行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『大和屋事件EX』


 金戒光明寺は京の人達からは『黒谷さん』と呼ばれ親しまれているお寺である。小高い丘をそのまま利用して建てられた寺なのだが、周囲に塀を巡らした城構えで、寺域は4万坪、宿坊が大小合わせて52もあり、1千名の軍隊が駐屯できる設備がある。二条城は幕府直轄の城だが、こちらは有事の際には要塞として使用するために建てられた寺(実際は城に近い)なのだ。そういうわけで文久3年の現在は会津藩主にして京都守護職 松平けーこちゃん様の本陣となっている。

 文久3年8月某日。
 カモちゃんさんと俺は黒谷にある金戒光明寺に来ていた・・・ピザ屋の制服を着て。
「カモちゃんさん、なぜ俺たちがこんな格好をしなくちゃならないんですか?」
 俺はポロシャツにズボン、カモちゃんさんは俺と同じポロシャツ(女性用)にキュロットスカートという揃いのピザ屋の制服姿である。わざわざ今日の為に仕立てさせたものだ。代金はいつものように新選組にツケているので、後から土方さんが怒り狂いそうだ。
「変装よ」
 架空の店の名前ロゴ刺繍ししゅうしたサンバイザーを目深に被っているのはどうやら顔を隠しているつもりらしい。

「ちわー、ピザ屋でーす。ご注文のピザをお届けに上がりましたー」
 金戒光明寺の表門である高麗門を守る会津藩のおさむらいさんに挨拶して門を潜る。向こうは黙礼して通してくれた。ただのピザ屋が呼び止められないはずがないから、これってけーこちゃん様の友達で新選組局長のカモミール・芹沢だとバレてるのでは・・・いや、バレない方がどうかという変装ではあるのだが。

 俺とカモちゃんさんは、三門をくぐり抜け、石段を上り、けーこちゃん様が住まう大方丈を横目に見て、最終的に西翁院の茶室へと通された。
「茶室でピザ?」 貴人の考える事ってよく分からない・・・。
「ピザ屋でーす☆」 カモちゃんさんが笑顔で挨拶する。
「うむ、配達デリバリーご苦労」
「10インチのピザを何枚か持って来たよ。定番のポモドリーニ(トマト)とモッツァレラ(チーズ)のピザと、」言いながらカモちゃんさんが俺のげて来た保温ボックスおかもちから熱々のピザを取り出し、御前に並べる。「それから、サラミとベーコン、マッシュルームのピザ、ジャーマンポテトにチーズがゴーダとモッツァレラの2種類の奴に、シーフードに・・・」
「やー、こういうピザが食べたかったんだよねえ。さすが芹沢、気がくじゃん」
「カモちゃんさん、変装がバレてますよ?」
「だってけーこちゃんからピザを配達してって頼まれたんだもん」
「・・・・」 何のための変装だったんだろう・・・。
「いつも言ってるじゃないか。あたしがピザ屋に電話してもここまで届かないんだ」
 けーこちゃん様はジャンクフードが大好きなのだが、下々の食べ物なので家老の横山さん達に止められており普段は食べられないのだ。
「でもアタシがピザ屋の格好してたら、みんな何かけーこちゃんの特命があって呼ばれたって思うじゃん」
 なるほど、新選組のカモミール・芹沢局長という身分を隠してのお召しと皆が判断したのか。
「ほら、島田君、芹沢の後ろに控えてないでさっさと切り分ける」
「はっ!」 俺は進み出ると、携行していた包丁でピザをそれぞれ8等分する。
「芹沢と島田くんも食べていいよ」
 チーズをたっぷりと使ったピザはボリュームがあるので、一人で1枚食べるとそれだけで飽きてしまうので、こうやって何枚も買って、何人かで分けて食べるのが賢い食べ方だ。
「はっ、有り難くご相伴しょうばんあずからせていただきます」
 カモちゃんさんのお供でなければ、御前を拝す事すら難しい会津の殿様の前なので、俺は恐懼している。
「ん〜、相変わらず島田クンは堅いなあ」
「芹沢が柔らかいから丁度良いんじゃない?」
 サラミのピザをおいしそうに頬張りながら、けーこちゃん様がそう言う。
「そりゃ、アタシは柔らかいけどさあ。ね、島田クン☆」
「はっ、その、えーと・・・」 どこら辺りが柔らかいのか知ってるだけに返答に困る。
「あたしの前で惚気のろけるなよ・・・。ウチにはいい男が居ないってのに」
「けーこちゃんだって、若衆で親衛隊とか作ればいーじゃん」
「若衆で親衛隊・・・・」
「けーこちゃんは偉いんだから、どんな無理な命令でも出来るじゃん」
「美形の若衆で親衛隊・・・ふ、ふふふふふ!」
 けーこちゃん様の眼鏡の丸いレンズがキラリと光る。どういう妄想が渦巻いてるのだろう?
「と、ところで今回は、ピザの配達だけだったんですか?」
 けーこちゃん様がアブナイ世界に行ってしまいそうなので、俺は強引に話題を変えた。
「いや、特命も用意してあるんだな、これが」 はっ、と元の世界に戻って来るけーこちゃん様。
「ゆーこちゃんたちには頼みづらい事?」
「うん。 ・・・芹沢、天誅組って知ってる?」
「来週、五条代官所を襲撃する奴ら?」 来週って、おい!
「そー。十津川郷士の」
「特急あずさ13号ね!」 それは十津川警部だろー!
「あたしは浅見光彦の方が好きなんだけどな」
 駄目だ。カモちゃんさんの頭は不条理で出来てるらしい。そろそろ止めねば!
「ストーップ!! 2人とも、パラメーターが振り切っちゃうような不条理な会話を止めるよーに」
「ちっ」 けーこちゃん様が舌打ちする。「でだ、天誅組なわけよ」
「天誅組というと、先月、油商の八幡屋卯兵衛を殺害して首を三条大橋の制札場にさらした事件ですね」
「そー、それ」 俺の言葉にけーこちゃん様がうなずく。
「わかった! その天誅組を見つけだすのね?」
「連中のトップは公家の中山忠光(明治天皇の伯父の一人)だ。コトが起こるまでは下手に手を出せない」
 公家の監視は京都所司代の役目であり、いくら京都守護職とは言っても、迂闊に手を出せる相手ではない。もちろん会津藩預かりで浪士組である新選組には雲の上の話。公卿の屋敷は治外法権なのだ。
 ちなみにこの時期の京都所司代は稲葉正邦(淀藩主、京都所司代の後、老中に栄転)で、松平けーこの弟で桑名藩主の松平定敬さだあきではない。
犯人ホシが分かってるんですか?」 けーこちゃん様はあっさりと天誅組のトップの名を挙げた。
「我が会津藩の情報収集能力をナメちゃいけないよ。でも証拠があるわけじゃないから、公家には手が出せない。裏には長州系キンノーの真木和泉がいるのも分かってるし」
「じゃあ、どーすんのよ?」
「まあ、そっちはあたしが何とかするからさ、芹沢にやって欲しい事があるんだ」
「なに?」
「天誅組の捨て札の内容って知ってる?」
「天誅組に軍用金を用立てなかったから、悪の商人の八幡屋を梟首したとかじゃなかったですかね?」 と俺が答える。
「押し借りを断られたからって相手を殺すかなあ。アタシらでもそこまでしないのに」
「殺したらお金を取れなくなりますもんね」 そこら辺りが押し借りのツボなのだが。
「一つに八幡屋が異人相手の商売をして巨利を得てたってのがあるんだな」
「いわゆるオイルマネーって奴?」
「それは違うと思います」 カモちゃんさんがボケたのでここは突っ込んでおく。
「で、捨て札には続きがあった。『この余、大和屋庄兵衛およびほか両三名の巨商も同罪たれば、おって梟首すべし』ってね」
「八幡屋は見せしめで、本命は大和屋だったってわけね」
「大和屋は生糸商人で、仏蘭西フランスに生糸を輸出してボロもうけしてるのよ」
 当時フランスではかいこの病気が蔓延しており、織物産業が壊滅的な打撃を受けていた。そこで日本産の質の高い生糸が高値で取引されたのである。
「天誅組に手を出せないんだったら、その大和屋を護衛すればいいの? けーこちゃん」
「実は大和屋が京都守護職あたしんトコに泣きついてきた」
「で新選組の出番なわけね?」
 そーゆー仕事は会津藩の下請けである新選組に回されるのが常だ。だが、今回のは別に近藤さんや土方さんに下知されても良さそうな内容だ。
「ところが、この大和屋が天誅組を恐れて朝廷に1万両の献金をした事が発覚した」
「いちまんりょう!?」 俺とカモちゃんさんの声が唱和すハモる。
 今の金額に直すと約2億円。とてつもない金額である。
いやしくもキンノーを名乗る以上、朝廷に対して、それだけの献金をする商人を斬るわけにも行かないから、天誅組も手を出せなくなるわけだ」
「大義名分が立たなくなるわけね」
「そのとーり」
「だったら大和屋が襲われる気遣いはないんじゃないですか?」
あらず。大和屋は結局、天誅組にも軍用金としてかなりの小判を出したそうなのよ」
「するとますます大和屋は襲われないよーな」
つまり(けーこちゃん様のメガネが光った)、京都守護職としての、あたしの面子めんつは丸潰れなわけだ。しかも大和屋は悪い前例を作った事になる」
「・・・なるほど、けーこちゃん。アタシに大和屋を襲えってのね」
「ええっ!」
「さすが芹沢、飲み込みが早い」
「そんな無茶な!」
「あたしが許す。大和屋に続いて朝廷に献金する商人が出ないうちに、見せしめとして大和屋をシメといて」
 徳川幕府としては、朝廷に不必要な金が流れるのも防がねばならないのである。なぜならば、その金はそのままキンノーに流れて連中の軍資金に化けるからだ。しかしながら朝廷への献金を禁止することはいかに幕府と言えども出来ないので、けーこちゃん様は強硬策を取ることにしたのである。とは言え、会津藩が表立って京の商人に対して乱暴狼藉を振るえるはずもなく、そこで我々の出番なわけである。
「表向き、会津藩と関係なく事を進めるのね?」
「いつも汚れ役を引き受けさせて悪いとは思ってる」
「まーかせて。派手に暴れてやるから☆」
 そう言ってカモちゃんさんがケラケラと笑う。
「土方さんが怒ると思いますよ」
「ん〜、ま、それは仕方ないよ」
「今回は事が事だけに命令書は出せない」
「いいって、いいって。アタシとけーこちゃんの仲じゃん」
「いいのかな〜」
「アタシが『いい』って言ったらいいのよ」
 カモちゃんさんが俺をにらむ。俺はカモちゃんさんの身を案じたのだが・・・。

