行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『新選組事件簿』


 ざーっ(注水中)。ごぅんごぅん(洗濯中)。ごーっ(脱水中)。
 全自動洗濯機は便利だ。一昔前は洗濯板を使った手作業だったのに、今は全部機械まかせで済んでしまう。

「こらっ、島田。不条理な機械を使うんじゃない」
 母屋の方から土方さんが不機嫌そうにやって来た。
「えー、だって楽なのに〜」
 洗濯係とは世を忍ぶ仮の姿。そのじつ、俺は土方副長直属の新選組監察なのである。
「洗濯とは、心を込めて手で洗うものだぞ」
「分かりました」
 俺は返事をして、洗濯機を止める。そして洗濯機の横に置いてあったたらいと洗濯板を取る。
「そうだ。何事も横着してはいかん・・・ってお前は何を洗ってる!?」
 うなずきかけた土方さんが俺の手元を見て慌てる。
「このハデな豹柄は、カモちゃんさんのパンツですね」
 俺は手に持った豹柄のプリントされたパンティを広げてみる。
「芹沢さんか・・・全く、下着ぐらいは自分で洗えばいいものを・・・」
「あと、このネコさんプリントのが沙乃ので、ピンクのかわいいのがそーじので、飾り気のないスポーティーなのが永倉ので、横ストライプのいわゆる縞パンがへー。あ、近藤さんもフリルのついたかわいい系・・・・」
 それぞれ広げて確認する俺。
「全員か・・・全くウチの女どもは・・・広げるな、馬鹿者」
「では、心を込めて丁寧に手洗いしますので・・・」
「・・・何の心を込める気だ?」
「それは秘密です」
「ま、待て、島田。許す、特別に洗濯機の使用を許す」
「じゃ、洗濯機スイッチオン」
 一旦取り出した洗濯物を再び洗濯機に放り込み、スイッチを入れる。パルセーターがウィンウィンと回って洗濯物の量を計り、適した量の水が勝手に注入される。ちなみに、このように水を吸った布の場合、水の量がいいかげんになるので注意が必要だ。
「下着は各自、自分で洗うように通達を出しておこう」
「え〜っ、数少ない洗濯の楽しみが〜」
 俺の返事に土方さんが兼定の鯉口をきった。危険だ。命懸けの冗談はこれぐらいにしておこう。
「あ、うそです。うそです」
「洗濯係としてお前を置いているわけではないのだがな」
 そもそも副長の土方さんが、わざわざ井戸端までやって来たのは俺に用があったからに相違ない。
「任務ですか?」
「うむ。島原田圃たんぼで殺人事件があったのはお前も知っているな?」
「はい」
 島原は京都最大の遊郭で、農耕地のど真ん中に造成された矩形の色街である。この島原の近くで最近、辻斬り強盗と思われる事件が多発しているのだ。
「早急に犯人を捕まえろ」
「それは奉行所の仕事じゃないですか?」
 新選組の任務は京の治安維持である。だが新選組は単なる警察ではなく、倒幕を叫ぶキンノーのテロ行為に対抗するカウンターテロ組織、いわゆる対テロリスト特殊警察なのだ。通常の強盗殺人事件の捜査は京都町奉行所の管轄のはずだ。
「島原に通う遊客が被害にあったのだ」
「はい」
「付近の治安が悪くなると、島原から客足が遠のいて揚屋あげや置屋おきやも困るらしい」
「はあ?」 それと新選組に何の関係があるのだろう?
「芹沢さんのツケが溜まっている事もあり、頼まれたら断れないのだ」
「なるほど」 土方さんの説明で俺も正しく事態を理解した。
「そういうわけだ。頼んだぞ」
「了解しました。直ちに捜査を開始します」

(※補足:遊女は置屋に所属しており、客からの逢状で呼ばれ、きらびやかな道中を行い揚屋までやって来るのである。つまり揚屋は座敷・その他を貸し出し、おんなは置屋から呼ぶのである。
 現代風に考えると、結婚式場などのパーティー会場を借りて、出張コンパニオンを呼ぶと言えば分かりやすいだろうか?)



 俺は急いで洗濯を終えると、まずは二条城の南に位置する町奉行所に向かうことにした。通常の強盗殺人の捜査だから、奉行所に記録が残っているはずだ。一から調べるより、そのほうが手っ取り早い。効率を追い求めているだけで、決して横着しているのではない。
「あ、島田くん、どこ行くの?」 局長の近藤さんが奥から出て来た。
「ちょっと町奉行所まで」
「お仕事?」
「はい。島原の殺人事件を捜査しろと土方さんから命じられまして」
「じゃあ、あたしもついていくね」
 そう言うと近藤さんも素早く外出の準備にかかる。最近、土方さんが過保護で、近藤さんは中々屯所の外に出られないでいるのだ。俺としても局長が同行してくれる方が、お役所の相手をやりやすいから歓迎だ。
「それじゃ、しゅっぱーつ」
 近藤さんが、俺と同じ浅葱色に袖口に白の山形模様を染め抜いた隊服を羽織って意気揚々と先頭に立つ。

