行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

バレンタイン記念SS『チョコレートの日』


 文久4年2月14日。教科書に載っている歴史では、将軍家茂が上洛し、
その警護の為に新選組は大坂に出動しているが、そういう史実は一切いっさい無視して今回の物語は進む。
(※【近藤】 だってこれは行殺新選組なんだもん☆)



 屯所の一室で3人が黙々と事務方の仕事をこなしていた。3人とは、新選組局長の近藤勇子、同副長の土方歳江、そして局長付近習の俺(島田誠)である。

「今日はチョコレートの日なんだよ」

 読んでいた書物から顔を上げ、突然奇妙な事を言い出す近藤さん。
 いつもの事である。農家の出で学がないのを気にしている近藤さんは、勉強熱心で様々な書物を読んでいるが、どうやら斜めに読んでいるらしく、今回のように本から仕入れた奇妙な知識を、いきなり披露する癖がある。というか、さっきまでは書類を読んでいたようなのだが・・・・。

「ちょこれーとの日?」

 俺はピタッと算盤の手を止め近藤さんに尋ね返した。ちなみに俺は、今月の収支報告書をまとめていた所だ。新選組随一の浪費家は会津藩の命により粛正されたが、それでも新選組の幹部には金銭感覚のズレた人間が多い。だから新選組の台所事情は必ずしも良くないのだ。

