行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『ちょこれーと戦争』
「島田くーん、追加のカカオマスまだー?」
新選組屯所の厨房から新選組局長 近藤勇子の声がする。
「はーい。今、やってますー」
俺は軒先でカカオ豆の炒り豆を石臼でひいている所だ。カカオ豆から皮と胚芽を取り除いて、さらにすり潰してペースト状にしたものがカカオマスである。チョコレートの原料だ。で、カカオ豆をすり潰す為に石臼をひいている。こういう力仕事は俺の役目だ。
時は2月。1年で一番チョコレートの売れるバレンタインデー、これに目をつけた新選組副長 土方歳江の命により、新選組では局を挙げてバレンタインチョコの生産に乗り出したのである。無論、資金獲得の為だ。
「あ、温度はもうちょっと高い方がいいかな?」
カマドでは永倉アラタがカカオ豆を炒っている。大鍋に入れたカカオ豆が焦げないように大きな木のヘラでかき回す。これも力作業なので永倉の担当だ。
「斎藤、火力アップ!」
「はい」 永倉の命令で、斎藤はじめがカマドにどんどん薪をくべる。
「ゆーこさん、チョコレートが変になった!」 沙乃がパニックの声を上げる。
「あ、氷水で冷やして、冷やして。
温度を上げすぎるとカカオバターが分離するから注意してね」
「ゆーさん、こっちはチョコレートが固くなりました。斬っていいですか?」
「あう、そーじは温度下げすぎ」
向こうでは沙乃とそーじが俺が作ったカカオマスに砂糖と粉ミルクを混ぜてチョコレートを作ってる。温度管理をしっかりしながら練っていく事で、結晶の揃った滑らかなチョコレートになるのだ。
で、更にその向こうでは藤堂
何ゆえ近藤さんが指揮を取ってるかというと、
『周斎先生は元はお菓子屋さんだったんだよ☆』
との事だからである。周斎先生とは天然理心流3代目の近藤周斎老人の事だ。近藤さんの師匠である。剣と一緒にお菓子作りも習ったらしい。確かに近藤さんの指揮は的確だ。まさかこんな特技があろうとは・・・。
「あ〜、なんかいい匂いがしてる〜☆」
母屋の方からグラマーな金髪美女が、チョコの匂いに誘われてフラフラとやってきた。新選組のもう1人の局長のカモちゃんさん(カモミール芹沢)だ。
「あ、カーモさん」
「こんなにたくさんのチョコレートどうするの?」
「どうって、売るに決まってるじゃん」
「アラタ、馬鹿っ!」
うっかり答えてしまった永倉を沙乃が叱るが、すでにカモちゃんさんは眉間にシワを寄せている。
「売る〜?」
「えーと、いや、その、あはははは」 笑ってごまかそうとする永倉。
「笑ったってごまかされないわよ!
ゆーこちゃん、売るってどういう事なの! 商売は士農工商で最も卑しい事なのよ!
武士を目指すものが商売してどーすんのよ!」
案の定カモちゃんさんが激怒する。まずい、土方さんがいないから近藤さんでは言い負かされてしまうぞ。沙乃とへーも頭を抱えている。そーじは・・・刀に手を伸ばしている!?
“うあ! カモちゃんさんを斬る気かい!”
「恋は女の子にとって
だが、予想に反し、近藤さんはカモちゃんさんにきっぱりと言い返した。
「うっ・・・」
近藤さんが言い返すとはカモちゃんさんも思ってなかったらしく、とっさに反論できない。
「だ、だけど・・・」
「さすが、ゆーちゃん、うまい事言うなあ」 元凶の永倉は笑っている。
「でも、お金で売るっていうのに変わりはないじゃん!