「島田にゆーこさん、どこか行くの?」
 八木邸の門を出た所で、沙乃と永倉の2人組とばったり会ってしまった。
「副長から島原の殺人事件の捜査を命じられたから、まずは奉行所に行って調書しらべがきを見せてもらおうと思って」
「ふーん。最古参ヒラの島田にしては、まともな考えね」
 ぐお! 耳の痛い事を。同期の斎藤は副長助勤に出世しているのに俺は未だに平なのだ。どうやら監察部に昇進という言葉は存在しないらしい。
「沙乃は胸が万年ヒラじゃん」
「あっはっはっ。言うなあ、島田」 永倉が笑い転げる。
「し・ま・だ〜!」
 俺の言葉に怒った沙乃が槍を繰り出した。俺はマトリックスみたいに身をくねらせながら、穂先をかわす。映画じゃないのでスローモーションにはならない。
「避けるな! 島田!」
「避けないと死んじゃうだろが」
「島田君も沙乃ちゃんの槍を避けるのがうまくなって来たよね」
 沙乃の攻撃をことごとく回避する俺を見て近藤さんが感心する。
「ところで、ゆーちゃんは?」
「あたしは島田くんの助手〜☆」
“局長が助手はないだろう”と3人とも心の中でつっこんだが、当の本人が満面の笑顔でニコニコしてるので、それ以上追求しない事にした。
「じゃあ、沙乃もついていくわ」 俺への攻撃を止め、沙乃が宣言する。
「アタイも〜」
「沙乃とアラタは戻ったばっかりじゃないのか?」
「だってゆーこさんが出るのに、護衛が島田だけじゃ心配じゃない」
「アタイは面白そうだから」

 こうして4人になったパーティーは、壬生から北上して町奉行所へと向かった。
 奉行所では何の支障もなく事件の調書を見せてくれた。というのも、京都町奉行は京都所司代の配下にあり、所司代の福井藩主松平定敬様は、新選組のスポンサーである会津藩主松平けーこちゃん様の実弟なのだ。そういう関係があるので、実は奉行所と新選組は仲が良いのである。しかも今回は新選組局長が同行している為、奉行所としても至極丁寧な対応をしてくれた。お茶と羊羮が出た事からもその歓迎ぶりが分かろうというものだ。

「えーと、事件は先月と今月の月末に起こってて、被害者ガイシャは、全員、額かもしくは首筋を切られて即死。犯行現場は、島原の北側の千本通」
「後ろ傷がないって事は、犯人は隠れていた所から被害者の前に飛び出して、逃げる隙も与えずに、前から斬りつけたんだね」
 さすがに近藤さんは天然理心流宗家4代目だ。これだけの内容から犯行の状況を容易に推察してみせた。
「しかも一刀で相手を殺害。急所を一撃。かなりの手練てだれね」
 検屍状の絵を見ながら沙乃がつぶやく。
「遺体から財布が見つからなかったので、奉行所では強盗事件と判断したみたいです」
「辻斬りだな」 永倉がうなずく。
「だね」 近藤さんもうなずく。
「犯人の手掛かりとかないの?」 沙乃が俺の手元をのぞき込む。
「犯行現場付近を捜索したみたいだけど、特に犯人に結び付くような遺留品は見つからなかったようだな」
「京にはお侍さんや、浪人さんがたくさんいるもんねえ」
「この事件は迷宮入りね」 治安の悪い京の都では、この程度の殺人事件は日常茶飯事なのだ。
「それは困る」
「何で島田が困るのよ?」
「実は今回の一件は、島原からの依頼なんだ」
「それが何の関係があるのよ?」
「事件が解決しないと、お客が減って困るらしい」
「アタイたちは別に困らないじゃん」
「カモちゃんさんのツケがたくさんあるんだ」
「はぁ」 俺の言葉に3人は一斉にため息をつく。どうやら事態を正しく認識したらしい。
「それじゃ、何としても犯人を見つけないといけないね」
「はい」
「そんじゃ、次は犯行現場に行くぜ!」 何か知らんが永倉が燃えている。
「さすがに何も残ってないんじゃないか?」
「現場百回!」
「でもアラタちゃんの言うとおり、現場を見ることは大事だよ」
「百聞は一見に如かずよね」
 永倉と近藤さんと沙乃がそう言うので、奉行所を後にした俺たちは、一旦屯所に戻り、お昼ご飯を食べた後、そのまま南に下って、島原から北へ1町(約100m)ぐらいの殺人現場へと向かった。

