行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『突撃戦車パンツァーSANO その後』
土佐系キンノー、中岡しずか率いる陸援隊戦車軍団が京の都に攻めて来た。米国製M4シャーマン戦車で構成される大部隊だ。この都の危機に会津藩は大砲奉行の林権助老人と新選組を向かわせた。圧倒的な敵戦力の前に勝ち目は全くなかったが、会津藩の切り札、マジカルステッキでエレファント型戦車に変身した原田沙乃の働きにより、陸援隊戦車軍団は壊滅したのである。(※詳細は行殺新選組ふれっしゅのパンツァー沙乃イベントをやって下さい)
「すごいなー、あれだけの数の戦車を1輌で撃破かよ」
永倉が戦場跡を見渡す。キンノーの南蛮渡来米国製M4シャーマン戦車の残骸がそこここで煙を上げている。
「さすが最新鋭だよね」 これは近藤さんだ。
エレファント沙乃の120mm滑空砲は、貧弱なM4の装甲板をボール紙の様に貫通し一発で撃破、炎上させていた。対するM4の主砲は75mm。エレファント沙乃の装甲に当たってもピンポン玉の様に跳ね返す。
エレファント戦車は遥か未来の新日本陸軍の試作戦車。速度・装甲・火力、どれをとっても第2時世界大戦初頭に開発されたM4の敵ではない。
「さすがは会津藩の秘密兵器だな」
「アタシのカモちゃん砲が負けてる・・・・」
自動装填・自動照準のカモちゃん砲は88ミリ砲である。カモちゃん砲もM4シャーマンを何輌か撃破していたが、120ミリ砲搭載のパンツァー沙乃の方が威力が大きく、戦果も大きかった。
「まあ、あれぐらいは軽いですね」 キューポラから半身乗り出して答える俺。
『島田は乗ってただけじゃない!』 外部スピーカーから沙乃の声が
「失礼な。ちゃんと沙乃を操縦してたぞ」
そう。変身した沙乃戦車は自分では動けないのである。俺が操縦手として乗り込んで初めて動くのだ。
『何か、その言い方ムカつくんだけど』
「・・・・沙乃の
『戦車は馬じゃないわよ!』
「沙乃を運転してた」 さらに言い換えてみる。
『はあ、もういいわ』 戦車からため息をつかれてもなあ。
「大活躍だったねー。お疲れさま。もう元に戻っていいよ」
近藤さんが労をねぎらってくれる。
俺が沙乃の中に入ってたらまずいんだろうな。それで元に戻ったらピカソ状態か?
俺はハッチから這い出て、外に出た。
「元に戻れよ、沙乃」
『・・・・』
「どうした?」
『・・・・どうやって元に戻るの?』
「・・・・」 俺は無言。
「・・・・」 近藤さんも無言。
「・・・・」 土方さんも無言。
「・・・・」 永倉は何も考えてない。
そう言えば、誰も元に戻る方法を知らない。
「そ、そうだ、林さんに聞いてみようよ」
近藤さんが思いついた。そういえば、すべての元凶はあのジジイだ。
「林さん。沙乃はどうやったら元に戻れるんですか?」
「知らんよ」 林権助老人は事もなげに答えた。
「知らんって! おい、ジジイ!」
俺は林老人の襟首をつかみ上げる。エレファントの砲塔も静かに回っている。どうやら沙乃も怒っているようだ。
「あのマジカルステッキは初めての実戦テストだったのじゃ。
いやー、うまく行って良かった良かった」
「良かねえだろ!」
「そういうわけで戻る方法の研究はこれからなのじゃ」
「そんなもんを使わせるな!」
「じゃあ、何か? 他にキンノーの戦車軍団を止める手立てがあったってか?」
林老人が逆ギレする。
「開き直るなよ」
背後でガチャンと音がした。砲弾が自動装填されたらしい。
「ま、待て待て。今、ここでワシを撃ったら、二度と元に戻れんぞ」
「ダメだよ沙乃ちゃん。会津様の御家中なんだから」
近藤さんもオロオロしながら沙乃をなだめる。
『・・・・・』
どうやら沙乃は怒りを
「ま、そんなわけで、元に戻る方法はこれから研究するから、
それまで待機しておくように。さらばじゃ」
林さんは俺の手から逃れると、老人とは思えない素早さで逃げ去った。
