行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『大坂夏場所・改』(後編)


 カモちゃんさんの大活躍により、新選組は大坂の町で乱暴狼藉を働く長州系キンノー浪士を壊滅せしめた。
 捕まえたキンノーを町奉行所に引き渡し、ついでに斬ってしまったキンノーの死体も検屍のために奉行所に送り届けると、辺りはすっかり暗くなっていた。ここから上流を目指すと八軒家に帰れるので、水路沿いに歩いていると、本流の淀川に出る。大河淀川には明かりをともした屋形船が何艘も風流に浮かんでいた。

「せっかく大坂まで来たんだからアタシたちも船遊びしよっか」 それを見てカモちゃんさんが切り出した。
「さんせーい☆」 近藤さんがすかさず同意する。
 こういう時は、土方さんが『そんな金があるか!』とか言って反対するのが常なのだが、キンノーが本拠にしてた古寺から連中の軍資金を戦利品として分捕って来ていたので金はある。土方さんは眉をひそめたまま答えない。
「トシちゃん?」
「・・・・大坂のキンノーは殲滅できて、松平様から下命された任務も遂行できたし、こほん、余禄もあることだし、まあ、たまにはいいだろう」 渋々といった感じで土方さんも同意する。
「わーい、お許しが出た〜☆」 カモちゃんさんが『尽忠報国』と書かれた扇子を広げて喜ぶ。
「やったー、宴会だ〜☆」
「一仕事終わった後の酒はうまいものよ」 永倉と沙乃も喜んでいる。
「それに水の上は涼しいんですよ」 そーじも嬉しそうだ。
 水は蒸発するときに周囲から気化熱を奪うので涼しくなる。打ち水の原理だ。川は川面から常に水分が蒸発しているので陸地よりも涼しいのである。
「屋根の上や床下に隠密がひそめないから密談にもいいんだよ」 と斎藤。なぜに隠密?
 みんな喜び方は様々だが、宴会そのものは喜んでいるようだ。


「・・・・」
「どうした、島田君、宴会が嬉しくないのかね?」
「山南さん、ちょっと気になったんですけど」
「ふむ。聞こう」
「なんで副長の土方さんに決定権があるんですかね?」
 カモちゃんさんと近藤さんは局長なのだから、土方さんにおうかがいを立てる必要はないような気がするのだが・・・・。
「歳江さんがうちで一番しっかりしてるからじゃないかな?」
「山南さんも副長じゃないですか」
「僕は昼行灯ひるあんどんだからねえ」
「自分で言わないで下さいよ」

 山南副長は北辰一刀流の免許皆伝で達人である。人柄は温和で、普段は壬生の子供達と遊んだり、近所の人の相談事を聞いてやったりしている。この事から自他共に認める昼行灯ひるあんどんなのだが、新選組随一の知識人で局で数少ない武家の出身なので、百姓上がりの近藤さんや土方さんが、黒谷の会津藩本陣に行く時の礼儀作法の指導をしているし、新選組から会津藩に出される正式な報告書などは山南さんが書いている。新選組になくてはならない人だ。
「まあ、いつの時代も財布を握っている人間が一番偉いって事さ」
「すると新選組ウチで一番偉いのは勘定方の河合耆三郎きさぶろう!?」
「いや、財布の紐を握っている人間だ」
「なるほど、土方さんっすね」



 俺の疑問はさておき、新選組一行も屋形船を仕立てて淀川に乗り出した。豪勢に酒と料理つきだ。
「さて、会津中将様のご下命により、大坂のキンノー浪士を殲滅するために下坂して来たのだが、連中の根城を破壊する事により所期の目的を果たした。これは予想外の早さであると言えよう。幕府の御威光を高めるため・・・・」

「長くなりそうだな」 俺は隣の永倉にささやいた。
「トシさんの話は長いからなあ」
「ビールの泡が消えちゃうわよ」
 その隣の沙乃は乾杯の為に注いだビールのジョッキを気にしている。この土方さんの演説が済めば、乾杯となって、宴会が始まるのだが・・・。


「・・・今後も新選組の名に恥じぬ行いをし、会津公、ひいては大樹公(徳川将軍の事)の・・・」
「そういうわけで、乾杯☆」 まだまだ続きそうな演説をカモちゃんさんがさえぎった。
「乾杯!」 皆が皆、土方さんの演説が終わるのを今か今かと待っていた為、カモちゃんさんの乾杯の音頭に合わせて乾杯する。
「カーモさん、乾杯」
「ゆーこちゃん、乾杯」

「永倉、乾杯」
「おう、乾杯」
「沙乃も、沙乃も!」
「んじゃ、沙乃も乾杯」
「乾杯」

 そこここでジョッキの触れ合う音がして、乾杯の声が響く中、土方さんが呆然と立っている。
「私の話はまだ途中だったのだが・・・」
「トシちゃんも乾杯」
「・・・・乾杯」 満面の笑みの近藤さんを前に土方さんもあきらめたようだ。

 一通り乾杯が終わると、後は無礼講の宴会が始まる。
「かー、やっぱ夏はビールだよねえ」 カモちゃんさんが豪快にジョッキをあおる。
「ビールと言えば、この鮎の塩焼きです」
 カモちゃんさんとは対照的にちびりちびりとりながら鮎の塩焼きをチマチマとむしるそーじ。
「ビールと鮎の塩焼きは合うよねえ☆」
帆立ホタテのバター焼きもおいしいんだよ」 近藤さんもジョッキを片手に帆立のバター焼きを食べている。

「島田は何を食べてるの?」 斎藤が俺にいて来る。そういう斎藤の酒のさかなは、ウインナー? ・・・軟弱な奴め。
「焼きはまぐり。国産で身の大きな本物だ。うまいぞ」
「もらったー!」 突如、俺の焼き蛤が永倉に奪われる。
「俺のはまぐりが〜!!! 永倉! お前は自分のを食え!」
「いーじゃん、減るもんじゃなし」
「減る! つーか、すでに酔ってるだろ、お前」
「アタイは酔ってないぞー」
 酔っ払いの『酔ってない』ほど当てにならない言葉はない。永倉の膳の回りには空になったジョッキがゴロゴロと転がっている。・・・こいつはジョッキ何杯目なんだ?