 壬生村から島原への道は、島原田圃たんぼと呼ばれる壬生菜みぶなの畑(壬生菜は水菜なので水田に近い)の間を通る土手道で、両側に壬生菜畑が広がってるだけの一本道だ。
 奉行所の調書にあった現場は普通の場所で、やはり何の痕跡も残されていない。血の跡すら雨に流されてしまっている。
「見事に何もないわね」
「半月前の事だからなあ」
「う〜ん」 近藤さんが額に指を当てて、顔をしかめている。
「近藤さん、大丈夫ですか?」
「犯人はどこから来て、どこに行ったのかな?」
 何かすごく哲学的なといのよーな気がする。
「あ、そうか!」 沙乃が何かに気付いた。「道の両側は田圃だから犯人は道筋にしか逃げられないのよ」
「なるほど!」 永倉が理解した印にポンと手を打つ。
「あ、そーか。田んぼに逃げたら足跡が残るから追跡されるんだ」
 俺も気付いた。奉行所の調書には、そんなことは書いてなかった。確かにこういうことは現場を見ないと分からない。
「と、いうことは北か南に逃げたんだよね?」
「そうなりますね」
「でも殺された直後に島原の若い衆が死体を見つけたのよ」 と沙乃。調書にもそう書いてあった。
「じゃあ、犯人は北に逃げたんじゃないか?」
 南からやって来た島原の若い衆が、刀を持った人間と出くわさなかったということは、犯人は北に逃げたということだ。
「北は壬生村だな」 一本道で途中に枝道はない。
「・・・・なあ、犯人が逃げた先に、剣の達人のたくさんいる建物があるんだけど・・・・」
「そんな! 島田くんはウチの中に犯人がいるって言うの?」
 近藤さんが驚愕するが、情況証拠から見ると、新選組内部に犯人がいると考えた方が自然だ。ひょっとすると奉行所はそれに気付いて、ワザと事件を迷宮入りさせようとしたのかもしれない。
「吉村貫一郎とか、金に意地汚くて北辰一刀流の達人ですよ」
「沙乃は吉村先生は違うと思うけど」
 確かに吉村貫一郎は金に意地汚く北辰一刀流の達人だが、隊内きっての人格者でもある。
「他に金に困ってるような奴がウチにいたかな?」
「実は単なる辻斬りで物取りの仕業しわざに見せかけたい・・・とか、どうかな?」
「とすると、無闇に人を斬りたがる大石鍬次郎とか?」
「大石は隊務でサクサク斬ってるから、わざわざ辻斬りなんてしないと思うわ」
「うーん、じゃ、誰だ?」
「新選組の評判を落としたいキンノーの仕業って考えられないかな?」
「逃げる先には新選組の屯所があるんですよ。指名手配キンノーが、わざわざ屯所の前を通って逃げますかね?」
「途中の道で新選組隊士に出会う可能性もあるわね」
 壬生村と島原までは枝道のない一本道。
「逆に新選組の隊士だと、途中で新選組の隊士に出会っても同僚だから怪しまれない」
 何か犯人は新選組隊士の線が濃厚だぞ。と、なれば次に行く先は決まった。