「あ、待て」
「しかし、原田がこのままでも戦力的には問題はないな」
ふむ。と一人納得する土方さん。
『沙乃はヤダー』
「まあ、まあ、戦車の沙乃も素敵だよ」 と、俺はフォローしてみるが、
『そんなわけあるかー』
沙乃の感情を表したかのように砲塔が左右に揺れる。砲身がこっちに向かってくる。俺は首をすくめて避ける。
「おわ! 危ない、危ないって」
「なるほどな、島田は戦車の原田の方がいいのか。ではメカフェチの島田を原田係とする」
「ふくちょー、俺は別にメカフェチじゃないんですけど」
「なら永倉に任せるか?」 土方さんが、永倉の方に顎をしゃくる。
「永倉ハンマー」
ガーン。永倉がハンマーを沙乃の装甲板に叩きつけている。だが、戦車の砲弾すらはじき返す最新鋭の複合装甲に木槌が通用するはずもない。
『ふふん、そんなんじゃ傷一つ付かないわよ』
「くっそー。悔しいから落書きしてやる」
「わーい、あたしもするー」
「アタシもー」
永倉、近藤さん、カモちゃんさんの3人が沙乃の車体に落書きを始める。
『あ、こら、油性マジックで書くんじゃない!』
重ねて言うが、沙乃戦車は自分で動けないので、逃げられない。
こいつらに沙乃を任せるのは限りなく不安だ。
「・・・・俺が沙乃係でいいっす」
「よし、では新選組、屯所に帰営する!」
『島田、さっさと乗り込みなさいよ。沙乃一人じゃ動けないんだからね』
「沙乃の中は狭いんだけどなあ」
俺はブツブツ文句を言いながら、車体側にある操縦手用ハッチを開け、操縦席に潜り込む。
『島田が無駄にデカいのよ』 それに対して言葉を返す沙乃だが、
「やっぱり男はおっきい方がいいよね☆」 言いながらカモちゃんさんが車体の上に登ってくる。
「ふ、2人とも大胆な会話だね」 と近藤さん。同じく車体の上に登ってくる。
「不純異性行為は士道不覚悟で切腹」 それを見て土方さんもよじ登ってくる。
『・・・・島田が誤解されるような事を言うから悪いのよ!』
「あながち間違ってはいないよーな気もする」
『バカーーー! 否定しろーーー!』
「じゃあ、沙乃は俺が小さい方がいいのか?」
『え、えと、それは、大きい方が・・・・って、何を馬鹿な事を言わせるのよ!』
照れ隠しか、砲塔が左右にブンブン振れる。
「きゃー、きゃー」
「きゃははは」
「こら、原田!」
「だからいちいち、砲塔を旋回させるんじゃない。上にみんなが乗ってるんだぞ!」
『あ、みんな、ゴメン』
「そういうこともあるある。仲良きことは美しきかな」
これはへーだ。みんな車体や砲塔の上に上がって来ている。確かに歩かなくて済むし、歩兵の運搬も戦車の役目の一つだからなあ。
「まあ、どーでもいいじゃん。出発進行、パンツァー・フォー」
主砲に
『偉そうに命令するんじゃないわよ』
「エンジン始動、ポチっとな」
操縦席に入った俺は、右手のマスターパネルにあるイグニッションスイッチを押し、水素エンジンを始動させる。力強い振動と共に、エレファントの水素エンジンが生き返る。
続けてパーキングブレーキ解放ハンドルを引きブレーキを解除。ハンドルはバイクのハンドルのような形をしてて、アクセルもバイクと同じ。ハンドルのグリップを手前に回すと加速、向こうに回すと減速である。足の先にはブレーキペダルがある。ギアがハンドルの真ん中についているのを除けば、要はバイクの運転と同じだ。先程の戦闘でエレファントの操縦は頭に入っている。右・左、手綱を引く。慣れてしまえば、馬とたいして変わらないものだ。
こうして、俺たちは沙乃戦車に乗って、壬生まで帰って来た。
「よーし、まず風呂、そしてメシだ!」 永倉が飛び降りる。
『沙乃もー』
「沙乃ちゃんは屯所に入れないね」 近藤さんも車体から降りながらそう言う。
確かにこの巨体では門すらくぐれない。
「戦車は何を食べるのかな? 石炭?」
みんなの食事を担当している藤堂も降りる。石炭で動く戦車なんかあるのか?
