行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ 近藤勇子EX

第4.5幕『闇を討つ光』(後編)


(前編のあらすじ)
 カモミール芹沢が大坂で行っている無茶な押し借りについてけーこちゃん様から怒られる近藤・土方。これは大坂西町奉行所の筆頭与力内山彦次郎の告げ口によるものだった。時を同じくして、山南・谷三十華・武田観奈の3人の死を頭痛で予知する島田。近藤は、この3人を大坂へ派遣する決定を下す。土方はこれを利用して芹沢・山南を亡き者にする計画を立て、同じく参謀伊東甲子も裏切り者の山南を処分するため暗躍を始めた。山南を中心として数々の陰謀が渦巻いていた。


「じゃあ、カーモさんをよろしくね☆」

「心得た。じゃ、行ってくる」


 局長命令により、下坂した山南・谷三十華みそか・武田観奈かんなの3人は道中何事もなく・・・・


「山南先生せんせ、大坂までやったら何も歩かんでも、
 伏見から船に乗ればええのではないですの?」

 頭脳派の武田は体力がない。大坂まで歩くのは正直言ってつらいものがある。

“どうせやったら山南先生せんせと2人っきりやったらよかったんに”

 だが、武田はすぐさま逆の可能性の方が強かった事に気付いた。三十華の方が圧倒的に武術が優れている。山南と三十華が2人っきりで下坂するのに比べれば、三十華と2人で山南の護衛任務にあたるという局長命令はありがたいものだった。

「ふん、甘いわね。それでも軍師なの? 船で襲われたら逃げ場がないじゃない」

 以前、カモミール芹沢がキンノーに襲われて以来(島田の頭痛で回避できたが)、新選組は大坂−京都間を陸路で行き来している。

「うち、山南先生からやったら襲われても・・・・ぽっ」

 武田は、そう言って頬を赤らめる。

「ふん、あなたみたいな眼鏡ブスを山南様が襲うわけないじゃない」

 三十華は小声で毒づいた。

「メガネは知性のシンボルや。まあ頭に行く栄養が全て胸に行ってるお方には、
 何を言うても無駄かもしれんですけど」

 武田はこれ見よがしに眼鏡を直しながら呟く。
その台詞にカチンと来る三十華。だが、ふと武田の台詞がそのまま反撃に使える事に気が付いた。

             ・ ・
「はぁ、確かに胸に全然栄養が行ってない方は、お気の毒ですわね」

 勝ち誇った三十華の視線が、武田の身体を上下に眺め回した。
 新選組の中でも三十華は芹沢に匹敵するナイスバディーの持ち主である。対して武田観奈は女性としては凹凸の少ないその身体を実は気にしていた。

「なんやて!」

「お役目とは言え、こけしともにせねばならない山南様もお気の毒ですわ」

 いきり立つ武田に対して、三十華は冷ややかに返した。

「こ、こけし! う、うちかて脱いだら凄いんや!」

「あら、わたくしは、脱がなくても凄いですわ」

 三十華は、その豊かな胸を強調するように胸の前で腕を組み武田を見下ろす。

「うぐぐぐー。なにさ、ソバカスオバケのくせに!」

「い、言ってはならない事を〜!」

 谷3姉妹の中で、三十華のソバカスが一番目立っている。だから三十華は前髪を長く伸ばしてソバカスが隠れるようにしているのだ。
 怒った三十華が槍鞘を外して、槍を構える。
 武田もたもとから手製の手榴弾を取り出して構える。
 2人の間にバチバチと数万ボルトの火花が飛んだ。


「お〜い。置いていくぞ〜」 はるか彼方からのんきそうな山南の声が聞こえる。

 どうやら争う2人を無視して自分だけ先に進んでいたらしい。そして、一旦2人を振り返った後、またスタスタと先へ進む。

「あー、待って下さいまし〜」

「山南先生のいけず〜」

 2人は慌てて追いかけた。


 こうした場面が何回か繰り返されたのだが、このように何事もなく(?)3人は大坂の街へ到着した。




 新選組の大坂屯所は下寺町の万福寺にあった。当初は谷武術道場が新選組大坂屯所を兼ねていたのだが、カモミール・芹沢が大坂新選組の局長に収まってしまったので引っ越したのである。ちなみに谷万沙代まさよは武術道場の経営をそのまま続けており、新選組からは少し離れた立場にあった。(奔放な芹沢と貞淑な万沙代では馬が合わなかったらしい)


