地塀が巡らされ、さながら要塞のような作りである。島田が屯所として借り受けているのは高台寺の一番山裾にある月真院という塔頭だ。一番山裾にあるとは言っても、四条からここに至るまでには直角に曲がりくねった上り道を抜けねばならないし、門前の道は土塀に挟まれており狭い。ここを大軍で攻める事はできない。さらに山の上なので下の動きが一望できる。偶然とはいえ、島田も戦略的に良い場所に屯所を置いたものだ。
「たのもー」 斎藤は門の外から呼ばわった。
「あ、はじめちゃんじゃない」
金髪ツインテールの少女が、斎藤と同じ浅葱色に袖口を白の段だら(▲▲▲▲▲)で染め抜いた羽織を身にまとい、背中に巨大な斬馬刀を背負って月真院の門から現われた。背後に巡察隊と思しき平隊士達が2列の隊列をなしており、旗手が赤地に『誠』の一字を金糸の縫い取った旗を掲げている。
「藤堂さん」
「はじめちゃんもコッチに来たの?」
「ええ、まあ、その、何というか・・・」 斎藤は言葉を濁した。
「大丈夫だよ。どっちも『しんせんぐみ』だから。
私たちはこれから巡察だけど、左手の本部に芹沢さんがいるから」
「はあ」
「じゃ、行ってくるね〜」
斎藤を残し、藤堂に率いられた巡察隊が出発する。
島田が『新撰組』を立ち上げてからかなり経つから、もう少し疑われるかと思ったが、意外とそうでもなかったので斎藤は拍子抜けしてしまった。
でもまあ、これで疑われずに潜入できるわけだ。
“罠か?” と一瞬疑わなかったわけでもないが、罠にかける理由も見当たらない。
「やあ、斎藤君じゃないか」
斎藤が高台寺の門を潜ると、山南が庭掃除をしていた。谷三十華がそれを手伝ってる。
「山南さん! お元気でしたか?」
「ああ、こっちに移ってから体調も良くてねえ。ふむ。やっぱりストレスだったのかな」
「あの、実は・・・」
「入隊志願かい? それなら母屋に島田副長がいるからそっちに行ってくれたまえ」
「島田・・・・副長!?」
斎藤は素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、そうか。斎藤君は知らないんだったね。島田くんがこっちの新撰組の副長なんだ」
「・・・・」 あまりの事に斎藤は唖然としている。
「ボクは総長だからねえ。局長は芹沢くんだし。それで島田くんが副長をやってるんだ。
何せ島田くんがこっちの新撰組を立ち上げたからねえ。
無役というわけにもいかないだろう」
うんうんと一人
「じゃあ、谷さんは島田の部下なんですか?」
新選組での谷三十華の地位は副長助勤だった。プライドの高い谷三十華が島田の部下に甘んじているなど考え難い。
「私は総長助勤ですわ」 と、三十華が答える。
実はそんな役職はない。三十華が勝手に言ってるだけだ。だが山南は否定も肯定もせず、にこにこしているだけだ。
「まずは芹沢君と島田副長に挨拶してきたまえ」
島田が副長という事に軽いショックを受けながらも斎藤は母屋と言われた建物に向かった。切妻造りの大きな建物だ。これが月真院である。元々はお寺なので平屋だったのだが、切妻で天井が高いため、屋根裏部屋とも呼ぶべき2階が造られている。だがまだ斎藤はそのことを知らない。
ズパパパパーン。一斉射撃の音が響き渡った。斎藤が驚いてそっちを見ると隊士と思しき一団が、物陰に隠れながら上の方に山を登って行ってる。演習中なのだろう。下の方から叱咤命令しているのは武田観奈だ。
妙な格好だ。黒の筒袖洋袴に浅葱色の羽織をひっかけ、頭には黒塗りの陣笠。手には銃剣付きのライフル銃を持ち、刀は肩から斜めに掛けた紐で吊ってある。その反対側の腰には弾薬を入れる胴乱がベルトに固定されている。新選組の女性幹部は洋装なのでそれに違和感はないものの、男がこういう格好をしているのは妙な感じだ。でも山南さんは袴をつけていたが・・・。
そして月真院で斎藤を出迎えたのは、カモミール・芹沢だった。
「あ〜、斎藤くんじゃないの〜。
やっぱり歳江ちゃんよりアタシの方がいいのね」
芹沢が酔っ払って斎藤に迫る。どこにいてもこの人は変わらないらしい。
「い、いや僕は・・・」
「ひょっとして、島田くん? 島田くん狙いなのね?