 宴もたけなわになってきた。
「島田、島田」 隣で斎藤が呼んでいる。俺は永倉から枝豆を防衛中だ。
「島田、アタイにもよこせよ」
「お前、さっき俺のハマグリったろ!」
「いいじゃんかよー、減るもんじゃなしー」
 実におとこらしい台詞だが、TPO使い方が間違ってる。
「明らかに減るだろ!」
「島田ったら」 斎藤が俺の肩を揺する。
「何だよ、斎藤? あ!」 斎藤の方を振り向いた一瞬の隙を突いて、俺の枝豆が奪われた。
「あ〜! 俺の枝豆が〜!」
「もらった〜!」
「斎藤のせいだぞ」
「土方さんが呼んでるよ」
「なに?」
 斎藤の視線の先を追うと、土方さんが手招きおいでおいでしている。なんか・・・目が据わってるぞ。
「行った方がいいかな?」
「そう思うよ」
「島田さん、骨は拾ってあげます」
「恐いこと言うなよ、そーじ」

 俺は仕方なく、土方さんのいる船首の方へと向かった。
「お呼びですか?」
「外の風に当たろう。ちょっと付き合え」
「はっ」
「あ〜、トシちゃん、島田くんとどこ行くの〜?」
 近藤さんだ。すでに顔が真っ赤なので、酔っている。これ以上酔うと刀を振り回すようになるので注意が必要だ。
「ちょっと野暮やぼ用だ」
「二人っきりで〜? どんな野暮用なのかなぁ〜?」
「そういえばトシさん、さっきスッポンを食べてたよ」 と藤堂。
「精力絶倫だね☆」
「で、で、どんな野暮用なの?」 普段の自制心はどこへやら、近藤さんは興味丸出しだ。
「・・・それを聞くのが野暮ってもんだぞ」
 そう言いながら、障子を開けて外に出る土方さん。俺も後に続き、後ろ手で障子を閉める。屋形内から黄色い歓声が上がるが、土方さんは気にしてないようだ。


 土方さんが舳先へと行くので俺も無言で続く。ともには船頭さんが居るので舳先なのだろう。と、言うことは何か人に聞かれたくない話か・・・はっ! まさか土方さんが俺に気がある!? いや、しかし、おれにはカモちゃんさんという心の暴君、もとい心の恋人が・・・・。
「島田・・・」 屋形から十分に離れた舳先で土方さんが口を開いた。
「いけません、土方さん。いくら俺が男前だと言っても、土方さんには立場というものが」
「・・・お前は何を言っているのだ?」
「愛の告白じゃないんですか?」
「なぜ私がお前に愛の告白をせねばならんのだ」
「旅先では人は開放的になるものですから・・・」
「安心しろ。私は芹沢さんほど悪食あくじきではない」
「いやあ、それほどでも」
「・・・・」 皮肉が通じなかったので土方は渋面を浮かべたままだ。
「まあ、いい。その芹沢さんの事だ」
「カモちゃんさんは色っぽいですよ」
「島田・・・酔ってるようだな、酔いを覚ましてやろうか?」
 土方さんが腰に手をやる。別にスカートのホックを外して俺に迫ろうとかいうのではない。刀を抜こうとしているのだ。
「分かりました! 土方さんも色っぽいです! 酒に酔って、こうほんのり頬を桜色に染めた様子なぞ、まさに恋する乙女!」
「島田ぁ!」
「ぐはぁ」 いつものように殴られて船縁ふなべりまで吹っ飛ばされた。土方さんの愛情表現は過激だ。
「まったく、お前と話していると調子が狂う」
「いやあ、それほどでも」
 『馬鹿は打たれ強い』と土方は思った。

「松平様の件だ」
「松平様・・・メガネっではあるものの・・・色っぽさという点においては如何いかがかと思うのですが」
「・・・まったく、無礼打ちにされるぞ。そうではない。比度こたびの一件だ。
 なぜ今回、松平様の命が芹沢さんに下ったのをお前は私に報告しなかったのだ?」
「おお!」 俺は、ぽんと手を打った。そういえば、いつかかれるだろうな、と思ってはいたのだ。
「お前を芹沢さんに付けているのは、奴の動向を探るためだ。分かっているな?」
「はい」
「よもや芹沢派に寝返ったわけではあるまいな?」 密偵が寝返ったでは話にならない。
「はあ、それがけーこちゃん様の御意向でしたので」
「私に報告するな、と言うのがか?」
「はい」
「詳しく話せ」
「あたしとのパイプがあるって事を、たまにはゆーこや土方ちゃんに見せつけとくのもいいんじゃないかな? との事でした」
「声真似まではせんでいい」
「はっ」
「なるほど・・・・。それで黙っていたのか」
「会津公の御意向は、副長の命令よりも優先すると考えました」

