バレンタインSS2008

『バレンタイン8年』


 今年は二月なのに寒い。雪が降り積もり街を白く染めている。新選組の巡察隊も冬仕様になっており、あわせ(※冬物)の羽織の上に、浅葱地に白のダンダラ模様を染め抜いた隊服。頭には笠という格好で市中巡察している。

 巡察隊が屯所に戻って来た。玄関先で体に降り積もった雪を払い落とし、平隊士の居室である大部屋に入って来る。開けた障子の間から身を切るような寒風が吹き込んで来るので、室内から抗議のうめき声が上がる。

 大部屋には暖を取るため、あちこちに火鉢が置かれている。
 今帰って来たのは斎藤の所属する三番隊だったのだろう。斎藤は静かに室内を一瞥すると、まっすぐに俺が当たっている火鉢の方へやって来た。
「首尾は?」 俺は斎藤のために場所を空けてやりながら、斎藤にだけ聞こえるような小声で尋ねる。
「あまり良くない。お西さんの辺りは全滅だ。どうやらすでに目をつけた奴がいるらしくもぬけの殻だった。そっちは?」
 パチパチと赤くぜる炭火を見つめながら斎藤が同じく小声で答える。
「祇園も厳しい」 短く答える俺。
「僕たちは時間が限られてるからね」
「だが次の休みまで待ってられないぞ」
「だけど巡察中の捜索だけでは限界があるよ」
「確かに・・・」 しばらく無言の時間が流れる。火鉢があるとは言っても部屋の中は極寒なので皆、そこここの火鉢のまわりに固まってるだけだ。

「島田君、斎藤君、巡察の成果はどうかね?」 山南副長が俺たちの火鉢に当たりに来た。
「駄目ですね」 首を横に振って答える俺。
「この雪のせいで物が遅れているらしい」 と山南さん。副長は独自の情報源を持っているらしい。
「そうですか・・・」
「それじゃ、絶望的ですね」
「いっそ、上七軒辺りを当たってみるか」
「あそこは見廻組の受け持ちだから、見つかったら厄介だよ」
いては事を仕損じる。見廻組を刺激しない方がいい。
 僕は明日から大坂に出張だ。向こうを当たってみよう」 そう言い残すと山南さんは立ち上がり、副長室へと戻って行く。
 俺たちは無言で火鉢の中できらめく炭火を眺めていた。




 新選組幹部、原田沙乃の部屋。
 御炬燵おこたの上にかごに入ったみかんが乗っており、向こうでは石油ストーブの上で薬缶やかんが湯気を立てている。
 ・・・時代考証を100%無視ですか? せっかく俺たちがシリアスに決めて、時代に忠実に火鉢なのに、沙乃のせいで不条理のパラメーターが振り切って、不条理エンドを迎えて、しまいにゃ宇宙人サッチョーくんが『なーかーよーしー』とか言いながら攻めて来ても知らないぞ。

「最近、男たちの様子が変なのよ」 と沙乃。暖房の効いた部屋で御炬燵おこたに入っている。贅沢の極みである。部屋が暖かいと心も弾むらしい。新選組の女性幹部達はみんな元気だ。
「何か、こそこそしてるのよね」
「きっとバレンタインの前だからだよ」 と沙乃の対面のコタツに入っている近藤勇子が答える。どうやら遊びに来ているらしい。
「そうかなあ?」
「沙乃ちゃんは誰にチョコをあげるの?」
「さ、沙乃は別に島田なんかに渡さないわよ」
“うわ〜、分かりやすい” とコタツに当たっている全員が思った。
「ふ〜ん、沙乃ちゃんは島田クン狙いなんだ」 沙乃の右手のコタツに突如、カモミール・芹沢が現われた。
「ど、どうしてそれを!」 あわてる沙乃。
「カーモさん、いつからいたの?」
「しゃべってないだけで最初からいるわよ」
「実は私もいます」 沙乃の左手にはそーじ(※沖田鈴音)がコタツに入っている。
「そっかー、沙乃ちゃんは島田クン狙いなのかー」
「べ、別に沙乃は島田の事なんてどうでもいいんだからね!」
「じゃ、あたしがもらっちゃおーっと」 小悪魔的的に微笑ほほえむ芹沢。
「えっ!」
「私も島田さんは、お兄ちゃんみたいで好きなんです」 とそーじ。
「うん。ちょっといいよね」 と近藤。
「みんな、本気なの!?」 いきなりのライバル出現に戦慄する沙乃。
「このナイスバディにちかって!」 とポーズを取る芹沢。いつもながら行動が意味不明だ。
「じゃあ、バレンタインは正々堂々勝負だね。トシちゃんやへーちゃんにも声を掛けておくね☆」 と近藤。声を掛けてどうするというのだろう。全員で沙乃を妨害しようとでもいうのか。
「恋はいつも遊びから始まるのよ!」 と再び芹沢が意味不明な宣言をする。
 きゃいきゃいと騒ぐ近藤たちの後ろでは薬缶やかんが静かに蒸気を吹き上げている。
 そして沙乃は、妙な事になったと、がっくりと肩を落とした。