ダメよ! 島田くんにはゆーこちゃんがいるんだから。ほら」
芹沢が窓の外を指す。裏庭の方には島田がいて、どうやら射撃練習中らしい。しかしその横で島田を個人レッスンしているのは、島田を追い出した当の本人の近藤局長だ。
「な、なんで近藤局長が!?」
「黒谷(会津藩本陣)の帰りによく寄るんだよ」
「だ、だって島田を追い出したのは近藤局長なのに・・・」
「分かってないなあ。逃げたら追いたくなるのが恋なんだよ」
「はあ?」
「2人はラブラブだからなあ。
って、ゆーかアタシがこっちにいるからゆーこちゃんも心配なんだよ。
島田くんも健全な男の子だからいつまでアタシの誘惑に耐えられるか・・・」
そう言って芹沢は、色っぽく微笑む。
「でも斎藤くんが来てくれるんなら、斎藤くんでもいっかー」
芹沢の
「いいいい、いえ、ぼくは、その、あの・・・・」
「あははは〜。冗談よ、じ・ょ・う・だ・ん☆」
「いやー、正直、島田くんは良くやってるよ。
入隊したときはゆーこちゃんも顔で選んだと思ってたんだけど、
なかなかどうして男を見る目があるねえ」
「島田が、何を?」
「外で演習してる隊士を見なかった?」
「はい。変な格好の連中ですね」
「あれは山南くんが指揮してるんだよ」
「はあ? でも、山南さんは掃除してましたよ?」
「そう見せるのが山南くんのすごいトコなんじゃない。
あ、それとも斎藤くんを信用してなかったのかなあ。
山南くんと観奈ちゃんを中心に今、新撰組では洋式軍隊の真っ盛りなんだから」
「でも、来る時すれちがった藤堂さんの隊は、普通の格好でしたよ」
「だって、あのカッコじゃ京の町で変じゃん」
「・・・・・」
酔っ払った芹沢の言うことは支離滅裂だ。だが、確かに山南・武田観奈は新選組を洋式化しようとして土方副長から睨まれてたのは事実だ。
「みんな最初、言うこと聞かなくってさー。あんなカッコ、武士らしくないって」
「それは、僕もそう思います」
「でも島田くんが、『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』って言ったら、
みんな納得して、あのカッコで演習してるんだよ」
伊東甲子の元で授業を受けていた隊士達は、この一言で島田の言わんとするところを分かったらしい。
「つまり攘夷を行うには、異国のやり方を知らねばならない・・・・と?」
「そう。斎藤くんは話が早いなあ」
徳利から酒を注ぎ足しながら芹沢は続けた。
「アタシも佐賀藩の鍋島直子ちゃんから新型のあーむすとろんぐ砲をもらったから
それの練習をしてるんだよ。凄いよ〜。
前のカモちゃん砲よりも射程も威力も段違いだからね」
斎藤は戦慄した。もし島田が新選組に戦争を仕掛けるつもりなら、新選組に勝ち目はない。洋式の装備、戦術を取り入れ、異国と戦する気だ。古色蒼然とした新選組など物の数ではないだろう。しかも巡回に出るときは、昔のままの格好に槍と刀だ。新選組の方は油断している。それが中ではこんなことをやってたとは。
“土方さんは、これを心配していたのか。
でも近藤さんが来てるし・・・”
正直言って、斎藤にはわけが分からない。直接島田に聞くしかあるまい。
「それで、僕は採用でしょうか?」
「採用でいいと思う〜」
“い、いいかげんだ” 採用されないとは思ってなかったが、拍子抜けするぐらい簡単に採用されてしまった。