「島田は猪口齢糖チョコレートも知らないのか?
 南蛮渡来の菓子で黒くて甘くて四角い板だ。男なら必ず年に一度はもらうはずだぞ」

 グサッ。土方さんの言葉が俺の胸に刺さった。
 世の中には、もらえない男もいるのだ・・・・・しくしくしく。

「京の都ではね、2月14日の伴天連バテレンの日には、
 日頃お世話になった人にチョコレートを送るんだよ」

 近藤さんは得意顔でそう続けた。
 土方さんは、ふう、と一つため息をつくと、筆を置いた。
 実は先程から近藤が仕事をせずに、何か別の書を読んでいるのには

気付いてはいたのだが、近藤は元々飽きっぽい性質たちだし、事務仕事には向かないし、
それに静かにしている分にはこちらの邪魔にならないから放っておいたのだ。

「それは、バレンタインデーではないのか?」 土方さんが首をかしげる。

「そうとも言うみたいだね」 本に目を戻して近藤さんが答える。

「『バ』しか合ってませんよ」 と俺。

「と、ともかく、今日はチョコレートの日なんだから、
 いつも京の治安を守っているあたしたちはチョコレートをたくさんもらえるよ☆」

 ちょっと慌てながらも、近藤さんはそう答えた。



「評判のパラメーターが低すぎるな。確かに治安は良くなったが」

 右上の天井辺りをみつめてそうつぶやく土方さん。

「土方さん、いま不条理のパラメーターが上がりましたよ?」

 同じく天井を見上げながら俺。

「大丈夫だ。バレンタインの話題が出た辺りから不条理は上がりっぱなしだ」

「チョコレートは、幕末にも存在するんですけどねえ」



「2人とも、何ぶつぶつ言ってるの? そうと分かれば、すぐ京の街に出発だよ」

 いつの間にか近藤さんが外出準備を整えている。

「・・・・止めても聞くはずないか・・・・」 ため息をついて土方さんがそう言う。

「うん☆」 そして元気良く近藤さんが答える。



「近藤を一人で出すわけにもいかんか。残りの仕事は私が引き受ける。
 島田、近藤の護衛につけ。身を盾にして近藤を守れよ」

「了解です・・・・でも誰もチョコレートをくれないと思うんですけど」

 刀を差し、巡回に出る準備をしながら答える俺。

「お前がモテないのは先刻承知だ」

 ザクッ。容赦ない言葉の刃が俺の胸をえぐる。

「ど、どーせ、どーせ、俺なんか・・・・。
 はっ、いや、そーじゃなくてですね、」

「皆まで言うな。分かっている。余計な心配はするな。
 お前は近藤を守る事だけを考えてればいい」



「早く〜。 島田くん、行くよ〜」

「はーい。ただ今ー」

 こうして一方は期待を胸に、片方は不安を胸に2人は巡回に出発した。



 京の町には縦横に無数の道が走っている。
 『丸竹夷二押御池、姉三六角蛸錦』、『寺町御幸麩屋富柳、堺高間東車』というのがあるが、これが『通り名覚え歌』で、それぞれの通りの先頭の文字を順に取ったものである。先の物が南北路。後の物が東西路の覚え方だ。
 紅殻べんがら格子に犬矢来いぬやらい。わざとそうしたのかと思わせるほど似たような建物が多く、
整備された大路・小路の他に、行き止まりの路地ろうじ)や通り抜け可能な図子ずしなど地図に
載っていない道も多い。気をつけていないと自分が今どこにいるか分からなくなってしまう。
 そして2人も案の定、道に迷っていた。


「島田くん、ここどこー?」

「えーと、南に4つ、東へ5つで、室町通りの四条と五条の間にいるから、
 南に向かうと東本願寺があるはずです」

 俺は自信なさそうに答えるしかなかった。

 ちなみに現在位置を間違えると、さらに悲惨なぐらいに道に迷うのである。一度、小さい通りに迷い込むと、京の町屋は2階建がほとんどの為、道の両側に壁のように家屋が立っており、見通しが全くきかない。

「誰かに訊いた方がよくないかな?」

「そうですね、あそこのおばあさんにでも訊いてみましょう。おーい、そこのばあさん」

「ひいっ! その羽織は、あ、あては何も知りまへん」

 呼びかけただけなのだが、おばあさんは一目散に逃げてしまった。

「どうしたのかな?」

「どうやらキンノーの探索と間違われたようですね。
 永倉たちが少々荒っぽい聞き込みをしてるみたいですから」

 これは控えめな表現だ。本当は『少々』ではなく『かなり』荒っぽいのだ。キンノーが一度事件を起こせば、永倉ら実戦部隊は、周囲の被害を顧みず、これを殲滅するのである。普段の情報収集からにして、どちらかというと聞き込みというより、脅迫に近いものがある。

「じゃあ、あそこのお店で聞いてみようよ」

「はい」

 俺と近藤さんは、辻にある店に向かい・・・・

「し、新選組っ! き、今日は日が悪いので店じまいどす」

 ガラガラガラ・・・・ピシャッ。
 シャッターを下ろされてしまった。

「えーと、押し借りと間違われたよーですね」

「し、仕方なかったんだもん。あのころは貧乏だったんだもん」 近藤さんが小さくなる。

 新選組の押し借りは京で有名になってしまっていた。この分では店では何も聞けそうにない。

「・・・・おい、そこのあんた!」

 大工姿の男を呼び止めたが、そいつも俺の姿を見たとたん逃げ出してしまう。

 そして、新選組の羽織が通るだけで、町人は家の中に引っ込み、格子戸が音を立てて閉まる。

「京の人ってシャイなんだね」

「そうですね」

 本当は、浪士と見るなり切り捨てるから、その非情さを恐れられ、嫌われているだけなのだが、人の良い近藤さんがそう思っていない以上、真実を告げる必要はない。
 京の町の治安を守るために、テロ行為を繰り返すキンノーを斬っているのだが、キンノーが暗殺するのに対して、俺たちは白昼堂々、キンノーを斬る。武士らしく正々堂々としていると思うのだが、どうやらそうは思われてないようだ。
 こうして京の人々の協力を得られないまま、俺と近藤さんはいつの間にか鴨川を越え、丸山まで来ていた。眼下に京の町並みが広がっている。

「わあ、島田くん。凄い眺めだね」

 丸いカマボコ型の瓦屋根の家々が整然と連なっている。一際ひときわ大きく見えるは、京洛に点在する寺院の伽藍だ。その一軒一軒に人が住み、生活し、いつもと変わらぬ日常を送っているのだ。

「この町を、京の人々を守らなきゃね」 近藤さんが呟く。

「ええ」

 俺は返事をして、横に並ぶ近藤さんを見た。決意を秘めた瞳で京の町を見つめている。

“ああ、近藤さんは本気でそうおもってるんだな”

