《登場人物紹介》

 とかくこの世は悪ばかり
 天は弱きを助けてくれず
 この世も弱きを助けてくれぬ
 晴らせぬ恨みを金で買い
 この世にはびこる悪人どもを
 闇に裁いて仕置する
 口外法度の仕置人

 その日、沙乃は島田や斎藤と市中見廻りに出かけた。彼らとはもう何度目になるだろう。斎藤の腕は多少信頼しているが、島田はどうも駄目だ、と沙乃は思っている。この前も、いきなり木から落ちて山崎さんに世話かけて、お金まで払ってもらったのに、怪我が治るともう調子に乗っている。こいつの態度はちょっと信じられない。
 沙乃たちは、正義の味方だ。そう、彼女は信じている。子供の頃に信じていた、正義のヒーロー。ウル○ラマンでも仮面○イダーでも何でもいい。とにかく、正義のヒーロー。困っている人を助け、弱い者をいじめている悪人を倒す。
 それに、沙乃は特に信心深い方ではないが、神とか仏とか、そういうものが必ず、悪者をやっつけてくれると思っている。いわゆる天罰という奴だ。悪人は必ず滅ぼされる。沙乃は、そう信じていた。
「すみません」
 いきなり目の前で大声をかけられ、そんな考え事をしていた沙乃は思わずのけぞった。見れば、沙乃と同じくらいの背丈の、赤い和服を着た女の子である。少しやつれており、まだ顔つきにあどけなさが残っている。年齢はいくつだろう、と沙乃は思った。
「な、何?」
「あの…お願いがあるんですけど」
 少女は、自分の足元にいた黒猫を抱き上げ、沙乃へ見せた。猫がニャアと鳴いた。沙乃は驚いたが、しかし、こういう小動物は可愛い。思わず笑みがこぼれ、撫でてあげたくなる。
「…今日一日、この子、預かってくれませんか」
「ええっ?」
 沙乃は目を丸くした。そして、すぐに首を振る。当然、横である。
「無理無理無理!沙乃の服見て分かるでしょ?…沙乃たちは新選組なの。今、市中を見回りして、悪い奴がいないか調べてるの。悪いけど…」
 少女は目を沙乃からそらさない。困ったなあ、と、沙乃は頭を掻く。
「あの…この子、私以外の人にはなつかないんです。…でも」
 少女は猫を持ち、ゆっくりと沙乃へ渡した。最初沙乃は戸惑ったが、猫の可愛さに負け結局は受け取ってしまった。猫は沙乃の顔を見て、またニャアと鳴いた。猫には感情など無いが、笑っているようにも見える。
「このお嬢ちゃんはね、動物が大好きなんだよー」
 後ろから島田の馬鹿がそう呟いた。少女の顔がぱあっと明るくなる。
「じゃあ、お願いします。…あ、あたし、お園っていいます。明日、屯所に参ります…あの、お名前は」
 もうしょうがない、と、沙乃は諦める。
「…原田沙乃」
「あ、はい、分かりました」
「あなたは、お園ちゃんね。で、この猫の名前は?」
「かなえです」
 少々妙な名前だ。
「じゃ、よろしくお願いします。あの、本当にありがとうございました」
 何度も少女は頭を下げ、それから足早にその場を去っていった。
「へー、俺はてっきりアルフォンスだと思ったけどなあ、猫の名前」
 少し青い顔をしている…つまり、沙乃の雷が落ちると思っている斎藤に、そう笑いながらわけの分からない事を言う島田。沙乃は振り返ると、島田をまるで殺しそうな勢いで睨んだ。
「馬鹿島田!あんたのせいで!」
 殴ろうとする沙乃を、島田は大急ぎで止めさせようと、
「あ、危ない、猫が落ちる」
「わっ」
 手から滑り落ちようとした猫を、沙乃は上手くキャッチした。
 猫がまた、ニャア、と鳴いた。

第三話 無常無用

「いいじゃん、ペット飼った方が屯所も和むって」
 屯所へと戻る三人。島田は笑顔でそう言うが、沙乃と斎藤は顔が青く、まるで鬱病の末期症状のような、つまり自殺しそうな顔をしている。
「馬鹿島田。あんた、そーじの事、すっかり忘れてるじゃない」
 少しの間があって、
「あー!」
 と、島田は大声を上げた。そうだ、すっかり忘れていた。沖田鈴音、通称そーじは、黒猫に何かしらの恨み(あるいはトラウマか)があるらしく、黒猫を見ると容赦なく斬り捨てる、という妙な癖(?)があるのである。
 しかし、もう遅い。あの、お園とかいう女の子に、斬り裂かれて内臓を出した猫の死体を返す前に、そーじか黒猫をなんとかせねばなるまい。
「島田、あんた先に屯所へ行って、この事をそーじ以外の人全員に話してきて」
「えええええ!?」
 島田の顔が激しく歪む。
「自分の蒔いた種ぐらい、自分で刈り取りなさいよね!」
 そう言うと、沙乃は島田の腰を、げしっ、と蹴った。確かにそう言われては何も言えない。これは島田の身からでた錆。しかも、その錆のせいで沙乃が被害を被ったという最悪の状況。とてつもないお仕置が待っている事だろう。

