行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『水口藩事件EX』


「放せー、てめー、この壬生浪ども!
 あたしにこんな真似をしてただで済むと思うなよ!
 後で泣きをみるぜ、もがもが」
 土方が副長室で執務をっていると、庭の方から罵声がして、消えた。
「なんだ?」 気になって廊下に出てみる土方。
 庭の方に向かおうとすると、ちょうどそちらの方から、平隊士の平田が歩いて来る。
「おい、どうした? 今のは何だ?」
「はっ、副長。胡乱うろんな奴が中をうかがっておりましたので、捕らえて庭の木に縛り付けた所、聞くに耐えない罵詈雑言を並べ立て始めましたので、猿轡さるぐつわを噛ませました。現在、同役の中村が見張っております」
 と、平田が報告する。
「ふむ、キンノーの間者かんじゃという可能性もあるな」
「帽子に丸眼鏡と分かりやすい変装をしておりましたゆえ」
「分かった。そいつは後で監察に取り調べさせよう」
「はっ」 一礼して平田が立ち去る。
 最近、新入隊士にキンノーの間者スパイが混ざってて、処分したばかりだ。捕まえたその間抜けが間者そのものではないにしろ、『つなぎ』という可能性もある。山崎・・・は、この程度の事件に使うべきではないな。
「島田は居るか!」 居ればすぐに駆けつけて来るはずだ。

「トシちゃん、島田くんならカーモさんのお供で買い物に出掛けたよ」 隣室の近藤が顔を出す。
「それより、さっきの何?」
「あやしい奴が屯所をうかがっていたらしい。今、隊士から捕らえて木に縛り付けたとの報告を受けたところだ」
「はぁ、最近、そういうのが多いよね」 近藤が小さくため息をつく。
「困ったものだ」
「でも、それだけ新選組がキンノーにとって無視できない存在になってきたという事だよね」
「ふむ。そういう考え方もあるか。確かに我々のキンノー狩りは絶大な効果を挙げているからな」
「取り調べに行くの? あたしも一緒に行こうか?」
「局長や副長がその程度の事で軽々しく動くべきではないだろう。島田にでも担当させようと思っていたのだがな。芹沢さんのおりならば仕方あるまい」
 島田は土方直属の監察方だが、同時に芹沢局長附の近習でもある。芹沢局長は会津藩主 松平けーこちゃん様からの密命を時々拝命するので、島田をスパイとして芹沢局長に張り付けてあるのだ。
「島田が戻ったら、奴に当たらせよう」
「じゃあ、あたしの部屋でお茶する? おやつに八橋があるよ」
「そうだな。呼ばれるか」




 土方が近藤の部屋でお茶をしていると、どうやら買い物から戻って来たらしい芹沢の素っ頓狂な声が響いた。

「あれ〜、けーこちゃん、何してるの?」

「ぶっ」 土方はお茶を吹き、近藤は八橋を口に運ぶ動きが止まった。
「トシちゃん!」
「急げ、近藤!」
 2人はうなずき合うと脱兎の如く駆け出した。


「もがもが」 (※猿轡さるぐつわをされているのでけーこちゃんはしゃべれない)
「何言ってるか分からないから、ほどいてあげるね」
 芹沢はけーこちゃんの後ろに回ると、彼女にされた猿轡さるぐつわを解いた。
「ぷはーっ、あー苦しかった」
「けーこちゃん、木に縛られて何してたの?
 はっ! まさかけーこちゃんにもそういうアブナイ趣味が?
 ひょっとして、その着物の下は裸? ああっ、それとも縄下着かしら?
 ううっ、けーこちゃんもそんなだったんだね。
 そーゆーのはゆーこちゃんだけかと思ってたのに・・・」
 『縛り』からの倒錯した空想に発展してクラクラくる芹沢。
「そんなわけあるかー! あの馬鹿野郎、人をいきなり捕まえて、木に縛りつけやがって!」
「あ〜、そりゃ、だって、けーこちゃん見るからにあやしいもんねえ」 呵々大笑かかたいしょうする芹沢。
「おかしい。完璧な京娘の変装だったはずなのに・・・」 首をかしげるけーこちゃん。

「松平様!」「けーこちゃん様!」
 近藤と土方が足袋のまま庭に飛び降り、松平けーこちゃんの前に平伏する。
「罪もない京娘をいきなり縛り上げるとは、新選組って話通り随分乱暴じゃん」
「ははっ! よもや松平様がお忍びで御出おいでとは気付かず、ご無礼を致しました。ヒラにご容赦を!」 平伏したまま土方が謝罪する。
「ふむ、あたしだと分からなかったわけだ」
 変装が見破られなかったということで、ちょっと機嫌を直すけーこちゃん。
 しかし平隊士で会津藩主の顔を知ってるのは芹沢付の島田ぐらいのもので、現に芹沢が一発で気付いたから、やはり変装の意味はなかったよーな。そんな思いがあってか芹沢はけーこちゃんの隣でニヤニヤと笑っている。
「しかし、京娘をいきなり縛り上げるってのはどーよ?」
「はっ! 先頃、キンノーの間者が新選組に潜入して来た一件もあり、警備を厳重にするように命じておりますれば」
 土方、必死の言いわけを展開する。この時点で土方は、後で平田を切腹させる事を心に決めた。

「カモちゃんさ〜ん」 ガラゴロと大八車を引っ張って島田誠がその場に現われた。
「もー、島田クン、遅〜い」
「そんなこと言ったって、出来上がるの待ってたんだから仕方ないじゃないですか」
「言いわけは士道不覚悟で切腹ぅ☆」 この芹沢の冗談に、土方がドキリとした。
「そんな事言うんだったら全部俺一人で食べちゃいますよ」
「あ、うそうそ。冗談☆」

「あら、島田君、それは?」 けーこちゃん様が俺の引っ張って来た大八車をのぞき込む。大八車からはおいしそうないい匂いが漂っていた。
「ハンバーガーっす。カモちゃんさんってば、店に入るなり、ハンバーガー100個、テイクアウトで! って無茶な注文をするんですよ。お店のお姉さんが目を丸くしてましたよ」
「いや〜、いっぺん言ってみたかったんだよねぇ。それにけーこちゃんが来るって聞いてたからさあ」
「おや? あたしはお忍びだったんだが・・・」
「黒谷に行ったら、広沢さんが『殿は瞑想中だからお会いになれない』って言うからさ〜。お忍びでどっか出掛けたんだろーなーって思ったんだ。で、たぶん、新選組ウチに来るんじゃないかなーって思ったわけよ」
「さすが、芹沢、鋭い!」
「いやまあ、けーこちゃんとは長い付き合いだから」
「うむ、ではハンバーガーに呼ばれようかな」
 京娘姿のけーこちゃんが威張る。別に本人に威張ってるつもりはなく、殿様なのでこれが普通なのだが、京娘姿なので威張ってるように見えるのだ。
「そのような下賎なものを召し上がらずとも、すぐさま料亭から取り寄せますが・・・」
 けーこちゃん様を座敷に案内しながら、土方さんがそう言う。
「たわけ! 民の食す物を食べずして民の心が分かると思うのか!」
 けーこちゃん様が一喝する。
「ははっ!」 土方さんがかしこまる。
「じーん」 近藤さんはけーこちゃん様の言葉に感動していた。

