行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『新選組大坂夏場所』


 京のみやこで新選組が結成されてから3カ月がつ。この3カ月の間に新選組は京都守護職のお預かりとなり、その下位組織として、着々と戦果を挙げてきた。主な任務は、上京して来た将軍家茂の警護と、京に潜伏する不逞浪士の取り締まりである。隊士の募集も行い、新選組は総員で30名ほどになり、ようやく組織としての形がついてきた。局長2人に副長2人、副長助勤の下に平隊士を置く構成である。

 文久3年6月3日(1863年7月18日)朝礼。
 朝礼は八木家の座敷を借りて行う。上座に近藤さん、カモちゃんさんの両局長が座し、その脇を副長の土方さんと山南さんが固めている。副長助勤が下座の前列に着き、俺たち新入りのヒラはその後ろだ。

「それでは、本日の朝礼を行います。トシちゃん、お願い」 
 いつものように近藤さんが朝礼の挨拶を行い、副長の土方さんから報告・指示が行われる。ちなみにカモちゃんさんは、暑いのか胸元を大きくはだけ、超ミニのスカートにもかかわらず胡座あぐらを組んで、徳利とっくりから酒を飲んでいる。俺たち男性隊士にとっては目の保養である・・・がカモちゃんさんの方を見ようとすると、土方さんから凄まじい殺気を込めた目で睨まれるので、努めてカモちゃんさんの方を見ないようにする。ある意味苦行だ。

 土方さんがいつものように報告を始めた。
「昨日、近藤と黒谷(京都守護職会津藩の本陣がある)に呼ばれたのだが、」
「アタシは呼ばれてないよ〜?」 カモちゃんさんが口を挟む。
「あんたは二日酔いで寝てただろう」 土方さんがカモちゃんさんを横目で見る。
「あはは〜☆ 葡萄酒と日本酒と焼酎をちゃんぽんにしたら悪酔いしたんだよね」
 そりゃー、そんな飲み方をすれば、悪酔いもするだろう。
「松平けーこちゃん様より御下命があった。新選組は大坂に下り、不逞浪士の取締を行う」

「はい」 俺は挙手した。
「何だ、島田?」
「大坂出張ですか?」
「うむ。大坂町奉行所が不逞浪士に手を焼いているらしい。町奉行所から京都守護職に依頼があったのだそうだ。そこで浪士退治のプロである我々にお声がかかったのだ」
「浪士といっても、元はお侍さんだったり、剣術が強かったりするから、奉行所のお役人じゃ歯が立たないんだよ」 と近藤さんがフォローする。
「どうして会津のお侍さんが直接出向かないんですか?」
 そーじが質問する。京都守護職直属の会津藩兵1000名が常時待機中なのだ。
「そりゃー、アタシたちが会津藩の下請けだからに決まってるじゃん」
「芹沢さん、そう言ってしまうと身も蓋もない」
「だけどこれは会津公からの特命だよ。がんばろうね」
「下坂するメンバーにはうちの精鋭を選んだ。近藤・沖田・永倉・斎藤、そして私の5名の少数精鋭で行く」
「トシさん、沙乃は?」
 精鋭に同僚の永倉アラタが選ばれて自分が選ばれないのは腑に落ちないのだろう。
「屯所を空にするわけにもいくまい。芹沢局長、山南、原田、おやっさん(※井上源三郎の事)、藤堂とその他平隊士(・・・どうやら俺はその他らしい)で留守を守る」
「分かったわ」 元々理知的な沙乃だ。その説明で納得したらしい。

「ん〜、アタシも行く〜☆」 突然、カモちゃんさんが宣言した。
「では芹沢さんにも同行してもらいましょう」
 土方さんは眉をひそめたが、京に残して暴走されるよりも目の届く範囲に置いといた方が安全だと判断したのか、一瞬の間を置いて了承した。
「わ〜い、大坂出張だぁ〜」 カモちゃんさんは絶対、物見遊山だ。
「・・・山南と島田も連れて行くか・・・」
「それだと、屯所が手薄にならない?」
 沙乃が疑問を口にする。局長副長の全員が大坂出張組に入る事になるからだ。しかし、直後、土方さんの視線で悟ったらしい。『厄介者がいなくなるので、そのメンバーでも十分事足りる』という事だ。逆に下坂メンバーは精鋭揃いだが、最大の厄介者を抱える事になる。
 そして俺を連れて行くって事は、土方さんは俺と山南さんをカモちゃんさん係にする気だ。

