行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『白い恋人(それは函館銘菓)』


 うろうろうろうろうろ。
「トシちゃん、落ち着いたら?」
 近藤から声を掛けられた。
「私は落ち着いてるぞ」 ピタッと足を止めて答える。
「でも」
「何だ?」
「トシちゃん、さっきからなんだかそわそわしているよ?」
 そう言われて気付いた。さきほどから8畳の広さのある局長室の端から端まで行ったり来たりしている。2けん(8畳間なので、1辺の長さが2けん(=3.6m)の正方形)の短距離を行ったり来たり。壁のところまで来ると無意識に反転してるので行ったり来たりになっているのだ。もし障害がなかったら延々と歩いていたかもしれない。
「ふむ」
「何か新選組に問題でもあるの?」
「いや、別に特に問題はないな」
 私は首をかしげた。

「ズバリ! 歳江ちゃんは男の事で悩んでいるわね」
 突然背後から声を掛けられた。いつもの事ながら驚かされるが、努めて平静なふりをした。この声は新選組のもう一人の局長 カモミール・芹沢だ。
「芹沢さん。急に後ろから声をかけるのはやめていただきたい」
「気付かないのは、歳江ちゃんが未熟だからよ」
「ぐっ」
 確かに私は天然理心流の目録取りでしかないので、そう言われるとぐうの音も出ない。
 近藤が驚かなかった所をみると、近藤はどうやら芹沢さんの接近に気付いていたようだ。ぼーっとしているようだが、これでも近藤は天然理心流宗家4代目だ。剣客として私とは格が違う。
 剣客も達人クラスになると、容易に気配を消したり、逆に気だけで相手を威圧して動けなくしたりできる。天然理心流の教える気組きぐみだ。
 カモミール・芹沢は、豹柄のミニの上衣に派手な西陣の帯、赤い超ミニスカートをはいたグラマーな金髪女性で、誰がどう見てもイカれた姉ちゃんにしか見えないのだが、実は神道無念流の免許皆伝。このように気配を消して近づき人を驚かせるのが得意技だ・・・・気の使い方を間違っていると私は思うのだが。
「バレンタインの日に島田クンにチョコレートをあげたそうじゃない」
 芹沢さんが挑発して来るが、そんな挑発に乗る私ではない。
「人手不足なのに切腹されては困るからな」
「それだけ?」
「それだけだ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
 芹沢さんの言わんとする所は分かる。だが、こちらからそれを認めるわけにはいかない。無言の沈黙が重い。
「何か言いたい事でもあるのか?」
「アタシ、昨日、島田クンとHしたよ」
「なんだとお!!!」
 思わず激高して芹沢さんの襟首を掴み上げたが、芹沢さんはニヤニヤ笑いを浮かべたままだ。
“はっ! しまった” 我ながら幼稚な罠に引っ掛かってしまった。
「ウソ☆」
「くっ」
「ほーら、島田クンが気になって仕方がないんじゃない。
 島田クンが危ない目にあってないかどうか、心配なんでしょ?」
 芹沢さんが私の頬っぺたをムニムニと指でつつく。なれなれしくするのはやめて欲しいのだが、たった今一本取られたばかりなので突っぱねるのも大人気ないか。
「そんな事はない」 私は平静を装った。
「島田くんは、アラタちゃんたちと一緒に巡回に出てるから大丈夫だよ」 と近藤。
「うむ」
 永倉・原田・沖田・山南、現在巡回に出ている人間は新選組の中でも精鋭とも呼べる使い手揃いだ。彼らと一緒に巡回している限り、島田の身に危害が及ぶ事はない。
「そうかなあ?」
「芹沢さん、何か気になる事でも?」
「アタシの情報網によると、最近、おまちっていう町娘が島田クンに粉をかけてるみたいよ」
「!!」 それは由々しき事態だ。島田のバカはモテないから、小娘の誘いにホイホイ乗ってしまうかもしれん。いや、モテない島田を籠絡して新選組の情報を聞き出そうとするキンノーのスパイという線も考えられる。おまちという町娘は早急に取り調べるとしよう。
「そんなに島田くんの事が気になるんだったら、島田くんを内勤にしたらどうかな?」
 と、近藤が提案する。
「いや、しかし・・・」
「島田くんは、そんなに強くないし、トシちゃんが仕事にならないんだったら困るよ」
 まあ、確かに島田はキンノーにされて入隊してきたような男だから戦力外なのは事実なのだが・・・・人の男を面と向かって強くないと言うのもどうかと思う。
「いっそのこと、副長歳江ちゃん付き近習にしたら?」
 芹沢さんが扇子をバッと広げて笑顔でそう言う。