 今日も雪の降る寒い中を市中巡察だ。料理屋で脱藩浪人(※この時代、脱藩は犯罪)を捕まえたり、指名手配のキンノーを斬ったりという本業をこなしつつも目的はちゃんと果たしている。
 とある辻で三番隊と合流した。向こうも返り血を浴びてる所を見ると何人か斬ったのだろう。
 斎藤が俺に近づいて来て、俺のたもとカプセルを入れる。
「どうだった?」
「さっき確認したけど、また島田だった」
「人をハズレみたいに言うな」
「島田にあげるよ」
「うーむ。 あと少しで島田隊が結成出来るな」
「そっちは?」
「どうにか1つ。未確認だ」
「アレだったらぼくに譲ってよ」
「分かってる」
「あとは大坂の山南副長に期待だね」
「だな」

 一番隊と三番隊は合流して屯所への帰路に着いた。




 山南副長が大坂出張から帰って来た。鴻池からの借金に成功したらしい。
 山南副長をおさとする俺たち同志数人は誰にも見つからないように三々五々と八木邸の納屋に集まった。
 集まった皆の前で山南さんが風呂敷包みを開ける。風呂敷の中身はイースターエッグ。いや、きらびやかな銀紙に包まれた卵だ。
「山南副長、随分たくさん買って来ましたね」
「店にあるだけ全部買い占めて来た」
「大人だなあ」 斎藤が感慨深げにつぶやく。
「大人っつーか、大人買いは大人らしくないよーな気がするんだが・・・」
「それでは1つ百文で分けよう」
「定価の5割増しですか! 何て阿漕あこぎな!」
「嫌なら他所よそで買ってもいんだよ。京の都で手に入れば、だが」
「うあ! 何て悪徳商人な!」
「勝手な金策は士道不覚悟で切腹では!?」 と、他の面子めんつからも非難の声が上がるが、山南さんはどこ吹く風と余裕の表情だ。
「大人だなあ」 と再び斎藤がつぶやく。大人は大人だが、これは嫌な大人だ。
「うーむ、仕方がない。じゃ、俺は5個下さい」
「ぼくも5個、お願いします」
 俺たちは懐から財布を出して山南さんにお金を支払って卵を受け取る。