「副長」 副長室の外から呼びかけた。
「島田か? 入れ」 中から土方さんの返事がある。
「失礼しまーす」
 近藤さんを先頭に、沙乃、永倉、俺の4人がぞろぞろと土方さんの部屋に入る。
「島田・・・なぜ近藤と原田、永倉が一緒なのだ?」
 土方さんが怒りをこらえた声で俺にく。
「あたしたちは島原殺人事件の捜査チームなんだよ」
 俺が答えるよりも早く近藤さんが答えた。
「島田、お前は監察の仕事を何だと思っているのだ? 局長を巻き込んでどうする!」
「違うのトシちゃん、あたしが勝手について行っただけなの」
「沙乃たちはゆーこさんの護衛よ」
「島田だけじゃ、何かあった時に心配だからなあ」
「まあいい。それで犯人の目星でもついたのか?」
「実はかくかくしかじかで、新選組内部の人間が犯人の可能性が高いと思われます」
 俺は奉行所での調書、現場での近藤さんの推理その他を報告する。
「単なる辻斬りかと思ったが、これは少々やっかいだな」
「トシちゃん、どうしよう?」
「この件を誰かに話したか?」
「いえ、まず土方さんの判断を仰ごうと思ったので、真っすぐ副長室に来ました」
「賢明な判断だ。この件は監察部で内々に処理する。原田と永倉は通常の隊務に戻れ。
 島田、お前は隊士を探れ」
「トシちゃんあたしは?」
「近藤は部屋に戻って習字!」
「はう〜」
 土方さんの指示で皆が動こうとした矢先、いきなり障子が開かれた。
「歳江ちゃん、居る〜」
 徳利をげた金髪グラマー美女が入って来た。新選組のもう一人の局長、カモミール・芹沢、通称カモちゃんさんだ。
「開けてから訊くな」 土方さんが不快そうに答える。
「あ、そかー、部屋の中で一人Hしてたりする可能性があるもんねえ。次から気をつけるね☆」
「誰がそんなことをするか!」
「2人エッチ?」
「1人でも2人でもない!」
「はっ! まさか3P! 歳江ちゃんったらすごーい」
 土方さんが懸命に怒りをこらえている。やはりカモちゃんさんの方が一枚上手うわてだ。
「それで、何の用だ?」
「えーとね、アタシは謹慎中だったから、島原に行ってたんだけど」
“それだと謹慎の意味が全然ない”とその場の全員が思った。
「最近は祇園よりも近場の島原で我慢して謹慎してるんだよ?」 皆の怪訝な表情を見てカモちゃんさんが付け足す。
“それは全然謹慎じゃない”とやはり全員が思った。
「それで、島原で何か情報でも?」 謹慎に関してはなかばあきらめてたらしく、土方さんが話の先をうながした。
「何か、新選組の隊士で錦木にしきぎ太夫に手ぇ出してる男がいるらしいんだよね」
「錦木太夫?」 初耳だ。
「アタシが先に目をつけてたってのに」
「あの〜、太夫って女性じゃないですか?」
「やだな〜、島田クン、なに当たり前の事を言ってるの?」
「その、女性と女性でどうゆう・・・」 土方さんも困惑気味だ。
「うふ 女同士でも楽しめるんだよ。今度歳江ちゃんも一緒に行く?」
「え、遠慮しておきます」 そう言ったきり土方さんが絶句する。
 どうやらカモちゃんさんは男でも女でも見境ないらしい。お、恐るべきプレイガール・・・・。
「それで、カーモさん、ウチの隊士で太夫に言い寄ってる人がいるの?」
「そーなのよ、アタシも狙ってたのに〜。輪違屋わちがいやの錦木太夫〜」
「しかし、太夫って豪勢だな〜」
「島田、何か知ってるの?」
「太夫の揚代は一晩で1両2朱もするんだぞ。しかも料理とか酒とか取らなきゃならないし、心付けとかもあるから、1回太夫を呼ぶだけでも、10両近くかかるんだ。島原は敷居が高いから月給の3両じゃとても足りない・・・うお!」
 突然沙乃が斬りつけて来たのを、危うく白刃取りにする。
「花街の仕組みにやけに詳しいじゃないのよ! あんた、まさか!」
「だから俺にそんな金は無いと言ってるだろうが!」 沙乃が刃に全体重を乗せて来る。
「だから遊ぶ金に困ったあんたが辻斬りの犯人なんでしょ!」
「そんな馬鹿な・・・うおお〜重い〜」
淑女レディーに向かって失礼な奴ね」
「レディーがいきなり刀を抜いて斬りかかるんじゃない〜」
「沙乃ちゃん、犯人は剣の達人だから島田くんは違うと思うよ」 近藤さんがフォローに入る。ある意味フォローになってないような気もする。
「それもそうね」 近藤さんの言葉で沙乃が正気に戻る。
「そこで納得するなよ」
「犯人が島田じゃないとすると、一体誰なのよ?」
「だがこれで絞られたな。新選組うちの隊士に太夫で遊べるような金持ちはいない」
「ウチは貧乏だもんねえ」 土方さんの言葉に近藤さんが相槌を打つ。
「何か、それも寂しいですね」
「ところで、そっちは何がどーしたの?」 そういえばカモちゃんさんは島原田圃たんぼの殺人事件の事をしらないのだった。俺が手短てみじかに説明する。
「じゃあ、誰が錦木太夫を座敷に呼んでるか調べれば解決じゃん」
 そんなに簡単なものではないと思うのだが・・・・。
「アタシが調べるからお金ちょーだい」
「いや、その役目は、是非とも俺が!」 俺も名乗りを上げるが、沙乃の鋭い殺気が俺の背中を刺す。
「ふむ。この任務は芹沢さんが適任だろうな。芹沢さんに任せよう」
「島田は、隊士の方を当たれ」
「了解しました」
「全く、島田はスケベなんだから」 沙乃がぶつぶつ言いながら退出する。
「じゃ、カーモさん、島田くん、がんばってね」
「アタイは風呂に入って来ようっと。沙乃、付き合えよ」
「じゃあ、アタシは島原に行ってきまーす」
 皆が土方さんの部屋を出た。これで少しは事件解決に向けて動き出した・・・のだろうか?



「原田組長、よろしいでしょうか?」
 沙乃の隊に所属する新米の平隊士の一人が沙乃に声を掛けて来た。
「何よ?」
「雑用係の島田さんが隊内の事を聞き回っているみたいなのですが、何かあったのでしょうか?」
 どうやら島田は一般平隊士たちから、雑用係と思われているらしい。確かに洗濯や炊事・掃除手伝いばっかりやってはいるものの、不憫だ。本当は監察方なのに。