 だがその後ろでは、カモちゃんさんが笑いをこらえていた。彼女はけーこちゃん様のジャンクフード趣味を知ってるからだ。それでわざわざハンバーガーを買って来たのだ。
 不意にけーこちゃん様が振り返ると、カモちゃんさんに『何も言うなよ!』と目で合図する。ウインクで返すカモちゃんさん。



 冷える前にさっさと食べるに限る。座敷の上座にけーこちゃん様が座り、座を囲むようにカモちゃんさん・近藤さん・土方さん、そしてなぜか俺。だが、お膳の上にハンバーガーの包みとポテトが載ってるのは、かなり違和感がある。
 だがそんな違和感を物ともせずに、けーこちゃん様はハンバーガーをパクついている。
「ああっ! 久々のバーガーはうまいっ! 感動もの〜」
「そんなに素直に喜んでもらえると、買って来た甲斐があるなあ」
「ちなみに運んで来たのは俺です」
「ケチャップの酸味とピクルスの酸味の二重奏に加えて、混じりっ気なしの100%ビーフの香り立つ豊かな味わい、バンズの香ばしさ、レタスの瑞々みずみずしさ・・・それらが口中で渾然一体となり・・・ああっ! あたしはこのおいしさを表現する言葉を持たないっ!」
 思いっきり言葉で表現してると思う俺。無論、口には出さない。
「いいな〜、庶民はこんなおいしい物をいつでも好きな時に食べられるんだからさあ」
「でも毎日食べると飽きるよ」 とカモちゃんさん。
「むう、それは確かに。どんなごちそうでも毎日食べたら飽きるものな」

「・・・」 けーこちゃん様が微妙にズレてるのに土方さんが気付いたらしく怪訝けげんそうな表情かおだ。

「何かな、土方ちゃん」
「あ、いいえ、別に・・・」 土方さんが慌てて目をらした。

「そういえば、よくもこのあたしを木に縛り付けてくれちゃったわね」
「ははっ。あとで平田は腹を切らせますれば・・・」
「平隊士に切腹されてもなあ。あたしの矜持きょうじって奴がなあ。
 連帯責任でゆーこと土方ちゃんも切腹」
「ええっ!」 思わず飛び火したので近藤さんが驚きの声を上げる。
「やっぱさあ、組織のトップとしてケジメをつけるべきだと思うんだよね、あたしは」
 うーむ、この人はこんなだけど会津23万石の殿様なんだよな。
「まあ、まあ、けーこちゃん。チーズバーガーとベーコンバーガーもつけるからさあ」
 カモちゃんさんがけーこちゃん様のお膳に、ひょいひょいとバーガーの包みを2個置く。
「いやあ、悪いなあ。いいの?」
「たくさん買って来たから大丈夫です」 と答える俺。
「そういえば荷車いっぱいのハンバーガーをどうしたの?」
「みんなで分けて食べてますよ。カモちゃんさんは部下思いですから」
「嫌だなあ、島田クン、本当の事を言われると照れちゃうってば」
 照れ隠しに俺の背中をバンバンと平手で叩くカモちゃんさん。
「しかし、よくあれだけたくさん買う金があったもんだ。新選組は貧乏だと聞いてたが」
「最近、アタシが遊びに行くと、どこのお店でもお小遣いをくれるの☆」
「大和屋の一件が効いてますね」
「あんまり派手にやんなよ。あとで苦情があたしんトコに来るからな」
 けーこちゃん様が渋い表情になる。
「だいじょーぶ☆ アタシはあくどく儲けてる所からしか貰わないから☆」

「ところで近藤さんと土方さんの切腹はどうなったんですか?」
“島田っ! せっかく松平様が忘れてるものを、この馬鹿っ!” 土方は口に出さずに島田を罵倒した。
「ん〜、芹沢からハンバーガーを追加で貰ったからなあ。今回は特に許してつかわす」
「ははっ」 近藤さんと土方さんが平伏する。
「でもハンバーガーで助かっちゃうあたしたちの命って一体・・・」 近藤さんが涙目だ。

「ところで、けーこちゃん、一体、何しに来たの?」 カモちゃんさんがいつものようにストレートに切り込む。
「うん。ウチの公用方の外島から聞いた話なんだけど、水口みなくち藩の公用方と会った時に『新選組が乱暴で困る』って愚痴グチられたそーなのよ」
「歳江ちゃん、アタシら水口藩に何か迷惑かけた事あったっけ?」
 新選組の事は副長の土方さんが一手に取り仕切っているので、カモちゃんさんは土方さんに尋ねた。
「いえ、特にそのような事はありませんが・・・」 かれた土方さんも首をかしげる。
「だよねえ」
「大和屋の件ですかね?」
 土方さんが情報操作の為に瓦版かわらばんいたので大和屋砲撃の一件はつとに知れ渡っているからだ。
 ・・・実際に大和屋の蔵を破壊したのはカモちゃん砲ではなく、永倉のハンマーではあるのだが。
「いや、新選組が乱暴だというのはあたしが身を持って体験した」 うむ、と重々しくうなずくけーこちゃん様。
「今回の件は、ひらにご容赦を」 土方さんが平伏する。
「まあ、それはさっき許したのでOKなんだが」
「ははっ!」 土方さんが平伏する。近藤さんは話について来てないらしく、一瞬遅れて土方さんにならって平伏する。

「で、水口藩はどうするんですか?」 俺がズレた話題を元に戻した。
「ん〜、アタシのせいでけーこちゃんに迷惑がかかってるのはちょっとなあ」
 どうやら好き勝手に暴れているという自覚はあるようだ。
「心配するな。いつものことだ」 とけーこちゃん様はにべもない。
「仕方ないなあ。アタシがびを入れて来ようか?」
「ええっ! カモちゃんさんが!?」
「何でそこで驚くのよ?」
「普段のカモちゃんさんなら、絶対に殴り込みに行くと思いまして」
「天狗党時代のアタシならやったかもしれないけど」
「大人になりましたねえ」 しみじみと俺。
「そ、いつまでも小娘じゃいられないのよ」
「じゃあ、芹沢・・・」

「いえ、そのお役目、どうか近藤に!」 けーこちゃん様がカモちゃんさんに命じる前に土方さんが口を挟んだ。
「近藤も局長なれば、この一件、近藤に収めさせて下さいませ」
「・・・ん、別にいいよ。ゆーこにまかす」 一瞬の逡巡の後、けーこちゃん様が近藤さんに下知げちした。
「ははっ」 土方さんが頭を下げ、続いて近藤さんも頭を下げる。
「水口藩の公用方を招いて祝宴を張り、もてなしたいと存じます」
「わあい、宴会だあ☆」
「・・・カモちゃんさん、この時期の宴会は何か嫌な予感がするのですが」 と俺。特に雨の日は要注意だ。
「何をわけの分からぬ事を言っておるのだ。島田の意見は却下する」 土方さんによって俺の意見はあっさりと却下されてしまう。
「ふ〜ん、ま、いいわ。委細任す。あたしは黒谷に帰るわ」
「んじゃ、アタシが送ってく〜」
 帰り道で何かあっては大変なのでカモちゃんさんと俺、そして永倉の隊が護衛に就く事になった。