“近習・・・島田と部屋に2人っきり・・・”
 並べた文机。ふとしたはずみに筆が転がり、互いに落ちるのを防ごうと伸ばした手と手が触れ合う。頬を朱に染め見つめ合う二人。

「い、いや、それは、いくらなんでも」 ボンッと一気に顔が赤くなる。
「真っ赤になっちゃって、何を想像したのかなぁ?」
「べ、別に私は、その、2人っきりで、いや、その・・・・」
「2人っきりで何をするのかなあ? あんなことやこんなことをするのかなあ?」

“あんなことや、こんなこと・・・”
『土方さんの手って、スベスベなんですね』
『ふん・・・手だけではないぞ』
『ほんとだ』
『ば、馬鹿者、一体どこに手をやって・・・』
『駄目っすか?』
『・・・駄目とは言ってはないぞ』

 妄想の続きが一気に押し寄せ、ポポポンと、顔が火を吹き、パシューッと蒸気が漏れる。
「もう、カーモさん、そんなにトシちゃんをからかわないで。
 ちょうど勘定方が足りないみたいだから、島田くんを内勤の勘定方見習いにしようか?」
「う、うむ。そうだな」
 よく分からん内に話がまとまってしまった。まあ、勘定方なら、私の部屋からも近く、ちょくちょく奴の顔を・・・いや、仕事ぶりを監督することができる。好都合だ。




 勘定方の仕事は、予算を立て、現金を出納すいとうし、帳簿をつける事、つまり財政管理である。普段の仕事だと、巡回に出る隊士に隊務金を渡し、押し借りの結果増えたり減ったりした隊務金を回収して帳簿につけてから、カギのかかる舟箪笥に納めるのである。ちなみに巡察に出掛ける時よりも隊務金が減ってると、土方副長から直々じきじきに怒られるのだ。

「・・・・何で、俺が勘定方なんだろう?」
 勘定方の公用部屋で、俺は首をかしげた。突然の人事異動で第一線から外され、裏方ともいうべき勘定方に回されてしまったのだ。
「きっと酒井さんが脱走したからですよ」
 商人上がりの勘定方、河合耆三郎きさぶろうが俺の問いに答える。
 河合耆三郎は文久3年以来の同志だ。入隊は島田の方が早いので河合が後輩にあたる。河合は塩問屋の息子だったのだが武士になりたくて、大坂での新選組の隊士募集に応じて来た。流儀は宮本武蔵の二天一流。二刀流の達人で、例の池田屋事件にも出動し、金15両の褒賞金を受けている。これほどの達人を裏方に回しておくのはもったいないのだが、新選組には、河合よりも算盤そろばんを使える人間が居ないのである。門前の小僧という言葉があるが、商人の家に生まれた為、他の誰よりも、こういう方面に向いているのだ。

「ああ、あれは嫌な事件だった」 俺も思い出した。
 探索方が脱走した酒井兵庫を見つけだしてくれたので、俺と斎藤とそーじの3人で酒井を斬りに行って来たのだ。
 新選組古参隊士の一人である酒井兵庫も勘定方だったのだが、河合耆三郎というソロバンの達人がいる為、切腹させられた隊士の後始末などの嫌な雑用が主任務だった。始末屋というあだ名がついていたぐらいだ。そして、仲間内で殺し合う新選組に嫌気がさして脱走してしまったのだ。これが新入隊士ならば、そのまま捨て置かれたのだろうが、酒井は最古参。新選組にとって表沙汰にしてはならない裏情報や内部情報を知り過ぎている。万が一キンノーにでも捕まるとまずい事になるので、土方さんの命で斬って来たのだ。任務とはいえ命乞いをする奴を斬るのは気が引けた。しかも相手はつい先日まで同志だったのだ。だが、任務は絶対。俺が酒井のおっさんにトドメを刺した。

 そういうわけで勘定方が一人減ったから、その補充として俺が回されたのだろう。確かに酒井を斬ったのは俺なので責任の意味もあるのかもしれん。
「慣れると楽しいですし、島田さんには才能がありますよ」
「あんまり、慣れたくない・・・・」
 こうして俺の内勤生活が始まったのだが・・・・。