 『これは困った事になった』と土方は思った。土方の目的は近藤を中心とした組織の構築だ。しかしながらカモミール芹沢は、新選組のスポンサーである会津藩主 松平けーこちゃん様と友達ダチである。芹沢は新選組の設立に役立ってくれたが、組織をまとめて行く上で問題が多い。というか芹沢は集団行動の取れない人間なのだ。いつまでもそういう人間を局長に据えておいて良いわけがない。いずれ排除する予定だったのだが、芹沢を失えば新選組は会津藩という後ろ盾スポンサーを失いかねない。もしも会津藩お預かりでなくなれば、新選組は元の浪人の集団に戻ってしまう。会津藩あっての新選組でカモミール芹沢がいるから新選組は会津藩お預かりの立場で居れるのだ。それを今回の一件で思い知らされた。となると、うまく芹沢を操るしかないか・・・。
 島田には芹沢を見張るように命じたが、松平様の御意向の方が自分の命令よりも上であると判断したのだ。正直、島田にそこまで気が回るとは思ってもみなかった。このまま島田を御す事が出来なければ、島田は自分を軽んじ、芹沢派につきかねない。別に島田本人はどうでも良いのだが、島田と仲の良い斎藤や永倉、島田と槍の同門である谷3姉妹や原田沙乃、更には自分に反目している副長の山南敬助などがこぞって芹沢派に付けば、取り返しがつかなくなる。それだけは避けなければならない。だが、組織を束ねる者として不穏分子である芹沢の情報は掴んでおかねばならない。島田は芹沢に気に入られているので、奴ほどの適任者はいないが・・・・どうするか。

「ふむ、島田。今後も芹沢さんの動向を探れ。
 もちろん会津公から芹沢さんに下された密命のたぐいも私に報告してもらう」
「いや、そういうわけには・・・」
 松平様の御意向に反してまで土方の命をまっとうするのは武士道に反する。主君に忠節を誓うのが武士道であり、この場合、新選組の上位組織にあたる会津藩の藩主様が君主にあたるからだ。
「されば、モチをやろう」
「は? モチ?」
 モチで買収されるとは俺の武士道も随分と安く見られたものだが、土方さんにとって俺はその程度の存在なのかもしれない。
「そうだ、モチだ。柔らかいぞ」
 そう言って、土方さんは俺の手を自分の胸に導いた。
「はうっ! ひ、土方さん?」 これはモチではなくてチチでは!!!
「どうした? 島田はモチが嫌いか?」
「いや、大好きですが! しかし!」 俺、買収されるかも・・・。
「ならば良いではないか」 お代官様みたいな事を言って、土方さんが俺の上にのしかかって来る。この体勢では逃げられない。
「土方さん、酔ってますね!?」
「私は本気だぞ。今後も私の命に従えばモチをやろう」
 ビバ! モチ! モチ万歳! この時点で俺の武士道は完全に籠絡された。




「あーっ!!! トシちゃんが島田くんを押し倒したぁ!」
 近藤さんの素っ頓狂な声が響き渡った。見ると、屋形の障子が開けられている。先程まで閉まっていたから、障子に指で穴を開け、様子をうかがっていたのだろう。
「やっぱりスッポンの効き目かな?」 とへー。
「コホコホ、不義密通は士道不覚悟です」 これはそーじ。
「いや、二人とも独身だから不義密通には当たらないだろう」 したり顔で反論するのは山南さんだ。
「トシさんもやるなあ」 と永倉。
「島田のどこがそんなにいいのよ?」 これは沙乃だ。
 そして、
「歳江ちゃんが島田クンをった〜」 ・・・カモちゃんさんだ。

「い、いや、違うのだ。これにはわけが・・・」 土方さんが狼狽している。
「あ”〜、島田クンが歳江ちゃんの胸を触ってる〜」
 カモちゃんさんから言われて気付いたが、俺の手はまだ土方さんのモチの上にあった。
「い、いつまで触っている! 芹沢さん、これは違うんだ!」
「許さない。カモちゃん砲、発射!!!」

 ちゅどーん。ちゅどーん。ちゅどーん。
 よく分からんが嫉妬に狂ったカモちゃんさんがカモちゃん砲を乱射する。・・・どうやって船内に持ち込んだのだろう?
「わ〜、カーモさん、ここでそんな事したら!」
「船が沈む〜」
 砲撃の衝撃で屋形船が真っ二つに折れた。

「わ〜」 みんな川に投げ出された。



「やー、これで涼しくなったねえ」
 カモちゃんさんがプカプカと浮かんでいる。先ほどの件をケロリと忘れているのは、やはり酔っているからだろうか?
「芹沢さん、そんな場合!?」
 沙乃はせっせと立ち泳ぎしている。どうやら浮力が足りないらしい。
「うーむ、屋形船を弁償せねばなるまいな」 土方さんも浮いている。
「芹沢さんが船の上で大砲を撃つなんて無茶するからだよ」 同じく永倉も浮いている。
「だって、歳江ちゃんが悪いんじゃん!」
「けほけほ、それは確かに・・・」
「トシさんが誠を押し倒したもんねえ」 そーじとへーも浮いている。
「いや、男女の恋愛は自由であるべきだ!」 泳ぎながら山南さんが力説する。
「あの〜、男と男の恋愛はどうなんでしょう?」 山南さんのすぐそばに斎藤が浮かび上がる。
「却下だ」
「士道不覚悟だな」
「です」
「だよね〜」 満場一致で可決してしまった。
「ううっ、差別だ・・・」

 このまま水に漬かっていても仕方がないので、みんな岸に向けて泳ぎ始めた。淀川の支流の堂島川に入っていた為、川幅はそんなに広くない。中には他の屋形船に救助されている隊士もいるようだが・・・。

「た〜す〜け〜、あたし泳げな〜がぼ」 近藤さんが一人だけ溺れて流されている。

「あ、ゆーこちゃんが!」
「しまった、近藤は金づちだった!」
 カモちゃんさんと土方さんが近藤さんの声に気付くが、すでにかなりの距離が開いている。

 事態に気付いた山南さん、斎藤の2人が抜き手をきって追いかけるが間に合いそうにない。
「近藤さん、これに掴まって!」
 俺は近くに浮いていた木の板(元は屋形船の屋根だった)を近藤さんの方に向かって投げる。反動で俺は一旦沈むが、泳げるのでまた浮上する。浮かび上がってみると、近藤さんは俺の投げた板切れに掴まって浮いており、山南さんたちも追いつきそうだ。