 松平けーこちゃんを送り出した壬生屯所では、近藤が土方相手にぶうたれていた。
「ねえ、トシちゃん、何であたしが謝りに行かなきゃならないの?」
「最近、芹沢さんばっかりが目立ってるから、ここらで近藤も何か世間の耳目を集めることをやって、どっちが新選組局長として相応ふさわしいか見せつけねばな」
 大坂ではキンノーの本拠地を壊滅させ、さらに大坂力士を手なずけた。しかも先の大和屋事件の事もあり、新選組のカモミール・芹沢の名声は高まっている。対して、近藤は押しが足らない事もあり、今一つだ。良くも悪くも局長として目立ってるのは芹沢で、近藤の影が薄い。これは近藤による新選組の一局支配を目指している土方にとってはなはだ都合の悪い事なのだ。
「すごーい、トシちゃん。あの一瞬でそこまで考えてたんだ」
「ふっ、まあな。新選組の局長が謝りにくれば先方も悪い気はするまい」
「謝りに行くんだから、誠意を見せるために、刀は置いて行くべきかな?」
「いや、水口藩邸は東山だ(※現在の東山区役所の辺りに水口藩の京都藩邸があった)」
「清水寺に行く途中の辺りだね」
「途中でキンノーに出くわさんとも限らん。原田とそーじの組を連れて行こう」
「大勢で行った方が、誠意があると思われるかな?」
「うむ」



 そして近藤さんと土方さんがそんな会話をしてる頃、俺たちは黒谷に向かう途中だった。京娘を新選組が護衛するという奇妙な絵が出来上がっているので、できるだけ大通りを避けて裏道を行く。
「うーむ、土方ちゃんがああ出るとは思わなかったな」 けーこちゃん様が腕組みしてうなった。
「アタシを謝りに行かせたかった?」
「違う。その逆」
「逆?」
「芹沢、水口藩についてどれぐらい知ってる?」
「ぜ〜んぜん知らない。島田クンは?」
「いや、俺もさっぱりです」 カモちゃんさんと俺は両手の手の平を上に向けてトホホのポーズをとる。
「ふむ、ま、いいわ。
 水口藩ってのは琵琶湖の南に位置する交通の要衝にあって、石高は2万5千石」
「大名ですね」 と俺。
「藩主は加藤家。で、やっかいな事に水口藩は藩を挙げてのキンノーなんだな、これが」
「いくらキンノーでも、相手は大名だから新選組には手は出せないわよ」 と、カモちゃんさん。
「そーかな?」 けーこちゃん様の眼鏡がキランと光った。
「そうかなって、まさかけーこちゃん、アタシに水口藩とケンカさせる気だったの?」
「そ。新選組の活動は、京都守護職のあたしが命じてやらせてるんだ。たかだか2万5千石の小大名の、それも公用方ごときが口を出して良い問題じゃない。しかも新選組を非難したってのは、それを認めたあたしを非難したって事だ」
「つまりけーこちゃんに売られたケンカだけど、23万石の会津藩が表立って動くと外聞が悪いから、いつものようにアタシがやるわけね」
「うん。そのつもりだった」
「でも大名とケンカしても勝てないんじゃ・・・・」
「新選組には『一統武器差支無之候いっとうぶきさしつかえこれなくそうろう』の許可を出してるじゃん」 武装自由という事である。現代は銃刀法があるが、この時代も似たようなもので幕府の許可なく大砲や鉄砲を所持することは許されなかったし、武士身分以下の者が帯刀する事すら許されてなかった。新選組は特例として武装が許されてたし、だからこそカモちゃんさんが個人で大砲を所有してたりするのである。
「水口藩は大名とは言っても、所詮は2万5千石の小藩。その兵力は足軽を含めても侍が150名程度」
 士農工商の身分制があるため、2万5千石だとその程度である。侍は加藤家直属の家臣団しか居ないという事なのだ。
「大砲だって持ってないだろうし、しかもさむらいったって、この御時世じゃ官僚と化してるから実際の戦力としては新選組の半分以下なんじゃないかな?」
「・・・そういうもんなの?」
「そーゆーもんよ。ま、後ろであたしも睨みを利かすし。キンノーならば大名家だろうが何だろうが容赦しないって所を見せつけるチャンスだと思ったんだけどな」
「じゃあ、何で?」
「まー、土方ちゃんが張り切ってるから、たまにはいいかぁって思って」
「ひょっとして近藤さんが失敗すると?」 俺が口を挟む。
「うん。たぶん」 俺の問いにけーこちゃん様が答えた。
「ゆーこちゃんには悪いけど、その次がアタシの出番ってわけね」
「うん、よろしく頼むわ」
「ま〜かせといて」
「島田クン、聞いての通りよ。帰ったら合戦の準備ね」
「はい」
「よっしゃー、また暴れるぜ!」 話を聞いてたらしい永倉アラタが歓声を上げる。それに呼応するように2番隊の隊士達が手槍を高々と掲げ、喚声を上げる。
「いいのかな〜?」
「あたしが許す。でも当局はいっさい関知しないからそのつもりでな」 スパイ大作戦じゃないんだから・・・。
「ま〜かせて☆」
「いや、当局が関知しなかったら、俺たちが困るのでは!」
「死してしかばね拾う者なし!」
「それは違う番組です!」 まあ、似てはいるな。うん。



「ただいまぁ・・・って、みんな何してるの?」 近藤さんたちが屯所に帰って来た。
「あ。ゆーちゃん、おかえり。見てのとおり合戦の支度だよ」
 掛矢かけや(大工さんが使う巨大な木槌)のタガを締め直しながら答える永倉。永倉はこの巨大な木製のハンマーを普段の武器として使っている。木槌の頭は木の塊なので割れないように鉄のタガで締めているのだ。また、この鉄のタガを使って相手の刀を受けることもできる。実は合理的な武器なのである。
「合戦って、どこと?」
「いや、それ以前にその命令は誰が出した?」 近藤さんの後から入って来た土方さんが重ねて問う。
「は〜い。アタシでーす☆」 カモちゃんさんが笑顔で挙手する。
「芹沢さんか・・・で、どこといくさする気ですか?」
「もちろん水口藩に決まってるじゃない☆」
「え、水口藩と?」 近藤さんが怪訝そうな表情をする。
「そ。おびに出向いた新選組の局長を追い返すような奴らには礼儀を教えてあげないとね☆」
「あたしたち追い返されてないよ?」
「え?」
「コホン。水口藩公用方の松本礼次郎殿からの詫び状を預かってきた」
「・・・詫び状?」
「うん。これ」
 近藤さんが懐から書状を取り出し、カモちゃんさんに見せた。書状を受け取ったカモちゃんさんがパラリと広げる。
 俺はカモちゃんさんの横から覗き込んだ。達筆な毛筆で書かれている。内容を斜め読みすると、今回の件は不用意な発言で、新選組を愚弄する意志はなく、まことに申し訳ないという意味のことが書いてあった。
「謝罪文ですね」
「何で謝りに行って、謝罪文をもらって来るのよ!?」
「さ、さあ?」 近藤さんは戸惑っている。
「ま、これも一重に近藤の人徳という奴だな」 土方さんは得意そうだ。
「きっと怖かったんですよ」 土方さんの後ろからそーじ(※沖田鈴音)がぼそっとつぶやいた。
「あ、そーか。近藤さんが新選組でも精鋭のそーじと沙乃(※原田沙乃)の隊、20名を連れて行ったから、新選組が逆上して攻めて来たと勘違いしたんだ。新選組が乱暴だと言ってたのは向こうだし、藩邸は領事館みたいなものだから軍が常駐してるわけじゃないし。ビビったんだな」
「やっぱり刀と槍は置いて行った方が良かったかな?」
「丸腰で京の街を歩くなんて、自殺行為よ。特に沙乃たちは新選組なんだからね」
「沙乃ちゃんの言う通りです」
 だからっつーて、新選組の平隊士達は、ギラつく穂先の手槍を持ってるし、近藤さんは銃を持ってるし、フル装備の新選組が玄関先に現われたら、そりゃー怖いだろう。