 うわさをすれば影がさす。当の本人の島田誠が手に帳面を持って、向こうからひょこひょこと歩いて来る。
「島田! あんた何を嗅ぎ回ってるのよ!」
“気付きなさいよ、島田”という思いを込めて目配せする。沙乃は島田が土方の命令を受けて隊内の捜査を行っているのは知ってるが、それがバレたら犯人を警戒させるし、逆に島田の命が危なくなるかもしれない。犯人は腕利きなのだ。
 島田が沙乃の合図に気付いて何かしら芝居を打ってくれればいいのだが・・・・。
「嗅ぎ回ってるとは心外な。俺は任務を遂行中なんだぞ」
“馬鹿島田・・・” 沙乃は顔を覆いたくなった。背後には沙乃の配下の十番隊の隊士たちがいるのだ。彼らにも聞かれただろう。
「島田先輩、任務とは何でありますか?」 隊士の一人が尋ねる。
「実は内緒なんだが、ボーナスの査定だ」
 島田の言葉に、沙乃の背後がざわつく。どうやら島田は島田でちゃんと考えてたらしい。「見せなさいよ」 沙乃は島田から帳面を引ったくった。
「えーと、なになに・・・・。
 永倉副長助勤:捕縛したキンノー23人、撲殺したキンノー7人、取り逃がしたキンノー12人。任務達成率71パーセント。体脂肪率4ポイント低下。増加した体重2キロ分はすべて筋肉。
 沖田副長助勤:捕縛したキンノー7人、斬殺したキンノー10人、取り逃がした黒猫8匹。任務達成率68パーセント。前川さんちのお子さんとのダルマさんが転んだで、破竹の42連勝を記録。
 斎藤副長助勤:捕縛したキンノー11人、取り逃がしたキンノー6人。任務達成率64パーセント。年上の女性から声をかけられた回数13回、年上の男性から声をかけられた回数32回。
 アンタどこからこんな情報を持って来たのよ!?」
「巡回手帳から。毎回巡回が終わったら、土方さんに提出してるだろ? あれを集計したんだ。その他は聞き込み」
 なるほど、実はボーナスの査定というのもカモフラージュではなく、本物の仕事なのかもしれない。新選組監察おそるべし。
「えーと、沙乃は・・・。
 原田副長助勤:捕縛したキンノー18人、取り逃がしたキンノー9人。任務達成率66パーセント。胸囲、身長は共にこの数年間ゼロ成長って・・・・し〜ま〜だ〜?」
「お、俺は悪くないぞ。沙乃のトコの隊士が話してるのをメモっただけだ」
「あんたたち・・・」 沙乃がクルリと振り返った。暗黒のオーラがにじみ出ている。
「じ、自分たちは違うのであります」 沙乃の迫力に押され、全員が下がる。
「局中法度の中に『女の子を胸で判断したら切腹』ってあるわよね?」
 そんな項目はない。
「自分たちは胸はなくとも原田組長を尊敬しておりますから」
「馬鹿、余計な事を言うな!」
「女を胸で判断する奴らは1回死んで来い〜!」
「うわー」「ぎゃー」「組長、正気に戻って下さい」「そうです大きければ良いというわけではないのです」「むしろ、ない方が萌えるというか」「だから余計な事を言うな〜!」 どうやら十番隊には、そういう趣味の奴らが集まっているらしい。
 沙乃が暴走した。十文字槍が振り回される。

「本日、十番隊にて局地的台風発生。負傷者若干名」
 島田は帳面に書き付けると、現場からスタコラと逃げ出した。



「と、いうわけで、新選組内部に該当者なしです」
 土方さんの部屋で俺は報告していた。土方さんは俺の差し出した帳面をパラパラとめくっている。同じ部屋に事情を知る近藤さん、カモちゃんさん、沙乃、永倉の面々が同席している。
「加納はどうだ?」
「加納惣三郎ですか?」
「そうだ」

 加納惣三郎。文久3年の入隊で、俺の後輩。入隊時18歳。かなりの美形で、まだ前髪を残している(成人前の武家男子の髪形で、月代さかやきはあるが、前髪をってない)。その京人形のような美少年ぶりを気に入った近藤局長の近習になるも、心形刀流免許皆伝で浜野道場の師範代だった剣の腕前を土方さんに見込まれ実戦部隊に配置換え。メキメキと頭角を現し、副長助勤となる。