「あ〜、死ぬかと思った」 救助された近藤さんがへたり込む。
 俺たちは大江橋北詰の鍋島河岸がしに泳ぎ着いた。近くに佐賀鍋島藩の蔵屋敷があるため、こう呼ばれているのだそうな。
「あ〜、陸地っていいよね〜」 そう言って近藤さんは伸びている。
「まったく、ひどい目にあったわ」 沙乃は目を三角にして怒っている。
「ずぶ濡れだね〜」
 スカートの裾を絞りながら、へーも困ったような顔をしている。
「水もしたたる・・・」
「こほこほ、それ以上言ったら斬りますよ?」
 そーじが俺の背後に立った。メガネが光っている。危険だ。どうやらオヤジなギャグは許せないらしい。
「濡れて・・・」 山南さんも何か言いかけたのだが、
「下品なのギャグは士道不覚悟です!」 そーじに止められてしまった。



「歳江ちゃん、島田クンを押し倒すなんていい根性してるじゃん」
 カモちゃんさんがバックに炎を背負っている。こちらでは女の戦いが始まろうとしていた。
「ふん」
「鼻で笑ったわね!」
「ふふん、別に島田が芹沢さんの物と決まったわけではあるまい?」
 土方さんがカモちゃんさんを挑発する。
「アタシと張り合おうって気?」
 2人の間に電光スパークが飛ぶ。


「おー、島田を巡ってトシさんと芹沢さんが争ってるぜ」
「まこと、モテモテだね」
「2人とも男を見る目がないわね」
「まあまあ、たで喰う虫も好き好きってことわざもあるんだから」


 ひどい言われようだ。

「ふんだ、色気じゃ歳江ちゃんには絶対に負けないんだから! 島田クンはアタシの愛のとりこなのよ」
「色気を露出と勘違いしてるんじゃないか? 島田がそんな安っぽい女になびくわけがなかろう」
「言ってくれるじゃないのさ」

「確かに、見えそうで見えない方が男心をくすぐられるものだ」 と山南さん。

「山南くんは黙る!」 カモちゃんさんが一喝する。
「ま、色気違いに真の色香が分かるはずもないか」
「なに、その自信ありげな態度!」

 実は土方には別の思惑があった。これでとりあえず島田を密偵として使っている事をごまかす事が出来、なおかつ、こうすれば敵対心に燃える芹沢は島田を片時も離さないだろうから、島田に芹沢をスパイさせる上で一石二鳥なのだ。

「2人とも、ここでそんな事を言い争っていても仕方がないだろう。とりあえず京屋に戻ろう」
 近藤さんも見守り組に加わっているので、仕方なく山南さんが2人を仲裁する。しかし、俺にとっての一大事をそんな事って・・・。

 カモちゃんさんはクルリと背を向けると先に立って歩き始めた。土方さんを言い負かせなかったのが悔しいらしい。
 山南さんの言うとおり、濡れねずみのままいるわけにもいかないので、俺たちは京屋のある八軒家に向けて堂島川沿いを溯り始めた。ずぶ濡れなので、背後に水の跡がついていく。



 全員がスローモーションの映画のように重々と歩いている。別に粛々としているわけではなく、服が水を吸っているため重いのだ。軽々と動いているのは、元々露出度の高い衣装を着ているカモちゃんさんだけだ。そのカモちゃんさんを先頭に俺たちが川岸の狭い道を八軒家の方に歩いていると、横道から浴衣姿の相撲取りが現われた。相撲取りなので横幅が道幅いっぱいである。
「邪魔だからどきなさいよ!」 さきほど土方さんとやり合ったのでカモちゃんさんの機嫌は悪い。
「ねえちゃん、どけとはなんやねん!」
 力士が凄むが、そんなものでひるむカモちゃんさんではない。
「やかましい! このデブ!」
 カモちゃんさんは一気に間合いを詰めると、鉄扇で薙ぎ払った。力士の脇の脂肪に鉄扇がめり込む。次の瞬間、巨漢が宙に舞い、一間半(約2メートル70センチ)は飛んで、川に落ちた。重かったのか、派手に水しぶきが上がる。この間、約2秒。あっと言う間の出来事だ。さすがカモちゃんさん。大砲が無くとも凄腕だ。
「カモちゃんさん、乱暴じゃないですか?」
「武士相手に無礼を働く方が悪いのよ」
「それはそうですけど〜」 カモちゃんさんの格好を見て、武士だと思う人間の方が少ないと思う。
「相手を斬ったわけじゃないから、この程度は問題にならないだろう」 と山南さん。
「ほら、山南くんもこう言ってるし」
「あ、お相撲さんが流れて行くよ」
 近藤さんが指さす先では、力士の巨体がプカプカ水面みなもに浮いて、川下に流されて行ってる。
「気を失ってるんだよ」 と斎藤。
「まあ、死にはしないだろ」 と永倉が大ざっぱに答える。
「それより早く帰ってお風呂に入りたいです」
「沙乃も〜」
 まあ、斬った張ったが日常の新選組にとって、この程度は騒ぐ種にもならないか・・・。

 一方、土方は別のことを考えていた。はっきり言って土方には芹沢がいつ動いたのか見えなかった。しかも巨漢の力士を一撃で軽々と吹き飛ばした膂力も侮れない。大砲だけの馬鹿女だと思っていたのだが、神道無念流免許皆伝というのはまんざらウソではないらしい。試衛館ウチだとそーじや近藤と互角ぐらいの腕前か・・・。いずれ時機を見て芹沢を排除しようと目論んでいる土方だが、これはまともにぶつかったら返り討ちに遭いそうだ。
“ふむ、何か策を巡らす必要があるな・・・”

「トシちゃん、行くよ〜」
 立ち止まって考え事をしていたので、一行から遅れていた。
「すぐ行く」
 土方は小走りに走りだし・・・濡れたプリーツスカートの裾が足に絡み付いて盛大にコケた。