『失礼ね。沙乃は、そんな旧式じゃないわよ。最新式の水素エンジンなんだから』
「水素って?」
「えーと水を電気分解して水素と酸素を発生させて、それを燃料にするみたいです」
俺が会津藩から渡された『まにゅある』を読む。
「電気はどうするの? 屯所にエレキテルないよ?」
「エンジン部上部の太陽電池パネルで発電するそーです」
「ということは、原田の食事は水と太陽なわけだな」
「まあそうですね」
そういう事になる。水と太陽があれば動き続け、燃料補給の必要のないのがエレファント戦車の特徴だ。これにより戦場での稼働時間が飛躍的に伸びるのである。
「安上がりだねー」
「では、原田は隣の空き地で存分に日光浴するように。島田は水汲み係だ」
と命じると土方さんはスタスタと屯所に入っていく。
「じゃあ、私、ご飯を作るから」 藤堂が厨房へ向かう。
「アタシは飲む〜」
「ゆーちゃん、一緒に風呂に行こうよ」
「うん。そーじは?」
「あたしは、へーちゃんを手伝います」
ガヤガヤとみんなが屯所の中へ消えて行く。
『沙乃が一人でがんばったのに・・・・』
屯所の沙乃がポツンと1台取り残された。傍らには俺がいる。装甲板が寂しげだ。俺には沙乃の気持ちが良く分かる。
「空き地に行くか?」
こういう時は下手に慰めを言わない方がいい。
『うん』
沙乃もまたポツリと答えた。俺は無言で沙乃に乗り込み、屯所脇の空き地へと移動させた。
そして取り敢えず沙乃の整備である。動いていれば寂しさも紛れるだろう。
整備と言っても、俺の仕事は純粋に肉体労働。井戸から水を汲み上げ、不純物をフィルターで濾過して、タンクに入れる。これの繰り返しだ。操縦席とエンジンを囲むように車体側面に設置されたタンクの総量は2千リットル。水タンクなので防弾層を兼ねているのである。2千リットルは大変な量だ。俺は井戸と沙乃戦車とを何回も何回も、途中で数えるのが嫌になるぐらい往復し、さすがに手が痛くなって来たころようやく水の補給が終わった。これで補給なしで300kmは走れる計算だ。満タンになったのでしばらく水汲みはしなくていいだろう。って、動いてるのは俺で沙乃は全然動いてないような気が・・・・。
この間、沙乃は静かに充電中。早く言うとひなたぼっこである。
「あー、疲れた」
『充電も順調よ。目一杯バッテリーに蓄えとくから』
「さすがに満腹だろう」
『んー、あとはお風呂だけど、入れないから、島田、沙乃の体を洗って(はぁと)』
「何ですと! 何と大胆な。いや、嫁入り前の婦女子の体を洗うなど、俺の武士道が・・・」
『ついでにワックスもかけてー』
「・・・・そーだったよ。今の沙乃は戦車だったよ。夢見た俺が馬鹿だったよ。
はぁ、途端に色っぽくなくなるんだもんな。つーか戦車にワックスをかけるのか?」
『ビーチでサンオイルを塗るようなものよ。島田、そういうの好きでしょ?』
「むむ、それは確かにその通りだが、何か根本的に違う気がするんだが」
『似たようなものよ。じゃあ早速足回りからお願いね』
なんか、いいように使われてる気がしないでもないが、沙乃は戦車戦をやってきたばかりだ。キャタピラや転輪は泥にまみれてるし、跳ね上げた土がスカートアーマーにこびりついてる。更には永倉たちが落書きまでしてる。ピカピカな戦車ってのもカッコ悪いが、ちゃんと手入れしてない兵器の方がカッコ悪い。例えばカモちゃんさんは自由気ままみたいだが、それでも時々、カモちゃん砲の手入れを念入りにしている。だからいつも新品同様に撃ちまくれるのだ。・・・それも問題があるような気が・・・・。
どうやら井戸から逃れられない運命らしい。洗車用の水を汲んで来て、ブラシで沙乃の外回りを掃除する。車体が大きいので洗車も大変だ。
「なあ、沙乃、ここはどの辺りなんだ?」
足回りの泥を落としながら沙乃に訊いてみる。
『右側の第3転輪よ』
「いや、だってスカートの下にあるわけだろ?」
『キャタピラ防護用のサイドスカートアーマーね』
「
『んー。よく分かんない』
「そーゆーもんなのか?」
『そもそも戦車を擬人化するのが間違ってるのよ』
「でも、
『島田・・・・まったく、アンタはどこまでスケベなのよ!』
車載機銃がこっちを向く。
「あー、もう戦車になっても短気なんだからな!」
『島田が悪いのよ!』
俺たちの掛け合いはいつもの事だ。それは沙乃が戦車になっても変わらない。やっぱり沙乃なんだなと今更ながら納得する俺。
「よし、新車みたいにピカピカになったぞ」
足回りを掃除した後、着弾のあった砲塔や車体各部を磨き、さらに近藤さんたちの描いた落書きを落としてから、沙乃の要望どおりワックスをかける。これで雨を弾くが、でも雨ざらしは機械に良くないよなあ。
「まことー、ごはんもって来たよ」
藤堂がお盆におにぎりとたくあんを乗せて持ってくる。
「おー、サンキュー、沙乃も食うか?」
『島田・・・・分かってて言ったんなら徹甲弾を撃ち込むわよ』
砲塔が静かに旋回する。
「冗談だよ、冗談」
「沙乃ちゃん。その程度で怒るなんて、ひょっとしてあの日?」
『違うわよ!』
“戦車のあの日って何だ?