「では30分後に出発するから、大坂行きのメンバーは門の前に集合するように」
「それでは本日の朝礼を終わります。解散☆」
 近藤さんが朝礼を締める。



 身支度を整えた俺たちは門の前に集合した。特に旅装というわけではない。と、いうのは京都から大阪までは新幹線でわずか15分の距離・・・・。
「不条理な解説をするなあ!」
「ぐはぁ!」 土方さんから殴り飛ばされた。ナレーションの途中でつっこむとは不条理な!
「この時代に新幹線などあるはずなかろう」
「えー、新幹線じゃないのぉ?」 不満そうなのは近藤さんだ。
「どこにそんなものがあるか! 伏見から船で下る。
 芹沢さん、その大砲は屯所において行くように」
 土方が芹沢の方を見ると、88ミリカモちゃん砲が彼女の後ろに控えている。
「え”〜、だって大坂のキンノーをぶっ飛ばすのに必要じゃんよ」
「町ごと破壊する気ですか!」
「大丈夫、ピンポイントで狙うから☆」
「そういう問題ではありません」
「でもカモちゃんさん、大砲は重いから、船で別料金を取られるんじゃないですか?」
 土方さんの説得ではらちが明きそうにないので、俺が助け舟を出す。
「普通、取られるよなあ」 永倉が俺の意見に賛同する。
「そうですね。砲弾とかもあるから総重量は、かなりになりますよね」 そーじも俺の意見に賛成のようだ。
「旅費が足りなくなるね」 近藤さんは心配顔だ。
「ふむ、それでは芹沢君だけ陸路で、我々は船で行き、大坂で合流したらどうだろう?」
 山南さんが折衷案を出すが、
「ヤダヤダヤダヤダ〜」 カモちゃんさんが地団駄を踏む。陸路とは一人だけ歩きを意味するからだ。
「では、大砲はおいていって下さい」
「ちぇっ、せっかく大坂で景気付けに撃とうって思ってたのに」
 やっぱりそういう事だったか。

「じゃあ、伏見に向けてしゅっぱーつ」
 近藤さんが皆の先頭に立って歩き始めた。その後を2列になって続く。カモちゃんさんは一番後ろでまだねていた。その様子を横目で見ながら、土方さんが俺のところまで上って来て横に並んだ。
「先程は見事だった。それでこそお前を連れて行く甲斐があるというものだ」
 俺はやはりカモちゃんさん係だったらしい。
「でも俺も間違ってました」
「何がだ?」
「新幹線だと危険物持ち込み禁止だから、俺たちも刀を持ち込めないんですよ」
「・・・・」
「土方さん?」
「まだ言うか、この馬鹿者ーーー!!!」
「ぐはぁ!」
 俺は再び吹っ飛ばされたのだった。



 淀川を三十石船で下った俺たち一行は、大坂天満てんま八軒家はちけんやの船着き場に面する船宿『京屋』に宿を取った。大坂での新選組の定宿である。現在では10軒の宿があるが、昔は8軒だったのだそうだ。それで八軒家である。大坂人のネーミングセンスはストレートだ。



 京屋に荷物を預けた俺たちは、さっそく、大坂西町奉行所に向かった。江戸と同じく東と西の奉行所(江戸は北と南)が1カ月交替で仕事をしているのだが、今月は西町奉行所が月番だからである。
 奉行所のお役人の話によると、最近、不逞浪士達が大坂で押し借りをおこなっており、奉行所も困っているらしい。京は新選組が睨みを効かせているため、連中も活動の拠点を大坂に移したようだ。で、奉行所としても取り締まりはしているものの、キンノーにも人斬りを専門にする剣の達人が多いため、すでに数人が命を落としているのだそうな。
 商人からの訴えを受けて(嫌々ながら)捜査を開始し、連中が根城にしている古寺を突き止める所まで行ったものの、返り討ちにあう可能性が高いので踏み込めないでいるのだ。そこで我々新選組にお呼びがかかったのである。新選組はキンノーに対するスペシャリスト。これまで数多くの不逞浪士を取り締まっているし、かなりの数を斬ってもいる。実戦経験は豊富なのだ。