「あー、山南くーん、元気だったぁ?」

 3人が大坂屯所に着くと、いつものよーに酔っ払ったカモミール・芹沢が出迎えた。

「ああ、何とかね。総長になってからは仕事もなくヒマだったからね」

「歳江ちゃんもゆーこちゃんの事を考えての事なんだろうけど。
 ところで、両手に花で登場するなんて、山南クンもやるじゃないの」

「ははっ。ゆーこのはからいでね」

 山南は、島田の頭痛がおそらく自分か谷三十華、武田観奈の3人の内の誰かの死を予見しており、それを聞いた近藤が動いたのだろうとは察してはいたが、黙っている事にした。

「それにしても、三十華ちゃんが山南くんの愛人ってのは知ってたケド、
 観奈ちゃんにまで手を出してたなんて、山南くんも案外やるね〜」

「あ、愛人!?」 芹沢の言葉に三十華は耳まで真っ赤になる。

「三十華はんが愛人ちゅうことは、うちが正妻どすな」

 そんな三十華の様子を横目に見ながら、武田はしたり顔でうなずく。

「ちょっと待ちなさいよ! なんで、あんたが山南さまの正妻なのよ!」

「うるさい! 2号さんの分際で、本妻に楯突くんやない!」

「きぃ〜。誰が2号さんだあ! 3号以下のくせに」

「なんやて!」

 三十華が槍を抜き、武田が手製の手榴弾を構える。道中の女の戦いについに終止符が打たれるか?

「あっはっはっ」 ちなみに事態を引き起こした張本人の芹沢は楽しそうに笑っている。



「ていっ」 山南が止める間もなく、武田が手榴弾を投げる。

 カキーン。三十華が槍でそれを打ち返す。
 ズドーン。屯所の格子窓から飛んで行った手榴弾が外で爆発する。

「まだまだ!」

 武田は、たもとふところから次々と手榴弾を取り出し三十華に向かって投げ付ける。
 三十華はそれを槍でガンガン打ち返す。
 ズドーン。
 ズドーン。
 ズドーン。
 屯所の中庭や建物内で連続して爆発が起こる。大坂で募集した隊士たちがわらわらと出て来て火災の消火にあたる。


「あっはっはっ。やれー、もっとやれー。どんどんやれー」

 芹沢は尽忠報国と書かれた扇子をバッと広げ、無責任に2人を煽る。

「やれやれ」

 山南は首を振って立ち上がると、瞬時に間合いを詰め、二刀をもって三十華と武田に同時に斬りつけた。
 どさどさっと2人の身体が倒れる。

「峰打ちだ」

「さすが、山南くん。二刀流峰打ちお見事」

 山南は首をすくめてみせただけだ。

「って言うか、女の子に対してちょっと手荒じゃない?」

「僕は昔から女の子の扱いが苦手でね」 苦笑する山南。

「ところで、芹沢君。僕が大坂に派遣されて来た理由なんだが」

 外野が静かになったので、山南は本題を切り出した。

「うん?」

「実はゆーこと歳江さんが会津公から怒られたんだ」

「ゆーこちゃんたち、また何かやったの?」

 芹沢はまだ自分の事だとは思っていない。

「芹沢君のやってる金策がバレたらしい」

「えーっ、何でー! どうしてー!」

「商家に7万両も献金させたそうじゃないか」

「何で金額まで〜!!!」

「会津公も多少の事では動じられないが、さすがにがくが額だからねえ。
 会津藩の年間予算と同じってのはやりすぎじゃないかな」

「うーん。けーこちゃんも案外セコいなあ」

 芹沢はポリポリと頭をかく。

「しかし、7万両というと大金だ。そんな金を一体何に使うつもりだい?」

 山南としては、この点は知っておきたい所だ。いくら芹沢が遊び好きと言っても、さすがに会津藩の年間予算に匹敵する金額を必要としているはずがない。必ず何か真の目的があるはずだ。

「実はりんたろークンがお金がたくさん欲しいって言うから☆」

“なにっ! 芹沢君が男にみついでいる!?
 しかし、いくら何でも7万両とは額が大きすぎやしないか?”