 こういった経緯で今回のピザの配達(?)は無事に終わり、俺たちは金戒光明寺を辞去した。




 その日の夜、俺は土方さんの副長室に出向いた。モチをもらうには夜の方が都合が良い・・・いやいや、秘密の報告があったからだ。
 ちょうど風呂上がりだったらしい土方さんは髪をアップにまとめており、湯でほんのりと上気したうなじが実に色っぽい。
「こんな時間にどうした、島田?」 すでに布団も敷かれている。準備は万全だ。
「実は、昼間、かくかくしかじかという事がありました」
 俺は昼間、カモちゃんさんが黒谷の本陣に呼ばれて、けーこちゃん様からの密命を帯びた件を報告する。

「・・・ふむ、会津公のお考えは分かった。しかし、芹沢さんはどう動くか・・・」
 土方としてはけーこちゃん様のご意向通り見せしめとして大和屋を締め上げることに異存はない。だが、けーこちゃん様がそのまま新選組を使い捨てる気でいるのではないかという危惧もあった。汚れ役をそのまま消してしまう事は珍しくもない。松平様と芹沢は親友なので、松平様が芹沢を見捨てる事はないと思うが、芹沢が新選組にあまりこだわっていない以上、芹沢は助けても新選組は潰される危険性がある。
「芹沢さんも、そんな難事を易々と引き受けて来なくても良いようなものだが。新選組局長としての自覚が足りん」
「俺が時間を稼ぎましょうか?」
「ふむ、その方が、こちらとしても対策を立てやすい・・・」
 島田の奴が何か物欲しそうな表情かおをしている。

「ほら、モチだ」 土方さんは懐からモチを取り出した。いつも持ち歩いているのだろうか? いや問題はそこではなく!
「あーのー」
「島田はモチが嫌いか? 先日、大坂で好きだと言ったではないか」
 確かに服の上から土方さんの胸を触ったが・・・
 実はあれは懐に入れたモチで、チチではなく本当にモチだったのか!
 しまった! められた!!!