「加納副長助勤。捕縛したキンノー8人、斬殺したキンノー4人、取り逃がしたキンノー5人。任務達成率70パーセント。最近、山崎監察に猛烈なアタックをかけられているが、不発に終わっている模様」
「ほう、山崎の名が出るか」 土方さんが意外そうな表情かおをする。
「いや〜、任務一筋の山崎も美形には弱いらしいっすねえ。かなりみついでるそうですよ。最近では島原に誘ったりとか」
「山崎もあんな軟弱者のどこがいいのよ?」
「でもあいつ、剣はかなり使うぜ」 あきれ顔の沙乃に永倉が答える。
「道場剣法の割にはね」 沙乃が肩をすくめる。
「島原に誘うって、雀ちゃん、そんな大胆な事してるの?」 近藤さんが顔を赤くする。
「何でも輪違屋に連れ込んだそーです。でも逃げられたとか」
「ほう、島田の情報収集力も大したものだな。これで頭が伴えば立派に監察が勤まるのだがな」
「ふくちょー、それだと俺が馬鹿みたいじゃないですか」
「少し考えてみろ、なぜ監察の山崎が加納を追い回しているのか」
 俺は少し考えた。
「それは、山崎が加納を好きだから」
「雀ちゃんも面食いだよね」
「山崎はお前とは違うぞ、近藤。任務の為だ」
 俺は、また少し考えた。
「任務という事は、実は加納を狙ってるのは土方さんで、先に山崎さんを使って加納を女に目覚めさせてから、横から自分がかっさらう・・・」
「・・・何でそうなる?」
「加納は衆道者(=ホモ)なので、まず女に転ばせる必要があるから」
「でも加納くんが雀ちゃんに惚れちゃったら何にもならないんじゃない?」
 近藤さんが俺の説に疑問を呈した。
「その後、山崎は不慮の事故に遇い他界。嘆き悲しむ加納を土方さんが慰めれば女性経験のない加納はイチコロで騙される・・・と」
「なるほど、山崎は暗殺されるわけね」
「トシさんらしいなあ」 沙乃と永倉が俺の説を補足する。
「まったく、勝手に人を悪者にするな。芹沢さん頼む」
 俺の説を聞いて笑い転げていたカモちゃんさんに話を振る土方副長。
「お、面白すぎるわ。島田クンの説、説得力がありすぎて・・・」
「芹沢さん!」
「だって、歳江ちゃんならそれぐらいやりそうじゃない?」
「策士だもんねえ」
「近藤まで!」
「えーっとね、真面目な話、アタシが島原で聞き込んで来たトコロ、錦木太夫に入れ込んでるのは加納クンらしいのよ」
 カモちゃんさんは笑い涙を拭いて話し始めた。
「まさかぁ」 と永倉。
「アラタちゃん、アタシがウソついてるっての?」
「いや、そーじゃないけど、だって、あいつはホモじゃん」
「なるほど・・・それで土方さんは山崎に加納を探らせてたんですね」
「やっと分かったか、馬鹿者」
「でも加納は衆道者なんだから、山崎よりも島田に当たらせた方がよかったんじゃないの?」 と沙乃。
「俺が襲われたらどーする気だ!」
「別に沙乃はどうもしないけど」
「お、お前なあ・・・」
「こほん。なぜ衆道者が太夫を座敷に呼ぶ必要がある?」 土方さんが咳払いして話を元に戻した。
「ホモ説を打ち消したくて、ワザと島原かよいしてる・・・とか?」
「待って、アラタちゃん、もしそうだとしたら『ボクは島原通いしているぞー』って新選組内部にウワサを広めないと意味ないよ」
「島田、どうだ?」 土方さんが俺に振る。俺が新選組の内部調査を担当していたからだ。
「新選組内部に、加納が島原に通っているというウワサはないっす」
「ということは、ひょっとすると加納の衆道ってのは見せかけで実は女好きなんじゃないの?」
「そう考えるのが妥当だな」 沙乃の言葉に土方さんがうなずく。
「じゃあ、トシちゃんは、加納くんが島原に通うお金欲しさに辻斬りしたって言うの?」
「残念ながら、そう考えている」
「でも、土方さん。加納の家は木綿問屋の越後屋ですから裕福ですよ」 俺の調べは完璧だ。
「裕福なのは奴の実家であって、奴が裕福なわけではない。それに放蕩な次男坊の為に、そう多くの金は出すまい」
「で、歳江ちゃん。加納クンが犯人っていう証拠は上がったの?」
「遺憾ながら、まだ」 どうやら土方さんの中では、加納は既に犯人として決定しているらしい。
「山崎もがんばって探りを入れてるのだがな」
「証拠と言っても、現場に犯人の遺留品は落ちてないし、加納も馬鹿じゃないから盗んだ財布は始末してるでしょうし、新選組隊士の刀に人を斬った跡があっても別におかしくはないわ」
「じゃあ、打つ手なし?」
「今のところはな」
「加納を罠にめたら?」 と、沙乃が提案する。
「奴がいつ辻斬りに出るか分からないでは、罠にかけようがない」
「山崎や島田が動いてるから、加納も当分の間はおとなしくしてるかもしれないしな」 と永倉。
「そんなの簡単じゃない」 事もなげにカモちゃんさんが言う。「加納クンのお目当ては錦木太夫なんだから、誰かに手を出させればいいのよ。そしたら慌てて尻尾を出すわよ」
「なるほど」
「じゃあ、カーモさんに・・・」
「アタシじゃ駄目」 近藤さんの言葉をカモちゃんさんがさえぎる。
「どうして?」
「アタシは女だから、加納クンは焦らないわ」
「なるほど。では加納が怒りで我を忘れるほど風采の上がらない男でなければならんな」
 土方さんの言葉に、居並ぶ女性たち全員が一斉に俺の方を見た。
「お、俺っすか?」
「事情に通じており、なおかつ風采が上がらず、しかも隊として失っても惜しくない、おとりとして最適の人材だ」
“ひどい言われようだ。ん、でも、待てよ。そうすると、公費で島原で遊べるのか? こ、これは役得かも”
「島田、太夫に指一本でも触れてみなさい、沙乃がただじゃおかないんだから!」
「何で沙乃が怒るんだよ」
「別に! 何だっていいでしょ!」
「島田、当座の費用は後から私が直接渡す。島原に通え」
「よろこんで」 
「ちなみに、島田が遊ぶ費用は給料から天引きにするから、そのつもりで」
「ふくちょー!」
 こうして、加納あぶり出し作戦が始まったのだった。



 数日後、屯所内は島田のうわさで持ち切りだった。古参でうだつの上がらない雑用係の隊士が島原に日参して太夫とよろしくやってると。島原は一見いちげんの客はお断りだから、かなり以前から密かに通っていたに違いないと。うわさは土方が意図的に流したものだし、一見の客である俺が太夫を呼べたのはカモちゃんさんが口を利いてくれたからだ。

「聞いたか、おい。島田先輩の事」
「何でも島原で豪遊してるらしいぜ」
「輪違屋から錦木太夫ってゆー、絶世の美女を呼んでるそーだ」
「くあー、太夫かよ。最上級じゃねえか」
(※遊女には位があり、上から太夫こったい・天神・鹿恋かこい半夜はんや。ランクが違うと金額も全く違う。と、いうか島原の太夫は全ての芸事を修めたトップクラスの芸妓なのである)