 屯所へ戻った島田の背中では、すでにもぐさがちりちりと焼かれている。真っ赤になった針を持っているのは、もちろん監察の山崎雀。隣で腕を組んで睨んでいるのは、副長の土方歳江。そして、島田の顔を、変な顔でじいっと見つめているのは局長の近藤勇子、である。
「良かったな、ちょうどそーじは市中見廻りで出ている」
 そう、土方は冷たく呟いてから、改めて厳しい目を島田に向ける。
「その猫を絶対そーじから守り、明日、ちゃんとそのお園という子に返さなければ…。もし何かあったら、島田、お前は切腹では済まんぞ。新選組の信用にも関わる」
 土方は体を震わせながら言った。猫一匹にずいぶん大げさな、と島田は思った。
 新選組はまだ出来たばかりの組織だ。ただでさえ、京の人々から奇異な目で見られている。この時期の不祥事(たとえ猫一匹でも)は、どうしても避けたいというのが、土方の本音だろう。
「…じゃあ、うちの部屋に大きめの箪笥ありますさかい、そこに入れとくいうのはどうでっしゃろ。下がちょうど開いてますし…あ、もちろん、餌はやらんとあきまへんけど…そこはしょうがありまへん、沙乃にやらせましょ。沙乃以外にはなつかんちゅう話やし」
 焼けた針を艾に置いた山崎がそう言うと、土方は、うむ、と頷いた。
「…島田くん、それ気持ちいい?」
 近藤が島田に顔を向けて、妙な顔ででそう言った。島田は汗をだらだらかきながら首を振った。
 しばらくして沙乃が戻ると、屯所の入り口で土方から指示を受け、黒猫を連れて山崎の部屋へ向かう。土方は斎藤を入り口の見張り番にし、また自室へ戻った。
「山崎さん、失礼します、沙乃です」
 部屋の前でそう沙乃が言うと、奥から「おー、入りや」と声がした。障子を開け、沙乃は部屋に入るとすぐに障子を閉め、猫を抱いたまま座った。茶を飲んでいる山崎と、お仕置なのか、どうやら見た感じずっと正座しっぱなしの島田がいた。足をぶるぶると震わせ、物凄い様相をしている。正座が相当きついらしい。
 山崎の前にはちっぽけな茶碗があり、そこにはいわゆる猫まんまが入っている。猫はそれを見つけたのか、すっと沙乃の手から抜け出て、食べ始めた。
「…毛ぇ、落とさんかったか?猫の」
「猫の毛?…ええ、まあ」
「…ならいいけどな。沖田の奴、そういうところは目ざといからな」
 そう言った後、山崎は頭を掻いて、その後で「島田、もういいで」と呟いた。ふう、と、島田は大きなため息をしてゆっくりと寝転がる。それをちらりと見た山崎は、島田の足を指で何度もつついた。やってみると分かるが、足が痺れた状態でそんな事をされるとかなり厳しい。島田はつつかれるたび「あッ」とか「いッ」とか言っている。やっぱり山崎さんは怖い、と、沙乃は思った。
「ったく、ど阿呆ぅが。肝心なところでヘマやるな、あんたは」
「は、はい…ッ」
 島田を叱ってから、改めて山崎は目の前の猫を見つめた。思わず手を出して撫でようとしたが、「屯所では沙乃以外なつかない」という事を思い出し、手を退ける。確かに、小動物という物は可愛い。この黒猫はまだ、生まれてそう間もない子猫だろうか。その顔を見ていると、何だか仕事の疲れも取れるような、そんな気がした。
 その時である。
「猫〜」
 声が聞こえる。三人ともびくびくっと体を震わせ、そわそわしだした。
「猫の臭いがする〜」
 そーじだ。
 明らかに、声はこちらに近づいている。まずい、と山崎は箪笥を開け、猫を箪笥の中に入れさせるよう沙乃に言うと、何食わぬ顔で茶をすすった。
 外に影が見える。
「山崎さん〜」
「な、なんや沖田」
 するる、と障子が開けられ、沖田が怖い目をして現れた。
「猫の臭いがします」
「え、そうか?臭いなんかせぇへんけどなぁ」
 当然、山崎はとぼける。まるでどこかの昔話のようである。
「さ、沙乃じゃないかな?」
 沙乃がこわばった顔をしながら言った。
「さっき外に猫がいて、ついつい触っちゃったからー」
 しかし、沖田の目は鋭い。山崎の部屋のあちこちを見渡した後で、山崎の前にあるモノを凝視し、
「じゃあ、山崎さんの前にある猫まんまは…?」
 それを言われた瞬間、三人の顔がひきつった。しまった!と、山崎は心の中で叫んだ。山崎にしては珍しいミスだ。猫を箪笥の中に入れたのまでは良かったが、それで安心してしまい、これまでは気が向かなかった。山崎はとっさに猫まんまを島田の前において、
「あ、これは島田の食べるやつ」
 島田の顔が更にひきつり、固まる。沖田は少し島田に近づいて、顔色を伺う。
「お兄ちゃんの…?」
「そ、そそそそ、そーなんだっ。猫まんま、俺大好きなんだよそーじ」
 両手を振って妙なジェスチャーをしながらそう言う島田。しばらく沖田は島田の顔色を伺っていたが、どうやら諦めたらしい。すみませんでした、と呟いて、また障子を開けると廊下の方へ出ていった。今度は三人とも、大きくため息をついた。