恋は女の子にとって戦と同じってのは認めるけど、
だったらこんなにたくさん作る必要なんかないじゃん!」
ようやく立ち直ったカモちゃんさんが反論する。
「全部あたしが使うんだもん」
いつもの近藤さんが戻って来た。しかし、その反論には無理があるような・・・。
「こんなにたくさん?」
「カッコいい男の子やかわいい男の子は全部あたしのだもん」
「ゆーさん、欲張りすぎです」 そーじが小声でつっこみを入れる。
「・・・・あっはっはっ。ゆーこちゃんは面白いなあ。
今回は、大目に見てあげるわ。でも武士の心を忘れちゃダメだぞ☆」
カモちゃんさんは型抜きしてある完成品のチョコレートをひょいと口に入れると、笑いながら去って行った。
「近藤が芹沢さんを言い負かしただと?」
留守中に起こった事件を聞いて土方さんが眉間にしわを寄せる。
「言い負かしたとゆーか、あきれられたとゆーか」
かくかくしかじかと俺は土方さんに事のあらましを説明した。
「だって、だって、あの時は他に思いつかなかったんだもん」
「トシさんならどう答えましたか?」
「ふむ・・・そうだな」
そーじの問いに土方さんは、指を顎に当て、しばし沈思黙考した。
「男など消耗品に過ぎん! 飽きたら使い捨てれば良いのだ!」
どどん! 波濤をバックに土方さんが力説する。
「そんなのは愛じゃないわ!」
「芹沢さん!?」 「カーモさん!」
突如俺の後ろに現われたカモちゃんさんに皆が驚く。で、俺は羽交い締めされた(抱きしめられたのかもしれん)。
「気配を消してたのか、さすが芹沢さんだなあ」
永倉が感心する。何か妙にズレてるよーな気が。永倉らしいといえば永倉らしいが。
「ゆーこちゃんたちの愛は間違ってるわ! 男を何人もとっかえひっかえするなんて!
愛ってもっと
「
「そう! そーじちゃんの言う通り」
「ある意味、カモちゃんさんから最も遠いそんざ・・・」 きゅッ。首を締められた。
「島田クンはアタシを誤解してるなあ。
いざとなったらアタシは身も心も一人の男に捧げちゃうんだから☆」
「芹沢さん、島田落ちてるわよ」 沙乃があきれている。
落ちてるのは意識。気絶してるのである。
「あ〜、島田クン、アタシを残して死んじゃヤダ〜」
「えーと、そういう事で、芹沢さんは島田を介抱してやって下さい」
何となくカモちゃんさんの勢いに押されていた土方さんが口を開く。
「わぁ☆ 歳江ちゃんの公認だあ☆」
「ちょ、そ、そういう意味では!」 土方さんが慌てるが、
「さあ、島田クン、夢の桃源郷へLet’s goよ!」
言うなり、カモちゃんさんは気絶した俺を引きずって行ったのだった。
「・・・・島田が余計な事を言ってくれたおかげで、チョコレートの件が沙汰止みになったな」
「芹沢さんって大和撫子だったんですね」
「そーじ、大和撫子はああいう格好はしないと思うぞ」
「見かけで人を判断しちゃダメだよ、トシちゃん」
「まあ、それは確かに」
かくして、俺の活躍により、チョコレート生産は続けられたのである。
待ちに待ったバレンタイン当日。この日までチョコレートの製造・販売は続けられ、新選組は莫大な利益を上げたのである。カモちゃんさんが何か言いそうになる度に、俺は人身御供にされ・・・、いや、まあ、気持ち良かったのでそれはそれでよしとするのだが、カモちゃんさんの愛が一途だということを俺が一番実感したのである。
はっきり言ってこの1カ月、チョコを作ってたので、チョコなんかどうでもいいような気がしないでもないが、だが、しかし! 今日はバレンタイン。もらったチョコの数で
俺と斎藤はコンビを組んで巡察に出掛けた。
「これ、受け取って下さい!」
しばらく歩くと、京娘からチョコレートが差し出された。なぜか俺ではなく、斎藤である。斎藤は戸惑いながらも受け取り、巡察を再開するが、ほどなく、またチョコが差し出される。またしても斎藤だ。その後も次々と斎藤がチョコをもらい、持ち切れないほどの量になったが、俺は断じて手伝ってやらん。女の子の愛の重さを思い知るがいい。
次なる巡察地は祇園。ふふふ、素人娘どもは斎藤の甘いマスクに騙されたのだろうが、プロのおねーさん方はそうはいくまい。今度こそ、
「等価レートは1:10だぞ」
「何の事?」
「町娘にモテたからっていい気になるなよ、斎藤。
祇園の芸者さんのチョコは町娘10個分の価値があるのだ」
「僕はもうチョコは要らないけど」
「くっ、余裕の発言を・・・」
「今日の島田、変だよ」
俺は一段と気合を入れて、祇園の通りに入ったのだが・・・・。
「山南せんせ〜」
「山南さま、素敵〜☆」
先客が居た。山南さんがモテてる・・・・。目の眩むような美人を両手に花と抱え、他にも周りに美女が群がってる。何と羨ましい。
祇園では山南さんの圧勝だった。俺では若すぎたのだ。大人の男のダンディな魅力では、俺は山南さんの足元にも及ばない。
“ま、まずい。これでは俺の存在意義が・・・・。か、仮にも俺は主人公なのに・・・・。このままバレンタインチョコ0個で屯所に帰ったら沙乃からどれだけ笑われる事か・・・・。笑われるだけならまだしも、そーじは蔑みの目で俺を見、へーは憐れむかもしれん。み、惨めだ。屯所に居難くなった俺は脱走するしかないじゃないか。うあー、脱走は局中法度で土方さんに斬られる〜〜〜”
苦悩しながら足を引きずるようにして歩く俺を斎藤が不思議そうに眺めている。
「しーまーだーさぁぁぁん」
素っ頓狂な声が響き渡った。白衣に赤い袴の巫女さんルック。頭に巨大な鈴。おまちちゃんだ。
“そうだ! 俺にはおまちちゃんという強い味方がいたのだ!
