行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『拳で語れ!』


  今日もてくてく京の街。新選組の巡回である。
 元治元年5月10日。公武合体の為、上洛していた将軍家茂は攘夷決行という実行不可能な約束をして、さっさと江戸に帰ってしまった。だが、これにより長州藩も目標を失い、取り敢えず京の都から引き上げていた。この所、キンノーも鳴りを潜め、京洛は平和そのものだ。まあ、一時休戦ってトコだ。


「沙乃、野球拳って知ってるか?」 巡回の途中で、突然島田が言い出した。

「やきゅうけん? 何よ、それ?」

「俺の田舎では禁じられていた恐怖の遊びだ」

「おー、おもしろそうじゃねえか」

 永倉が話に乗ってきた。江戸っ子の永倉は、こういう祭りみたいなものに目がない。

「どーせ、ただの遊びなんでしょ?」

 ふん、といつものように軽くなす沙乃。

「いや、これは大人の遊びなんだ。沙乃には無理だろ」

「沙乃は大人よ、やってやろうじゃない!」

「ルールは簡単でジャンケンをする」

「それのどこが恐怖なのよ!」

「負けた方が1枚脱ぐ」

「そんなのタダのエロじゃないのよ!」

「甘いぞ、沙乃。相手の手を読み、グー・チョキ・パー、3つの内の1つを選ぶ。
 神経を研ぎ澄まし拳に命を懸ける。これぞ野球拳の神髄。
 子供には出来ない気合の勝負だ。ま、沙乃には無理かな?」

「やってやるわよ!」

 挑発だと分かっていても子供と言われては引き下がれない。

「じゃあ、屯所に帰ろうぜ。どーせ、今日も平和なんだし」

「いや、ここでやる」

「ここでって! ここは往来の真ん中よ!」 島田の言葉に驚く沙乃。

「だから負けられないんだ。精神の修養にはもってこいだぞ」

 負けたら往来の真ん中で衆人環視の中でストリップをやらねばならないのだ。
そのプレッシャーは尋常なものではない。

「た、確かにそれは恐怖のゲームね」

「だろ? だから禁じられてるんだ」

「いいわよ。やってやるわよ!」

 やると言った手前後には退けない。それに要は負けなきゃいいのだ。
島田の手を見切るぐらい、沙乃レベルの剣客ならば造作もないこと。

「んじゃ、沙乃対そーじで対決」

 ここまで沙乃を煽っておいて、あっさりと同道の沖田鈴音に振る島田。
(※彼女は一言もしゃべっていないが、最初から居る)

「ち、ちょっと待ちなさいよ。なんであんたじゃないのよ!」

「沙乃は俺を脱がしたいのか?」 真顔で沙乃に詰め寄る島田。

「う・・・・脱がしたくない」 想像してしまった。

「あたしは嫌ですけど・・・・コホコホ」

 いきなり話を振られた沖田も反対するが、

「えー、いいじゃん、いいじゃん。そーじで決定」

 いつでもどこでもマイペースな永倉が、話をまとめてしまう。




 何か成り行きで、野球拳をやることに決まってしまった。往来の真ん中なのでギャラリーが集まる。島田と永倉は見物料を取り始めたらしい。ちなみに勝った方が賞金として全額もらえるのである。勝てば大金、負ければすっぽんぽん。まさに恐怖のゲームだ。

「じゃあ行くわよ、じゃんけん、ぽん!」

 沙乃はグー。そーじはチョキ。沙乃の勝ちである。
 まずは隊服を脱ぐ沖田。

“そーじの性格じゃ、またチョキを出すはず”

「じゃんけん、ぽん!」

 沙乃はグー。そーじはチョキ。また沙乃の勝ちである。
 今度は靴を脱ぐそーじ。以外とセコい。

“ここで、沙乃が手を変えると読むはず!”

「じゃんけん、ぽん!」

 沙乃はグー。そーじはチョキ。沙乃の連続勝ちである。こういう時は勢いで押した方が良いのだ。
 今度は靴下だ。

“・・・・沙乃が連続してグーを出してるから今度こそ変えると読むはず
 グー以外だから、そーじの手はグーとチョキ。確率二分の一。
 でもそーじは連続でチョキを出して負けてるから、グーを出すはず”

 瞬間的にここまで相手の手を読んだ。確かに回が進むにつれ、相手の手を読まねばならない。

「ぽんっ!」

 沙乃はパー、そーじはグー。読みどおりだ。
 そして手甲を外すそーじ。

“次は・・・・沙乃がチョキを出すのは読まれてるだろうから、裏をかいてパー・・・“
 いや、そーじの事だからそこまで読んでるに違いないわ。だったら!”

「じゃんけん、ぽん!」

 沙乃はグーを出した。そーじはチョキである。これまで無表情だったそーじの顔に愕然とした表情が浮かぶ。相手の手を読み間違えたのだ。
 しぶしぶと靴下を降ろすそーじ。これで後がなくなった。そーじは隊服の下はパールグリーンのブラウスとオリーブ色のスカートだ。あと1回負ければ、それを脱がねばならない。対して沙乃は連勝で無傷である。しかもブラウスの上にスモックを着てる分、そーじよりも有利だ。
 だが、ここで沙乃の心に慢心が生じた。

「ぽん!」

 適当にパーを出したのだが、そーじはチョキだ。そーじはもはや負けられない。そこに歴然と差が出た。島田の言うとおり恐るべきゲームである。

『おおっと! そーじの逆襲だあ!』

 スピーカーで増幅された島田の声が響き渡る。いつの間にか解説席を作って、アラタと2人で実況している。沙乃とそーじは気付かなかったが、ギャラリーも倍増している。

“あの2人は〜!”