 愕然とした俺の表情かおを見て、
「馬鹿者、今から芹沢さんの所に行くのだろう? 他の女の移り香を持って行く気か?」
 土方さんが婉然と微笑むが、なんかうまく誤魔化された気がするー。
「今日の所はこれで辛抱しておけ」
 そう言うと土方さんは膝を崩し、裾をはらりと乱した。白いお御足みあし大腿ふとももまであらわになる。
“はうあっ!”
「あ、ありがたき幸せ」
「今後の働きにも期待する」 今宵はお開きの合図だ。
「では、失礼致しまする」


 島田が下がってしばらくして、土方は独りごちた。
「まったく、男というものは、馬鹿なものだ・・・」
 やれやれという風に首を振ると、土方は布団に入った。




 翌日の朝礼。
「・・・芹沢さんはどうした?」
 土方さんが不機嫌そうな表情かおで俺にく。なぜ俺に尋ねるのかというと、最近の俺は公然とカモちゃんさん係になってるからだ。土方さんの表情が渋いのは恐らく、今、この場に居ないカモちゃんさんが単独で大和屋に出掛けたと思ってるからだろう。
「二日酔いで寝てます」
「二日酔い?」
「はあ、あれから2人で飲みましたので」
「でかした!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、トシちゃん。なんでそれが『でかした!』なの?」
 土方さんの横で近藤さんが慌てる。いつもの土方さんなら怒るか一層不機嫌になるかのどちらかだからだ。
「こちらにも色々と都合があるのだ」 近藤さんのつっこみはこの一言で一蹴いっしゅうされてしまう。
「芹沢さんってすっごい酒豪なのよ。なんで一緒にんで島田は平気なのよ?」
 と俺の前列に座る副長助勤の原田沙乃が俺にいて来る。
「それは俺が下戸げこなのでカモちゃんさんにつきあって饅頭まんじゅうを食べてたからではなかろうか?」
「いくつぐらい食べたの?」
「20個ぐらいかなあ」
「聞くだけで胸焼けしそうね」
「俺は別に平気だが・・・」 俺は甘党である。

「島田さん、『あれから』っていつからなんですか?」
 沙乃と同じく副長助勤のそーじ(※沖田鈴音)が鋭い質問を入れて来る。
「そーじ、そんな細かい所は気にするな!」
 俺が答えるよりも早く土方さんがそーじにくぎを刺すが、
「昨夜、俺が土方さんに夜這いをかけた時」 俺は普通に答えてしまう。
「よ、夜這いって・・・」
「トシちゃん、どうしよう、士道不覚悟は切腹だよ」
「な、島田、馬鹿な事を言うな! 士道不覚悟だぞ、島田」 土方さんが大いに慌てる。だが俺がカモちゃんさんに対する密偵をしていて、その報告に行った時と馬鹿正直に答えるのよりはマシなはずなので、土方さんも正面きって否定はできないはずだ。
「いや、両者の合意があったのならば、士道不覚悟には当たらないだろう」 その隣の山南副長はしたり顔でうなずく。
「山南っ! 余計なことを言うな!!」
「で、誠、どうなったの?」 へー(※藤堂たいら)がいつもの笑顔で続きをうながす。
「島田っ!!!」
 土方さんが必死になって俺を止めようとするが、後ろから近藤さんが抱きついて引き留めてるので俺の所まで来れない。そーじも上座に上がって、土方さんの兼定の柄を押さえて、土方さんが刀を抜くのを防いでいる。どうやら近藤さんを含む全員が続きを聞きたいようだ。
「すでに布団も敷いてあり、湯上がりの土方さんは色気たっぷりだったのですが・・・」
「島田! それ以上一言でも余計なことをしゃべったら有無を言わさず切腹だぞ!!!」
「今のトシちゃんの命令を撤回します☆ 島田くん、局長命令。しゃべらないと士道不覚悟で切腹ね☆」
「近藤ーーー!!!」

「・・・・俺、だまされました」
「騙されたって、何に、誰に?」
「土方さんの胸です」
「ムネ? トシちゃんの胸はニセモノだったの?」
「誰の胸が偽物だあ〜〜〜!!!」 土方さんは半狂乱だ。

「モチだった」
「モチ・・・」
「トシさん、胸にモチを入れてるの?」 と沙乃。顔があきれている。
「ブラの中に入れれば服の上からは分からないよ」 と近藤さん。
「形も自由にできるし」 とへー。
「パッドの代わりにしては重そうですね」 とそーじ。
「でも腹が減ったら食べられるじゃん」 これは永倉だ。
「頼む、武士の情けだ! 島田に一太刀!」 今や数人がかりで暴れる土方さんを押さえつけている。

「で、島田くんはトシちゃんの胸が偽物だったから幻滅したの?」 と近藤さん。
「女の子を胸で判断したら士道不覚悟で切腹です・・・」 とそーじ。
「偽の胸を入れて男を騙してるトシさんはどーなのよ? 立派に士道不覚悟じゃないの?」 と沙乃。沙乃も土方さんを押さえ付ける組に加わっている。
「誰が男を騙してるかあ!!!」 土方さんは動けない。
「胸の良さは大きさだけで決まるものではない」 と力説する山南さん。
「そーだよ、トシさん」 とへー。
「胸なんかなくたって、アタイの強さに関係ないぜ」 永倉は論点がズレている。
「離せ! 島田を斬らせろ〜!!!」
「ダメだよ、トシちゃん。フラれたからって自棄ヤケになっちゃ」
「ひょっとして、誠を殺してから自分も後を追う気じゃないの?」
心中しんじゅうは、幕府の法度はっとで禁止されてますよ?」
「誰がこんな奴と心中しんじゅうするか〜!!!」

「・・・と、まあ、俺の命にかかわりそうな冗談はさておき」
「じょ、冗談だったの?」
「カモちゃんさんから『アタシの代わりに歳江ちゃんをからかっといて』と命令されましたので」
「何にもなかったの?」
「なかったっすよ」
「なあんだ」
「それにしては、トシさん本気だったよね」
「は、迫真の演技だったろ? は、ははははは・・・」
 土方さんが乾いた笑い声を上げる。だが目が本気だ。・・・俺、あとで斬られるかもしれん・・・。
「ちょ、朝礼に戻りましょう」
「お前が言うな!」 拍子抜けしたみんなの力が緩んだ隙を突いて包囲を解いた土方さんが一瞬で俺の前にワープし、俺の襟首を掴み上げる。そして皆には聞こえないような小声で俺に話しかけた。