 奉行所を後にした俺たちは、さっそくキンノー退治に向かった。連中が根城にしている古寺を急襲、一網打尽にする。キンノーを8人捕縛し、5人切り捨てた。

「って、戦闘シーンがたったこれだけですか!?」 気付いたら俺たちは京屋への帰路についていた。
「本筋に関係ないからカットしたんだって」 と近藤さんが答える。
「文字通り行殺だな」 腕を組んで土方さんも答える。
「俺のカッコいい見せ場がぁ!」
「島田さんは活躍してなかったですよ?」 そーじは呆れ顔だ。
「まあ、それはそうだけどさ。
 ところで、連中の軍資金はどうするんですか?」
 キンノー連中の殲滅後、土方さんの命令で家捜ししていた俺と永倉が床下から千両箱をいくつも発見していたのだ。恐らく連中の押し借りの成果で、ここ大坂で武器弾薬を調達するつもりだったのか、それとも長州本国へ輸送する為に集めていたのか、そのどちらかだろう。
 現在、それらの千両箱の中身は、土方さんが徴発してきた大八車で、漬物の樽に偽装して、俺、永倉、斎藤、山南さんによって運ばれている。
「これは新選組の活動資金とする」
「大坂商人に返さなくていいんですか?」
「だって小判に名前書いてないから持ち主が分かんないじゃん☆」
 一暴れできてすっきりしたのか、カモちゃんさんがご機嫌で答える。
「でも、奉行所に届けるとかしないでいいのかな?」 近藤さんが小首をかしげる。
「桃太郎を知っているか?」
「高橋英樹?」
「それは桃太郎侍だろう」
「今は、高嶋政宏なんだよね☆」
「桃太郎の童話が何か?」 話が明後日の方向に進みそうなので俺が強引に話を元に戻す。
「桃太郎は鬼を退治した後、宝を持ち帰り、幸せに暮らすのだ」
「・・・鬼から奪われた人達に返さなかったんですね」
「お宝には名前が書いてないからねえ」 うんうんとうなずくカモちゃんさん。
「犬・猿・キジのお供と山分けでもなかったんですね」
「彼ら傭兵には、すでにきび団子の報酬を払ってあるからな。雇い主の桃太郎が宝を独り占めしたのだ」
「犬・猿・雉って傭兵だったの?」
「コードネームだ。傭兵は本名を名乗らないものだからな」
「桃太郎って、そういう話だったのか・・・」
「島田さん、トシさんのはうがった解釈だから、真に受ける必要はありませんよ」
 そーじが小声で耳打ちする。まあ、要するにこの千両箱は新選組がネコババするわけだ。
「そういうわけで私は、この“荷物”を持って一足先に京に帰るから、近藤たちは適当にキンノー退治してから京に戻るように。なお、この“荷物”の事は他言無用だからな」
「りょーかい☆」
 カモちゃんさんがご機嫌に答える。うーむ、何かカモちゃんさんがご機嫌すぎる気がするな。



 夕方、大坂の町は暑かった。土方さんの命令で、奉行所にキンノー退治の届けを出した後、適当に巡察してた俺たちだが、あまりにも暑いのでダレていた。キンノーももう居ないし。本拠地が壊滅し、主力が捕縛されたり殺傷されたりしたので、連中も雲隠れしたようだ。
「あ〜つ〜い〜」
「芹沢さんは、その格好ですから、あたしたちより涼しいと思いますよ」
「じゃあ、そーじちゃんも脱いじゃえ☆」 カモちゃんさんがそーじの背後に回るが、
「それ以上近づいたら斬ります」 そーじが菊一文字を抜く方が早かった。
「もう、冗談が通じないんだからあ☆」