 副長の土方さんが頻繁に勘定方の公用部屋に顔を出すようになった。帳面をチェックしたり、予算配分を細々こまごまと指示したり、あるいは誤字や計算ミスを見つけては俺に小言をいうのだ。
「島田、ここの計算が間違っているぞ」
「どこですか?」
「ここだ。総額が合わないではないか」
「はあ、すいません」

「このガラス代というのは何だ?」
「そーじが子供達と遊んでいて、ボールを投げて八木さんちのガラスを割ったのを弁償しました」
「それは隊務ではないな。そーじの給金から引いておくように」
「はい」

「信玄公の軍配? 何だ、これは?」
「さあ?」
「馬鹿者! 勘定方たる者、全てを把握しておけ!」
「は、はい」
「これは、武田観柳斎助勤からの要求です。近藤局長が承認なさいました。
 長沼流の采配に必要なのだそうです」 河合が助け船を出してくれる。
「・・・・また、無駄遣いをしおって!」 俺に怒らないでほしい。

「虎徹二号三号四号の飼育費? これは?」
「あ、これは裏のブタさんです」
 御典医ごてんい、松本良順先生の教えで、新選組では豚や鶏を飼っているのだ。近藤さんはそれらに虎徹一号、虎徹二号、虎徹三号、虎徹四号と名付けている。
「書類には一号がいないな。一号はどうした?」
「先月トンカツにしました」
「ふむ。あの豚には、芹沢・山南・伊東と名付けてたのだがな」
「土方さん、それは洒落になりません・・・」

 このような感じで1時間に1回ほど公用部屋に現われては帳面のチェックをして去って行くのだ。河合によると、これまでにはこんなことはなかったのだそうな。と、いうことは俺に対するイジメだろうか?
 俺は土方さんの問いに対して全て完璧に答えるために猛勉強を強いられた。その結果、隊の内部事情にやたらと詳しくなってしまった。下手したら監察よりも詳しいかもしれん。



「島田、真面目に仕事をしているか?」
 いつものように土方さんが入って来る。そしてそのまま凍りついた。
「・・・・ここで何をしている?」
 土方さんから怒りのオーラが発せられる。理由は分かる。文机に着いた俺の後ろにはカモちゃんさんがいて、後ろから俺を抱き締めているからだ。俺の頭の上にたわわに実った双胸が乗っている。
「お仕事☆」 カモちゃんさんがしれっと答える。「アタシは勘定方の仕事を監督中なのよん☆」
「・・・・」
 土方さんの怒りのボルテージがゴゴゴッと音を立てて上がっていくのが俺にも分かる。
「島田もまんざらでもなさそうじゃないか」
「いや、あの、その・・・・」 俺に怒らないでほしい。
「なんかさあ、歳江ちゃんが島田クンをいじめてるみたいだからさあ」
「私はこいつの仕事を監督しているだけだ」
「逢い引き?」
「何をどう聞いたらそうなるんだ!」
 土方さんが怒鳴る。俺も同感だ。そんなストレスの溜まりそうな逢い引きは俺も御免だ。
「島田クンは歳江ちゃんから仕事を監督されるのと、アタシに監督されるののどっちがいい?」
 濃厚な色香がフェロモンとなって俺の鼻腔をくすぐる。思わずノックアウトされてしまいそうだが、理性が俺を押し止どめた。
「え、えーと」
 正直、カモちゃんさんのは監督でも何でもなく、仕事の邪魔ではあるのだが、露出が多くお色気たっぷりのスキンシップは気持ちは良いわけで、かと言って土方さんの監督が嫌かというと、土方さんはちゃんと仕事をしてるし・・・・。
「さっさと答えろ、島田!」 土方さんが刀の柄に手をかける。
 俺の首に回された腕に力が籠もる。
 絶体絶命のピンチ! 「カモちゃんさん」と答えたら斬られるだろうし、「土方さん」と答えたら締められるに違いない。