「どういうつもりだ島田」
「土方さんが『でかした』なんて言うからですよ。あとでカモちゃんさんの耳に入ったら困るでしょ?」
「む、それは確かに」


 密偵とバレては元も子もない。土方が島田を狙っているというのは先日の大坂出張の折に土方自身が考えた偽装なのだ。

「その件は、まあいい。島田、呉服屋を探れ」
「何をですか?」
「値上がりの件だ。芹沢さんの衣装代が凄い金額になってる。表向きそれを探れ」
「了解」


 襟首を掴み上げられてからの間が少し長すぎた。今度は皆が不審の目で俺たちを見ている。ごまかせ、と目で土方さんから合図される。

「分かりました。土方さんが自分ですそを乱して俺を誘惑した事だけは絶対にしゃべりませんから!!」

 半分事実だ。なので土方さんが顔を真っ赤にする。
「な・・・・島田ーーー!!!」
「やっぱり、何かあったんじゃないの」
「トシさんのあれが演技のはずないよね」

「島田隊士、市中巡回に出発します!」 そう言うなり俺は土方さんの手を振りほどき、脱兎のごとく大広間から逃げ出した。
「あ、待ってよ、島田。ぼくも一緒に行くよ」 斎藤が後に続く。

「じゃ、トシちゃん、昨夜何があったのか話して」
「何もなかったんだ」
「何で顔が真っ赤なのよ」
「島田の奴が嘘八百を並び立てるから・・・何だ、その目は、わ、私は何も知らないぞ」
「嘘つきは士道不覚悟だよね☆」
「う、いやその・・・えーと・・・」

 背後で土方さんが皆に詰め寄られてる。昨夜のかたきは討った。気の毒だが俺には任務があるので、そのまま通りへと走り去ったのだった。




 俺と斎藤は大丸呉服店に来ていた。新選組は押し借りをするので、京の大店おおたなからは嫌われているが、大丸呉服店だけは別だ。新選組の浅葱地に袖口に白い段だら(▲▲▲▲)の隊服は、ここに頼んで特注した物だし、その他、細々した衣料品も大丸呉服店に発注しているので、新選組はお得意様なのだ。

「たのもう!」
「島田、それじゃ道場破りだよ」
 斎藤が小声で注意する。そうだったのか。俺はいつもこんなだったのだが・・・。
「おいでやす。
 これはこれは、島田様・・・と、お連れ様は?」
 大丸の番頭は俺の顔と名前を知っていた。多分、俺がカモちゃんさんのお供やおつかいで来店することが多いからだろう・・・今回のピザ屋の制服もそうだったし・・・。
「同僚の斎藤だ。こんな優男やさおとこだが凄腕の剣客で人を大根みたいにスパスパ斬ってしまうから怒らせないよう気をつけるよーに」
「こらお見それを致しました」 番頭が斎藤に深々と頭を下げる。俺の後ろにいたから俺より下っ端だと思ってたに違いない。
「あー、いや、うん」 斎藤が曖昧に返事をする。
「それで本日はどのような御用向きですやろか?」 お茶が運ばれて来て、俺たちは畳敷のへりかまちに腰掛けた。
 いつもだとカモちゃんさんのお使いで俺が注文に来ることが多いので番頭が揉み手をしている。俺は土方さんの言葉を思い出した・・・・が表向きじゃない捜査って何かな・・・考えてもやっぱり分からなかった。
「ウチの芹沢局長の衣装代が、最近膨らんでるんだが、それについて何か知らないか?」
「ストレート過ぎるよ、島田」 斎藤から小声で注意されるが・・・何で土方さんの密命の事を斎藤が知ってるんだろう?
「そうどすなあ。芹沢先生せんせのご注文は島田様もご存じやさかい・・・あ、最近、西陣をご注文しはりましたわ」
「西陣? 着物を?」
「いえ、西陣織で下着ランジェリーを作れ言わはって」
 西陣織の・・・下着ー!? そんなもんを特注するなーーー!!! 誰も見ない所に凝るとは江戸っ子らしいというか、無駄に贅沢というか。土方さんじゃないが俺は頭を抱えたくなってしまった。
「そ、それでか・・・・」
「西陣織は、きょうび、生地のねぇが高騰しておりまして・・・お値段は勉強させてもらいましたが、なにぶん、芹沢先生せんせはお目がたこおして」
 カモちゃんさんの事だから最高級品を使わせたに違いない。
「今、生地の値段が高騰してるって言った?」 斎藤が険しい表情をしている。
「へ、へえ。大和屋はんが生糸を異国にたこう売る為に買い占めはったもんやさかい、生糸が品薄になって西陣の職人たちもえらい苦労してはりますんや」
「大和屋?」 けーこちゃん様から密命を受けたあの・・大和屋か?
葭屋町よしやまち一条通りの大和屋庄兵衛はんのトコどす。何でも天朝様に1万両の献金をしはったそうで、景気のええトコは違いますな」 番頭の言葉にはトゲがある。
「いや、それは天誅組に脅されて仕方なく献金したんじゃないか?」
 確かけーこちゃん様からうかがった所ではそういう話だったような。
「1万両って凄いよね」
 くどいようだが2億円である。脅されたからといって2億円ポンと出せる人間ってのは、やはり超大金持ちなんだろうなあ。
「大和屋はんがあくどい商売をしてはるから、ウチとこも迷惑しとるんですわ」
「あくどいって?」
「あ、そうか! 大和屋は生糸を仕入れてそれを異国に売ってるからだ」
 斎藤が気付いたようにそう言う。
「そのまんまじゃないか」
「違うよ。普通はその生糸を染色の職人さんとか機織はたおりの職人さん達におろすじゃないか。それで出来た生地を呉服屋さんが仕入れて、着物に仕立てるんだよ」
「おお! と、いうことは生糸がその途中で異国に行ってしまうと、西陣の職人も呉服店も仕立て職人もみんな困るんじゃないか?」
「それで値上がりしてるんだよ」
「全く、大和屋はんにも困ったもんで・・・自分のトコだけ儲かればええというんでは、京の問屋の名が泣きますわ」
「なるほど、大和屋が悪いのか」
「そやから脅されて1万両献金したから言うて、大和屋はんに同情してる京者はおりませんな」
「なるほど・・・」 土方さんが呉服屋を調べろと命じた意味が何となく分かってきた。
「そういえば、本日の御用向きは何どしたやろか?」
 番頭から言われて気付いたが、今のは世間話レベルだ。
「あ、カモちゃんさんが注文した西陣のランジェリーを、もう1着作ってもらえる?」
 俺はそう言うと、懐紙にサラサラとサイズを書いた。
「これは・・・芹沢先生せんせよりも小そうおますな・・・島田様も隅に置けまへんな」 うーむ、大丸の番頭にまで俺はカモちゃんさんの情夫だと思われてたのか・・・。
「まあな。じゃ、また来る」
「まいど、おおきに」
 所期の目的を果たしたので俺たちは大丸呉服店を出た。