 どうやら面白ければ何でもいいらしい。更に実況席には見物料というか、おひねりが山と積まれている。
 これで沙乃も何かひとつ脱がねばならない。

「ふん、靴や手甲なんて、そーじはやり方がセコいのよ。見てなさい、女は度胸よ!」

 そう言うと、沙乃はスカートの中に手を入れ、ごそごそと・・・・。白地にブルー横ストライプの入ったパンツを降ろし、大腿でスカートを挟んで万が一風が吹いてもめくれないようにしてから、まずは右足、そして左足を抜く。

「うおおおおおお!」 ギャラリーがどよめいた。

 沙乃は自分のパンツをパンッと広げると高々と掲げた。
 ギャラリーは熱狂し、興奮の坩堝と化し、おひねりが次々と飛んでくる。

 沙乃はパンツを畳んでポケットに入れ、不敵にそーじを見た。心が萎縮したまま守りに入ったら勝ちはない。いきなりパンツを脱ぐ事でそれを示したのだ。

「どーよ」

「沙乃ちゃん、すごい・・・・」

 本気だというのが伝わった。実は沙乃は内心『今日は子供っぽい猫パンツにしないで良かった』と胸をなでおろしていたのだが。

「さあ、勝負よ!」

 沙乃は仁王立ちになった。そこに一陣の風が吹き抜ける。ノーパンの羞恥心に体が火照る。だがそれが心地よい興奮になる。

「じゃんけん!」 そーじも真剣な表情になった。

「ぽんっ!」

 沙乃はチョキ。そーじはパー。
 本気になったとは言え、ノーパンの沙乃とは気迫が違う。そーじが気押されたのである。

『おおっと! 原田嬢、気迫の籠もった一撃、そーじを退けたぁ!
 解説の永倉さん。今の勝負どう見られましたか?』

『やっぱ戦いは気組みだ。今の沙乃は気合が入ってたからな〜』

 そーじはキッと沙乃を睨みつけると、意を決したように、スカートのホックに手をかけた。カチャっと金属音がなり、オリーブ色のスカートがふぁさっと地に落ちる。

「おおおおおおお!」 ギャラリーがどよめき、またおひねりが飛ぶ。

 ブラウスの裾を引っ張って見えないようにするそーじ。

“おそるべし、そーじ。あえて下を選ぶとは”


 そしてこの次から沙乃の連敗が始まる。パンツを脱いだとは言え、スカートがあるから見えていない。そこに明確な差が出た。今度の沖田はスカートを脱いで自分を追い詰めた。気合が入っている。
 だが、頭脳派の沙乃の方が一枚上手だった。靴、靴下、手甲、スモック、ブラウスと次々脱いでいっても、一番上の浅葱色のダンダラ羽織の隊服を脱いでないので全然見えないのである。
 が、この安心感ゆえに連敗を喫したのも事実である。読みのキレに差がでる。後に退けないそーじとは気合が違うのだ。事実、沙乃の手は全て裏目に出て、読まれまくっていた。
 そして、ついに最終決戦に至った。沙乃は残り隊服1枚のみ。そーじは上下揃いの下着のみである。ギャラリーは膨れ上がり、通りに面した家々の1階の庇や2階の屋根まで鈴なりである。一体、今現在の収益はいくらなのだろうか?

「最後の勝負ね」

「そうですね」

「これで決まるわよ! じゃんけん! ぽん!」

 両者グーである。

「あいこでしょ!」

 またしても両者チョキ。

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!」

 白熱したバトルになった。絶対に負けられない! その思いが同じだからだ。最終バッターがファウルで粘るかのようにあいこが続く。
 そして、

「こら! 何をしとるか!」 声が勝負に水を指した。

「ひ、土方さん」

 いつの間にか鬼の副長、土方歳江が居た。

「散れ! 見世物ではないぞ!」 刀を振り回し、ギャラリーを追い払う。

「さて、説明してもらおうか、島田?」

「こ、これは、やきゅうけんという勝負で・・・」

「ほほう?」

「でもトシさん、儲かったんだぜ、ほら」

 永倉がおひねりを広げてみせる。全部で何十両あるのだろう。大金だ。
こんな事に1分金(4分で1両)を投げ出すのだから男は馬鹿者である。

「それは没収だ。局の勘定方に回すように」

「えー、そりゃないですよ」

「そうよ! 沙乃たちが体を張ったってのに!」

「新選組局中法度! 一つ、勝手に金策するべからず!」

「あーうー」

「それは、確かに・・・・」

「切腹の方がいいか?」

「良くないです」

「では、屯所に帰るぞ」




「大体、島田が変な事を言い出すから悪いんだからね!」

 長身の島田が隊服を広げて壁となり、その陰で着替える沙乃とそーじ。

「お、俺のせいなのか?」

「誰がどう見てもあんたのせいよ! つーか、見るな!!」

「でも沙乃もギャラリーを煽ってたよなあ。あれでおひねりがぐんと増えたんだぜ」

 永倉がケラケラ笑う。

「勝負よ! 沙乃は純粋に精神の勝負に出たのよ!」

「確かに精神の修養にはいいかもしれませんね」

「儲かったからいいじゃん」

「馬鹿者、町中でストリップをやるんじゃない! 今後は禁止する! さっさと服を着ろ」

「は〜い」


 こうして、この事件は闇に葬られたのである。

(完!)


(あとがき)
 神悠士様の『こねこのひろば』のお絵かきBBSで、沙乃が島田を誘ってる絵を描かれました。裸の上に隊服のみ。何ゆえ? と理由をいろいろ考えてたらこのSSができました。
・・・・うーむ、我ながらつまらないものを書いてしまった。すまんです。


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