「・・・相手から詫び状を取って来たと言うことは、今回の一件は、これで終わりよね」
「そうなりますね」
「アタシの出番は!?」
「なくなりましたね」
「うそー、アタシまだ何も活躍してない〜!」

「ま、今回は私の勝ちだな。それでは今回の勝負の賞品として島田をいただいて行くぞ、芹沢さん」 土方さんがそう言って俺の手を取る。
「いつから何の勝負になったのよ!?」 予想外の土方さんの行動にカモちゃんさんがパニクる。
「まあまあ、カーモさん、これで丸く収まるわけだし。水口藩邸で交渉したのはトシちゃんだし。島田くんを一晩ぐらい譲ってあげようよ」
“近藤さん、俺は犬か何かですか?”
「それでは島田に選ばせよう」

【好きな物をお選び下さい】
・土方さんと行く。
・カモちゃんさんと行かずに土方さんと行く。
・と見せかけて近藤さんと行かずに土方さんと行く。

「何ですか、この卑怯な選択肢は!」
「三択だぞ」


「トシさん、まだあきらめてなかったんだ」
「さすがトシさん。半端じゃない執念ね」
「しかも選択肢のHTMLに手が加えてあるから、反転させないと全部読めないよ」
「あぶり出しみたい・・・」
「で、どれを選んでもトシさんになるわけだ」
「さすがトシさん。やることがあくどい」
「ケホケホ。島田さんのどこがそんなにいんでしょうか?」
「と言うより島田が芹沢さんのものだから奪いたいんじゃない?」
「トシさん、昔から人の物を欲しがる人だったもんなあ」


「外野、うるさい。島田、行くぞ」
「はい」 どれを選択しても結果は同じなのである。
「あ〜ん、島田クーン」 後ろではカモちゃんさんが地団駄を踏み、近藤さんが「まあまあ」となだめていた。




 戦利品であるらしい俺は、土方さんに連れられて壬生から北上し、上七軒辺りまで来ていた。2人とも隊服を脱いでおり、傍目には一体どう見えるのだろう? おそらくカップルには見えないと思うので、女上司とその部下・・・ってそれはそのまんまだな。 つーか、こういう場所に来るって事は、この後、土方さんとあんなことやそんなことやこんなことをしてしまうのか!? ・・・・いや、きっといつものように期待させるだけさせてだまされるに違いない。

 この辺りは北野天満宮の門前町だ。二条城の北に当たるこの近くには西陣の大店おおだなが立ち並んでいるため、旦那衆の遊ぶところが上七軒で、それより手前(壬生から見て)の五番町の辺りは職人の遊ぶ遊里だ。また上七軒と五番町を結ぶ道筋にある下之森にも遊里が広がっており、客筋こそ違うものの、この一帯は、そういう独特の雰囲気のある街だ。
「よし、ここにしよう」
 土方さんは門柱に『貸し座敷』と書いた門行灯かどあんどうのある店の前で立ち止まった。
「あ〜の〜、土方さん、ここが何だか知ってるんですか?」
「部屋を貸してくれるのだろう?」
「えーと、江戸風に言うと出合い茶屋ですが」
 更に分かりやすく横文字に翻訳すると『ラブホテル』略して『ラブホ』である。
「現代風に言うとブティックホテルだな」
“知ってて俺を誘ったということは・・・これは、やはり!”
「普通のカップルに見えるように、島田、腕を組め」
「普通は女性の方が腕を組んで、もっと近寄るんですよ」
「ふむ、なるほど、こうか」
 土方さんが俺のひじに腕を絡め、体を寄せて来る。ああ、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。腕にぽよぽよと当たるのは土方さんの豊かなモチ・・・もといチチ。
「でも何で上七軒まで来たんですか?」
「島原辺りは新選組の馴染なじみだからな。ここならば新選組の人間と分かるまい」
「おお、なるほど」 つまりは隠れた密会というわけだ・・・と期待させておいて裏切るのが土方さんの常だからなあ。


 そんなこんなで俺たちは2階に通された。すでに布団が敷かれており、枕は2個である。
「さて・・・」 いきなり土方さんが脱ぎ始めた。上着を脱ぐとネクタイをしゅるりと解き、ブラウスのボタンをプチプチと外していく。
「ひ、土方さん、いきなり何を!?」 思わず声が裏返ってしまった。このに及んでも期待を裏切られるに違いないと思ってた俺は土方さんのいきなりのこの行動に驚いた。
「こういう所では女が脱ぐものだろう?」
「そ、それはそうですが!」 既に上を脱ぎ終わった土方さんはプリーツスカートのホックに手をかけている。
「お前も脱げ」
「よ、よろこんで!」 苦節20年(20年もってないが)ついに俺の苦労がむくわれる日が来たか! 感慨無量である。

 土方さんは下着姿になった。
 そして下着姿のまま布団の上にちょこんと正座した。釣られるように俺も畳の上に正座する。割と間抜けな構図だ。
「え、えーと・・・」
「どうした、見たかったのだろう? 存分に見ていいぞ。折角お前がくれたものだからな」
 そう言って土方さんが長い黒髪を掻き上げて、ポーズを取る。実に色っぽい。そしてよく見ると、土方さんが着ているのは俺が贈った西陣織の下着だ。猩々緋の紗綾形さやがた紋様の地に桜吹雪が舞う華麗なデザインのものだ。
「あ、あの〜」
「何だ?」
「下着姿なんですから、もう少し、こう、乙女の恥じらいとかですね」
「露出度は水着と変わらんし、しかもこの派手な柄では水着と何ら変わる所がない。何を恥ずかしがる必要がある?」
 逆に堂々とされてしまった。こうなるとこっちが気後きおくれしてしまう。
「さて、では報告を聞こうか」
「は?」
「けーこちゃん様が帰られて、芹沢さんは水口藩との合戦の準備をしていた。
 それまでは、謝りに行こうとしていた人物がだ。行動が正反対ではないか。
 ・・・また松平様から何か密命が下ったのではないか?」
 土方さんが仕事モードに入っている・・・・。甘く楽しい時間はどうやら来ないっぽい。トホホ。
「かくかくしかじかでした」 俺は一瞬で説明を終えた。日本語は便利だ。
「なるほど。すると近藤が水口藩から詫び状を取って来たのは松平様のご意向にもかなうな」
「そうですね」
「どうやら松平様は、新選組を捨て駒と見ておられる節があるからな」
「俺たちは浪人ですしねぇ」
「確かに我々は浪人の集まりだが、だからといって使い捨てられてはかなわない」
「はい」
「芹沢さんが暴れるのは良いが、それで新選組が潰されたでは、こちらが困るのだ」
 腕組みして唸る土方さん。だが下着姿なので、あまりさまになってない。
「よし、では帰るぞ」
 そう言うと、土方さんは再び服を着直し始める。
「ええっ!」
「もう十分に堪能しただろう」
「あのー、ここが何をする所か、土方さん、知ってます?」
「人目を忍んで、男女が服を脱いでむつみ合う場所だ」 大真面目に答える土方さん。
“ひょっとして土方さん、『むつみ合う』の意味を分かってない???
 こ、ここは俺が正しい男女の睦み合いを教えてあげなければ!” というかもう収まらないし。