「あっ! 斎藤君、伏せて!」
斎藤の頭を押さえて、自分も身を伏せる芹沢。
斎藤の顔のすぐそばに、芹沢の豊満な胸がある。つとめてそっちを見ないようにして芹沢の視線の先を追うと、島田と近藤が別れのキスをしてるところだ。
「わーーーーー」
「しーっ、声が大きい」
斎藤の声に気付いたのか、近藤は慌てて身支度を整えると帰って行った。
「おしい! チャンスだったのに」
芹沢は如何にも惜しげに指をパチンと鳴らす。
「ゆーこちゃんは帰ったから、斎藤君も島田くんに会っておいた方がいいよ」
「はい、でも、もう少ししてからにします」
「そだね」
いい所を邪魔された直後は、さすがにまずいだろうとの配慮だった。
俺は裏庭で片付けをしていた。近藤さんはちょくちょく寄ってくれるので、訓練と称して実はいちゃついている様な気もする。
「違うよ。手はこうだよ」
「こうですね」
俺の手の上に近藤さんの柔らかい手が添えられる。互いの身体が密着し、近藤さんの吐息が俺の顔にかかるぐらいに接近する。ふっと微香が鼻をくすぐる。
「近藤さん、シャンプー変えました?」
「え、あ、うん。分かる?」
「分かりますよ。俺は入隊以来、近藤さん一筋ですからね」
「もう、島田くんったら☆」
そう言いながらも近藤さんは嬉しそうだ。
「島田ぁー!」 母屋の方から斎藤が駆けて来る。はっ、と俺は回想から戻った。
「おー、斎藤、久しぶり」
「島田、どうして僕も誘ってくれなかったの?」
確かに斎藤は誘わなかったけど、でもカモちゃんさんたちは勝手にやって来ただけだしなあ。
「いやー、あんまり向こうから戦力を引っこ抜くのもどうかと思って」
「は?」
「近藤さんが苦戦すると困るし」
「どういう事なの?」
「どういうも何も、俺は追い出されたしー。
近藤さんには誤解だと分かってもらえたけど、けーこちゃん様まで動いてるからいまさら引っ込みもつかないしー」
“ウソだ” 斎藤は直感的に分かった。島田とは入隊以来の付き合いだ。男の友情で結ばれた2人の間では言葉など無意味。心が感じるのだ。
「島田、抜いて!」
斎藤が刀を抜いて構える。
“お互い剣客同士、刀を交えれば真実が見える!”
斎藤の気魄は十分。俺にも斎藤の考えが読めた。・・・分かってしまう辺りがやっぱり親友なんだろうか? 斎藤が新選組から動かなかったのは別に動く必要がなかったからだし、俺が斎藤を誘わなかったのはその必要がなかったからだ。四六時中ベタベタとくっついてなければ満足できないようなのは親友じゃない。俺には俺の考えがあるし、斎藤には斎藤の考えがある。共に歩く時もあれば、道を違える時もある。先は敵味方になるかもしれない。それでもいい。それでも俺と斎藤が友であることに何ら変わりはないのだ。
俺も刀を抜く。
「行くよ!」 言うと同時に斎藤が斬りかかる。
俺は刀で防ぎ・・・刃が鳴った瞬間、刀を取り落とした。
“やっぱり” 無理だとは分かっていたのだが、それでも試してみて分かった。この腕じゃ実戦で使い物にならない。
「島田!?」 危うく寸止めにして、斎藤が目を丸くする。
「剣術は駄目なんだ。右腕の筋をやられてる。片手じゃ斎藤の剣は受けきれない」
俺は肩をすくめた。
「伊東か! あいつ!」 斎藤の目に炎が宿る。
「生きてるのが不思議なぐらいの重傷だったからなあ。
伊東の毒牙にかかった近藤さんを守れたんだ。右腕1本ぐらい安いもんだ」