「りんたろうとは?」

「幕府海軍奉行のかつ麟太郎りんたろうクン。けっこーいい男だよ☆」

“何と幕臣の勝海舟殿か! 相手の男というのもただ者ではない。
 さすがは芹沢君と言うべきか・・・”

 唖然とする山南に対し、言葉を続ける芹沢。

「山南くん、攘夷を行うのに必要なのは何だと思う?」

「大砲で沿岸の防備を固め、異人の襲来を防ぐべきだね。
 遅まきながら幕府も手をつけたみたいだが・・・・」

 山南自身は攘夷論者ではないが、この手の議論は、この時代の武士なら常識とも呼べるものだ。その問いに関してもさらりと答えが出る。

「日本は四方を海に囲まれてるんだよ。そんなの無理無理☆」

「少なくとも主要な港だけでも防備を固めないと」

「日本中にいくつ港があると思ってるの?
 海岸線を全部大砲で防備するなんて無理だよ」

「では芹沢君には何か考えがあると?」

「軍艦どす!」

 がばっと起き上がって武田が答える。復活したのだ。彼女は蘭学に精通しているので芹沢の考えに気付いたのだ。

「えい!」 だが、先に答えを言われた芹沢の鉄扇の一撃でまたバタリと昏倒する。

「大砲をたくさん積んだ大型軍艦を何隻も作れば異人がどこから来てもだいじょーぶ!
 軍艦は移動する砲台だからね。これだと日本中の沿岸を防備するより安くつくし」

「・・・それは、また、とんでもない・・・・。
 そうか、それで軍艦を買い付ける費用が必要だったのか!」

「ノンノン、そんなの異人と戦争になったら軍艦なんか売ってくれるわけないじゃん」

「では、一体?」 さすがに山南にも芹沢の(というか勝海舟の)考えが読めない。

「りんたろー君の考えだと、まず造船所を作って、そこで軍艦をどんどん作るんだって。
 それこそが真の攘夷! カッコいいねえ。ちゃんと日本の事を考えてるんだから。
 でも、造船所を作る費用が足りないから、あたしにおねだりしてきたの☆」

「な、何というかスケールの大きい話だね」

「造船所は横須賀に建設中だよ。鉄を作る工場もあるから大砲なんかも作れるんだよ」

 芹沢は勝海舟に貢いでいたのである。勝は攘夷を行うために造船所を作ると言って、芹沢を丸め込んだらしい。

「では、芹沢君の集めたお金は?」

「てへっ。全部りんたろー君にあげちゃった」

“7万両全部をか! さすがは芹沢君。金に無頓着というか何というか”

 妙な所で感心する山南。

「しかし、大坂の町の評判を落とすのはどうかと思うんだが」

「それもだいじょーぶ。超大金持ちの豪商さんたちをリストアップしてるから」

「しかし、それにしても・・・・」

「大坂商人は、ぼったくってるからねえ」

 芹沢はうんうんと一人うなずく。


 日本の国は金本位制の貨幣経済である。しかしながら、税は年貢米をはじめとする物納制だ。したがって、大名はこれらを売り払って金に変えねばならないのだが、幕府の定めにより大坂で換金せねばならないのである。このため大坂の中之島を中心として堂島川の両岸には各藩の御用屋敷が立ち並び、この御用屋敷で大坂商人と取り引きして年貢米やその他物産はお金に変わり、各藩の財政を賄っていたのである。
 が! ここに大問題があった。士農工商という身分制度があるが、武士が一番偉く、商人が一番偉くない。つまり商売は最も卑しい行為だったのである。武士が町人と談判して自藩の利益が大きくなるように商談するなど言語道断。なので、各藩の御蔵屋敷に詰める留守居役や差配役といった役人のやることは、
「よきにはからえ」とのたもうこと。
こうなると大坂詰めの下級の役人も右へ倣え。もちろん、言葉どおりよきにはからった大坂商人は長い年月の内に、大名以上の力を持つようになったし、幕末の頃になると、幕府を筆頭に、ほとんどの藩が財政赤字に陥っていた。富の片寄りがあったのである。


「それに、あたしたちが先にお金を分捕った方が、
 キンノーにお金が行かなくなるからいーじゃん。
 どーせ、キンノーの金の出所も同じなんだし。
 あとね、キンノーが押し借りに来たら、すぐさま新選組が出動して追い払ってるから
 これは立派な『ぎぶ・あんど・ていく』なんだよ」