 俺は使命感(?)に燃えると、土方さんに飛びかかった。幸い刀は俺の後ろの刀架に架けてある。いきなり斬られる心配はない。
「土方さーーーーんっ」
 服を着てる途中で両腕の塞がってる土方さんは避けることも出来ず、俺は布団の上に土方さんを押し倒した。ふふふ、こうなってしまえば、こっちのもの・・・・
「あれ?」
「し・ま・だ〜!!!」
 おかしい。俺が土方さんを押し倒したはずなのに、俺の方が土方さんの下になっていて、しかも両腕を後ろに押さえられて身動きができない。さすが副長、見事な体捌たいさばき!
「おや?」
「『おや?』じゃない! 何のつもりだ、貴様!」 ああ、土方さんが怒っている。う〜む、頭の上にツノが見えそうだ。
「え、いや〜、せっかく布団が敷いてあるから寝技の練習でもしようかと」
「そうか、寝技だな」
 土方さんが四肢を俺に巻き付けて来る。
“おお! お肌の触れあ・・・・”
「ぐあ!」 もちろんお肌の触れ合いなどではなかった。ギリギリと体が締め付けられていく。
“く、苦しい” 俺の力を持ってすれば華奢な土方さんを振りほどくなど造作もないことだ。しかしながら力が加えられるにつれて、より密着する大腿と、背中に押し付けられる2つの胸の感触が心地よくて俺は逃げることができない!
「これは気持ちい、い・・・痛い! 土方さん、ギブ、ギブ! 関節が外れますって!」
「ふむ、ではこうだ」 手は外されたが、土方さんのひじが俺の首に回される。今や2人の身体はぴったりと密着し、これが首を締められてるのでなければ幸せなのだが。
“あ〜、意識が朦朧もうろうとして来た・・・でも、まあ幸せかも・・・”




「お、トシさんと島田が戻って来たぜ」
「トシさんは楽しそうだけど、島田は何か落ち込んでない?」
「落ち込んでますね」
「何か落ち込むような事があったのかな?」
「トシさんの胸がモチだったからじゃないの?」
「それは前回、分かってましたよ」
「じゃあ、今度はどこがモチだったんだ?」


 屯所の長屋門の物見窓に永倉・沙乃・そーじ・近藤さんの4人が張り付いていた。どうやら俺たちの帰りを待ってたらしい。

「ねー、トシちゃん、どうだったー?」 近藤さんが物見窓の内側から声を掛けた。
「ふっ、そういうのをくのは野暮やぼというものだぞ」 余裕で答える土方さん。
「島田は何で沈んでんのよ?」
「ううっ、何も話したくないデス・・・」
「何よ、何も泣くことはないじゃないのよ」


「島田が泣いてるのにトシさんが楽しそうなのは何でだ?」
「あ、分かった」
「ゆーこさん、何が分かったの?」
「ほら、トシちゃんの趣味ってアレじゃない」
「あー」 と納得したような声を上げる沙乃。
「おー」 同じく永倉。
「島田さん、気の毒に・・・」


 何か勘違いされてしまった。しかし、俺が土方さんを不用意に襲った為、あれから下着姿の土方さんに殴る蹴るの暴行を受け、ボコボコにされたのは事実なのであながち間違ってはいない。


「島田の精神的ダメージは大きいとみたわ」
「肉体的なダメージもあると思いますよ」
「島田は頑丈だからなあ。きっとトシさんもイジメ甲斐があったんだぜ」
「島田くん可哀想」
「きっと明日になったら元気になってますよ」
「ま、島田だからな」
「そうよね」






 翌日。皆で朝食を食べていると、カモちゃんさんが竹刀を2本持って現われた。全身から怒りのオーラをみなぎらせている。
「あ、カーモさん。おはようございます」 いつもマイペースな近藤さんは、カモちゃんさんの様子に気付かず朝の挨拶をする。というのはカモちゃんさんはいつも昼ぐらいに起き出して来るので、朝食の場に姿を現すのは珍しいからだ。


「よくもアタシの・・・・島田クンをボロボロにしてくれたわね!」
 どうやら昨夜の俺と土方さんの様子を誰かから聞いたようだ。ちなみに俺は斎藤の隣でふつーに朝飯を食べている。おとこはタフでなければ生きて行けないのだ。
「島田クンを賭けて勝負よ、歳江ちゃん!」
 そう言ってカモちゃんさんは1本の竹刀を土方さんに投げ付けた。

「島田、モテモテだね」 と隣の斎藤。
「よかったら、代わってやるぞ」
「え、遠慮しとく」

「何を馬鹿な事を・・・」 と、まともに取り合おうとしなかった土方さんだが、
「一つ、士道に背くまじき事。敵前逃亡は士道不覚悟で切腹! よね?」
「うっ・・・」
「確かに勝負を挑まれて、受けないのは士道不覚悟だよなあ」 と永倉。
「分かった、受けて立ってやる」
 こうなったら退くに退けず、土方さんも勝負を承知する。




 朝食後、場所を道場に移してから、カモちゃんさんと土方さんの決闘が始まった。土方さんはきっちり面に胴に小手とちゃんと剣道の防具を着けているが、カモちゃんさんは弓道で使う胸当てだけだ。
「カーモさん、防具着けなくていいの?」 審判役の近藤さんがカモちゃんさんに尋ねる。
「そんなの着けて市中巡回やってないじゃん」
「え〜、でも〜」
「それにこれは決闘なんだから。ケガをしたって文句は言わないわよ」
「そこまで言うんなら、いいけど・・・。
 では、トシちゃんとカーモさんの試合を行います。
 先に気絶した方の負けです。
 それでは、構え!」
 近藤さんの合図で、土方さんとカモちゃんさんが竹刀の切先を合わせて、その後同時に跳び退すさる。お互いの間合いを計っているのだ。つーか、気絶するまで戦うとはハードなルールだ。


 土方は焦っていた。己の力量は自分が一番よく分かってる。剣術は我流で、天然理心流では目録取りでしかない。相手の芹沢は神道無念流の免許皆伝。その腕前の程は、先日、大坂で巨漢の力士を一撃で吹っ飛ばした事からも明らかだ。しかも防具を着けてないという事は、それだけ自分がめられてるという事だ。
“だが、そこに付け入る隙があるか?”
「先手必勝ッ!」
 土方が先に仕掛けた。相手は防具をつけていない。つまりどこに当たってもダメージを与える事ができるわけだ。
「セイ、セイ、セイ、セイッ!」
 面に肩口に、胴に小手に、と次々切先を向けるが、どれも竹刀で軽く跳ね返されてしまう。

 更に十数合、渡り合ったが、土方の攻撃は全部芹沢の竹刀で防がれてしまう。しかも反撃をして来ない辺りに芹沢の余裕を感じる。


「ならば!」 土方は竹刀を右片手で持ち、体を右に大きく開いた。土方考案のオリジナル技、片手平突きの構えだ。(後に斎藤がこの技を昇華させて“牙突”を開発する)