 その日、夕飯を食べた後、珍しく烈は酒を飲みに出かけた。当然祇園などは手が出ない為、屋台に腰掛けると店の親父に肴と熱燗を一本所望し、少しずつ喉に流し込んでいく。次の龍の会まで一週間を切っていた。龍の会になって、自分が仕事を競り落とす事が出来れば金が入ってくる。そうすればもっと、ぱぁっと遊べるはずだ。
「親父、美味かった。おあいそ」
 頭を下げてから金を置くと、親父の「へえ、また起こしやす」という声を背にし、親父に手を振りながら、烈は上機嫌で家路を急いだ。そんな時である。前の方から、赤い服を着た女が走ってくるのが見える。かなり幼いようだ。女というよりは少女と言った方が適切か。走ってくるそのそぶりが何とも可愛らしい。なぜか、少女は烈の目の前で立ち止まった。少し顔がやつれている。
「おう、嬢ちゃん、どうした?もう夜も遅いじゃねぇか」
「あの…二十五文で、寝てくれませんか」
 少しのけぞってしまうほどに、烈は驚いた。それから少し冷静になる。夜鷹か…と思い、思わず烈は首を振った。少し背筋が寒々しくなるのを覚えた。
 夜鷹とは、この時代、最下級の娼婦である。路上で客を引いては、ゴザを一枚敷いた上で寝たとも言われる。夜鷹が恐ろしいのは、何らかの性病を持ってる可能性が非常に高いからだ。特に梅毒は恐ろしい病気で、むやみに夜鷹と寝ると大変な事になる。それ以上に、烈は幼子の趣味は無い。
「お願いします。私、お金が無いと…」
 少女はそう言って、烈にくっつこうとする。烈は離そうとしたが、もしかしたら、何か訳でもあるのか、と思い、しゃがむと少女に顔を近づけた。
「…嬢ちゃん、何か訳でもあんのかい」
「…」
「良かったら、俺に話してくんねぇか。もう少し歩いたところに俺の家があるんだ」
「…信じてもいいですか」
 当たりめぇよ、と烈が胸を叩いて言うと、少し少女の顔が明るくなった。
 自分がどうしてこんな行動を取ったのか、烈自身にも良く分からない。

 烈は店に入ると、すぐに湯を沸かし、わずかながらの駄菓子を出して皿に盛り、湯飲みを二つ出して茶を淹れ、自分とその少女の前に置く。無言で少女を見つめると、少女は頭を下げて、少しずつ駄菓子を食べ始めた。
「…私、お園っていいます」
「俺は烈だ。…で、なんでお前、そんな事してんだ」
 彼女は口をつぐんでいたが、ようやく、彼なら信用出来るのでは、と思ったのだろう。ぽつりぽつりと話し始めた。彼女は紀伊の出身だったが、安政地震により津波で両親を失った。彼女は親戚をたらい回しにされた後、数ヶ月前に家を追い出され、自分の飼っている猫のカナエと共に、京都へ流れてきたのだという。良くある話だな、と烈は思う。この時代でも、今でもそれは変わらない。「都会に出る事で何かが変わる」と思っている人がたくさんいる。
「でもよ、嬢ちゃん。何も夜鷹しなくたっていいだろ。他にも働き口はたくさんあるんじゃねえのか」
「あの…何をやっても失敗ばかりで…」
 烈は苦い顔をした。
「…今まで稼ぎは?」
「まだ…ないんです」
 彼女は結局客を取る事が出来ず、畑にある野菜を盗んだり、あちこちで盗みを働いたりして食いつないでいるのだという。それはそうだろう、と烈は思った。こんな子供ではしょうがない。夜鷹のやり方も知らないのだろう。烈は自分の分の菓子を、少女のところへ差し出した。
「…そういえば、お前、飼ってる猫がいるって言ってたな」
「あ、それは、人に預けてるんです」
「…なんでまた」
「この前、お侍さんが私を買ってくれるって言ったんですけど…カナエが、その人を噛んじゃって。だから、仕事をする日は、カナエを預けるようにしたんです」
 まるで犬みたいな変な猫だ。
「だいたい、明日の喰いもんもねぇような生活してんだろ。なんで猫なんか飼ってんだ」
 少し、彼女は沈黙してから、また駄菓子を食べた。
「…あの子は、なんだか私と似てる気がして。…あの子も、一人ぼっちで泣いていたのを、私が見つけたんです」
 おそらく、猫は彼女にとって最後の希望なのだろう、と烈は思った。津波によって家族を失い、親戚をたらい回しにされ、何人もの人間に裏切られたお園にとって、猫は唯一信頼できる存在。もう一人の自分なのだ。
 烈は難しい顔をしていたが、やがて何らかの決心がついたのか、お園の顔を凝視した。
「…お茶ぐらい淹れられるか?」
「…はい」
「だったら、俺の店で雇ってやってもいい。茶ぁ淹れてくれるだけでいいからよ」
 しばし呆然としていたお園は、目に涙を溜めて烈の顔を見た。
「ありがとうございます。…でも、今、カナエを預けてますから…明日、また来ます」
 どこに帰るのかと烈は不安になり呼び止めたが、お園は首を振り、頭を下げると、烈の店から出て行ってしまった。恐らくどこかの神社の境内の中で、ゴザを敷いて寝ているのかもしれない。少し切なくなったが、まあ、明日にはこっちに来るのだと、烈は楽観視していた。

