行殺バレンタインSS 2010

『木を隠すにはチョコの中』


 時は幕末の二月。
 新選組隊士である俺は、厨房の外のまき割り台の前で彫刻に精を出していた。へー(※藤堂たいら)の助手として。

 実は数日前の市中巡回の際にキンノーと斬り合いになったのだが、その際、俺はちょっとしたピンチにおちいってしまったのだ。念のために言っておくと、相手が強かったのだ。決して俺が弱いわけではないからな。
 その時に、どこからともなくへーが颯爽と現われ、俺の前の敵を斬馬刀でなぎ払ったのだ。夕飯の買い物帰りだったらしく片手に買い物カゴをげて、斬馬刀の片手打ちでこの威力である。さすが副長助勤、普段は料理番をしているのに無敵に強い。
 俺が助けて貰った礼を言うと、
「じゃあ、貸しは身体からだで返して貰おうかな?」 と、少し含羞はにかんだような笑顔で夢のような提案が返って来た。俺が二つ返事で承知したのは言うまでもない。

 だが「身体で返して」というのは、肉体労働の意味だったらしく、俺は、ここの所毎日非番の時は、カマド用のまき割りから始めて、余ったでハートとか星とかを彫り出してる。まあ、そういう美味おいしい話がそうそう転がってるわけはないよなあ、うん。


「なー、へー」 厨房の外から中に声を掛ける。
「なに、誠?」 へーの声が返って来る。
「俺がやってるのは、料理じゃないような気がするんだが・・・」
 これが厨房内の仕事だったら、へーと二人調理台に並んで新婚さん気分なのだが。
「だって、型が要るから仕方ない。仕方ない」
「バレンタインだからハートとか星とかは分かるんだが、この三つ葉葵ってのは・・・」
 どうやって、そんな複雑な形を彫れと?
「あー、それ、けーこちゃん様からの分だね」
「この黒猫ってのは・・・」 チョコレート色にしかならないと思うんだが。
「それは、そーちゃんの分。大丈夫、砂糖を入れないブラックチョコになるから」
「それを貰う男は嬉しくないと思うぞ」 甘くないチョコは苦いだけだ。というか、コーヒーと間違えてる。
「あはは。虫よけにはちょうどいんじゃないかな?」
「うーむ、小刀だけだと、作業に無理があるなあ。そろそろルーターが欲しい。ビットが100個ぐらいの奴」
「ファンネルじゃないの?」
「それでどうやって彫れと?」
「どっちにしても、この時代にはないよ」
 馬鹿な話をしてる間に猫が完成した。ヤスリ掛けして、表面を滑らかにした後、粘土で包んで、型を取って、窯で素焼きにしてチョコレートの型を作るのである。なぜ、俺は陶工のような事をしてるのだろう?

「誠が、手先が器用で助かったよ」
「というか、手作りチョコって自分で作らないと意味がないよーな気がするんだが・・・」
 新選組の料理番であるへーの下には、不精な新選組の女達から、オリジナル手作りチョコ作成の依頼が多数舞い込んでるのだ。

「みんな、忙しいからね」
「へーは、忙しくないのか?」
「忙しいように見えないかな?」
「チョコレート作りに忙しいように見える」
「正解☆」
 いいんだろうか、それで?


「島田ー、十番隊、巡察に出るって」 斎藤が呼びに来る(※この話では島田と斎藤は十番隊の所属であるという設定)。
「おう」
「じゃあ、誠、死なずに帰って来てね☆」
「いや、そうそうピンチにはならないから」


 さて、仕事は仕事なので、へーの手伝いを中断して、刀を取って屯所前に集合する。
「島田、遅いわよ!」 組長の原田沙乃以下、十番隊の面々が俺と斎藤を待っていた。
「すまん」
「伍長がそれじゃ、示しがつかないでしょ」
「へーい」
「じゃあ、十番隊、出るわよ!」
 槍を持った組長の沙乃を先頭に、伍長の俺が後に続き、その後ろに十番隊の隊士達が二列になって続く」

 新選組の巡察とは、揃いの隊服を纏い武装した隊士たちが、町を巡回する事によって、治安の悪くなった幕末の京の都の人達を安心させたり、監察方が調べてくる情報を元に、旅籠やキンノーに肩入れする商店を強制捜査したり、突発的に発生する犯罪事件に対処したり、大店おおだなを脅して金品を献上させたりと様々である(※最後のは違うわよ:沙乃談)。