無段階トランスミッションからのオイル漏れじゃないよな?
・・・・分からなくなってきた。無理して擬人化して考えるのはよそう”
「うーん、電圧が不安定かなあ? それで感情回路が安定しないんだよ。
間にコンデンサーを噛ませば安定するんじゃないかな?」
いつの間にやって来たのか、戦車の反対側からカモちゃんさんの声がする。
俺たちがそっちに回ると、カモちゃんさんが整備パネルを開けていた。
「カモちゃんさん、分かるんですか?」
「んー、何となく。調子悪かったら、この辺りをスパナで2、3回殴れば調子良くなると思うけど」
『芹沢さん、やめてよ』
「カモちゃんさん、それは修理じゃないです」
「えー、昔っから調子の悪い機械は、この角度で殴ると直るんだよ」
『沙乃は島田が診てくれるから大丈夫よ!』
「沙乃が短気なのはいつものことです」
『島田っ! フォローになってないわよ!』
「あははは。相変わらず2人は仲がいいね」 へーがそう言って笑う。
「島田くんがそう言うなら大丈夫かあ。
でも機械は愛情を持って接しないとダメよ。
アタシにした時みたいに優しく扱わないと機嫌を損ねちゃうんだから☆」
ねっ。とそう言って、俺に胸元をはだけてみせるカモちゃんさん。
『島田〜〜〜!!!』
砲塔が旋回する。俺に照準レーザーが当たる。
「うわー、今のはカモちゃんさんの冗談だ! 俺はそんなことをしてない・・・多分」
初めて屯所に来た直後、カモちゃんさんから茂みに引っ張り込まれた記憶が・・・・。
『この浮気者〜!』
ズドーン。120ミリ砲が火を吹いた。俺は前に飛び、沙乃戦車のキャタピラのすぐ脇に転がった。戦車のすぐ側は死角なのだ。隣にカモちゃんさんとへーもいる。
『島田〜! 逃げるな〜!』
バララララ。機銃が空に向けて火を吐く。
「カモちゃんさん、なんで沙乃を煽るんですか?」
「面白いから☆」 屈託なく答えるカモちゃんさん。
「そうだとは思ったんですけどね」 俺は思わず嘆息した。
砲撃音に気付いたのだろう。近藤さんと土方さんの顔が屯所の塀の上にひょっこり覗いた。が、俺とカモちゃんさん、へーの3人が沙乃戦車のキャタピラの所にうずくまってるのを見ると、途端にあきらめ顔になる。
「沙乃ちゃん、ご近所迷惑だよ」
「砲弾は高いんだぞ。原田、無駄に撃つな」
近藤さんと土方さんからこう言われては仕方がない。沙乃の砲撃・銃撃がピタっと止まる。
「島田、あんまり原田をからかうんじゃないぞ」
と塀の上から土方さん。
「そーだぞ。姿形で女の子を判断するなんて、そんなの愛じゃないわ!」
大袈裟な身振りで嘆くのはカモちゃんさんだ。
「まこと、さいてー」 いつもの笑顔を崩さずにそう言う藤堂。
「うわー、俺ですかい!」 全て俺のせいにされてしまった。
『アンタが全部悪いのよ!』
こ、これだから女って奴は・・・・。
そして夕方になった。何だかんだ言いながら、カモちゃんさんは新選組の中で一番面倒見の良い人だ。沙乃の事を心配して見に来たのだろう。ただ、その後、いつものカモちゃんさんに戻ってしまったのがなんとも・・・・。
日が暮れてきたが、母屋の騒ぎから察するに、どうやら祝勝会の飲み会が始まったらしい。だが、俺は沙乃を一人にする気にもなれず、会津藩から届けられた弾薬を補充したり(沙乃が感情に任せて無駄弾を撃つので)、『まにゅある』を読んだりしていた。沙乃は静かなものだ。日が沈んだので太陽発電が出来なくなったから、省電力モードに入ってるのだろう。
土方さんがやってきた。
「ほれ、寝袋だ」
「これを俺にどうしろと?」
「なに、夜は冷えるだろうと思ってな」
「・・・・・」 何となく土方さんの言わんとすることが分かった。
『トシさん、沙乃は一人で大丈夫よ』 沙乃も察したのだろう。
「原田の戦闘力は驚異的だ。これを万が一にもキンノーに奪われるわけにはいかない」
『でも!』 沙乃が抗議するが、
「原田は一人では動けんだろう。命令だ。島田、原田を護衛せよ」
それは野宿せよと言ってるのに等しいのだが、命令は絶対である。
「分かりました」 こう答えるしかない。
「ふむ。何かあったら撃って知らせろ。それで隊士が飛び出してくる。
だが、昼間のように痴話ゲンカで撃つんじゃないぞ。夜は近所迷惑だからな」