「永倉は暑くないのか?」
 巨大なハンマーをかついだ永倉アラタはいつも通り元気そうに見える。
「神道無念流奥義! 神道滅却すれば火もまた涼し!」
「字が違うぞ・・・・」

「暑いから船遊びでもしよっか?」
 カモちゃんさんが突然提案する。水は蒸発するときに周囲から気化熱を奪うので涼しくなる。打ち水の原理だ。川は川面から常に水分が蒸発しているので陸地よりも涼しいのである。
「カモちゃんさん、そんなお金がどこに?」 新選組は貧乏なのだ。
「じゃーん☆」
 カモちゃんさんが胸元から小判の束を取り出す。そーか、さっきのキンノーの軍資金の一部をちょろまかしてたのか。それで『小判に名前は書いてない』を連発してたんだな。同じ理屈でキンノーの上前を新選組がはねたから土方さんもぐうの音も出ないわけだ。さすがカモちゃんさん。でも一体どこから出したんだ?
「・・・カモちゃんさん、その短い上衣のどこに小判を隠してたんです?」
「ブラにポケットがついてるんだよ」
「・・・何のために?」 男の俺には理解できない。
煙草たばこを隠したりするのに便利だからじゃないかなあ?」
「カーモさん、女子高生じゃないんだから・・・」
「あと万引きした口紅を隠したりとか〜」
「カーモさん、それ不良・・・・」
「なるほど、悪い意味で便利なんですね」
「芹沢さん、あとであたしにお店を教えて下さいね」 そーじが興味を示している。
「アタイにも〜」 永倉もだ。
 こ、こいつら一体何に使う気なんだ?
「うん、いいよ」
「・・・一体何に使う気なんだ?」
「島田さん、女には隠さなきゃならない事が多いんですよ」
「そーじも何か隠してるのか?」
「ヒミツです☆」
 うーむ、誤魔化されてしまった。



 俺たち一行は、カモちゃんさんのお金で屋形船を仕立てて淀川に乗り出した。酒と料理つきだ。

「かー、やっぱ夏はビールだよねえ」 カモちゃんさんが豪快にジョッキをあおる。
「ビールと言えば、この鮎の塩焼きです」
 カモちゃんさんとは対照的にちびりちびりとりながら鮎の塩焼きをチマチマとむしるそーじ。
「ビールと鮎の塩焼きは合うよねえ☆」
帆立ホタテのバター焼きもおいしいんだよ」 近藤さんもジョッキを片手に帆立のバター焼きを食べている。

「島田は何を食べてるの?」 斎藤が俺にいて来る。そういう斎藤の酒のさかなは、ウインナー? ・・・軟弱な奴め。
「焼きはまぐり。国産で身の大きな本物だ。うまいぞ」
「もらったー!」 突如、俺の焼き蛤が永倉に奪われる。
「俺のはまぐりが〜!!! 永倉! お前は自分のを食え!」
「いーじゃん、減るもんじゃなし」
「減る! つーか、すでに酔ってるだろ、お前」
「アタイは酔ってないぞー」
 酔っ払いの『酔ってない』ほど当てにならない言葉はない。
 すっ、と横から大豆の枝が差し出された。横を見ると、山南さんが真顔で枝を差し出してる。よく分からんが、これで収めろということか。
「丹波の黒大豆の枝豆だ」
 どうやら枝ごとでたらしい。
「黒大豆というと、あの幻の?」
「うむ。最高級品だ」
 永倉の目が光った。ダッシュで枝豆を奪取しようとするのを、俺がブロックする。
「いいじゃんかよー、減るもんじゃなしー」
「明らかに減るだろ!」
 俺と永倉の間で枝豆の争奪戦が始まった。舟なので逃げ場がない。取り敢えず奪われる前に食うことにする。
「あ、島田、アタイにもよこせよ」
「嫌じゃ!」


「湯豆腐も合うよねー」
柳葉魚ししゃももオツですよ」
「アタシは大坂なのでタコ焼き〜☆」
 近藤さん、そーじ、カモちゃんさんの3人は割合静かに飲みながら食べてるようだ。こっち半分に永倉がいたのが失敗か。