「そんな色気のカケラもない裾の長いスカートをはいてるからコケるのよ」
 芹沢が哄笑している。
「おのれ〜、今にみていろよ・・・」
「トシさん、パンツ見えてます・・・」
「そーじ、うるさい!」
 やはり、カモミール芹沢の暗殺を心に誓う土方歳江だった。



 俺たちは京屋の2階の淀川に面した部屋を取っていた。京へ上る三十石船は八軒家の船着き場から出るので、ここから見張っていれば不逞浪士の発見が容易たやすいからだ。 新選組全員での大坂出張なので京屋は貸し切りである。谷さん姉妹は大坂に道場があるのでそっちに帰ってしまったが(宿泊費を浮かすため)、残りは全員京屋泊まりである。で全員川に落ちてずぶ濡れなので、まず風呂に入って、それからおとなしく2階に戻った。ちなみに2階の座敷は4:1ぐらいの割合でふすまで仕切られており、狭い方がおとこ部屋である。

「水着持って来ててよかったね〜」 と近藤さんの声が聞こえる。
「水着しか着替えがない方が問題なんじゃない?」 沙乃の声が答えた。
「だってしょうがないじゃん。まだ乾かないんだから」 これはカモちゃんさんの声だ。
 濡れた服は全部干してあるので、着替えがなかったのである。全員が遊ぶ目的で水着を持って来てたのが幸いした。
「っていうか、ゆーこさんや芹沢さんの水着って裸とあんまりかわらないじゃない」
 と沙乃の声。裸と変わらないって、一体どんな凄い水着なんだ!?


「うんうん、こういうチャンスは滅多にあるもんじゃないねぇ」
 ふすまのそばで聞き耳を立てていた俺の側に山南さんがやってくる。
「や、山南さん、お、俺にとんでもないことをけしかけていませんか?」
ふすまの向こうに広がるのはパラダイスだ。後は君の決心次第だよ」
「いや、しかし」
「千載一遇のチャンスだ。ここを逃せば一生後悔することになるぞ、島田君」
 確かに、男として覗いてみたい! だが・・・!?

ふすまの向こうは・・・!
・覗く!
・ちょっとだけ!
・バレなければ!


「・・・なんで否定の選択肢が出ないんですか?」
「自分の心を偽ってはいけないよ、島田君」


 選択の余地がなかったので俺はふすまを5mmほど開けた。音はしなかったので気付かれなかったようだ。
「みんなが風呂に入っている間に敷居にロウを塗っておいた」
のぞく気満々じゃないですか」
「備えあれば憂いなしと言うじゃないか」
「何の備えですか」
「さらに戸締め(※鉄板を折り曲げて作った、ふすまや障子の間に挟んで動かなくする金具)が仕掛けてあったんだが、これも外しておいた」
「山南さん・・・」
「戸締めを仕掛けるなぞ、僕たちを信用していないという事だ。実に失礼な話じゃないか」
「いや、でも実際に覗いてるわけだし」
「油断大敵というやつだ」
「いや、油断してないし・・・」



 しかし、確かに山南さんの言う通り、ふすま1枚へだてた向こう側はパラダイスだった。

「新しい水着なんだけど、どうかな? 店員さんに勧められたんだけど・・・」
“グッドです、近藤さん!” 俺が返事できないのがもどかしい。
 近藤さんは白のストリング三角ビキニ。極限まで布地を減らすことにチャレンジしたエコ水着だ。そのわずかな布地が柔らかな近藤さんの肢体を包んでいる。
「ゆーこちゃんに似合ってると思うよ☆」
 とカモちゃんさん。カモちゃんさんは薄く細い布地で作られた肌もあらわなデザイナーズの白いホルタービキニを着用している。ボトムはハイレグV字切り替え。すぐにこぼれてしまいそうなボリューム豊かな身体をわずかに隠しているに過ぎない。
“さすが、カモちゃんさん、グレートです、ダイナマイツです!!!”
「ゆーさん、泳げないのに水着を持ってるんですね」
 そーじはアヤメの花がプリントされた白のホルターネックワンピースだ。
 元々そーじは肌の色が病的に白いので、何か見ていて痛々しい。これでビーチに出たら日射病で倒れるんじゃなかろうか?
「そーちゃん、ゆーこさんや芹沢さんの水着は泳ぐための水着じゃないから別にいいんだよ」
 へーは、こちらからは後ろ向きなので分かり難いものの、白いモノキニ(背中の大きく開いたワンピース)・・・いや、モノキニの背中のデザインはあんなじゃないので、チューブトップとかバンドゥブラとか呼ばれるタイプのビキニに違いない。これはぜひ前から鑑賞せねば!
“へー、こっちを向くんだ!” と念じてみるものの、残念ながら俺にテレパシー能力はないらしく通じない。
「そんなんじゃ泳げないよな」
 永倉は、フィットネス水着・・・いや大正時代の海水着か? 幅広の横縞で半袖だし、スパッツ型スクール水着(ある意味最新モデルだが)みたいに足の部分に布地があるし、どっちかっつーと囚人服を思わせる様な水着だ。
“永倉、お前は俺の正面に来るな。ふすまの幅が狭いんだ。向こうへ行け”
「へー、泳がない水着って何よ?」
 沙乃は濃紺のスクール水着だ。
“まあ、そりゃ確かに泳ぐための水着には違いない”
 実に沙乃によく似合っている。だが何の変哲もないのに一番犯罪的なのはなぜだろうか?
「魅せる水着に決まってるじゃない☆」 沙乃の質問にカモちゃんさんが答える。
「ビーチサイドの華だね」
「そーじの水着?」
「あたしのはそういうのじゃないです」
 確かにそーじの水着はワンピースだけどホルターネックなので両肩が出ていてセクシーだ。
「そうじゃなくて、沙乃が言いたいのはそーじの水着に花の模様がプリントされてるからじゃないか?」
「沙乃ちゃん、ストレート過ぎです・・・・」
 お子様の沙乃には理解できなかったか・・・。
「でもゆーこちゃんも、ちゃんと泳げるようになった方がいいと思うよ」
「あう〜」
「まったく、ビーチの華などと不謹慎な」
 この不機嫌な声の持ち主は土方さん・・・・なぜ制服なんだろう?
「トシさん、せっかくお風呂に入ったのに、乾いてない服を着てると風邪引きますよ?」
「暑いから水着でちょうど良いくらいだし」 とへー。
「そんな破廉恥な格好でいるよりはマシだ」
「破廉恥・・・そうかな?」 近藤さんが不安顔だ。
「あー、歳江ちゃんのバッグから水着を発見☆」
 狭い視野の範囲内からカモちゃんさんが消えてたのだが、がさごそという音から察するに、どうやら土方さんの荷物を探ってたようだ。
「人の荷物を勝手にあさるな!」
「わー、派手だね」 近藤さんが驚くが、どのように派手なのかは、見えないので分からない。
「トシさんも水着持って来てたんじゃない」 と沙乃。
「ま、まあ、一応な」
「着替えればいいのに」
「だ、だから浜辺でもないのにそんな格好が出来るか!」
「じゃあ、歳江ちゃんを着替えさせちゃおう!」 さきほどの意趣返しなのか、カモちゃんさんが楽しげだ。
「な、なに!?」
「わーい、脱がせ、脱がせー」 近藤さんも呼応する。
「こ、近藤!?」
「みんなで歳江ちゃんを脱がせちゃおう。これ局長命令」
「こんな時だけ局長ぶるんじゃない・・・永倉、その手を放せ!
 そーじ! スカートを脱がそうとするんじゃない!」
 どうやら力自慢の永倉に羽交はがい締めにされ、残りの全員が群がってるみたいなので多勢に無勢。ネクタイや白足袋がポンポン宙に舞ってる所を見ても、抵抗は無意味のようだ。
「だってトシさん、命令違反は士道不覚悟で切腹じゃん」
「仕方ないよね」
 永倉とへーが答えるが、笑いをこらえているような声だ。
「仕方ないで済ますなー!」