伊東を斬りに行ったものの、俺は返り討ちに遭い(そりゃそうだよなあ。伊東甲子は北辰一刀流の免許皆伝で自分の道場を持ってるぐらいなんだから)、めった斬りにされてしまった。伊東と刺し違え、幸いにして俺は助かったが、それでも剣を握れない身体にされてしまった。(※第4幕参照の事)
「島田・・・・それで銃の稽古を」
「ああ。たとえ刀を握れずとも近藤さんを守ることはできるからな」
「それじゃ、どうして新選組から出て行ったのさ!」
出て行ったんじゃない。追い出されたんだぞ。と答えても、もはや無駄だろう。俺は正直に答える事にした。
「刀が使えないでは新選組に居られないからな。土方さんは新選組の洋式化に反対しているし」
「でも、それじゃ近藤局長が島田を追い出したのは・・・・」
「半分はお芝居。また頭痛がしたんだ。カモちゃんさん、山南さん、武田、谷。
みんなが粛正される所を見た」
「それは島田が防いだんじゃなかったの?」(※第4.5幕参照の事)
「それに今度は俺も加わってた。俺の死体にすがって近藤さんが泣いているんだ。
土方さんにとって、いつも近藤さんのそばにいる俺が邪魔になったんだろうな」
俺は再び肩をすくめた。
「そんな・・・・」
「俺が大坂に行っても良かったんだけど、大坂は遠すぎるからここにいたんだ。
何かあった時にすぐに近藤さんのそばに馳せ参じられる場所じゃないとな。
そしたらカモちゃんさんたちも集まって来て、何とか隊の形になってきたし」
「じゃあ、近藤局長は全てを知ってて・・・」
「ああ。ま、近藤さんの前で土方さんの写真を落としたのは芝居じゃなかったんだが。
あの時はマジで殺されるかと思った」
「近藤局長、迫真の演技だったもんね」
「実は演技じゃなかったんだ。いやー、土方さんを隠し撮りしてた水着写真とか着替え写真をうっかり落としちゃってさー。あのときの近藤さんの目はこわかったなー」
「そんな事してたの!」
「おう。これでも元監察方だからな。そういうのは得意だ」
「島田はずっと近藤さんの近習じゃないか」
「あ、それはそうだな」
隠し撮りしてる時には監察方の経験が生きていたのだが、改めて言われると俺は監察方をやったことがない。不思議な記憶の混乱だ。
「ところで僕も島田の新撰組の方に入りたいんだけど」
「何でいまさら?」
俺のこの質問に斎藤は虚を突かれた形になった。しばらく絶句する斎藤。
「・・・・何でって、僕と島田は親友だろ? それに僕の腕前なら島田の役に立つよ」
「見廻り組格70俵3人
「親友じゃないか」
「・・・・・」
俺は無言で考えを巡らせた。斎藤が今までこっちに来なかったのは来る必要がなかったからだ。こっちの人間は皆、土方副長から睨まれて居づらくなった人間ばかりだ(含む、俺)。 先頃、近藤さんの新選組は幕臣に取り立てられたから、『二君に仕えず』の武士の定めから、幕臣になるのを嫌ってこっちに来た人間もいる事はいるが、斎藤はそんなのを気にしない奴だ。すると考えられるのは・・・・。
「斎藤、お前、スパイだろ?」
「・・・・・・・な、な、なぜそんな事を?」
俺の言葉が頭に染み渡る一瞬の間の後、慌てた様に答える斎藤。ふっ、分かりやすい奴め。明らかに動揺を隠せていない。
「僕を信用してくれないの? 島田」
「お前、近藤さんが送りこんだスパイだろう!