『痴話ゲンカじゃないわよ』
「へーい」
『って、アンタは何を返事してんのよ!』
「怒るな、沙乃、電圧があがるぞ」
『誰のせいだ!』
「それから、これは原田の分だ」
土方さんが沙乃の車体に1升徳利を乗せる。
「伏見の銘酒だ。元に戻ったら存分に飲め。私が許す」
『トシさん・・・・』
「島田は飲むなよ」
それだけ言うと土方さんはクルリと
土方さんらしい不器用な優しさだ。
「さーて、今夜は野宿か」
『島田、ごめんね、沙乃のために・・・・』
「気にするな、いつもの事だ」
『いつもの事、じゃなーい!』
「さすがに今夜は冷えそうだな。たき火でもするか」
『あの、その、島田。今夜は沙乃の中で寝たら?』
消え入るような小さな声だが、確かにそう聞こえた。
「・・・・」
『あ、誤解しないでよね。車内は冷暖房完備だから、
外よりはマシかなって思っただけなんだからね!』
なんか、気のせいか車体が赤くなってるよーな・・・。
「沙乃があっためてくれるのか?」
『だ、だからそういう誤解を招くコトは・・・・』
「いいじゃないか。誰もいないんだから。
満天の星空の下で2人で寝るのはロマンチックだな」
『・・・・島田、一緒に寝よ』
「ああ」
俺は短く答えると、沙乃の中に入った。
「やっぱり戦車になっても、沙乃は沙乃だよな」
『当たり前じゃない』 今度は車内モニターに沙乃のあきれ顔が映っている。
「おやすみ。沙乃」
『うん、おやすみ。島田』
ヒーターを残して、各管制モニターの電源が落ちていく。俺と沙乃は眠りに落ちた。夢の中で俺たちは星の海を飛んでいたが、沙乃も同じ夢を見たのだろうか?
翌朝、無理な姿勢で寝てた俺は体中が痛かった。
沙乃の中から這い出ると、なぜか車体に徳利や料理が・・・・。
「何だ? これは?」
『夜中にみんなが持ってきてくれたの。
沙乃は赤外線センサーで気付いたけど、島田は熟睡してたから起こさなかったわ』
うーむ、不覚。護衛役立たずだな。
「そーかー。やっぱり、みんなはみんなだな」
宴会しててもちゃんと沙乃の事を気遣ってる。
『うん』
「でも、これだと何だか、お
砲塔前の車体やスカートの上に徳利や大皿がいくつも並べられている。
『うん。沙乃もそう思う』
「仕方ない。酒は取っとくとして、料理は俺が食おう」
『沙乃のよ』
「だって、沙乃は食べられないじゃないか」
そう言いながらもすでにがっついてる俺。
『うーん。それはそうだけど。
いいわ。人間に戻ったら島田からおいしい物を奢ってもらうから』
「何だ? デートの相談か?」
『ひゃっ、ア、アラタ!?』
木槌を担ぎ巡回準備を整えた永倉アラタがそこに立っていた。
沙乃戦車はワタワタと慌てている。
「おう、永倉。朝番か?」
メシをかっ込みながら尋ねる俺。
「島田と沙乃もだぞ」
「えっ? 俺たちも巡回に出るのか?」
「寝ぼけるなよ、島田。新選組はいつでも人手不足なんだぞ」
「エレファント戦車で出るのか?」
「目立っていいんじゃないか?」
「往来の邪魔になるような気もするが・・・・」
「斎藤、荷物入れに旗を縛り付けとけよ」
「はい」
永倉の命令で斎藤が沙乃戦車によじ登り、砲塔後部に設置された外部装備品入れに『誠』の旗竿を固定する。
永倉が昨日のように砲身にまたがり、
「いざ、巡察隊、しゅっぱーつ!」 と掛け声をかけるが、
沙乃戦車は動かない。
「おい、何やってんだよ、沙乃!」
『島田に言ってよ。島田が乗らないと沙乃は動けないんだから!』
「島田!」
「飯ぐらい食わせろよ」
「遅くに起きてくる島田が悪い。朝っぱらからデートの約束はしてるし」
『してない!』
「大体、沙乃は早期警戒センサーで永倉の接近を探知出来なかったのかよ」
エレファント戦車には赤外線センサーの他にもレーザー測距計やレーダー、音響探査など多彩な探知装置を内蔵している。テスト用の試作戦車だからだろう。
『だって、アラタは味方じゃない』
「でも沙乃が俺をデートに誘うのを聞かれてるしなあ」
『だから、デートじゃない!』
「あのー、男女が2人っきりで食事に行くのはデートだと思うんですけど」
永倉と同じく車体に乗った斎藤が口を挟む。
『2人っきりじゃなきゃ、いいのよね?