「斎藤、唐揚げをもらったー」
 俺が枝豆をブロックしたので、今度は斎藤からトリの唐揚げを奪っている永倉。しかし、斎藤の頼むメニューは軟弱だ。
「ああ、僕の唐揚げが〜」

「うーむ、ここはタコの唐揚げを頼むべきか」
「島田くん、ギョロッケを頼んでくれたまえ。2つな」
 2つというのは永倉に奪われるのを最初から考慮に入れてるのか・・・。
「はい。 お姉さん、こっちぎょろっけ2つー」
 ぎょろっけとは、魚のコロッケで、味はさつま揚げのコロッケ風味だ。山南さんのチョイスもまた渋い。
「アタイは、えびふりゃーだ!」 ・・・なにゆえ名古屋弁?
「お姉さん、エビフライも一つ」 通じないかもしれないので、一応俺が翻訳して注文する。

「やっぱ、俺はクッパだな」 ちなみにスーパーマリオのラスボスではない。キムチ雑炊みたいな韓国料理だ。
「やはり揚げ出し豆腐は外せないだろう」 山南さんがお品書きをのぞき込んでくる。
「いや、揚げ出し豆腐は締めですよ」
「おねーさん、ジョッキもう1つ、追加!」 永倉は・・・こいつはジョッキ何杯目なんだ?

 そんなこんなで新選組らしい宴会になってしまったのだが、宴もたけなわになった頃、突然、斎藤が腹痛を訴えた。
「食あたりかな?」
「でもアラタちゃん、同じの食べてるのに平気だよ」
 永倉は、みんなの酒の肴を奪って食べてたからなあ。
「ひょっとして盲腸とか」
「船頭さん、一番近い岸に舟を着けて。斎藤君をすぐお医者様の所に運ぶよ。島田くんは斎藤君を背負って」
「おう!」
 こういう時の近藤さんの対応はさすがだ。普段のおっとりはどこへ行ったかと思わせるほどてきぱきしている。



 舟は京屋のある八軒家に戻る途中だったのだが、大江橋北詰の鍋島河岸がしに着けた。近くに佐賀鍋島藩の蔵屋敷があるため、こう呼ばれているのだそうな。船頭さんに船賃を払い、カモちゃんさんを先頭に俺たちは舟を降りる。額に脂汗を浮かべて苦しげな斎藤は俺が背負っている。
「病人だよ、どいて、どいて」
 先頭に立つカモちゃんさんが狭い川岸の道をかき分ける。鉄扇を使って文字通り人波をかき分けてる。

 と、その時、横道から浴衣姿の相撲取りが現われた。相撲取りなので横幅が道幅いっぱいである。
「邪魔だからどきなさいよ!」
「ねえちゃん、どけとはなんやねん!」
 力士が凄むが、そんなものでひるむカモちゃんさんではない。
「やかましい! このデブ!」
 カモちゃんさんは一気に間合いを詰めると、鉄扇で薙ぎ払った。力士の脇の脂肪に鉄扇がめり込む。次の瞬間、巨漢が宙に舞い、一間半(約2メートル70センチ)は飛んで、川に落ちた。重かったのか、派手に水しぶきが上がる。この間、約2秒。あっと言う間の出来事だ。さすがカモちゃんさん。大砲が無くとも強い!
「行くよ、お医者さんか薬屋さんを見つけないと」
 何事もなかったかのようにカモちゃんさんが前進する。俺たちも遅れず後に続く。

 大きな通りに出たところで山南さんが薬屋の看板を見つけた。俺たちは、そこの薬師に斎藤を診せ、薬を処方してもらった。別に盲腸とかじゃなく、何かしら食い合わせが悪かっただけらしい。斎藤はすぐに歩けるぐらいに回復したので、今夜はこれで京屋に戻る事にした。