 次の日の昼前、沖田がちょうど巡回に出ている頃。
「…すみませーん」
 玄関で声がし、沙乃が猫を抱いて飛んでいく。声で誰かは分かる。扉を開けると、お園が立っていた。昨日より、血色が良くなっただろうか。あくまでも、多少ではあるけれど。お園は少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに沙乃を見た。
「あの…」
「ええ」
 沙乃は少し微笑み、猫を渡した。まるで猫は相手が誰だか分かるように、お園に飛びつき、柔らかな笑顔を見せてごろごろと喉を鳴らした。昔から、犬は人になつくが猫はなつかぬと聞く。相当長い間、彼女はこの猫と一緒に居たのかもしれない。なんだか、沙乃は胸が切なくなった。

 近くの甘味所で、二人は団子を食べている。お園は、その小さな口で、口には一口で入らないような大きな団子を齧りつつ、
「…あの、すみません。ご馳走してもらっちゃって…」
 沙乃はぶるぶると首を振った。
「いいよそんなの。…それに、満足に食べてないんでしょ」
 お園は目をぱちぱちとさせた。そうしなければ、なぜだか泣きそうだったから。
 語りたくも無い過去を語った相手は、もうこれで二人目になる。別に、優しくして貰おうなんて思ってはいなかった。ただ、この二人の人物は、何か、自分の心根を分かってくれるような気がしたからだ。
(やっぱり、人間って信じてもいいものなのかもしれない)
 そう思うと、お園の目から、涙がゆっくりと滴り落ちた。もう、我慢できない。お園は声を上げて泣いた。人目も構わず。
 京に来たばかりのお園は、親戚たちから苛められ、追い出され、人間不信だった。本当に、猫以外に友達など居なかった。だから、知らない家の畑から大根を盗む事も出来たし、万引きも出来た。だが、沙乃を見て自分の分身である黒猫を預けようと思ったのは、もう一度、人間を信用してみようと思ったからだ。なぜそう思ったのか分からない。だが、沙乃の瞳は、彼女を信用させるに十分の輝きを見せていた。
 お園はしばらくして泣き止むと、団子を食べて立ち上がった。下に置いていた猫を抱き上げる。既に団子を食べていた沙乃は金を払い、一緒に外に出た。
「…本当に、ありがとうございました」
「うん。また、何かあったら来てよ。待ってる」
「はい」
 何度も頭を下げ、手を振りながら帰っていくお園を、沙乃は見つめていた。しかし、その後姿になぜか沙乃は不安を感じた。なぜか、彼女がこのままどこか別のところへ行ってしまうのではないか、という気がしたのである。その不安が何なのかは分からない。