 だが救いの手は意外な所から差し伸べられた。
「はいはい、2人とも、お仕事の邪魔をしちゃ駄目だからね」
 廊下を通りかかった近藤さんが土方さんとカモちゃんさんの襟首を掴まえてスルズル引きずっていく。さすが近藤さん。2人も近藤さんには逆らえないみたいだ。
「あう〜。ゆーこちゃんの勝ち〜」
「近藤、私は邪魔してたわけではない」
「歳江ちゃんたら、毎日『おふぃすらぶ』してたんだよ」
「してない! つーか、それはあんただ」
「アタシはこれからだったのに歳江ちゃんが邪魔するんだもん」
「これからだと! 島田に手を出してみろ、私がただでは済まさん!」
「ほーら、『おふぃすらぶ』じゃないの〜」
「ち、違う! そういう意味じゃない! 私は勘定方の仕事を邪魔するなと・・・」
「はいはい。喧嘩は向こうでしようね」
「島田クンを巡る愛のバトルね。色気なら歳江ちゃんに負けないわよ」
「違うだろー!」
「はいはい」
「近藤、頼むから襟を引っ張らないでくれ」
「はいはい」

 声が遠ざかって行く。一体、何だったのだろう?
「さあ、仕事を再開しましょうか」 河合がソロバンをご破算にする。
「そっすね」
 静かになった勘定方公用部屋で俺たちは帳簿仕事に戻っていった。




 数日後、永倉アラタ・原田沙乃・沖田鈴音・藤堂たいらの4人が市中巡回に出ていた。2人組で各方面を回り、ちょうど落ち合ったので、巡回の途中でお茶にすることにした。
「なんか、最近、トシさんが荒れてるんだよなあ」
 不条理にもプロテイン飲料を飲みながら永倉がボヤく。これ以上筋肉をつけてどうしようというのだろうか? まあ、永倉の場合、筋トレが趣味みたいなものだが・・・。
「芹沢さんが、あおったみたいなのよ」 甘党の沙乃はミルクセーキにストローを突っ込んでる。
「そんなのいつもの事じゃん」
「今回は間に誠がいるからねぇ」 と白磁のティーカップを傾ける藤堂。
「芹沢さんもトシさんの事を考えてワザとやってるんだと思うんだけど」 沖田は普通に日本茶だ。
 4人とも見事なまでに飲み物の趣味がバラバラである。
「トシさんも色恋には不器用だからなあ」
 土方が聞いていたら『お前にだけは言われたくない』と言うに相違ない台詞を吐く永倉。
「少なくとも、そっち方面だと芹沢さんの敵じゃないわね」
 沙乃の言うとおり、そういう方面だと新選組で芹沢に勝てる者はいない。
「でもそれでこっちに八つ当たりされるのはたまらないですね」
「トシさんも気にしてるらしくて、芹沢さんに勝つにはどうしたら良いか尋ねられたよ」
「どうしてアタイにかないんだろう? いくらでもレクチャーしてやるのに」
「アラタに訊くだけ時間の無駄だからじゃない?」
「沙乃も訊かれなかったんだろ?」
「ケンカ売ってる?」
「そっちこそ!」
「それで、へーちゃんは何て答えたの?」
 ケンカに発展しそうな2人を制して沖田が話を先に進める。
「誠とお茶したらどうかな? って言ってみた」
「なるほど、基本ね」
「で、どうなった?」
「トシさん、誠にお茶を入れさせて、『茶がぬるい!』って誠に湯飲みを投げつけてた」
「は〜」 沖田はため息をつき、
「さすがトシさん、ただもんじゃねえな」 永倉が感心する。
「島田も気の毒に」 沙乃でさえ島田に同情的だ。
「でも島田さんとトシさんの仲がうまくいかないと、また芹沢さんが島田さんにちょっかいを出しますよ」
「そうなると、トシさんがまた荒れるねえ」 藤堂がうんうんと一人頷く。
「どうしようか?」
「忙しくなりゃ、トシさんもまともに戻るんだろうけど」
「最近、キンノーもおとなしいもんねえ」
「ま、そろそろホワイトデーだから、何とかなるんじゃない?」
「そうだね。それじゃ仕事に戻ろっか」
 お茶の時間は終わり、4人は仕事である巡回に戻って行った。