 俺たちは京屋の2階の淀川に面した部屋を取っていた。京へ上る三十石船は八軒家の船着き場から出るので、ここから見張っていれば不逞浪士の発見が容易たやすいからだ。
「今日は色々あって疲れたね〜」
 とカモちゃんさん。薄く細い布地で作られたデザイナーズの白いホルタービキニを着用している。ボトムはハイレグV字切り替えで露出度は物凄く高めである。
「うん。そうだね」
 近藤さんも白のストリング三角ビキニ。極限まで布地を減らすことにチャレンジしたエコ水着だ。
「でも面白かったからいいじゃん」
 永倉は、フィットネス水着・・・いや大正時代の水着か? どっちかっつーと囚人服を思わせる水着だ。
「あたしも疲れました」
 そーじはアヤメの花がプリントされた白のホルターネックワンピース・・・の上に新選組の隊服を羽織っている。

 なぜに女性陣が水着なのかというと、暑いからだ。風紀にうるさい土方さんがいないので、カモちゃんさんが『暑いから水着になろー』と主張してそれが通った。ビバ! エアコンのない世界!
 そして俺たち男衆は衝立ついたての向こう側である。領土は3人で畳1枚分だ。悲しい・・・。



 夜半になって宿の表が騒がしくなってきた。どうやら船が次々と着いているらしい。芹沢たちが2階から見下ろすと、相撲取りが手に手に角材や八角棒を持って集まっていた。その数はどんどん増えている。
「わー、お相撲さんだよ」
「何だろうね?」


壬生浪みぶろ(※壬生浪士の略。新選組の蔑称)出て来んかい!」
「熊次郎の仇討ちや」
「壬生浪が恐くて、大坂三郷で相撲が取れるか!」
 などという怒声が聞こえて来た。


「あーもー、それでなくても暑いのに!」
「暑苦しいのが来ましたね」
 芹沢と沖田は穏やかに構えている。


「待ちたまえ。仇討ちとは聞き捨てならん。まずは話を聞こう」
 力士たちは殺気立っており、このままでは京屋さんに迷惑がかかりそうなので、山南さん、俺、斎藤の3人が下に降りて来ていた。こういう時は男の出番だ。つーかカモちゃんさん達、全員水着だし。
 山南さんが代表して力士たちに呼びかける。口調は穏やかなのに有無を言わせぬ迫力がある。

「お前らに殺された熊次郎の仇討ちに来たんや」
 力士の一人が山南さんの気迫に気圧されながらも答える。
「アタシ殺してないよ〜」 上階うえからカモちゃんさんがのんびりと答える。
「俺たちも現場にいたが、カモちゃんさんは鉄扇で殴っただけだ」 俺も答える。
「堂島川に落とされた熊次郎は、溺死した。さぞかし無念やったろうに!」
「・・・溺死?」

 どうやらカモちゃんさんに落とされた熊次郎という力士は泳げなかったらしい。堂島川を流されていき、重かったので(巨体の相撲取りだからなあ)誰も助けられなかったようだ。

「それってアタシが悪いの?」 カモちゃんさんの疑問ももっともだ。
「やかましい! 仲間を殺されて黙っとれるかい!」
「壬生浪を血祭りじゃあ!」
「天誅!」
 力士たちが気勢を上げる。実は大坂の力士たちはキンノーなのである。キンノーにとって新選組は不倶戴天の敵であり、折しも同じ日に長州系のキンノーが大坂から一掃され、更に仲間の一人がられた事で頭に血が上ったのである。

「アタシたちに喧嘩を売ろうなんて、いい度胸じゃん。
 ゆーこちゃん、そーじちゃん、アラタちゃん行くわよ!」

 カモちゃんさんが2階からひさしの上に乗り出し、地面に飛び降りた。着替える暇もなかったので、先程の水着の上に新選組のダンダラ羽織をパーカーの様に羽織っているだけだ。近藤さん、そーじ、永倉もカモちゃんさんに続いて飛び降りる。同じく水着の上に隊服を羽織っただけの格好に、それぞれの得物を持っている。
 この様子を見て、キンノー力士’sがどよめき、一歩下がった。明らかに動揺している。