 最後までジタバタと抵抗していたものの、ほどなく全部脱がされてしまった。ブラウスが飛びスカートが飛び、ブラジャーが飛んで、最後の1枚も飛んでったから間違いあるまい。
「さーて、これで水着を着るしかなくなったよね」
 カモちゃんさんが小悪魔的な微笑を浮かべて土方さんを見下ろしている・・・カモちゃんさん、邪魔です! 土方さんの裸が見えません!!!
「ふん、お前の言いなりになってたまるか!」
「あ、そー。じゃふすまを開けて隣の連中を呼んじゃおうかなあ」
 カモちゃんさん、ぜひ!
「無駄だ。戸締めをかけてある」
「そんなの蹴倒すから大丈夫☆」 戸締めはふすまを開かなくする金具だが、ふすまそのものに強度があるわけではないので、持ち上げれば簡単に外れるし、蹴ってもやっぱりはずれるのだ。
「それじゃあ盛大に行こうかあ☆」
「わ、分かった! 着る、着るから、しばし待て!」
 土方さんが何やらごそごそやっている。

 結局のところ土方さんは自ら水着を着た事になる。。
「うう、なんで私がこんな目に・・・」
 土方さんの事だから地味なワンピースかと思いきや、何とワイルドプリントのビキニである。露出度は決して高くはないものの、普段が普段だけにその女性的なボディラインが衝撃的だ。
「じゃあ、濡れてる服は干しておくからね」 近藤さんが飛ばされた着衣を手際良く集めていく。
「勝手にしろ」



「うーむ、土方さんまで水着になるとは・・・・」 眼福である。
「写真機がないのが惜しまれるな」 と山南さん。俺の肩に手を掛けて隣室を観察している。
「あの、ぼくの携帯にデジカメがついてるけど」
「斎藤、不条理のパラメーターがあがるぞ」
「うむ、副長として撮影を許可しよう」
「山南さんも都合のいい時だけ副長なんだから・・・」




 夜半になって宿の表が騒がしくなってきた。どうやら船が次々と着いているらしい。芹沢たちが2階から見下ろすと、相撲取りが手に手に角材や八角棒を持って集まっていた。その数はどんどん増えている。
「わー、お相撲さんだよ」
「何だろうね?」


壬生浪みぶろ(※壬生浪士の略。新選組の蔑称)出て来んかい!」
「熊次郎の仇討ちや」
「浪人が恐くて、大坂三郷で相撲が取れるか!」
 などという怒声が聞こえて来た。

 当時の大坂相撲は背中に彫り物をした侠客(親分さん)が頭取(※江戸相撲での年寄)を務めてたりして、現在の相撲とは多少趣が異なっていた。しかも大坂相撲の横綱免許は京の五条家が与えていたため、大坂の相撲取りはキンノーである。が、キンノーと言っても幕府転覆を狙って悪事を働く長州や薩摩といったテロリストのキンノーとは違い、文字通り尊王攘夷を旗印にして、外国が攻めて来たら先頭に立って働くという立場の勤王だ。彼らが手に持っている樫の八角棒は奉行所から貸し与えられた物であり(そんなもんで異国を追い払えるのか疑問だが)、奉行所も治安維持の一翼を大坂相撲にになわせていたのである。



「まずいな、奴らはキンノーだ」 苦り切った声の土方さん。
「長州の奴らをやっつけたから復讐に来たのかな?」
「でも仇討ちって言ってるわよ?」
「あーもー、それでなくても暑いのに!」
「暑苦しいのが来ましたね」