 パカッ。斎藤が卵を割る。
「また、島田だ」
「だから人をハズレみたいに言うなと・・・」
「ぼくは島田率が高いんだよね。島田は?」
 パカッ。俺も卵を割る。
「あ、河合さん(※河合耆三郎かわいきさぶろう)だ」
「勘定方の?」
「う〜む、微妙にマニアックな」
「やっぱり幹部はなかなか出ないね〜」
「山南さんは、どうだったんです?」
「うむ、僕は幹部だ」
「おお!」
 山南さんが手に持ってるのは副長助勤の井上さん(※井上源三郎)だ。
「おお?」
「まあ、確かに幹部だけど・・・」 じいさんである。
「カモちゃんさんとか近藤さんとか土方さんとか出ないですかね〜」 新選組のtop3はまだ誰も出してない。
「僕は谷三姉妹が万沙代まさよ君でそろうんだが・・・」 と山南さん。どうやら山南さんは谷三姉妹を集めているようだ。自キャラを中心に置いてハーレムでも作る気だろうか? ・・・それはそれで良いかもしれん。
「このチョコ、意図的に女性キャラを少なくしてるんじゃなかろうか?」
そろったら買わなくなるからじゃないかな?」
「うーむ、悪徳商人どもめ・・・」
「それはそうと、このチョコの山はどうしたもんでしょうかね?」
 俺たちの前にはいた卵の殻のチョコが山のようになっている。しかもこの寒さでいたむ事がないから以前のチョコも行李の中にしまってあるのだ。
「島田にあげるよ」
「うむ、島田君は甘いものが好きだろう」
「駄目っす。チョコを食べ過ぎて、このあいだ、巡察中に鼻血を吹いて沙乃から殴られましたから」
「何で原田さんから殴られたの?」
「『昼間っから、やらしい想像をしてるんじゃないわよ!』って無実の罪でボコボコに殴られた。バレる恐れがあるからチョコレートを食べ過ぎたとも言えなくてな」
「島田君、流石さすがだ」
「気の毒に・・・でも、それじゃあ食べられないよね」

「ふむ、君たち『バレンタイン』を知ってるかい?」 山南さんが突如話題を変える。
「洋酒の? 確かフランスのブランデーの銘柄ですね」
「それはバランタインだろう。しかも英国のスコッチだ」
「島田、二重に間違えてるよ」
「似てるじゃないか。そういう斎藤はどうなんだよ」
「映画の監督だよ」
「・・・ひょっとしてボビー・バレンタイン監督か?」
「うん」
「千葉ロッテマリーンズの監督だぞ。 映画監督じゃないじゃん」
「いや、洋酒でも野球監督でも、戦車でもなくてだね」
「戦車?」
「英国にヴィッカース社製のMkVバレンタイン歩兵戦車というのがあるのだ」
「山南さん。そんなマイナーな戦車、誰も知らないですよ」
「戦車がどうしたんですか?」
「いや、戦車は関係なく、2月14日は聖バレンタインの日と言って、西洋ではお世話になった人にチョコレートを贈る風習があるらしい」
「お歳暮みたいなものかな?」 と俺。
「なぜお歳暮にチョコレートを?」 と斎藤。
「そこは西洋の謎だ」
「あ、でも2月14日って、もうすぐじゃん」
「このチョコを溶かして型に流してラッピングすれば良いですね」
「よし、近藤さんたち全員に配れば、このチョコを始末できるな」
「では、その作業は島田君に任せた」
「いや、任せられても困るんですけど」
「報酬として、スカートひらひらの三十華みそか君をあげよう」
 山南さんが、たもとから副長助勤の谷三十華を取り出す。幹部だ。どうやらダブってたようだ。うーむ、しかし、これはきわどい。
「じゃあ、僕は永倉さんを」 こちらも副長助勤で幹部だ。しかし、はっきり言って、それはあまり嬉しくない。
「明後日は俺が料理当番だから、チョコを作る係は引き受けました。2月14日は皆で配りましょう」
「了解した」
「分かったよ」
 一同の同意を得て、今日の集会は解散となった。