「ひいては幕府の為になる・・・・と」 山南が言葉を締めくくる。

「そう! 山南クンも分かってるじゃないの!」

「ううむ。確かに芹沢君の言うことにも一理あるな」

「だって、奉行所の連中じゃ話になんないもん。
 キンノーは武装集団だからね。あたしたち新選組じゃないと太刀打ちできないって」

「まあ、そのために組織されたのが新選組だからね」

「そうそう」

「これは会津公に上申書を提出した方がいいかもしれないな」

「山南クンって、歳江ちゃんと違って話が分かるから好きだなあ」

「観奈がこういう仕事は得意だ。ゆーこの祐筆をやってるぐらいだからね。
 三十華、観奈が起きたら事情を説明して観奈に上申書の草案を作らせてくれたまえ」

 山南の言葉に、倒れたままの谷三十華の体がビクっと反応する。

「あれ?」 芹沢が首をかしげる。

「ああ、三十華は懐刀で僕の剣を受けたからね」

「じゃあ、死んだフリ?」

「まあ、そうなるかな」

「あの場合、斬られたら倒れるのが礼儀だと思いましたので」

 三十華が起き上がって答えた。

「ひょっとして観奈ちゃんも?」

「いや、観奈にはまともに入ったよ。ただ浅かったのか、すぐ気付いたけどね」

「山南様は、お優しいから無意識に手加減されたのですわ」

「まあ、芹沢君の鉄扇もあるからね。
 観奈はしばらく伸びたままだろう。では三十華、頼んだよ」

「分かりました。ほら、行くわよ、武田さん」

 三十華は気絶したままの武田観奈をずるずると奥へ引っ張って行く。

「それで芹沢局長は、しばらくの間、断酒して謹慎だね」

「山南くんー」

「会津公に誠意をみせなくちゃいけないだろうからね」

「あうう〜。山南くんなんかキライだ」




「周子ちゃんから聞いたけど、芹沢さんは無罪放免みたいだね」

 ここは台所である。藤堂平がてきぱきと料理をこなしていき、俺がそれを手伝ってる。何か、どんどん俺は雑用係と化してるような気がするなあ。

「山南さんはいいわけの達人だからなあ」

 タタタタタと包丁の音を響かせながら俺が答える。

「あはは。それは言えてるね。トシさんを言い負かせるのは山南さんだけだもんね」

「それでゆーさんは山南さんを大坂に送ったんですね」

 非番のそーじも料理を手伝ってる。

「でも、まこと、初めてにしては包丁を扱うの上手だよねー」

「・・・・何か、昔からへーと2人で料理当番だったような気がするんだが・・・」

 体が動作を覚えているというか、料理番は初めてのはずなのに、へーの相棒として、同じように厨房で動くことができる。これは一体・・・。

「そんな事ないよー。まことは入隊した時からゆーこさんの近習じゃない」

「それは、そうなんだが、たまにそういう事があるんだよなー。
 なんか俺が監察やってたり、巡察隊やってたりしたような気がするんだよなー」

「だめだよ、へーちゃん。今、島田さんはへーちゃんを口説こうとしてたんだから」

「おお!? そうなの、まこと?」

「そうなのか、そーじ? 俺も知らなかった」

「・・・・はぁ」 そーじが小さくため息をついた。



 同じころ、土方は一人自室で監察からの報告書を読んでいた。

「ふむ、芹沢さんはしばらく謹慎か。
 あれだけ怒っておられた中将様のお怒りを静めるとは、さすがは山南だな」

 普段は敵対しているようでいて、実は土方歳江は山南の実力を買っている。だが、新選組を戦闘組織として束ねていく上で、山南は優しすぎるのだ。ともすれば新選組の敵であるキンノーにすら同情的だ。土方としてはそれでは困るのだ。だが、まあ大坂にいて何かと問題を起こす芹沢の側にいるのであれば、それはそれで良い。元試衛館の道場主である近藤勇子の采配は見事なものだ。しかし、これは土方にとってもまたとないチャンス。邪魔者である芹沢・山南を一挙に片付けるチャンスだ。
 すでにキンノーの名で、大坂西町奉行所の与力、内山彦次郎には斬奸状を送り付けてある。あとは芹沢さんにそれとなく内山の事を教えればいい。何せ会津藩公用方に芹沢さんの金策を告げ口したのは内山だからな。それを伝えれば卑怯を嫌う芹沢さんは烈火の如く怒るはずだ。ふふふ。
 土方の顔に冷たい微笑が広がる。