「さあ、かかって来なさい! どいつから先に斬られたいの!」
 抜き身を突き付けてカモちゃんさんが凄む。・・・が、
「な、なんちゅう、破廉恥な格好を・・・」
 先程までの威勢はどこへやら、キンノー力士たちはやる気が一気に失せたようだ。
「あんたたちだって似たようなもんじゃないのさ!」 力士たちは諸肌脱いだ上半身裸である。
「男と女は違うんじゃあ!」
「あんたたち、男女差別する気ね!」 カモちゃんさんがいきどおる。
 それは微妙に違うと思うが・・・。というか、何か相撲取りどもが気の毒になってきた。さすがに大の男が、それも力自慢の相撲取りがビキニ姿のグラマー美女を角材で殴るわけにいかないだろう。しかも力士の内、半数ぐらいは前かがみになっている。カモちゃんさんが怒って刀を振り回すので、それに伴い豊かな胸が揺れるのだ。真正面からそれを見せつけられたら、免疫のない男はイチコロだろう。土俵ではまわし一丁で戦ってるのに、女性の裸には弱かったみたいだ。

「島田くん、出番だ」
 横から山南さんに小突かれた。このままではカモちゃんさんたちが無抵抗な力士たちを惨殺しかねないと見たのだ。力士たちもさすがに自分たちからケンカを売ったわけだから退けないだろうし、このままでは双方引っ込みがつかない。結果、無用の死人やケガ人が出る可能性があるからだ。

「おう、待ちな」 俺はずいと前に出た。
「こんなか弱・・・(2秒ほどの間)・・・い女性たちに集団で襲いかかるたぁ。どういう料簡だ?」
「今のは何よ?」
「失礼です」 とそーじ。
「だってカモちゃんさん強いじゃないですか」
「そりゃー、そうだけどさ」

 俺は刀を外して斎藤に預け、諸肌脱いだ。
「相撲で相手になってやる。かかって来い!」
 はっきり言って、俺は相撲には自信がある。それに今回あまり出番もなかったし、活躍もしてないのでここらで見せ場を作っておかねば。

 男の俺が前に出て安心したのだろう。連中の中でもとりわけ体格のいいのが前に出て来た。
「横綱、そんな奴、のしちまえ!」
「行け、黒神関」
「島田くん、がんばれ〜」 外野から双方に声援が飛ぶ。
「島田くん、負けたら切腹〜☆」 カモちゃんさんが土方さんみたいな声援(?)を飛ばす。
 
「うおおお!」
 両者咆哮し、肉と肉がぶつかり合う。このまま組み合えば俺の勝ち目は薄い。何せ相手は相撲のプロ。しかも横綱とかいう声援が飛んでるし。体重差から言っても勝ち目はない。そこで俺は相手がぶつかって来た時に、体を斜めにかわしていた。そのまま相手の勢いを利用して投げる。
「りゃあ!」
 どおおおん、と地響きを立てて、巨体が地面に叩きつけられる。俺はガッツポーズを決めた。

「おおおお!」 男たちがどよめいた。
「兄貴! 兄貴! 兄貴!」 突然起こる兄貴コール。勝負の世界は強さが全て。相撲は男の世界なので、敵味方なく、勝った方を称えるのだ。

「ありゃ、島田の奴、本職に勝っちゃったよ」 永倉が感心している。
「島田くん、すごーい」 近藤さんも喜んでいる。

「よーし、次はアタシが相手だあ☆」
 カモちゃんさんが走って来る。なぜに味方のカモちゃんさんが!? ひょっとして酔ってる!?
 そして俺は瞬間で投げられていた。揺れる胸に視線が釘付けだった為、受け身を取ることもできなかった。軽く投げ飛ばされた俺は、外野の相撲取りの方に飛ばされた。
 ドカッ・・・。
「ぐあっ」
「だ、大丈夫か、あんた? 頭から落ちたが・・・」 
「ち、乳が・・・・あの乳は凶器だ・・・・」 俺はそこまでつぶやいてがっくりと気を失った。
 俺の言葉を聞いた力士たちが、投げ飛ばした本人の方を見ると嬉しさでピョンピョンと跳びはねていた。当然、水着だけのたわわな胸は重力に逆らって悩ましげに揺れている。

「なるほど、あれは凶器だ・・・・」
 力士たちは、正々堂々と相撲を張って横綱を倒した新選組隊士(俺)に感動し、その俺をあっさりと投げ飛ばしたカモちゃんさんを畏怖した。あの揺れるおっぱいを前にしては、絶対に勝ち目はない。