「ところで、島田、さっきの土方副長のサイズだよね? なんで島田が副長のサイズを知ってるの?」
「あの数字だけで土方さんのと分かるところをみると、斎藤も知ってるって事だな? なんで斎藤が土方さんのサイズを知ってるんだ?」
「ぼぼぼ、ぼくは、その、あの・・・島田の方はどうなんだよ?」 斎藤は答えをはぐらかした。
「俺は触ったもん」
「・・・」 どばっ。一瞬の間を置いて、斎藤が鼻血を吹いた。
「斎藤! そんな事で鼻血を吹くんじゃない!」
「ぞんなごといったっで・・・」 斎藤は鼻を押さえている。
 俺はふと思った。・・・ひょっとしたら真の密偵は斎藤なのかもしれない。誰の密偵なのか気になる所だ。




 屯所に戻った俺は、土方さんに報告した。
「かくかくしかじか。というわけです」
「なるほど、やはりな。大和屋に関しては以前から良からぬうわさが流れていたからな」
「これで大和屋をらしめても、どこからも文句が来ませんね」
「うむ。あとはこちらでうまく情報操作しよう。芹沢さんには今の旨を伝えておけ」
「分かりました」


 俺はそのままカモちゃんさんの部屋へと向かう。
「カモちゃんさん、島田です」
「入っていいよ〜」 中から声がする。
「失礼します」 さすがにお日様が高いのでカモちゃんさんも起き出して来ていたが、ラフな下着姿である。
“なるほど! これが西陣織のランジェリーか!” カモちゃんさんは金髪なので赤地に色糸で折り鶴柄を織り込んだ典雅な柄の揃いの下着が良く似合ってる。
「あ、島田クン、おはよー」
「カモちゃんさん、大丈夫ですか?」
「ん〜、昨夜は飲んだからねえ。ひょっとして、島田クン、アタシを酔いつぶしてイタズラするつもりだった?」
「そんな恐ろしい事は考えてもみませんでした」
「島田クンにならイタズラされてもいいんだけどな☆」
「・・・・そんな事より報告があります」
「そんな事って、アタシの貞操をそんな事って・・・」 カモちゃんさんがイジけてみせる。
「というか、目の毒なので服を着て下さい」
「ねえ、その報告って大事な事なの?」 下着姿のカモちゃんさんがにじり寄って来る。
「大和屋の件ですが」
「大和屋・・・」 カモちゃんさんの表情がピクリと反応する。
「ん、分かった。着替えるからちょっと待ってて」
「はい」

「もういいよ」
 カモちゃんさんが着替える間、俺は部屋の外に出ていたのだが、この一言で室内に戻った。
「で、大和屋が何?」
「かくかくしかじかという事で、京の人間からは同情されてませんから、松平様のご命令通り大和屋をシメても、あまり問題にならないかと思われます」
「ん〜、島田クンは何で大和屋の事を調べに行ったの?」
「土方さんの命令でしたので」
「もしかして、島田クン、歳江ちゃんにけーこちゃんの密命の件をしゃべった?」
 はっ! しまった! ついうっかり正直に答えてしまったぞ。どうやってごまかそうか、えーと、えーと。
「俺が思うに斎藤が密偵なんじゃないかと思うんですが」
「斎藤くんが?」
「大丸に行った時に、斎藤が土方さんの命令の内容を知ってたんですよね」
「仮に斎藤くんが歳江ちゃんの密偵だとしても、けーこちゃんの密命を知ってる理由にならないわよ」 カモちゃんさんが俺をうたぐってる。
「でもカモちゃんさん、昨夜飲んでる時に『大和屋に大砲を撃ち込む〜♪』って叫んでましたよ」
「あ〜、しまったなあ。あれを聞かれてたのか」
「壁薄いですもんねえ」
「って事は、歳江ちゃんやゆーこちゃんもみんな知ってるって事じゃないの!」
「松平様の密命ってのは知らないと思います。それに夜中でしたから、起きてた人間だけですね」
「するとアタシが勝手に大和屋を襲うつもりって思われてる?」
「だから土方さんから俺に命令が下ったんだと思います」
「アタシのフォローをするため?」
「たぶん」 俺はしたり顔でうなずいたが、内心は冷や汗ものだ。だが何とかうまくごまかせたようだ。
「歳江ちゃんも苦労人だねえ。ま、いいわ。これで大和屋をシメてもゆーこちゃんたちに迷惑をかけることにならないから盛大にやれるって事よね」
「そっすね」
「じゃあ、ご飯を食べてから大和屋に出掛けようかあ。
 アタシご飯食べて来るから、島田クン、アラタちゃんやそーじちゃんや斎藤くんに声かけといてね☆」
「沙乃は呼ばなくていいんですか?」
「だって沙乃ちゃん怒りそうなんだもん」
「あー、確かに。分かりました。人数を集めておきます」
「よろしく〜」
 そう言うとカモちゃんさんは食堂へと出掛けて行った。




 カモちゃんさんを先頭に、俺たち新選組隊士は二条城の北、御所の西にある葭屋町よしやまち一条通りの大和屋へと出掛けて行った。同行の永倉・そーじ・へーの3人の幹部には俺と斎藤が午前中聞き込んで来た大和屋の情報を伝えてある。後ろにぞろぞろとついて来てる新選組の平隊士たちは、永倉たちの配下だ。