「うわさの広がるのって早いなー」 あちこちで花咲く噂話を聞きながら永倉アラタがつぶやいた。
「そりゃ、そうよ。こっちでわざと流してるんだもの」


「でもよー、島田先輩はどこにそんな金があったんだ」
「何でも、洗濯の時に、幹部の下着を盗んではブルセラショップに売ってたんだそうな」
「まさか洗濯にそんな余禄があったとはなあ」
「でも何でバレなかったんだろ?」
「そこは、ほら、同じ模様の新品を買って来て戻せば分かんねーじゃん」
「うーむ、島田先輩、ああ見えて頭いいんだな」


「なんですって!? 島田ったらそんな事を!」
 沙乃の背後に怒りの炎が上がる。
「なるほど! 男って面白い事を考えるもんだなあ」
「アラタったら何を笑ってるのよ!」
「だって島田の遊興費ってトシさんが出してたじゃん。噂話うわさばなし尾鰭おひれがついただけだぜ、きっと」
「いや、でも島田の事だから小遣い稼ぎに沙乃たちの下着を売ってたかも・・・」
 沙乃の表情は深刻だ。
「お!」
「何よ?」
「高く売れるんなら、アタイのパンツを売りに行こうかな?」
「あんたねー」
「沙乃も一緒に売りに行こうぜ」
「沙乃は嫌だからね」



 これらのウワサが加納惣三郎の耳に入るまで時間はかからなかった。島田はいつものよーに雑用をこなしてから、日が暮れると島原に出勤して行く。
 加納には山崎が張り付いており、動きがあったらすぐに知らせる手筈だ。

 こうして万全の態勢を取っていたのだが、裏をかかれた。山崎が納屋の中で発見されたのだ。
「ウチとしたことが迂闊やったわ」
 山崎は加納を尾行していたのだが、それに気付いた加納が笑顔で近づいて来て、山崎は以前加納に言い寄っていた手前、逃げるわけにも行かず、そのまま当て身を食らって気絶してしまったのだ。
「島田が危ない!」
 待機していた沙乃・永倉・沖田の3人が、あわてて島原に向かう。もう手遅れかもしれない。加納惣三郎はかなりの手練てだれだ。この3人なら互角以上に戦えるだろうが、島田ならこれまでの被害者同様、一刀の下に斬り捨てられるだろう。
“島田、死ぬんじゃないわよ!”



 その頃、俺は島原から壬生への一本道を歩いていた。今日に限って酒も飲まずおんなも抱いてない。態勢は万全だ。俺には確信があった。来るなら今夜だ。辻斬りを調べているときに分かったのだが、殺人事件はちょうど1カ月の間を置いて発生している。こよみを調べたら、事件当夜は新月に当たる。月のない暗い夜だ。黒羽二重を着ていれば闇に紛れて相手を襲える。見つかる気遣いもそれだけ少なくなる。今夜も新月。

 道の途中で俺は立ち止まった。凄まじいまでの殺気を感じる。
「そんな所に隠れていないで、出て来い」
 暗闇に呼びかけると、木から分離するように一つの影が道の真ん中に立った。
「島田」 加納惣三郎だ。
「先輩を呼び捨てにするのは良くないな」
「錦木大夫を・・・」
「ああ、あれはいいおんなだな。お前みたいな若造にはもったいない」
「錦木はボクの!」
「金さえ出せば誰にでも抱かれるのが、あいつらの仕事だ。金の切れ目が縁の切れ目って言葉もある。金がないんなら諦めるんだな」
 チャリッ。加納が刀を抜いた。
「早い男は嫌われるぞ」
「キェイ!」 加納は俺の軽口には答えず、奇声と共に上段から斬りかかって来る。
 俺は半歩下がって加納の切先をかわすと、前に出て抜きざまに逆袈裟に斬り上げた。俺の方が長身で手足も長い上に、刀も長い。つまり俺の方がリーチが長いのだ。加納は斬り込んだ直後で退くことも避けることもならず、俺の刀がざっくりと奴の胸を抉る。
 加納は口から血の泡を吹いて、どうと倒れた。



「島田ぁーーー!」 壬生の方から提灯の明かりが駆けて来る。
「おー」
「島田、無事だった?」 沙乃が息を切らせたまま、俺に訊く。
「おう、無事」
「加納は?」
「そこに転がってる」 俺が刀の先で示した先に加納惣三郎の死体が転がってる。
 沙乃と一緒に駆けて来た永倉とそーじが慣れた様子で検屍を始めた。
「逆袈裟の一撃で・・・こりゃ、肋骨あばらを叩き斬ってるぞ。さすが島田、馬鹿力だなあ」
「肺腑も破れてますね。それで口から血を吹いてる」
「島田、アンタがったの?」
「そうだけど、俺に襲いかかって来た加納をそーじが斬った事にしといてくんない?」
「いいですけど・・・」 そーじが怪訝そうだ。
「俺が殺ったんじゃ、話に信憑性がないからな」