 初めて見る構えに芹沢が眉をひそめるが、一瞬でどういう技か見抜いたのであろう、短く気合を発すると、轟然と突きを放った。

 土方が踏み出すよりも速く、芹沢が突きに来る。
「なに?」 虚を突かれる土方。土方にはゴオッと音がしたかのように感じられ、その直後に吹っ飛ばされた。
「ぐはっ」
 バンッ。と道場の壁に背中から叩きつけられた。鳩尾みぞおちに渾身の両手突きを食らったのだ。革胴を着けてなかったら吹っ飛ばされる事なく、身体を貫通されていたかもしれない。
“竹刀でこの威力か!”
「かはっ」 肺から空気が押し出され呼吸ができない。身体も動かない。突かれた衝撃と壁に叩きつけられた衝撃が全身を走る。そのままズルズルと崩れ落ちる土方。

「さーて」 声のした方を見ると、芹沢が悪魔の微笑を浮かべて近づいて来る。
「素直に気絶しとけば、苦しまずに済んだのにね」
 キッと芹沢を睨みつける土方。胸をやられて声は出ない。下から睨みつけるのが精一杯だ。
「負けを認めるなら許してやってもいいわよお☆」
「だ、誰が!」
「あら、そう。残念ね。 じゃ、成敗!」
 芹沢が竹刀を大きく振りかぶる。
「くっ」 土方は、まだ身体が動かない。

“打たれるっ”

 パアン。
 竹刀と竹刀の鳴る音が響いた。土方には当たってない。恐る恐る目を開けると、目の前で島田が芹沢の竹刀を防いでいた。
「島田ッ!」
「島田クンッ!?」 一瞬、驚いたような表情かおをした芹沢だが、すぐに正気に戻る。
「どういうつもりよ? 歳江ちゃんを助けたりして」
「いや〜、何と言うか、体が勝手に動いたとゆーか。
 弱い者いじめは好きじゃないとゆーか。
 本気モードのカモちゃんさんと戦ってみたいよーな」 のんびり答える島田に隙はない。
「いいわよ。島田クンなら相手にとって不足はないわ」 そう言うと芹沢はビシッと竹刀を島田に向けた。

「誰が弱い者だ!」 パシッ。土方が島田を後ろから竹刀で叩いた。
「いてっ。恩人に何をするんですか!」
「弱いくせに何故でしゃばるのだ」
「ん〜、何というか、守ってあげたくなる感じ、みたいな」
「な・・・馬鹿者」 赤面する土方。面を着けてて良かったと感じた。


「えーと、カーモさん、いいの?」
「いいよ。歳江ちゃんじゃアタシの相手にならないもの」
「じゃ、アラタちゃん、沙乃ちゃん。トシちゃんを撤収」
「は〜い」「分かったわ。ゆーこさん」

「こら〜、引きずるな〜」 土方さんが道場の床を引きずられて行く。土方さん、退場。


「では・・・」
 俺も竹刀を正眼に構える。守りの堅い防御の構えだ。そのままジリジリと右に回って間合いを探る。カモちゃんさんの構えは、いい加減な中段。はっきり言って隙だらけだ。
“うーむ、わざとらしく誘ってるなあ” 達人の見せる隙は罠である。小手を打ちに行けば面を食らい、面を打ちに行けば胴を抜かれる。
「ふうん。さすがは島田クンね。じゃあ!」
 俺が誘いに乗らないと見たカモちゃんさんが上段に振り上げた。俺は、一瞬胴を抜きに行こうかと考えたのだが、これも誘いかもしれないと考え、様子を見た。
 カモちゃんさんは、そのままの勢いでこちらの肩を狙って袈裟懸けに打って来る。かなり速い。
“深読みし過ぎたか”
 右、左、右、右、左。こちらが跳ね返した反動を使って同じ速さで切り返して来る。竹刀だからできる剣道の技だ。重い真剣ならば、こうは行かない。

 正面! などと思っていたら真正面から面が来る。
「てい!」 俺は身をかわして、今度こそガラ空きの胴を狙いに行くが、カモちゃんさんが手元に引き戻した竹刀の柄頭でブロックされた。
「やるわね」
「カモちゃんさんこそ」
 俺たちは不敵に微笑ほほえみ合う。



“芹沢さんと互角だと? 強いじゃないか、島田の奴・・・・”
 道場の床に転がされたまま(※まだ動けない)土方は思った。
“島田が芹沢さんのお気に入りなのはこういう理由があったのか”
 こう土方が考えてる最中にも、竹刀を打ち合う音と、短い気合の声が聞こえてくる。
“芹沢さんには男を見る目があるということか・・・”
“この強さならば、私の側に置いてもよいな・・・いや! そーゆー意味ではなく!”
 頭の中で一人ボケツッコミを展開する土方。
“それに島田もまんざらでもなさそうだしな” 昨夜は襲いかかられ、今また助けられた。意外と島田も自分に気があるのかもしれない。そう考えて赤面する土方。またしても面を着けていて良かったと思った。



「島田も割とやるわね」
「島田は芹沢さんが技を出す機兆きざしを読んでるんだ」
 ポテチを食べながら観戦中の2人。目の前には土方の体がまだ転がっている。
「何で島田にそんなもんが読めんのよ?」
「アタイが昔、教えたもん」
「はあ?」
「江戸にいた頃、心形刀流の坪内道場で師範代のバイトをやってたんだ」
「あんた色んな事をやってるわね」 呆れ顔の沙乃。
「島田はそこの内弟子だったから、アタイが稽古をつけてやった。まあ、島田も新陰流と心形刀流の免許皆伝だったから、後の先の基礎は出来てたけどな」
「なるほどね、芹沢さんも神道無念流の使い手だから、アラタと同流なわけね」
「そーゆーこと」
“島田が心形刀流と新陰流の免許皆伝だと? 初耳だぞ” と2人の前に転がったまま土方は思った。


 一方、2人の戦いは佳境に差しかかっていた。島田は経験から芹沢の手を読み切り、逆に心形刀流の技を繰り出せば、芹沢はその先天的な強さで、辛くも躱すという一進一退の攻防が続いていた。

「や、やるわね」
 カモちゃんさんの表情から余裕がなくなって来ている。カモちゃんさんの繰り出すあらゆる手を俺が読み切ったからだろう。とは言え、俺の方も弱っていた。カモちゃんさん、防具を着けてないから、下手に本気で打ち込んで、ケガさせたら困るし。かと言って本気を出さないと試合が終わりになりそうにないし・・・ここは一つ、柳生新陰流の車剣でも使って相手の竹刀を飛ばすか・・・・カモちゃんさん相手に、この手が通じるかいな? 相手が達人なだけにはなはだ疑問が残る。カモちゃんさんの顔を立てる為に、ワザと負けてみせても、みんな剣の達人だから気付くだろうしなあ。どうしたもんかなあ。

「仕方ないわね。この手だけは使いたくなかったけど・・・」
“なに? 何か必殺技があるの?”