「おまちちゃん!」
「はい。あなたのおまちです。今日は聖なるハッピー・バレンタインの日。
この日の為に用意したあたしの愛の結晶を受け取って下さい」
そう言っておまちちゃんがチョコを差し出す。俺は受け取ってしげしげと眺めた。
・・・・この包装紙には見覚えがあるような・・・・。何というか、新選組で作ってたチョコのよーな気が・・・。
“だめだぁ! これを持って帰っても、商品から抜いたとしか思われない。みんなから笑われるーーーー!!!”
俺はがっくりと肩を落とす。
「島田さん?」
「えーと、おまちちゃん。これ、僕たちが作ったチョコなんだけど・・・」
落ち込んでる俺に代わって斎藤がおまちちゃんに答えてくれる。
「ええっ! あたしったら、あたしったら、つい安かったから」
“おい!”
「ごめんなさい〜!!!」
その言葉を残し、現われた時同様、疾風の如くおまちちゃんは消えうせた。
もう駄目だ。俺はおしまいだ。バレンタインの馬鹿やろー!!!
行きの元気はどこかへ行ってしまい、俺は意気消沈して、屯所への帰路についていた。
「お、島田たちも戻りか?」 別ルートを巡回していた永倉、沙乃の2人組と合流した。
「おー」 俺は力無く返事する。
「島田、チョコを・・・」
“何い! これは予想外な展開! まさか永倉が俺の事を!”
俺だけではなく、斎藤や沙乃も目を丸くしている。
「くれ」
ずざーっ。俺も斎藤も沙乃も滑った。
「何だよ、もらってないのか? しょうがねえなあ。じゃあアタイのをやるよ」
そう言って永倉が差し出したチョコは彼女に似合わず、愛らしいものだった。
“こ、これはもしや本命チョコなのでは!”
「島田も立場って奴があるだろ。1個ももらえなかったじゃカッコ悪いもんな」
気のせいか、永倉の頬が赤いような気がする。これは永倉の照れ隠しか。
「アタイからってのは黙ってろよ。沙乃も黙ってろよな」
「しょうがないわね。じゃあ、沙乃もあげるわよ」
そう言って沙乃が差し出したチョコも、これは舶来物!?
「言っとくけど、ホワイトデーは10倍返しだからね」
ちょっと怒ったように言う沙乃。これも沙乃の照れ隠しだ。
「おおおおお!」
今日の前半が惨めな結果だっただけにこの戦果は、はっきり言って感動物だ。
「義理チョコ1つでオーバーな奴だなあ」
「そうよ。義理なんだから、変な勘違いをするんじゃないわよ」
『義理』という単語にことさら力を込めて言う2人。
「よかったね、島田」
「ああ。じゃあ屯所に帰るぞ」
「あんたが締めるんじゃないわよ」
こうして身内からの本命チョコをゲットした俺は、今年も無事にバレンタインを乗り越えることができたのであった。
(おしまい)
(あとがき)
『新選組人物誌』(河出書房)の中の『近藤周助邦武』というエッセイによると、天然理心流3代目の近藤周助(隠居して周斎と名乗った)は、元はまんじゅう屋さんだったらしいのです(書いたのが子母澤寛なの今一つ信憑性に欠けるが…)。これが何かネタにならないかなあ。と考えていてこの作品ができあがりました。
周斎先生は大酒のみで、生涯で女房が9人、妾が7人という大変な人だったのだそーです。はっ! 新選組の母体となった試衛館派閥に美少女が多いのは、周斎先生の趣味か!?
土方歳三がプレイボーイだったのは言うに及ばず、近藤勇は江戸に妻が居るにもかかわらず京都で浮気し何人もの遊女を身請けしてます。これに対し、芹沢鴨はお梅さん一人です。これをそのまま行殺に当てはめたら意外と面白いんじゃないか? ってのも発想の元になってます。