島田、アラタと斎藤にも奢りなさいよ』
「ぐお! そうくるか! ふっ、俺は沙乃と二人っきりの方がいいんだが」
『ば、バカバカバカバカ〜』
「よし、食った。じゃ、行くかあ」
俺は沙乃戦車に乗り込みエンジンを始動させる。
キュラキュラキュラキュラ。キャタピラの音を響かせてパンツァー沙乃が前進する。
昨日キンノー戦車軍団を打ち破ったばかりだから、今日の巡察は何事もなく静かに終わった。途中、永倉と斎藤が押し借りに出て千両箱を持ってきたが、見なかった事にする。
屯所脇の空き地に戻ると、俺が巡察の途中で頼んでおいた棟梁が大工の一団を指揮して、小屋を作ってる所だった。そして土方さんが腕組みして立っている。
「島田、これはどういうことだ?」
「
「ハンガーというと・・・・」
「洋服掛けじゃありませんからね」
オチを先取りする俺。ちょっとばかし土方さんが不機嫌そうな
「ほほう?」
「沙乃を雨ざらしにするわけにはいかんでしょーが」
戦車だからそれぐらいは平気なのだが、それでも沙乃は沙乃だ。
『島田・・・・』
「で、その建設費はどこからでるのだ?」
「今、ここに千両箱がありますが」
「その金は会計方に納めるように。格納庫の建築費は島田の給料から差っ引く事にする」
「ふくちょー」
『でも、これは事実上、沙乃の休息所よね』 沙乃が得意げだ。
(※休息所とは、史実の新選組で幹部にのみ許された特権であり、屯所の外に設けた妾宅である。平隊士は屯所に住み込みだが、休息所を持つ幹部はここから屯所に通った。ちなみに行殺新選組では幹部が女性なので休息所はないんじゃないかと思う)
「屯所のすぐ隣だけどな」
「じゃ、じゃあ島田は原田さんのお
斎藤が一歩後ずさる。
「いや、どちらかと言うと整備員ではないか?
ま、沙乃が元に戻るまでの事だな」 そう言うと、俺は肩をすくめた。
夕方までには沙乃小屋(と俺が勝手に命名)は完成し、整備のための道具一式も会津藩から貸与された。更にはなぜか俺の荷物も運び込まれた。これは『ここで沙乃戦車を護衛せよ』という土方さんの暗黙の命令だ。俺としても沙乃をこんな殺風景な所に一人ぽつんとさせるわけにもいかない。何せ沙乃は非番だろうがなんだろうが、俺が居ないと全く動けないのだ(動く必要もないが)。沙乃が一人になりたいときは、俺が屯所へ行けばいい。俺は一人で動けるからな。
だが、巡察がなくて沙乃戦車が格納庫に居るときや、充電のためにに外でひなたぼっこしてるときは、近藤さんや土方さん、カモちゃんさんや、副長助勤のみんなが誰彼となく沙乃戦車の所にやって来た。やはりみんな沙乃の事を心配しているし、気を配っているのだ。仲間なんだな、と俺も胸が熱くなってくる。
こうして何日か過ぎた。俺の日常は沙乃戦車で巡回(操縦)、水汲み、車体磨きの繰り返しだ。夜は沙乃小屋の中に布団を敷き寝る。やはり戦車軍団を失った事がこたえたのか、キンノーの動きはない。
ある朝、土方さんが沙乃小屋に走って来た。
「元に戻る方法が分かったぞ!」
「本当ですか!?」
「うむ。会津藩のマジカルステッキは、南蛮の黒魔術なのだ。
カボチャを馬車に変えたり、ネズミを馬に変えたり、ネコを御者に変えたりする
魔法が南蛮にはあるらしい。そういう魔女が使う呪いの魔法を応用しているのだ」
「呪いだったんですか?」
「うむ」
「おそろしいよね。強制的に変身させられるなんて」
近藤さんもやってきた。
「沙乃も強制的に戦車に変身させられたもんなあ」
“そーかー、マジカルステッキはシンデレラに出てくる魔法使いのお婆さんの魔法の杖と同じ原理だったのか”
『で、どうすれば沙乃は元に戻れるの? トシさん』
「そ、それは、せ、せ、せっ・・・・」
顔を真っ赤にしながら、“せっ”を繰り返す土方さん。
「せっくす?」
ひょっこり現われたカモちゃんさんが土方さんの言葉を完結させる。
「違う! そういう言葉を恥ずかし気もなく言うのはこの口か!」
土方さんがカモちゃんさんの口をむにーっと引っ張る。
「歳江ちゃん、
「それでトシちゃん、元に戻る方法は?」 近藤さんが話を元に戻す。
「こほん。それは、せ、
「キスの事だよ」 と、やってきた山南さんが解説する。何かみんな集まって来てる。
「キスと言うと・・・・」
「魚の種類ではないからな」
土方さんにオチを先に言われてしまった。この間の意趣返しだろうか?