 時はしばらく経過してホワイトデーの直前辺り。勘定方の公用部屋に斎藤はじめが来ていた。
「島田、頼みがあるんだ」 斎藤が切り出す。
「何でも相談に乗るぞ」 斎藤は俺と同期の古参だ。親友の頼みなら、おとことして何とかせねばなるまい。
「・・・・お金を貸して欲しいんだ」
「却下」 俺は即断する。
「島田ー(泣)」
「却下ったら却下。局中法度で勝手な金策は禁じられてるからな。勘定方が守らなかったらまずいじゃん」
「話ぐらい聞いてよ」
「じゃ、話だけ」
「実は、ホワイトデーなんだ」
「ふむ」
「バレンタインにチョコレートをたくさんもらったから、お返ししなくちゃならないんだ」
「ほほう。すると何かね、モテモテの斎藤君は自分がもらったバレンタインチョコのお返しの金をモテない俺に用立てろと言うのかね?」
 声に怒りが籠もる。我が親友ともながら、何と身勝手な奴だろう。しかも全くモテない俺の所へやって来るとは。嫌みすら通り越している。
「飴の値段が高騰しててお給金だけじゃ買えないんだよ」
「斎藤はチョコを大量にもらってたからな。自業自得だ、いくら飴の値段が高騰したからといって・・・飴の値段が高騰!?」
『飴の値段が高騰』 この言葉に俺は帳面を引っ繰り返し始める。何というか、勘定方のさがというか・・・・。河合も何かに気付いたらしく、俺と同じように帳面を調べ始めた。
「変ですね。確かに斎藤さんの言うとおり、このところ飴の値段が異常に値上がりしてます」
 新選組でもお茶菓子などの購入がある。それらの購入は俺たち勘定方が管理しているのだ。
「それも変だぞ。モチの値段は変わってない」
 勘違いされがちだが、日本古来の伝統的な飴はもち米から作るのである。原料のもち米が値上がりしたのならモチの値段も上がりそうなものだが、帳簿によるとそうではない。
「菓子屋が飴の値段を不当に吊り上げたのか・・・」
 幕末のこの時期、政情不安の為、物価は上昇傾向にあるから、その便乗という事も考えられる。
「菓子屋の談合ですかね?」 河合も首をひねる。
「さあ?」
「島田、僕は?」
「帳簿はごまかせないから、給金の前貸しの形にしてやるよ」
「恩に着るよ、島田」
 俺は舟箪笥から小判を10枚取り出し、斎藤に渡す。平隊士の給金は月に十両だからだ。

 斎藤が去って、数分後、今度は山南副長が公用部屋に現われた。
「島田君、男の頼みがあるのだが・・・」
「金以外ならなんなりと」
「実は、金なんだ」
 そうして山南さんも、金が必要な理由を語り始めたのだが、斎藤と全く同じ理由だった。祇園のおねえさん方から高級チョコをたくさんもらったのだそーな。全く、うらやましい限りで。
 斎藤がモテるのは分かる。男の俺が襲ってしまいそうなぐらい華奢きゃしゃな美少年だからだ(※俺はホモではない) 山南さんは北辰一刀流の免許皆伝で学問もある渋いいぶし銀だから、大人のお姉さん方にモテるのも理解できる。
 だがこの2人で終わらず、次々と助勤連中や隊士達が給金の前借りにやって来たのだ。皆が皆ホワイトデーの金の工面に困っていた所を、斎藤と山南さんの『給金の前借り』を聞き付けたらしい。尾形に尾関に川島に安藤に阿部に谷に松原に・・・ぞろぞろと新選組の男たちが給金の前借りに来るという異様な事態になった。
 ちょっと待て、するってーと、何か? みんながみんなモテモテなのに、モテなかったのは新選組で俺だけって事か? ゆ、許せん。
 ちなみに同役の河合耆三郎もチョコをたくさんもらったそうなのだが、彼の実家は大金持ちなので、彼の財布はその程度ではびくともしないのだそうな。

「島田、真面目に仕事をしているか?」
 土方さんが入って来た。いつもの監督だろうか?
 このあいだは『たまには一緒に茶など飲もう』と言って俺に茶を入れさせ『茶がぬるい!』と湯飲みをぶつけられた。土方さんの考えることは今一つ分からない。
「カモちゃんさんが来てないので仕事ははかどってます」
 俺が『カモちゃんさん』と言った途端に土方さんの眉間にしわが寄る。
「芹沢さんは、そんなに頻繁にここに顔を出すのか?」
「いえ、土方さんほどではありません」
「わ、私はお前が真面目にやってるかを監督しているだけだ。他意はない」
 うーむ、土方さんが動揺しているぞ。
「ところで、仕事だったらちゃんとやってますが」
「いや、今回は仕事の件ではない」
「と、するとまた、お茶ですか?」
「いや、金子きんすを用立ててもらいたい」
「はあ。いくらぐらいですか」 ひょっとすると土方さんもか!?
「五百両だ」
「土方さん、モテモテですね」
「何の事だ?」
「チョコをもらったんでしょ?」
「もらわないぞ」
 何か話が噛み合ってない。