 2月14日。バレンタインデー当日。でも仕事。
 巡察直後の合間をぬって、俺は沙乃を壬生寺の竹薮たけやぶに呼び出した。
「何よ、こんなトコに呼び出して」
「沙乃、今日は2月14日だ」
 島田の言葉にちょっとどっきりする沙乃。“まさか見透された!?”
「と、いうわけでチョコレートをやるぞ」
「ちょ、ちょっと島田、今日が何の日か知ってるの?」
「バレンタインデーだろ? チョコレートを贈るんだ」
「えっと、だって、その、ほら・・・」 沙乃がモジモジしている。
「何だ?」
「こーゆーのは、普通、女の子から男の子にあげるのよ!」
「そうなのか!? でも永倉は喜んでたぞ」
「アラタを女の子の基準にするんじゃないわよ!」 永倉もひどい言われようだ。
「近藤さんも頬を赤らめて喜んでたぞ」
「ゆーこさんは、えーっと、って言うか、島田、何人にチョコを渡してんのよ!」
「近藤さん、カモちゃんさん、土方さん、沙乃、永倉、へー、そーじ」
 指折り数える俺。なぜか沙乃は肩を震わせて怒っているようだ。
「全員じゃないのよ!」
「不公平はよくないだろ?」
「何よ、それ!」
「沙乃が何を怒ってるのか分からんが、バレンタインデーというのは西洋のお歳暮みたいなもので、日ごろお世話になってる人にチョコレートを贈るのだそうな」
「・・・そのバレンタインの情報コトを一体、誰に聞いたのよ?」
「山南さんだけど」
「はあ、やっぱり。 ま、まあ受け取っておいてあげるわよ」
 あきらめたようにため息をつく沙乃。
「おう」
「それとね、沙乃からも島田にチョコをあげるわ」
「えっ。 俺、何かしたか?」
「いいのよ、アンタは黙って受け取れば!」
 良く分からんが、沙乃が凄い見幕けんまくでチョコを突き出してくる。
「お、おう」
 俺もかわいくラッピングされた沙乃のチョコを受け取るが、これではチョコの交換会では!? 西洋人の考えることは分からん。




 2月14日、同日夕刻。
 いつものように食事が終わった後、新選組の幹部たちは食後のお茶と雑談を楽しんでいた。ちなみに俺たち下っ端の大部屋は寒いので早く寝てしまうに限る。

 バレンタインデーで島田にチョコを渡せたものの、島田からもチョコをもらい、他の平隊士からもチョコを貰い、しかもどうやら自分を含む全員が島田からチョコを貰ったみたいなので、沙乃は複雑な気分でいた。
“お歳暮と勘違いしてるし”
「お、沙乃もチョコをもらったのか? バレンタインってい日だよな」
「アラタももらったの?」
 島田から聞いて知っていたが、そんなことはおくびにも出さずに尋ねる沙乃。
「おう! でっかい塊をな。食いでがあったぞ」 なるほど、確かにお歳暮感覚だ。
「不可解だ」 と腕組みしてうなる土方。
「何ゆえ、バレンタインに男どもからチョコレートを貰わねばならんのだ?」
「トシさん。島田から聞いたんだけど、山南さんが『バレンタインは西洋のお歳暮でチョコレートを贈り合う』って教えたそうよ」
「山南が? どうして奴の知識はいつも少しズレてるんだ!」
「わざとかもしれないよ〜。山南さんってそういう人だから」
 ともらったチョコレートを食べながら話題に混ざる藤堂。
「こんなのバレンタインじゃないわ!!!」 芹沢が立ち上がって叫ぶ。
「沙乃も芹沢さんと同意見〜」
「でも山南さんが気になる事を言ってたよ」 と近藤。
「山南が? 何をだ?」
「本命がどうとか・・・」
「本命・・・」 全員がピンと来た。木を隠すには森の中。チョコを隠すには・・・。
「そーじは誰からどんなのをもらったの?」
「沙乃ちゃんこそ」
 空気がピーンと張り詰める。互いが探る眼つきで相手を見る。全員の探り合い。誰かが本命をもらった可能性があるのだ。これは確認せねばならない。同じ結論に達したのか、合図したわけでもないのに、全員がすっくと同時に立ち上がった。




