「行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ『近藤ゆーこEX』」
第1.5幕『九条西瓜事件』
京の町に御禁制の阿片が出回っていた。この悪魔の薬の流通ルートの特定、及び殲滅の使命が、
京の平和を守る京都守護職松平けーこちゃん様から下された。それから数日後の朝礼。
「さて、けーこちゃん様より新たな指令が下されたわけだが。我々の当面の任務は、京の町を蝕む阿片の密売
組織の摘発と壊滅である。現在、監察方が調べを進めているが、どうやら、キンノーが絡んでいるらしい。
資金集めと英国への媚び売り、その両方の可能性が高い。取締方も一層気を引き締め、任務を遂行して
もらいたい。以上だ」
「みんな、たいへんだけど、がんばろうね!」 最後に近藤局長が話を締め、
「では、解散!」 いつものように新選組副長の土方が朝礼をまとめる。
各人、決意も新たに各々の任務を果たすため、広間を後にする。巡回・捜査・警護。
新選組副長助勤の永倉アラタと原田沙乃の2人も、市中巡回に出る為、屯所を後にする。
今日の巡回では壬生から南に進み、九条を通って京の南半分を巡るコースを取る予定だ。
北半分は、山南・沖田組が受け持ちである。新規入隊の島田・斎藤コンビは今のところ近藤局長預かりになっている。屯所の警備も兼ねた、まあ、言うなれば留守番組だ。芹沢局長は今日もいつものようにどこかへ遊びに出たらしい。しかしながら局一番の情報通は、実は芹沢局長だったりする。酒のあるところでは人の口は軽くなり、キンノーも佐幕も公家も大名も酒は飲むからだろう。
出掛ける前に沙乃が芹沢と話した所、「今日あたり南の方があやしいわよん☆」 との御宣託である。
眉唾ものだが、まあ、監察方も何の情報も掴んでないので、沙乃と永倉は南に向かうことにしたのである。
壬生から島原を通って、京の最南端の九条へ向かう。壬生自身が京の西の
「なあ、沙乃、こんな何もないところに阿片の密売人がいるのかよ?」
と永倉がボヤきながら得物のハンマーをブンブンと振り回す。行動派の彼女は、こういう探索や巡回といった
地味な任務には向いてないが、新選組も結成当初で人手不足なのである。
「あぶないわよ、アラタ」
「だってよー、こんな
どっちかっつーと、人のいっぱい集まるところの方があやしいんじゃないかな?」
よっこらしょ、とハンマーを
「アラタでも考えつくんだから、誰だってそう思うわよ」 と沙乃。
「そおかあ、いや、それほどでもあるかな」
全然
「と、いうことは、敵も裏をかく可能性が高いわね」 と思案深げに答える沙乃。
「なるほどなあ。でも、どこらへんにいるのかなあ」
「さあ? 沙乃に聞かないでよ」
あやしい奴どころか、人通りもまばらだ。見通しも良い。どう考えても阿片の密売人なんて居そうもない。
2人は島原を通り抜け、東寺の土塀の横を通って、芹沢から教えられた九条へと向かう。
途中、永倉が鬼の看板をぶら下げた店に寄る。薬屋だ。
沙乃は店の外で待っていて、出て来た永倉に尋ねる。
「なに?アラタ」
「いやあ、阿片置いてないかって聞いてみたんだけどな」
「で?」
「置いてないって」
「でしょうね」
「うーん、薬だから薬屋にあると思ったんだけどな」
「はぁ」 ため息をつく沙乃。一息おいて、「あるわけないじゃないの! この馬鹿アラタ!」 と怒鳴りつけた。
「な、なにおう! 人が珍しくせっかく聞き込みしてきたってのに、そんな言い草があるか!」
永倉がハンマーを構える。
「沙乃とやろうっての?」 沙乃も槍を構えて応戦の気配濃厚・・・・だったのだが、
「おう、
「これは
「ハンマーの
「槍の
わいわいがやがやと何処からかギャラリーが集まってくる。そのギャラリーの野次の中に沙乃の許せない単語が一つあった。
「ちょっと待ちなさいよ! なんで、アラタがねえちゃんで、沙乃がチビちゃんなのよ! 今言った奴出てこーい!」
沙乃がギャラリーに向かって槍を振り回す。
「おい、沙乃・・・・」
「いま、沙乃のこと、子供って言ったのはどいつだー!」
キレて、ぶんぶんと槍を振り回してギャラリーに突入する沙乃。
「誰も言ってないって・・・」
とまあ、そんなこんなで、九条河原へ到着。やはりここも平穏無事で何事もないようだが・・・・。
「おう、夏の風物だねい。西瓜だぜ、スイカ」
永倉の指さす先には、大きな西瓜を満載した荷車があった。ガラゴロと京の方へと向かってくる。
「ほんと、珍しいわね」
「一つくれないかな?」
「よしなさいよ、アラタ、みっともない」
「よし、沙乃、一つかっぱらおうぜ」
「あんたねー」 沙乃、
永倉は、いつもの通りだが、沙乃はふと、あることに気付いた。“あれは・・・”途端に沙乃の顔付きが変わる。
口調もがらりと冷たく変わって続けた。
「OKー。じゃあ、アラタは相手の気を引いててよ」
「お、おう」
沙乃の眼つきが変わっている。何か考えついた目だ。単に永倉の口車に乗ってスイカをかっぱらおうという訳ではないようだ。その変わりように永倉も気付いた。
「おー、スイカじゃねえか。初物だな。どこの産だい?」