 と、そのとき。
 スパンッ。音を立てて障子が開かれた。
 土方がびっくりして間口を見ると、またしても近藤勇子が怒りもあらわに立っている。

「近藤か、おどかすな」

「内山さんに斬奸状が届いたんだよ!」

「ああ、私も今、監察から報告を受けた所だ。
 いいじゃないか。内山にもいい薬になるだろう」

「なに言ってるのトシちゃん! 大坂町奉行所は幕府の西国統治のかなめだよ。
 そこの役人が斬奸状で脅されて、もし殺されたら幕府の権威は地に落ちるよ」

“・・・そうか。私は芹沢さんを焚き付けるつもりだったからな。
 そうなると新選組VS奉行所の図式なのだが、キンノーから暗殺されたとなると近藤の言うとおりだ”

 最近の近藤は大目付の永井主水尚志ながいもんどのしょうなおゆき様と話せるような立場にある。そういう意味では新選組を統括しているだけの土方より視野が広い。

「天誅の名を借りた暗殺なんて、あたしたち新選組が絶対に許さないんだから!」

「しかし、内山のせいで我々はけーこちゃん様から怒られたんだぞ」

「それとこれは話が別よ。大坂のカーモさんに頼んで内山さんを護衛してもらうわ」

「ま、待て近藤、いちおー、内山は我々の敵なんだぞ。
 監察方の報告でも大坂町奉行所は新選組を敵視しているのは明白だ」

「武田信玄に塩を送った上杉謙信も武士だよ。
 あたしたちは常に武士よりも武士らしくあるんだから。
 そして敵はキンノー。キンノーが内山さんを暗殺するっていうのなら、
 あたしたちが内山さんを守るの。そしたら、きっと内山さんも感謝してくれるよ」

“ああ、近藤。お前はどこまで真っすぐで純な奴なんだ・・・・。
 それでこそ近藤勇子だ。しかし、私の計画が・・・・”

 近藤の人柄を改めて確認し、それが誇らしい反面、せっかくの計画が足元から崩れ去り頭を抱えたくもあり・・・・。




「ゆーこちゃんからお手紙が届いたって〜?」

 謹慎は数日しか続かず、やはり一升徳利を下げて芹沢が現われた。

「ゆーこちゃんはダメだよ。ゆーこちゃんには島田君がいるんだから☆」

 この言葉に傍らに控えていた三十華と武田がピクッと反応する。

「そういうんじゃないよ」 山南は苦笑しながら答える。

「どうやら西町奉行所の内山彦次郎という与力に斬奸状が届けられたらしい」

「普通は斬奸状は殺してから晒す時に添えるのではないですやろか?」

 武田が口を挟んだ。普通の斬奸状とはそういうものである。『こいつはこれこれこういう悪いことをやったから天に代わりて誅殺した』という看板を立てたり、文書を添えたりする。

「まあ〜、キンノーのやることだからねえ」 徳利から酒を酌みながら答える芹沢。

「これは脅しだろうな。同時に民百姓へのアピールになる。
 内山彦次郎といえば、大塩平八郎を追い詰めた事でも有名だからね」

「で、ゆーこちゃんは何と言って来たの?」

「万が一キンノーに殺されたら幕府の威信にかかわるから、
 内山彦次郎を護衛せよとの局長命令だ」

まさよの話では、町奉行所は新選組を敵視しているとの話でしたが」

「うむ。歳江さんの話では、大坂町奉行所が会津藩の公用方に芹沢君の金策を告げ口したらしい」

「ちょっと〜。なんでそんな奴をあたしたちが護衛してやんなきゃならないのよ〜」

「ですが、これはチャンスやないでしょうか?
 内山に恩を売り、さらに新選組と奉行所の格の違いを見せつければ、まさに一石二鳥」

「さすがだな、観奈。ゆーこも同じように考えたらしい」

「え、まあ、論理的に考えればそういう結果になるという・・・」

 山南から褒められ、武田は顔を赤くする。

「でも、内山が素直に私たちに護衛させてくれるでしょうか?」

「それに関しては僕に考えがある。芹沢君は、そのままでいいか」

 芹沢はいつものセクシーな格好で、ヘソ出しミニスカである。胸元も大きく開いている。
 そして谷三十華を見やる山南。三十華はスカート丈こそ新選組で一二を争う短さだが、黒で統一された上着は普通の物である。