「でも今日はチョコレートをもらえなかったね」 そう言って寂しく微笑む近藤さん。

 そういえば、そういう目的で出掛けたのだった。すっかり忘れていたが。

「でも今日一日、何事もなかったから良かったじゃないですか」

「うん。それはそうだけど・・・」 言い淀むのは、チョコへの思いか。

「さ、近藤さん、帰りましょう」

「うん。そうだね。でも帰り道、分かるの?」

「大丈夫。帰りは大路を行きますから」

「そっか、じゃあ安心だね」 そう言って近藤さんはまた微笑んだ。

“俺が側に居て支えなければ”

 その笑顔を見て、俺はますます新選組隊士として近藤さんについていく決意を固めるのだった。



 帰りは何事もなく無事、壬生の屯所へ帰り着いた。帰途でもチョコレートをもらえなかったのは言うまでもない。

「ただいまー」 近藤さんが屯所の門をくぐる。

「無事に帰って来たようだな」 土方さんが出迎えた。

「何にもありませんでしたからね」 刀を外しながら報告する俺。

「でも、チョコももらえなかった〜」 泣き顔になる近藤さん。

「ふむ、チョコか・・・・」

 そう言うと土方さんは、背後の段ボール箱を引っ繰り返した。
 ドサドサドサドサッ。かわいらしい包装紙に包まれたおびただしい量のチョコレートが山を作る。

「トシちゃん、これは?」

「ふん」

「えーと、なになに、『愛しのトシ様へ』? 『LOVE(はぁと)、土方様』???
 ・・・・全部女性からですよ」

 添え書きを読むと、それらはすべて京娘から土方副長に宛てられたものだ。

「だから腹が立つのだ」

「わー、トシちゃんモテモテだね」 

「私は甘い物は嫌いだからな。近藤、全部お前に譲る。処分してくれ」

「トシちゃん・・・・ありがとう」

 土方さんは、照れて赤くなった顔を見られたくないのか、そっぽを向く。土方さんらしい不器用な優しさだ。

「では、土方さん、女の子の方は、この俺が謹んで引き受け・・・・」

 カーン。言い終わらぬ内に文箱が飛んできた。

「あう。言ってみたかっただけです」

「馬鹿者、お遊び気分は今日だけだぞ、明日からまた浪士狩りだ」

「うん。島田くんがんばろうね☆」

 なるほど、出立前に土方さんが『分かっている』と言ったのはそういう事だったのか。
かくして、文久4年2月14日も恙無つつがなく暮れていった・・・・マテ、俺はチョコをもらってないぞ!

(おしまい)


(おまけのSS)
【斎藤】 はい、島田、チョコレート。
【島田】 お、サンキュー。

【原田】 島田、チョコをあげるわよ!
【近藤】 島田くん、チョコレートもらったんだけど、一緒にお茶にしない。
【永倉】 おう、島田、チョコ食うか?
【沖田】 コホコホ、お兄ちゃん、バレンタインです。
【芹沢】 は〜い☆ 島田クーン、チョコレートよ〜。あーんして。
【土方】 さて、島田、誰のチョコを選ぶのだ?

【島田】 (ダッシュ)

【藤堂】 あ、チョコだけ持って逃げた!

【一同】 待てー。


(あとがき)
 すいません。詳細な京都市街地図帳を持っていたにもかかわらず、何度か道に迷ったのは私です。ちょっとでも入り込むともうダメですね。本当に目印になる建物が見えません。京の建物は2階建が多いため、すぐ隣の通りに大きな建物があっても、本当に見えません。ぱっと開けると西本願寺があって、あれ! 思ってた場所と全然違うじゃん。といった感じ。まあ、迷っても東西南北に街路が走ってるので、どっちか方向を決めて動いていると、そのうち大路にぶち当たるので何とかなりはするのですが。土地勘のある人間に手引きされたら、まず分からんだろうなあ。新選組の探索も大変だったはずです。 
 あ、チョコレートですが、調べたところ寛政9年(1797年)に長崎で『しょくらあと』なるものが存在しています(日本チョコレート・ココア協会のHPを参照)新選組の活躍したのが1863年ごろですから、幕末にチョコレートは存在していたはずです。
 ちなみにバレンタインデーにチョコレートを送る風習は、どうやら昭和30年頃の事だそうで・・・・えー、不条理を高めにして、何とか・・・・。


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