「なー、島田、大和屋が生糸の値段を吊り上げた悪徳商人だから成敗に行くんだよな?」 と永倉がいて来る。
「生糸の値段が上がったんで西陣の職人達や呉服屋、庶民、みんな困ってるからな」
「で、具体的には、どうするんだ?」
 永倉の疑問はもっともだ。新選組の十数人で大和屋に出掛けて行って・・・その後、どうするんだろう? けーこちゃん様の密命では、京都守護職の面子めんつを潰し、朝廷に1万両献金した大和屋をシメといて。との事だったが、まさか町人を斬るわけにはいかんだろうし、罪状がないからしょっぴくわけにもいかんだろうし。対キンノー特殊警察である俺たち新選組に何ができるのだろう? 経済問題は専門外である。
「どうするんだろう?」 俺も首をかしげた。
「そんなの決まってるじゃない」 カモちゃんさんが振り向いて答えた。「朝廷に1万両の献金をするぐらいお金が余ってるみたいだから、アタシたちにも寄越せ! って言うのよ」
「それって押し借りです・・・ケホケホ」 せきをしながらも、そーじの目に非難の色が籠もる。
「押し借りじゃないよ☆」 笑顔で答えるカモちゃんさん。
「違うんですか?」
「だって返さないもん」
 ちなみに新選組が初期に行った鴻池等の豪商に対する押し借りの金は、会津藩が代わりに払ってくれた。そういうわけで、いつかそのうちに返すかもしれないのが押し借りなのである。
「で、カモちゃんさん、いくらぐらい要求する気ですか?」
「5千両」
「「「ごせんりょう!!!」」」 全員の声がハモった。1億円である。いくら何でもそんなに出すはずがない。
「あーのー、芹沢さん、いくら何でも、そんな大金を出さないと思うんだけど・・・百両ぐらいにした方がいいんじゃないかな?」 へーが遠慮がちに提案する。
「本当は1万両って言いたいんだけど、天子様と同じ金額を出せって言えないじゃん」
 なるほど、確かに天皇と同じ金額を要求するのは、天皇と同じ立場ということになるから、それは不敬に当たる。
「もらった5千両を友禅の職人さんとかの困ってる人に配ればみんな喜ぶから、新選組の評判も上がって歳江ちゃんも喜ぶし」
「全部配っちゃうんですか?」 そーじが目を丸くしている。
「アタシはそんな汚い金に用はないのよ」
「さすが芹沢さん」 永倉も素直に感心している。
“ちょっと待て、それは大和屋が素直に金を出した場合の話じゃん。っていうか友禅って何? まさかカモちゃんさん、西陣だけじゃなく、京友禅にも手を出してるのか!?”  頭を抱えたくなりつつも、友禅のランジェリー姿のカモちゃんさんを想像してしまう俺だった。



 カモちゃんさんは顔に貼り付けた笑顔で大和屋と交渉したのだが、大和屋は主人が不在とのことで御用金の借り入れはあっさり断られた。それはもうにべもなく。
「断られちゃった。てへ☆」
「てへ☆ じゃないでしょ」 カモちゃんさんは断られる気満々だったに相違ない。
「どうするんですか?」 とそーじが訊く。
「こうなったらカモちゃん砲を撃ち込んで、大和屋には反省してもらうしかないよね」
 最初からそれが目的だったくせに・・・。
「でも芹沢さん、ここは御所に近いから火事にでもなったら事だよ」 と心配顔のへー。
 『火事とケンカは江戸の華』という言葉があるが、京では『火を出したら三代付き合いができぬ』という言葉がある。江戸と違い、火事は京の町で一番の禁忌タブーなのだ。
「じゃあ蔵に撃ち込めばいいじゃん」 と永倉が提案する。
 店の横に並ぶ蔵は土蔵造りなので大砲を撃ち込んでも炎上はしないっぽい。
「よーし、じゃあカモちゃん砲で大和屋の蔵を破壊しようかあ☆
 島田クン、カモちゃん砲発射用意!」
「へーい」
「アラタちゃんたちは、通行人が巻き込まれないように交通規制してね」
「わかった」「わかりました」
 永倉たち副長助勤が平隊士に命じて大和屋に通じる辻を封鎖する。

「それじゃあ、景気よく行こうかあ☆ カモちゃん砲発射ぁ!」
 ドーン! 丸い鉄製の砲弾が発射され、砲車が勢いよく後退する。

 だが・・・砲弾は大和屋の蔵の壁にミシリとめり込んだだけで終わった。
「あれ?」
「さすが大和屋! 蔵も頑丈だぜ」 永倉が妙な所で感心する。
「感心してどーするよ?」

「島田クンッ、炸裂弾、用意!」
 炸裂弾とは砲弾の中に火薬を詰め込んだ砲弾である。
「へい」 俺は命じられるままに弾薬盒の中から炸裂弾を取り出し、カモちゃん砲に装填する。

「な、何をなさりますのや!」
 大和屋の番頭が血相を変えて飛び出して来た。まあ、そりゃ、そうだろうなあ。
「見て分からない? 奸商大和屋を成敗してるのよ」
「御用金の件でしたら主人あるじが戻り次第、壬生にお届けいたしますよって、一つ穏便に!」
「もう、遅ーい。カモちゃん砲、発射っ!」 カモちゃんさんは番頭を鉄扇で殴り倒すと凜として命じた。

 ドーン! 番頭の願いも空しく、カモちゃん砲が発射され、今度は着弾と同時に砲弾の中の火薬に点火し、砲弾が破裂する。

「ほーら、これで少しは懲りたでしょ・・・・あれ?」
 しかし、壁の表面が少しぜただけで、蔵は健在だ。
「頑丈な蔵だねえ」 今度はへーも感心している。

「・・・・」 ああ、カモちゃんさんが無言で怒っている。
「島田クンッ!」
「はいっ」
「カモちゃん砲連続発射フルオート!」
「了解!」
 俺はカモちゃん砲に弾倉をセットした。これで自動装填で連続発射できる。
「撃てっ!」
 カモちゃんさんの号令で、カモちゃん砲が連続発射する。