「もしや、歳江ちゃんにそんな趣味が!?」
 突然、俺は後ろから抱き締められた。背中に当たるふくよかな胸の感触はカモちゃんさんだ。
「いきなり現われて、忍者か! あんたは!」
「やーねぇ。ちゃんと戸口から入って、歳江ちゃんの横を通ったじゃないの」
 俺も気付かなかったぞ。土方さんの言うようにいきなり現われたように見えた。
「で、何でそこにあんたがいるんだ!」
「アタシ的に定位置だから☆」
「島田が迷惑しているぞ」
「島田クン、迷惑?」
 はっ! このシーンは以前にもあったような・・・既視感デジャヴか?
 まずい! 今度はちょうど都合よく近藤さんも通りかからないような気がする。
「どけ!」 土方さんがカモちゃんさんを押しのけた。そしてカモちゃんさん的定位置に土方さんが着く。分かりやすく言うと、俺は土方さんに後ろから抱き締められた。カモちゃんさんのフェロモンの残渣が消え、代わりに俺は殺気に包まれる。
「何か文句があるか!」 居直ったかのようにカモちゃんさんを威嚇する土方さん。
「歳江ちゃんって、だいた〜ん☆」
「あんたがさっきまでやってたんだ!」
「違うよ〜」
「何がどう違う!」
「もっと体を密着させなきゃ」
「こ、こうか?」 カモちゃんさんの指導で、土方さんが俺にくっつく。
「島田クンの肩から手を回して、片手を胸元に入れて、体重を島田クンに預ける」
「こうだな」 何をやってるんだろう。この2人は・・・しかし、土方さんの体重が俺にかかるにつれ、2つの膨らみの圧力が俺の背中に。ああ・・・。
「なるほど、島田の手元が良く見える」
「どう? 島田クン」
「はあ、最高です・・・よもやこんな日が来ようとは・・・」
「ね、歳江ちゃん、島田クンも喜んでるみたいだし、これが正しい監督のスタイルなんだよ」
「うむ。良く分かった」
 これは幸せだが仕事ははかどらない気がする・・・。
「時にカモちゃんさん、さっきの言葉の意味は何ですか?」
「アタシ的定位置?」
「いや、もっと前です。土方さんの趣味がどーとか」
「そうなのよ! 史実だとゆーこちゃんの留守中に歳江ちゃんが遊女を五百両で身受けするんだよ! で五十両足りなくて河合クンが斬首になるの!」
「馬鹿な、私が遊女を身受けしてどうする!」
「別に女同士でも出来るわよ」
「私はノーマルだ!」 土方さんが絶叫する。
「私を勝手に殺さないで下さいよ」 そっとつぶやくのは河合耆三郎。
「その身受けする遊女って深雪太夫みゆきだゆうだから、近藤さんのおんなのよーな気が・・・」 俺は首をひねった。
「分かった! ゆーこちゃんのおんなを先に買って悔しがらせる気ね。何という悪女なのかしら」 カモちゃんさんが驚いたように一歩下がる。
「いや、どっちかとゆーとプレゼントのような気が・・・」
「人身売買ね!」
「島田! 芹沢さんのわけの分からん話に合わせるんじゃない!
 だいたい、なんでこんな話になったんだ!」 土方さんがキレた。
「土方さんが五百両を用立てろと・・・」
「そうだ。五百両、すぐに用意出来るか?」
「えーと」 俺は土方さんに抱き締められたままなので動けない。河合が俺に代わって舟箪笥を開ける。
「五十両足りませんね」
「ほらー」 カモちゃんさんが史実通りだと言わんばかりの声を上げる。
 現時点でカモちゃんさんが生きてるというだけで史実から遠い様な気がしないでもないが。不条理のパラメーターが高いのだろう。
「島田、まさか使い込んだのか?」
「いえ、実はかくかくしかじかです」
 俺は、先程からの異常事態を土方さんに報告した。
「飴の値上がりと新選組隊士が異様にモテてる件に何か繋がりがあると言うんだな?」
「偶然の一致でしょうか?」
「キンノーの陰謀だとすると、バレンタインで全員がチョコをもらったのに、島田だけがもらわなかったのは妙だな」
「いえ、土方さんからもらいました」
「馬鹿者」 だが、その口調は優しい。
「そんなの簡単じゃない。歳江ちゃんのオトコに手を出す女がいるはずないじゃんよ」
「あんたは?」
「アタシ? やだなあ。アタシは歳江ちゃんをからかってるだけ☆」
「!!!!」 ああ、土方さんが無言で怒ってる。
「土方さん、まず敵の狙いが何なのか分かりません。菓子屋と女の子の両方の線で捜査を進めるべきではないかと!」
 土方さんの怒りをらすために進言してみる。
「どこの誰だか知らないけど、アタシらに喧嘩を売ったらどうなるか教えてあげる必要はあるわね」
「私に喧嘩を売ってるのは、あんただ、芹沢さん」
「土方さ〜ん、カモちゃんさんの挑発に乗らないで下さ〜い」
 俺の言葉に土方さんがハッとなる。
「アタシは本気よ」
「カモちゃんさんも、それ以上あおらないで〜」
「よし、そーじと藤堂に菓子屋を当たらせよう。キンノーを原田と永倉。芹沢さんは祇園で情報収集だ」 おお、土方さんが復活したぞ。これでこそ土方さんだ。
「ま〜かせて」 カモちゃんさんが答えて部屋から飛び出す。
「土方さんは?」
「私は隊の腑抜け共から聞き取り調査を行う」 土方さんの顔が鬼のように恐い。ツノがないのが不思議なくらいだ。
「土方さん、俺は?」
「お前は勘定方だ。真面目に仕事をしろ」 話の流れからして、助手に任命されるものとばかり思ってたのだが、あにはからんやそうはならなかった。
「さて、まずは河合から行くか。2月14日にチョコをもらった相手を一人漏らさず申告しろ」
 河合が引き立てられていった。なるほど、こうなると勘定方は俺一人になるからなあ。納得。