 猫を抱いたお園が、烈の家に向かう為に歩いていた時のこと。後ろから、紋付を着た侍と、二人の怪しい男が後をつけている。その二人は、風体からして浪人とやくざ者だろう。侍が男たちに何事か命じると、男二人は頷いて少し足早にお園のほうへと向かい、一人がお園の前へと回りこんだ。周囲に、人はいない。
「な…なんですか…?」
 そう、怯えながら言うお園に、男たちは何も言わず、お園の腹に拳で一撃を喰らわせた。うっ、とお園は呻いて、そのまま倒れこんで、げほげほと咳き込んだ。
「久しぶりだな、女。買いに来てやったぞ」
 ぼやけた目で侍を見たお園は、思わず「あっ」と声を上げた。以前、お園を買ったが、猫の爪で足をひっかかれて、すごすごと退散した男である。起き上がり、逃げようと思ったが、もう二人の男に囲まれていた。男の第二撃がお園の口に命中し、お園はまた、その場に倒れた。口を切ったのだろうか、口から血がにじんでいる。男はお園の首の後ろをつかんだ。
「…旦那」
 男の一人がそう言うと、侍は鼻で笑った。
「手間をかけさせおって。…お前たち、近くに古寺があろう。そこまで運べ」
 お園から、もぞもぞと隠れていた何かが這い出て、飛び出した。その黒猫を見た侍の表情は恐怖へと変わり、顔から汗が垂れ始めている。
「ね…猫だッ」
 侍は顔面蒼白になった。ひたひたと音も無く近づく猫を、怯えた侍は切り捨てた。
「か…かなえぇぇっ!!」
 お園が猫に駆け寄る。天と地がさかさまになったかのような絶望が、彼女を襲っていた。面倒になったな、と侍は怯えながらも冷静に思った。これほど騒がれては、陵辱するどころではない。殺すしかないか、と刀に手をかけた、その時。
「あんたたち、何やってんの!」
 侍の背後で大声が響いた。背はかなり低いが、着ている羽織は新選組のもの。ちっ、と舌打ちをした浪人が刀を抜こうとしたが、
「よせ!」
「し、しかし有馬様」
「め、面倒になってはまずい。…退け、退けっ」
 侍が一声かけると、二人の男は沙乃を睨みつけつつ、三人とも駆け出す。沙乃は侍を追いかける前に、お園にかけよった。無残にも、首を斬られた猫をお園は抱いていた。いっぱいの涙を目に溜めて。沙乃は、死んだ猫をお園が泣きながら抱きしめているのを、呆然と見つめていた。声をかけたいが、あまりにもその状況が、声をかけるのを拒むかのように絶望的だった。沙乃は槍を持っていない方の手を、ぎゅっと握った。そうすれば、自分の感情が、なんとか抑えられたからである。
「…お園ちゃん…」
 やっと、声が出た。蚊の鳴くような小さな声だ。号泣していたお園は、やがて、何事も無かったかのように立ち上がった。そして、まるで沙乃がいないかのように、沙乃を素通りしてその場を歩いていく。
「お、お園ちゃん…!?」
 沙乃はお園を追いかけ、声をかけた。そうすると、ようやくお園はこちらを振り向いた。
 笑っている。
「うふふふふ…可愛い猫でしょう?かなえ、っていうの」
 沙乃は「あ…」と言ったきり、口を開けたまま、何も言えなかった。
「どうしたの、かなえ?ご挨拶は?」
 猫が無反応なのを知ってか知らずか、そのまま、お園は笑いながら、歩いていく。沙乃はその場に、どさ、と音を立てて膝をついた。
(何も…何も出来なかった)
 そして、沙乃は泣いた。

 屯所に戻った沙乃に、一部始終を聞かされた山崎は苦い顔をした。
「…どうして、あんな事に」
 呆然として、そう呟く沙乃の肩に、山崎は優しく手をかける。
「…自分の、たった一人の仲間やったんや。それが目の前で無残にも、首斬られて死んだんやろ?…気ぃ狂わな、死んでしまうわ…」
 顔の筋肉をぷるぷると震わせ、今にも泣きそうな沙乃に、山崎は冷静な目を向けた。
「…で、相手は分かるか」
「有馬様、って、侍の事呼んでた」
「有馬…か」
 山崎には思い当たるところがあったのか、首を前に傾け、頷く。沙乃は少しして、ゆっくりと立ち上がった。まさか、と思い、山崎は声をかける。
「どこ行くんや」
「あいつを殺しに行く…」
 その呟きを聞いて、山崎は立ち上がる。
「阿呆。頭ぁ冷やせ」
 沙乃は山崎の方を向いた。目に涙をいっぱい溜めている。
「だって、だって…山崎さん!これじゃあ、死んだ猫だって、あんな風になっちゃったお園ちゃんだって、可哀想過ぎるよ…それなのに、あいつらは生きてる…こんなの、絶対あっちゃいけないよ…!」
 山崎はただ頷くのみだ。
「だったら、沙乃がお園ちゃんに代わって恨みを晴らす!」
「頭ぁ冷やせ言うてるやろがっ!」
 山崎の平手打ちが、素早く沙乃の頬に突き刺さった。どさ、と倒れる沙乃を心配げに見つつ、山崎は素早く障子を閉め、ゆっくりと沙乃に近寄った。
「…うちもな、あんたの気持ち痛いほど分かるわ。でも、な。沙乃。世の中にゃ、自分にとって割り切れん事もぎょーさんある。うちらは確かに新選組や。だがな、何でも出来る正義の味方やないんや。あんたが有馬を殺せば、奉行所に連れてかれるか、ここで切腹やろ」
「…」
 沙乃は、また声を上げて泣いている。分かる分かる、と呟いて、山崎は沙乃を抱きしめ、背中を叩いてやった。そして、わんわん泣いている沙乃に小声で、
「沙乃。…仕置人って知ってるか」
「し…仕置人?」
 山崎は沙乃の体をゆっくりと離して、沙乃の両肩に手を置く。
「晴らせない恨みを金で買って、恨みを晴らすっちゅう連中や。うちな、何人かそいつら知っててな…言えば、やってくれるかもしれん」
「…ほ、本当…?」
「ああ。…ただし、金がなきゃ、奴らは仕事やらん。沙乃、金持ってるか?」
 沙乃は決意したような目で、山崎から離れ、障子を開けると駆け出していった。しばらくして、大きな音が響き、沙乃が走ってくる。沙乃は山崎の部屋に入ると、障子を閉めて、山崎の前に座り、握り締めていた一両を山崎の前に出した。山崎はそれを掴むと、また、涙ぐんでいる沙乃をその場に置いて、ゆっくりと立ち上がった。
 法で裁けないような悪は、自分たちのような悪党が裁くしかない。
「それじゃ…行ってくるわ」
 山崎は沙乃にそう告げて、障子を開けると駆けて行く。
 目指すは、烈の店だ。