こっちにはカモちゃんさんやへーがいるから、
俺が浮気しないように見張りに来たに違いない」
斎藤がずっこけた。 おや? 違ったか。絶妙の推理だと思ったのだが。
「島田、浮気してるの?」
「な、何を馬鹿な事を! 俺は近藤さん一筋だ!」
「じゃあ、僕の転入を認めてくれる?」
「お前、向こうに帰れよ!」
「浮気してるんだね!」
「してない!」
「やましい事をしてないんだったら、僕がこっちに居てもいいはずだ。
僕に報告されるとまずい事が何かあるんだろ」
「何にもない!」
「じゃあ、僕もこっちに入れてよ!」
「こっちに来ても得な事なんて何もないぞ」
「僕には任務がある」
斎藤がきっぱりと言い放った。スパイだと自ら認めたわけだ。が、それで事態が好転したわけではない。このまま斎藤を返せば、ありもしないことを近藤さんに報告されそうでこわい。斎藤ならやりかねない。こいつはそういう奴だ。そして報告を聞いた近藤さんが暴走しかねない。前回の土方さんの写真の一件があるから、今度は許してもらえないかもしれない。これは非常にマズい。俺に選択の余地がないじゃないか。
「斎藤、頼むからウソの報告はするなよ」
「大丈夫だよ。僕と島田の仲じゃないか。それで僕は何をすればいいかな?」
「そうだな・・・」俺の頭の中で悪魔が
「・・・そ、それってもしかして?」
「カモちゃんさん係だ」
「ええ〜っ!」
「し、島田、僕には芹沢さんの相手をする自信がないんだけど」
「安心しろ。俺にもない」
「そ、それに僕は実戦部隊の方が向いてると思うんだけど」
「これで俺がカモちゃんさんと浮気する心配はなくなった・・・と。良かったな、斎藤」
「ぼ、僕の貞操はどうなるんだよ」
「そんなもん俺は知らん。副長は実務で忙しいんだ。嫌なら壬生に帰れ」
「うぐぐ〜、に、任務が・・・・分かったよ」
こうして斎藤はじめは『新撰組』への潜入に成功したのである。さすがに心の友である島田は鋭かったが、色恋ゆえか、その勘がびみょーに明後日の方向を向いていたので斎藤の真の目的は隠し通せた。
かくして歴史の大きなうねりの中に、近藤率いる幕府方『新選組』と、島田率いるどっちかというとキンノー方のような実は裏ではそうでもないような『新撰組』が誕生したのである。
(第6幕に続く)
(あとがき)
第4幕で短絡的に伊東甲子を殺したものの、伊東率いる高台寺党の面々はそのままなので、いずれ分離、あるいは粛正されるというのは、第4幕を書き終えて新選組の勉強を一通り終えた頃に考えた事です。一方、頭痛予知によりシナリオでは死んでしまうカモミール芹沢、山南敬助、谷三十華、武田観奈らの各幹部が生存しています。彼らが生存している直接の原因は島田であり、近藤勇子の側近として発言力(発言60ぐらい)のある島田が土方にとって邪魔になって来ます。消される前に逃げ出せば、おお!伊東のいなくなった高台寺党があるじゃん。更に生き残った幹部連中もそのまま居れば土方に消されるのは必定なので大坂にやってしまいました(史実の新選組も大坂で活動してるし)。幕臣に取り立てられなかった大坂新選組の面々(史実では死んでるから当たり前)は島田の元に集まって来ます。ずーっと回り道して来ましたが、この島田高台寺構想は初期の段階から固まっていたので、案外さらっと書けました。
島田のブロマイドの人気順は、ライアーで行われたキャラクター人気投票の順番です。
1位:土方歳江
2位:カモミール芹沢
3位:近藤勇子
4位:原田沙乃
5位:長倉新
6位:おまちちゃん
7位:沖田鈴音
8位:坂本龍馬
9位:斎藤はじめ
10位:島田誠
だったそーなので、これを参考にしました。幕末の頃は写真はまだ珍しく、また高価だったらしいので、島田の新選組ブロマイドも高値で取引されれば、資金源になるなあ。というのがアイデアの元です。
いよいよ第6幕は鳥羽伏見です。お楽しみに〜。