 新選組女性幹部らの働きによりキンノーの計画が明らかになった。俺は詳しくは知らないものの、おまちちゃんを筆頭に数人の京娘たちが屯所にしょっ引かれ、土方さんの地下室に入れられたのだそーな。彼女たちは好意的(?)に事情聴取に応じ、事件の全貌が明らかになったのである。地下室で何があったのかは俺は知らない。
 まず、多数の一般市民の京娘がバレンタインのアルバイトに雇われていた。ビラには『モテない男たちに少しの幸せを与えよう』とありボランティア精神あふれたものだ。でバレンタインの日に新選組や見廻組、京都所司代、町奉行所、京都守護職会津藩の侍など幕府方の男たちにチョコレートを渡す。相手の所属する組織や役職等によってA〜Fまでの男のランクが決められており、それに応じたバイト代が支払われるのだ。娘たちは金のために二股や三つ股など平気でかけているから、舞い上がった分、男の受ける精神的ダメージははかり知れない。現に新選組でも多数の男性隊士が真相を知り精神的ショックで寝込んでしまった。無事なのは俺と山南さん、斎藤ぐらいのものだ。俺は元々チョコレートをもらってなかったからで、山南さんと斎藤は素でモテたらしい。
 だがキンノーの計画はここで終わらず、菓子問屋と通じて飴の値段を吊り上げるという第2段まで行ったのである。飴の値段をべらぼうに吊り上げても、ホワイトデーがあるから男は買わざるを得ないのである。これにより、幕府方を個人的な財政破綻に追い込む。また、ホワイトデーに飴を返せなければ、口さがない京娘らによって自動的に彼らの悪評が広まる。と、こういう仕組みなわけだ。敵ながら見事なまでの頭脳プレイだ。

 新選組の女性幹部らが緊急出動。談合による独占禁止法違反の疑いで一件の菓子問屋を捜査すると、すぐさま飴の値段が元に戻った。カモちゃんさんがくだんの菓子問屋で暴れて7日間の営業停止を命じたからだ(※土方さんは黙認したらしい)。
 新選組幹部には女性が多く、実際、この事件でも出動したのは女性幹部たちだったので、『ぜに惜しさに菓子屋をしょっ引いた』などという噂が立つ事もなかった。これが男だったらそうは行かなかっただろうが。
 キンノーの動きは早く、新選組が奴らのアジトを急襲した時にはもぬけの殻だった。
 ここにキンノーのホワイトデーテロは挫折したのだが、男たちの心の傷は癒えなかった。