「神道無念流奥義!」
 俺は身構えた。


「ああっ! 歳江ちゃんが脱いでる!」


「ええっ!」 思わず俺は土方さんの方を振り向いてしまった。ようやく動けるようになったらしい土方さんが防具を外している所だった。

「・・・・面を」

 カモちゃんさんの方に向き直った時には、猛烈な打ち込みが迫っている所だった。

「うおおっ! ひ、卑怯な!」
「ヤダなあ、島田クン、この程度で。未熟だぞ☆」 笑いながらカモちゃんさんが打ち込んで来る。
 パンパンパンパンと竹刀が鳴るが俺は後退を余儀なくされる。

「トドメ! へーちゃん、そーじちゃん、スカートをぱたぱたさせて! 局長命令よ!」
 その言葉に俺は思わず目でへーとそーじの方を追ってしまう。そこでは命令に従い2人がスカートに手を・・・・。
「めーん!」 スパーンと、竹刀が俺の額を打った。
「あうっ」



「ねえ、アラタ、今の何てワザ?」
「ん〜。撃剣館では習わなかったなあ」
「もしかして神道無念流の奥義って色仕掛け!?」
「んな、アホな」
「そうよねえ」
「っていうか、島田も馬鹿だなあ。あんな手に引っ掛かるなんて」
「馬鹿よね」

「ぱたぱたした方がいいのかな?」
「もう勝負がついたからしなくていいと思いますよ」
 同じく観戦中だった藤堂たいらと沖田鈴音も呆れている。



「さ〜て、浮気者の島田クンにおしおきしちゃおうかな☆」
「うー、うー」 俺は頭を押さえてうずくまっている。まともに面を食らってしまった。
「そうはさせん!」
 竹刀を振りかぶるカモちゃんさんの前に土方さんが割り込んだ。

「あら? あらあらあらあら? どーゆーつもりなのかな、歳江ちゃん?」
 ああ、カモちゃんさんが笑顔で怒ってる。ここは俺が1発食らって気絶しとけばそれで良い局面なのに、なんで土方さんが出て来るんだ? 余計に話がこじれるじゃないか。
「ふん、島田をあんたの好きなようにはさせん!」
「あ、そーか。そういえば、アタシは歳江ちゃんに決闘を申し込んだんだったよ。島田クンとの試合が楽しくて忘れてたな、うん。
 じゃあ、歳江ちゃんが気絶するまで、容赦なくちのめしちゃおうかなあ」
 笑顔のカモちゃんさんが恐い。
「くっ」 土方さんは動けない。
“何しに出て来たんだこの人は〜!!!”

「成敗!」 カモちゃんさんが竹刀を振り上げる。
 俺はとっさに土方さんの体に手を回し、場所を入れ替えた。

 バシッ。
「いてっ」 俺の肩口に竹刀が食い込む。
「島田っ」“私をかばってくれるのか” その健気けなげさに思わず胸がキュンとなる土方。
「あら、島田クンったら☆ こうなったら2人まとめて、成敗!!!」
 竹刀の乱打が容赦なく俺の体に加えられる。俺は土方さんを抱き込んで、彼女を守った。 カモちゃんさんの狂気の笑い声の響く中、俺の意識は遠くなって行った。



「おや?」 気付いたら、陽が傾いていた。
「はっ! 俺の1日が何もしないうちに終わってしまったあ・・・あ、いてて」
「無理をするな。芹沢さんが容赦なく叩いたからな」
 枕元に土方さんがいた。どうやら俺は寝かされていたらしい。
「俺は今まで寝てたんですか?」
「寝てたというか、気絶してたというか。傷口が熱を持っていてな」
「ああっ! 全身が痛い!」
 言われるまで気付かなかったのに。
「石田散薬を飲ませて寝かせておいたのだ」
「俺、気絶してたのにどうやって薬を飲んだんです?」
「細かい事は気にするな」 ちょっと土方さんの頬が赤くなる。



 ちょっとの間、会話が途絶えた。
「その・・・すまなかったな」
「えっ」 土方さんは俺から顔を背けているが、顔が更に赤いような。
「だが、ちょっぴりときめいたぞ」
「ええっ。今何と!」
「馬鹿者! 二度は言わん!」
 土方さんが怒ってみせるが、明らかに照れ隠しだ。
“こ、これは全身打撲と引き換えに、土方さんが俺に惚れたかもしれん!”
 そうとなれば、この程度のケガなど安いものだ。あとはカモちゃんさんの方だが・・・。
「そういえば屯所が静かですが、みんなはどうしたんです?」
「うむ、実はな・・・」
 そう前置きして土方さんが語り始めた。

 朝のカモちゃんさんと土方さんの決闘の後、戸田栄之助という直心影流の道場主のじいちゃんが尋ねてきた。戸田道場は水口藩の半抱え(水口藩から禄はもらっているが、藩士ではない。これは新選組の立場が『会津中将お預かり』なのと似ている。京都守護職会津藩の配下で会津藩から給料が支給されているが、新選組はやはり浪人の集団で会津藩士ではない)で、水口藩邸の留守居役から調停を頼まれたのだ。
 くだんの詫び状のけんが国元に知れれば、公用方の切腹はまぬがれない。所詮、新選組は浪人の集団であり、脅されて詫び状を書いたなぞ、武士として言語同断だからだ。
 それで水口藩半抱えの戸田栄之助が新選組屯所に出向いて来て、頭を下げたのである。今回の件には全く関係のない戸田に対して何の遺恨のあるはずもなく(相手は爺ちゃんだし)、新選組は詫び状を返すことになった。その手打ち和解の宴を島原の角屋で行うことになったのだ(費用は全額水口藩持ち)。

「せっかくの宴会なのに土方さんは出なかったんですか?」
「お前を一人にしておくわけにもいかんだろう」
「申し訳ありません」
「いや、お前がケガをしたのは、私をかばっての事だからな」
「怒り狂ったカモちゃんさんは恐ろしいですからねえ」
「それでも山崎の話だと、全部急所は外してあったそうだ」
 うーむ、さすがカモちゃんさん。

「・・・傷が癒えたら、また上七軒にでもでかけるか」
「えっ」
「お前は、そういうのが好きなのだろう?」
「そりゃ、男として大好きですが」
「そ、そうか。
 まあ、その、何だ。今回の件の借りを返す意味もあってだな。
 いや、別に、私が島田に抱かれたいとかそういう思いじゃなくてだな・・・って何を言わせる!」
 土方さんが耳まで真っ赤になる。
「俺は何も言ってないです」
「そういう事だ。大体、お前が芹沢さんの馬鹿な手に引っ掛かるから、こういう事になるんだ!」 また照れ隠しで怒る土方さん。
「あれはおとことして致し方なく!」
「威張るな!
 まあ、その何だ。島田が欲求不満だった原因は私にあるわけだし。
 その、だな・・・ええい、まだるっこしい! どうせ屯所には誰もいないんだ!」
 土方さんは叫ぶと、俺の上にのしかかってくる。
「ぎゃっ、痛い。痛い」
「あ、す、すまん」 

 などと俺たちが漫才のような事をやっていると、玄関がガヤガヤと賑やかになった。
「お、帰って来たな・・・」
 土方さんはそさくさと立ち上がると、玄関の方まで出迎えに行った。


「なにーっ」
「馬鹿な、それで?」
「近藤は何をしていたのだ!」
「えっ、松平様が!」
 何やら土方さんが叫んでいる。宴会で何かあったかな?