 ドーン、ドーン、ドーン、ドーン、ドーン・・・・・。

 砲撃の凄まじさにやじ馬が集まってくるが、交通規制中の新選組の平隊士たちに制止される。一般市民を巻き込まないようにとのカモちゃんさんの配慮だ。だが火を吹くカモちゃん砲と爆煙を上げる大和屋の蔵の前にやじ馬たちは歓声をあげている。大和屋が嫌われてることがよく分かる光景だ。
 大和屋からも奉公人たちが逃げ出してくるが、新選組の隊士たちが抜刀した刀をげ、短槍を構えているため、止めようにも止められない。
 次いで、二条城番組の火消したちや、所司代の手勢もやってくるが(大和屋は二条城のすぐ北にあるので近所である)、遠巻きに見ているだけだ。




 新選組屯所の副長室に原田沙乃が勢い込んで転がり込んで来た。
「トシさん、大変よ!」
「どうした原田、血相を変えて」
「芹沢さんが商家を砲撃してるらしいの!」
「ほう?」 土方にすれば芹沢の行動は予定の内だ。会津公の密命がある事だし、大和屋が悪徳商人であるという裏も取れた。すでに監察方に命じて『新選組の芹沢局長が悪の巨商 大和屋を成敗!』という見出しで瓦版かわらばんを出す準備も整ってる。
「何を落ち着いてるのよ!」
「沙乃ちゃん、どうしたの? そんなに慌てて」
 『とてとて』という呑気のんきそうな足音と共に隣室の近藤がやって来た。
「ゆーこさん、大変なの! 芹沢さんが大和屋を砲撃してるらしいのよ」
「大変だねー」 という呑気な返事が返って来る所をみると、まだ脳に情報が達していないな。
「大変なんだってば! すぐに止めなくちゃ」
「まあ待て、原田」
「なんで止めるのよ! 新選組は京の治安を守る組織なのよ! その局長が商家を砲撃するなんて無茶苦茶よ!」
「カーモさんは何で大和屋さんを砲撃してるのかな?」
「そんなの知らないわよ! でも急いで止めなきゃ!」
「原田の心配はもっともだが、永倉やそーじ、藤堂もついている。蔵の一つも壊せば芹沢さんも落ち着くだろう」
「蔵の一つも壊せばって、それじゃ遅いじゃない!」
「トシちゃん、カーモさんを止めなくていいの?」
「どのみち、もう手遅れだろう。こぼれたミルクを嘆いても仕方がないが、雑巾を用意して後始末はせねばなるまい。局長が動いた以上、それは新選組の意志だ。今、我々が下手に動けば新選組が2つに割れかねない」
「そういうものかな?」
「沙乃は納得行かないわ!」
 原田がダッシュで走り去る。どうやら単独で止めに行くようだ。
「あ、沙乃ちゃん!」
「トシちゃん、どうしよう?」
「大丈夫だ。ちゃんと手は打ってある」 不敵に笑う土方だった。




「撃ち方やめ!」 カモちゃんさんの命令で、砲撃がピタリと止まる。あまりの連続砲撃に砲身が過熱してきた。少し冷まさなければならない。

 爆煙がおさまり・・・・蔵はまだ健在だった。壁の一部が少し削れただけで、ビクともしていない。
「ここまで頑丈な蔵を作る必要があるのかな?」 斎藤があきれている。
「自分が思うに炸裂弾ではダメージを与えられないのではないでしょうか?」
 砲術師範の阿部十郎だ。平隊士に混ざってついてきてたようだ。
「なんで?」
「表面が固いと、爆発力は手前に分散するんです」
「お、阿部、詳しいじゃん。さすがプロ」 永倉が茶化す。
「じゃ、どうするの?」
「対艦用の徹甲弾を使うとか」

「島田クンッ、徹甲弾用意!」
「ないっす」
「ないって何で!」
「だって蔵は軍艦じゃないじゃないですか。徹甲弾なんか用意して来てないですよ」

「しかも装甲艦が出現するのは、日本では甲鉄が最初ですし」 と阿部。
「ストーンウォール・ジャクソン号だね」 とへー。
「あれ宮古湾でトシさんが乗っ取ろうとして苦労するんだぜ」 と永倉。
「そこ、不条理な会話をするんじゃない」


「よーし、こうなったら・・・」
 カモちゃんさんが、何か重そうな金属製のスーツケースを引っ張って来た。表面にの刻印がある怪しげな箱だ。
「カモちゃんさん! 何ですか、そのヤバそうなケースは!」
「デビークロケットよ」
「って何!?」
「XM−29。携帯型の戦術核迫撃砲であります」 俺の疑問に阿部が答える。
「核って・・・やっぱりそのマークはそれですか!」
「うん☆ これでどんな頑丈な蔵でも粉々よ」
「・・・・」 そりゃ粉々だろう、だがさすがに核はまずい。さりとて暴走したカモちゃんさんは止まらないだろうし・・・つーか、この人はどこでこんなもんを手に入れて来るんだろう?
「カモちゃんさん、核はいけません。それを使ったら人間のクズですよ」
「だって蔵が壊れないじゃん」
「永倉、やれっ! お前のパワーを見せてやれ!」
 とりあえず不条理さでカモちゃんさんに対抗できそうな永倉にふってみる。
「よっしゃ! まかせとけ!」
 永倉のハンマーが勢いよく振り回される。
「神道無念流、永倉ハンマー!!!」
 ゴン! 鈍い音がして、永倉のハンマーが漆喰の壁にめり込んだ。おお! カモちゃん砲と互角だ。
 そしてハンマーの当たった所からピシピシと音を立ててヒビが走り始める。ひび割れは段々と大きくなり、てっぺんに達した後、ついにガラガラと音を立てて蔵が崩れた。

「ありゃ、本当に壊れるとは・・・永倉ってすごいな」
「やったー、アタイがいちばーん!」
「うそーっ、なんで、カモちゃん砲でも壊れなかったのに!」 カモちゃんさんが目を丸くしている。
「きっと芹沢さんの砲撃でもろくなってたんだよ」 そーじが冷静に分析する。


 崩れた蔵の中には大量の生糸が箱に入って収納してあった。カモちゃんさんの命令でそれらが運び出される。
「凄い量だね」 と斎藤。
「ああ、これが全部素麺そうめんだったら食い終わるのに何日かかるかなあ」 永倉が自分の想像にうっとりしている。
「ああ・・・17万両分の仕入れが・・・」 大和屋の番頭は座り込んでいる。
「17万両って・・・・」 ちなみに34億円である。
「1万両ぐらいじゃビクともしないわけだ」
「芹沢さん、これどうするの?」
「西陣まで持って行って、配っちゃおう」
「気前いいなあ」
 葭屋町から西陣まではすぐである。俺たちは大八車に積み上げた生糸の箱を持って行って、職人たちに無料で配って回った。現地で大いに感謝されたことは言うまでもない。カモちゃんさんも終始ごきげんだった。