「三十華は露出度をあと20%上げるように」

「はぁ?」 意味不明な山南の命である。

 更に武田観奈を見る山南。矢絣やがすりの着物に、あんどん型の袴という卒業式の女学生のような格好に、白衣を羽織っている。白衣は袖の所が浅葱色のダンダラになっていて、ちょうど隊服と逆の色パターンになった特注の奴だ。

「観奈は露出度を70%あげるように」

「ええっ!? し、しかし、それにどないな意味が・・・・」

「あら、武田さんは脱いだら凄いんじゃなかったかしら?」

「うっ」 三十華の不意の反撃に武田は言葉に詰まらせる。

「そうだ。三十華、妹の万沙代君も呼んでおいてくれたまえ」

「はい。それは構いませんが・・・」

「山南くん、何を考えてるの?」 皆の思いを代表して芹沢が尋ねる。

「ずばり! 色仕掛け大作戦だ」 山南は得意になって答えた。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 山南の答えに無言の3人。ちょっと呆れている。

「そ、それでうまく行くのですやろか?」

「仮にうまく行かなかったとしても、その時はその時で僕が目の保養になる」

 うんうんと一人頷く山南。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 3人の山南ポイントが大幅に低下したのは言うまでもなかった。




 ところが、大方の予想に反し、山南の交渉はうまく行ってしまった。確かに奉行所は新選組に対してあまり良い感情はもっていなかったが、山南は元来こういう交渉事が得意であり、かつ新選組の誇る美女の使い手が護衛するという事もあり、更には芹沢の書いた上申書により、会津中将松平けーこちゃん様からも奉行所に対して圧力がかかっていたので無下にもできなかったのである。それに確かにキンノーに対しては奉行所よりも新選組の方が戦力的に当てにもなる。キンノーからの斬奸状がハッタリでなかった場合、内山が暗殺される可能性は否定できないからだ。大勢の与力、同心が詰めている町奉行所内部で襲われるとは考え難いので、新選組は内山が天満四軒屋敷と呼ばれている役宅と奉行所を往復するときの警護を行うことになった。朝、役宅から奉行所に向かうときと夜、奉行所から帰るときの2回である。昼間は普段どおり大坂の治安を守るための活動を行う。



「あたしは納得いかないなあ。こいつのせいでアタシは謹慎したってのに」

 カモミール芹沢は一人ぶつぶつ言っていた。後ろには自走式カモちゃん砲がついて来ている。芹沢を先頭に、内山彦次郎の乗るカゴの脇を谷姉妹と奉行所側の護衛の片岡弥右衛門、相馬肇が固め、殿しんがりを山南と武田観奈が守っていた。奉行所側の片岡と相馬も奉行所きっての使い手である。芹沢は神道無念流の免許皆伝(&カモちゃん砲)。谷姉妹は自分たちの武術道場を持つほどの腕前。山南は北辰一刀流の免許皆伝である。この護衛陣の中で唯一、武田観奈だけ武術ができないが、その代わり屯所からスナイドル銃を借りて来ていたし、手製の手榴弾もある。護衛としては贅沢すぎるほどの顔揃えである。



 夜、天神橋のたもとで、原田沙乃と永倉アラタが困惑した様子で話し合っていた。
2人は土方から、堂島の米相場を引き上げて幕府の混乱を狙っている長州系隠れキンノーの与力、内山彦次郎を暗殺して来るように命じられていたのだが・・・・。