「…酷ぇ話だな」
 山崎が、地下のアジトにいた烈と如月に、事の次第を告げると、烈はそう呟いた。烈も、この事件と多少は関わっている。悲しみは並大抵ではないだろう。
「…有馬な。京で有馬っていうと、有馬茂孝っていう若い旗本しかいねぇ」
 苦い顔をしていた如月が呟く。
「確か両親が流行り病で亡くなって、若くして後を継いだっていう…」
「おう、それだ」
「なんにしろ、そいつを殺ればいいって事だ。今から元締めに掛け合ってくるぜ」
 そう言うと、だだだだっ、と、物凄い音を立てて、烈は階段を駆け上がっていった。

「それでは、挙句を頂戴致しまして、本日の興行を終わりたいと存じます」
 辰蔵の隣にいた雷蔵がそう呟くと、下座にいた者たちが一斉に注目した。
 龍の会、である。簡単に言えば、毎月の辰の日に開かれる、仕置人たちの競りだ。
「黒き猫 怯えて転ぶ 有馬かな」
 そう、句を読み上げた後で、雷蔵はその色紙を辰蔵に渡す。
「今回は依頼が三件ありましたが、偶然にも同じ、有馬茂孝でございましたので、依頼金を合計致しまして、今回の依頼金は、九両とさせていただきます」
(依頼が三つも…。有馬め、よほどの悪だな)
 お園の顔が思い出された。ぎりぎりと、烈は歯を噛み締め、それから周囲を見た。さすがに、たったの九両で旗本を殺す奴はいないようだ。にやり、と烈は笑みを見せ、すっ、と、手を挙げる。周囲の者が烈に注目した。「馬鹿な…」「九両で…」という声も聞こえる。
「静粛に、静粛にお願い致します」
 雷蔵がそう呟いて、周囲が静まったのを確認すると、辰蔵が頷いた。
「他にありませんね?…無ければ、この命、九両にて、夜叉の烈さんに落札致します」

 有馬茂孝は、己の屋敷で震えていた。
「有馬様、何をそんなに怯えているので?まさか、あの女が復讐に来るとでも…」
「ばっ、馬鹿を言うな、市蔵」
 茶色の服を着た浪人に、そう有馬は言う。
「猫は恐ろしい。母上と父上が病で亡くなった時も、黒猫が近くでにゃあにゃあと鳴いていた…ッ」
 がちがちと歯を鳴らしながらそう言う有馬を、市蔵は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの顔で見つめ、それから立ち上がり、部屋を出た。
「おい、源二。…あの方の病気にも困ったもんだな」
 屋敷の外に居たやくざ風の男に、市蔵は小声でそう呟く。
「まったくだ。この前だって、猫に引っかかれたぐれぇで逃げ出しちまいやがってよう…」
 彼らが話している頃には、既に山崎は屋敷から抜け出している。

「そこまで猫を怖がってんのか…」
 薄暗い烈のアジトで、腕組みをしながら烈は呟いた。ああ、と山崎は頷いて、
「あの怖がりよう、ほとんど病気やな」
「…まあ、聞くところによると、その有馬って旗本は、十人の夜鷹とよろしくやった後に殺しちまってる、って話だ。もしかしたら、梅毒が脳にいっちまって、おかしくなってるのかもな」
 さら、っと言う恐ろしい烈の言葉に、如月は身震いする。
山崎は立ち上がると、中央の蝋燭が立てられた小さな台に近寄り、
「…うちに考えがあるんやが」
 そう呟くと、如月と烈は近づく。山崎が自分の計画を話すと、如月は微笑み、反対に烈は嫌な顔をした。しかし、烈は不満を言わない。恨みを晴らすのは、今、自分たちしかいないのだ。烈は貰った九両を置き、台に並べると、三両取って出て行く。如月がまた三両取り、出て行く。残った三両を、山崎は見つめていた。