 2月14日、夜。
 皆が寝静まるまで待って、俺たちは例の納屋に集まった。寒いので吐く息が白い。
「さて、今日の結果だが?」 山南さんが口火を切る。
「何と俺は沙乃が出た」
「原田さんが?」
「うむ。体型が基本に忠実だぞ」
「槍が曲がってるね」
「カプセルだからなあ。後でお湯で真っすぐに戻しとくよ。
 斎藤は?」
「実は僕はシークレットの芹沢局長が出たんだ」
 斎藤がカモちゃんさんを取り出す。
「おお! それは凄い!」
「うーむ、このナイスバディを忠実に再現するとは・・・見事な・・・」
「斎藤! 200文で俺がカモちゃんさんを買う!」
「自分は250出します!」
「300!」
「500!」 名無しの隊士達が次々と名乗りを上げる。馬鹿者!値段を吊り上げるんじゃない!
「斎藤君、1両でどうだろうか?」 そう言って小判を取り出すのは山南さんだ。いきなり極端な金額を出すはオークションの掟破おきてやぶりだ。副長で金を持ってるからといってコレクションを金でそろえるとは何という邪道な!(※4000文=1両)
 だが斎藤もせっかく出したシークレット。そんなに簡単に手放してくはないみたいだ。
「よし、では、谷周子ちゃんをつけよう」
 山南さんが周子ちゃんを取り出す。斎藤の顔に明らかに苦悩の表情が浮かぶ。
「じゃあ、周子ちゃんと交換で・・・」
 1両はともかく、周子ちゃんの誘惑には勝てなかったのだろう。カモちゃんさんの所有権は山南さんに移った。
「それで山南さんの戦果はどうだったんですか?」
 俺たちは巡察中にチマチマ買ってるが、山南さんだけは金に任せて大人買いを続けている。まあ、だからこそあれだけの量のチョコになったのだが。
「僕もシークレットの局長を出した」
 斎藤からカモちゃんさんを買い取ったということは、まさか近藤さん!?
 おれの予測通り、山南さんは、近藤勇子局長を取り出した。
「こ、これはふくよかなナイスバディ」
「すごいね、この作り込み」
「うーむ、パンティーまで再現されてるとは・・・」
「勇子のスカートは着脱式だな」
「芹沢さんの胸の再現度も高いよ」
「近藤・芹沢の両局長を左右に置き、谷三姉妹を前にばべらせて、鈴音や平を後ろに置いて・・・」 山南さんがフィギュアを並べ始める。中心にあるのはやはり自分のフィギュアだ。
“やはりハーレム目的だったか・・・” しかも金に物を言わせて、全ての女性キャラを集めてしまうとは・・・。
「島田は?」
「俺は島田小隊の結成に成功したぞ。部隊全員が俺で構成される精鋭部隊だ」
「組長は?」
「沙乃と永倉だ。遠距離攻撃の沙乃。近距離攻撃の永倉。そして量産型の俺。しかも勘定方の河合君もいる完璧な編成だぞ」
「ボクは、周子ちゃんと三十華さんとボクと、あとは山口さんと相田さんと中村さんと阿比留さんと・・・」 全員雑魚ザコだ。しかもチーム編成に統一感がない。俺が出した平隊士は、全て俺と交換して島田小隊を作ったから、ここが俺と斎藤の違うところだな。
「よし、島田君に歳江さんをあげよう」 と山南さん。「副長が必要だろう」
「ハーレムに加えないんですか?」
「・・・却下だ」 どうやら山南ハーレムには土方さんは必要ないらしい。そう言われると、島田小隊にも必要ないよーな気がする。
「遠慮しておきます」
「じゃあ、ボクがもらってもいいですか?」 と斎藤。雑食コレクターだなあ。




 この密談を納屋の外で聞いていた新選組女性幹部一同は激怒した。
「ハーレムって何?」
「アタシを買おうっての? アタシは商売女じゃないわよ!」
「何かいやらしい話みたいです」
「これから襲う算段かしら?」
「アタシらに勝てるわけないじゃん!!!」
「そこは、ほら薬を使って眠らせたりとか〜」
「許せない!」