「話が違うんじゃないか?」

「そうね」

「トシさんの話では内山はキンノーの悪人で、
 しかも芹沢さんの押し借りをけーこちゃん様に告げ口した奴なんだろ?
 なんで芹沢さんが護衛してんだ?」

「山南さんや谷さんたちもいるわ」

「うまく内山だけをれるかな?
 って言うか、何で芹沢さんたちが護衛してんだ?」 永倉が疑問を繰り返す。

「そんなの沙乃も知らないわよ。
 この頭巾ずきんで顔を隠して襲うしかないわね」

 沙乃は背中に背負ったネコさんリュックから黒い頭巾を取り出した。

「用意いいなあ」

「で、武器は屯所から持って来たこのスナイドル鉄砲を使って〜」

「アタイたちが射っても当たらないぞ」

「仕方ないじゃない。十文字槍やハンマーを使ったらすぐ沙乃たちだってバレちゃうじゃないの!」

「無難に刀にしとくか?」

 ちなみに永倉は普段は破壊力の大きい特製の永倉ハンマーを使ってるが、実は芹沢と同じく神道無念流の免許皆伝である。

「あの護衛陣を抜くのは容易じゃないわよ」

「沙乃が鉄砲で注意を引いて、アタイが一気にカゴに詰めよって刺すしかないかなあ」

「成功の確率は低いわよ」

「うーん。どうしよう?」


 2人が躊躇ちゅうちょしていると、天神橋の上で動きがあった。
 突如、呼子の音が闇夜を切り裂き、直後に銃声が聞こえた。そしてそれに呼応するように大砲の轟音(おそらくカモちゃん砲だろう)。沙乃たちが隠れている傍らを十数人の浪士の一群が橋目がけて殺到する。

「キンノー!?」 2人は顔を見合わせた。


「狙撃だ! 皆、明かりを消せ!」

「山南先生せんせ、キンノーが!」

「後ろだ! 三十華、万沙代!」

「はい!」

「観奈は下がれ!」

 連続した爆発音がおこり(武田の手榴弾だろう)、続いて刃物と刃物が打ち合う金属音が鳴り響く。


「行くわよ、アラタ!」

「おう!」

 こうなっては、沙乃とアラタも黙って居られない。2人も橋の目がけて走りだした。


 キンノーは予想外の抵抗に遭い苦戦していた。指令では護衛の新選組もろとも皆殺しだったのだが、こっちが全滅させられそうな勢いだ。橋のたもとで乞食の格好をした同志が目標を確認、呼子の合図と共に、提灯の明かりを狙って橋の近くの民家の2階に潜んだ狙撃班が狙撃。と同時に混乱した一行に突撃部隊が突入して一気にカタをつける手筈だったのだが、何を考えたのか、襲撃と同時に新選組は大砲をぶっ放し、運悪く狙撃班の潜む民家他数軒が破壊されてしまった。大砲を撃ってる側からは迂闊に近寄れない。本来なら橋の両側から挟み撃ちする予定だったのだが、計画変更、大砲の反対側から一気に攻め上がる。所詮、多勢に無勢。数で押し切る・・・と思ったのだが、新選組は噂に聞いているよりもはるかに手ごわかった。そして、包囲の外側から沙乃と永倉が加わった。


「新選組永倉アラタ見参!」

「同じく原田沙乃推参!」

 得意のハンマーと十文字槍でキンノーに襲いかかる。
 カゴを固めるのは谷姉妹と山南、そして奉行所の2人。全員が達人クラスである。これに新選組主力の永倉と原田が加わったのだ。ひとたまりもない。挟み撃ちにあったキンノーはあっさりと全滅した。



「あれー、沙乃ちゃんにアラタちゃん。どーして大坂にいるの?」

 芹沢が目を丸くする。

「えーと、それは・・・」 どう答えたものか永倉が思いあぐねていると、

「通りかかったのよ」 きっぱりと沙乃が答えた。

「無理があるわよ、沙乃」 槍の師匠の谷三十華がため息をつく。

「まあ、何にせよ、キンノーを撃退したからよかったじゃないか」

 山南が刀を収めながらにこやかにその場をまとめる。

「よーし帰ったら朝までお祝いの宴会だ〜」

「わ〜い。それでこそ芹沢さんよね」




 近藤さんが自室でお茶をしている。部屋に来ているのは土方さんだ。

「ねー、ねー、トシちゃん。
 大坂の山南さんから早飛脚そくたつが来たんだけど、
 内山さんを襲ったキンノーを撃退したそうだよ」

「ふむ。それは何より」

“ということは、原田と永倉は失敗したか・・・キンノー!?”