 加納の死体はすぐさま屯所に運ばれ、土方さんが検分した後で壬生寺の共同墓地に葬られた。加納の死は、痴情のもつれとして片付けられた。衆道の加納惣三郎は、島田に言い寄っていたのだが、島田が島原の太夫に走った為、心中しようと襲いかかった所を一緒にいた沖田鈴音に斬られたというもっともらしいようなそうでもないような話がでっちあげられた。
 島原の方では薄々、真相に気付いたらしく、辻斬り退治の名目でこそなかったが謝礼が送られて来た。
 そして結局、男女の情愛のもつれならともかく、衆道の上での刃傷沙汰など言語道断という事で、加納惣三郎という隊士は最初から居なかった事にされてしまった。そういうわけで会津藩にも報告されてない。


 そうして、数日が経過した。俺がいつものよーに井戸端の全自動洗濯機で洗濯をしていると沙乃がやって来た。
「お、沙乃。洗濯物の追加か?」
「島田、どうやって加納に勝てたの?」 沙乃は挨拶もなしに単刀直入に切り出した。
「大した事なかったぞ」
「加納は心形刀流の免許皆伝で道場の師範代を務めるほどの腕前だったのよ」
「沙乃の槍に比べれば、トロかったからなあ」
「何よ、それ」
「普段から、伊達に沙乃の槍を避けちゃいないからな」
 沙乃も気付いたのだろう。真面目な表情かおになる。最初のうちは手加減していたのだろうが、最近では、容赦なく本気で突いていたのに、それでも島田は避けてたのだ。
「島田、ひょっとして・・・」
「いやー、実は俺も江戸で心形刀流を習ってたんだよね。だから加納の太刀筋全部分かってたしー」
「あんた、ひょっとして強いの!?」
「いちおー、坪内道場の免許皆伝は取ったぞ」
「じゃあ、何で雑用係なんかやってるのよ!」
「さあ?」
「沙乃がトシさんに言って、配置換えしてもらうように・・・」
「でも俺が沙乃の組に入るとは限らないんじゃないか?」
「それは・・・そうね」 確率10分の1である。
「しかも昼勤組と夜勤組に分かれたら、全く会えなくなるぞ。今のままだと、沙乃が会いたいときにいつでも俺に会えるじゃん」
「ば、馬鹿、馬鹿、島田の馬鹿!」
 顔を真っ赤にした沙乃の槍が繰り出される。ひょいひょいと避ける俺。傍らでは洗濯機が勢いよく回っている。
 ようやくいつもの風景が戻って来た。

(おしまい)


(あとがき)
 加納惣三郎は、大島渚監督の映画『GOHATTO』に登場する主役級の人物で、ホモキャラです。この映画の原作は司馬遼太郎の『新選組血風録』の中の『前髪の惣三郎』ですが、この司馬遼太郎の原作でも加納惣三郎はホモとして描かれてます。美少年だったので、新選組の男たちから言い寄られ、次々と彼らを斬った。
 上記は司馬遼太郎の創作で、実際の加納惣三郎は、前髪を残したかなりの美男子(入隊当時18歳)で今牛若と呼ばれていたのだそうです。島原に通い詰め、お金が足りなくなったので辻斬りし、それが新選組監察によって発覚。土方らによって内部粛正されます。
 司馬遼太郎は、加納惣三郎の入隊試験のシーンで伊東甲子太郎を登場させてます。この描写から加納惣三郎は司馬遼太郎が創作した人物であると思われがちなのですが(池田屋事件以降の新選組隊士の名簿は会津藩に報告されているのに加納惣三郎の名前がない)、これはおそらく誤りで、おそらく加納惣三郎はかなり初期(文久年間)に入隊した人物だと思われます。加納惣三郎の名前は色街島原に口伝として残っており、司馬遼太郎が『新選組血風録』(昭和36年)を書く遥か以前の大正3年に発行された書物に美少年の加納惣三郎が登場します。
 確かに事件の舞台が壬生屯所と島原の間で起こるのに、伊東甲子太郎がいるのは変だし(その頃は屯所は西本願寺)、その頃は新選組は裕福だし。池田屋事件以前の貧乏な頃の新選組の入隊だった方が物語も自然です。
 と、思ったら、史実に沿った加納惣三郎の事件の物語があり、中村彰彦の『新選組秘帖』の最初の一遍『輪違屋の客』が上記、史実通りの作品です。
 そこで『前髪の惣三郎』と『輪違屋の客』と、さらに『行殺』をミックスして書き上げたのがこの作品です。両方を混ぜてギャグを加えて行殺風味にしたら、こんな作品になりました。

 作品中に出てくる島田のボーナス査定の帳面の内容ですが、これは行殺の土方シナリオ第4幕『気苦労の多い副長』で出てくる『隊士別仕事査定表』から持ってきてますし、同じく『巡回手帳』は、沙乃EX第2幕『闇に働く者達』で坂本龍馬暗殺の直前のシーン(土方との会話)で登場します。また島田が心形刀流の坪内道場で免許皆伝というのは、史実の島田魁から引っ張って来てます。

(参考文献)
『新選組秘帖』(中村彰彦)
『いつの日か還る』(中村彰彦)
『新選組血風録』(司馬遼太郎)
『輪違屋糸里』(浅田次郎)
『新選組銘々伝 第二巻』(新人物往来社編)


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