「待ちたまえ。仇討ちとは聞き捨てならん。まずは話を聞こう」
 力士たちは殺気立っており、このままでは京屋さんに迷惑がかかりそうなので、山南さんを先頭に俺たち男衆の半分(残りの半分は隣室のカモちゃんさん達のダイナマイトボディに撃沈されていた)が下に降りて来ていた。こういう時は男の出番だ。つーかカモちゃんさん達、全員水着だし。
 山南さんが代表して力士たちに呼びかける。口調は穏やかなのに有無を言わせぬ迫力がある。

「お前らに殺された熊次郎の仇討ちに来たんや」
 力士の一人が山南さんの気迫に気圧されながらも答える。
「アタシ殺してないよ〜」 上階うえからカモちゃんさんがのんびりと答える。
「俺たちも現場にいたが、カモちゃんさんは鉄扇で殴っただけだぞ」 俺も答える。
「堂島川に落とされた熊次郎は、溺死した。さぞかし無念やったろうに!」
「・・・溺死?」

 どうやらカモちゃんさんに落とされた熊次郎という力士は泳げなかったらしい。堂島川を流されていき、重かったので(巨体の相撲取りだからなあ)誰も助けられなかったようだ。

「それってアタシが悪いの?」 カモちゃんさんの疑問ももっともだ。
「やかましい! 仲間を殺されて黙っとれるかい!」
「壬生浪を血祭りじゃあ!」 力士たちが気勢を上げる。

「アタシたちに喧嘩を売ろうなんて、いい度胸じゃん。みんな行くわよ!」
 カモちゃんさんが2階からひさしの上に乗り出し、地面に飛び降りた。着替える暇もなかったので、先程のセクシーな水着の上に新選組のダンダラ羽織をパーカーの様に羽織っているだけだ。近藤さん、そーじ、永倉、へー、沙乃、土方さんもカモちゃんさんに続いて飛び降りる。同じく水着の上に隊服を羽織っただけの格好だ。
 この様子を見て、キンノー力士’sがどよめき、一歩下がった。明らかに動揺している。
「島田クン、カモちゃん砲発射用意!」
「火薬が濡れてるので無理っす」
「じゃ、刀!」
「刀身が錆びないように分解して乾燥中です」 と斎藤が答える。水に漬かったので全ての武器は乾燥中である。
「あたしの虎徹も分解乾燥中だよ」 近藤さんの虎徹は火縄銃だ。
「じゃあ、武器がないじゃないのさ」
「アンタが考えなしに飛び降りるからだ!」

 武器のない新選組は絶体絶命のピンチ!
 だが・・・。
「な、なんちゅう、破廉恥な格好を・・・」
 先程までの威勢はどこへやら、キンノー力士たちはやる気が一気に失せたようだ。
「あんたたちだって似たようなもんじゃないのさ!」 力士たちは諸肌脱いだ上半身裸である。
「男と女は違うんじゃあ!」
「あんたたち、男女差別する気ね!」 カモちゃんさんがいきどおる。
 それは微妙に違うと思うが・・・。というか、何か相撲取りどもが気の毒になってきた。さすがに大の男が、それも力自慢の相撲取りが丸腰のビキニ姿のグラマー美女を角材で殴るわけにいかないだろう。しかも力士の内、半数ぐらいは前かがみになっている。カモちゃんさんが動くたびに豊かな胸が揺れるのだ。真正面からそれを見せつけられたら、免疫のない男はイチコロだろう。土俵ではまわし一丁で戦ってるのに、女性の裸には弱かったみたいだ。

「どうだろう、ここは一つ男同士の相撲で勝負というのは」
 睨み合いの続く中、山南さんが双方に提案する。新選組には武器がなく、力士側も攻撃出来ないための折衷案だ。もちろん勝算はある。こっちには柔術の使える隊士がいるし、何より俺は田舎の相撲大会で連続優勝しているのだ。

「おう、待ちな」 俺はずいと前に出た。
「こんなか弱・・・(2秒ほどの間)・・・い女性たちに集団で襲いかかるたぁ。どういう料簡だ?」
「今のは何よ?」
「失礼です」 とそーじ。
「だってカモちゃんさん強いじゃないですか」
「そりゃー、そうだけどさ」

 俺たち新選組の男衆もずぶ濡れだったので、着物は干してあり、褌一丁である。相撲を取るには丁度良い。
「相撲で相手になってやる。かかって来い!」
「じゃあ、あたし、土俵を描きますね」
 俺が啖呵を切る横で、そーじが棒切れで地面に丸く円を描く。
「そんじゃ、アタイが審判をやるぜ」
「馬鹿ね、アラタ、審判じゃなくて行司よ」


 何とか相撲で片付きそうなので(そりゃ向こうは相撲のプロだ)安心したのだろう。連中の中でもとりわけ体格のいいのが前に出て来た。
「谷五郎、そんな奴、のしちまえ!」
「うす!」
 ちなみにこの谷五郎という力士は大坂相撲で19連勝したりしてるかなり強い力士だったりする。初っ端しょっぱなからそういう実力派をぶつけてくる辺り、連中も本気だ。
「島田くん、がんばれ〜」
「島田、負けたら切腹だ」 土方さんのは声援じゃないぞ。

「やっぱ一番手はアタシが行く〜」 カモちゃんさんがそう言って土俵に入って来る。
おとことして女性を戦わせるわけには・・・」
 カモちゃんさんが俺の腕を取り、“はうっ! 肘が胸に当たってマス!”
「えーい☆」 
 動揺した俺はあっさり投げ飛ばされた。
「うあ! カモちゃんさん、何するんですか!」
「やっぱ、アタシ局長だからさあ。責任は取らないとね」 カモちゃんさんが照れたように笑う。

「・・・・」
 女と戦うなぞ相撲取りの沽券にかかわる。と抗議しようとした相撲取り達は、大男の俺をカモちゃんさんが軽々と投げ飛ばしたので考えを改めたようだ。そもそもの発端である熊次郎を川に落としたのもこの女なのだ。