 事件の翌日、土方さんの手筈通り瓦版かわらばんが発行された。大和屋が如何いか阿漕あこぎな商売をしていたかが、これでもかと書き立てられ、市民の苦境を見かねた新選組のカモミール・芹沢局長が立ち上がり、制裁を加えたという筋書きだ。しかも徴発した生糸は全部配って新選組は一文も得ていない点も強調されていた。
 土方さんの情報操作の結果、京の市民の評判は概ね好調で、しかもキンノーに献金した商人がどうなるかという見せしめにもなり、キンノーへの金の流れを断ち切る事にも成功した。資金不足のまま天誅組は事を起こす(五条代官所を襲撃)ものの、幕府軍によってあっさりと鎮圧されてしまう。
 大変スマートに事を成した為、松平けーこちゃん様も御満悦だ。
 さらに、大丸呉服店がカモちゃんさんのツケを帳消しにしてくれた。今回の事件で生糸の値段が元に戻ったので、その感謝のしるしだろう。もっともそのことを大丸は宣伝してるので、商売に抜かりはなさそうだ。




 そして・・・。

「ふむ、八方丸く収まったな」
「あ、そういえば土方さんにお土産があるんですよ」
「ほう。島田にしては気が利くな」
 俺は土方さんに大丸の包みを渡した。
「島田くんがトシちゃんにプレゼント?」
「近藤!」 いつの間にか土方さんの隣に近藤さんがいる。
「みんなー、トシちゃんが島田くんからプレゼントをもらったよー」
「え、なになに?」
「島田も物好きよね」
「芹沢さんが恐くないのかな?」
 がやがやと皆が集まって来る。
「さ、トシちゃん。開けてみて」
「まったく、みんなして・・・」 ぶつぶつ言いながらも包みを開く土方だが、開けたとたん顔がさーっと青ざめた。
「なに、何なの、トシちゃん?」
「いや、これは、その、なんだ。非常に個人的な物なので・・・」
 包みを後ろ手に隠すが、
「あ、下着だ」
「そっかー2人はそんな仲なんだ」
「士道不覚悟よね」
「トシさん、派手好みなんだ」
「これは男を誘う下着だよ」
「西陣織じゃない。豪華ね」

「島田ぁーーーー!!!」

「逃げたわよ」

 今日も新選組は平和だった。

(おしまい)


<あとがき乱れ書き>
 有名な大和屋事件です。行殺では大和屋の蔵の中に巣くっていたキンノーをカモちゃん砲で燻り出し、成敗。その後、大和屋からの感謝の宴会の帰りにカモミール芹沢がメカおまちちゃんに暗殺されます。これは実にうまい話の持って行き方です。

 史実の新選組では、大和屋砲撃の暴挙を行った芹沢を粛正すべしという命が京都守護職から出され、会津藩からの手当で島原の角屋を総揚げにした大宴会を行い、酔って先に帰った芹沢達を、土方たちがめった刺しにして殺します。
 だが、行殺では松平けーこちゃん様がカモミール芹沢の友達なので、芹沢暗殺の命が京都守護職から発せられるとは考えがたい。そこで行殺では大和屋事件と宴会をくっつけて、なおかつキンノーのメカおまちちゃんに暗殺されるという手法をとってます(土方EXや沙乃EXではシナリオに多少の変化がある)

 実は大和屋事件は京都守護職からの密命で芹沢が行ったという説は、浅田次郎が『輪違屋糸里』の中で展開しています。
 毎年夏に会津藩は京都詰めの藩士の交替を行うのですが、交替直後は京に疎い新人揃いになってしまいます。また、文久3年の8月18日には禁門の変が起こり、偽勅を乱発していた迷惑な公家衆を御所から追い出し、彼らのバックにいた長州藩は御所の守りを解かれ、その上、入京禁止の命令が下ります。これまで長州が賄賂と脅しで孝明天皇の意向を無視して好き放題やってたのを引っ繰り返したのです。この計略に孝明天皇の兄宮に当たる中川宮朝彦親王や関白二条斉敬、近衛忠煕・忠房親子が中心になって行われ、そのバックには会津藩と薩摩藩がつきました。下手したら長州藩と合戦になる可能性があるため、会津は一人でも多くの兵を欲したのです。
 8月13日に芹沢が大和屋事件を起こしますが、禁門の変はその5日後です。会津藩は大和屋事件による京の治安の悪化を理由に、会津に帰りかけてた藩兵千名を京に呼び戻します。つまりこれにより京の会津藩の兵力が通常の2倍の2千名になってたわけです。タイミングが良すぎるので、芹沢の暴発を会津藩の密命という論が張ってあります。

 と、いうような上記を踏まえ、史実の大和屋事件を忠実に再現しつつ行殺にしてみたのが今回の作品です。どんなものでしょうか?


・ピザは本式にはピッツァと表記すべきなのですが、私はピッツァというと、「空はいいぞ、空は」と思考が飛んで行ってしまうのでピザにしました。

・島田が下戸で甘党ってのは、史実の島田魁の事です。近藤勇も同じく下戸で甘党だったので、これを生かして・・・・2人でお汁粉を食べに行ったりとかのエピソードを・・・あ! 近藤勇子EXでそういうシーンを書くのを忘れてた!(いまさら遅い) 近藤と島田が下戸で甘党ってのは知ってたので、いつか書こうと思ってすっかり忘れてました。

・西陣織の下着ですが、実はネットでピザ屋の制服を調べている際に発見したもので、西陣柄や京友禅の典雅なデザインのブラジャーとかパンティーが存在してました。着物の生地は下着に向かないのでプリントですが。ネット通販ですね。

・デビークロケットという戦術核迫撃砲は実在してました。アメリカ陸軍が1960年に完成させ、1971年には姿を消しました。さすがに実用的ではなかったようです。何でも核兵器にしてた頃ですね。核砲弾というのも開発されたのですが、最小のものでも155mm砲用の砲弾なので88ミリカモちゃん砲で撃てなそうなのでマイナーなデビークロケットを持って来ました。


書庫に戻る

topに戻る