「王子様のキスで呪いが解けるのだ!」
自信たっぷりに宣言する土方さん。
「王子様って日本にいないね」 と近藤さん。
「
「今の東宮(皇太子)は、
さすが学者肌の山南さんは詳しい。
「だが、
『えー、沙乃、年下はヤダなー』
「それ以前に、東宮様が沙乃ちゃんにキスしてくれるかな?」
首をかしげる近藤さん。
「御所にかけあってみるか?」 と永倉が提案するが、
「絶対、門前払いを食らうぞ」 と俺が否定する。
「女の子の運命の人のことを王子様って言うよね」 こう口を挟むのは藤堂だ。
「沙乃ちゃんの運命の人・・・・」
近藤さんが俺の方を見る。それに釣られてみんなも俺の方を見る。
「お、俺ですか?」
「原田はどうなんだ?」 土方さんが尋ねる。
『さ、沙乃は、別に、その、し、島田が好きだとか、そういうのは別に全然・・・・』
分かりやすい奴め。
「よし。では、島田、原田に接吻しろ」
「不純異性行為は切腹じゃなかったんですか」
「特別に許す」
“みんなが見ている前で沙乃にキスしなければならないのか? いや、待て”
「で、キスするのはいいとして、どこが沙乃の口なんです?」
「・・・・」
一同無言。そして、
「声が出てるトコだろ?」
永倉だ。とすると外部スピーカーのグリルか?
「ご飯を食べるところじゃないの?」
これは藤堂だ。すると太陽電池パネルと給水口だろうか?
「えー、砲口に決まってるじゃない!」
当然というようにカモちゃんさんがいう。なるほどさすが大砲の専門家らしい意見だ。
「・・・・沙乃の口はどこなんだ?」 本人に訊いてみる。
『・・・・さあ? だから戦車を擬人化しちゃいけないのよ』
「とりあえず、その全てに口づけすればよかろう」
土方さんから無言の圧力が感じられる。逆らえない!
俺はまず、沙乃戦車の車体に上り、太陽電池パネルに口づけする。
「何だか、変態さんみたいだね」 斎藤の声がボソリとそう言う。
“斎藤・・・・お前が言うか?”
太陽電池パネル、外部スピーカーグリル、給水口、砲口、そのどれも外れだった。
戦車の口たぁ、一体どこだよ。
『島田ぁ』
「おう!」
『車内に入って』
「おう?」
『いいから早く!』
俺は素早くハッチを開けると沙乃戦車の車内に乗り込んだ。
モニターに沙乃が映っている。ガラスの向こう側に沙乃が居るような感じだ。俺と目が合うと、沙乃が瞳を閉じ顔を心持ち上に向ける。俺は無言で画面に唇を合わせた。
瞬間! 光が弾けた。モニターを中心に光が車内に走り、俺の回りの沙乃戦車の部品が分子レベルでバラバラになるように、全て光の粒となって消える。一瞬の出来事だ。沙乃戦車が消えうせた。
そして、俺の目の前で光が集まる。集まった光は人の形を取り、それは沙乃のシルエットに変わる。
光が収まり、そこに人間の姿に戻った、原田沙乃が居た。
「沙乃!」
「あ、島田・・・・」 沙乃は茫然と自分の両手を見ている。
「沙乃ちゃん!」
「沙乃!」
「原田!」
「沙乃ちゃん!」
みんなが駆け寄ってくる。
「よかったね、沙乃ちゃん、元に戻れて」
近藤さんが沙乃を抱き締めた。
「あ、うん。ゆーこさん、ありがと」
「よーし、今夜は沙乃ちゃんが元に戻れたお祝いの宴会だぁ」
カモちゃんさんが徳利を掲げる。
「おう!」 永倉が呼応する。
こうして沙乃は元に戻ることが出来たのだった。
(めでたし、めでたし)
沙乃は無事に元に戻ったので俺も屯所に戻ったのだが・・・・
「あーのー、俺の場所は?」 平隊士は大部屋住まいだが、俺の寝る場所がない。
「あ、島田が出て行った後から、新入隊士が増えたんだよね」
あっさりと答えるのは斎藤だ。
「で俺の場所は?」
「え、あ、あはははは」
「笑ってごまかすな!」
「お前には格納庫があるだろう?」 部屋に入って来た土方さんが無情にそう告げる。
つまりあれか? みんなして俺の存在を忘れていたのか?