 土方は思った。相手は相撲のプロ。芹沢では勝てないだろうが、芹沢が負けた後、山南や島田が勝てば新選組の面目は保たれ、なおかつ芹沢の権威は失墜するだろう。“ふむ、一石二鳥とはこのことか”


「んじゃ、見合って見合って、はっけよい!」
 行司役の永倉の合図に合わせて、カモちゃんさんと谷五郎が土俵に手をつき・・・谷五郎が鼻血を吹いて倒れた。どうやら屈んだときに、カモちゃんさんの胸の谷間をモロに覗き込んだらしい。
「えーと、芹沢さんの勝ちでいいのかな?」 行司の永倉も戸惑う。
「いいんじゃないか」
「アタシ何にもしてないよ?」
「カモちゃんさんのその乳は凶器です」
「やだなあ。島田クンったら。さ、次、次」


 その後、数人の力士がカモちゃんさんに挑んだものの、仕切りの時にどうしてもカモちゃんさんの胸の谷間に目が行ってしまうので鼻血を吹く力士が続出した。少し考えて目を瞑って仕切りを取った力士もいたが、目を瞑って相撲が取れるはずもなく、瞬間でカモちゃんさんに投げられた。


「もうカモちゃんさんの優勝でいいんじゃないか?」
「待てい! わしが相手する」
 声に合わせて人垣が割れる。人垣の奥から現われたのは引き締まった精悍な体つきの力士。筋肉の鎧を身にまとった男だ。これまでの雑魚とは違う貫録が感じられる。

「あ、黒神関だ!」
「ゆーこちゃん、知ってるの?」
「大坂相撲の横綱だよ。八木さんの奥さんがファンなんだって」
「八木さんのおばあちゃんもファンだって言ってたわよ」 と沙乃。
「ほー、有名人なんだ」 と永倉。
「後でサインをもらおうか?」 とヘー。
「お相撲さんだから手形だよ。色紙、色紙ないかな?」

 あまり緊迫もしてなかったが、場が一気に和らいだ。女の子からキャーキャー騒がれて悪い気のする男はいないものだ。

 そしてカモちゃんさんと横綱 黒神関との一騎打ちが始まった。さすがに横綱なので、カモちゃんさんの女の色香で鼻血を吹いたりはしないものの、黒神関は困った。相手のまわしを取りに行こうにも、紐のようなビキニである。相撲取りの力で掴んだら、その瞬間に千切れるに相違ない。まわしが取れたら負けではあるが、そういう場合ではないし、かといって鉄砲をやろうにも、鉄砲は相手の胸を突く技。女性なのでセクハラになってしまう。と、なれば足を狙うしかない。

 黒神関は、カモちゃんさんの足を狙いに行く。さすが、横綱なのでスマートだ。大股か、小股すくいか、足取りを狙う。だが、カモちゃんさんはこの攻撃を読んでいたようだ。大腿を狙いに来た黒神関の腕を取ると、体をひねりつつ、相手の肩を叩きバランスを崩させる。肩透かしだ。

 どおおおん、と地響きを立てて、横綱の巨体が地面に叩きつけられる。
「アタシの勝ち〜☆」


「おおおお!」 男たちがどよめいた。
あねさん! 姐さん! 姐さん!」
 突如として沸き起こる、姐さんコール。最後の試合は色香でなく、正々堂々と勝負して相撲で横綱に勝ったのだ。勝負の世界は強さが全て。相撲は男の世界なので、敵味方なく、勝った方を称えるのだ。


「カーモさん、すごーい」
「横綱に勝ってしまうとは・・・」


 かくして勝負は新選組局長 カモミール芹沢の圧勝で終わった。相撲で正々堂々の勝負なので誰も文句のつけようがない上に、その場に居合わせた力士たちがそのままカモちゃんさんのファンになってしまったのだ。強い上に、美人で、しかもナイスバディ。男共がなびかないわけがない。この勝負が終わった直後、小野川部屋の小野川喜三郎が駆けつけ、お詫びのしるしに金50両と清酒1樽を持って来たため、新選組と大坂相撲はあっさりと和解し、その場で酒盛りになった。



 その後、居候している壬生の八木家のご機嫌を取るために、カモちゃんさんが大坂相撲を京に呼び、壬生で相撲の興業を打つ事になった。新選組は世話役に回り、大いに収入を得た。カモちゃんさんはマッチョどもから姐さんと慕われご機嫌だったし、また松平けーこちゃん様もお忍びで相撲興業をご覧になり、御満悦だった。かくして今回の一件はめでたく収まったのである。(溺死した小野川熊次郎を除く)


(おしまい)


(あとがき)
 大坂夏場所の後ろ半分を書き直しました。元のパーツを使い回しつつ、かなり別物になってます。個人的には、改正前のカモちゃんさんのブラのポケットのシーンは削りたくはなかったのですが(割とお気に入り)、そのシーンの必要性がなかったのでカットしました。また、ラストの相撲のシーンをどうするか悩んでた時に、仙太様のご意見の『せくしー水着相撲』を採用し、カモちゃんさんを大活躍させた為、島田が活躍するシーンがなくなりました。ので、Johnco様の要望だった、島田が永倉をケガさせるという、史実をベースにした、島田の肘が永倉の胸に当たるという、シーンも消えてなくなりました。申し訳ありません。

【斎藤】 ぼくの腹痛のシーンもなくなってるんだけど・・・。
【永倉】 みっともないシーンがなくなってよかったじゃん。
【沖田】 あたしの出番も減ってます。
【原田】 その分、トシさんの出番が増えてるよね。
【土方】 そーじと変わってやってもいいぞ。
【沖田】 遠慮します。
【近藤】 島田くんに乳を揉まれて、みんなから脱がされるシーンが増えたんだもんねえ。
【藤堂】 あとコケてパンツ見せてるよ。
【沖田】 いちごパンツ・・・・。
【土方】 本文に書いてないことを言うなあ!


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