わざとらしい大声を上げて永倉が荷車に近づいて行く。その間、沙乃は小柄な身体を活かして荷車の反対側、
「いいじゃんかよお、ひとつ分けとくれよぉ・・・・」
沙乃の耳に芝居を続ける永倉の声が聞こえる。
「・・・・なにおぅ! 新選組の永倉アラタ様を知らねえか!」
どうやら自慢のハンマーを振り回しているらしい音が聞こえる。
沙乃は、一気に荷車までの間合いを詰めると、槍を使って西瓜を一つ串刺し。そのままバレないように、すうっと茂みに姿を隠す。
永倉が戻って来た。手に大きなスイカを抱えている。
「脅し取ったの?」
「失礼な! 親切に分けてもらったんだ。 屯所に持って帰ってみんなで食おうぜ」
「ふーん、分けてくれたって事は、それは本物か」
そう言って槍の穂先に突き刺さったスイカを
「おーっ、これで2個になったな。じゃあ、これはアタイが・・・・」
「丸ごと1個、食べる気?」
「やっぱ、ダメかなあ。ところで、さっき、何に気付いたんだ?」
「
まるで鉄の塊でも積んでいるみたいに・・・・」
「色が白い?」
「そう、ということは、あの人足は侍で、侍が人足の格好をして守ってるってことは、
あの荷車の積み荷はそれだけの価値があるものって事ね」
「でもさー、だったら素直に侍のカッコしてたの方が、野盗とかも襲わないんじゃないか?」
正論である。だが、沙乃の考えは違っていた。
「積んでる荷物が、貴重で、かつ御禁制のものだったら?」
「そうか、阿片か!」 永倉も気付いた。
「おそらく・・・・」
沙乃は自分がかっぱらった方のスイカを割ってみた。案の定、中は皮を残して
「うどん粉!」 と永倉
「お砂糖!」 と沙乃。
「という軽いギャグは置いといて」
「ああ、間違いねえ。阿片だ。 よし、急いで後を追おう!」
「大丈夫よ。轍を追っていけば。尾行を気付かれるよりマシよ」
さっそく轍を追跡する2人。だが、沙乃の予想は甘かったのである。京はここ数日の日照りで通りの地面は乾ききっており、鴨川の周囲でこそ轍の跡が残っていたが、洛中に入ってしばらくすると轍が消えていた。
「ぬかったわ」 悔しげに地団駄を踏む沙乃。まさに策士策に溺れるとはこの事だ。
「とりあえず、屯所に帰ってトシさんに報告しよう」
「それしかないわね」
2人は急いで屯所の方へと駆け出した。そして丁度その時、北半分をぐるっと回って帰還途中の山南・沖田組と遭遇する。
「あ、アラタさんに沙乃ちゃん」 沖田の方が先に気付いた。
「やあ、沙乃にアラタ。そっちも巡回は終わりかい? こっちは、往来でキンノーに辱められていた女の子を
助けたよ」
「こっちは、かくかくしかじかよ」 沙乃は手短にさっきの出来事を山南に報告する。
「ふうむ、
「相撲取りが乗っていた!」 と永倉。いつでもどこでも明るい奴である。
「鉄砲ですか?」 永倉のギャグをあっさり黙殺して、沖田が山南の台詞を引き取る。
「おそらく鈴音の予想通りだろう。だとするとキンノーの動きが気になるな。
しかしその荷車を見失ったのは惜しかった!」
「悪かったわね」 憮然した様子で答える沙乃。
「まあ、済んだ事をくよくよ言ってもしょーがないじゃん。それより帰ってスイカだ、スイカ」
「アラタは気楽でいいわね」
「荷車を探せばいいんですね?」 メガネを直しながら何やら思案している沖田。
「探せるの?」 半信半疑の
「ええ、たぶん。まかせてください。沙乃ちゃんたちは先に屯所に帰ってて」
「じゃあ、まかせたわよ。アラタ、帰るわよ」
「おう、帰ってスイカだ、スイカ!」
沙乃と永倉の方には
屯所に帰った沙乃と永倉は、まず土方副長に九条河原での出来事を報告した。荷車を見失った
「ほほう、それで阿片と鉄砲を積んだ荷車を見逃した・・・・と」
「見逃したんじゃなくて、見失ったのよ」 と沙乃。
「いいわけとは士道不覚悟だな。残りの報告は地下室で聞こうか・・・・」 土方の顔に夜叉が浮かぶ。
「あ、アラタ、証拠のスイカがあったわよね」
「おう、そろそろ冷えてるころだぞ」
「じゃあ、そんなわけで・・・・」
「逃げろー」
「あ、こら待て、話はまだ終わってないぞ!」
地下の拷問部屋に連れ込まれる前に2人とも逃げ出した。そう、新選組に失敗は許されない為(というか土方副長の趣味という説が濃厚)、屯所の地下には拷問室が設置してあり、そこでは、
危うく危地を脱した2人は、これといって他にすることがないので、西瓜を食べて沖田の帰りを待つことにした。土方に報告に行く前に井戸につけといたため、ほどよく冷えた西瓜はおいしい。
「かーっ、やっぱり初物のスイカは
<今度こそ第2幕に続く>
<あとがき>
ゆーこさんEXの第一幕の最後で土方さんたちが遭遇していた事件です。あんまり有名ではないのですが、元治元年7月5日(池田屋事件の1カ月後)に、西瓜売りに変装した長州の間者が京に入ろうとして新選組の陣所で正体を見破られ斬られたというのがあります(私が勝手に九条西瓜事件と命名) この史実と、行殺の阿片入りの干し肉をゆーこさんに売ろうとしていた上州屋の番頭さんのイベントと芹沢さんの大和屋焼き打ち事件をミキサーに入れて、冷蔵庫で固めたらこんな話になりました。