 その日の夕方、有馬の屋敷の扉を叩く者があった。見ると、笠を被り、ぼろぼろの袈裟を着た、若い男がそこに立っている。どうやら旅の僧侶のようである。彼は、「このお屋敷から、悪い気が出ておるのです。それが気になりまして」とだけ呟いた。応対した市蔵は、この僧を怪しみながらも、通さなかった事で何か言われてはまずいと思い、通した。
 有馬がその僧と対面すると、僧は苦い顔をし、
「近いうちに動物を殺めておいでだ。それも、猫を」
 と、もっともらしく言った。ごくり、と、有馬は唾を飲み込む。
「猫は執念深い。その猫の恨みが、あなたを襲おうとしている」
「ま、ま、まことか」
「しかし、助かる方法が一つだけあります。ご覧下さい」
 懐から僧侶は四枚の札を取り出した。
「これは悪霊を退散させる札。これを部屋の四隅に貼れば、悪霊はあなたを襲う事はないでしょう」
 その言葉に、有馬は札を僧侶からもぎ取ると、手下二人にすぐ部屋の四隅に貼るよう指示した。しぶしぶ、二人は立ち上がり、部屋から出て行く。
「ただし、約束があります。今夜は何が起きましても、あなた様はこの部屋を動かぬようお願いします。もし部屋の外に出る事あれば、恨みまともに受け、命落としまするぞ」
 有馬に僧侶の言葉が重くのしかかり、彼はただ、がたがたと震えるのみだった。

 そして、夜。
 部屋の四隅に蝋燭を立て、有馬は震えながら次の日の朝を待った。明日になれば悪霊は退散すると僧侶は言った。その言葉を信用するならば、今夜頑張っていればもう、悪霊に襲われる事はないのだ。
 まったく音の無い、静かな夜だった。まったく音が無い状態というのも怖いものだ。まるで百物語でもしているかのような気分になり、有馬は震えたままだ。
 その時、である。
 突然、彼らの左の方で、がたがた、という音がしたかと思うと、「ニャアオ」という猫の鳴き声が聞こえた。びくっ!と体を大きく震わせ、有馬は反応する。
「ね、ね、猫だ。僧侶殿、猫が来たッ!」
「落ち着いて。こちらには札がある限り近寄りませぬ」
 震えている有馬を見て苛立ったのか、市蔵が立ち上がった。
「様子を見て参ります」
 そう言うと、市蔵は襖を開け、足早に歩いて木の扉を開ける。そこには、何も無い。煌々と月が光り、その周囲に雲が見える。周囲は少し雑草が増えた庭。ただ、それだけだ。馬鹿馬鹿しい、と、市蔵は呟きながらも、物音の事が気になり、少し外を歩いた。すると、背後に気配が一つある。市蔵は刀を抜き後ろを向いた。月夜に誰かが佇んでいる。曲者が居る事を殿に伝えるなどという考えは、今の市蔵にはなかった。恐怖で何も見えず、ただ、その『誰か』に向かって市蔵は走っていた。自分を怯えさせているのはこの曲者だ。誰でもいい、一刀の下に斬り捨てよう、と。
 『誰か』と市蔵がすれ違ったその瞬間、市蔵の首は切り捨てられ、主を失った体はよたよたと少し歩いて、前のめりに倒れた。ぱちん、という音を立てて、如月は刀を戻す。如月は得意の抜刀術を用い、電光石火の早業で市蔵の首を切り落としたのだ。
 隠れてそれを見ていた山崎が、「ニャアオ〜」と、猫の鳴き真似をする。
「市蔵…どうしたのだ」
 戻ってこない市蔵に、更に有馬は怯えた。しかも、また猫が鳴いているではないか。もしや、という不安が、有馬は拭い切れない。しょうがないな、と源二は思い、立ち上がると市蔵が歩いていった方向へと足早に向かう。
(何やってんだ…まさか、殿様を脅かしてんじゃねえだろうな…)
 そう思いつつ、外に出た源二の眼に、市蔵の首なし死体が目に入った。確か、有馬が殺した猫も、有馬が首を落としていた。いや、あれは只の偶然だ。そうだ、そうに違いない。それよりも、彼の死体をあんな風にしていてはいけない。源二は我も忘れて駆けていた。その時、背後から足音が聞こえる事に源二は気づいた。振り向いたが、もう遅い。山崎の飛び蹴りが、見事に源二の顔に命中していた。
「うわあああっ」
 そう叫んで、そのまま仰向けに倒れこむ源二に、山崎は駆け寄ると源二の顔を左手で押さえつけ、盆の窪目掛けて、咥えていた針を突き刺す。「う…」といううめき声と共に、源二は数回痙攣すると、事切れた。それを見た如月は扉に近寄ると、刀で扉を二回叩いた。合図である。