「島田、巡察に遅れるなんて、たるんでるんじゃないの?」 前を行く沙乃が話しかけてくる。
「非番の時はへーの手伝いをしてるからなあ」
「手伝いって、何よ?」
「バレンタインチョコを作ってる」
「何で、島田がバレンタインチョコを作るのよ!」
「自分でチョコを作れない料理の下手な女達から注文が殺到してるんだそーな。へーだけではさばき切れないんだろ?」
「沙乃は、仕事が忙しいからで、別に料理が下手なわけじゃないんだからねっ」
「そーか、沙乃も頼んでたのか」
「はっ! しまった! 誘導尋問とは島田のくせに生意気よ!」
「待て、槍をこっちに向けるな! 危ないだろ」
「でも、バレンタインで貰うチョコが島田製って、ちょっと微妙だよね」 後ろから斎藤が助け舟っぽいのを出してくれる。
「いや、俺は手伝いの雑用で、チョコはへー製だから」 俺の迂闊な言葉で、へーの注文が減ったら、後から怒られるかもしれないので、ここはフォローしておく。
「少なくとも、沙乃が作るより、うまいはずだ」 きっぱりと俺。
「し〜ま〜だ〜。アンタ、どうしても槍で突かれたいみたいね」 沙乃が槍の穂先をこちらに向けて、じりじりと間合いを詰めて来る。
「では、沙乃はへーよりうまく作る自信があると?」
「む、痛い所を突いて来るわね」
 沙乃がじりじりと間合いを詰め、俺がじりじりと下がる。他の隊士達はいつもの事なので、そんな俺たちを遠巻きに見てる。
 そして均衡が崩れた刹那、
「天誅!」 沙乃が槍を突きだし、
「それは、キンノーだ!」 俺が飛んで避ける。避けたまま、俺は走って逃げ出す。このままここに留まったら、確実にられる。
「あ、待て、島田逃げるな! みんな、島田を追うわよ!」
 突如として、巡回はマラソンへと早変わりした。

「いつもの事だけど、何で島田は原田さんをあおるんだろう?」
「でも鍛練にはなりますよ」 斎藤の横を走りながら平隊士の早田が答える。
 かくして、十番隊の巡察は、いつも通り、予定よりも早く終了するのだった。




 そしてバレンタイン前日。
 チョコレート製作は既に終わり、ラッピング作業に入っていた。カスタムチョコなので箱も特製の木箱である(※作ったのは俺)。箱に入ったチョコレートを色鮮やかな包装紙で包み、リボンを掛けて完成である。
「何か、新選組が解散しても、洋菓子屋で働けそうな技術スキルが身に付いて来てるような気がするぞ」
「ほう、では、島田はクビにして、洋菓子店に転職だな」
「土方副長みたいな事を言うなよ、へー。 というか、その物真似は似てるぞ」
「私じゃないよ、誠」
「チョコを受け取りに来たのだが・・・」
 土方さんがそこにいた。
「おおう!」
「えーと、トシさんのは、はい、これ」 へーが土方さんに紙袋を差し出す。
「うむ、世話を掛けた」
「まさか、土方さんにも恋人が!?」
 確かあれは本命クラスのチョコだ。
「いや、会津藩のご重役への挨拶でな」
 なるほど、仕事ですか。
「ゆーこさんや芹沢さんのもそうだよ」
「そーかー、仕事だったのかー。えらくたくさん本命チョコがあるもんだと、不思議に思ってたんだが、謎が一つ解けた」
「だが、木を隠すには森の中という言葉もあるしな」
「すると、仕事チョコに混じって、本命チョコが!?」
「さて、どうかな」 そう言い残すと、土方さんはチョコの袋を持って、厨房から立ち去る。実に大人の女の余裕である。
「うーむ、奥が深い」
「誠、手が止まってる」
「ああ、すまん」


 全ての商品(?)のラッピングが終わると、へーの命令で俺は、厨房から追い出された。男の俺が居たら、チョコが受け取り難いからだろう。


 翌日、バレンタインデー当日。
 特にチョコを貰うアテもない俺は、この所日課になっていたので、屯所の厨房へと足を向けた。

 バレンタインチョコ作りも終わったし、今は料理の時間でもないので、厨房は静かなものだ。
 調理台の上に、ラッピングされたチョコが1つ載っている。誰か取りに来なかったのか?
「へー、チョコが1個余ってるぞ」
「あ、それ、誠の」
「いや、俺は頼んでないけど」
「そうじゃなくて、私から誠へのチョコ」
「おおっ!?」
「言っとくけど、本命チョコだから」 さらりと嬉しい事をおっしゃる。
「最初からずーっと棚の所に準備してあったのに、誠ったら全然気付かないんだもの」
「完成見本かと思ってた・・・」
 ラッピングの上にメッセージカードがついている。俺は手に取って開いてみた。
『誠様、チョコと私を食べて
「ぐはっ!」
「誠、チョコを食べてないのに、鼻血を出すって、器用だよ」
「このメッセージが、ずーっと棚の上に乗ってたのか?」
「うん」
「木を隠すには森の中って土方さんが言ってたが・・・」 チョコの中に隠れてた。
「他の人に見られたらどうする気だったんだ?」
「完成見本って言うつもりだった」
「なるほど・・・」
「で、受け取って貰えるのかな?」
「ああ、もちろん」

 そう答えて、俺はへーを抱き締めた。

(おしまい)


(おまけのSS)
【土方】さて、今年のバレンタインSSもがんばらねばな。
【芹沢】今年は歳江ちゃんじゃないわよ。
【土方】何っ! バレンタインは、ここ数年ずーっと私だったのだぞ!
【近藤】今年はへーちゃんだって。
【沖田】まだ出番があるだけ、トシさんの方が良いです。
【芹沢】だよね〜。
【土方】・・・島田、この浮気者があ!
【島田】ぐはぁっ(吹っ飛ばされた)。


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