「なぜ私が島田のものにならねばならんのだ!」 土方は別の面で怒っていた。
「しかも断られてるわよ」 二重に屈辱である。



「みんな、踏み込むよ」 虎徹を構えた近藤が、皆に合図する。



 バァン! 戸が蹴破られた。と、同時に近藤さんの声が凛と響き渡る。
「御用改めよ! 神妙にしなさい!」 
 俺たちはとっさの事で動けなかった。樽を引っ繰り返した台の上には、まだ新選組フィギュアが乗っている。
 近藤さんを先頭に踏み込んで来た新選組女性幹部達の目が点になる。

「・・・って、これは何?」
「何って、フィギュアの交換会だけど・・・」
「あ〜、アタシがある〜」
「今日はシークレットの近藤さんとカモちゃんさんが出たのでそのお披露目だったんですよ」
「近藤と芹沢さんだけがシークレットなのか?」 土方さんが不機嫌そうだ。
「土方さんも出にくいんですよ」
「沙乃たちは?」
「俺持ってる」
「自分も」「自分もです」 何人かが挙手をする。
「何か、それはそれでムカつくわね」
「で、このあたしたちのお人形はどうしたの?」
「歴史チョコのおまけです」 近藤さんの問いに答える俺。
「第3弾が新選組だったんだ」 と山南さん。
「お公家さんとか豪商とか会津のお侍さんとかに大人気なんですよ」
「おかげで集めるのに苦労してね」
「まあ、一番のライバルは子供達なんですけどね」

「ねえ、今、歴史チョコって言ったわよね」 沙乃が気付いた。
「おう」
「そのチョコはどうしたの?」
 これだけたくさんのフィギュアだ。おまけ目当てなので相当数のチョコがあるはずなのだ。
「いや、ほら、ちょうどバレンタインだったし〜」
 俺の言葉に全員がピンと来たらしい。

「没収!」

「そんなご無体な!」
「島田の事だから、どうせやらしい事に使うつもりだったんでしょ!」
「これをどういやらしい事に使うってんだよ!」
「そ、そんな事、乙女の口から言えるわけないじゃない!」

「まあ、でも没収が妥当だよね」 とへー。
「うーん、アタシの体が山南クンにジロジロ見られるのはヤダなー」 とカモちゃんさん。
「あたしのはパンツがどうとか・・・」
「そうなんですよ。原型師が海洋堂の人で作り込みが・・・」
 斎藤が、下着まで精密に再現されているなどという愚かな解説を始めてしまう。

「没収、止む無し。ですね」 そーじも同意してしまう。局長2人に副長1人、副長助勤の4人が没収と言ってるので、これは逆らえない。
 俺たちは泣く泣くコレクションを手放したのだった。

「ひょっとして、俺の自慢の島田小隊も!」
 今更ながら解説するが、島田小隊とは島田隊士10名で構成される特殊部隊なのだ。
「それは別に構わん」 と、土方さん。何か、それはそれで差別のよーな。
「ウチの組長は沙乃なのですが!」 食い下がってみる俺。
「島田小隊は残しておいていいわよ」 と沙乃。
「いいのか? 原田」 土方さんが怪訝な表情かおをする。
「べ、別にいいのよ」 沙乃の頬がちょっぴり赤いのは気のせいか?

「沙乃、島田ハーレムだな」 と永倉。
「よ、余計な事を言うな〜!」 沙乃が十文字槍を振り回す。
「原田、小屋の中で槍を振り回すんじゃない」

「撤収! 各自、己の判断で離脱せよ!」 山南さんがフィギュアを抱えて逃げ出す。
「山南、待て!」
 機を見て俺たちも脱出する。
 無論、翌日には捕まって、やはりフィギュアは没収され、被害は甚大だったものの(※俺の島田小隊は除く)、我らコレクター、もちろん、ダブりの予備がある。




「超シークレットがあって、それが松平けーこちゃん様らしいんだ」
「ガセじゃないですか? 情報源はどこなんです?」
「監察の吉村君が仕入れて来たネタだ」
「この件で監察が動いてるとは・・・」
「何と、第4弾では、新選組水着バージョンが計画されてるという噂もある」
「うーむ、これからも楽しみですね」

 この後、更に地下に潜ってのフィギュア収集が続けられたのである。

(おしまい)