「ふくちょー、あそこは小屋なんですけど」
「雨露をしのぐ屋根と壁があるだろう」
「それしかないんですけど!」
「あとで畳を届けさせよう。それで文句はあるまい!」
土方さんが
仕方なく俺は今日の巡回に出た。まあ土方さんの事だから、そのうち部屋割りをやり直して俺の場所を作ってくれるだろう。
そして、巡回終了後、俺だけ沙乃小屋に戻る。沙乃戦車のいない格納庫内は無駄に広い。どうやら俺の巡察中に土方さんの命令で手が加えられたらしく、床が作られ畳が敷かれている。屯所の平隊士用の大部屋では、一人当たりの領域は畳1枚半だから、これだけの広さを占有できる俺は確かに贅沢だ。たぶん幹部部屋や、局長室よりも広いだろう。しかし・・・この広さに俺だけというのも寂しいものが・・・・。
一人では話相手すら居ない。仕方ない、寝てしまえ。
俺は早々に布団を敷くと、そのまま寝てしまった。
夜中に何かの気配を感じた。すぐ側に何者かが居る。俺は賊に気付かれぬよう、眠った振りを続けながらそろそろと手を伸ばし、枕元の刀を取ろうとした。しかし、それよりも早く、不審な人物が俺の布団に入ってくる。
「沙乃!?」
それは人間に戻った原田沙乃だった。
「お前、一体、何を!?」
「ここは沙乃の格納庫なのよ。何か、文句あるっての?」
「いや、ないけど」
「じゃあ、いいじゃない」
「でも沙乃には自分の部屋があるだろ?」
「うるさいわね。沙乃は島田と居たいのよ」
「夜這いに来たんなら、もっとこう色っぽい展開があってもいいと思うんだが」
「何よ! 沙乃が子供だって言いたいの!」
「そんな事は言ってないが」
「馬鹿言ってないでさっさと寝るわよ。
安普請で隙間風が入って来るから2人で寝ればあったかいわよ」
そう言って沙乃が抱き着いてくる。
「沙乃はあったかいな」
「島田もね」
しばらくの間、2人は互いの温もりを存分に味わった。会話が途絶える。
「沙乃が戦車になっても、島田はいつも通りだったから嬉しかったんだ・・・・」
「どんな姿になっても沙乃は沙乃さ。それで俺の気持ちは変わらないよ」
「何か、面と向かって言われると
頬を赤く染める沙乃。いつもこんな風に素直ならかわいいんだが。俺は沙乃を抱く手に力を込めた。沙乃もそれに答える。
「島田、キンノーをやっつけて平和になったら2人で暮らそうか」
「そうだな、2人で雑貨屋でもやるか」
俺の問いに沙乃はうなずく。
「うん。島田と一緒なら何でもいいよ」
このささやかな願いがかなえられる事はなかったが、それでも今この瞬間を大事にしたい2人だった。
(おしまい)
(あとがき)
ゲームのパンツァー沙乃イベントでは、沙乃が戻る過程は説明されません。そういう訳で私が書きました。このような経緯があったのだよ。たぶん。パンツァー沙乃イベントは沙乃シナリオで発生するため、島田と沙乃がラブラブです。
エレファント戦車は、行殺の開発元のライアーソフトの発売した『ピンクパンツァー』という別のゲームに登場する近未来のテスト戦車です。パンツァー沙乃もエレファント戦車なので、その描写は『ピンクパンツァー』に準拠しております。また『ピンクパンツァー』で語られていない性能諸元に関しては、アメリカ陸軍のエイブラムス戦車を参考にしました。
【参考文献】
『M−1A1戦車大図鑑 世界最強の