 ドスドスと板張りを踏んで土方さんが戻って来る。宴会に出ていた山南さんやそーじ、へーも一緒だ。どうやら彼らは呑んでなかったらしい。
「何があったんですか?」
「いや、今朝の件があっただろ? あれで芹沢君が荒れてね」 と山南さん。
「あ〜。また暴れたんだ」
「あれは暴れたというレベルじゃないです」 とそーじ。
「お店、半壊しちゃったよ」 とへー。
「誰も止めなかったんですか?」
「ゆーこは早々と酔っ払って一緒になって暴れてたし、それにアラタと沙乃が加わってね」
「唯一、芹沢さんを止められそうな島田さんは屯所で寝てましたし」
「お前が止めろ、山南!」
「僕には無理だ」 あっさりと答える山南さん。
「松平様がどうとか聞こえましたけど」
「実は、隊士の中に松平様が混ざっててね」
「なんで!?」
「お忍びだったみたいだよ。新選組の隊服を着てたし」 とへーが答える。
 例の変装が進歩したみたいだ。
「宴会が始まる前に、ちょっと揉めてたこともあって、松平様が煽ったんだよ」
「もうどうにも止まりませんでした」 山南さんの言葉をそーじがまとめる。
「揉めたって、まさか水口藩と!?」
「あたしたちが先に角屋に着いたんですけど、予約が入ってないって、追い返されたんです」
「水口藩の手違いで、新選組を招待すると角屋側に伝えてなかったみたいなんだ」
「手違いというか、わざとだろうな。藩が浪人集団を接待するなぞ、面目にかかわる。ということだろう」 腕組みした土方さんが唸る。
「しかも角屋も新選組が客というのが気に入らなかったんだろうな。芸妓は居たが、角屋の仲居が一人もいなかったんだ」
 芸妓は島原の置屋から座敷に呼ばれるが、宴を進行させる仲居は角屋の人間である。それが居ないという事はもてなす気がないという事なのだ。
「それであんまり機嫌の良くなかった芹沢さんの機嫌は、ますます悪くなるし、けーこちゃん様も怒ってたし」
「ごほん」 カモちゃんさんの機嫌の悪かった責任は土方さんにあるので、土方さんは咳払せきばらいしてごまかした。
「何とまあ。で、どうなったんだ?」
「角屋の2階で芹沢君達が暴れて、角屋は不埒であるとして7日間の営業停止を命じてしまった」
「新選組にそんな権利があるんですか!?」
「あの状態じゃ、どっちにしろ営業できないと思うよ」
「水口藩はどうなったのだ?」 と土方さんがく。
「真っ先に逃げてました」
「巻き添えを食ってはかなわないからだろう」
「で、俺たちはどうなるんです!?」
 角屋から奉行所に訴えられでもしたら・・・。
「幸いな事に、お忍びの松平様が混ざってたから、何事もないとは思う」
「しばらく、島原には近寄れないね」 へーがため息をつく。
「まあ、今回の件は、色々重なったからね。明日も早い。みんな、もう休もう」
「起こってしまった事を嘆いても仕方があるまい。近藤は明日にでも私が叱っておく。島田も休め」
 こうしてこの場はお開きになった。




 翌日、石田散薬のおかげですっかり回復した俺だが、屯所のどこに行ってもカモちゃんさんがいない。最後に副長室にやって来た俺。
「土方さん、カモちゃんさんを知りませんか?」
「昨夜からずっと部屋に引きこもっているようだな」
「・・・謹慎してるんですかね?」
「そんな殊勝な奴とは思えんがな」
「俺が行って見て来ましょう。きっと暴れたことを反省して落ち込んでるんですよ」
「芹沢さんの事がよく分かるんだな」
「俺はカモちゃんさん係ですから」
「新選組に迷惑をかける奴なぞ、このまま静かにしていてくれれば良いのだがな」
「放っておいたら、更に暴れるようになりますよ。俺が行って慰めて来ましょう」
「島田、その、何だ。嫌なら別に無理して行かなくてもいいんだぞ」
「今のカモちゃんさんには俺が必要なんですよ。じゃ、行って来ます」
「あ・・・う、うむ」

 島田を見送る土方の心の中で、何かがチクリと痛んだ。



「カモちゃんさん、島田です」 中から返事はない。
「入りますよ」 断ってから部屋の中に入る俺。
 障子を閉め切った室内は薄暗く酒臭い。床に徳利が幾つも転がり、カモちゃんさんが部屋の隅の方にいた。身体を丸め、両膝を腕で抱き抱えている。
 俺もその横に無言で腰掛ける。
「歳江ちゃんの所に行けば?」 突っ放したように、そう言うカモちゃんさん。
「俺はここがいいんです」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
 しばらく無言の時間が流れた。
「みんなに迷惑をかけて悪かったって思ってるよ?」
「最初にカモちゃんさんを挑発したのは、土方さんですし」
「そーだよね、悪いのは歳江ちゃんだよね!」
「・・・・」
「ううん。本当はアタシが悪いって分かってるんだ。島田クンだって、こんなアタシよりも歳江ちゃんの方がいいに決まってるんだ」
「決まってませんよ」
「じゃあ、なんで歳江ちゃんの方に行ったのよ!」
「そりゃー、俺はおとこですから」
「何よ、それ」
二又ふたまたおとこ浪漫ロマンっす。できれば三又みつまたとか四又よつまたも希望です」
「島田クン、さいてー」
「いいじゃないっすかー、俺の人生で初めてモテてるのに!」
「何も泣かなくたっていいじゃない」
「それに土方さんも寂しい人なんですよ。鬼の副長やるのに精一杯背伸びしてますから。どこかカモちゃんさんと似てますよ」
「アタシと歳江ちゃんが?」
「だから俺もかれるんじゃないですかね?」
「・・・今、必死に言いわけしようとしてるでしょ」
「ぎ、ギクッ。で、でもカモちゃんさんも自分の男はモテた方がいいでしょ?」
「そりゃー、そうだけどさ。でも島田クンのは単にエロいだけじゃん」
「人にエロ攻撃をした人がそれを言いますか!?」
「あはは。あれはだってほら、アタシが負けそうだったんだもん」
「あそこで土方さんが出てくるとは思いませんでしたね」
「アタシも思わなかった。あれは島田クンに本気で惚れかけてるね」
「もう一押しですかね?」
「浮気の相談をアタシにしないで欲しいなあ」
「それは確かに」
「ねえ、島田クン、アタシが浮気したらどうする?」
「相手と戦ってカモちゃんさんを勝ち取ります」 きっぱりと答える俺。「まあ、俺ほどのおとこはそうはいないでしょうけどね。ふっふっふっ」
「あ〜あ、何か島田クンと話したら、悩んでたのが馬鹿みたいに思えてきた」
「それだと俺が馬鹿みたいですけど」
「ううん、そうじゃなくて。やっぱり島田クンはアタシの事を分かってくれてるんだなあって。何か安心したらおなか空いちゃった。ご飯を食べに行こーっと」
 そう言って立ち上がるカモちゃんさん。その表情かおにはいつもの笑顔が戻っている。


 かくして塞ぎ込んでいたカモちゃんさんも元に戻り、屯所にいつもの日常が戻って来た。まあ土方さんにちょっとばかしの変化があったのだが、それを述べるのは次の機会にしよう。

(おしまい)

(おまけのSS)
【芹沢】 島田クンを賭けて勝負よ、歳江ちゃん!
【土方】 何を馬鹿な事を・・・。
【芹沢】 一つ、士道に背くまじき事。敵前逃亡は士道不覚悟で切腹! よね?
【土方】 うっ・・・。
【島田】 でも決闘は、一つ、私の闘争を許さず に抵触するんじゃないんですか?
【近藤】 カーモさん、オープニングで、『ケンカをしても、切腹よ〜♪』って歌ってるよね。
【土方】 私の作った局中法度に死角なし!
【芹沢】 忘れてたくせに・・・。


(あとがき)
 水口藩事件をベースに、行殺を書いてたのですが、史実通りにすると面白くも何ともなかったので、手を加えてこんな風になりました。内容的に見ると、別に水口藩事件じゃなくても良かったような気が多少しますです。はい。

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