(おまけのSS)
【原田】これって、バレンタインとあんまり関係ないんじゃないの?
【島田】まあ、そうだよな。
【近藤】でも、ここ数年、バレンタインSSはトシちゃんの恋愛物ばっかりだったから別に良いんじゃないかな。
【芹沢】そうだ、そうだ〜。
【沖田】今回、トシさん、島田さんから要らないって言われてますし。
【土方】ふっ。やはり恋愛物は私がヒロインでなければならんな。


(あとがき)
 館尾 冽さんのコミック版『フルメタル・パニック!』の7巻に『相良軍曹ノ密カナ愉シミ!?』という一編があります。原作小説にないコミックスのオリジナルストーリーなのですが、ソースケがミリタリーチョコ(おまけがアームスレイブのフィギュア)にハマり千鳥に内緒で風間と2人で放課後にコンビニを回り怪しいスパイ活動の様にフィギュアを集めているという内容です。
 上記をベースに、チョコなのでバレンタインに絡めて行殺のSSにしたのが今回の作品です。
 私もペプシコーラのおまけのガンダムフィギュアをコンプリートしたので(シークレットの黒い三連星も出した)、そこら辺りのコレクター心理も含めて書いてみました。


(今回のネタバレ)
>『バレンタイン8年』
 実はバランタインには12年と17年と30年しかないのですが、今年は2008年なのでバレンタインと引っ掛けてみました。

>「あそこは見廻組の受け持ちだから、
 行殺のゲーム中では、新選組は京都中を巡回しますが、本物の新選組の巡回範囲は西本願寺周辺と祇園周辺に限られておりました。その他の地域は、
 御所周辺と東本願寺周辺:京都所司代(桑名藩)
 鴨川の東側一帯:京都守護職(会津藩)
 二条城周辺&京都の市街地:御定番組(二条城城代配下、水戸藩)
 京都北西部と四条〜五条の間:見廻組(幕府直轄組織)

 です。

>不条理エンドを迎えて、終いにゃ宇宙人(サッチョーくん)が『なーかーよーしー』とか言いながら
 行殺のゲーム中に不条理のパラメーターを100にすると、そういうエンディングになります。

>あと少しで島田隊が結成出来るな」
 永井 朋裕さんのコミック版『いきなり!フルメタル・パニック!』の4巻に『妄想商店街』という一編があるのですが、宗介たちが買い物に行った商店街の人達が、千鳥で妄想していると、その妄想の中に相良軍曹が割り込んで妄想の邪魔をするという内容です。その中の登場人物、木村巡査の妄想の中で出てくる複製兵士の「我ら相良宗介中隊!!」というのがネタです。
 でも上記ガンダムフィギュアで、ジム小隊を作ったりしてる私が居たりもする。

>一番隊と三番隊は合流して屯所への帰路に着いた。
 ん〜と、島田魁が沖田総司の1番隊の伍長だったので、島田を1番隊に設定してみました。
 斎藤は史実新選組では三番隊組長ですが、行殺の斎藤は平隊士なので三番隊の平隊士という設定です。

>鴻池からの借金に成功したらしい。
 新選組は、しばしば大坂の鴻池からお金を借りてます。

>大人買いは大人らしくないよーな気がするんだが・・・」
 大人買いはコレクターの邪道なので、私はやらないです。

>「うむ、島田君は甘いものが好きだろう」
 それは史実の島田魁。

>「洋酒の? 確かフランスのブランデーの銘柄ですね」
 掲示板でも書きましたが、実は間違えてたのは作者の私。

>「英国にヴィッカース社製のMkVバレンタイン歩兵戦車というのがあるのだ」
 ビグ沙乃を書いてる時に、戦車の勉強をしたのですが、その時に引っ掛かって来た情報で、いずれバレンタインのネタにしようと思ってました。

>まだ新選組フィギュアが乗っている。
 新選組のフィギュアというのは存在するみたいです。前回東京に行った時に神田の時代屋とかいう時代劇専門店? で見ました。


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