「げ、源二!市蔵!どうした!なぜ帰って来ぬ!」
 取り乱す有馬を見て、哀れだな、と僧侶…すなわち、烈は思った。この男は、十人の夜鷹と、一匹の猫を殺したという重荷に耐えられなかったのだろう。顔から脂汗を流し、歯軋りをし、体はさっきから小刻みに震えている。
「む、これは…」
「どうされたのだ…?」
 烈はわざとらしくそう言うと、面白いように有馬は喰い付いて来る。
「いかんな。これは…動物の悪霊だけではない」
「な、何…!?」
「十の、あなたに殺された人間の霊。これが、あなたを取り殺そうとしている」
 有馬は目を大きく見開いた。
「ど、どうすれば助かるのだ。助かる方法は!僧侶殿、教えてくれ!」
 すがり付いてきた有馬の肩を、烈は左手で掴んで、右手を有馬の腹部に押し当てた。信じられない、という表情の有馬を見て、にやり、と烈は薄気味悪く笑う。べきべき、という音がして、有馬は「あっ…」と呟いた後、目を大きく見開いて、仰向けに倒れた。
「てめぇはもう、救えねぇよ…」
 烈は、首筋を触って有馬が死んだ事を確認すると、そう吐き捨てた。
 屋敷の庭で三人は合流し、開いていた木戸に貼られていたお札を一枚剥がして、屋敷から走っていった。

 数日後。散歩をしていた烈は、無縁仏の供養塔で、一人の女が手を合わせているのを見た。あれは確か、と、烈は考える。新選組の服を着ている。背は低いが山崎ではない事は分かる。少し気になったのか、烈はその供養塔へ歩み寄ってみた。数本の線香が火をつけられ、そこに刺さっており、まだ真新しい猫のぬいぐるみがそこへ落ちている。烈は唾を飲み込んだ。なぜなら、そのぬいぐるみは黒猫だったからだ。
「嬢ちゃん」
 烈は、合掌している女の背後から声をかけた。近くには、女が持つには不釣合いな槍が置いてあった。一瞬女は体を震わせて、それから烈の方をぎろりと睨みつける。そして、どうやら敵ではないと分かったのか、ふう、とため息をついた。
「お坊さん?」
 女は烈を見てそう呟いた。
「ちげぇよ。確かに髪の毛は短く切ってるけどな」
「なーんだ。お経あげてもらおうと思ったのに」
「なーんだ、じゃねえよ。俺ぁな、按摩だ。按摩」
 そう呟いてから、烈はそこにしゃがんだ。按摩ぁ…?と、女は奇妙な声を上げる。
「そのぬいぐるみ、あんたが持ってきたのかい」
 烈がぬいぐるみを指差すと、女は頷いた。
「少し前に、行き倒れがここに葬られたのよ」
「行き倒れ?」
「ええ。飢え死にだった。体も心もぼろぼろだった、って…」
「…」
「だから、彼女が飼っていた黒猫のぬいぐるみを、ここに置いたの」
 烈は直感した。
 お園は、誰にも見取られる事無く、人知れずこの世を去ったのだと。
「…そうかい」
 こいつは新選組の原田沙乃だな、と烈は確信した。山崎から話は聞いていたからだ。沙乃の顔を見てみると、わずかながら涙が光っているのが分かる。俺も辛ぇが、おめぇはもっと辛ぇんだな…と思うと、烈は不思議な感情を覚えた。
「悲しそうな顔するんじゃねえよ。…そいつもな、精一杯、この世の中で生きてたんだ。せめて、あの世で幸せに暮らせるよう、祈ってやりな」
 烈がそう呟くと、そんなこと分かってるわよ、とでも言いたげに、沙乃は手で目をこすって、少し怒ったような顔で烈を見つめた。
「それにな。…お園は、猫が生きてる時は、幸せだった。俺はそう思いてぇんだ」
 沙乃が目を大きく見開いた。烈は供養塔に手を合わせると、ゆっくりと立ち上がる。

「あんた…名前は?」
 沙乃は立ち上がって、去ろうとする烈の背中に声をかけた。烈は立ち止まったが、後ろを振り向くことなく、
「…烈だ」
「どうして、お園ちゃんの名前を…」
 烈は振り向き、首を振ってみせる。
「ここじゃ長くなる。後で俺の家に来い。…てめぇんとこの山崎って奴が知ってる」
 烈はとぼとぼと歩き始めた。
 悲しくはない。
 彼は今まで、何度もこういう光景を見ている。
 だから、俺たち仕置人がいるんじゃねえか、と、烈は思いなおした。


(おまけのSS 第2稿・by若竹)
【山崎】 仕置き完了や!
【島田】 そういえば、この有馬っていう旗本は猫を斬っただけだな。
【沖田】 あたしはしょっちゅう斬ってます。
【近藤】 人様の飼い猫は、斬っちゃダメだからね。
【土方】 まあ、猫を斬ったぐらいでは罪には問えんな。
【藤堂】 龍の会も依頼を受け付けないんじゃないかな?
【山崎】 みんな、原稿をよく読みや。有馬は夜鷹を10人やり逃げして、殺しとるやないか。
【島田】 じゃあ有馬が仕置きされたのは夜鷹殺しで、猫殺しは関係ないんじゃないか?
【原田】 って事は、沙乃のへそくりの1両は必要なかったんじゃないの?
【山崎】 恨みが晴らせたから、それでええやないの。
【原田】 なんか釈然としないんだけど・・・。


近衛様まで感想をどうぞー。

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