「沙乃ちゃんとアラタちゃんが現場に駆けつけてくれたんだって。
 でも、何で2人はそんなトコにいたのかな?」

「なんでも、土方さんの命令で新色の『りっぷすてぃっく』を買いに行ったんだそうですよ」

 俺はお茶を入れながら答える。

「なにー!」 土方さんが驚いている所をみると違ったんだろうか?

「沙乃が出掛ける前に、そう言ってたんですけどね」

“原田! もっとマシな言いわけがあるだろうに!”

「あー、いいなー、いいなー」

「違ったんですか?」

「あー、いや、そうだった。長崎からの船が着いたらしいのでな。うむ」

「いいな、いいなー」

「私用で幹部を使わないで下さいよ。それでなくても人手不足なのに・・・ぶつぶつ」

「島田、何か言ったか?」

「いいえ、何も」

「でもこれで全部解決だよね」

「ああ、そうだな」

 そう言うと土方さんが立ち上がる。

「あれ? トシちゃんどこ行くの?」

「ふっ、お邪魔虫は消えようと思ってな」

「と、トシちゃん、あたしと島田くんは、その局長と平隊士で、
 べ、別にそういう仲だとかなんとか・・・・」

 近藤さんが真っ赤になってしどろもどろに弁解するのを後ろに聞いて土方さんは部屋を後にした。部屋には俺と近藤さんが残される。

「近藤さん」

「し、島田くん、さっきのはトシちゃんの手前、ああ言っただけで、あたしは、その・・・」

 見つめ合う2人、そして・・・・

「お茶菓子を買って来たですぅ〜」

 絶妙なタイミングで谷周子ちゃんが帰って来た。
 バッと離れる2人。

「あ、周子ちゃん。お帰りなさい」

「ただいまですぅ」

「・・・・しくしくしく」

「はぅ? 島田さんが泣いてますよ」

「あ、気にしないでいいから」

 どうやら俺は幸せになれない運命らしかった。




 自室へと戻る途中で、土方は伊東とすれ違った。

「おや、副長はん」

 土方が一礼して立ち去ろうとすると、

「内山が襲われた時に、原田はんと永倉はんが居はったんは何でやろなあ?」

 聞こえよがしに伊東がつぶやいた。

「ふん。それを言うなら、私としては、なぜキンノーが出て来たのか謎だがな」

「副長はんも総長はんがお邪魔ですやろか?」

「『も』とは?」 ジロリと伊東を睨む土方。

「これは失言を。では」

 会釈して立ち去る伊東甲子。
 土方と伊東、2人の新選組を懸けた戦いの始まりだった。



(あとがき)
 かわぴょんです。今回出来が悪くて申し訳ない。手直しに手直しを重ねたのですが、うまく行きませんでした。無駄なシーンが多すぎたのでこれでも大幅にカットしたのですが。やはり最初の予定になく、思いつきで内山彦次郎暗殺事件を書こうと思ったのが間違いだったかも。近藤勇子EXではなく、単発のSSまたは、谷三十華シリーズの方に組み込めんだ方がよかったかなと反省しきり。
 この話では、土方と伊東が別々に暗躍しますが、伊東が出て来るので第4幕以降の話。でも第4幕で島田が伊東を斬ってしまうので、ちょうど第4幕の中頃で発生したお話ですね。ですので第4.5幕としました。
 内山彦次郎ですが、永倉新八の手記により、新選組が暗殺したというのが通例で、これは芹沢が大坂で相撲取りを斬った時に、内山彦次郎が近藤に文句を言ってきた(大河ドラマと同じ)のが理由とされてますが、実は大塩平八郎の乱を収めた事からも分かるように、内山はかなり優秀な人物だったそうです。また、まじめな堅物で賄賂なんかも一切通じないやっかいな人物だったらしく、大坂商人からも疎まれていたらしい。新選組が会津藩の御用金として大坂商人から押し借りする以前の天保14年(14843年)には、徳川幕府の御用金として、大坂商人から112万両の調達に成功しています。それでもビクともしないんだから、大坂商人が如何に金を持ってたか分かります。薩摩藩の年間予算が14万両だったんだから、大坂商人は金持ちすぎ! そんなわけで新選組が内山暗殺の犯人じゃないという説もあったりします。史実って分からないものです。


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