「ふむ、ようやく全てが片付いたな」
 土方さんがいつものように勘定方の公用部屋に来ている。河合も寝込んでしまった為、この部屋には俺と土方さんの2人だけだ。そういうわけで土方さんは堂々とカモちゃんさん的定位置、つまり俺の背後から抱き締める形にある。
「土方さん」
「何だ?」
「実は、ホワイトデーの飴です」
 俺は飴の袋を取り出した。
「口移しで食べさせてくれ」
「はい・・・って、ええっ!」
「何を驚く? 私もお前も両手が塞がっているではないか」
 俺の両手は飴の袋を握っており、土方さんの両手は俺の体に回されている。
 な、なるほど。土方さんの顔は真っ赤だ。多分、俺の顔も赤いのだろう。
 俺は飴の袋に顔を突っ込むと。パクっと口で一つ摘まんだ。首を横に向けると、土方さんが目を閉じている。俺は口移しで土方さんに飴を渡すために、土方さんの顔に自分の顔を重ねる。
曲者くせもの!」 唇が触れ合った瞬間、土方さんが叫んだ。
“ガーン、誘っておいて、それはないでしょう・・・”
 だが土方さんの叫びは俺に向けられた物ではなかった。土方さんは兼定を抜くと、畳に突き立てる。
「きゃーきゃー」 悲鳴が聞こえ、床下からバタバタと物音がする。
「島田!」 土方さんが身振りで俺に指示する。俺が中庭に通じる障子を開けると、床下からカモちゃんさんと近藤さんが転がり出てくる所だ。どうやら気配を消して盗み聞きしていたらしい。
「ゆーこちゃん、一瞬気が乱れたよ。だから歳江ちゃんが気付いたんじゃない」
「だってだって、トシちゃんたら『口移しで食べさせてくれ』なんて、なんて、なんて〜、きゃー」
 どうやら全部聞かれていたようだ。
「?」 なんか、俺も気配を感じた。槍架から槍を取り、天井に突き刺す。
「えい!」
「うあ! 刺さったらどうすんだよ、あぶねーなー」 この声は永倉か!
「馬鹿ね、アラタ、声を立てるんじゃないわよ」 どうやら沙乃もいるらしい。
「ここはネコのふりをして誤魔化しましょう。にゃー、にゃー」
「もう遅いわよ、そーじ!」
 ガタガタと音がすると床の間の天井の羽目板が外れ、永倉・沙乃・そーじが転がり落ちてくる。
「ふふふ・・・」 ひょっとするともしかして・・・・。
「お前達・・・全員切腹だーーーー!!!」
 土方さんが刀を振り回して、中庭に飛び降りる。
「わー、トシちゃんがキレたー」

 こうして、今年のホワイトデーも何事もなく暮れていったのである。

(おしまい)


(あとがき)
 河合耆三郎切腹事件をベースにホワイトデーSSを書いてみました。新選組に詳しい人なら、すぐ分かることなのですが、勘定方の酒井兵庫が脱走して斬られた時には、すでにカモちゃんさんは他界しています。山南さんも切腹してます。ま、いいか。この作品はいわゆる新選組物ではなく、あくまで“行殺”なので、そこら辺りは不条理として大目に見て下さい。私が時々史実新選組ネタを引っ張ってくるのは、リアリティを付け加えるためのちょっとしたアクセサリーみたいなものです。
 途中で土方が勘定方の島田を叱るシーンがありますが、ここは土方シナリオの第四幕で出て来る『必要経費申請表』をベースにしています。不条理が高いと項目が増え、不条理が低いと項目が減ります。
 また、永倉たちが巡回の途中でお茶をしてますが、このときの各自の飲み物は、第一幕で巡回に出て、そーじと一緒に自動販売機におつかいに行った時に買って来た飲み物です。へーちゃんは、このシーンに登場しないので、若竹掲示板の常連の仙太様の意見をれて紅茶としました。私は爽やかなスプライト、シンペイ様はスポーツ飲料系だったのですが、この3つを比べた場合、紅茶が割としっくり来る気がします。
 タイトルですが、これは私が2006年の3月に北海道の函館に旅行に行った際、『白い恋人』というお菓子がおみやげで売ってたので、そのまま使いました。別に深い意味はありません。
 しかし・・・どうやら私はギャグしかかけないらしい・・・。面白かったら幸いです。


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