 かくして勝負はうやむやの内に終わった。横綱と相撲の勝負に勝った俺を局長のカモちゃんさんが投げ飛ばして勝つというわけの分からん勝負の前に、全員が脱力している所に、小野川部屋の小野川喜三郎が駆けつけ、無礼を謝るという形で事が収まった。小野川部屋からは、金50両と清酒1樽がお詫びのしるしに届けられた為、カモちゃんさんも終始上機嫌のままだった。



 その後、大坂相撲の年寄と近藤さんが会見し、大坂相撲が京都の壬生で興業を打つ事になった。新選組は世話役に回り、大いに収入を得た。
 また、松平けーこちゃん様もお忍びで相撲興業をご覧になり、御満悦だった。

今回の事件での死者1名(力士の熊次郎が溺死)
負傷者1名(島田誠)

(おしまい)


(あとがき)
 様々な新選組関連の本で扱われる、大坂での相撲取りとのケンカを行殺にしてみました。割と史実ベースですが行殺なので不条理にしてあります。面白ければ幸いです。
 近藤勇子EXが終わったので、今度はカモミール芹沢を主役に据えたシリーズを書こうと思ってます。手初めに大坂力士とのケンカを行殺にしてみました。

 ゲームでは、新選組は琵琶湖に海水浴(?)に行きますが、史実では大坂出張です。
 行殺の『琵琶湖海水浴』イベントは、史実の大坂出張が随所に取り入れられており、
・新選組の泊まる旅館の看板が『京屋』(細かい・・・)
・斎藤が腹痛を起こす。
・キンノー力士が攻めて来る。
 (他にもあるかもしれません)

 カモちゃんさん達の水着姿ですが、これはゲームの琵琶湖の海水浴のシーンからそのまんま流用しました。水着の描写は私のオリジナルですが。



(参考文献)
新選組 知れば知るほど(松浦 玲)
新撰組解体新書(DaGam編集部編)
歴史読本 2002年12月号 特集:京都新選組1800日戦争
新選組銘々伝 第二巻(新人物往来社編)
歴史群像シリーズ31 血誠 新撰組(学研)
新選組血風録(司馬遼太郎)
洛陽の死神(広瀬 仁紀)
新選組始末記(子 母澤寛)
新選組局長首座 芹沢鴨(峰 隆一郎) 
新撰組顛末記(永倉新八)
新選組全史 幕末・京都編(中村彰彦)
いつの日か還る(中村彰彦)

 大坂力士との喧嘩の事が上記の本には書いてありますが、でも本によって微妙に違います。ほとんどの本が、『芹沢が力士を切り捨てた』となってるのですが、『鉄扇で打ちすえた』or『殴り倒した』となってる本もあります(わたしはこっちを採用)。また大坂下向のメンバーも本によりまちまちです(それでも原田左之助はどの本でも大坂下向メンバーに入ってない)。『新撰組顛末記』は著者が永倉新八本人だから一番信頼性が高いものの、『抜き打ちにした』としか書いてないので殺害したのかどうかは不明。しかも斎藤が腹痛を起こしたのに、2人目の力士のときは斎藤も飛びかかってるし。矛盾点があるので、永倉の記憶違いがあるのやもしれません。
 また、『斎藤が腹痛を起こした』というとの『北新地に妓遊びに行った』というのは史実っぽいのですが、腹痛の人間を連れて妓遊びに行くというのは理解に苦しみます。斎藤の腹痛が原因で、その場で船を降りたのに、わざわざ歩いて北新地まで行くものだろうか? 中之島の辺りの地形は、幕末と現在であまり変わっていない(古地図と現代の地図を見比べても川や橋の位置が同じ)が、確かに鍋島河岸で船を降りて真北に歩いて行くと北新地(遊郭・現在でも夜の町)に行けるのだが、うーむ。
 力士の熊次郎は舞の海です。熊次郎・黒神関ってのは、大河ドラマ『新選組!』の『どっこい事件』で出てきた力士ですね。調べたのですが、芹沢が斬った力士の名前が分らなかったので大河ドラマから拝借しました。


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